トルストイの愛の三原則【コンテンツづくりの三原則 第18回】

オウンドメディア運営において、コンテンツづくりは最大の肝です。「コンテンツづくりの三原則」では、毎月1つのコンテンツづくりのテーマや目的を取り上げ、そこに紐づく3つのトピックを深掘りしていきます。

第18回は「トルストイの愛の三原則」。コンテンツを制作するにあたって意識しておきたい「美的な愛」「自己犠牲的な愛」「実行的な愛」の三原則について解説します。

 

トルストイの「青年時代」

トルストイは、ドストエフスキー、ツルゲーネフと並び、19世紀のロシア文学を代表する作家、思想家です。「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」などの作品名は、読んだことがない人でも聞いたことがあるのではないでしょうか。そんなトルストイの自伝的小説に「幼年時代」「少年時代」「青年時代」という三部作があります。
「美的な愛」「自己犠牲的な愛」「実行的な愛」は、その三部作の「青年時代」で記されたトルストイ流の「愛の定義」です。

「戦争と平和」で描かれる主人公のピエールと、親友のアンドレイ、天真爛漫な少女のナターシャとの三角関係の恋の行方を通して描かれる愛。そして、「アンナ・カレーニナ」で描かれる不倫と純愛。この2作品は、彼の作家としての「美的な愛」「自己犠牲的な愛」「実行的な愛」の考えが反映されたゆえの名作ともいえます。

そして、この「美的な愛」「自己犠牲的な愛」「実行的な愛」の3つの愛の定義は、コンテンツづくりにおいての鉄則にも通じるものがあります。
トルストイの「青年時代」の引用から、その理由を探っていきましょう。

「美的な愛」で興味・関心を引く

美的な愛は感情そのものと、その表現の美に対する愛である。かような愛をする人にとって、愛の対象は快的な感じを刺激する限りにおいて、好もしくも思われるのである。(中略)彼らはしばしば、愛の対象を変更する。なぜなら、彼らのおもな目的は、愛の快感が絶えず刺激されていることに存するからである。

「青春時代」(トルストイ著・米川正夫訳/響林社文庫)より

トルストイは「美的な愛」について、このように定義しています。

それはまるで、夢を見るような気分で、お互いの良い部分しか見ない熱病のような愛といっていいでしょう。いわゆる初恋や新しい恋です。誰もが一度は経験があると思いますが、恋愛の始まりはいつも「新規性」「意外性」「独自性」に満ちています。トルストイのいう「美的な愛」とは、まさにこういった人の心を揺さぶる愛です。

コンテンツ制作において、正確性や正直さ、誠実さは当然不可欠です。しかし、それだけはユーザー(読者・消費者)を引きつけることはできません。役所のパンフレット、不動産や保険の約款は正確な内容が記されていますが、必要に迫られない限り、みずから読もうと思う人はいないでしょう。
企業が新規顧客や潜在顧客層を呼び寄せるためには、この「美的な愛」のように、新規性、意外性、独自性が必要になってきます。

トルストイ曰く、「愛の快感が絶えず刺激されていること」が求められるのです。一目惚れしてもらい、絶えず刺激するためには、第一印象でどれだけ強いインパクトを与えるかにかかっています。そのために、新規性、意外性、独自性が欠かせません。

新規性:新しいものを生み出さなくても訴求できること

どこにでもある二次情報のコンテンツを掲載していても、新規性は訴求できません。そんなコンテンツを目にしてもユーザーは違いがわからないため、露出が多いサイトから目に入ることになります。そうすると、コンテンツや広告の大量生産といった消耗戦に陥ります。

そこに、ユーザーとの絆は生まれません。

では、新規性のあるコンテンツは、どのように制作すればいいのでしょうか。それは、決してこの世にまったくなかった、新しいものを生み出さなければいけないわけではありません。AppleのiPhoneも、人々のライフスタイルを変えた商品ですが、似たような商品は先に出ていました。しかし、世界市場を席巻したのはAppleでした。それは、Appleの商品が初恋のようなドキドキ感を人々に与えたからです。

例えば、「令和のヒットメーカー」の異名を持ち、近年ビジネス界で注目されている関谷有三氏をご存じでしょうか。関谷氏は、父親から継いだ倒産寸前の水道会社を立て直すことからスタートし、やがて飲食(タピオカ)、アパレル(ワークウェアスーツ)と衣食の分野で立て続けにヒットを生み、一躍、時の人となりました。

タピオカミルクティーは、近年大ブームになりましたが、決して急に現れた新しい商品ではありません。タピオカミルクティー自体は、日本でも1990年代からすでにありました。そんな中、彼は台湾の老舗ブランドを3年もの時間をかけて、2013年に日本に誘致。日本では流行らないといわれていたアジアンカフェを全国に出店しました。台湾茶と黒糖の組み合わせが、若者たちのあいだで新鮮だったことが、タピオカブームのきっかけだといわれています。

関谷氏はカフェにとどまらず、今度はアパレルに進出し、続いてワークウェアスーツという商品を大ヒットさせました。ワークウェアスーツとは「スーツに見える作業着」。つまり、スーツと作業着を組み合わせただけです。きっかけは、若い女性社員からの提案でした。
関谷氏の原点である水道事業は、全国展開も達成し、ビジネス的には成功を収めていましたが、若者からは地味でダサいというイメージを持たれていました。そこで、そうしたイメージをひっくり返すことができれば、職業観も変わるかもしれないと考えたわけです。これも、決してゼロから生み出したわけではありません。ですが、その発想は固定観念を覆す、まだ誰も見たことがない新規性の高い商品だったわけです。

過去にあったものでも、新しい切り口や考え方をつけ加えるなど、新鮮な提案がされていれば、十分独自性のあるコンテンツを発信していくことができます。また、扱う商品・サービスと、今流行っている事象を組み合わせることも有効な手法なのです。

意外性:違う一面を見せること

意外性とは、いかにして新しい発見や気づきをユーザーに与えるかという意味でもあります。つまり、ユーザーに驚きの体験をもたらすコンテンツです。「今までそんな風に考えたことがなかった!」といった反応をユーザーに引き起こします。

意外性があるというのは、違う一面を見せることです。つまり、多面性をアピールすることになるので、奥深さが魅力的に映ります。コンテンツを発信するときは、第一印象と違う一面や意外性を見せ、ユーザーだけが理解していると思わせることができれば、距離感が縮まるのは間違いありません。

意外性のないドラマに人は感動しません。映画でもスポーツでも仕事でもレジャーでも、すべての人は人生に意外性を求めています。野球の試合で5回の時点で10対1のスコアで、ひいきのチームが勝っていてもそんなに心は躍りません。むしろ1対10で負けていた試合が最後に大逆転をして11対10で勝ったほうが、興奮も感動もひとしおです。それも、意外性のなせる業です。

独自性:かけがえのないオンリーワンの存在になること

独自性とは何でしょうか?人が恋をするときには理由があるはずです。「理由なんてない!」と盲目的に恋をする人も、好きになった相手が自分にとってほかの人たちとは何かが違うから、その人を選んでいるのではないでしょうか。相手はきっと、かけがえのないオンリーワンの存在だから恋をするのです。それが独自性です。

コンテンツ制作における独自性とは、企業が提供する商品やサービスの着眼点を少し変えて、差別化を図ることです。ちょっと視点を変え、意外な組み合わせをするだけでいいのです。
あふれるインターネットの情報の中から、自分たちの商品やサービスを見つけてもらうためには、独自性を打ち出すことが必要不可欠になっています。ユーザーが「何か」を漠然と探すのではなく、理由があって「これが良い」と選択しなければ、ファンになってもらうことは困難です。
行き当たりばったりでユーザーを獲得しにいって消耗戦を続けるのではなく、一人ひとりのユーザーと効率良く絆を深めていくためには、独自性が必要なのです。

「自己犠牲的な愛」で信頼を獲得する

愛の対象のために自己を犠牲にする、その経過にたいする愛をさすもので、かかる犠牲のために愛の対象物が迷惑しようと喜ぼうと、そんなことは頓着しないのである。

「青春時代」(トルストイ著・米川正夫訳/響林社文庫)より

トルストイは「自己犠牲的な愛」についてこのように定義しています。自己犠牲的で献身的な愛は、相手のためなら火の中、水の中もいとわない、滅私奉公の愛です。
コンテンツマーケティングにおいては、トルストイの「愛の対象物が迷惑しようと喜ぼうと、そんなことは頓着しない」という考え方に近いものとして、アドボカシー・マーケティングという戦略があります。

ユーザーとの信頼関係を築く「アドボカシー・マーケティング」

アドボカシー(advocacy)とは支援、擁護、代弁という意味で、アドボカシー・マーケティングは、ユーザーとの信頼関係を築くことを目的に、徹底的にユーザーファーストで接するマーケティング手法のことです。
アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)のグレン・アーバン教授の著書「アドボカシー・マーケティング 顧客主導の時代に信頼される企業」(英治出版)で広く知られるようになった考え方です。

アドボカシー・マーケティングは、「顧客と信頼関係を築くことを目的に、顧客の意向を最優先し、徹底的に顧客本位で接するマーケティング手法」と定義されます。ユーザーの利益のためなら、自社の不利益となる競合他社を推薦することも、一時的にはやむをえないとしています。

もちろん、アドボカシー・マーケティングは慈善事業ではありませんので、その先に企業の長期的な利益の獲得を目指しているのは間違いありません。ユーザーの声に耳を傾け、商品やサービスの改善を続けていくことで、企業の成長を目指し、長期的にはユーザーとの信頼関係を築くことが、企業にとって大きなメリットになっていくと考えられています。

アドボカシー・マーケティングが注目されている背景

なぜ今、アドボカシー・マーケティングが注目されているのでしょうか。

情報過多の時代、私たちは企業の一方的な押しつけの情報にうんざりしています。今日のユーザーは、情報の取捨選択権を持っているので、退屈で不要な情報は初めからシャットダウンすることができます。SNSの普及によって、みずから気軽に情報交換することもでき、企業都合の情報を鵜呑みにすることもなくなってきました。

広告やキャンペーンは認知拡大を図るために有効ですが、瞬間的にユーザーの興味・関心を引いても、ほかに良いものがあればすぐに乗り換えてしまいます。そこで注目されたのが、たとえ一時的には企業の利益に反することでも、長期的にはユーザーにとって最善の回答を提供することがメリットになるというアドボカシー・マーケティングです。

インターネットやSNSの普及によって、情報の取捨選択や口コミ評価が可能となったため、企業は本当の意味で「ユーザーファースト」を掲げなければ生き残れなくなりました。顧客からの信頼を得ることで長期的な関係性を構築し、利益を目指さなければならなくなったのです。つまり、「情けは人のためならず」なのです。

企業はユーザーとの約束を守り、信頼を得なければなりません。信頼関係を構築する上でもアドボカシー・マーケティングは不可欠です。情報商材やコンプレックス系商品にありがちな、目先の利益だけのためにユーザーの利益を損ねることは論外です。信頼は、長期的な利益や投資対効果と重要な相関関係があります。アドボカシー・マーケティングでは、「信頼」や「ロイヤルティ(忠誠心)」という長期的な指標を用いることで、継続的な利益の最大化を狙います。

商品やサービスの差別化が難しくなっている昨今、コモディティ化して価格競争の泥沼にハマらないためには、ユーザーと密にコミュニケーションを図り、信頼関係を築いていくしか生き残る道はありません。競合相手を見ながら市場シェアの獲得に走るのではなく、ユーザー心理のシェアを獲得していかなければならないのです。

マーケティング学の第一人者である嶋口充輝氏の著書「ビューティフル・カンパニー 市場発の経営戦略」(SBクリエイティブ)の言葉を借りれば、時代は、従来の市場占有率を競う戦争型市場から、消費者の心をつかむ恋愛型市場に変遷しつつあるのです。

じっくり時間をかけながら、少しずつ長く愛し合うことに安心感と信頼感を覚える――「I love You」を「わたし、死んでもいいわ」と訳した二葉亭四迷のように、消費者のためにいかに自己犠牲を払って信頼を獲得するか。
それがトルストイのいう「自己犠牲的な愛」であり、消費者を支援し、擁護し、消費者の利益を最優先する――それがアドボカシー・マーケティングの心得なのです。

「実行的な愛」でアクションを起こさせる

こういうふうな愛し方をする人々は、いつも生涯かわらぬ愛の保持者である、なぜと言って、彼らは愛すれば愛するほど、いよいよ深く愛の対象物を理解するから、したがって彼らにとっては愛すること、すなわち対象物の希望を満足させることが、容易になってくるからである。

「青春時代」(トルストイ著・米川正夫訳/響林社文庫)より

「実行的な愛」は、ともに行動し、価値観を確認し、共鳴し合う愛だといえます。しかし、「どのくらい愛してくれているか」「どのようにアクションを起こしたのか」など、態度変容を促す目的で実施されるコンテンツマーケティングは、効果測定が難しいのも事実です。
本来、好意や愛着などの感情・心の動きを数値で測ることは非常に困難です。単純にPV数やUU数、SNSのフォロワーやファンの数だけでは、ユーザーの気持ちの変化まで探ることはできません。

コンテンツマーケティングで最も重要な役割は、ユーザーとのエンゲージメントとロイヤルティを長期的に高めることです。エンゲージメントは、元々「契約する、約束する、婚約する」などの意味を持ちますが、マーケティングでは主に広義に「愛着心、信頼、好意、親しみ、絆、良好な関係性」といった意味で使われます。見込み顧客や顧客、SNS上のファンやフォロワー、自社の従業員など、商品やブランドと関連している人との関係の程度を示したものです。

そして、エンゲージメントの進化形としてロイヤルティがあります。ロイヤルティは、元々は「忠誠心」という意味を持ちますが、主に繰り返し商品を買ったりサービスを使い続けたりする優良顧客に限定して使われる言葉です。

ユーザーの声を測る3つの指標

ユーザーの声を測るためには、これからご紹介する「傾聴する」「シェアする」「参加する」の3つを指標にすることが有効です。これらの指標によって、ある程度ユーザーの態度変容を可視化することができます。

ユーザーが、具体的にどのような情報を必要としているのか、どんな嗜好を持っているのかを分析・理解し、さらに適合した信頼性を担保するコンテンツを発信すれば、新たにユーザーのニーズを掘り起こしたり、すでに興味を持ってくれている顧客との共感を深めたりする大きな機会となるでしょう。

<傾聴する(SNSでの反応率からエンゲージメントを測定する)>

  • どれくらいのユーザーがコンテンツを消費しているのか、コンテンツへのアクションを確認する
  • ユーザーはコンテンツを好意的に受け取っているか、否定的なのか、中立なのか、コンテンツが誘発する感情を把握する
  • ユーザーのあなたの会社への考えは、コンテンツへのコンタクトを通じて深められたか、コンテンツへの理解度を分析する


<シェアする>

  • ユーザーがシェアできるようになっているか確認する
  • インフルエンサーが誰か把握する
  • インフルエンサーとつながっているか確認する


<参加する>

  • ユーザーの課題に対してプロとして回答する
  • SNS上などで噂をされたら積極的に関与する
  • ユーザーに関連しているコンテンツをチェックする


認知から興味・関心に移ったユーザーには、何かしらの態度変容が起こっています。そしてそれは、「興味を持っていれば起こすであろう行動」を設定することで見極めることができます。
例えば、より詳しい動画や白書などを見る、製品情報などのページにアクセスするといったアクションです。

エンゲージメントとロイヤルティを育てるトルストイの愛

トルストイが定義する3つの愛の種類に従えば、「美的な愛」でユーザーの興味・関心を引き、比較・検討を始めたユーザーに対して「自己犠牲的な愛」で少しずつ信頼を獲得し、「実行的な愛」でユーザーの声を聞き、個別の要望を叶えることでアクションを起こさせるようにすることができます。

コンテンツマーケティングによるユーザーの態度変容を「トルストイの愛」に置き換えれば、「美的な愛」(訪問者)→「自己犠牲的な愛」(見込み顧客)→「実行的な愛」(新規顧客)という購買ファネルに相応します。

これは、「認知・興味・関心」→「比較・検討」→「購買・申込み」→「アップセル・拡散」という段階を経るにしたがって、だんだん少数に絞り込まれるとともに、ユーザーはエンゲージメントを強め、ロイヤルティが高くなっていくことを表しています。

トルストイはその後の文学に限らず、政治にも多大な影響を与えたとされる歴史的作家です。
人間にとって「幸せとは何か、生きがいとは何か」を探求し続けたトルストイの定義した「愛」の考察から、学ぶことは多いのではないでしょうか。

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