ロボットは人間の仕事を奪うだけでなく生み出していくもの

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【編集部注】執筆者のMynul Khan氏は、専門家と企業をマッチするオンラインプラットフォームを運営するField NationのCEO。

ルンバが家の掃除をし、Siriが両親の家の近所で一番良いイタリアンのお店を教えてくれる、というのが目新しかった頃から、ロボットと人工知能の進化は止めどなく進んでいる。

車は自動で走行し、ロボットがピザを配達するなど、今まさに革命が起きようとしている。オックスフォード大学の2013年の研究によると、向こう20年でアメリカ国内に存在する仕事の半分が自動化される可能性がある。更に同研究は、数ある産業の中でも、交通・物流・事務関連の仕事が特に自動化されやすいと指摘した。その他にも、教師や旅行代理店、通訳等の職業につく人々が、ロボットに取って代わられるのも時間の問題であるという主張をする人さえいる。

このような労働機会の消失に関する予測がされる中、多くの未来学者や経済学者が仕事のない未来について考え始めている。彼らの主張は大きく2つのシナリオに別ける事ができる。1つはディストピア的なシナリオで、将来的に人間は職や収入を無くし、賃金格差の拡大や社会的混乱が起きるというもの。そしてもう1つは、各国政府が市民の収入を保障し、人々はより生産的でクリエイティブかつ起業家精神に溢れた活動を行えるようになるというユートピア的なシナリオだ。

この問題について、私はそろそろ別の角度から光を当てる必要があると考えている。つまり、労働現場にいるロボットは、むしろ仕事の幅を広げ、新たな種類の仕事を生み出す機会をもたらすという視点だ。ロボットは人間の仕事を奪うだけでなく、生み出すものなのだ。

テクノロジーの歴史

テクノロジーの進歩はこれまでにない速度で進んでいるが、大きなテクノロジーの変革を経たのはわれわれの世代が最初ではない。車輪の発明から、グーテンベルグの印刷機まで、歴史を通して人間は新たなものを生み出し、新たなテクノロジーに順応してきた。そして同様にこれまでも、新しいテクノロジーが労働者にどのような影響を与えるかということが危惧されてきた。

そしてどの例をとっても、テクノロジーは結果的に新たな産業や仕事を生み出してきた。1440年の印刷機の発明によって本の大量生産が可能になると、製本や、輸送、マーケティングや販売などの仕事が登場した。その後、印刷所が立ち並ぶようになると、印刷コストの低下し、新聞の創刊に繋がった。確かに印刷機の登場によって、写本筆記者という職業はなくなってしまったが、その代わりに新たな仕事が生まれていったのだ。

もっと最近の例で言うと、農業や繊維業を思い浮かべてほしい。1800年代には、アメリカ国内の仕事の80%が農場で行われるものであった。今ではその数字はたった2%にまで縮小している。しかし、ご存知の通り農業の機械化は経済を損なってなどおらず、むしろロボットによって農業がより簡単かつ環境に優しいものへと姿を変えたことから、更なる機械化が今日も続いている。

時を同じくして、繊維業も技術的に大きな変化を遂げた。産業革命によって力織機等の機械が生み出されたことで、織布に必要な労働力が減少したのだ。

ロボットによって生み出された職に就くために、全ての人がエンジニアになる必要はない。

職を失うことを恐れた織物工や自営の織り手によって組織されたラダイトは、イングランドで機械化に反対し、時には機械を破壊しながら反乱を扇動して、最終的には軍の力によって抑えつけなければならない程であった。今ではラダイトという呼び名は誰かを侮辱するときに使われており、彼らの心配が事実無根であったこと証明している。

私たちが将来への糸口を見つけ出すためには、過去を振り返るしかない。確かに今日人間が行っている仕事の多くは、将来的にロボットが行うようになり、労働力や人間の仕事の種類に影響を与えるだろう。しかし、歴史が証明する通り、それが必ずしも人間の仕事が無くなってしまうこととには直結しない。アメリカの労働者は、過去200年間に劇的な変化を切り抜けてきた、強靭で柔軟な存在なのだ。

未来の仕事

ロボットの弱点と、人間の長所に目を向けることで、未来にはどんな仕事が待っているかというのを想像することができる。

ロボットは未だ、交渉や説得といった複雑なタスクをこなす能力を持っておらず、問題解決能力に比べて、新たなアイディアを生み出す能力に劣る。つまり、部下を持つマネージャーや看護師、アーティストや起業家等、創造性や感情的知性、社会性が要求されるような仕事はすぐにはなくならないだろう。

そして私たちは、テクノロジーが上手く機能したときの高揚感と、上手く機能しないときの不満感について良く理解している。最先端のテクノロジー企業でさえ、人間が所属するカスタマーサポート部署を完全には閉鎖していない。何か問題が起きたときに、それを解決するのは多くの場合人間だからだ。

これからも機械を相手にしていく上で、現場の人間やその専門性は欠かせないものであり続けるだろう。ロボットは誤作動することもあれば、アップデートや新たなパーツが必要になることもある。機械化されたシステムや自動装置への私達の依存度が高まっていく中で、システムやハードの運用・交換・更新・保守を行う技術的なスキルを持った人に対する需要は高まって行くだろう。

そしてその傾向は既に現れて始めている。デジタルテクノロジーの導入以後、IT部署がどの会社でも誕生し、ネットワーク管理者やウェブディベロッパー、保守技術員といった肩書は30年前には存在さえしなかった。

テクノロジーは、単に社内の部署や仕事だけでなく、全く新しい企業やビジネスを生み出してきた。あるパーツが壊れていたら、誰かがロボットを修理しないといけないし、自動運転車にも整備士が必要なように、技術的なスキルへの需要は自動化が進むことで増加していく。

新しい仕事は、ナノテクノロジーやロボット工学のように科学(Science)やテクノロジー(Technology)、エンジニアリング(Engineering)や数学(Mathmatics)のSTEM分野を中心に生まれていくだろう。2011年のある研究によると、100万台の工業機器の導入によっておよそ300万もの新たな仕事が生み出されていた。更に調査対象となった6ヶ国のうち、5カ国でロボットの増加つれて失業率が下がっていったことがわかっている。

この研究から、新たな仕事がSTEM分野以外にも生み出される可能性があることがわかる。また、著者は今後ロボット導入の直接的な影響で、雇用者数が増えるとされる6つの業界について触れている。自動車、電子機器、再生エネルギー、高度システム、ロボット工学、食品と飲料がその6つだ。ロボットによって生み出された職に就くために、全ての人がエンジニアになる必要はない。

また、ロボットの導入によって仕事や職場を失う恐れから、現代のラダイトになる必要もない。むしろ、これまでのテクノロジーがそうであったように、ロボットは私達の生活を豊かにしてくれるものであり、更には新たな仕事が生み出してくれるものであると歓迎さえできる。

私は将来ロボットが雇用を増加させ、私たちが今では想像もつかないような刺激的な仕事を生み出してくれるのを楽しみにしている。

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(翻訳:Atsushi Yukutake

「べき乗則」が支配する、二極化した世界

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われわれは大きく二極化した時代にいる。政治では、世界中の国々で左と極右が共に数を増やし、主流の支配層から年々大きく離れている。経済では、富裕層が貧困層から離れ続け、富が富を生んでいく。そしてテクノロジー界は、もちろん、益々「勝者総取り」の世界になりつつある。

昨年Quartz調査したところによると、アメリカ人の48%が自らを「下層階級」と認識しており、2008年の35%から急増している。一方、New York Timesによると、「所得分布の上位20%は、収入だけでなく、地理的にも教育的にも自らを切り離し続けている」。

勝者総取り。経済的利益は、不均衡に、今や悪名高き1%へと渡り、残りは不均衡にトップ20%に渡っている。まるでわれわれは、(ブラック・スワンの)「月並みの国」(Mediocristan)から「果ての国」(Extremistan)へと一挙に移動しているかのようだ。「の(いわゆる)正規分布」は、〈べき乗則〉に近づいている。

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(画像出典:Hay Kranen / PD)

一方政治の世界では、人々は多くの時間を、FacebookやGoogleに介入されたフィルターバブルの中で過している。Politicoはこれを、「Googleは2016年大統領選を操作しかねない」と警告し、Freedom of the Press FoundationのTrevor Timmは、「あなたはドナルド・トランプが嫌いかもしれない。しかし、彼に反対する選挙操作をFacebookにしてほしいだろうか?」と問う

常に聡明なBen Thompsonは次のように観察する:

Facebookの人たちが実際に見ているもの ― ニュースフィードであり、トレンディングニュースではない ― の中では、保守は保守の記事を読み、リベラルはリベラルの記事を読む…それは自分たちが正しいと言ってくれる心地よい意見であり、自らの前提に疑問を投げかける視点は入ってこない。

彼はEzra KleinがVoxに書いた、アメリカ人1万人を調査した結果を引用する。

増大する政治的二極化は単なる一時的現象であり、アメリカはすぐに平静で友好的な政治体制に戻る、と思いたい誘惑にかられる。そうだろうか。政治的二極化は、政治以外でも起きている。人々が生活する場所、見る物、見る人、すべてを変える ― そして、それはさらに政治的二極化を呼ぶように変わっていく。

…そしてもちろん、オンラインニュースもすべてべき乗則に従っている

二極化は、過激な政治信念までも再形成 ― そして強化 ― している。それは、陰謀論が促進されるためだと、Fast Companyは言う。Facebookは、二極化は自分たちの責任ではないと主張しており、原則として正しい。それは、人間の差し迫った特性がたまたま生まれたものであり、何者かの悪意の決定の結果ではない。

この予想外の政治的再分配は、最近の評論家や世論調査会社があれほど間違う理由の一つなのではないかと考えずにいられない。2012年のヒーロー、FiveThirtyEight.comを見てみよう。最近の彼らは、透視する占い師のように思える。私は、トランプの躍進のことだけを言っているのではない。昨年、彼らの英国総選挙の予想は、ひどく違っていた

これは、少なくともその一部はテクノロジーによるものだ。勝者総取りのソフトウェアの世界 ― 優れたソフトウェアが、他より早くすぐに世界を食いつくし、地理的制約も、流通の制約も、ハードウェアによる制限もない ― が経済的二極化を加速する。Facebookのフィルターブバルは、政治的二極化を加速している。

これは社会通念的には、ひどいことだ。私にはよくわからない。私は、〈富〉の極在化には反対だ。不平等の高まりは、「果ての国」が、貧困者に彼らが「月並みの国」で得る以上の富を分配できるようになるまで(ならない限り)続く。しかし少なくともそういう世界を想像することはできる(具体的には、ベーシックインカムを普遍的に実施できる世界)。

政治的二極化について ― たしかにそれはコミュニティーを分断し、隣人同志を戦わせるが、それでも、その基本的目標が自分自身とその利己的な視点を存続させることであるような、偏狭な支配層がコントロールするメディアよりは、ずっとよさそうに思える。

二極化した世界は、それまで思いもよらかった視点が、真剣に提案され、激しく議論され、驚くほどの速さで賛同を集められる世界でもある(かつて合法マリファナや、ゲイの結婚が、遠い、達成し得ないゴールだと思われていた頃を思いだしてほしい)。それは、対立の起きやすい世界だが、同時に多くの変化が速く起こり、ハイリスク、ハイリターンの世界でもある。これは、私がとりあえず、楽観的に、受け入れてもいと考えているトレードオフだ。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook

Facebook Messengerへのチャットボット投入は成功するのだろうか?

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メッセージが送られてくると、そのすべてに応答していた。しかしそうした振る舞いも過去のものとなるのかもしれない。Messengerの受信通知があっても、それが友だちからなのか、ボットからなのかわからない時代になろうとしているからだ。チャイムがなっても、鳴らした相手が友だちなのかそれともボットからの新しい通知が来ただけなのか悩まなければいけなくなる。受信通知がまるで、ある種のチューリングテストのようにすら思えてしまう。

思い起こしてみると、これは「いつか来た道」なのではなかろうか。私たちが「電子メール」に注意を払わなくなったきっかけもこうしたことだったと思うのだ。初期は電子メールといえば仲間たちと重大な研究成果などのやり取りをするために使われていた。それがいつの間にかメールマガジン、レシート、あるいは数千ないし数百万人を対象に送られるにも関わらず、特定の個人に送られているかのように偽装する商用メールが多くなってしまったのだった。

Messenger上での会話はどうなっていくのだろう?

TechCrunch Chatbot

Messenger上にはボットによる「デイリー・ダイジェスト」が増えていく。

Facebookが、今になるまでボットの活用を待っていたのには理由があるように思う。ほんの1年前まで、Messengerを使う人は現在の半分程度に過ぎず、コミュニケーションツールとしての地位を獲得していなかったのだ。メッセージのやりとりにはさまざまなアプリケーションが用いられていて、その中でも一般的だったのはSMSだった。

いまやMessengerは10億人に利用されるプラットフォームとなり、新しいことに取り組む余裕も出てきたというわけだ。欧米におけるナンバーワンのモバイルメッセージングツールとなり、WhatsAppも中国などを除く世界中で広い人気を集めている。

Facebookは自社プラットフォームが世界中に広まったのを見て、人がメッセージのやり取りをしなくても金を稼ぎだす仕組みはないかと考え始めたのだ。Messangerのトップを務めるDavid Marcusは1ヶ月前、Messengerは「あらゆるコミュニケーションのハブとなり、さまざまなサービスやビジネスが提供される場所として発展していく可能性があるのです。そしてますます人を集めるプラットフォームとして拡大していくこととなるでしょう」と語っていた。

Facebookのプラン通りに進むこととなれば、カスタマーサービスや電子商取引に関わるさまざまなやり取りをMessenger上でやりとりするようになり、またニュースやマーケティングなどにも活用されるようになり、友人同士を結ぶプラットフォームという役割を超えていくことになるだろう。電話、メール、RSSフィーダー、さらにウェブの機能を統合したようなサービスを展開することになるかもしれない。

それらの機能は、実はMessenger上でこそ使い勝手が良いものになる可能性もある。

たとえば多くのカスタマーサービスなどでは、プッシュフォンのダイヤルによるメニュー選択を行わせている。メニューを選択できるようになるまでの待ち時間を含めて、これを不便と感じない人はいないだろう。Messengerを使えば、航空会社や商店とコンタクトするのがずっと容易になることだろう。さらに一定の業務については非同期(相手側は人間が対処する必要もない)で行えるようにもなる。また、レシートも複数のメールに小分けにして送られるのではなく、Messenger内のひとつのスレッドにまとめられることになって便利だ。AIと連動するようになり、使い勝手が向上すれば、今の時代からは想像もできない効率的なインタフェースが生まれてくることも必然とすら言えるかもしれない。

ただし危険な側面も。

しかしリスクも高いように思う。たとえば、ちょっとした空き時間にメールをチェックすると、目に入るのはスパムばかりということもある。Messenger上にスパムが進出してくれば、スパムがまるで友だちのようなふりをしてメッセージ受信通知を鳴らすことになるのだ。SMSマーケティングの対象となってしまった経験を持つ人は、そのうるささをご理解いただけることだろう。これまでのスパムメールのように「流す」だけでなく、直接に「コンタクト」してくる感じになるのだ。自分の時間を引っ掻き回されるリスクは十分に高いと言えよう。

Facebook Game span was ruining the News Feed. [Image via Thoughtpick]

Facebookのゲームスパムがニュースフィードを台無しにしたこともあった。[Image via Thoughtpick]

「いいね」をして、サービスやブランドなどと積極的に繋がる人もいる。しかしそれはあくまでもフィード上での交流だ。いきなり直接のメッセージが送られてくることもなかったし、また表示されるメッセージに何のアクションもしなければ、ランキングアルゴリズムのおかげでいつの間にかフィードに流れないようにもなったものだった。

しかし2010年を思い出してほしい。スパムがニュースフィードをめちゃくちゃにしてしまうと問題視されたことがあった。Zyngaなどが積極的にソーシャルゲームとしての機能を充実させ、そのために友だちのフィードを汚してしまうことに繋がったのだった。マーク・ザッカーバーグも、Facebook上でのエクスペリエンスを汚染しているもののひとつがゲームであると認めていた。そしてFacebookはFarmVilleなどに関わる投稿を激減させることにしたのだった。

こうした動きにより、ある意味で利用者の「世界」が狭まってしまうこととなった。ひとびとはゲームをしたり、その結果をFacebookに投稿することにためらいを感じるようになった。開発者側にとっても問題は重大で、これまで利用していたプラットフォームがりようできなくなった。ソーシャルゲームに注力していたZyngaなどは利用者数を大いに減らし、企業価値をも大きく低減させることとなってしまった。

Facebookはチャットボットを導入することで、Messenger上でも同種の失敗を繰り返そうとしているのではないだろうか。チャットボットといったん繋がりができてしまえば、利用者は毎日アラートをならされることになるのではないだろうか。

最初に登場してきたチャットボットたちが大失敗であったことも、Messengerサービス上へのボットの投入を妨げるものとはならないだろう。たとえばCNNのチャットボットは「U.S.」のニュースを教えてくれと言われると、見出しに「U.S.」の文字が含まれているものだけを通知した。Springのコマースロボットは、初期の価格設定よりも高いものを売りつけようと執拗だった。そしてPonchoだ。天気予報ネコのPonchoは、天気についてのごく簡単な質問すら理解してはくれなかった。

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天気予報ネコのPonchoに苛ついた人は大いにちながいない。

さらにFacebookはMessenger上でスポンサード・メッセージの実験も行なっている。Messengerで繋がったことがある利用者に対して、通知を送ることができる仕組みだ。Facebookはいまや1四半期に15億ドルもの利益をあげている。しかしそれだけに飽きたらず、Messengerを使った商機拡大を狙いつつ、実は大きなリスクを抱え込もうとしているようにも思える。

Facebookの動きは、Messenger上に膨大なノイズを流すことになりはしないか。ロボット発のノイズが増えることで、利用者が他のアプリケーションに乗り換えてしまったり、あるいは友だちからメッセージがきても放置してしまうようになることはあり得ることだと思う。

Facebookに対策はあるのだろうか?

こうした点について、F8の際にMarcusにも尋ねてみた。「防御のための究極の仕組みがあります。すなわちメンバーに送るメッセージの数や内容について制限することができるのです。メールの場合にはそうしたコントロールは不可能でしたから、Messengerがメールのようになるというのは言い過ぎではないかと思います」とのことだった。

もちろんそうだ。Facebookはスパマーの利用を停止させてしまうことができる。また利用者も特定の相手を簡単にブロックすることができる。しかしそうは言いつつも、Facebookは現在チャットボットをなんとか導入したいと積極的になっているところだ。たとえばビデオゲームのCall Of Dutyのボットなどにも注目を集めようとしている。チャットの世界で支配的な地位を築くためには、こうしたチャットボットの普及発展が欠かせないのだ。

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ビデオゲーム「Call Of Duty」に登場するキャラクターのMessenger用ボット

「私たちの方も十分に気を配っていることはご理解いただけると思います。メッセージが送られるたびに通知されることはありません。ただしスレッドは更新され、メッセージを送ったボットがリストの上位に表示されるようにはなります」。Facebookには、スパムやエンゲージメントレベルについて、ぜひとも注意深く解析するようにして欲しいものだ。スパムの可能性があればボットの動作を制限して欲しい。

あるいはこちらからコンタクトをとったボットであっても、定期的に送られてくるメッセージにこちらが数日にわたって反応していないことを検知すれば、ぜひとも通知をオフにして欲しいと思う。あるいはボットの動作を制限した方が良いケースもあるかもしれない。Facebook上でのフィードの内容は、こちらのアクションにより変化するようになっている。Messengerでもそうあるべきだと思うのだ。利用者の様子を詳細に分析できチャットボットを、開発者やブランドに提供するようにして欲しいと思う。そうなれば、サービスにボットを活用しようとする側で、より適切な運用スタイルを構築することができるようになるだろう。

Messengerにチャットボットが導入するにあたっては、十分に慎重でなければサービス自体の価値を低めてしまう可能性もある。

たとえば、ボットから送られたメッセージだからとMessengerのスレッドを放置するようになり、さらに通知もそのまま放置しておくようになるかもしれない。その次には「人」からなのか「ボット」からなのかの区別も面倒になり、そもそもMessengerを開かなくなるようなこともあり得る。そうなってしまえば時代はSMSに逆行してしまうというようなこともあろう。Messenger風の最新機能はないが、それだけにスパムに埋もれてしまうこともないという安心感が魅力になるわけだ。

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Facebookがこの問題をつぼみのうちに解決しなければ、利用者の関心を失わないためにボットの利用そのものをあきらめざるを得ないようなことになる可能性もあるだろう。

Marcusは「日常生活に訪れる通知などのインタラプションは、すべて重要なものごとに関わるものである必要があると考えています。Facebook利用者する人のすべてにその原則を間違いなく提供するというのは難しいことではあります。しかし手段がないわけではないと思うのです。それが可能であってこそ、チャットボットを含むトータルなサービスが提供できるようになるのだと考えています」。

Facebookの「コミュニケーション戦略」が成功するのかどうか、ここにかかっていると言っても良さそうだ。

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(翻訳:Maeda, H

テック業界の女性雇用をめぐる本当の問題とは?

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【編集部注】この記事の執筆者、June Sugiyama氏はVodafone Americas FoundationのDirectorを務めている。

私は20年以上をテック業界で過ごし、現在はシリコンバレーで新たなイノベーションを促進すべく、ある財団法人に所属している。これまでの活動の中で、多くの起業家との協業や社会的貢献を目指すいくつものスタートアップの成長促進をサポートする機会があったが、女性として今もテック業界で働いていること、更には指導的立場にいることの意味が、私にはよくわかる。

今では、紅一点であることに慣れてさえきた。そして、設立間もないスタートアップや、巨大なハイテク企業に入った際に、受付の女性を見て、彼女がオフィスで唯一の女性であると気付ことにも違和感を抱かなくなった。これまで訪れた交流会やネットワーキングイベントのいくつかは、志を同じくする技術者の集まりというよりも、男子学生の社交クラブのように感じた事もある。誤解しないで頂きたいのは、優秀なスタートアップは存在し、製品やサービスはマーケットの要望に応え、世界をより良いものにしているという意味で、成すべきことは成されている。ただ、もっと業界を良くすることができるのではないだろうか。

何がシリコンバレーから、またテック業界全体から女性を遠ざけているのだろうか?男性優位の環境に、有能な女性が威圧されてしまっているのか?米国における大学卒業生のうち、半数以上を女性が占めているにも関わらず、大手テック企業における女性社員の割合は30%でしかない。

広く報道されている、雇用をめぐった「タレント争奪戦争」や、法的措置につながってしまうような採用プロセスが蔓延する業界において、この事実は警告として捉えられるべきだ。一方で、大手テック企業が女性求職者を締出したり、無視したりしているという訴訟さえ起きているなど、かなりの二極化が見られる。

この問題は複雑で、答えが一つにまとまらないのは目に見えているが、テック業界で働く女性の数を増やすためには、短期・長期の両時間軸から問題をみつめ、制度的に女性の締出しを生じさせている壁を打破する必要がある。

テック業界における問題

最初のステップは、問題があるという事実を認めることだ。シリコンバレーの大企業の一部は、雇用における多様性の欠如の責任を負うべき立場にありながらも、そのうちの多くは、未だに採用方針は公平で、労働環境も女性にとって問題ないものであると考えている。しかし、驚くべきスピードで女性の流出が起きている事が数字からわかる。実際にハーバード・ビジネス・レビューよれば、STEM分野(理数工系分野)で働く女性の50%が、将来的には不利な労働環境を理由に職場を去ることとなる。

ほとんどの女性が、性別によるあからさまな差別を受けることはないものの、その代わりに、表面には現れない女性軽視への直面から孤独を感じることがある。全てのテック企業にとって、この問題を認め、真正面から取り組む時が来たのだ。女性に対してオープンな文化を作り、彼女たちのキャリア形成のサポートができるような採用方針を、男性も一緒になって実施していくべきだ。

これまで訪れた交流会やネットワーキングイベントのいくつかは、志を同じくする技術者の集まりというよりも、男子学生の社交クラブのように感じた事もある。

 

仕事への柔軟な復帰ができるような、画期的な産休制度を提供することで、優秀な女性を社内に留めることができる。また、これによって産休からの復帰後や、キャリアか子供かの選択に迫られた女性たちのバーンアウトを抑制することもできる。更に、より女性に優しい環境づくりに向けて、意識的に女性を指導的立場に置くという努力も必要だ。様々な人がその設計に関わってこそ、全ての人にとってより良いテクノロジーが生まれるというのは言うまでもない。(テック企業の皆さん、マーケットの半分は女性ですよ!)。

VCサイクル改革の必要性

女性起業家にとって、ベンチャーキャピタルからの資金調達は頭痛の種となっており、このままでは女性が次世代のテック企業を率いていくのは難しい。ベンチャーキャピタルのパートナーのうち、わずか9.7%が女性で構成されていることを考えると、2014年に設立されたベンチャーキャピタルが出資する米国のハイテクベンチャーのうち、わずか8.3%にしか女性CEOがいないというPitchBookの調査結果も不思議ではない。

民間VCの出資プロセスにおける男性優位の構図は、様々な話題が飛び交うテック業界でもあまり話されることのないトピックの一つだ。男性のベンチャー投資家は、男性主導のスタートアップに投資し、その取締役に名を連ねる。更には、投資を受けたスタートアップが、男性主導の一大テック企業へと成長していくのだ。男性優位のテック企業の悪循環を断ち切るためには、この男性優位のVCサイクルにも目を向ける必要がある。女性を加入させることで、VCは人口の残り半分に役立つよう投資先を多様化することができるのだ。

若者をターゲットに

人材のパイプラインにより多くの、才能ある若い女性を送りこむことが我々には必要であり、そうすることで業界に対して長期的かつ大きな影響を与えるチャンスが生まれる。Girls Who Codeによれば、女子中学生のうち74%がSTEM科目への興味を示しているにも関わらず、大学での専攻を決める際、コンピュータサイエンスを選択する女子高校生の数は0.4%しかいない。では、なぜこの変化が中学校と高校の間に始まるのだろうか?その答えの一部は、中等教育におけるテクノロジーという選択肢の欠如のほか、女生徒が持つ理数工系分野へのイメージの問題に起因する。

我々は、女生徒に対して科学や数学等の分野で活躍する女性のロールモデルを提示するとともに、テクノロジーに関する様々な実地体験をさせることで、科学や数学が男性向けの分野だというイメージを払拭しなければなならないのだ。Girls Who CodeやTechGirlzといった素晴らしい組織は、既に上記の問題に対しての取り組みを行っており、将来のテック企業はその利益を享受することができる。

STEM教育は、女性に活躍の場を準備するためだけの手段として必要なわけではない。拡大を続ける労働力の需要に対して、単純に男性だけでは数が足りないのだ。米国労働省は、2020年までにコンピュータ技術者の求人数が140万件に及ぶと予測しているが、現状を変えない限り、その頃には米国内の大学の卒業生でこれらの求人に適う人の数は、求人数の29%にしかならないだろう。

私からの簡単なアドバイスは、部屋の中に誰がいて、そのうち何人が女性かということに気づきはじめるということだ。まずは、今自分のいる職場から観察し始めるのも良いだろう。テクノロジーは、我々の職場を多様化するために重要な役割を担っている。

最近、私があるイベントで目にしたKapor Cpitalの取り組みは良い例だ。そのイベント内でKapor Capitalは、アーリーステージのベンチャー企業数社を紹介しており、彼らは、人材開発や人事管理、生産性向上のプロセスにおける一部に改革を起こすことで、テクノロジーをテコに、大規模な人事面でのバイアス軽減に取り組んでいた。そこでは、求人から面接、業務割当、人事評価、昇進、報酬、苦情処理、トレーニング等のプロセス全てについての議論がなされていたのだ。このような考え方に沿った形で、企業は女性参画に向けた数値目標を掲げ始めており、これによって我々も本当に変化が起きているのかというのを測定し、確認することができるようになる。

テック業界における女性の必要性は上記のとおりだが、問題は各企業が女性獲得に必要な改革に取り組む気があるかということだ。変化の波は、徐々に確実に押し寄せている。

原文へ

(翻訳:Atsushi Yukutake 500px

 

Facebookのコメントシステムが一貫してひどい理由

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ここ何ヶ月もの間、Facebookのコメント欄は、あからさまで、腹立たしい「私は自宅で働いていい給料をもらってます」スパムにまみれている。どこのメールサービスでもフィルターできるのに、なぜFacebookは? 最先端AI研究と巨大なスケーラブルサービスと、世界で最も優秀なソフトウェア開発者の聖地で? いや、このスパムは彼らの能力を越えているのだ。

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冗談、冗談。Facebookがその気になればコメントスパムは一掃できる(公正のために言っておくと、Facebookコメントは一貫して常にひどかった)。何か幹部の意志が働いているのかもしれない。しかし、放置していることを誰が責められようか。Facebookは、〈10億人〉単位のユーザーを扱い、〈10億ドル〉単位の売上のある会社になったのだ。コメントは、そこに何の影響を与えるものではない。

しかし、Facebookコメントは興味深いテクノロジーパラドックスの理想的事例だ。会社が大きくなればなるほど、新しい取り組みには依存しなくなる。

Revolvのケースを考えてみよう。このホームオートメーションコントローラーだはNestに買収され、そのNestは巨大なAlphabetに買われた。そして潰された。それは「モノのインターネット」が実は「誰かのモノのインターネット」であることを思い知らされるものだった。自宅のデバイスの管理権限を持っていなければ、それは自分のものではない。会社が大きくなるということは、あなたの大好きなものがそこに買収されるかもしれない心配をしなくてはならないことを意味している。

もちろんGoogleは、みんなが大好きなGoogle Readerの故郷だったが、数年前いとも簡単に捨て去った。

それは、Google+が未来だと考えていた頃には戦略的失敗だと見ることもできる。しかし実際のところGoogleにとって重要なのはGmailであり、10億人のユーザーをほんの少し喜ばせることの方が、Readerの数千万ユーザーにサービスを提供するよりも意味がある。

それは、Googleが新しいブックマーキングサービスをスタートしても、Pinboardが恐れていない理由でもある。

[みなさんには新しいGoogleのブックマーキングサービスに登録することをお薦めする。そうすれば2年後に大量のユーザーが流れてくるから]

一見、小さなスタートアップのサービスに頼るより、大会社のサービスの方が安心だと思うかもしれない。しかし、それはそのサービスが会社にとって最重要である場合に限られる。

そうでない場合、大企業のサービスはいつでも予測不能な社内政治の被害者になり得る。わずかな乱れがわれわれ全員に影響を与える。放置されることは、ゆっくりとした死刑宣告だ。スタートアップが失敗して即死するサービスの方が、見捨てられてゆっくりとトイレに流されるサービスよりもずっといい。少なくとも結果が見えている分だけ。もっと証拠が欲しい人は、[原文の]コメント欄を見ていただきたい。

[原文へ]

(翻訳:Nob Takahashi / facebook

Twitter、「お気に入り」から「いいね」への変更理由は「愛こそすべて」

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Twitterがブラックホールのように思えるという人がいる。「ソーシャルな世界」が目の前に広がっているのだが、しかしせっかく発したツイートが孤独の中に消え去っていくばかりだと感じるのだという。

これはTwitterの仕組み自体による部分も大きい。たくさんのツイートが無制限に流れ続け、仲良しの友だちや親しいパートナーですら、あなたのツイートに気づきすらしないことも多い。実世界で有名であるとか、注目されている論客であるというような場合でもなければ、ツイートをみてくれるフォロワーを獲得することも非常に難しいものとなる。

そうした状況では「いいね」されたり「リツイート」されるといったような、フィードバックを得られることもほとんどなくなる。これは都会の真ん中で感じる孤独感にも似ているだろう。たとえば東京の繁華街にひとりっきりでいるようなものかもしれない。たくさんの人々に囲まれながら、しかし誰と話をするわけでもなく、呆然と立ちすくむような状況だ。

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そのような人に、なんとか満足感を感じて欲しいとTwitterが行ったのがハートマークの「いいね」の提供だ。星だろうがハートだろうが、「お気に入り」だろうが「いいね」だろうが大した違いはないと考える人もいることだろう。しかしTwitterは利用者層の拡大に苦しんでいるのだ。パワーユーザーやジャーナリスト、セレブなど(あるいは迷惑行為を行う「トロール」と呼ばれる人を加えても良いだろう)はTwitterをとても有効に活用しているようだ。しかしその他おおぜいの人は「なんのために使うものなのか」を掴めずに、利用をやめてしまうケースも多いのだ。

Twitterは近年、ますますこの問題に苦しめられつつある。誰も読んでくれないツイートを発することに人々は疲れ果て、人との繋がりが前提にあるFacebookの方に居心地の良さを感じるひとが増え続ける状況となっている様子。

ツイートして、しかし沈黙しか帰ってこなければ、ツイートすることの意味を考えてしまうだろう。Twitterを利用することが無意味だと感じてしまう人も多い。

TwitterおよびVineで、「星」による「お気に入り」を「ハート」の「いいね」に変えたのは、なんとか閲覧者からのレスポンスを増やしたいとする、Twitterの強い願いがこめられたものなのだ。

Twitter Star

もともと「星」を採用していたのは、さまざまな意味に使えるからだった。「お気に入り」に登録することには「いいね」であったり「読んだよ」であったり、あるいは「賛意」を表明したりする意味だった。あるいは「初めて知った」内容を「お気に入り」に登録したり、さらには単にあとで読むために星マークをタップしていたりもした。

しかし、利用者層を広げたいと考えた時、「柔軟性」が「曖昧さ」に変わってしまう可能性もあるとTwitterは考えたわけだ。Twitterは「星マークの意味がよくわからないという人もいました。とくに新しく利用をしてくれるようになった人にその傾向がありました。いろいろな発言に“いいね”と思うものの、“お気に入り”というほどでもないという人も多くいました。そういう人たちは“お気に入り”ボタンを押すのに躊躇いを感じていたようなのです」とツイートしている。

「お気に入り」に登録するよりも「いいね」にした方が多くの人に気軽に使ってもらえるに違いないと考えたわけだ。

何か気になる内容があれば、どんどん「いいね」して欲しいというのがTwitterの考えだ。大した労ではないし、何かしらの資源を消費するわけでもない。しかしひとつの「いいね」が誰かの1日を明るいものとする可能性があるわけだ。そしてそれはTwitterを利用しようとするモチベーションに繋がるはずだと認識しているわけだ。ここしばらく、ユーザー層の拡大に失敗してきたTwitterの努力の現れだとはいえよう。

そもそもTwitterというのは、ソーシャルグラフを活用する場ではなく、いわばイントレストグラフに基づく場ではある。Facebookなどでは、「面白いコンテンツを提示してくれるから」というわけではなく、「友だち」であったり「家族」であるという理由で人々が繋がっている。しかしTwitterではコンテンツがすべてという側面もあるのだ。

そうしたTwitterの特性は、いろいろな人のさまざまな見方を学んだり、楽しんだりする場所として機能するのに有利なものだ。しかし自分の投稿する内容がつまらなければ、何の反応も得られないという状況にもなる。そしてそうした状況を寂しいと感じる人も多いのだ。星よりもハートの方が少しでタップしてもらえる可能性があるのなら、そのおかげで多くのTwitter利用者が感じている「寂しさ」を和らげることが可能になるかもしれないと、Twitterは考えた。「ハート」をタップするちょっとした手間を払うことで、Twitterを続けてる人が増え、そしてTwitterの世界がいっそうおもしろくなるということはあり得るかもしれない。

Twitter Heart

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(翻訳:Maeda, H

医療機器からペットの健康まで―イスラエルのヘルス・テクノロジーに世界の多国籍企業の関心が集中

2015-10-27-israeli-health

イスラエルの数多くの小さなヘルス関連スタートアップが集める世界の大企業の関心は恐ろしいほどだ。スイスやアメリカ生まれの多国籍製薬会社や医療企業はイスラエルのハイテク・ブームから利益を得ようと試みている。イスラエルのヘルス・テクノロジー自体、世界的な医療テクノロジーのイノベーションの需要に牽引されている。その結果、イスラエルは投資家の注意を強く引き付けるようになっている。

Israel Advanced Technology Industries〔イスラエルの高度テクノロジー産業〕の2015年の報告によれば、同国のライフ・サイエンス企業は2014年に14億ドル以上の資金をNASDAQで集めている。

つまり、2014年に行われたバイオテク関連の上場73件のうち、約1割、7件はイスラエル企業だった。さらにこの報告に引用されているVenture Capital(IVC) Research Centerによれば、 8億100万ドルの資金がイスラエルの167社のライフ・サイエンス関連企業に投資された。これは前年に比べて55%の増加だ。

多国籍企業の一部はイスラエルでスタートアップの買収に力を入れているが、同時にAbbott Labs、Philips、 Carestream Johnson & Johnson他の有力企業は現地にR&Dセンターを開設している。

特にこの数ヶ月、わが国のヘルス関連スタートアップへの関心が高まる傾向が見てとれる。

この10月だけでも、この記事のタイトルを裏付けるような動きがあった。たとえば、今月初旬Boston Scientific Corporation (NYSE: BSX) はある種の心臓弁膜症に対して人工心臓弁を提供するイスラエルのスタートアップ、MValve Technologies Ltd.に対する追加投資を完了したことを発表した。.

もう一つ大きな動きとしては、スイスの巨大製薬会社、Novartis (NOVN: VTX)が、イスラエルの幹細胞治療研究企業、Gamida Cellに最大1500万ドルの投資をすると発表したことが挙げられる。2014年にNovartisはGamida Cellに3500万ドルを投じて15%の株式を取得している。Novartisの投資は最大で6億ドルに達する可能性がある。

Cukierman & Co. Life Sciencesの社長、Dr. Laurent Choppeは次のように証言する。

こうした〔投資などの〕動きは、イスラエルの現地で起きているイノベーションのトレンドをはっきりと証明するものだ。現在、わが国のスタートアップに対して外国企業は最初期から投資を行っている。過去には外国からの投資はもっと後の段階で行われるのが普通だった。たとえば、Novartisの2回目の投資がこのことをよく示している。イスラエルのバイオテクはすでに世界的なブランドとなったといえるだろう。さらに、イスラエルの国家最高技術責任者(Israel’s Chief Scientist)もスタートアップの発展に多大な貢献をしてきた。 今やわれわれは過去の努力の成果を刈り取る時期に至っている。

イスラエルのテクノロジーR&Dのレベルの高さは世界の注目を集めている

去る9月には、 Johns Hopkins大学テクノロジー・ベンチャーズがイスラエルのヘルスITのインキュベーター、 Luminoxとの間で段階的契約に調印した。また同月、アメリカの医療機器メーカー、 ZOLL Medical Corpはうっ血性心臓障害を早期に発見するテクノロジーを開発しているイスラエルのスタートアップ Kyma Medical Technologies Ltdを買収した。9月初旬にはワシントンDCに本拠を置くアメリカのべんチャーキャピタル、 eHealthVenturesが脳障害を治療するテクノロジーを研究しているテルアビブのスタートアップ、 Intenduに投資したと発表した。

Choppe博士によれば、さまざまな多国籍企業がイスラエルに大きな組織を置き、有望なスタートアップに目を配って必要なら即座に投資ができる態勢を整えているという。

大企業傘下のベンチャーキャピタルがイスラエルを訪問する頻度が増えている。この点は過去からはっきり変わった点だ。こうした大企業本体はイスラエルでずっと前から商業的に運営されているが、最近はイスラエルにおける初期のスタートアップのモニタに力が入れられている。

イスラエルのライフ・サイエンス系産業は多様だが、中でも医療機器の分野は抜きん出ている。 Israel Advanced Technology
Industriesの調査によると、全ライフ・サイエンス産業の53%、725社が医療デバイスを扱っており、バイオテク・製薬が2位を占め、23%、317社、ヘルスケアITが20%などとなっている。

こうした大きな分野の確立にともない、消費者とこのようなテクノロジーを結びつける下位分野の起業も活発になっている。.

9月にテルアビブに本拠を置く Archimedicxがオンライン医療検索エンジンを世界に公開した。この検索エンジンを利用すると、特定の疾病、症状をもつ患者はそれに対応した専門医療施設を容易に発見できるという。この検索エンジンは現在世界の主要な300病院を症状や疾患の種類に応じてランクづけしている。「われわれのアルゴリズムは世界の主要病院を特定の疾患は必要とされる特殊な処置ごとにランキングできる。対象となる病院がわれわれと提携していなくてもランキングは可能だ」とArchimedicxのCMO〔最高医療責任者〕のGuy
Klajmanは言う。

2015年初頭に起業したテルアビブのスタートアップ、 Somatixは、人間の手の動きをモニタし、喫煙のような独特の動作を検出して健康に有害な行動を防止するのに役立つフィルタリング・アルゴリズムを開発した。

イスラエルのスタートアップはこうした人間の医療に関して努力を払っているだけでなく、一部はペットの健康という多少競争相手の少ない分野にも進出している。たとえば、 PetPaceはペット用の首輪で、無線で健康情報その他ペットの行動をモニタする。.

人間からペットまで、イスラエルのスタートアップはヘルス分野、メディカル分野まで幅広い。このエコシステムは患者から医療機関、ヘルスケア提供者、デバイス・メーカー、ヘルス・ソフトウェア・ベンダー、R&D組織のすべてをカバーしている。

このイスラエルのイノベーションのレベルの高さはすぐに世界的多国籍企業の注目するところとなった。現在のトレンドが継続するなら、 2015年はイスラエルのヘルス・テクノロジー産業にとってまたも記録破りの年となるだろう。

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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+


【以上】

Appleは変わるべきだ

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Appleには敬服すべき点があまりにも多い。彼らは最高の美しい製品を作る。その驚きの復活劇は、企業史の中でも類を見ない。スティーブ・ジョブズは、テクノロジー業界における現代の守護聖人のような存在になった。Tim Cookは、公正に、大いに尊敬されている。

ではなぜ私は、彼らがIT世界でそれほど多くの間違ったことをしていると思うのだろうか?

それは、私が思うに、彼らがほぼシェークスピアばりの悲劇的欠陥を持っているから:自らが販売するデバイスの中央集権的支配への執着だ。Appleは、非常に優れたハードウェアと、卓越したソフトウェアを売っている…そして、生涯を通じてその両方への弾圧的支配を維持し続ける。彼らの擁護派でさえそれを認めてよくこう言う:「Appleは常に傲慢で、支配的で、融通が利かず、時としてケチである」。

ソフトウェアは、Appleが公式に承認したもの以外、自分のiOSデバイスにダウンロードもインストールもできない。これはOS Xには、まだ、当てはまらないが、ユーザーの制御権は、ゆでガエルのようにゆっくりと、排除されつつある。

先に認めておくと、これはエンドユーザーにとって悪いことではなさそうに見える。マルウェアに対する防壁として働く。そしてAppleは、特に最近、立派なプライバシー擁護派である。ただし、業界アナリストの間には懐疑論もある。

ちなみにこれは、Appleが広告やクラウドサービス全般を必ずしも得意としていないことも一因である ― 例えば、Googleと比べて。そしてもう一つ、彼らの暗黙の取引が、「あなたの個人情報は安全です、なぜなら当社はあなたを他社に売るのではなく、あなたに商品を売って儲けているから」であり、一方Googleは、「あなたの個人情報は安全です、なぜなら当社の広告部門はそれを収益化するに当たり匿名化と安全面に細心の注意を払っているから」だからでもある。。

(時として平等なGoogleたたき屋になる私だが、実際私は後者の主張を真実だと信じている。私はGoogleのクラウドサービスの方が、おそらくAppleより安全であることも信じる。しかし、それでも人々がGoogleとの暗黙の取引に対して、より不安を感じていることは想像できる。)

しかし、すべては長期的痛みのリスクを伴う目先の利益だ。Appleは、そのすべての栄光と才能と共に、私とは根本的に異なるテクノロジー哲学の頂点にある:そこではテクノロジーが中央集中的覇権を持ち、クパチーノが革命を起こす時にのみ進化が許される、塀に囲まれたエコシステムの庭園は、砂場の外へ出たがっているいじり屋たちに汚されてはならない。ユーザーたちの住む箱の外について考えることが許されているのはAppleだけである。

そこは安全で、清潔で、審美的に美しい箱である。しかし、深刻な結果を生む危険はらんでいる ― 仮想的なものも、実際的なものも。Appleとユーザーの間に利益の相反は避けられない。例えば、Appleの複雑かつ矛盾したBitcoinアプリとの関係を考えてみてほしい … そして、Appleのあらゆるアプリ内購入に対する容赦なき30%手数料の要求に対して、Bitcoinがもたらす暗黙の脅威を。Bitcoin信者でなくても、それがイノベーションの障害になり得ることはわかるはずだ。

さらに心配なのは、世界中の政府が企業に対してユーザーのプライバシーを政府に提出するよう、強く要求しはじめていることだ。Appleが強くこれに抵抗していることは評価に値する。しかし同時に、彼らの覇権的モデルは、あらゆる監視国家にとって理想的補助手段となり得る。

言い換えれば、AppleはAmazonより、Facbookより、Googleより、あるいはMicrosoftよりも善意があるかもしれない ― しかし、どこよりも独裁的だ。善意ある独裁者はすばらしい ― 突然そうでなくなるまで。Appleが彼らの振りかざす権力を濫用しないと信じるのは自由だ(もし、その権力が取るに足らないとか無意味だと思っているなら、昨今われわれの生活がどれほどポケット内のスーパーコンピューターに支配されていて、どうすれば悪用できるかを考えてみてほしい)。

実は、これだけ批判していながら、〈私〉は今日のAppleがその力を濫用しないと信じている。しかし私は、そもそも彼らがその力を持たないことの方を大いに望んでいる ― あるいは少なくともユーザーがクパチーノにつながれたヒモを断ち切る選択肢を与えることを。「信じよ、しかし検証せよ」とかつてロナルド・レーガンは言った。

どんな悪いことが起き得るのか? まずはディストピア的思考にふけってみよう。ワールドトレードセンター崩落に対する最も大げさな過剰反応を覚えているだろうか?そして、それが大多数のアメリカ市民に歓迎されたことを。将来、似たような悲劇の後、Appleが寝返って監視国家の事実上の手先になるところを想像できるだろうか? 私にはできる ― そしてAppleの中央集中命令制御エコシステムは、あらゆるiOSデバイスを円形刑務所の目と耳へと、一夜のうちにあきれるほど簡単に変えるだろう

一般的に言って、Appleの止まらない成功は、業界のライバルにある種の雰囲気を作り上げ、用心深い秘密主義や中央集権支配、そして注意深く制限された方法によってのみ使用できるツール・ソフトウェアの文化を生む。テクノロジーは権力を凝縮させる。これまた、短期的には良いことのように見えるかもしれない、特に美しさと安全性に関して ― しかし、それを既成事実として簡単に受け入れることは、巨大な暗黙のリスクを負うことになる。

同様に批判をAndroidに向けることもできるが、あちらはそうならないだろう。好き嫌いはともかく、AndroidはiOSの中央集権にはほど遠く、GoogleはおよそAppleほど支配的ではない。Androidはオープンソースであり、主要な企業は分化させて個別バージョンを作ることもできる。Appleは、iOSジェイルブレーカーらとの戦いを進行中で、彼らの行為を「破壊的可能性があると指摘する。Googleは、Nexus端末を特にrootになりやすくしている。

私は、企業ではなく個人が自分のデータを所有し、自分のネット上の存在を制御し、(もし必要なら)誰が自分に広告を出せるかを選べる世界を信じたい。それが絶望的に理想主義的であることは理解している。今のところは。しかし、そんな非集中的世界が(ゆっくりと)もっともらしくなっていくことを信じている ― そして、その教義は、Appleのソフトウェア哲学全体とは根法的に対極をなすことを指摘せずにいられない。

最高の製品を作り、ユーザーを喜ばせている素晴らしい会社を、抽象的哲学論に基づいて批判することは愚かに思えるかもしれない。しかし、私には来年にかけてこの議論が徐々に具体化するのではないか、という秘かな期待がある。おそらく、この違いに注目が集まれば、Appleも気付くだろう。ジェイルブレーカーと戦う代わりに、パワーユーザーのために、アプリを自由にインストールできるオプションを提供するかもしれない。Androidと同じように。それだけでも、大地を揺がす変化だ。

しかしそれまで黙って待つつもりはない。そして、それが起きるまで、起きない限り、そのパワーと美しさに関わらず私はiOSエコシステムを心から薦めることができない。なぜならAppleは、自らがユーザーに要求している信頼を何一つ返そうとしないからだ。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook

OK、アルファベット! ―Googleの企業再編を展望する

2015-08-12-alphabet

GoogleがAlphabetという会社に再編されたというニュースを聞いてカレンダーをチェックした読者も多かっただろう。いや、やっぱり4月1日ではなかった! その後、詳しい内容も判明した

Googleは現在も本質的にインターネット企業だ。16年前に誕生したGoogleはわれわれが現在知っているインターネットを形成するのに決定的な役割を果たしてきた。5万7000人の社員に「Googleといえば何を連想するか?」と尋ねれば、おそらく全員の答えに「インターネット」が含まれるだろう。

Googleが会社の使命を述べた有名な一節がそれを証明している。

Googleの使命は世界の情報を組織化し、われわれに役立つような形で普遍的にアクセス可能にすることだ。

しかしGoogleは次第にその枠に収まらなくなってきた。

今やAlphabetという名で知られるようになった巨人は数年前からインターネット以外の分野への進出が目立ち始めた。ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは地球上で最良の頭脳を集めていくつかの野心的プロジェクトを立ち上げた。明らかに彼らは「検索企業」という範疇に安住するつもりはない。

会社の使命は、たとえば次のように改定される必要があるだろう。

Alphabetの使命は現実世界をわれわれに役立つよう形で普遍的にアクセス可能にすることだ。

現実世界の中にはもちろん情報も重要な要素として含まれる。その分野はスンダル・ピチャイが指揮を取るGoogleが担当する。

では再編されたGoogleの各ユニットはそれぞれどんな役割を担うことになるのだろう?

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モバイル・インターネット

インターネットで何かを探すことは相当以前から「ググる」と呼ばれている。それにはもっともな理由がある。Googleが最良の検索エンジンだからだ。Googleの圧倒的な検索シェアに近い将来変化がるとは思えない。当分Googleはインターネットへのポータルであり続けるだろう。

しかし、検索はモバイル・インターネットへのポータルではない。この点に対処することがピチャイに課せられた使命だ。

検索、広告、AndroidというGoogleのコア・ビジネスはスンダル・ピチャイの新Google事業部に残された。ピチャイはGoogleサービスのモバイル体験の改良に全力を挙げるだろう。再編によってピチャイは他の事業に精力を割かずにすむようになった。

爆発的な成功を収めたスタートアップはこれまでのGoogle(に買収される)というエグジットの代わりにAlphabetというエグジットを考える必要がある。Alphabetに買収された場合、それがNestのようなすでに大規模なオペレーションになってるなら、ラリー・ペイジの直属となる。これまでのようにGoogleの巨大な官僚組織の迷路のどこかに埋もれてしまうという心配をしなくてよくなる。当然、意思決定も速くなるだろう。

これまで新たに買収された企業は、Googleのコア・ビジネスを補完する場所をあてがわれてきた。コア・ビジネスを補完するような位置づけができない企業は、多くの場合、そのまま放置されてしまった。

もしAlphabetがもっと早く誕生していたら、Oculus Riftはその傘下企業になっていたかもしれない。 たとえば、そういうことだ。

ムーンショット事業

アポロ計画に匹敵するような野心的プロジェクトという意味でムーンショットと呼ばれているGoogleの各種事業は投資家を苛立たせてきた。自動運転車だって? 気球でインターネットを中継するって? なんで広告テクノロジーの改良とかに集中しないのだ?

ムーンショット事業にとってAlphabetは大きな朗報だ。決算発表のたびに浴びせられる厄介な質問(「グラウンドホッグデーのジリスの行動を観察するために5人のエンジニアを派遣した理由は?」)はペイジが直接さばいてくれる。

Alphabetはますます奇妙な会社になっていくだろう。

ベンチャー投資の拡大

成功した巨大持株会社としてはウォーレン・バフェットのバークシャー・ハサウェイという前例もある。Googleはすでにリアル世界のあらゆる側面に投資を行っている。今回の再編でAlphabetはGoogle事業と、それどころかインターネットとも無関係な事業への投資がしやすくなる。Bill Maris率いるGoogle Venturesチームは「世界を組織化する」というAlphabetの新たな使命に即していっそう大胆な投資をするようになるだろう。火星のテラフォーミング? バーテンダーを対象としたUber事業? われわれの多くはGoogleが世界中の道路を写真に撮ると聞いて正気かと疑ったものだ。ともあれ、Alphabetから今後何が飛び出してくるのか大いに楽しみだ。

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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+

ソフトウェア会社は、セキュリティー違反の法的責任を負うべきか

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どんなソフトウェアにもバグやセキュリティーホールがあることは自明の理だ。一方、ライセンス契約は相も変わらず、そうした欠陥によって生じた損害や損失からソフトウェアベンダーを保護している。しかし、驚いたことに、Black Hatのファウンダーとあるキーノート講演者は、ソフトウェアの製品責任は、政府による義務化を前提として、不可避あると主張している。もしそれが正しければ、業界に激震が走る。

「私はソフトウェア製品責任なくして未来はないと考えている」とJeff Moss、別名Dark Tangentは言った。ソフトウェアが世界を食い尽くす中、以前から製品責任の対象となっている業界が、次々ソフトウェア企業へと変わりつつある。Mossは、AirBus、BoeingおよびTeslaを、「移動データセンター」の製造元と呼ぶ。最近のJeepハック事件は、自動車メーカーがソフトウェア会社になり、ソフトウェア欠陥に対して脆弱になったことを如実に表している。

しかし伝統的ソフトウェア会社は責任を免除されている。これは公平な土俵とではない、とMossは言う。「市場の力がソフトウェア責任へとわれわれを動かすだろう」と彼は強く言った。キーノートスピーカー(で弁護士)のJennifer Granickも同じように、モノのインターネットによって、製品責任に馴染んでいる業界がソフトウェア会社になり、ソフトウェア責任の追及につながっていくと考える。

しかし彼女はこう付け加えた、「ソフトウェア責任の扱いは、当分かなりひどいものになり、苦しむのはスタートアップや革新的な人たちであり、伝統的企業ではない、と私は考えている」。

製品責任によって、ソフトウェア業界がセキュリティーを今よりはるかに深刻に捉えることは間違いない。同時に、膨大なコストとイノベーションの減速が起きるだろう。過去のソフトウェア責任擁護派、例えばBruce Schneierでさえ、こう言っている

現在、セキュリティーの悪さや低品質ソフトウェアを使うことによる実際の影響はない。それどころか、市場はしばしば低品質に報いる。もっと正確に言えば、追加機能や発売日に報いる ー たとえ品質が犠牲になっても。

この文章は2003年に書かれたものだ。業界はようやくセキュリティーの重要性に目覚めたと言っていいと私は思うし、革新を抑制したり成長を止めたり不本意な結果を招くことなく改善するための、より良く早く手のかからない方法が今はある。

例えば、私が話を聞いたVeracodeの研究担当VP、Chris Engは、侵入報告義務を強く推進している。これは、一定規模を超える企業がハックされた場合、ハックされたことを公表するだけでなく、あらゆる入手可能な技術情報を提供することを義務付け、他の標的が新たな攻撃から学習できるようにするための規則だ。

現在そうはなっていない。会社にとっておそらく史上最悪の日に起きたことの技術的詳細情報を逐一報告したい会社はほとんどない。しかし、セキュリティー専門家はほぼ全員口を揃えて、強制報告義務は極めて有益であり、これを法規制することによって、CISO(最高情報セキュリティー責任者)がCEOに受け入れがたい考えを押し付け、放火犯が被害者責任を追及するような事態を避けられると言っている(実際には、法規制の〈脅し〉だけでも、法規制なしにこれを実現するよう業界が合意するきっかけになるだろう。両者にとって最良の結果だ)。

これは、いかに事態が悪化しているかを思い出すためのグラフだ。

一方では、自動車、さらにはでさえ、ハックされるようになっている。危険の度合いは年々大きくなっているが、ソフトウェアセキュリティーは相変わらず多くの会社にとって付け足しだ。何か、誰もが合意することをする必要がある。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook

多様性レポートの欠陥:具体的目標がなく、説明責任を果たしていない

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再び多様性レポートがやってきた。昨日Yahooは、社員の多様性データが悲しいほど昨年と変わっていないことを報告した最新のIT企業となった。

昨年Googleの取り組みに触発されて、主要IT企業は揃って多様性レポートを公開した。昨年最初のレポートを公開したことは、テク業界にとって重要な第一歩だった。その結果業界は、多様性問題の影響範囲を認識し、これに間する公開議論も巻き起こった。透明性と説明責任に対する第一歩を踏み出したことについて企業は賞讃されるべきだ。

しかし一年が過ぎて第2回の多様性レポートが公開された今、どうやら説明責任の部分が欠落しているようだ。

記者たちは口を揃えてこれらの企業が未だに多様化していないことに驚きを表している。企業の反応は、人材輩出のしくみに今も残る性別や人種に関わる長期的問題改善への取り組みを、漠然と約束するだけだ。約束は重要だが、まだ十分ではない。

毎年同じ多色グラフを量産する代わりに、企業は短期的な雇用目標を公表すべきだ。どの会社も、ある年に女性と少数派を何人雇う予定かの内部目標を持つ、いや持つべきである。こうした目標を達成したかどうかが公になれば、株主や消費者は各社が約束を実行しているかどうかを理解しやすくなる。

Yahooの最新レポートを見てみよう。これによると、分布の内訳は昨年から殆ど変わらず、女性社員の割合は昨年と同様で、民族分布もほぼ変わっていない。同社は、管理職チームの24%が女性であることを強調しているが、これは昨年の23%と比べてごくわずかな改善でしかない。

しかしこうした数字は殆ど何も語らない。今年Yahooは女性と少数派を何人雇用したのか? 何人失ったのか? 同じ分析を見せるのではなく、Yahooや他の多様性レポート第2ラウンドを発表する企業は、今年女性と少数派を何人欲しがっていて、結果的にそれを超えたか届かなかったかを公表すべきだ。

多様性レポートの目標は、いつかシリコンバレーの内訳が国全体の労働力分布を映し出す日を迎えるためだ。しかしそれまでの間、企業はもっと具体的な目標を示し、その過程を順調に進んでいるか否かをわれわれに見せる義務がある。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook

Redditとコミュニティーの勝利なき戦い

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物語は始めから終りまでご存じの通り:普通のウェブサイトが人気を得て、トップユーザーはセレブのような扱いをうける。やがてサイトは、上昇した時よりも速く沈んでいく

その間にも多くのことが起きるが、これが基本だ。

Diggはこの完璧な例だ。あるいはFlickrも。それらに共通するもの。それは「コミュニティー」への狂信的依存、あるいは集中だ。これは覚えておく価値のあることだが、ユーザーを持つこととと、「コミュニティー」を持つことは、同じ〈ではない〉。

ユーザーは、サービスを「使う」が、コミュニティーは、サービスがどう動くか、どんな機能が開発されるのか、等サイト様々な側面に「参加」する。Redditの場合、コミュニティーがサイト運用まで手伝っている。

Redditには、ユーザーとコミュニティーメンバーの両方がいる。Redditにとって、どちらも他方なしには成り立たない。互いに相手がいなければ存在しえない。しかし、ひとたびコミュニティー ― 何人かのハードコアユーザーからなる中核グループ ― からの信頼を失うと、サービスは萎縮し、大量のユーザーを失うことになる。

今日(米国時間7/6)Redditは「謝罪文」を発行したが、それは特定の人に向けたものではなく、正体不明の誰かをなだめるためだった。そして暫定CEOのEllen Paoは、会社が今回だけでなく過去何度にもわたって「間違っていた」ことを、挑発するかのように認めた。

間違っていたというのは本心であり、今後のために意味のある議論をしていきたい。サービスが成長し人が増えると共にコミュニティーとの対話を失っていたことを私たちは理解している。もっとつながりたいと考えている。チーム一同、コミュニティーともっと話すことを約束する。たった今から。

予想通り、具体例は示されず、彼らが本当の教訓を学んだようには見えない。空虚な単語の羅列は使えない通貨のようなものだ。また一つの「コミュニティー」(に依存する)企業が、未知の存在 ― インターネットの匿名の人々からなるコミュニティー ― を使って理由づけしようとしている。

この戦いに勝つ術はない、なぜなら戦いが何であるかを明確に示す術がないからだ。唯一わかっているのは、そこに〈必ず〉戦いがあることだ。

勝利なき戦い

今回の戦いは、人気従業員の解雇を巡って勃発した。次は何? 誰も知らない。なぜその戦いに勝てないのか?なぜならRedditのコミュニティー ― および類似サービスのコミュニティー ― はサイトをビジネスや企業として見ていないからだ。たとえPaoの世界がそうであっても。両者の視点が揃うことはない。

Screen Shot 2015-07-06 at 2.00.12 PMDiggの勝利なき戦いは伝説的だ:AACS暗号化キーの大騒動、そしてDigg 4.0がもたらした終焉の前兆。

Diggが最初にサイトから暗号解除キーを削除した時(訴訟すると脅かされていたため)、それはコミュニティーによって投稿されたものであったため、中核ユーザーらは生ぬるい、「裏切り」だと責め立てた。ユーザーは、訴訟されそうな状態では資金調達や会社の売却が極めて困難であることを理解していない。

コミュニティーは気にしない、なぜなら彼らはサービスを企業、即ち電気料金やサーバー使用料を払わなくてはならない利益追及組織と見ているとは限らないからだ。企業はピクセルとクリックしか見ていない。両者は関係しているが全く同じではない。

Digg 4.0が公開された時、コミュニティーはデザイン変更について以前のように相談を受けておらず、大きな不満を抱きRedditへ逃げた。これは会社を激高させたに違いないが、ファウンダーのKevin Roseは、明らかに遠慮がちに皮肉な返答をした。

もしRedditの方が居心地が良いなら、私は構わない。

悪循環

無関心、それがコミュニティーを失う道筋だ。

過去数日間のRedditは、インターネットにおける力という意味で、Diggの末期に驚くほどよく似ている。ファウンダー、Alexis Ohanianが無関心な態度で中心的コミュニティーを無視したこともその一つだ。

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Ohanianは謝ったが、すでにダメージは与えられていた。

Ellen Paoはコミュニティーに受け入れられないだろう。どんな「CEO」も。なぜならコミュニティーは企業を同じ感覚で気にかけないからだ。彼女の謝罪は、現在と未来のビジネスがすべてという視点から生まれている。もちろんそれは彼女の仕事であり、責めることはできない。それが会社のファウンダーが近くにいると役立つ理由だ ― コミュニティーに信頼されている限りは。

ファウンダーを信じられないなら? 誰を信じられるか?YahooとDiggに聞いてみて欲しい。信じられる人はいない。

この物語の教訓? コミュニティーの支持を得て金を稼ぐことは可能、ただし彼らが別の何かに乗り換えるまで。それは綱渡りだ。Redditは足を踏み外した。

Kevin Roseは、自分のコミュニティーがDiggのライバルであるRedditに行ってもOKだと言った。Redditの人たちはどこへ行くのだろうか?

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook

コリイ・ドクトロウ:DRM問題を語る

編集部注:本稿の執筆者、Cory Doctorowは、SF作家、活動家、ジャーナリスト、ブロガーであり、Boing Boingの共同編集長も務める。電子フロンティア財団の元ヨーロッパ支局長および英国Open Rights Groupの共同ファウンダーであり、ロンドンに在住。本稿は、McSweeney’sから今月発行された彼の最新著作“Information Doesn’t Want to Be Free”の一章、“Worse Than Nothing”からの抜粋である。

デジタルロックの技術的困難と、それが引き起こした意図せぬ結果は、デジタルロックメーカーにとって大きな問題である。しかし、われわれにとってもっと興味があるのは、デジタルロックがクリエーターやその投資家に対して何をしたかであり、そこにはまず議論すべき一つの重要な害悪がある。デジタルロックは金を払う顧客を海賊に変えてしまった。

読者や視聴者についてわれわれが一つ知っておくべきことがある。彼らは、欲しいメディアを、欲しい時に、欲しい形式で買えないことについての言い訳を聞くことに、あまり関心がない。相次ぐ調査が示すところによると、米国テレビ番組の海外でのダウンロード数は、それらの番組が国際放映されると激減することがわかっている。つまり、人々は仲間がインターネットで話題にしているテレビを見たいだけなのである ― 売られていれば金を出して買い、そうでなければ無料で手に入れる。ユーザーを締め出すことは、ダウンロードを減らすのではなく、売上を減らす。

旧方式DVDのデジタルロックを外すプログラムを1999年に初めて公開した人物は、Jon Lech Johansenというノルウェーの15歳の少年だった。”DVD Jon” がこのプロジェクトを始めたきっかけは、彼のコンピュータで動いていたGNU/Linus OSには映画会社がライセンスしたDVDプレーヤーがなかったことだった。自分で買ってきたDVDを見るためには、ロックを外す必要があった。7年後、Muslix64はHD-DVDのDRMを似たような理由で外した ― 彼は正規に購入した別リージョンのDVDを見たかった。デジタルロック史上に残る影響力ある2人の人物は、いずれも「海賊行為」のためではなく、自ら購入した合法メディアを見たかったために、ツールを開発した。

2007年、NBCとAppleはiTunes Storeでの販売における契約紛争を起こした。NBCの作品はiTunesから約9ヵ月間引き上げられた。2008年にカーネギーメロン大学の研究者らは、この規制がファイル共有に与えた影響を調べた研究論文(Converting Pirates Without Cannibalizing Purchasers: The Impact of Digital Distribution on Physical Sales and Internet Piracy”[購入者を減らすことなく海賊行為者を転換させる:デジタル配布が物理的販売とインターネット海賊行為に与える影響])を発表した。そこでわかったのは、契約紛争が引き起こしたのは、「海賊」サイトにおけるダウンロード数の増加であり、それはNBCの作品だけではなかった ― かつてiTunesで番組を購入する習慣のあった人々が、ひとたび無料ファイル共有サイトに行くことを覚えると、手当たり次第に興味のあるものをクリックするらしい。NBC番組のダウンロード数は急増し、その他のダウンロード数も微増した。

さらに興味深いことは、NBC―Apple紛争が終了し、番組がiTunes戻ってから起きた。CMUの論文によると、これらの番組のダウンロード数は、規制前よりも増えた。つまりこれは:

  • 視聴者の欲しがるコンテンツを彼らの好む形式で販売するのを拒むことは、視聴者を海賊行為へと走らせる。
  • ひとたび視聴者が欲しいコンテンツの海賊行為を始めると、彼らは他のコンテンツも不正入手するようになる。
  • ダウンロードの方法を知り熟達すると、視聴者のダウンロード習慣は規制が解除された後まで続く。

デジタルロックベンダーたちは、しくみは完璧ではないが「無いよりは良い」と言うだろう。しかし、証拠が示すところによると、デジタルロックは、無いよりもずっと悪い。デジタルロックを多用している業界では、市場支配力がクリエーターと投資家から、中間業者へとシフトしている。彼らは海賊行為を減らさない。デジタルロックに不満を感じた顧客たちは、サプライチェーン全体からかすめとる方法を知る動機付けを与えられている。

もしあなたが出版社かレコード会社か映画会社なら答えは単純だ。自社の作品にデジタルロックを付けて販売させないことだ。そしてもし、ロックをかけずに作品を売ることを拒否する会社がいたら? そんなロックはあなたの利益のためではないことを確信するだろう。

あなたがクリエーターだともっと難しい。なぜなら多くの大口投資家はDRM付きで売るか、一切売らないかのどちらかという発想に縛られているからだ。DRM交渉をすることになったら、あなたが決断すべきことは、自分の創造物をどこかのIT企業の牢屋に入れて投資家を喜ばせるか、より健全なより良い投資家を探し続けるかのどちらかだ。

数年前、私は児童向き絵本を1冊、世界最大の出版社(ここでは名無しのままにしておく)に売った。それは構想に何年もかけ、ラフスケッチから何回にもわさる書き直しを経て、ようやく自信を持てる作品に仕上げたものだった。

名無しの巨人出版社で私を担当していた編集者の一人は、英国デジタル戦略のトップでもあり、彼と私は、ご想像の通り、非常にうまが合った。私のエージェントの事務所に契約書が届かないまま数ヵ月が過ぎた頃、彼は私に電話をかけて何が起きたかを説明した。

彼は契約部門へ行き、私の本のデジタル版のDRM無し印税を尋ねた。彼も私も何の問題もないと思っていた。なぜなら、名無しの巨人は他の34のフォーマット、言語、および地域でも私の出版社であり、どの場合もDRMなしで私の作品を販売していたからだった。

しかし、名無しの巨人には新しい方針が会社の最上層部から出されていた。今後、すべての書籍はeブック権利と共に買い取り、すべてのeブックはDRMを必須とする。担当編集者は交渉を試みたが(「eブック権利を買い取らないことはできないか? だめ? だったら、買い取るが使わないと約束するのはどうか?」)、無駄に終った。

最後に編集者は、契約担当者にデジタル版の売上予想は -80ポンドであることを説明した ― マイナス80ポンドである。言い換えれば、その会社はデジタル版で80ポンドの損失を予定していて、それは他のデジタル絵本の実績に基づいていた。

契約担当者は編集者に対して、DRMに交渉の余地はなく、もしそれが問題なら契約を破棄すべきだと言った。

そこで私の担当編集者は会社を辞めた。

私の本が中止になったことに抗議して会社を辞めた編集者に腹を立てることは非常に難しい ― たとえ自分の本が中止になったという事実を前にしても。

この物語にはハッピーエンドが待っていた。名無しの巨人が何千ドルも注ぎ込んで開発した本を、私はもっと教条的でないライバル出版社に簡単に売ることができ、DRM会社に私の著作権をロックさせる必要もない。しかも、私の担当編集者はずっと良い職に就いた。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook


人工知能研究は現代の悪魔を召喚するのか?!

先週、TeslaのCEOで、生ける映画主人公(Tony Stark)のようでもあり、Space XのファウンダーであるElon MuskはMITのAeroAstro Centennial Symposiumにてインタビューを受けた。

インタビューは全体がとても面白い(上の動画で見ることができる)。ただ、聴衆からの質問に対する回答がもっとも注目を集めたのではなかろうか。

質問はAI(人工知能)についてのものだった。Muskは、AIの開発には慎重であるべきだと話し始めた。AIこそ「人類の脅威」とし、それだけでなく、悪魔のようなものであるとまで発言したのだ。

Muskの回答全文は下に載せておく(ビデオ中では1時間7分20秒のあたりから質問が始まっている)。

Musk:人工知能については、相当に注意を払う必要があると考えています。最も重大な人類の脅威は何かと問われれば、人工知能こそその名に値するものであると考えています。AIに携わる際には、いくら注意してもしすぎるということはないように思います。

AIについて知るにつれ、国家レベルないしは、全世界の国家間レベルにおける規制監督機関が必要なのではないかと考えるに至りました。愚かな振る舞いをさけるためにはぜひとも必要な方策だと思うのです。人工知能を進化させる試みというのは、ある種、悪魔を召喚することに近いと思うのです。五芒星を描き呪文を唱える人物は、聖水により悪魔も制御可能だと考えています。しかしその考えはいつも失敗に終わるのです。(聴衆の笑い)

Q:結局、火星に向かうHAL9000のような知能は出現しないということでしょうか。

Musk:HAL9000ならまだマシです(現代に登場する人工知能はそのレベルを凌駕することでしょう)。HAL9000が自らを恥じ入るような「知性」が登場してくる可能性があります。きっとHAL9000レベルなら可愛いものだった、などと振り返ることになるのではないでしょうか。

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(翻訳:Maeda, H


ノーベル賞おめでとう! 大株主、ビノッド・コースラが中村教授のLEDベンチャーSoraaを語る


編集部:Vinod Khoslaは起業家、ベンチャーキャピタリスト。Khosla Venturesのファウンダー。情報テクノロジーと維持可能なエネルギーに関する投資を行っている。Sun Microsystemsの共同ファウンダー、元CEO。

私はまず中村修二(写真)におめでとうを言いたい。中村教授は、Khosla Venturesが投資しているSoraaのファウンダーでもある。昨日(米国時間10/8)、中村教授と同僚研究者2人はノーベル物理学賞を受賞した。中村教授らは、アルバート・アインシュタイン、マリー・キュリー、ニールス・ボーアらと並んで人類の歴史を変えた偉大な科学者の仲間入りを果たした。

2001年に、中村の執筆した窒化ガリウムLEDについての論文を読んで以来、中村と私はこのテクノロジーのもつ巨大な可能性を現実化させる方策について議論してきた。その会話の結果、中村たちは2008年に新世代のLED照明メーカー、Soraaを創立した。

昨日、ノーベル賞委員会はついに青色LEDの発明が大事件であったことを次のように認めた。「LED照明は既存の電力網が利用できない世界の15億人の人々の生活の質を高めることを約束する。消費電力がきわめて低いので、安価な太陽光発電で照明が得られるようになるのだ。」

驚くべきことに、シリコンバレーは人類の多くに影響を与えるこの大発明に対してきわめて冷淡な反応しか示さなかった。多くの投資家は世界を明るく照らすというような遠大なビジョンを持つにはあまりに近視眼的で、ハイリスクで高度に科学的な研究の価値を理解しようとしない。もちろん、真に意味のあるイノベーションは簡単に起こせるものではない。ノーベル賞委員会も中村らを「他のすべての研究者が失敗したにもかかわらず、成功させた」と賞賛している。

本当に価値のあるものはみなそうだが、先端的な物理学理論をベースにしたテクノロジー・スタートアップの運営はきわめて難しい。今日、Soraaは窒化ガリウムを積層したGaN on GaNテクノロジーによるLEDの世界的リーダーに成長している。SoraaのLEDランプのエネルギー効率は他を引き離して世界一だ。窒化ガリウム・テクノロジーは量産に向かず高価で非実用的だという通念をシリコンバレーのよき伝統にのっとり、Soraaは無視した。当時ほとんどの専門家がこのアプローチに反対したにもかかわらず、今やGaN on GaNによるLEDはこれまでの手法によるLEDと比較して製造にかかる資本投資が80%少なく、製造に必要な資源も80%少ない。しかもSoraaのLEDは他のテクノロジーによるものと比べて光の品質が高く、寿命もはるかに長い。

Soraaは今や第三世代のLEDライトを製造しており、その将来は明るい。しかしこれまでに数多くの危機を経験してきた。なんどもこのテクノロジーは結局日の目を見ないのではないかと思われた。資金不足から倒産の危機に瀕したのも一度や二度ではない。そのつどつなぎ融資、一時的な給与減額、さらには創業者たちの相当額の個人借り入れなどによってこのテクノロジーを生きながらえさせきた。結果的には幸運にも、Khosla VenturesはSoraaの最大の株主の一つとなったが、これは他の投資家を見つけるのが難しかったからでもある。

Soraaが今日の姿になるまでに、われわれは何度もこのプロジェクトは野心的にすぎたのではないかと疑う経験をした。ある時点ではKosla VenturesのパートナーがSoraaの臨時CEOを務めねばならないことがあった。Soraaは現時点では完全に成功を収めたとはまだいえない。しかし少なくともGaN on GaNテクノロジーによるLEDが世界から消えることはないはずだ。実はわずか1年前にもその危機があったのだ。

売上の急速な拡大にもかかわらず、Soraaがいわゆる「クリーン・テクノロジー」に分類されているために資金調達は困難を極めた。この点ではElon Muskも資金調達で同様の苦難を経験している。Teslaも何度も倒産の危機に見舞われており、そのつどイーロン・マスクがその魅力で資金を集め、また私財を投じて辛うじて乗り切ってきた。

LEDは疑いなく照明の未来だ。「世界で消費される電力の4分の1は照明に使われている。エネルギー節約に対するLEDの 貢献は巨大だ。同時に、白熱電球の1000時間、蛍光灯の1万時間と比較して、LEDの寿命は25000時間以上もあるため、製造資源の節約効果も大きい」とノーベル賞委員会が認めている。今後はSoraaのテクノロジーを利用することによって、エネルギー消費量は5分の1になるはずだ。

将来、照明は現在よりはるかに安全で効率的になる。LEDは低電圧で作動するため、配線には電気工事の特別な資格も必要ない。照明の設置、運用の柔軟性が飛躍的に増すだろう。

テーブルやデスクにはそれぞれ専用の照明が付属するようになり、移動するときには照明ごと移動できるようになる。低発熱のLEDが普及すればエアコンの電力消費量も大幅に減少する。新世代のLED照明はインターネットで接続されたホーム・オートメーションと併用され、スマートフォンからコントロールされたり、ユーザーの行動パターンに合わせて最適化されたりするるなどクリエーティブな応用が広がっていくだろう。実際、Soraaでは平らな壁紙に見える照明、発光する布地、3Dプリントによる照明器具、それぞれにIPアドレスを持ちモノのインターネットに接続する照明などを開発中だ。高効率、低発熱のLEDは照明デザインを完全に自由にする点も見逃せない。

照明革命は始まったばかりだ。アルバート・アインシュタインが1921年に光電効果を発見してノーベル賞を受賞したとき、原子力エネルギーの利用、宇宙探査に加えて照明のイノベーションの端緒も作られた。エネルギーを潤沢に使える地域に住むわれわれ7億人ほどはスイッチを押せば明かりが点くことを当然と考えているが、現在でも世界の70億の人々の多くは夜を闇の中で過ごしている。世界の人々の生活の質を向上させるにはシリコンバレーの起業家精神が―それだけで十分とはいいえないが―絶対に必要だ。

地球温暖化によって破滅的な結果がもたらさせることを防ぐために、われわれはもっともっと中村修二のような人物を支援していかねばならない。こうした事業には当然ながら多くのリスクと困難が付随する。しかしわれわれは世界的に大きな意味のあるイノベーションをもたらすう事業で失敗することを恐れてはならない。古くから言われることだが、「リスクを取らないことこそ最大のリスク」なのだ。

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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+


心拍認証のBionymが早くもシリーズAで$14Mの大金を獲得…パスワード離れが一大産業に?

トロントのBionymがシリーズAで1400万ドルの資金を獲得した。主な投資家はIgnition Partners、Relay Ventures、MasterCard、そしてSalesforce Venturesだ。このラウンドはほかにいわゆる戦略的投資も多くて、たとえばExport Development Canadaはこのプロダクトの、企業向けのセキュリティ機能に着目している。

Bionymの技術は、高度な心電図(electrocardiogram, ECG)センサをNymiと呼ばれるリストバンド(腕輪)に組み込む。そのリストバンドは装着者のECGを自分が保存しているプロフィールと比較して彼/彼女の本人性を確かめる。そして本人がそのリストバンドを着けている間はずっと、無線通信でそのほかのデバイスを認証する。いったん外したら、再度ECGによる再認証が必要だ。

Nymiは同社の最初の製品にすぎないが、すでにデベロッパたちの手に渡って、この秋の終わりごろを予定している消費者向けローンチの準備が進められている。Nymiの予約キャンペーンでは、これまで1万を超えるオーダーが来ている。今回の資金で生産と発売を確実にするとともに、新たな雇用も行う。2011年に創業したBionymは現在社員数が約40名に増えており、最近トロント都心部の大きなオフィスに引っ越したばかりだ。

Bionymの最初の資金調達は2013年8月に終了した140万ドルのシードラウンドで、そのときはRelay VenturesやDaniel Debow、およびそのほかのエンジェルたちが投資した。今回はMasterCardやSalesforce、EDCなどが参加したことにより、戦略的パートナーシップの色彩も濃くなっている。Nymiは商業方面のアプリケーションに多大なる可能性があり、ほかにも、ホスピタリティー産業や、さまざまなエンタプライズアプリケーションで機会がありそうだ。

Appleは同社のTouch ID技術のAPIを公開することにより、これを、さまざまなアプリケーションやサードパーティサービスにおける中核的な認証方式にしたいらしい。しかしBionym社はNymiのようなバイオメトリックな方法の将来性に賭けており、そのセキュリティは指紋を使う方法にまさる、と考えている。また応用製品はリストバンド以外にもいろいろありえるので、今後の製品の多様化にも着目したい。

Bionymという特定の技術の行く末はともかくとして、パスワードの時代は明らかに去りつつあるようだ。ハードウェアとデバイスに基づく技術が台頭しており、今回のBionymへの投資も、パスワード無用化に向けての関心が大きくなっていることの表れだ。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))


日本未上陸の白タクサービス「uberX」が安くて早くて快適だった

サンフランシスコといえば、シリコンバレー生まれ「Uber」のお膝元。空港を降り立ってアプリを起動すると、乗車可能な車両がマップ上にウヨウヨとうごめいている。ここで気づくのは、日本未上陸の「uberX」が使えることだ。

Uberが日本で提供しているのは、ハイヤータクシーを配車するサービスのみ。uberXで配車するのは、営業許可を受けずに自家用車で営業する「白タク」に近い。Uberに登録した一般のドライバーが運転する自家用車と乗客をマッチングしている。空き部屋を持つホストと旅行者をつなぐAirbnbのような仕組みだ。

アプリから「uberX」を選び、乗降車場所を設定して「uberXを依頼する」ボタンを押すだけで、近くを走っている車が早ければ3分程度でやってくる。日本でインストールしたアプリを日本語表記のままで使えるので、英語が苦手な人でも操作に戸惑うことはなさそうだ。

日本で白タクというと胡散臭い(そもそも法律で認められていない)けれど、サンフランシスコで利用してみると、タクシーよりも早く捕まえられるし、ドライバーの人当たりも良い。なにより安いのがうれしい。そこで、実際に乗車して何人かのuberXドライバーに取材してみた。

uberX(左)とuber TAXI(右)の同一区間(約3.5km)の料金

タクシーでは考えられない「おもてなし」

平日は病院に勤務しているサンフランシスコ出身のジョアン(推定40代)は、金曜夜から週末だけuberXを稼働している。彼女によれば、1日の乗客数は10〜20人。客単価はバラバラだが、月に1000ドル以上は稼いでいるという。

見ず知らずの人を自分の車に乗せる不安はないのかと聞くと、「今までに不快な思いをしたことは一度もないわ」と事も無げに答える。uberXはモバイルの広告で知ったと言い、「生活を支えるため」にドライバーをやっているそうだ。

印象に残ったのは、僕が車に乗り込もうとすると、トランクからキンキンに冷えたペットボトルの水を手渡してくれたこと。乗客に無償で提供しているそうで、タクシーではとうてい考えられない「おもてなし」だった。

Uberでは、利用者が降車後に運転手を5段階で評価し、その点数が他の利用者にも公開されるようになっているのだが、こうした仕組みがドライバーのサービス精神を駆り立てているのだろう。


手数料は20%、まもなく15%に

平日は救急車のディスパッチャー(通信指令員)をしている30代女性(推定)のブリジッタは、FacebookでuberXの存在を知り、6月から週末限定のドライバーとなった。

1日の収益は200〜400ドル。Uber側には売上の20%を手数料として支払っているという。手数料はまもなく、すべての運転手に一律で15%に引き下げられるとも言っていて、「わりといいお金になるわ」と満足気だった。

彼女はUberの競合サービスである「Lyft」のことも知っていた。Lyftの運転手はやらないのかと尋ねたところ、「Lyftは車のナンバーにピンクの髭を付けるのがダサい」という理由でUberを選んだそうだ。UberとLyftを掛け持ちしている友だちもいるのだとか。


本業になりつつある

イギリスに本拠を構える石油大手のBPを2月にレイオフされたという40代男性は、「uberXが本業になりつつある」と言う。本業にしようというだけあってか、燃費の良いハイブリッドカー「PRIUS V」(日本ではプリウスアルファ)に乗っていて、平日は毎日10時間稼働。1日の売り上げは200〜350ドルに上るという。

彼によれば、サンフランシスコではタクシー業界からの反発も大きいようで、タクシーの配車サービス「Uber TAXI」が空港で乗客をピックアップするのは禁止されているという。実際に空港でアプリを立ち上げると、確かにUber TAXIの項目は表示されなかったが、uberXは規制の対象外となっているようだ。


こうした一面からも、Uberがタクシー業界とバチバチやりあっている様子が垣間見られるが、少なからず顧客を奪われているuberXについて、タクシー運転手はどう思っているのか?

「奴らは素人」と吐き捨てるタクシー運転手

25年間、タクシーで生計を立てているというドライバーに聞くと、語気を強めて「uberXの奴らは素人。何の研修も受けてないし、道も知らない。俺の頭の中にはこの街のすべてが入っている」と吐き捨てる。道順はuberXの車両に据え付けるアプリに表示されるのだが、この道25年の「プロ」からすると「素人」に見えるのだろう。

タクシードライバーが「奴らは素人」と切り捨てる背景には、2013年12月にサンフランシスコでUberの契約ドライバーが交通事故を起こし、6歳の少女を死なせてしまった事件があるのかもしれない。この事件を受けてロサンゼルスのタクシー会社の幹部は、「Uberの車に乗ることは、ふつうのタクシーに比べて危険である」という声明を出している。

先述した通り、Uberには乗客が運転手を評価するシステムがあるためか、ドライバーは運転が荒いこともなく、態度が悪いこともなかった。そして、価格もタクシーと比べると3割から5割くらい安い(ただし、Uberでは利用状況に応じて「高需要料金」も設定している)。事前に登録したクレジットカードで自動決済されるので、精算時に現金のやりとりをしたり、チップの計算をする必要がないのも快適だ。

サンフランシスコでuberXを試して感じたのは、タクシーはディスラプト(破壊)されつつあるのかもしれないということだ。手を上げて数十秒でタクシーが捕まる東京と違い、サンフランシスコで流しのタクシーを捕まえるのは簡単ではない。15分かけてやっとタクシーが止まったと思えば、行き先を告げたら何も言わずに走り去られたりもする(実体験)。

uberXがそこまで浸透していない地域もあると思うが、少なくとも僕は、サンフランシスコでタクシーを使おうとは思わない。日本ではタクシー業界の相当な反発があったり、法整備も必要になるので上陸は簡単ではなさそうだが、実現すれば「黒船」になるのは間違いないだろう。


Samsungもコモディティー化による「死の価格レース」に巻き込まれている

テクノロジーの歴史で繰り返し起きてきた現象がまた起きている。あるジャンルの製品があまりに多様化し、無数のメーカーによってありとあらゆる機能とデザインが試されると、ユーザーの選択の基準は最後には価格に収斂してしまう。いったんそういう状況になると、小回りの効く新興メーカーが低価格を武器に既存の大メーカーに挑戦し、大メーカーは高価なハイエンド製品にシフトして売上高を確保しようと試みる。たとえばDellはネットブック市場の不振にDell Adamoで対応しようとした。そしてけっきょくは底なしの価格競争に疲れ果てて全員が倒れることになる。

ノートパソコン、フィーチャーフォン、上記のネットブックなどみなこの運命をたどった。

どうやらこの「死の価格レース」がスマートフォン市場にもやって来たようだ。いっとき絶好調だったLGもHTCも不振が続いている。次にコモディティー化の波に飲まれそうなビッグ・プレイヤーはSamsungだ。今後ひどいことになりそうな予感がする。

私はGalaxyシリーズの大ファンだ。しかし最新のS5には乗り換えなかった。理由はソフトウェアだ。もともとAndroidは完璧には遠い(といえば非難のコメントが殺到しそうだ。こう感じるのは私だけなのだろう)システムだが、マルウェアがはびこり、Play Storeにはガラクタのアプリが大量に並んでますますユーザー体験を損ねている。私は我慢して使っているが、楽しんでいるわけではない。

そのうえSamsungにはライバルが次々に現れている。300ドルのCyanogenmodベースのギーク向けスマートフォンもあれば、HuaweiやLenovoのエントリー・モデルもある。特に中国ではSamsungのシェアが急速にXiaomiに奪われつつある。130ドルと手頃な価格ながらスマートなRedMiハンドセットはSamsungの安っぽいプラスチックのエントリーモデルから魅力を失わせている。KantarWorldPanel ComTechの5月末のレポートによると、4月にはXiaomiは販売台数トップの座を再度奪った。しかも顧客の4分の1はSamsungからの乗り換えだったという。

つまりSamsungはシェアは低いものの天文学的利益を積み上げているAppleから無名のハードウェア・スタートアップまで全員と競争しなければならない。

この好ましからゼル状況はSamsungの売上高の推移に現れ始めている。売上高は9%から11%ダウンし、利益は24%ダウンした。S5は起死回生の特効薬という触れ込みだったが、 そうはならなかった。笑ってしまうのはこのブルームバーグの記事と記事のURLの食い違いだ。〔記事のタイトルは『Samsung、四半期決算はアナリストの予想を下回るも業績回復を予測』だが、URLの文字列には『Samsung予測を下回る―低価格製品が不振』とある〕。ビジネス界は皆Samsungに回復してもらいたいのだが、そういう情勢にはなっていない。

テクノロジー・アナリストのBen Thompsonはこの点について鋭い説明を与えている。まず第一に「ほとんどの消費者は価格を第一に考える」。たとえばMoto GとSamsungのスマートフォンという選択では結局価格がものを言う。無数の類似製品の山の中ではブランドは無力だ。

Thompsonはこう書いている。

結局のところSamsungの最大の問題はソフトウェアで差別化ができていない点だ。そうなれば長期的な競争力の源泉は価格しかなくなる。この点ではHPとDellを先例として学習する必要があるだろう。スマートフォン市場はパソコン市場とよく似ている。独自のOSを搭載したハードウェアのメーカー〔Apple〕だけが巨額の利益を積み上げる一方で、それ以外の全てのメーカーはソフトウェアの支配者に利益を吸い上げられるだけの敗者となってしまう。

と、これが偽らざる実情だ。どんぐりの背比べの参加者で満員となった市場(そうではないと言っても無駄だ)では差別化の要因は価格だけになる。誰もそんな競争はしたくない。しかしけっきょくはそこに落ち込んでいくのだ。今後状況はさらにひどくなるだろう。

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(翻訳:滑川海彦 Facebook Google+


インターネット時代の性教育

ちょっと前まで、「性教育」(birds and the bees)といえば、たとえば「生命の不思議」(The Miracle of Life)をビデオデッキに入れておくという形でなされていた。しかしワールドワイドウェブが誕生し、インターネットポルノも溢れるようになった。そんな時代、性教育のあり方も変わりつつあるようだ。

1000組の親を対象としたある調査によれば、インターネットの影響を考慮して、80%以上が自分たちが性教育を受けた時期よりはやめに、子供たちに知識を伝えようとしているのだそうだ。平均すると10歳くらいの時期に性や性行為について子供たちに伝えているのだとのこと。

これは、親の世代と比較してみると5年もはやい時期に性教育を行っていることを意味する。性教育がゆっくりで良かった時代の両親たちは、そもそも親子でセックスに関する話などしたことがないという人も多い。

確かに、親子で話をする際に、もっとも扱いに困るもののひとつが「ポルノ」関係だろう。しかしSnapchatなどでも興味本位の画像が流れたりする中、ネットやテレビで性に触れる前に、きちんとした教育をしておくべきだと考える親が増えてきたようなのだ。

別の調査によると、8歳から18歳の子供たちは、1日に7.5時間もネットやテレビなどに触れているとのこと。すなわち両親や、あるいは教師などと触れ合う時間以上の時間をメディアコンテンツに接して生活しているということになる。

インターネットを使ったり、テレビを見る時間を制限しても、たとえば友達の家で見てくるというケースもある。また持たせたスマートフォンの利用を制限するというのも、ほぼ不可能な話だ。また、そもそも半数以上の子供たちは、課された時間制限など守りはしないという調査結果もある。このような状況の中、たとえ積極的に話題にしたいわけでなくても、子供たちと性の話をすべきであると考えている人は10人中8人になるのだそうだ。

もちろん、気まずい中ですべてをお互いを見つめながら話す必要はない。たとえばiPad用のBirdeesなどが、赤ん坊はどうしてできるのかという話の導入部分を受け持ってくれる。また子供たちがGoogleで性に関する単語を検索してみるように「how to talk to your kid about sex」(子供と一緒にセックスについて話す方法)などを検索してみれば、ヒントを得ることもできるだろう。

Futures Without Violenceや司法省の女性に対する暴力を扱う部門(Department of Justice’s Office on Violence Against Women)が運営しているThatsNotCool.comなども、友人やパートナーとの健全な関係の保ち方などについてヒントを与えてくれる。

チャットなどで性に関する話題を扱い始める前に教育を与えておくのは悪いことではないはずだ。またMTVのIt’s Your Sex Lifeのサイトで展開しているGet Yourself Testedなどのページも、セックスによって「病気」になることもあることを学ぶことできるようになっている。もちろん「寝た子を起こす」論もあるわけだが、しかし性教育の一般化や無料コンドーム配布の試みなどを通じて、十代の妊娠は史上最少になってもいるのだ。

中絶反対論の立場にたつ人も、性教育の必要性をもっと積極的に認めるべきかもしれない。中絶件数も歴史的に見てかなり低いレベルになっているのだ。妊娠を防ぐための教育や議論、あるいはピル利用の一般化などによって、望まない妊娠は確かに減りつつあるようなのだ。

若いうちにセックスについての話題に触れることが、精神的にどのような影響をもたらすのかについてはわからないこともある。しかし大量の情報が溢れる現在、子供たちに知識を持たせる必要はあるはずだ。そのことを考えた時、興味本位の偏った情報を与える可能性のあるネットに任せるよりも、子供を世に送り出した者が、知識を伝える役割を担うのが適切だと言えるのではないだろうか。

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(翻訳:Maeda, H


金融庁「ファンド販売規制」の衝撃、独立系VCが連名で反発の声

金融庁が5月14日に公表した「プロ向けファンド」の販売制限案が、一部のスタートアップ業界関係者に衝撃を与えている。改正案の骨子は、ファンドの個人への販売を1億円以上の金融資産を持つ人に限るというもの。政府は金融商品取引法の政令などを改正し、8月1日から施行する。

こうした動きに対しては6月9日、磯崎哲也氏ほか独立系ベンチャーキャピタリストらが販売制限に反対するパブリックコメントを政府に提出。「日本の成長戦略の成功に大きく関わる独立系ベンチャーキャピタルファンドの新たな組成・発展を著しく阻害しかねない」と懸念を表明している。

プロ向けファンドとは

いわゆるファンド業務(ファンドの運用や販売勧誘)を行う場合は本来、「金融商品取引業」を行う者として金融商品取引法上の「登録」が必要。これに対して、ベンチャーキャピタル(VC)ファンドを含むプロ向けファンドは、「登録」でなく「届出」でよいこととされ、販売勧誘規制が緩和されている。

届出をした業者は、証券会社や銀行などの「プロ投資家」(お役所用語で「適格機関投資家」と言う)が1人でもファンドに出資していれば、49人までは一般投資家もファンドに勧誘できるようになっている。国民生活センターが公開しているグラフによれば、次のようなイメージだ。

規制の背景は消費者トラブル

改正案が公表された背景には、「誰でも勧誘できる」制度を悪用する一部のプロ向けファンド届出業者の存在がある。

国民生活センターによれば、いくつかの業者が不特定多数の一般投資家への勧誘を前提としたプロ向けファンドを組成し、投資経験の乏しい高齢者に「必ず儲かる」と勧誘したり、リスクを十分に説明せずに出資契約を結ぶケースが続出。2012年度に同センターに寄せられたプロ向けファンド業者に関する相談件数は1518件に上り、3年前に比べて約10倍に増えている。

また、プロ向けファンド届出業者の一覧を掲載している金融庁のサイトによれば、4月30日現在で業者の届出件数は3546件。このうち、連絡が取れなかったり、営業所が確認できない「問題届出業者」は614件と、全体の約17%を占めている。

消費者トラブルが相次いだことを受けて金融庁は5月14日、プロ向けファンドの販売先を「適格機関投資家と一定の投資判断能力を有すると見込まれる者」に限定する改正案を公表。ここで言う「一定の投資判断能力を有すると見込まれる者」とは以下を指している。

1)金融商品取引業者等(法人のみ)
2)プロ向けファンドの運用者
3)プロ向けファンドの運用者の役員、使用人及び親会社
4)上場会社
5)資本金が5000万円を超える株式会社
6)外国法人
7)投資性金融資産を1億円以上保有かつ証券口座開設後1年経過した個人

個人投資家からの出資のハードルが高くなる

独立系のベンチャーキャピタリストらが改正案で問題視しているのは、ベンチャー企業の創業や経営、新規上場に精通した「エンジェル」をはじめとする個人投資家からの出資のハードルが高くなることだ。

磯崎氏らが提出したパブリックコメントでは、小規模独立系のVCはエンジェルからの出資に一定割合を依存しているが、今回の改正案はエンジェルの出資が要件を満たさないことになるおそれがあると指摘。その結果、独立系VCの投資活動が阻害される可能性があるとして、次のようにエンジェルの重要性を訴えている。

機関決定を要する会社やファンドからの出資と異なり、エンジェルは意思決定が迅速で、かつ多様な領域のベンチャーに対して関心がありますので、新しい可能性へのチャレンジには不可欠なものであります。このただでさえ少ない日本のエンジェルの活動が、形式的な要件でさらに制約されてしまうことは、日本の今後の成長戦略にも大きな足かせとなってしまいかねません。

端的に言えば「個人はVCに出資するべからず」ということ

パブリックコメントに磯崎氏とともに名を連ねる、East Venturesの松山太河氏はFacebookで、「端的にいえば『個人(エンジェルなど)はベンチャーキャピタルに出資するべからず』『大企業だけはベンチャーキャピタルファンドに出資してよし』という内容」と、改正案に危機感を示している。

ベンチャーユナイテッドの丸山聡氏は自らのブログで、独立系VCへの影響を危惧している。「若手にとっては最初のファンド組成をするということはとっても大変です。出資をする適格機関投資家を見つけられたとしても、金融機関などは出資することはまずないですし、上場企業からの出資というのもハードルが高い」。仮に、金融庁が「投資判断能力を有する者」と定義する「投資性金融資産を1億円以上保有し、かつ証券口座開設後1年経過した個人」が見つかったとしても、その資格を満たしていることを届出事業者が確認しなければならない点が最大のハードルだと指摘する。

「そもそもファンドに出資してくださいってお願いにいって、資格を満たしているかどうか確認のための書類を出してくださいって言われたら、なんか面倒だから出資はやっぱり難しいなっていうことになるのが世の常な気がするんですよね。。。」

個人投資家からの投資のハードルが高くなるという点については、金融庁も「投資判断能力を有する者以外の者が、プロ向けファンドを購入できなくなるという社会的費用が発生するおそれがある」と認識。しかし、現状では「適切な勧誘によりプロ向けファンドを購入している投資家の大部分は投資判断能力を有する者であると考えられることから、その影響は限定的」として、規制強化によって不適切な勧誘による投資家被害が減少するメリットのほうが大きいとの見解を示している。

パブリックコメントでは、ベンチャーキャピタルに投資をする場合について、リスクや資産の状況、判断能力などを考慮し、問題が発生する可能性が低いと考えられる投資家については、規制の対象外とするよう求めている。具体的には、過去にファンド運営の経験を持つ個人、上場企業の役員と大株主、公認会計士や弁護士などの士業資格者らを、販売規制適用から除外すべきだと訴えている。

「独立系ベンチャーキャピタリスト等有志」名義で提出されたパブリックコメントには磯崎氏と松山氏のほか、赤浦徹氏、加登住眞氏、木下慶彦氏、郷治友孝氏、榊原健太郎氏、佐俣アンリ氏、孫泰蔵氏、中垣徹二郎氏、村口和孝氏といった独立系ベンチャーキャピタリストや個人投資家が名を連ねている。このほかの賛同者に対しては、パブリックコメント窓口から提出期限である6月12日17時までに、意見を提出してほしいと呼びかけている。

アメリカほどではないとはいえ、広くは伝わらないが日本でも新規株式公開(IPO)や合併・吸収(M&A)を果たすなどして成功した個人が、エンジェルとなって次世代のスタートアップに投資するケースが増えつつある。今回の規制強化は、消費者トラブルが増えていることを受けての対策ということは承知のうえだが、ベンチャーを取り巻くエコシステムに悪影響を与えない落とし所を見つけてほしいものだ。

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