AI時代のカスタマージャーニー強化法

テクノロジーは何百年もの間、世界で経済成長の礎(いしずえ)の役割を果たしてきた。それは直近の3つの産業革命を支えており、いまや様々な分野に出現しつつあるテクノロジーによって示される、第4次産業革命の原動力になっている。

当然のことながら、人工知能はこの新しい革命を推進する重要な技術の1つだ。現代コンピューターサイエンスの父、アラン・チューリングが、1950年代に述べたように、「私たちが望むのは、経験から学ぶことができる機械である」。彼の論文”Computing Machinery and Intelligence”(計算する機械と知性について)は、ニューラルネットワークとコンピューター知性をいかに計測すべきかについての最も初期の記述である。AIのコンセプトは新しいものではないものの、私たちはAIが企業の中の実際のビジネス価値を、ようやく推進しようとしている局面に立ち会っているのだ。

今日の企業は、AIを活用して顧客、パートナー、従業員のエクスペリエンスを強化し改善しようとしている。しかし、多くの人がまだ認識していないことは、AIの良さはそれをサポートするAPIの良さに左右されるということだ。

たとえば、私たちは会話型コマースの登場を目にしている。そこでは消費者たちはAlexaやSiriのようなデジタル音声アシスタントを介して、ビジネスやサービスとの対話を行うのだ。ここでは非常に重要な2つのことが起きている。第1に、音声アシスタントは、音声コマンドを理解するためにAIと機械学習技術(別の言葉で言えば、大量の既存データを使用して訓練されたアルゴリズム)を利用する。第2に、音声アシスタントは、そうしたコマンドを実行するために、対応する仕事を行ってくれるAPIを提供しているバックエンドサービスを呼び出す。例えばそうしたバックエンドサービスには、データベースから製品情報を取り出したり、注文管理システムに注文を投入したりするものが含まれるだろう。APIたちこそがAIを本当に役に立つものにするのだ。それなしには、AIモデルの価値は企業には開放されない。

AIの課題

多くの企業がAIベースのシステムを導入し始めている。ガートナーが最近行った3000人以上のCIOに対する調査によれば、21%は既にAIへのパイロットプロジェクトや短期計画に取り組んでいると回答している。また別の25%は、中長期計画を持っていると答えている。

しかし多くの企業では、チャットボット経由のクエリや、AIや機械学習ベースのプラットフォームを通じたレコメンデーションを、顧客に提供するポイントソリューションとしてAIを採用している。だがこうしたポイントソリューションは、カスタマージャーニー全体へ影響する力を持っていない。現代のデジタルワールドにおけるカスタマージャーニーは複雑で、その対話は様々なアプリケーション、データソース、そしてデバイスの上に散らばっている。ビジネスにとって、企業の中にある全てのアプリケーションサイロ(例えばERP、CRM,メインフレーム、データベースなど)を横断して、データを開放し統合して顧客の全方位像を作り上げることは非常に困難である。

では、AIを実現するために、企業はこうした情報システムをどのように開放すればよいのだろうか?その答えはAPI戦略だ。フォーマットやソースに関係なく、システムを横断して安全にデータを共有できる能力を持つAPIは、企業の神経システムになる。適切なAPI呼び出しを行うことによって、AIモデルと対話するアプリケーションは、AIシステム(あるいは脳)が提供する洞察に基づいて、実行可能なステップを遂行することができる。

APIはAIをどのように活かすのか

成功するAIベースのプラットフォームを構築するための鍵は、組織全体の開発者たちによって容易に見つけることができて、利用することができる一貫したAPIを提供することに、投資を行うことだ。幸運なことに、APIマーケットプレイスが登場したことにより、ソフトウェア開発者がゼロからすべてを作成するために汗を流す必要はなくなっている。その代わりに、開発作業を加速するために、社内外の作業を発見して再利用することができる。

さらにAPIは、適切な情報へのアクセスを可能にすることによって、AIシステムのトレーニングを支援する。APIはまた、幅広いアプリケーション環境で、神経システムであるコミュニケーションチャネルを利用できるようにすることで、AIシステムがカスタマージャーニー全体に作用する能力を提供する。適切なAPIを呼び出すことで、開発者はAIシステムによって提供される洞察に基づいて振る舞うことができる。例えばAlexaやSiriは、バックエンドのERPシステムに対して、ブリッジなしで直接顧客の注文を行うことはできない。APIはそのためのブリッジとしての役割を果たすだけでなく、将来的にもそのERPシステムが他のアプリケーションと対話するために再利用される。

APIは、レガシーシステムからデータを開放したり、データをプロセスに組み込んだり、そしてエクスペリエンスを提供したりするといった、特定の役割を果たすために開発されている。サイロ化されたシステム内に閉じ込められたデータを開放することで、企業はデータの可用性を企業全体から手の届くものにするのだ。開発者は、データソースを選択してAIモデルをトレーニングし、AIシステムを企業の広範なアプリケーションネットワークに接続して実行することができる。

AIを使用してカスタマージャーニーを強化する

AIシステムとAPIが共に活用されて、適応性に優れた実行プラットフォームとなるにつれて、カスタマージャーニーは劇的に変化する。次のようなシナリオを考えてみよう:ある銀行が、家の売買を考えている顧客を対象としたモバイルアプリを提供しているとする。このアプリの中では、顧客は関心のある不動産を簡単に指定することが可能で、たとえば不動産の売買履歴情報や、近隣の情報、そして市場動向などの豊富な情報が、すぐにAPIを通して提供される。顧客は、アプリケーションでAI対応のデジタルアシスタントと対話して、融資の承認やローン金利を含む、ローン申請プロセスを開始することができる。モバイルアプリから取得された全てののデータは、エラーを減らし顧客に迅速で優れた体験を提供するために、住宅ローンプロセスにフィードバックされる。

企業はAIシステムの潜在的な可能性を、顧客にとって真に差別化された価値を生み出すための適応型プラットフォームを構築するといった戦略的なレベルでは、真に実現していない。ほとんどの組織では、AIを活用して大量のデータを分析し、顧客を引きつけるための洞察を取り出しているが、十分に戦略とは言えない。戦略的な価値は、こうしたAIシステムが、企業の幅広いアプリケーションネットワークに組み込まれて、パーソナライズされた1対1のカスタマージャーニーを推進できるようになったときじ実現できる。API戦略を導入することで、企業はAIが提供すべき可能性の完全な実現に向かって進み始めることができるのだ。

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(翻訳:sako)

Nvidia、時価総額半減で厳しい局面に――暗号通貨、ライバル、中国、いずれも逆風

Nvidiaの株価は上場以来の最高値を付けた後、数週間後に最安値に転落した。

これほど短い期間に時価総額の半分近くを失うというのは容易ならざる事態だ。テクノロジー分野では瞬きするくらいのあいだに鉄壁とみえたビジネスが消え失せるという例の一つをNvidiaは実証した形だ。Nvidiaはチップ・メーカーとして確固たる地位を確立するためにビジネスのコアとなるプロダクトを拡大する長期計画を実行に移してきたが、ここに来て強烈な逆風に苦しめられている。

振り返ってみると、NvidiaはまずGPU(グラフィカル・プロセス・ユニット)の有力メーカーだった。Nvidiaの優秀なGPUはゲームからCADまでさまざまな並列処理に用いられた。プロダクトは機能、信頼性ともに高く、NvidiaがGPUマーケットで大きなシェアを得ることを助けた。

しかし高度ななグラフィカル・レンダリングを必要とするマーケットは比較的小さく、ここ数年Nvidiaは新しい応用分野の開発に熱心だった。この分野には人工知能、機械学習、自動走行車、暗号通貨などが含まれていた。これらはすべて強力な並列処理を必要とし、Nvidiaの得意とする分野だった。

この戦略はおおむね成功した。ここ数年、Nvidiaのチップは暗号通貨スタートアップでひっぱりだことなり、世界的なチップの供給不足を引き起こし、 コアなゲーマーの間に不満が高まったほどだった。

これはNvidiaの収入を大きく押し上げた。 2013年の8-10月の四半期の収入が10.5億ドルだったのに対し、2年後の同期は2015年は13.1億ドルと伸びはゆっくりしていた。これは成熟した市場のトップメーカーの場合珍しいことではない。しかしNvidiaが精力的に新応用分野の開拓を始めると成長は一気に加速した。今年の直近の四半期の収入は32億ドルと2013年の3倍になっている。これにともなって株価も急伸した。

ところがNvidiaの新分野への進出は多方面で障害に突き当たっている。中でも最悪の影響を与えたのがここ数ヶ月の暗号通貨価格のクラッシュだ。これによって暗号通貨市場そのものから火が消えた。打撃を受けたのはNvidiaだけではない。暗号通貨のマイニング処理に最適化したチップを製造していたBitmain暗号通貨バブルの破裂でいきなり失速している。今週、同社はイスラエル・オフィスの閉鎖を発表した。

Nvidiaの今年の収入を見ればこの問題の影響は明らかだ。今年、収入はこの3期続けて31億ドルから32億ドルであり、ほとんどフラットだった。一部ではこの状態はクリプト二日酔いと呼んでいるらしい。しかし暗号通貨はNvidiaが対処を求められている問題の一つに過ぎない。

高度な並列処理を必要とする次世代コンピューティング分野でNvidiaはスタートアップも大企業も含まれる強力なライバルの出現に悩まされている。ライバルには本来Nvidiaのユーザーと目される企業も入っている。たとえば、Facebookは独自の並列処理チップを開発中だと報じられたAppleは何年も前からそうしているし、Googleもこの分野に参入した。Amazonも精力的だ。Nvidiaにもちろんライバルと戦うノウハウがあるが、ライバル各社はそれぞれの応用分野を熟知しており、きめて優秀なアプリケーションを開発できる。このマーケットでトップを維持するには非常に激しい競争に勝ち抜かねばならない。

新分野におけるアプリケーションの開発競争に加えて、地政学的緊張の高まりもNvidiaに打撃となっている。2週間前にDan StrumpfとWenxin FanがWall Street Journalに書いているとおり、Nvidiaは米中貿易摩擦の高まりに直接影響を受けている。

…Nvidiaの昨年の収入、97億ドルのうち20%は中国からのものだった。 Nvidiaのチップは急成長中の中国のAI産業における各種プロダクト〔を始め〕各種のプロダクトに組み込まれて利用されている。

Nvidiaは両大国の緊張の高まりは…中国がアメリカ製品に対する依存度を下げるために独自チップの開発に力を入れる結果となり…Nvidiaの長期計画にとってマイナスの要素となると懸念している。

暗号、ライバル、中国。この三重苦がこの半月でNvidiaの時価総額の半分を失わせた理由だ。中国問題については次に述べる。

山積する中国問題

ハロン湾(ベトナム) 撮影:Andrea Schaffer/Flickr (Creative Commons)

South China Mornng Postによれば、アメリカを中心とするインターネット企業に現地法人の設立を要求する新しい法律をベトナムが制定したため、Googleが対応を検討しているという。Googleはベトナムの新法に対応すべく現地オフィスを開設しようとしていると報じられていた。同様の問題は中国でも起きるはずだ。

昨日、GoogleのCEO、スンダル・ピチャイが「当面中国に再参入する計画はない」と議会で証言したことは興味深い。ベトナムは、他の多くの国と同様、国家主権が個人情報にも及ぶことを明確にした法律を制定した。これによれば、ベトナムで得られたデータはベトナム国内に保存される必要がある。Googleの手は縛られることになる。中国は当面の悪役だが、ローカル・データへのアクセスを制限しようとする保護主義的動きは中国だけに限られたものではない。

報道によれば、日本の携帯大手3社がHuaweiとZTEの製品を、通信設備から排除する方針を固めたという。これにHuaweiの副会長の逮捕というニュースが続いた。これで日本のキャリヤの中国企業の製品の排除の方針はますます固まったはずだ。 Huaweiの排除はもともとFive Eyesと呼ばれる情報交換協定に加盟している英語圏5ヵ国(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)が決定したものだが、日本はこれに加入していない。日本がHuawei、ZTEを排除することになれば、他のアジア諸国にも波及する可能性が出てくる。そうなれば影響は大きい。

一方、Baidu(百度)は中国を代表する検索エンジンを提供する企業だが、中国政府の監査により、他の80以上の中国企業と共に企業情報を偽っていたことが判明している。 これはBaiduにとって極めて思わしくないニュースであり、 ここ数日、株価は最低水準に落ちた。過去52週の最高値は284.22ドルだったものが、今日の寄り付きは180.50ドルだった。

情報を求む

パートナーのArmanと私は引き続きシリコンバレーのビジネスを取材している。過去数日、投資家やサプライチェーン関係者に取材した結果を上にまとめた。ただしNvidiaの状況は氷山の一角に過ぎない。さらなる情報や分析があれば、danny@techcrunch.comにご連絡いただきたい。

このコラムの執筆にあたってはニューヨークのArman Tabatabaiが協力した。

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滑川海彦@Facebook Google+

音声インターフェイスについて思う7つのこと

今後数年間のうちに、私達は音声による自動化が生活の多くの側面を担うところを見るようになるだろう。音声が全てを変えてしまうわけではないが、私たちがデバイス、スクリーン、データ、そしてインタラクションに対する関係を考える際に、新しいやりかたを示唆するものの一部となるだろう。

私たちはアプリケーション指向から、タスク指向へと変わっていく。個々のアイテムを意識する程度は減り、デバイスエコシステムの集合的な体験の中に暮らすことになるだろう。私たちはデバイスたちが競う個別のスペックを気にするのではなく、それらが可能にする体験そのものを楽しむことになる。

その新しい世界では、個別のデバイスに対していちいち指示を出すような煩わしさから解放されていることを期待したい。

音声が何かを殺すことはない

テクノロジーがやってくるとき、一般的には置き換えではなく拡大が行われる。テレビはラジオを殺さなかったし、VHSやストリーミング動画は映画館を殺さなかった。電子レンジは、コンロにとって変わることはなかった。

なによりまず音声は、人間が機械に対する入出力を行う手段に他ならない。すなわちユーザーインターフェイスの一種なのだ。UIデザインの世界では、1940年代にはパンチカード、1960年代にはキーボード、1970年代にはコンピュータマウス、そして2000年代にはタッチスクリーンの時代を迎えて来た。

これら4つのメカニズムはすべて現在も存在し、パンチカードを除けば、状況に基づいてすべての入力タイプを自由に選択している。自動車内やジム設備で使われているタッチスクリーンはひどいものだが、タッチスクリーン自体は触れて使うアプリケーションを作る目的には優れている。またコンピュータマウスは、ポイントアンドクリックするのに最適だ。それぞれの入力は非常に異なったことを行い、それぞれの向き不向きがある。私たちは、それぞれのデバイスの最適な使い方がどのようなものかをこれまで学んできた。

音声が何かを殺すことはない、キーボードやタッチスクリーンデバイスの売上を落とすわけではない。新しいやり方として加わるだけだ。徐々に増えて行くだけで、互いに食い合う関係でない。

意識的にデザインする必要がある

コンピューターマウスが発明される前に、それを欲しがっている人は当然いなかった。そして実際には、当初多くの人たちがそれまでに存在していなかったマウスに当惑していた。以前は操作するためにはビジュアルなアイコンではなくコマンドラインを使っていたからだ。iPhoneが登場する以前に、タッチスクリーンを通してNokiaを操作する経験は酷いものだった。なぜならオペレーティングシステムが、タッチ向けにデザインされていなかったからだ。3Dタッチはまだ役に立つ機会が少ない、これはこの技術に興奮し、それに向けたデザインを行うソフトウェアデザイナーが少ないためだ。

音声がエキサイティングなのは、これまでのシステムに単に音声を付け加えられる場合ではなく、これまで私たちが見たことのない新しいアプリケーション、インタラクション、そしてユースケースと共に考えられる場合だ。

現時点では、声を私たちのニーズの周りに働かせるのではなく、私たちが声の限界に合わせるように苦労している。

新しくて素晴らしい入口

ほとんどの会社のデスクトップウェブサイトが、もっとも貧弱なデジタルインターフェイスであることに気がついているだろうか。一般に彼らのモバイルサイトの方が良いものである傾向があり、モバイルアプリがもっとも良いものである場合が多い。大部分の航空会社やホテル、あるいは銀行のモバイルアプリは縮小版機能を提供するのではなく(かつてはそういうこともあった)、優れた機能とともに最も速く出来の良い体験を提供する。傾向としてみられることは、新しいことが、新しい設備投資や、優れたひとたち、そして多くの能力を呼び込むということだ。

しかし、ほとんどのデジタルインターフェースは、それを作った会社の機能、ワークフロー、そして構造を中心にデザインされている。銀行たちは誰かに送金するために8通りの異なるやりかたを提供したり、自分たちの組織に基づいて構築されたやり方を提供するかもしれないし、またホテルチェーンは場所ではなく自分たちのホテルブランドを軸にしたナビゲーションを行おうとするかも知れない。

だが現実には、人間はプロセス指向ではなく、タスク指向で動くのだ。すなわち結果が欲しいだけで、それがどのように行われるのかには興味がない。Amazon GroceryやAmazon FreshまたはAmazon Marketplaceを使うときに、私はやり方を気にしたいだろうか?全く気にしたくない。音声を使うことで、企業はこれまで受け継いできた従来の面倒なやり方の代わりに、新しいインターフェイスを構築することができるようになる。そうなれば、私は単に「今日ジェーンにお金を送って」と言うだけで済み、10個以上のボタンを押さずに済ませることができる。

再考の必要性

初めて両親にマウスを見せて、ダブルクリックしてみるように促したとき、私はそんなことは、彼らにとって簡単なことだと思っていた。だがカーソルは迷走し、しばしば行方不明になった。かつて両親に対して抱いた失望感と残念感を、いまでは私が音声使おうとするたびに自分自身に感じている。私は新しい方法で情報を考え、私の脳の働き方を再考するために、自分の脳を再プログラムしなければならない。そうなるまでには、時間がかかることだろう。

興味深いのは、音声を使って考えながら成長する8歳児がどうなるのか、そして発展途上国が、教育にデスクトップPCではなく音声入力のタブレットを使ったときに何が起きるのかだ。人間が何かを使って成長するとき、それが何を意味するのか、そしてそれが何を可能にしてくれるかに対する基本的な理解が変容してしまうだろう。この可能性がどのようになるかを見届けるのは、とても魅力的なことになるだろう。

コネクションレイヤーとしての音声

愚かな私たちは、音声を1つの機械と対話するものとして捉え続けていて、全てのマシンを統合する接着剤のようなものとは考えていない。音声は、本質的に出力を得るためには適さないやり方だ。もし1枚の絵が千の言葉に匹敵するというのなら、1枚のTシャツを買うのに一体どれくらいかかることだろう。音声の本当の価値は、すべてのデバイスを横断して使えるユーザーインターフェイスとして使われるときに発揮される。雑誌の広告は、より多くを見つけさせるために、音声コマンドを提供する必要がある。Netflixやテレビ広告に対して声で指示して、商品を買い物かごに追加できるようになるべきだ。音声は、全ての動作を事細かに指示するものではなく、用件を始めさせたり、終わらせたりするためのトリガーとなる。

能動性

私たちがこれまで想定してきたのは、まずデバイスに話しかけることばかりだ。私は本当に、家の中の明かりを点灯するコマンドを記憶したり、そのために6つの単語をわざわざ実際に発声したりしたいのだろうか?いつでもこちらから問いかけたいと思うのだろうか?デバイスがまず発言するようになっていると考えてみよう。音声が能動的に働きかけてくるときに、何が起きるかを想像することは楽しい。可能性を想像してみよう:

  • 「おかえりなさい。夜モードの照明に設定しますか?」
  • 「会議に遅れそうです。目的地へのUberを注文しますか?」
  • 「いつも使っているCiti Bike置き場には、現在自転車がありません」
  • 「今は晴れていいますが、この後雨になるでしょう」

自動化

多くの人は個人情報を共有したくないと考えているが、もし何らかの見返りがあり、透明性があるならば企業を信用するケースも多い。音声はそれ単独で発展することはない。Googleがメールの返信を提案したり、Amazonが買うべきものを助言したり、Siriがコンテキストによって使うべきアプリを提案したりすることと並んで、音声も進化していくのだ。私たちは徐々に、自分の思考や意思決定を、機械にある程度委ねるという考えに慣れて行くだろう。

実際既に多くのアウトソーシングを行っている。私たちは電話番号や住所、そして誕生日を自分で覚えることをしなくなった。体験の記憶をとどめておくために、写真に依存することさえしている。ということである程度の意思決定をアウトソーシングすることは自然なことなのだ。

私の目に映っている中期的な未来像の中では、私たちは日常を自動化するために、より多くのデータを使わせるようになっている。多くの人が、声でAlexaに乾電池の注文をしているが、この先あり得ることは、もう二度と乾電池や洗濯洗剤や取るに足りないもののの注文に関して考えることや、再補充に関する心配をすることはなくなるだろうということだ。

コンピューターが自分自身で合理的に答を推論できるときには、それに関する質問を人間に対してしてはならないという意見もある。テクノロジーが本領を発揮したときには、私たちがそれを見たり、気付いたり、考えたりすることはなくなるだろう。今後数年間は、音声自動化が私たちの生活のより多くの側面を引き継いでいくことになると思われる。未来の音声コマンドは、長い文章やスマートコマンドとしても与えられるかもしれないが、おそらくその大部分は単に「はい」という返答をするだけで済むようになるだろう。

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(翻訳:sako)

Appleが目を光らせるサードパーティ製スクリーンタイムアプリ

アプリの使用時間を追跡したり、ペアレンタルコントロール機能を実現しているいくつかのサードパーティアプリのデベロッパーは、Appleがこの数週間でアプリの審査を厳しくしているのは偶然ではないと危惧している。Appleは、iOS 12に独自のスクリーンタイムの追跡とペアレンタルコントロール機能を組み込んで発売した。それとほぼ時を同じくして、サードパーティ製のスクリーンタイムアプリに対するAppleの審査は厳しくなり、場合によっては不合格となったり、App Storeから削除されたりしている。

それに該当するデベロッパーは、スクリーンタイムを追跡するために、さまざまな方法を駆使してきた。というのも、そのデータを得るための公式な方法が用意されていないからだ。たとえば、バックグラウンドでの位置情報検出や、VPN、さらにはMDMベースのものがあり、複数の手法が組み合わせて使われることもある。

数人のデベロッパーが、ここ2、3ヶ月の間に集まって、自分たちが抱えている問題について話し合った。しかし、その内容を公表しようという人ばかりではない。結局のところ、Appleを公に批判することに抵抗を感じるデベロッパーは多い。特に彼らのビジネスが危険にさらされているときにはなおさらだ。

しかし、彼らの生きる道が閉ざされたと判断したときに、ブログでこの問題について報告した会社も何社かあった。

たとえば10月には、Muteと呼ばれるデジタルデトックスアプリが、App Storeから削除されたことを公表したが、それは他の多くのスクリーンタイム追跡アプリが警告を受けたのとほぼ同時期だった。

その後、3年間も使われてきたスクリーンタイムアプリのSpaceも、11月になってApp Storeから削除されたことを明かした

それだけではない。名前を出されることを望まない他の何社かも、審査不合格に直面していた。

我々が知り得た範囲でも、何社かのデベロッパーは、App Storeのデベロッパーガイドラインの2.5.4条に違反していると告げられている。これは、マルチタスクで動作するアプリが、バックグラウンドで位置検出などを実行してもよい条件を規定したものだ。細かく言えば、そうしたデベロッパーは、「位置情報機能とは関係ない目的で位置情報のためのバックグラウンドモードを濫用している」と指摘されたのだ。

他に、デベロッパーガイドラインの2.5.1条に違反していると言われたデベロッパーもある。それは、公式のAPIを、承認されていない方法で使ってはならないとするものだ。

さらに他のデベロッパーは、彼らがスクリーンタイムやペアレンタルコントロールを実装している方法は、もはや許可されないとはっきり告げられた。

iOS用のSpace

奇妙なことに、SpaceとMuteが公式ブログで不平を表明した後、彼らはAppleから連絡を受け、彼らのアプリはApp Storeに復活することになった。

Appleの担当者は、彼らがデータのプライバシーをどのように扱っているかを尋ね、位置情報ベースのサービスを必要とするユーザー向けの機能がなければ、そのような手法を採用していることを正当化することはできないと念を押したとされる。

SpaceのCEO、Georgina Powellは、「もちろん、Appleが我々の事業を継続できるようにしてくれたことには、大いに感謝している」と言う。

しかし、それらは個別の案件ではないのだ。サードパーティ製のスクリーンタイムアプリの業界では、何年もの間、何の問題なく動いてきたアプリが、精査の対象となりつつある。

iOS上のMoment

しかし、その一方で、審査を通過するアプリもある。まるでAppleは、個別の案件として判断しているかのようだ。

たとえば、TechCrunchがこれまでの4年間に何度も取り上げ、Apple自身がフィーチャーしたこともあるアプリ、Momentも、Appleから連絡を受けたという情報がある。

AppleはMomentにいくつかの疑問を抱いたものの、彼らの答えはAppleを納得させたのだった。このアプリは、削除されていないし、その危険もない。

このように審査が厳しくなっていく状況について不安を感じているかという質問に対し、Momentのクリエーター、Kevin Holeshは「Appleと話をして、Momentの将来が安泰だと感じた」と答えている。しかし彼は、「この問題が進展するについれて、今後どうなっていくのか、ほとんど静観しているところだ」と付け加えた。

ハードウェアデバイスCircle with Disneyと組み合わせたスクリーンタイムアプリのメーカーも、何も影響はないと言われている。(とはいえ、99ドルで購入したホームネットワークのデバイスが突然機能しなくなった場合の消費者の反感も想像してみよう)

すべてのアプリが締め出されたわけではないとしても、AppleはMDM(モバイルデバイスマネージメント)やVPNを利用して動作するスクリーンタイムアプリを問題視しているように思われる。

たとえば、Kidsloxのデベロッパーは、MDMとVPNの組み合わせによって、スクリーンタイムとペアレンタルコントロールを実装していた。このアプリは、デバイスがVPNに接続している時間を監視することで、スクリーンタイム機能を実現していたが、それはAppleがもはやしてはならないと言っている。

KidsloxのCEO、Viktor Yevpakは、スクリーンタイムのためだけにVPNが必要なのではないと説明する。このアプリは、VPNを通して接続することで、ウェブサイトをブラックリストと照合し、子どもたちが安全にブラウズできるようにする機能も備えている。

「どこかに妥協点が必要だ。でなければ、会社全体を殺してしまうことになる、と言ったんだ」と、Appleのアプリレビュー担当者との会話の内容について、YevpakはTechCrunchに明かした。「このアプリには、30人以上の人間が取り組んできた。それでも止めてしまえというのか」とも言ったと。

Kidsloxという1年の実績のあるアプリのアップデートが何度も拒絶された後、そのデベロッパーは、ついに会社の公式ブログという手段を通して、これはサードパーティ製のスクリーンタイム管理の業界の「計画的破壊」であると、Appleを非難した。

実際に話を聞いた多くの人と同じように、彼もAppleの審査が厳しくなったのは、iOS 12が自らスクリーンタイム機能を装備したのと時を同じくしていると、強く信じている。

Kidsloxは今もApp Storeで入手可能だが、そのアップデートは未だ承認されていない。そろそろ時間切れなので、会社のビジネスの方向転換について話し合っているところだと、Yevpakは明かした。

もちろん、Appleはスクリーンタイムの追跡やペアレンタルコントロールのためにVPNが利用されることは意図しておらず、ましてやエンタープライズ向けのMDM技術が、コンシューマベースのアプリに実装されることは望んでいない。そして、そのようなアプリで、これまでそうした利用方法を許してきたということは、Appleはそのデバイスがコンシューマーにどのように使われるかをコントロールすることをあきらめていたことになる。

しかし、そのポリシーはApp Storeの承認と矛盾したものだった。Appleは、何年もの間、ガイドラインに違反するような方法でMDMを使ったスクリーンタイムアプリを通過させてきたが、そのことにはっきりと気付いていたはずだ。

OurPactのルール設定によって、保護者は特定のアプリをブロックできる

その典型的な例の1つがOurPact(特にOurPact Jr.の方)だ。そのアプリは、MDM技術を使って、保護者が子供にスマホの特定のアプリを使わせるかどうか、テキストメッセージをブロックするか、ウェブをフィルタリングするか、その他さまざまなことを、時間帯の指定も含めてコントロールできるようにする。そのアプリは、保護者用に設計されたものも、子供向けのものも、すでに4年間も使われてきた。OurPactによれば、Appleはもはや、そうした目的のためにMDMを利用することを許してくれなくなったという。

「われわれのチームがAppleに確認したところによれば、iOSの純正スクリーンタイム以外のアプリが、他のアプリとコンテンツへのアクセスを管理することは、Apple製デバイスのエコシステムの中では許されない、ということだ」と、OurPactの親会社であるEturi Corp.のAmir MoussavianはTechCrunchに対して文書で明らかにした。「青少年のスクリーンタイムの管理が必要不可欠なものであると認識され始めた今になって、AppleがiOSのペアレンタルコントロール市場を解体することを選択したことは、返す返すも残念だ。」

同社によれば、子供のデバイス用に設計されたアプリ、OurPact Jr.は、この変更による打撃を受けるという。しかし、保護者用のアプリは動作し続けることができそうだ。

Appleが、これらの「ルール破り」のアプリを許可するという寛容性を見せたことは、ある条件ではMDMの利用が暗黙に認められている、というメッセージを、新たにスクリーンタイムの世界に参入しようとするデベロッパーに対して送ってきた。もちろん、Appleによる契約条項にそう書いてあるわけではない。

ACTIVATE FitnessのデベロッパーAndrew Armorは、何年も前から他の多くのデベロッパーがそうしていたのを見て、iOS用のスクリーンタイム管理のためにMDMを導入することを決断した、とTechCrunchに語った。

「私は、このモバイルアプリの開発に、これまでの蓄えのすべてを注ぎ込んだんだ。このアプリは、家庭向けに、スクリーンタイムの管理と運営のためのより優れた方法を提供し、同時に体を動かすことを促すものになるはずだった」と、そのアプリがApp Storeから拒絶されたことについてArmourは語った。「2年もの間、必死の思いで仕事をしてきたのに、ACTIVATE Fitnessを世に送り出すという、私の起業家としての夢は絶たれてしまった。それもAppleの欠陥のある不公正な審査による拒絶のためだ」と、彼は嘆いた。

Appleは、正式なスクリーンタイム用のAPIを公開したり、MDMやその他の技術を使うにしても、スクリーンタイムアプリ用の例外枠を設けたりすることもできるはずだ。しかし、その代わりに、独自のスクリーンタイム機能を実現し、サードパーティに対しては通告するという決断をした。それは、今やApple自身がiOS上のスクリーンタイムの監視機能をコントロールして、サードパーティ任せにはしたくないという意志の現れのように見える。

結局のところ、この決断は一般のユーザーにとってもメリットがない。なぜならAppleが提供する機能は、ペアレンタルコントロールの方に焦点を合わせたMDMベースの方法が提供する機能に比べて劣っているからだ。たとえば、サードパーティ製のスクリーンタイム機能を利用すれば、保護者は特定のアプリを子供のホーム画面から見えなくしたり、そのアプリが動作する時間帯を制限することもできる。

Appleは、この件に関するコメントを拒否した。

しかしながら、Appleの考え方に精通した情報筋によれば、これはサードパーティのスクリーンタイムアプリを狙い撃ちにした締め付けではないという。そうしたデベロッパーに対する差し止めは、進行中のAppleのアプリ審査プロセスの見直しの結果であり、そうしたアプリが違反していたルールは、何年も前から存在していたことに注意すべきだというのだ。

それも一理あるだろう。Appleは、いつでもそのルールの適用を強化することができる。そうしたルールに違反するアプリを開発することは、けっして素晴らしいアイディアとは言えない。特に、Appleが意図していない方法であることを知りながら、デベロッパーが意図的にそうした技術を濫用しようとする場合にはなおさらだ。

とは言え、サードパーティ製のスクリーンタイムやペアレンタルコントロールアプリをApp Storeから駆逐するという決断は、そうしたアプリを実際に使っていたユーザーへの影響を考えると、後味の悪いものになる。

最近の数ヶ月で、FacebookGoogleなどの大手テック企業は、我々が使っているデバイスやアプリには中毒性があり精神的健康に対して悪影響もあるという認識を新たにした。彼らは、この問題に対処するために、さまざまな解決策を提示してきた。シリコンバレー全体が気付く前に、何年も前からまさにこうした問題に取り組もうとしてきたアプリを、今になってAppleが抑え込もうとしているように見えるのは、あまり良いことではない。

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(翻訳:Fumihiko Shibata)

オープンソースの存続を脅かす身勝手な企業に立ち向かう

[著者:Salil Deshpande]

Bain Capital Venturesのマネージング・ディレクターを務めつつ、インフラ・ソフトウエアとオープンソースに強い関心を持つ。

 

地平線に暗い雲が現れた。Amazonなどのクラウドインフラ・プロバイダーは、オープンソースの存続を脅かそうとしている。私は、以前、この問題を初めてTechCruncの記事で報告した。嬉しいことに、2018年になってから、何人かの指導的立場にある人たちが集結して論議を行い、いくつもの解決策を提示してくれた。ここに、先月の動きを紹介しよう。

問題

Amazon Web ServicesAWS)の画面上部にある「Products」メニューにポインターを合わせると、Amazonが開発したものではないがサービスとして提供されているオープンソース・プロジェクトがたくさん現れる。これらは、Amazonに年間数十億ドルの収益をもたらしている。誤解のないように言っておくが、違法ではない。しかし、オープンソース・コミュニティーの存続と、とくに商業ベースのオープンソースのイノベーションに貢献することはひとつもない。

2つの解決策

2018年の初めに、私は20社ほどの大手オープンソース企業のクリエイター、CEO、相談役を集め、オープンソースに詳しいことで名高い弁護士Heather Meekerも加えて、どうすべきかを話し合った。

私たちは、クラウドインフラ・プロバイダーが特定のソフトウエアを商用サービスとして使うことを禁止し、同時に、そのソフトウエアを実質的にすべての人に対してオープンソースにする、つまり、商用サービスではない形で誰もが使えるようにするライセンスを規定したいと考えた。

私たちの最初の提案「Commons Clause」(共有条項)は、もっとも直接的なアプローチだった。これは、もっとも自由で寛大なオープンソース・ライセンスに追加できる条項で、ソフトウエアの「販売」を禁止するものだ。ここで言う販売には、商用サービスとしての提供も含まれる(Common Clauseソフトウエアで作られた別のソフトウエアの販売は、もちろん許される)。Common Clauseを追加すれば、オープンソースから生まれたプロジェクトは、Source-available(ソース利用可能)に変更される。

私たちはまた、別の参加者であるMongoDBが先頭に立って提案されたServer Side Public License (SSPL)も素晴らしいと感じた。ソフトウエアをサービスとして提供することを禁止するのではなく、管理ソフトウエア、ユーザーインターフェイス、アプリケーション・プログラム・インターフェイス、自動化ソフトウエア、モニタリング・ソフトウエア、バックアップ・ソフトウエア、ストレージ・ソフトウエア、ホスト・ソフトウエアなどを含むがそれに限られないサービス提供のためのソフトウエア開発に使用したすべてのプログラムをオープンソース化し、すべてのユーザーはこのサービスのインスタンスを実行できるというものだ。これは「コピーレフト」と呼ばれている。

これらは、まったく同じ問題に対する2つの解決法だ。Heather Meekerは、FOSSAでまとめられた意見を元に、この2つについて解説している。

当初、この努力に対して、コミュニティーを「欺く」ものだという騒ぎや避難が起こったが、それはむしろオープンソース・コミュニティーが解決を必要とする深刻な問題を抱えていることを世間に知らしめ、オープンソース・コミュニティーはそろそろ現実を直視すべきであること、そして、インターネット巨大企業は、彼らが中心的に利用しているオープンソースの相応の代償を支払う時期に来ていることを理解してもらうという、よい方向に転じた。

10月には、Apacheソフトウエア財団(ASF)の役員から連絡があり、業界の需要に応える新しいオープンソースライセンスを一緒に作ろうと提案された。

MongoDBに拍手

SSPLの使用を明言し、それと並行して、オープンソース・ライセンスの認証を受けるためにSSPLをオープンソース・イニシアチブ(OSI)という組織に提出したが、その承認を待たずにSSPLライセンスのもとでソフトウエアの販売を開始したMongoDBの行動は称賛に値する。

OSIは、何がオープンソースで何がそうでないかを「判断」する神聖な立場にあると自認しているため、オープンソースか否かの視野の狭い論議に陥りがちだ。OSIへのSSPLの提出により、MongoDBはOSIのコートにボールを投げ込んだ形になる。OSIは、果たして問題解決のために一歩前進するか、それとも砂の中に頭を埋めてしまうか。

しかし実際は、MongoDBはOSIに大きく貢献している。MongoDBは、自ら問題を解決し、完璧に実用的なオープンソース・ライセンスを銀の盆に載せてうやうやしくOSIに差し出したからだ。

神聖なるオープンソース

SSPLに関するOSIの論議の公開記録は、ときに有益な内容を含み、ときに楽しく、滑稽に感じられることもある。最初にMongoDBがSSPLを提出したとき、OSIのメンバーたちは、SSPLはオープンソース・ライセンスではないと囃し立て、その理由を探しまくった。その後に賛同する声も加わった。しかし、メンバーのひとりJohn Cowanは、彼らにこう言い聞かせたOSIがオープンソースとしてライセンスを認証しなかったとしても、それがオープンソースではないとする理由はない

私が知る限り(それは非常に広範に及ぶが)、それはOSIの仕事ではない。OSIが公的に「ライセンスXはオープンソースではない」と発言したことはない。メーリングリストの人々はそうしてきたが、OSIは違う。「私たちのOSI Certified ™リストにないライセンスは、いかなるものもオープンソースではない」などとも言わない。なぜなら、それは間違いだからだ。だが、明らかにオープンソース・ライセンスであるにも関わらず、なんだかんだと理由をつけてOSIが認定しないというのは、あり得ることだ。

Eliot HorowitzMongoDBCTOで共同創設者)は、質問、コメント、反対意見について丁寧に対応し、次のように結論付けた。

要するに今の世界では、リンクは、プログラムをサービスとして提供する方式に取って代わられ、ネットワークを通じてプログラムがつながることが、プログラムの組み合わせの基本的な形になっていると思う。既存のコピーレフトのライセンスが、こうした形態のプログラムの組み合わせに明確に適用できるかは不確かだ。そこで私たちは、この不確かさに対処するために、開発者にひとつのオプションとしてSSPLを提示したいと考えている。

OSIの目的、役割、妥当性に関する議論が数多く重ねられた。そして、Van LindbergMcCoy SmithBruce Perensから、いくつかの法的な問題が提示された。

そこへHeather MeekerCommons ClauseSSPLを起草した弁護士)が歩み出て、それまでに課題とされていた法律上の問題を完全に解決した。また、その他の解釈もEliot Horowitzによって明確にされ、必要ならばライセンスの表現を変更する意思を示した。

OSIの役割、妥当性、目的に関するメンバー同士の議論は続いたが、そのひとりが鋭い指摘をした。グループの中には「フリーソフト」支持者が大勢いて、オープンソースの質を貶め、新しい指針を打ち出そうとしているという。

もしOSIが、フリーソフトの組織として生まれ変わることを決意したなら、そして「我々」の仕事がフリーソフトであり、「我々」の主眼がフリーソフトにあるなら、名称を「フリーソフト・イニシアチブ」に変更して、すべての人に門戸を開くべきだ。彼らは完全にオープンソースなのだから、彼らに仕事を譲れば、誇りを持ってやってくれる。:-)

SSPLは、ユーザーのタイプで差別をしていないかという議論がある。それはオープンソースの質に関わる問題だ。Eliot Horowitzは、そうではないと説得力のある説明をしている。それで人々は黙ったように見えた。

Heather Meekerは、法的な知識をグループの人々に与えた。それが問題の解決に大いに役立ったようだった。いわゆるオープンソースの定義の第6条を書いたBruce Perensは、SSPLは第6条にも第9条にも抵触しないと認めた。それに続いて彼は、SSPLが違反となるように第9状を改訂することを提言した。

私たちは、この問題ために自刃などしない。OSD #9は2つの言葉で修正でき、役員が集まり次第「執行」できる。それにしても面倒だ。

実績あるオープンソースの弁護士Kyle Mitchellは、そうした戦術に反対している。Larry Rosenは、一部のメンバーの主張(いかなる目的であっても、すべての人がプログラムを使えるというのがオープンソースの基本である)は真実ではないと指摘した。OSIの目的とオープンソースの意味に関する面白い議論はまだ続く。

Carlos Pianaは、SSPLが実際にオープンソースである理由を簡潔に述べた。Kyle Mitchellは、SSPLのときと同じ方法でライセンスを審査するなら、GPL v2もオープンソースではなくなるとも指摘している。

世論の高まり

一方、データベース企業ScyllaDBの創設者Dor Liorは、SSPLAGPLを付き合わせて比較し、こう異論を唱えた。「MongoDBは、もっとうまくCommons Clauseをやるべきだった。そうでなければ、ぐっと堪えてAPGLで我慢すべきだった」と。インメモリー・データベースの企業Redis Labsが、RediSearchと4つの特別なアドオン(Redis自体は含まない)をCommons Clauseライセンス化した後、Player.FMは、Common ClauseライセンスのもとでRediSearchを使いサービスを開始した。グラフデータベースの企業Neo4Jは、コードベース全体をCommons Clauseライセンス化して8000万ドル(約90億8400万円)のシリーズE投資を獲得した。

さらに、 Red Hat Ansibleを開発したMichael DeHaanも、新しいプロジェクトにCommons Clauseを選択した。彼は、オープンソースに関してOSIが「認定」した既存のライセンスを選択しなかった理由を、次のように語っている。

彼らのツイッターや誇大広告の大騒ぎの後、OSIのことはどうでもよくなった。あれは政治的な資金集めの団体だよ。

この2018年のうねりは、修正すべきは業界側の問題であることを示す証拠となった。

Eliot Horowitzは、すべての問題を要約して対処した後、発言を止めて、しばらく遠ざかった。SSPLがオープンソース・ライセンスのすべてのルールに従っているように見えていたとき、そしてメンバーの支持を集めていたときは、Brad Kuhnは、なぜOSIは必要に応じてルールを変更して、SSPLがオープンソースであると思われないように対策しないのかという的はずれな議論を一歩前に進め、こうまとめた。

「ライセンス評価の過程」には、本質的な欠陥があるようだ。

Mitchelは、明確な論拠をあげてSSPLがオープンソースであるという議論に決着を付けた。Horowitzは、改訂案に対して意見や不満を述べてくれたメンバーに礼を言うと、数日後、改訂版SSPLを発表した。

OSIには、MongoDBが新しい申請を行った後、60日以内に次の決断を下すことになった。

  1. 目を覚ましてSSPLが確かにオープンソース・ライセンスであることを認める(わずかな変更は許される)。
  2. OSIには業界の問題を解決する意思はないと世界に公表し、政治オタクとなって理論的な議論に終始する。

ここで言うオタク(wonk)は、最良の道だ。

Wonk:[名詞](口語)政治的方策のささいな事柄に必要以上にこだわる人のこと。

重要なのは、MongoDBが、いずれにせよSSPLの使用を推進するということだ。MongDBがOSIの決断を待つとなると、つまりOSIがなんらかの貢献をするならば、私たちはOSIがSSPLをオープンソース・ライセンスであると認めるか否かを、息を殺して見守ることになる。

目下のところ、OSIの決断は、業界のためというより、OSI自身のためのものだ。それは、OSIが業界の問題解決に協力する方向性を保つか、重箱の隅をつつくだけの役立たずの団体になるかを表す指標になるからだ。もし後者だった場合に備えて、私たちはリーダーシップのある他の団体に目を配り、彼らが業界のニーズに応える新しいオープンソース・ライセンスの創設を目指すときのために、Apacheソフトウエア財団(ASF)と話をしてきた。

SSPLをオープンソースだと認めるなら、それはOSIにとってよいことだが、それは決定打にはならない。John Cowanの言葉を思い出して欲しい。OSIがそのライセンスをオープンソースだと認めなくとも、オープンソースではないという理由にはならない。私たちは、さまざまな業界団体のほぼすべてのメンバーと、彼らがそれぞれの分野で重ねてきた努力に対して、大きな尊敬の念を抱いているが、自分たちを、個々のライセンスがオープンソースかどうかを「判断」する特別な存在だと思い上がっている人たちを尊敬するのは難しい。それは独裁的で、時代遅れだ。

正誤表

この問題をいち早く解決して欲しくて業界に発破をかけるつもりで、以前の記事にこう書いてしまった。「ある人が、どこかの別の人が開発したオープンソース・ソフトウエアを使って、文字通り自分だけが儲かる商用サービスを始めること」(クラウドインフラ・プロバイダーがしているように)は、オープンソースの「精神に反する」と。ちょっと言い過ぎた。率直に言って、正しい表現ではない。オープンソースの理念にこだわる人たちは、そう主張するだろう。私は彼らに喧嘩を売るつもりはないが、「精神の中にあるもの」からは距離を置いて語るべきだった。私の記事の本当の意図がぼやけてしまった。

結論

クラウドインフラ・プロバイダーの振る舞いは、オープンソースの存続を脅かした。しかし、クラウドインフラ・プロバイダーは悪ではない。現在のオープンソース・ライセンスは、元になったオープンソース・プロジェクトやそれを育てて来た人たちへの見返りを支払うことなく、 言葉どおり、それを利用できるようにしている。問題は、クラウドインフラ・プロバイダーの勝手を防ぐ、開発者のためのオープンソース・ライセンスが他にないことだ。オープンソースの標準化を行う団体は、それを邪魔するのではなく、助けるべき立場にある。私たちは、オープンソース・ソフトウエアの開発者が死なずに済むだけでなく、繁栄できる道を確保しなければならない。そのために、クラウドインフラ・プロバイダーに対してもっと強く出られる方法が必要ならば、開発者には、それを可能にするライセンスを用意するべきだ。オープンソース・コミュニティーは、これを最優先課題として早急に取り組まなければいけない。

おことわり

私はMongoDBには、直接、間接を問わず投資はしていません。私は、以下のオープンソース・プロジェクトに携わる次の企業に、直接または間接の投資をしています。SpringMuleDynaTraceRuby RailsGroovy GrailsMavenGradleChefRedisSysDigPrometheusHazelcastAkkaScalaCassandraSpinnakerFOSSAそして……Amazon

[原文へ]

(翻訳:金井哲夫)

イノベーションのサプライチェーン:アイデアは大陸を横断し経済を変革させる

[著者:Alex Lazarow]
公共、民間、社会分野の投資とイノベーションと経済発展の交差点で活動している。Cathay Innovationのベンチャー投資家であり、ミドルベリー国際大学院MBAプログラムの非常勤教授を務める。

西欧では、微積分を発明したのはアイザック・ニュートンとゴットフリート・ライプニッツなどの17世紀の天才学者だとする考えが一般的だが、理論的な基礎はその数千年前に遡る。基礎的定理は、紀元前1820年の古代エジプトで登場し、その後、その影響がバビロニア、古代ギリシャ、中国、中東の文献に見られるようになる。

世界最大級のアイデアとは、こうした性質を持つ。つまり、世界の片隅で生まれたコンセプトが、未来の発展の足場となるのだ。そのアイデアの本当の価値がわかるまでには時間がかかる。また、さまざまな文化や視点からのインプットも必要になる。

技術革新も例外ではない。

今日のテクノロジー界では、それを次の3つの基本方針にまとめることができる。

  • アイデアはグローバルになったときに改善される。
  • よいアイデアは次第に国際的になる。
  • グローバルに試すことが差別化戦略となる。

グローバルに拡大されたときにアイデアは磨かれる

微積分と同じく技術革新も国際的な切磋琢磨によって磨かれる

たとえばライドシェアは、サンフランシスコのUberとLyftによって先導された発明としてスタートしたが、これらのスタートアップは、すぐさまそのビジネスモデルをグローバルに展開した。そしてそれは、地方のニーズに応える形で進化した。今やインドネシアで独占的な地位を誇るライドシェアアプリ「Go-Jek」の場合を見てみよう。Go-JekはUberとLyftのビジネスモデルをそのままコピーしたのだが、そのコンセプトをジャカルタに昔からある未認可のバイクタクシー「オジェック」に適用させる高度なローカライズを行った。

Go-Jekは、オジェックのドライバーには人を運ぶだけでなく、それ以上の可能性があることに気がついた。同社はドライバーの1日の稼働率を最大限に高めるために、人の移動だけでなく、食事の出前、荷物、サービスの配送もできるマルチサービス・アプリを立ち上げた。Go-JekのCEO、Nadiem Makarimはこう話している。「朝は人を家から職場に送り、昼時にはオフィスに食事を配達し、夕方には人を家に送り、夜には食材や料理を配達します。その合間には、電子商取引や金融商品や、その他のサービスを行っています」

ひとつのライドシェア・プラットフォームで幅広いサービスを提供するというモデルは、明らかにシリコンバレーのオリジナルとは異なる。シリコンバレーでは、「Uber for X」(訳注:人以外のものを運ぶUberのようなサービスの総称)を提供する企業が次々と現れているが、UberEatsのようなUberの最新カテゴリーは、東南アジアのモデルに近い。

シリコンバレーは
イノベーションのアイデアと
製造と流通を独占してきた
しかし
その時代は終わった

さらに言えば、Go-Jekのビジョンは、他の地域のアイデアも採り入れている。中国だ。中国では、TencentのWeChatのようなプラットフォームが、相乗りサービス、買い物、食事の出前、そしてもちろん決済など、自社またはサードパーティーのさまざまなサービスを提供している。WeChatの決済機能(Antに相当する)は、中国の主要都市なら、ほぼどこでも使える。

Go-Jekは、競合相手のGrabと同様に、アプリの一部として決済プラットフォームを組み入れることで、そのモデルを進化させた。Uberが金融サービスに参入したときは驚いた。最近開始したUberクレジットカードがそのひとつだ。

これらのモデルは、他の地域の教訓を学び、採り入れて進化してゆく。

種は次第にグローバルになる

歴史的に、シリコンバレー以外の起業家は物真似だと批判されてきた。サンフランシスコやパロアルトで成功したモデルをコピーして流用しているだけだと。

時代は変わっている。

影響力の強い技術革新は、その多くがシリコンバレーの外で生まれている。アメリカ産ですらない。2018年でもっとも成功した新規公開株の一部を見ただけでも、スウェーデンのSpotify、ブラジルのStone、Cathay Innovationの投資先企業である中国のPinDuoDuoなどとなっている。

起業家は、世界各地のイノベーションを真似ることに務めている。モバイル決済を例にとれば、ケニアのM-Pesaがある。今やケニアのGDPの50パーセントに及ぶ決済額を誇る、ケニア中で使える決済プラットフォームだが、これがグローバルに展開された。現在、世界の275以上の国々に普及している。

何かに特化した地域がある。トロントとモントリオールは人工知能のハブとして成長している。ロンドンとシンガポールはフィンテックのハブとして健在だ。イスラエルは、サイバーセキュリティーと分析技術で知られている。また、地域に根ざす活動が、触媒となってそれをさらに発展させている。たとえば、Rise of the Restは、アメリカの起業家を支援している。Endeavorなどの団体は、世界の起業家のハブの発展に尽力している。

黎明期のイノベーションのサプライチェーンでは、新しいアイデアの発生は、次第にグローバル化されてゆく。

エコシステムが理想的な実験場となる

ブロードウェイは、小さな劇場でショーの人気を試し、それから大きな劇場にかけるという方式で知られている。同じようにイノベーターも、新しく生まれた市場でモデルをテストし、やがてスケールアップしてゆく。

地震の早期警戒システム「SkyAlert」は、その好例だ。地震の揺れ自体で亡くなる人は少ない。倒壊した建物に閉じ込められたり押しつぶされたりする事故が、死因の大半を占めている。理論的に地震は、震源地付近で最初に発生した揺れが外に伝搬する段階を捕らえて、早期警報を出すことが可能だ。SkyAlertは、分散された地震センサーのネットワークを使って、建物から外に避難するよう警報を出す。また、企業と協力することで、安全確保のための手順(ガスの遮断など)を自動化することもできる。

SkyAlertは、サンフランシスコ生まれではない。創設者のAlejandro Cantuは、彼がイノベーションの研究所と呼ぶメキシコシティーで起業した。初期バージョンは、商品化よりもむしろ研究開発を目的としたものだ。メキシコシティーで開発することで、製品のイノベーションのコストがずっと抑えられる。人件費は安いし、企業買収も安い。現在のメインターゲットはアメリカだが、メキシコは事業の初期段階の本拠地であり、実験場となっている。

イノベーターのコミュニティーとして
私たちはそうした流れを
活用する好機に恵まれている

シリコンバレーの技術者が、Amazonの家庭向けドローン配送の話を聞き慣れているが、それと同じように、遠くの新興市場で面白いドローン関連のイノベーションが起きていることは、あまり知られていない。インフラが未整備な開発途上国では、ドローンが人々の命を支える可能性を持っている。Ziplineなどのスタートアップは、インフラが破壊されたり、まったく整備されていない地域で、ドローンを使って一足飛びに問題を解決しようとしている。彼らはルワンダにおいて、保健省と協力しながら、日持ちのしない薬剤や血液を配送している。すでに、彼らのドローンは60万キロメートルをカバーし、1万4000ユニットの血液を運んでいる(これは緊急時の必要量の3分の1に相当する)。

起業家たちは、こうしたイノベーションを、より低コストで、需要が逼迫している市場でテストを行っている。やがて、これらのモデルはスケールを拡大して、先進国に戻ってくる。こうして、イノベーションのサプライチェーンは進化する。

この先にあるもの

Economist誌は、「Techodus」(テクオダス)を予測している。シリコンバレーからのイノベーションの大移動が続くということだ。この話には、深い意味がある。

シリコンバレーは、イノベーションのアイデアと製造と流通を独占してきた。しかし、その時代は終わった。クリエイティブは火花は世界各地で発生し、イノベーターたちは低コストで需要が逼迫した市場でアイデアを試す。そうして、そのモデルは、世界中の体験によって磨かれ完成される。

イノベーターのコミュニティーとして、私たちは、そうした流れを活用する好機に恵まれている。根底から変革に対応できる新製品のアイデアを持っているかだろうか? よろしい。それをグローバルに行える人が他にいるか? 新しいアイデアを試してみたいか? それぞれの土地での利点と欠点は何か? 海外でのイノベーションの体験を、その土地に合わせて導入するにはどうしたらよいか?

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(翻訳:金井哲夫)

映画に見る中国のパラレルテクノロジー世界

映画”DETECTIVE CHINATOWN 2″(チャイナ・タウンの探偵2)から何を学ぶことができるだろう?実はかなり多くのことを学べるのだ。この映画は今年11位のヒット作で、例えば「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」や「クレイジー・リッチ!」よりもはるかに興行収入は上回っている。だがおそらく、今年10位のヒット作である「オペレーション・レッドシー」同様、その名前を耳にしたことはないだろう。これらの売上はすべて中国国内で生まれているものなのだ。

このスラップスティックがシャーロック・ホームズ的なものと組み合わされたコメディが、テクノロジーについて私たちに教えられるものは何だろう?私たちがその物語の根底の意味を読み解けば、多くのことを学ぶことができる。1つ目立っている点:最近の有名なアメリカ映画で、スマートフォンのアプリがこれほどプロットに織り込まれている映画はない。映画のキャラクターたちは一括りにされて、常に参照され、ひとつのスマートフォンアプリでまとめられている。投獄されたとき中国人探偵は、何よりも携帯電話を取り上げられたことを嘆く。そして、物語の初めに青い髪の女性ハッカーが「私とWeChat IDを交換してくれる?」と頼むことは、どうということはないエピソードのように思えるが、彼らのWeChatの会話は物語が進むにつれて、プロット上重要な位置を占めて行くことになる。

また西洋のテクノロジーが支配的になる中で、登場キャラクターたちがiMessage/FB Messenger/WhatsAppのいずれでもないチャットアプリを使うのを見ることには、少々違和感がある。インターネットの基本はTCP/IPレベルで世界的に広がっているかもしれないが、私たちは2つの異なったオンライン世界に生きているのだ。1つはFacebook / Google / Amazonの世界、そしてもう1つはTencent / Baidu / Alibabaの世界で、Appleだけがこの2つの世界にまたがって存在しているもののように見える。これは支払いの世界でも同様だ、私は今年初めに中国にいたのだが、マクドナルドを含め、多くの場所でVisaとMastercardがいかに役にたたないかを思い知らされた。西洋オリジンの支払い方法で唯一使えたのはApple Payだけだったのだ。

このことの理由を、グレートファイアウォール(金盾)に求めることは簡単だしある意味正しい(西洋には独自のファイアウォールはないが…。私がこれを書いているのはパリなのだが、現在住んでいるサンフランシスコのニュースを読もうとしたときに、トップの図で示されているような“451 Unavailable for Legal Reasons”(451 法的な理由でアクセスすることができない)という表示に出会った、おそらくこれはGDPRの影響なのだろう)。しかし、中国のアプリや中国のハードウェアは、長い時間をかけて、西洋の技術の模造品を乗り越えてきたのだ。いまや独自のものを作り、その品質もしばしば良いものだ。

それは目覚ましい発展だった。私は、2011年にエチオピアを旅行しているとき、泊まっているホテルのWi-Fiのハードウェアとソフトウェアがみな中国製であることに驚いた。そしてその7年後、ここパリでは、Huawei(華為)の最新スマートフォンを宣伝する6メートルの高さのキラキラ輝くポスターに頻繁に出会う。

中国の力が高まるにつれて、中国とアメリカはお互いを脅威とみなすようになっているようだ(もちろん、これは単なる映画に過ぎないが、多くの文化的前提を学ぶことができる。そして映画「オペレーション・レッドシー」(これは基本的に中国軍の胸踊らせる英雄譚と「ブラックホーク・ダウン」を組み合わせたものだ)は、中国海軍と米国海軍の気になる膠着状況の中で終わる)。そして確かに中国政府は、その悪名高い検閲制度以上の恐ろしいことをしている。たとえば、数百万人と推定されるイスラム教徒たちを、イスラム教徒であるという理由で拘禁するといったことだ。

しかし、純粋に技術的な観点から見ると、西洋のオンライン技術は、図らずも、巨大なものとなり、全く異なるアプリとサービスが開発され広がるようになっている。現段階では、中国のパラレル世界は主に中国の中に存在しているだけで、それ以外の世界にはあまり影響を与えていない。だがそれは、この「サンフランシスコ政治の中のWeChat」ストーリーが示すように、既に変化を始めている。中国が西洋にますます関わるようになるにつれて、私たちは彼らの技術が私たちの技術に興味深いやりかたで重なっていくところを目撃することになるだろう。興味深い時代を過ごせますように。いや本当に。

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(翻訳:sako)

AppleはSilk Labsを買収して次世代のAIに焦点を絞る

最近の調査によると、AppleのHomePodは、ホームハブとして市場が倍増している米国内のスマートスピーカーの市場シェアで、AmazonとGoogleから大きく引き離された3位となっている。シェアは、5%にも満たない。そして、そのフラグシップのパーソナルアシスタントSiriも、理解力と精度においてGoogleに遅れをとっていると見なされてきた。しかしAppleは、さらにAIを強化し、次世代の製品の中心に据えることを目指していることがうかがえる。そしてその動きは、買収によって加速されているように見える。

The Informationによれば、Appleはサンフランシスコを拠点とするスタートアップ、Silk Labsを密かに買収したようだ。同社は、ホームハブとモバイル両用の、AIベースのパーソナルアシスタント技術を開発している。

Silkのプラットフォームには、他のアシスタント技術とは異なる、2つの注目に値する部分がある。1つは、時間の経過とともにユーザーのことを(聴覚と視覚の両方を使って)よりよく学習し、振る舞いを修正すること。もう1つは、デバイス単独で動作するように設計されていることだ。つまり、「常時オン」のスピーカーがいつもユーザーに聞き耳を立て、デバイス内で何か処理しているというプライバシー上の心配や、クラウドとネットワーク技術による制約を受けるといった懸念を払拭できる。

Appleは、まだ取材に応じていないが、少なくとも何人かのSilk Labsの従業員が既にAppleで働いているようだ(LinkedInによれば、Silk Labの9人のエンジニアリング系の社員がそれに含まれている)。

つまり、まだこれが完全な会社の買収なのか、人的な買収なのかははっきりしない。もし、新たな情報が得られれば、この記事をアップデートするつもりだ。しかしそのチームを(そしてその技術を)導入するということは、Appleがすでに市場に出回っているようなものとは異なった製品の開発に注力することに関心があり、それを必要としていることを物語っている。

Silk Labsは、Mozillaの元CTOで、結局うまくいかなかったFirefox OSの生みの親、Andreas Galと、Qualcomm出身のMichael Vinesの両氏によって、2016年2月に創立された。ちなみにVinesは、その後2018年の6月、ブロックチェーンのスタートアップ、Solanaに主席エンジニアとして転職している

Silk Labsの最初の製品は、もともとソフトウェアとハ​​ードウェアを統合したものとして計画された。そして、Kickstarterからほぼ16万5000ドルを調達して、Senseというスマートスピーカーを製造し、発売する予定だった。Senseは、接続された家庭用の機器をコントロールし、ユーザーの質問に答え、内蔵されたカメラによって室内を監視し、人間とその行動を認識して学習できることになっていた。

しかし、そのわずか4ヵ月後、Silk LabsはSenseのハードウェアを切り捨て、Silkと呼ばれるソフトウェアに集中することを発表した。それは複数のOEMから、各社のデバイス上でSilkを稼働させることはできないか、という問い合わせを受けていると、Silk Labsが表明した直後のことだった(そして同社はKickstarter以外からも、約400万ドルを調達した)。

Silkには、そうしたOEMに対して、すでに市場に出回っている数多くのデバイスから差別化するため手法を提供する潜在能力はあったのだ。GoogleやAmazonのような製品に加えて、マイクロソフトのCortanaを利用するデバイスなど、そうしたアシスタント機能を搭載したスピーカーはいくつもある。

Silk Labsがハードウェア開発を中止すると発表したとき、一部の商業的なパートナーシップに関して、いくつかの話し合いが進行中だとしていた。また同時に、IoTデバイスを使ったコミュニケーション機能を開発するために、Silkプラットフォームの基本的なバージョンをオープンソースにすることも発表された。

Silk Labsは、そうしたパートナーの名前は明かさなかったが、会社を買収して廃業してしまうことが、技術を1社で独占するための1つの方法であったことは確かだ。

Silk Labsが構築してきたものを、これからAppleの製品、特に同社のスマートスピーカー、HomePodと結合することは魅惑的だ。

具体的に言えば、ユーザーについて学び、インターネットがダウンしていても機能し、ユーザーのプライバシーを保護する。そして特に重要なのは、常時接続された生活において、他のすべてのものを操作するための要となる、より賢いエンジンを提供できることだ。

それは、現在の市場リーダーから、はっきりと差別化できる機能セットを実現するために、おあつらえ向きだろう。特に、最近ますます重要視されるようになったプライバシーを考慮すればなおさらだ。

しかし、現在Appleが取り組んでいるハードウェアやサービスの領域を考慮すると、Silkチームと、その知的財産が、より広範囲のインパクトを持っている可能性を見ることができる。

Appleは、AIに関しては迷走してきた。2011年に音声アシスタントSiriをiPhone 4Sに初めて導入した際は、まだ他に先んじていた。それから長い間、数少ないえり抜きのテクノロジー企業がAIの有能な人材を独占していると人々が嘆くとき、常にAmazonとGoogle(Microsoftはそうでもないが)が引き合いに出された。そうした企業は、他の会社が製品を開発することを検討したり、より大きな規模での開発に関わろうとする余地を、ほとんど残していないというのだ。

さらに最近では、Alexaを搭載した数種類のデバイスを擁するAmazonや、Googleのような会社は、AI技術をコアとし、さらにメインのユーザーインターフェイスとしても採用したコンシューマー向け製品において、完全に他を出し抜いたようだ。Siriは、と言えば、うっかりTouch Barに触れたり、古いモデルのiPhoneのホームボタンを押してしまった場合に起動すると、うっとうしく感じることさえある。

しかし、こともあろうにAppleが、この分野で進むべき道を見失ってしまったと考えるのは、やはり完全に間違っている。この世界最大の会社は、いつも手の内を見せずに密かに行動することで知られているのだ。

実際、いよいよ真剣に取り組み始め、やり方を考え直そうとしている兆候も、いくつかある。

数ヶ月前に、元Google社員のJohn Giannandreaの下でAIチームを再編成した。そのプロセスの中で、若干の才能ある人物を失ったものの、それより重要なことに、SiriとCore MLのチームが、開発ツールからマッピングまで、社内の異なるプロジェクトにも協力して取り組める仕組みができつつある。

Appleは、過去数年間で、大小さまざまな買収を何十と繰り返してきた。それは、拡張現実、画像認識、そしてバックエンドでのビッグデータ処理など、複数の異なる領域で使えるAIエンジンの開発を目指して、有能な人材や知的財産を獲得するために他ならない。さらに、他にもイギリスのVocalIQなどのスタートアップを買収した。ユーザーとのやりとりから「学習」できる、ボイスインターフェイスを専門とする会社だ。

確かにAppleは、iPhoneの販売台数の低減に直面し始めた(単価は高くなっているので収益は減っていないが)。これは新しいデバイスに注力し、さらにその上で動くサービスをより重要視する必要があることを意味するはずだ。サービスはいくらでも拡張し、拡大させることができる。それによって定常的な収益を得ることもできる。それが、Appleがサービスへのさらなる投資にシフトすべき、2つの大きな理由だ。

AIのネットワークが、iPhoneだけでなく、コンピュータ、Apple Watch、Apple製のスマートスピーカー=HomePod、Apple Music、ヘルスケアアプリ、そしてあなたのデジタルライフ全体を支配することが期待されている。

[原文へ]

(翻訳:Fumihiko Shibata)

AIではなく、量子コンピュータが我々の将来を決める

「量子(quantum)」という言葉は、20世紀後半になって、他の一般的な形容詞では表せない、何かとても重要なものを識別するための表現手段となった。例えば、「Quantum Leap(量子の跳躍)」は劇的な進歩のことを意味する(Scott Bakula主演の’90年代初頭のテレビシリーズのタイトルでもあるが)。

もっとも、それは面白いとしても、不正確な定義だ。しかし、「量子」を「コンピューティング」について使うとき、我々がまさに劇的な進歩の時代に入ったことを表す。

量子コンピューティングは、原子と亜原子レベルで、エネルギーと物質の性質を説明する量子論の原理に基づいた技術だ。重ね合わせや量子もつれといった理解するのが難しい量子力学的な現象の存在によって成立する。

アーウィン・シュレディンガーの有名な1930年代の思考実験は、同時に死んでいて、かつ生きているという一匹の猫を題材にしたもので、それによって「重ね合わせ」というものの明らかな不条理を浮き彫りにすることを意図していた。重ね合わせとは、量子系は、観察、あるいは計測されるまで、同時に複数の異なる状態で存在できる、という原理だ。今日の量子コンピュータは、数十キュービット(量子ビット)を備えていて、まさにその原理を利用している。各キュービットは、計測されるまでは0と1の間の重ね合わせの中に存在している(つまり、0または1になる可能性がいずれもゼロではない)。キュービットの開発は、膨大な量のデータを処理し、以前には不可能だったレベルの計算効率を達成することを意味している。それこそが、量子コンピューティングに渇望されている潜在能力なのだ。

シュレディンガーはゾンビの猫について考えていたが、アルバート・アインシュタインは、彼が「離れた場所の奇妙な相互作用」と表現した、光速よりも速く通信しているように見える粒子を観察していた。彼が見ていたのは、もつれ合った電子の作用だった。量子もつれとは、同じ量子系に属する複数の粒子の状態は、互いに独立して描写することができない、という観測結果のことだ。かなり遠く離れていても、それらはやはり同じ系に属している。もし1つのパーティクルを計測すると、他のパーティクルの状態も直ちに判明するように見える。もつれ合った粒子の観測距離の現時点での最長記録は、1200キロメートル(745.6マイル)となっている。量子もつれは、量子システム全体が、その部分の合計よりも大きいことを意味する。

ここまでの話で、そうした現象がなんとなくしっくりこないというのであれば、シュレディンガーの言葉が、その居心地の悪さを和らげてくれるかもしれない。彼は量子理論を創出した後で「私はそれが好きではありませんが、申し訳ないことに私にはどうすることもできないのです」と言ったと伝えられている。

様々なグループが、それぞれ異なる方法で量子コンピューティングに取り組んでいる。従って、その仕組みについて1種類の説明で済ますのは現実的でないだろう。しかし、読者が従来のコンピューティングと量子コンピューティングの違いを把握するのに役立つかもしれない1つの原理がある。それは、従来のコンピュータは2進数を扱う、ということ。つまり、各ビットは0または1の2つのうちのどちらかの状態しか取れない、という事実の上に成り立っている。シュレディンガーの猫は、亜原子の粒子が同時に無数の状態を示すことができることを説明した。1つの球体を想像してみよう。その2進数的な状態は、北極では0、南極では1になると仮定する。キュービットの世界では、その球全体で無数の他の状態を保持することができる。そして、複数のキュービット間の状態を関連付けることで、ある種の相互関係が生まれる。それによって、量子コンピューティングは、従来のコンピューティングでは達成できない、さまざまな分野のタスクに適応することができるのだ。こうしたキュービットを生成し、量子コンピューティングのタスクを遂行するために十分な時間だけ存在させておくことが、現在の課題となっている。

Jon Simon/Feature Photo Service for IBM

IBM研究者で、同社のTJワトソン研究所の量子コンピューティング研究室に所属するJerry Chow

量子コンピューティングを文明化する

こうしたことは、量子力学の奇妙な世界の入り口に過ぎない。個人的には、私は量子コンピューティングに心を奪われている。技術的な奥義から人類に利益をもたらす潜在的なアプリケーションに至るまで、さまざまなレベルで私を魅了しているのだ。しかし、今のところ、量子コンピューティングの仕組みに関しては、うまく説明しようとすればするほど混乱を招くのが実情だ。そこで、より良い世界を作るために、それがどのように役立つのかを考えてみることにしよう。

量子コンピューティングの目的は、従来のコンピューティングの能力を補助し、拡張することにある。量子コンピュータは、ある種のタスクを、従来のコンピュータよりもはるかに効率的に実行する。それによって、特定の分野で我々に新しいツールを提供してくれる。量子コンピュータは、従来のコンピューターを置き換えるものではないのだ。実際、量子コンピュータが得意分野で能力を発揮するためには、たとえばシステムの最適化などについては、これまでのコンピュータの手助けを必要とする。

量子コンピュータは、エネルギー、金融、ヘルスケア、航空宇宙など、多くの異なった分野での課題の解決を促進するのに有効だ。その能力は、病気を治し、世界の金融市場を活性化し、交通をスムーズにし、気候変動に対処したりするための手助けとなる。たとえば、量子コンピューティングは、医薬品に関する発見と開発をスピードアップさせ、気候変動とその悪影響を追跡して説明するための大気モデルの精度を向上させるための潜在能力を備えている。

私をこれを、量子コンピューティングの「文明化」と呼ぶ。そのような強力な新技術は、人類に利益をもたらすために使うべきだからだ。そうでなければ、我々は船に乗り遅れてしまうだろう。

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Intelの量子コンピューティング用17キュービットの超伝導テストチップは、接続性を向上させ、電気的および熱力学的な特性を向上させるためのユニークな特徴を備えている。(クレジット:Intel Corporation)

投資、特許、スタートアップなどの上昇傾向

これは、私の内なるエヴァンジェリストの主張だ。しかし事実を見ても、投資と特許出願に関する最新の検証可能な世界規模の数字は、両分野における上昇傾向を反映している。そしてそのトレンドは今後も継続するものと思われる。エコノミスト誌によれば、2015年には、機密扱いされていない各国の量子コンピューティングへの投資の世界的な総計は、約17.5億ドルに達している。欧州連合が6億2300万ドルで全体をリードしている。国別では米国がトップで4億2100万ドル、中国がそれに続く2億5700万ドル、次がドイツの1億4000万ドル、英国の1億2300万ドル、カナダの1億1700万ドルの順だ。20の国が、少なくとも1000万ドルを量子コンピューティングの研究に投資している。

Thomson Innovation社が提供する特許検索機能によれば、同時期の量子コンピューティング関連の特許出願件数では、米国がトップで295件、次いでカナダが79件、日本が78件、英国が36件、中国が29件となっている。量子コンピューティングに関連する特許の件数は、2017年末までに430%増加すると予想された。

結局のところ、国、巨大テクノロジー企業、大学、スタートアップが、こぞって量子コンピューティングと、その潜在的な応用範囲を模索しているというわけだ。安全保障と競争上の理由で、量子コンピューティングを探求している国家、および共同体もある。量子コンピュータは現在使われている暗号化方式を破り、ブロックチェーンを殺し、他の暗黒面の目的にも有効だと言われてきた。

私はその独占的で凶暴なアプローチを否定する。オープンソースの協調的な研究開発のアプローチをとれば、量子コンピューティングには、より広範囲の善良な用途があることは明らかだ、と私には思える。この技術へのより広いアクセスが得られるようになれば、それも十分可能だろうと私は信じている。私は、クラウドソーシングによる量子コンピューティングの応用が、より大きな善のために勝利を得ることを確信している。

もし関わりを持ちたいのであれば、IBMやGoogleなどのように一般家庭にも浸透しているコンピューティングの巨人が用意している無料のツールを探してみるといい。また、大企業やスタートアップによるオープンソースの提供もある。量子コンピュータはすでに現在進行形のものであり、アクセスの機会は拡大の一途をたどっている。

独占的なソリューションは、オープンソース、協調的な研究開発、普遍的な量子コンピューティングの価値の提案に屈服するだろうという私の見立てに沿って、北米だけですでに数十社ものスタートアップが、政府や研究機関と並んで、量子コンピューティングのエコシステムに飛び込んだことを指摘させていただこう。たとえば、Rigetti Computing、D-Wave Systems、1Qbit Information Technologies、Quantum Circuits、QC Ware、Zapata Computingといった名前は、もう広く知られているかもしれないし、すでに大企業に買収されているかもしれない。このような発生期にはなんでもアリなのだ。

ibm_quantum

量子コンピューティング標準の策定

関わりを持つもう1つの方法は、量子コンピューティング関連の標準を策定する活動に参加することだ。技術的な標準は、結局は技術の開発を促進し、経済的なスケールメリットをもたらし、市場を成長させる。量子コンピュータのハードウェアとソフトウェアの開発は、共通の用語からも、結果を評価するための合意された測定基準からも、恩恵を受けるはずだ。

現在、IEEE Standards Association Quantum Computing Working Group(IEEE規格協会の量子コンピューティング作業部会)は2つの標準を策定中だ。1つは量子コンピューティングに関する定義と用語であり、それによってみんなが同じ言語で話すことができる。もう1つは、従来のコンピュータに対する量子コンピュータの性能を評価し、両者を比較するためのパフォーマンスの測定法とベンチマーキングに関するものとなっている。

さらに標準を追加する必要があれば、おいおい明らかになるはずだ。

画像のクレジット:VICTOR HABBICK VISIONS

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(翻訳:Fumihiko Shibata)

20歳を迎えた国際宇宙ステーション:重要な11の瞬間

1万7500MPH(時速2万8000キロ)で飛ぶ国際協調

天文学者、技術者、ロケット科学者たちの、前例のない国際協調作業が実を結び、国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)の最初のコンポーネントが打ち上げられたのは1998年11月20日のことだった。それ以来、この史上最大の宇宙船には、数えきれない数の宇宙飛行士、実験、その他の工作テーマが送り込まれて来た。以下に紹介するのは、このインスピレーションに満ちた数十年におよぶミッションの歴史の中から選ばれた、いくつかの素晴らしい瞬間だ。

1984年:レーガンがISSを提案 ― ただしロシアは抜きで

この宇宙ステーションはもともと米国単独の取り組みになる予定だった。しかし程なく、カナダ、日本そしてヨーロッパとの共同プロジェクトとなった。ただし当時のUSSR(ソビエト社会主義共和国連邦)は除外されていた。ご存知かもしれないが、当時米国とロシアの関係は緊迫していたからだ。宇宙産業の中で働く人たちのそのものは、その多くが協業を望んでいたかも知れないのだが、政治的な状況がそれを許さなかったのだ。それにもかかわらず、初期の仕事が始まった。

1993年:クリントンがロシアを仲間にした

ソビエト連邦の崩壊と、それに続く国際関係の活性化を受けて、ブッシュ大統領は旧ソ連勢力をプログラムへある程度の制限付きで迎え入れた。例えばサプライヤーやシャトルミッションのゲストとしてである。しかし翌年クリントン大統領は、ロシアを完全なパートナーにするという発表で、ブッシュを一歩出し抜いた。これは現実的かつ政治的な決定であった。ロシアが参加することによって米国の出費が数十億ドル抑制されるだけでなく、ロシアを他の様々な課題、例えばICBMの拡散防止努力に巻き込むことに役立った。いずれにせよ、最終デザインが形になり始めた。

1998年:最初のコンポーネントのZaryaとUnityが軌道に乗る

Zaryaが唯一のコンポーネントであったときに、アプローチしているEndeavor

ロシアは、当初招かれざる客だったが、1998年11月20日に最初のISSコアコンポーネントを打ち上げる名誉を手にした。それが20年前の記念すべき今日(米国時間)である。この時に打ち上げられたZarya Functional Cargo Blockは今でも使用されており、ステーションのロシア側の入口になっている。

その1ヶ月後、Space ShuttleのEndeavorは、39A発射台からUnity Node1を搭載して発射された(私たちもそこにいた)。Unityもまた、Zaryaに接続された日からずっと稼働中である。

2000年:多くの長期滞在者たちが初搭乗

左から:ステーションに搭乗したShepherd, GidzenkoそしてKrikalev

Zaryaが打ち上げられてから丁度1年後、初めて長期滞在する目的で宇宙飛行士たちが送り込まれた。この後に続く230人の居住者の最初の人びとだ。Bill ShepherdはNASAの最初の代表であり、ロシアの宇宙飛行士であるYuri GidzenkoならびにSergei Krikalevと、141日にわたって滞在を続けた。

2003年:Columbia号の悲劇が拡大を遅らせる

スペースシャトルColumbiaが、28回目のミッションを終えて大気圏に再突入を行った際に起きた事故は、他のシャトルのミッションを2年にわたって延期させるほど悲惨なものだった。米国にとっては、シャトルがISSに追加を行ったり保守を行ったするための主要な手段であったため、必要な任務はシャトルの発射が2005年に再開されるまで、Roscosmos(ロシア連邦宇宙局)に託された。有人の打ち上げは2006年の半ばまで再開されなかった。

2007年:きぼうが打ち上げられる

何年もかけて、ISSには数多くのモジュールが追加されてきたが、日本の「きぼう」はその中でも最大のものである。全ての部品を届けるために複数回のミッションを必要とし、ステーションの太陽電池容量を増強するミッションを経て稼働が可能となった。きぼうは、予圧された室内で利用できる多数の再構成可能なスペースを提供しており、宇宙で行わなければならない実験に、官民を問わず人気が高い。

2010年:Cupolaの投入

「きぼう」は最も大きなコンポーネントだが、Cupolaはおそらく最も有名なコンポーネントだ。7つの窓を持つ巨大なバブルは、SFの世界から抜け出たもののように見える(特にミレニアム・ファルコンのフロンエンドを思わせる)、そして内側外側を問わず、ステーションのもっとも美しい写真を撮影できる場所だ。

2014年:美しいタイムラプス

Cupolaが設置されたことで、素晴らしい地球の映像を撮影することが容易になった。特にAlexander GerstやDon Pettitのような、優れた宇宙飛行士写真家が段々高品質になるデジタルカメラを持参した場合には。この窓から撮影された無数の写真によって、無数のタイムラプス映像やデスクトップの壁紙が生み出されただけでなく、オーロラや雷雨のような驚異的な現象を、新しく価値ある視点から目の当たりにすることができた。1つだけを選び出すことは困難だが、Don Pettitの”The World Outside My Window”はすばらしい例であり、Gerstの4K動画はまた別の素晴らしい作品である。

2015年:Gennady Padalkaが宇宙滞在記録を打ち立てる

Gennady Padalkaは、その5回目の宇宙滞在中に、宇宙滞在の世界記録を打ち立てた。彼が地球に帰還したとき、その滞在時間の合計は878日と数時間に及んだ。これはライバルたち(そのほとんどはロシア人だ)よりもかなり先を行っている。なおNASAのPeggy Whitsonは、3回のミッションで666日間滞在している。

2016年:中国の宇宙ステーションがISSに呼びかける

宇宙で混雑を経験することほとんどないが、孤独を感じることはあり得る。なので、飛ぶ名誉を持っている人たちが、お互いに手を差し伸べることは素晴らしいことだ。このケースでは、中国の宇宙飛行士Jing Haipengが、中国のTiangong-2宇宙ステーションからの心温まるビデオメッセージで、新しくやってきたISSの乗組員たちに挨拶し、こうしたことを可能にしたグローバル協力の共同体を賞賛した。

2018年:ソユーズの事故が長期的な滞在を脅かす

宇宙飛行士Nick HagueとAlexey OvchininによるISSへの有人ミッションは、打ち上げ時に重大な失敗に終わった。幸いなことに死傷者はいなかったが、このことは宇宙コミュニティを震撼させた。ソユーズロケットとカプセルは長年にわたり十分に実証されてきたものだが、人命をかけたリスクをとることはできず、後続のミッションは延期された。交代要員がいないまま乗員が去ることにより、最初の投入以来初めてISSが無人になる可能性が生じた。

幸いなことに調査は終了し12月上旬に新しいミッションが計画されている。このため歴史的「乗員不在」は回避される予定だ。

では2019年は?初の商用有人ミッションとその先

ロシアは何年もの間、すべての有人打ち上げに対して、その責任を一手に背負って来た。米国はソユーズシステムの安全性と信頼に匹敵しそれを凌ぐ、新世代の有人飛行可能なシステムを育成することによって、ロシアへの依存を断ち切ることを計画してきた。SpaceXとBoeingの両社は、2019年にそれぞれCrew DragonとStarlinerロケットの打ち上げを計画している。しかし、工程の遅れや規制当局からの新しい注意が、そうした計画をさらに遅らせる可能性がある。

ISSには、その20年にわたる驚異的な連続運行にもかかわらず、明るい未来が待っている。2025年までは多かれ少なかれ資金が提供されているが、ロシアと中国からの新しい宇宙ステーションの話題が聞こえてきている。一方米国は次の大きな挑戦として月の周回軌道に着目している。現在は、乗員が沢山乗ったISS抜きに、宇宙のことを考えることは難しいが、打ち上げコストの低下によって、ISSの寿命はさらに伸び、さらに維持コストが安くなるかもしれない。ISSにまた次の20年があることを期待したいと思う。

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(翻訳:sako)

その危険性に気づき警告を発する以前に子どもたちはデータ化されている

イギリスの児童コミッショナーは、その報告書で、民間公共を問わず、子どもたちのデータが収集され拡散されている状況に懸念を示している。

Who knows what about me?』(自分の何を、誰が知っているのか?)と題されたその報告書で、Anne Longfieldは、ビッグデータが子どもたちの人生にどう影響するかを「立ち止まって考える」べきだと社会に訴えている。

ビッグデータの使い方によっては、子ども時代の足跡によって将来が決められてしまうデータ劣位世代が生まれると、彼女は警告している。

大人になる前の子どもたちをプロファイリングすることが、長期的にどのような影響を及ぼすかは、まだわかっていないと彼女は書いている。

「子どもたちは、ソーシャルメディアだけでなく、人生のさまざまな場面で『データ化』されています」とLongfieldは言う。

「今、成長中の子どもたちと、それに続く世代は、個人データの収集量が単純に増えることから、プロファイリングの影響をより強く受けることにります」

子どもが13歳になるまでの間に、その両親は、平均1300点の写真や動画をソーシャルメディアで公開していると、報告書は伝えている。その子どもたち自身がソーシャルメディアを使い始めると、1日平均で26回投稿するようになり、そのデータ量は「爆発的」に増えて、18歳になるまでには、総計でおよそ7万点に達する。

「今、これが子どもたちの人生にとって何を意味するのか、大人になったときの未来の人生に何をもたらすのか、立ち止まって考えるべきです」とLongfieldは警鐘を鳴らす。「こうした子どもたちに関する情報が、どのような結果をもたらすかは、はっきり言ってわかっていません。そんな不確実性の中で、私たちはこのままずっと、子どもたちのデータを収集し拡散していってよいのでしょうか?」

「子どもと親は、何を公開するか、その結果として何が起きるかを、もっと真剣に考えるべきです。アプリやおもちゃなど、子どもが使う製品のメーカーは、トラッカーを使った子どもたちのプロファイリングを停止し、子どもにわかる言葉で利用規約を示す必要があります。とりわけ、政府は、こうした状況を監視し、子どもたちを守るために、とくに技術が進歩してゆくことを考慮して、データ保護法を改正することが重要です」と彼女は言う。

報告書は、子どもに関するどのような種類のデータが収集されているのか、どこで誰が集めているのか、それが短期的または長期的にどう利用されるのか、それが子どもにどのような利益をもたらすのか、またはどのような危険性が隠れているのかを注視している。

有用性について、報告書は、子どものデータを有用に使えるであろものとして、まだ早期の実験段階にあるアイデアをいつくか紹介している。たとえば、データが問題ありと指摘した部分に焦点を当てて調査する、子どものためのサービスがある。自然言語処理技術で大きなデータセット(英国児童虐待防止協会の国営事例調査データベースなど)の解析が速くなれば、共通の課題の検出や、「危害を予防して有益な結果を生み出す」ためにはどうすればよいかという理解も深められる。子どもと大人から集めたデータを使って予測解析ができれば、「子どもを保護するための潜在的危険を社会福祉指導員に伝える」ことが、より低コストに行えるようになる。また、子どものPersonal Child Health Record(個人健康記録)を今の紙ベースからデジタル化すれば、子どもに関わるより多くの専門家が閲覧できるようになる。

Longfieldは、データが蓄積され利用できるようになることで「多大な恩恵」が得られると説明しながらも、大きなリスクも現れてくると明言している。それには、子どもの安全、福祉、発達、社会的な力学、身元詐称、詐欺などが含まれ、さらに長期的には、子どもの将来の人生のチャンスに悪影響をもたらすことも考えられる。

実質的に子どもたちは、「大勢の大人たちがそれに気がつくより先に、またはそれを緩和する戦略を立てる前に、その問題に直面する、社会全体のための、いわゆる炭鉱のカナリア」なのだと彼女は警告する。「私たちはその問題への意識を高め、対策を立てなければなりません」

透明性が欠けている

この報告書から明確に学べることに、子どものデータがどのように収集され使われているかが不透明であるという点があり、そのことが、リスクの大きさを知る妨げにもなっている。

「収集されたあとの子どものデータがどう使われるのか、誰が集めて、誰に渡され、誰が集約しているのかをよく知ることができれば、そこから将来に何が起きるかを推測できます。しかし、そこの透明性が欠けているのです」とLongfieldは書いている。新しいEU一般データ保護規制(GDPR)の構想の中で、もっとも重要な原則となっているのが透明性の確保であるにも関わらず、それが現実だと言う。

この規制は、ヨーロッパでの子どもの個人データの保護を強化するよう改定されている。たとえば、5月25日からは、個人データの利用に同意できるのは16歳以上とするといった規制が施行された(ただしEU加盟国は、13歳を下限として、この年令を変更できる)。

FacebookやSnapchatなどの主要ソーシャルメディア・アプリは、EU内での利用規約を改定したり、製品を変更したりしている(しかし、以前我々が報じたように、GDPRに準拠したと主張されている保護者の同意システムは、子どもに簡単に破られてしまう)。

Longfieldが指摘するように、GDPRの第5条には、データは「個人に関して合法的に公正に、透明性をもって扱われなければならない」と記されている。

ところが、子どものデータに関して透明性はないと、児童コミッショナーの彼女は訴える。

子どものデータ保護に関して言えば、GDPRにも限界があると彼女は見ている。たとえば、子どものプロファイリングをまったく規制していない(「好ましくない」と言ってるだけだ)。

第22条には、法的またはそれに準ずる多大な影響を被る場合には、子どもは、自動処理(プロファイリングを含む)のみに基づく意思決定に従わない権利を有する、とあるが、これも回避可能だ。

「これは、どこかで人が介在する判断には適用されません。その介在がどんなに小さなものであってもです」と彼女は指摘する。つまり企業には、子どものデータを回収するための回避策があるということだ。

「自動処理による意思決定に『それに準ずる多大な影響』があるかどうかを見極めるのは困難です。その行動が何をもたらすのか、私たちはまだ、完全にわかっていないからです。子どもの場合は、さらに見極めが難しいでしょう」と彼女は言う。

「第22条が子どもにどのような効力を発揮するかは、まだまだ不確実です」と彼女は懸念する。「この問題の核心は、広告、製品、サービス、そしてそれらに関連するデータ保護対策に関するあらゆる制限に関わってきます」

提案

報告書でLongfieldは、政策立案者にいくつかの提案を行っており、学校に対しては「自分たちのデータがどのように回収され利用されているか、自分のデータの足跡をどのように自己管理するかを教える」よう訴えている。

彼女はまた、政府に対しては、18歳未満の子どもから集めたデータに関しては、「自動処理による意思決定に使用されるアルゴリズムと、アルゴリズムに入力されたデータを透明化するよう、プラットフォームに義務付けることを考えて欲しい」と要求している。

コンテンツを作成しプラットフォームで大々的に配信するAIの仕組みがまったく不透明な主流のソーシャルメディア・プラットフォームこそ、その対象となるべきだ。18歳未満のデータは保有しないと公言しているプラットフォームは、あるにはあるが、非常に少ない。

さらに、子どもをターゲットとする製品を扱う企業は、もっと説明の努力をするべきだと彼女は主張し、次のように書いている。

子ども向けのアプリやおもちゃを作っている企業は、子どもの情報を集めているあらゆるトラッカーについて、より透明にするべきです。とくに、子どもの動画や音声を収集するおもちゃにおいては、パッケージにそのことをよくわかるように明記するか、情報を公表すべきです。そのおもちゃの中に、または別の場所に映像や音声が保存される場合、またそれがインターネットで転送される場合は、その旨を明記する必要があります。転送される場合、保護者にはそれが送られるとき、また保存されるときに暗号化されるのか、そのデータを誰が解析し、処理し、何の目的で利用されるのかを知らせなければなりません。その情報が与えられない場合、または不明確な場合は、保護者はメーカーに問い合わせるべきです。

もうひとつの企業への提案は、利用規約を子どもがわかる言葉で書くということだ。

(とは言え、技術業界の利用規約は、大人が表面的にざっと読むだけでも難しい。本気で読もうとすれば何時間もかかってしまう

写真: SementsovaLesia/iStock

BuzzFeed Newsに掲載された最近のアメリカの研究では、子ども向けのモバイルゲームは、たとえばアプリ内の有料アイテムを購入しないと漫画のキャラクターが泣き出すといったふうに、巧妙に子どもの心を操るようになっているという。

データ処理にまつわる重要で際立った問題は、それが見えないという点にある。バックグランドで処理されるため、その危険性はなかなか見えづらい。人々(そしてまさに子どもたち)の情報に何をしているのかを本当に知っているのは、データ処理機能だけだ。

しかし、個人データの取り扱いは、社会的な問題になってきた。それは、社会のあらゆる場所や場面に関わるようになり、子どもが危険に晒されていることへの関心も、明確に高まってきた。

たとえば、この夏、イギリスのプライバシー監視団体は、一般の人たちがそうと知り、受け入れる前に、データが利用されてしまう危険性が大きいことを示し、政治キャンペーンでのインターネット広告ターゲティング・ツールの使用は倫理的に止めるべきだと呼びかけた。

また同団体は、政府に対しても、長年保ち続けた民主主義の基準が失われないように、デジタルキャンペーンの行動規範を作るべきだと訴えている。

つまり、児童コミッショナーNatasha Lomasの、みんなで「立ち止まって考えよう」という主張は、政策立案者に向けた、データ利用に関する懸念を叫ぶ声のひとつに過ぎない。

ただ言えるのは、社会にとってのビッグデータの意味を定量化して、強力なデータマイニング技術が、すべての人にとって倫理的で公正に使われるようにと願う方向性は、変わらないということだ。

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(翻訳:金井哲夫)

iPad Proレビュー:Appleの新しいタブレットは、成熟の予兆を見せ始めた

iPad Proがラップトップに取って代わるだけの説得力を持つものなのかどうか、ユーザーはすでにかなり長い間注目してきた。

その答えは、Appleを含めて、誰の言うことを信じるかによる。すでにある時点でラップトップを置き換え得るデバイスだと見なされていたのか、アプリの開発者コミュニティしだいでどのような機能をも持ちうる純粋なタブレットなのか、あるいはiPad独自の世界を築いているのか。

しかし、新しいiPad Pro、Smart Keyboard Folio、Apple Pencilの新バージョンの登場によって、ついに明らかになってきたことがある。

いよいよPhotoshopの完全なフル機能版が巨大なファイルも扱えるようになり、デスクトップ版と同じツールやブラシも装備した。それを発売するAdobeのような会社の能力と意欲が、新しいハードウェアと組み合わさったことで、iPad Proによって可能なことの領域には、新たな扉が開かれた。あとは、その機会に乗ずる準備がAppleにできているかどうかだ。

Pencil

ダブルタップのジェスチャーは自然に使えるかって? もちろん。私はシリアルポートで接続するタイプの第一世代のワコムの製品から、電子式のドローイングタブレットを使ってきた。それらの多くは、伝統的に、いわゆる「アクションボタン」を装備している。クリックすることで描画モードを切り替えて消しゴムにしたり、パレットを表示するものだ。それによって、作業中にタブレットから離れることを極力減らすことができる。

Apple Pencilの新しいダブルタップ操作が目指すのも、まさにそれだ。内部にある部品の多くは、第1世代のPencilとほとんど変わらない。ただし、新たに静電容量を検知するバンドが内蔵され、ペン先側の1/3ほどの領域をカバーしている。このバンドがダブルタップを可能にしている。感度もちょうどいい。有機的な感覚で、スムーズに操作できる。ダブルタップの間隔なども、Pencilのコントロールパネルで調整可能だ。

コントロールパネルを使えば、消しゴムではなくパレットを出すように設定したり、画面をPencilでタップすることで「メモ」アプリを直ちに開く機能をオフにしたりもできる。その設定では、写真と同じように現在のメモに留まることになる。そのうちに、タップしてスリープ解除する機能も変更できるようになれば嬉しいが、もちろんまずはそれで起動しなければ始まらない。

誤ってダブルタップしてしまったことは1度もなかった。それがデフォルトの設定だが、作業モードを抜けることなく消しゴムに切り替えられるのは、本当に使いやすいと感じられた。

ただし、Appleは開発者に、ダブルタップに異なった機能を与えることについて、かなりの自由を許している。たとえばProcreateは、私のお気に入りのドローイングアプリの1つだが、1つのツールやモードから別のツール、モードに直接切り替えるラジアルメニューなど、多くのオプションを用意している。Appleのガイドラインは、ダブルタップの使い方には慎重になるよう開発者に指示している。しかし同時に、ダブルタップがユーザーにとって意味のある実装となるにはどうすればよいのか考えるように促してもいる。

新しいApple Pencilは、トラッキングの正確さや応答については進化していない。基本的には、以前のiPad Pro用に開発された最初のPencilと同じトラッキング機構を採用している。しかし残念ながら、新旧のPencilには互換性がない。新しいPencilは古いiPad Proでは動作せず、古いPencilは新しいiPad Proでは動作しない。それは、ペアリングと充電のしくみがまったく異なるからだ。

第1世代のものとは異なり、新しいPencilは非接触でペアリングと充電ができる。これは大きな進歩だ。すぐになくしてしまいそうな小さなキャップは、もはや存在しない。直腸用体温計のように、iPadのお尻に差し込んで充電する必要もないし、充電と同時にペアリングもされる。

iPad Proを横向きにしたとき、上部の側面には中の見えない小さな窓が付けられた。その窓の内側に、Pencilを充電するためのコイルがあるのだ。またPencilの中にも、それに対応するコイルがあり、2列のフェライト磁石に囲まれている。これらの磁石は、iPadのシャーシ内にあるハルバッハ配列の磁石と対向している。こうして整形された磁場によって、ちょっとしたギミックが実現されている。ちょうど充電用のコイルが完璧に向き合う位置に、Pencilが自動的にスナップされるのだ。これによって、位置合わせのことなど何も考えなくても、Pencilを所定の位置に素早くくっつけることができる。

この磁力による接続はかなり強力で、Pencil部分だけをつかんで、iPad Proを持ち上げることができそうなほどだ。それでも、外そうと思えば簡単に外れる。横方向にずらしたり、前方に引くようにすればいい。

充電レベルを示す、見やすいオンスクリーン表示も用意された。

最初にApple Pencilが発売されたとき、私は父親に使わせてみた。父は創作活動の一環として、私が知る誰よりも多くのスケッチを描く素晴らしいアーティストだ。父はトラッキング性能と、デジタルツールへのアクセスの良さは気に入ったものの、ツルツルの表面がマット仕上げに比べて使いにくいことと、指を置くための平らな面がない点を指摘した。

新しいPencilは、マット仕上げになり、平らな面も新設された。そう、この平らな面によって、Pencilが転がってしまうことを防ぎ、充電のためにiPadの側面にくっつけることもできる。しかし、それによってドローイング用道具の一方のエッジを、効き指の方向に固定できることは、アーチストではない人からは完全に過小評価される効果だろう。これはスケッチ作業でのコントロールにとって非常に重要なのだ。一般的に鉛筆はたいてい丸いが、ほとんどの場合、オーバーハンドグリップ(訳注:掌を被せるような握り方)で握るように考えられている。ちょうど、シェードを付けるために使うポインティングデバイスのように。標準的なトライポッドグリップ(訳注:3本の指で支えるような握り方)は、少なくとも1つの平らな面を持つPencilに適している。

トライポッドグリップでは、動きの範囲は限られるものの、より正確に操作できる。一方、オーバーハンドグリップは、より機能的で汎用性があるものの、正確な動きは難しい。新しいPencilが、この広く利用されている2種類の握り方のどちらにもうまく対応できることは、アーティストにとってありがたい。

グリップなどどちらでもよい些細なことと思われるかもしれないが、私としては、そして私の指にできたタコは、ここは重要なところだと主張したい。スケッチにとってグリップはすべてなのだ。

このPencilは、Appleがこれ発売した第2世代の製品の中で、最も印象的なものの1つだ。ユーザーが第1世代のデバイスで抱えていた問題をすべて解消した。それによってドローイングでも、ノート取り、スケッチでも、iPad Proの使い勝手を大幅に向上させることに成功した。唯一の欠点は、これが別売りだということくらいだ。

新しいPencilを使ったドローイングやスケッチは、とても楽しい。Wacom Cintiqのような専用デバイスさえも吹き飛ぶような、際立った感覚で使える。Surface Proのスタイラスなど足下にも及ばない。

さらに、新しいPencilのダブルタップについても、すでに興味深いことが起こりつつある。たとえばProcreateでは、異なるツールごとに、あるいは必要に応じて、さまざまなダブルタップの操作を選択できる。状況に応じて柔軟に対応できるのだ。ユーザーが何をしているか、というコンテキストにリンクさせることもできるし、ユーザーあるいは開発者による設定によっては、リンクさせないことも可能だ。

あるときは、ラジアルメニューをポップアップしてレイヤー全体を操作したり、またあるときは描画ツールと消しゴムを入れ替えたりできる。それでもまったく戸惑うことなく操作できるのは、そのとき使っているツールに応じた機能が発揮されるからだ。

特にポートレートモードで使ってみると、ラップトップやハイブリッドでは、なぜ指で直接画面に触れるのが良くないか、すぐに分かる。このPencilは、太い不器用な指で画面上の小さなボタンをタップしようとするのとはまったく違った、精密でデリケートなタッチが要求される場面に応えることができる。リーチの問題もあるだろう。Pencilなら、キーボードから2、30センチ離れた場所に届かせるのにも苦労はいらない。

このPencilは、単なるドローイング用のアクセサリから、iPadユーザーにとって不可欠なポインティングデバイス兼操作ツールになるための階段を着実に登りつつある。まだ完全にそこに達してはいないとしても、Procreate用の非常にフレキシブルなオプションとして、大きな潜在能力を備えていることは確かだ。

Apple Pencil、さらにはiPadに対しては、非常に多くの議論が進行している。このPencilとAirPodは、他のどんなメーカーと比べても、ハードウェアとソフトウェア、両方の製品を抱え、それに責任を持つ意思と能力を持つAppleも、もはや魔法のような体験をユーザーに提供することはできないのではないか、という議論に対する十分な反証をぶつけた。

スピーカーとマイク

iPad Proは、今では5つのマイクを備えている。とはいえ、録音はステレオでしかできない。2つのマイクの組み合わせて録音し、必要に応じてダイナミックにノイズキャンセリング機能も働く。

スピーカーは強力で、これだけ薄いデバイスにしては、かなり良好なステレオサウンドを生み出す。このスピーカーは、FaceTime通話では4つが同時に機能するなど、より賢く使われるようになった。以前は、ハウリングが発生するためにできなかったことだ。これも5つのマイクを備えたことによって可能になった。

ポートについて語ろうぜ。そう、USB-Cのことさ

私はUSB-Cの規格は、あまり好きではない。もちろん、従来のUSBに比べて、さらにLightiningポートに比べても、規格としていろいろな利点を持っているのは確かだ。理想的ではないにしても、そこそこいい線はいっている。だから、Appleが、高解像度の外部モニタを使い、iPhoneを充電しながら写真を高速で転送したいというユーザーの声を聞く方が、Lightningに固執することよりも重要だと認めたのは、良い意味で驚きだった。

Lightningについては、コンパクトで、用途が広く、iOSデバイスにぴったりだ、ということがずっと変わらずに宣伝されてきた。今は、iPad Proのサイズに合わせた選択だと説明されているが、それば別にいいだろう。簡単に拡張できないプラットフォームは、Proという名前にはふさわしくないからだ。

今や、AppleのラップトップとiPad Proが、いずれもUSB-Cを備えるようになったのは偶然ではない。これは他のデバイスにも波及するかもしれない。しかし今のところは、ユーザーがそれらのデバイスに何を求めるかということ対するAppleの考えを反映したものだ。外部モニターが、Appleにとってもっとも優先順位の高い課題であったことは、Appleの発表会での話からも、その後に私が直接聞いたことからも確かだ。単なるミラーリングではなく、拡張モードでも使える最大5Kの解像度から、大いに恩恵を受けるプロユーザーが少なからずいることが分かっていた。

さらに言えば、現時点でも直接USB-Cポートに接続できる楽器やミュージシャン用の周辺機器は山ほどある。公式ではないものの、外部電源を必要とするアクセサリに対して、動作するのに十分な電力を供給できる可能性もある。

このUSB-Cポートは、充電のために接続されたデバイスに対して、最大7.5Wの電力を供給できる。またマイクやその他のアクセサリも接続可能だ。とはいえ、これまで外部電源を必要としていたデバイスが、そのポートから十分な電力を得られるかどうかは保証の限りではない。

ちなみに、MacBook用のドングル類は、ほとんどiPad Proでも使えるだろう。何か新たな組み合わせを思い付けば、そこに新たな用途が生まれるだろう。

このポートは、USB 3.1 Gen2規格に準拠していて、最大で10Gbpsのデータ転送が可能だ。実際には、ほとんどの人にとって、これはカメラやSDカードリーダーからの写真転送がより速くなることを意味している。しかしiPad Proの「ファイル」アプリは、マスストレージや、外付けハードドライブを直接サポートしていない。ファイルに直接アクセスできる機能を備えた一般のアプリは、引き続きハードディスクから読み込むことができ、その転送速度はより速くなるというわけだ。

これも別売りで、USB-C用のヘッドフォンアダプターも用意されている。興味があるかどうか分からないが、それはMacでも使える。ところで、ヘッドフォンジャックをなくした理由として私が受けた説明では、画面の端からベゼルの幅には収まらないから、というものだった。さらに他の部品を納めるためのスペースも必要になるというのだ。

新しいiPad Proには、新しい電源アダプターも付属している。もちろん、iPad Proにとっては初となるUSB-Cタイプだ。

A12Xとパフォーマンス

1TBのストレージを装備した大きい方のiPad Proは、そしておそらく同様に1TBの小さい方のモデルも、6GBのRAMを実装している。ただし私の知る限り、1TBに満たないストレージのモデルのRAMは、それより少なく、合計4GB程度となっている。それがどの程度パフォーマンスに影響するかは、そうしたモデルを使う機会がなかったので分からない。

とはいえ、このiPad ProのA12Xの全体的なパフォーマンスはトップレベルだ。複数のアプリを画面分割して動かしたり、Slide Overするのも、まったく問題なく、アプリ間の切り替えも非常にスムーズだ。Procreateで、大量のファイルを開いてドローイングしたりスケッチしたりするのも超簡単だ。ARアプリでも、バタつくことはまったくなく、滑らかに動かせた。一般的なiPadアプリ、重いクリエイティブ系のツールでも同様だった。Lightroomで大きな写真を編集したり、iMovieで長大なビデオファイルを編集するユーザーも、かなり満足するはずだ。

このiPadのGeekbenchのベンチマークは、予想通り、常軌を逸している。

これを見れば分かるように、デスクトップクラスの性能を持つARMプロセッサーがiPad Proに搭載されるのを待つ時代は終わった。それはすでに実現されたのだ。しかも、他のAppleの設計によるチップと、システム全体で密接に統合されており、Appleの目標を達成することができた。

ARMへの切り替えに関しては言えば、基本的に2つの有力な考え方がある。1つは、まずARM版のMacBookのモデルを1つ(たぶん文字通りのMacBook)を出すことでゆっくりと始め、そこから他のモデルにも徐々に広げていくというもの。私は、ずっとこの考えを支持してきた。しかし、このiPad Proを使ってみて、数々のプロ用アプリの瞬発的な、そして持続的なパフォーマンスを目の当たりにした後では、その考えにも疑いが生じた。

すでに結果は出ている。Appleがそうしたいと思いさえすればいつでも、そのすべての製品ラインでARMプロセッサーを採用できることを、このiPad Proのパフォーマンスが明確にしたのだ。

Intelのサプライチェーンや優先順位の気まぐれのせいで、Appleの新製品が登場するのをただただ待ち続ける、ということもよくある。Apple自身も、それにはうんざりしているのだ。Appleの内部から、そうしたグチが漏れてくるのを、私は何年も前から耳にしている。それでも彼らはIntelとパートナーとしての関係を維持してきた。それも、Appleが飛躍を遂げるまでの話だ。

ここまで来れば、あとは時間の問題であり、その時間は短いだろう。

カメラとFace ID

iPad Proのカメラは、まったく新しくなった。新しいセンサーと、新たな5枚構成のレンズを使ったものだ。この新しいカメラは、ゼロから設計し直す必要があった。というのも、iPad Proは薄すぎて、iPhone XRやXS、あるいは従来のiPadのカメラを流用できなかったからだ。

この新しいカメラの画質は素晴らしい。高速なセンサーと、A12Xチップのニューラルエンジンによって実現されたスマートHDRも搭載している。Appleのカメラチームが、単にセンサーを小さくしたり、厚みが足りなくても動作するような古い設計に戻るのではなく、それなりのカメラ体験が実現できるよう、仕事を増やす決意をしたのは興味深い。

面白いことに、この新しいカメラシステムは、iPhone XRのようなリアカメラによるポートレートモードを提供していない。ポートレートは、フロントのTrueDepthカメラでだけ撮ることができる。

iPadによる写真撮影は、いつも評判が悪い。サッカーの試合やテーマパークで、パパがタブレットを構えることが、ジョークのネタにされてきた。それでも、iPad Proの画面は、ファインダーとしては、おそらくこれまでで最高のものだ。

いつの日か、それがiPhoneに対する優位な特徴として認められる日が来ることを願っている。そうすれば私も気兼ねなくパパとして行動する言い訳ができるから。

もう1つ付け加えれば、iPad ProのフロントのTrueDepthカメラシステムには、薄くなったケースの中で動作するように、ハードウェアとソフトウェア両面のアップデートが施された。それに加えて、ニューラルネットのトレーニングと調整もあり、Face IDは、iPad Proを4方向どの向きで持っても動作するようになっている。どの側面が上を向いていても、とても素早くロックが解除される。その早さは、文句なくiPhone XS世代のFace IDシステムと同等だ。

私の思い込みかもしれないが、Face IDは、わずかながら従来より広い角度で動作するようになった。基本的に、iPhoneを使うときよりも、iPadに向かうときの方が、顔は画面からより離れた位置にある。その上、カメラの光軸から余計にずれた位置にいると感じられるときでも、着実にアンロックしてくれるのだ。これはiPadの美点だろう。どんな作業姿勢でも大丈夫なのだから。

キーボード

Apple Pencilと同様、Smart Keyboard Folioもオプションとなっている。そしてPencilと同じように、これなしでは、iPad Proをフルに活用することはできないと思われる。私は、かなり集中的なプロジェクトで、iPadで一気に1万1000語以上の文章を書いたことも何度かある。そんなとき、気を散らさずに文章を入力できる装置として使用できる能力は、いくら強調してもしたりないほどだと感じている。何者にもじゃまされずに、ただひたすら単語を入力できるというだけでも、良いテキストエディタを入れて使うiPadより優れた電子機器は、そうそうない。

しかし、編集について言えば、混沌とした状況もある。最新のiPad Proが一定の水準に達しているかどうか、よく分からないが、様々な作業が混在するような状況では、かなり有望だろう。Pencilと物理的なキーボードのおかげで、掛け合いのようなフィードバックを必要とする異なる作業の組み合わせや、それらの頻繁な切り替えが要求される仕事をする人にとっても、だいぶやりやすくなってきたと言える。

キーボード自体はよくできている。感触は、従来のiPadのApple純正キーボードとほとんど同じだ。キーを押して戻ってくる感覚は理想的とは言えないまでも、慣れれば及第点が与えられる選択肢となる。

このFolioのデザインは、また別の話だ。これは非常にクールで、安定感も抜群。賢い実装によって唖然とさせるほどの良さを引き出すAppleの意欲のたまものだ。

ケースの中には120個もの磁石が仕込まれていて、Pencilを保持するのと同じハルバッハ配列を形成している。基本的に、磁石は磁力が外側に向くように配置されている。こうした配列によって、ケースは何の苦もなくiPadにくっつき、しかもキーボードに対する電源の供給と通信に必要な細かな位置合わせも自動的に片付けられる。

iPadを立てて使う場合の、2通りのポジションを可能にする溝にも磁石が仕込まれている。それがiPad Pro本体内部の磁石と結合するのだ。

この効果によって、Smart Keyboard Folioは、以前の世代のものよりもはるかに安定した。実際に膝の上に乗せて使えるようになったのは、正直嬉しいところだ。ラップトップ機と同じくらい安定しているとまでは言えないものの、電車や飛行機でも、無理なくぽんと膝の上に乗せて作業することが可能だ。これは、へなへなした前世代のものでは、まったく不可能だったことだ。

このFolioに対する強い希望は、ドローイング作業に適した角度でも使えるようにして欲しいということだ。それがこのデバイスが特に目指したところでないことは理解しているつもりだが、Pencilによって非常にうまく使えることが分かっているだけに、iPadを15〜20度の角度で固定できる仕組みがないことは、大きな欠点のようにすら感じられるのだ。それができれば、スケッチでもドローイング作業でも、ずっと使いやすくなる。Folioの裏側の端から1/3あたりの位置に新たな溝と磁石を追加すれば、これも可能になると思われる。近い将来実現して欲しいと願っているものの、そのようなアーティストやイラストレーター向けのケースを、間違いなくサードパーティが割とすぐに発売するだろう。

デザイン

iPad Pro本体の角の丸みと、対応する画面の角の丸みについては、すでに色々言われてきたが、実際のところこのデバイスは形状に関してかなりアグレッシブだと感じられる。エッジは角が取れたようにはなっておらず、すべて真っ直ぐに交わっていて、引き締まったアールの付いたコーナーとマッチしている。

背面のカメラの出っ張りは、背面を下にして台の上に置いて動かそうとしても、ガタガタしない。それが心配だった人のために言えば、一種の三脚効果によって、何か書こうとしても問題ない。

全体としての見栄えは、よりビジネスっぽくなり、いわゆるApple流のカーブによる親しみやすさは陰を潜めている。でも私は気に入っている。徹底して直線的なエッジによって、すべてのエッジの近辺の何ミリかの利用できないスペースに譲歩することなく、Appleも内部のスペースをより効率的に使えるようになった。これまでの曲線で構成されたiPadでは、周囲の無駄な空間を合わせれば、それなりの体積になるだろう。iPad Proの顎と額を切り捨てたことで、デザインのバランスを整え、持ちやすくもなっている。

MicrosoftのSurface Proのデザインと新しいiPad Proのブロック状のデザインを比べたくなるのは、無理もないことだと思われる。しかしiPadは、ライバルとなるほとんどのタブレットよりもずっと洗練された印象を与える。それは、コーナーのアールの組み合わせ、最高レベルのアルミニウム仕上げ、そしてSmart Keyboard Folioなどのアクセサリを取り付ける際にも、非常に賢く磁石を利用することで、ホックやラッチを無用にしていることなどのディテールに現れている。

新しいiPad Proの大きい方か、小さい方かで迷っているとしても、私にはその片側についてのアドバイスしかできない。というのも、まだこれまでに新しい12.9インチモデルしかテストできていないからだ。それは、以前の大きい方のiPadよりも確実にバランスが良いものに感じられるし、この画面サイズにしては、これまでで最も小さなものに仕上がっている。それによって両者の本体サイズがこれまでにないほど近いものになり、どちらを選ぶかの決断を難しくしている。先日のイベントで、小さい方のProを実際に触ってみた印象は良かった。しかし、それといっしょにどうやって暮らしていこうかというイメージはわかなかった。こちらも感触はかなりよく、クジラのように大きく、連れて歩くのがためらわれた以前の大きい方のiPad Proでは決してかなわないほどポータブルであることには違いない。そして13インチのMacBook Proよりも小さく、ずっと薄いのだ。

画面

iPhone XRのピクセルマスキング技術は、このiPad Proにも採用され、丸い角を実現している。このLCD画面には、「タップしてスリープ解除」の機能も組み込まれている。これはPencilで絶大な効果を発揮するが、指で画面に触れて生き返らせることも可能だ。ProMotionと呼ばれるAppleの120Hzリフレッシュ技術(訳注:表示内容やユーザーの操作に応じてリフレッシュレートを自動調整する機能)は、最高の効果を発揮し、高速化されたプロセッサーと相まって、可能な限り1:1に近いタッチ体験を常に実現している。

このLCDの色再現性とシャープネスは、ただ優れているという以上のものであり、OLEDに比べても黒レベルが劣るだけだ。それは物理法則によるのでしかたがない。私がiPhone XRで最初に気づいた問題だが、このiPadでもエッジに近い部分がわずかに暗く見える。これはAppleが縁なしのLCDを実現するために採用しているピクセルゲート技術の局所的な減光効果によるものだ。それを別にすれば、これまでに製造された中でもかなり優れたLDCの1つに数えられると私は思う。しかもベゼルの幅は狭く、角が丸いという面白さもあり、さらにノッチもない。気に入らない点が何かあるだろうか?

結論

私の意見としては、純粋なタッチデバイスとして軽い作業のためのiPadを欲しいなら、普通のiPadを手に入れるべきだと思う。iPad Proは優れたタブレットだが、Pencilとキーボードと組み合わせて使うことで、本領を発揮する。長文のテキストを打ち込んだり、画面に直接殴り書きするような作業に対応できることは、iPad本来の能力に対する本当に素晴らしい付加価値となっている。

しかし、iPad Proのパワーと実用性は、Pencilと組み合わせることで、際立った高みに達する。

あらゆるコンピューティングデバイスの中で、キーボードを備えたタブレットの果たすべき役割については、終わりのない議論が繰り返されてきた。それはラップトップの代わりになるのか? それとも崇高な夢を持ったタブレットなのか? やがて「2in1」という呼び方を、誰もしなくなるのか?

iPad自体は、そうした混乱を収めるようなことは、ほとんど何もしてこなかった。というのも、誕生してからこれまでの発展過程で、そうしたさまざまな役割を果たしてきたからだ。実際に新製品として発売される際に装備してきた機能においても、Appleのマーケティング部門によるメッセージや、入念に準備された発表会のプレゼンテーションにおいてもそうだった。

この分野の基本的な動きを要約すると、Microsoftはラップトップをタブレットにしようとしているのに対し、Appleは逆にタブレットをラップトップにしようとしている。そして、その他は訳の分からないことをやっている、ということになるだろう。

Microsoftは、最初にOSの頭部を切り離してタブレットから作り始め、そこから逆戻りする必要があったということを、まだ完全に理解できていないように、私には思われる。現在のMicrosoftは、当時のMicrosoftよりもずっと有能だとは思うが、それはたぶんまたまったく別の議論だろう。

Appleは最初からOS Xの頭部を切り離すことにして、それ以来ずっとゆっくりと別の方向に進んでいる。しかし、タブレットとしてのユーザー体験の満足度では、Surface ProがいまだにiPadの足下にも及ばないものであることは動かない事実だ。

柔軟性には優れるかもしれないが、統一感と信頼感の高い機能性を犠牲にしている。ちょうど、冷蔵庫とトースターをいっしょにしたようなものだ。

そうは言っても、Appleもまだソフトウェアについては十分な仕事をしておらず、このiPad Proのハードウェアが提供している速度と多様性を十分に享受できるようなものになっているとは思えない。アプリの画面を分割して、アプリを切り替えられる固定的なスペースを作ったりできるようになったのは、iPad用OSのけっこうな進化ではあるものの、それはまだ可能性のほんの一部に過ぎないだろう。

そしてハードウェア以上に、AppleのiPadのユーザーこそが過小評価されているのではないかと思われる。すでにiPadが出てから8年、iPhoneからは10年が経過した。世代を問わず、すでに多くの人がこれらのデバイスを唯一のコンピュータとして使っている。私の妻は、iPadとスマホ以外のコンピュータをもう15年も持ったことがないが、特にモバイルファーストの急進的な実践者というわけではない。

Appleは、単一のiOSという足かせから自分自身を解き放つ必要がある。ユーザーベースは未熟なものではないのだから、もはや同じだと感じられるものである必要はない。ユーザーはすでに乳離れしたのだから、まともな食事を与えるべきだ。

私にとってこのPencilは、すべての中で明るい光として際立っている。確かにAppleは、ダブルタップジェスチャーの採用については予想されたとおり遅かった。しかし、Procreateのようなサードパーティのアプリは、長期的にはPencilがタブレット世代のマウスになるための、途方もない機会があることを示している。

この一種のスタイラスは、iPadの誕生から最初の10年近くの間は、決して正しい選択ではなかったし、多くのユーザーにとっては、いまだに必須というわけではないと思われる。しかし、コンテキストによって変化するラジアルメニューや、適切​​なタイミングで適切なオプションが得られるという能力は、確実にこのPencilが新たなインターフェースへの扉を開く鍵となるものであることを意味している。それは、マウスによる確実な処理と、ジェスチャーによる柔軟性のあるタッチ操作を融合したようなものになるだろう。

Surfaceペンを持ちながら、目を白黒させているSurface Proのユーザーがいるはずだ。それはPencilではないのだから、それも当然のことだろう。そしてさらに重要なのは、それはAppleが、Pencilを本物以上の感覚で使えるようにするためにiPadに施した、尋常ではない仕事によって生み出されたものではないからだ。

そして、Appleがここに到達するまでの、時には遠回りで退屈な道のおかげで、ユーザーはキーボードを外してPencilを手放してしまっても、iPad Proの素晴らしいタブレットとしての体験を味わうことができるのだ。

もしAppleが、そのソフトウェアをハードウェアと同じくらいフレキシブルで先進的なものと感じられるよう、さらに良い仕事をすれば、iPad Proには羽が生えるだろう。もしそれができないなら、iPadは行き止まりに突き当たる。しかし私には希望がある。高過ぎるPencilのような形の…

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(翻訳:Fumihiko Shibata)

中国人が熱狂するショートビデオにネットの巨人も気が気ではない

[著者:Rita Liao]

中国で地下鉄に乗ると、多くの人がスマホのTikTok(ティックトック)の動画に見入っている。

モバイルインターネット専門調査研究会社QuestMbileの調査によれば、中国人のインターネット利用時間のうち、TikTokなどの動画の視聴に占める割合は、2017年には5.2パーセントだったものが、現在は90パーセント近くまで跳ね上がっているという。

750億ドル(約8億5500万円)という世界最高の評価額を誇るスタートアップByteDanceが運営するTikTokのようなアプリは、これまでカメラに映ることを嫌がっていた人たちの間で人気を博した。動画編集の技術を持たない人でも簡単に操作でき、フィルターで映像をきれい加工できる。また、音楽を加えて作品を楽しくすることもできる。

Douyin(抖音)で動画を制作を楽しむ老夫婦 / 提供:Douyin ID @淘气陈奶奶

これには、近年のスマートフォンのデータ通信料の値下げや、スマートフォンの普及も手伝っている。中国政府の資料によれば、現在、中国には8億人のスマートフォン利用者がいる。CBNDataのデータベースによれば、インターネット利用者の中で、スマートフォンで動画のストリーミングを利用していた人は2013年には40パーセント以下だったが、2017年にはその割合は80パーセントに急上昇しているという

当初は若い人たち向けに開発されたショートビデオ・アプリだが、高齢者を含むあらゆる世代での人気が高まっている。中国の14億人の総人口のうちの3分の1以上の人たちが、毎月、活発にこれらのアプリを利用しており、50歳以上の人たちも、今では毎日50分もの時間をこのアプリに費やしてる。ちなみに、昨年は17分だった。

Tencentの不安

近年、中国では、Tencentのメッセージング・アプリWeChatのように、多くの注目を集めるモバイルアプリは少ない。WeChatは、買い物、タクシーの配車、ホテルの予約、その他の日常的な作業がワンストップで行えるサービスを提供するまでに発展している。

そこへショートビデオ・アプリが登場し、人々のスマートフォン利用時間が奪われるようになった。TikTokなどのアプリは、そもそもの目的が違うため、WeChatと直接競合するものではないが、本格的な動画の配信アプリに包囲されて、インスタントメッセージ・サービスの利用回数が減少していることをデータが示している。

今年、WeChatとその同類のアプリが、人々のインターネット利用時間で占めた割合は、前年比で3.6パーセント減少したとQuestMobileは報告している。

Tencentが、人気の陰りとByteDanceの台頭を心配するのは無理もない話だ。普段は低姿勢なTencentのCEO馬化騰(ポニー・マー)は、ByteDanceのCEO張一嗚(チャオ・インミン)に対し、盗作とWeChatでのTikTokのブロックに関して、珍しくネット上で喧嘩を売った。

十代の女性による、よくあるフィンガーダンスの動画 / 提供:Douyin ID @李雨霏2007

別のところで、Tencentは行動に出た。4月から、この巨大テック企業はTikTokに対抗するアプリをいくつも展開し始めた。しかし、今のところはまだ、世界に5億人のアクティブユーザーを抱える王者の数字に近づくことすらできていない。この中には、2017年後半にByteDanceが買収し、8月に合併したMusical.lyの総利用者数1億人は含まれていない。

だが、Tencentには代替策がある。同社は、TikTokの中国での最大のライバルKuaishou(快手)の株式を保有している。Kuaishouは、データ集計サービスJigunag(極光)によれば、9月には22.7パーセントの普及率を記録した。それでも、TikTokの33.8パーセントの前では小さな数字に見える。Jigunagの調査では、TikTokは、3分の1以上のモバイルデバイスにインストールされていることになるという。さらに、ByteDanceのHoushan(火山)、Xigua(西瓜)といった、その他のショートビデオ・アプリも、別のニッチ市場で健闘している。それぞれ、13.1パーセント、12.6パーセントという普及率だ。

Alibabaとの同盟は微妙

最近まで、ByteDanceは、中国のもうひとつのインターネットの巨人、Alibabaとうまくやって来たように見える。両社は、3月、TikTokが自社製アプリでの電子商取引にAlibabaのインターネット・マーケットプレイスTaoBaoを利用することを目的に提携した。認証されたTikTok利用者(大変に多いのだが)は、動画を自分のTaoBaoショップにリンクできる。金儲けを可能にするこのシステムで、TikTokは、より質の高い動画クリエイターを集めることができる。一方、Alibabaは、新種のソーシャルメディア・アプリからのトラフィックが得られ、WeChatにブロックされた電子商取引アプリの損失を補える。

だが、蜜月は続かないものだ。ByteDanceはAlibabaのテリトリーに急襲をかけた。ByteDanceは、電子商取引プラットフォームを導入し、長尺の動画ストリーミングの分野に進出してきたのだ。そこは、Alibaba、Tencent、BaiduのiQIYIが支配する領域だ。

ライフハックも人気だ。この男性は植木栽培のコツを伝授している / 提供:Douyin ID @速效三元化合肥

ByteDanceは独立を目指しているようだ。大半の中国のスタートアップとは違い、設立から6年目のByteDanceは、Baidu、Alibaba、Tencentの技術系大手トリオからの資金援助を受けていない。この3社はBATと呼ばれ、中国の一般消費者向け技術を独占してる。

ByteDanceの新分野への進出は、フィードに広告を掲載する以外の新しい収益チャンネルの獲得を急いでいるようにも見える。同社は、2018年の収入目標を72億ドル(約8200億円)に引き上げた。Bloombergによると、昨年の収益を25億ドル(約2850億円)上回る数字だ。

ホームとアウェイ

ブームとは裏腹に、中国のショートビデオ市場に対する規制の逆風が強まっている。この数カ月間、Kuaishou、ByteDanceの動画アプリ、その他の同様の企業やアプリは、違法または不適切とされるコンテンツを排除するとの理由で、当局から締め付けられている。

違反すればアプリストアは閉鎖され、Miaopai(秒拍)のように厳しい罰則を受ける。中国版TwitterのWeibo(微博)の支援を受けたMiaopaiだが、そのおかげでアプリのインストール件数は激減した。

Douyinは真面目な動画も流す。北京のテレビ局はDouyinにアカウントを持ち、動画を配信している / 提供:Douyin ID @BTV新闻

ByteDanceはまだ閉鎖にはなっていないが、そのAIを使った推薦アルゴリズムは攻撃の的になっている。同社自慢のアルゴリズムなのだが、メディアの監視機関は良い顔をしない。TikTokは、未成年の妊娠など「許容できない」動画を推薦することで注意を受けた。ByteDanceの人気のニュースサイト今日头条(今日のヘッドライン)も、1日1億2000万人の利用者に「失言」をして、同様の批判を受けた。

これを受けてByteDanceは、提供するアプリのAIによる推薦を監視する人材を、数千人単位で増員した。

ByteDanceは、TikTokを通じてそのテリトリーを中国の外にまで広げようとしている。今年、このショートムービー・アプリは、世界のアプリストアのランキングを上昇し、Musical.lyと一緒になってその速度を高めている。それに警戒しているのは、もはやTencentだけではない。FacebookTikTokのクローンを作っていることを、先日、TechCrunchがお伝えしたばかりだ。

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(翻訳:金井哲夫)

Mac Miniレビュー:Appleはデスクトップをプロ向けにシフトし、エントリーレベルのユーザーを振り落としつつある

先月開催されたAppleのイベントでは、Mac Miniはまるで帰って来たヒーローのような歓迎を受けた。おそらくそれはやりすぎの広告戦略だったのかもしれないし、ブルックリンのオペラハウスの座席を近隣に住む従業員で埋めていたからなのかもしれない。

しかし少なくとも、忘れられていたように思われていたAppleの製品ラインの復活に対する、歓迎の声は大きかったことだろう。MacBook Airと同様に、この勇敢で小さなデスクトップは、表向きには放棄されていた。最後の意味のあるアップデートから4年が過ぎ、MiniはAppleの過去の遺物のように、琥珀に包まれていたのだ。

これに相当する科学用語は「ラザロ分類群」(Lazarus taxon)だ。一見滅びてしまったかのように見えて、のちに復活した生物群を指す用語である。確かに、AppleはMiniの在庫を切らしたことはなかったが、急速に進化するコンピューター機器の世界では、4年前のシステムは遥か昔に忘れられた古代文明の遺物のようなものだ。

とりわけそのギャップは、私たちにAppleのエコシステムとコンピュータの世界におけるMac Miniのポジションを、再考させる機会を与えていた。Appleは明らかに再考を進めていたのだ。実際、同社のデスクトップライン全体は、iMac Proの投入や、予告だけでまだ登場しないMac Proを含めて、この一年の間に明らかに再考されている。

Miniは長い間Appleのエントリーレベルのデスクトップだった。2014年モデルの499ドルという価格は確かにこの事実を強調していた。300ドルの価格上昇でも、最新のバージョンは依然としてデスクトップMacの世界で最もコストの低い入口を指し示しているが、間違いなく「エントリー」の看板は下ろすことになるだろう。

価格の急上昇には、当然注目すべき性能の上昇が伴っている。このことによって、この小さなデスクトップは、Appleが再びクリエイティブのプロたちのコアコンピテンスに応えるために進んでいる、デスクトップエコシステムの系列に投入されることになった。最新のMac Pro(実のところ、こちらもオーバーホールの期限は過ぎている)のパフォーマンスレベルに匹敵する性能を発揮する、組み込みコンポーネントに加えて、Appleはユーザーによるアップグレード性をさらに向上させた。Apple製品には珍しいことだ。

ここで注目すべきは、デバイスの背面にあるポート数の多さだ。ここには2個の完全なUSB 3ポートがあるが、古い機器への下位互換性を考えるとこれは安心材料だ。もちろん私は、両方のポートをすぐにキーボードとトラックパッドに接続した。デスクトップコンピューティングに関する限り、これはとても重要な事柄である。もちろん、ワイヤレスを使ったり、他に外せないアダプターを接続することも可能だ。

HDMI 2.0も備わっているが、同時にヘッドフォンジャックも残されている、これはかつてはどこにでも見られたポートだが、Mac製品ラインにはかろうじて残されている。これがずっと残り続けることを祈りたい。有線のヘッドフォンを接続できることは、Applenデスクトップやラップトップに頼るクリエイティブオーディオのプロフェッショナルには本当に重要なことである。にもかかわらず、他の製品ラインではおかしなことが起こっている。

しかし、I/Oに関する最大の転換は、4つものThunderbolt 3ポートを提供していることだ。それはiMac Proと同じ数であり、2017年版の普通のiMacの2倍である。これはコンピューティングの多様性をさらに向上させる。私の机の上に関して言えば、Appleがテスト目的で送ってきたLGの4Kモニターを、接続できていることを喜んでいる。

あと必要なのは、すでに混み合っている電源タップに接続すること位だ。2台の4Kディスプレイ、もしくは1台の5Kディスプレイをサポートするのに十分なパワーがある。もしイカれた気分に囚われたならHDMIポートに3台目の4Kディスプレイを接続することもできる。しかし今の所、残りのポートは機器の充電用として使っている。

内部グラフィックスはオーバーホールされていて、Intel UHD Graphics 630は、前世代に比べ最大60%の性能向上を謳っている。しかし530cb程度のCinebenchスコアは、最新のiMac(Proではない)とほぼ同じである。

これがThunderboltポートに注目したくなる理由だ。そこには外部GPUを1〜2台接続することができる。実際、それはステージ上では言及されていなかったが、ハードウェアパートナーのBlackmagicは、Apple専用のeGPUをイベント当日に発表している。今回のものは遥かに性能の高い(そして価格もそれに合わせて高い)Radeon RX Vega 56カードを搭載している。

これは、より本格的なゲームプラットフォームになるという、同社のますます大きくなっている野心に沿った素敵な一歩だ。しかし、こうしたシステムでさらに大事な点は、写真や動画編集などの、リソース集約型のグラフィックタスクをより多く行うユーザーたちにとって、重要なアップグレードだったということだ。AppleはVR制作のような、より重いタスクのためのコンテンツ制作プラットフォームへの道も推進している。しかし、たとえ外部GPUが使えるとしても、そうしたユーザーたちはその名前に”Pro”が冠されたApple製品を求めているのだ(前述の外部GPUが取り込まれた形で)。

私たちの入手したユニットには8GBが搭載されている。言うまでもなくこれは2014年モデルで提供されていたものと同じエントリーレベルの構成だ(速度は向上しているが)。しかしそれは購入時に、もしくは後から自分でケースを開けて、8倍に増やすことができる(もちろんそれなりの費用はかかる)。ストレージ(現在は完全にSSDだ)はユーザーによって交換することはできないが、注文時に2TBまで増やすことができる。

サイトに出ているままの構成の私たちのユニットの価格は799ドルで、これはエントリーレベルのバージョンである。それはクアッドコアの3.6GHz Intel Core i3、8GBのRAM、そして128GBのストレージを搭載している。パフォーマンスについて言えば、Geekbenchの値は、シングルコアで4685、マルチコアでは13952となった。もちろん、2014年版と比べれば大幅に改善されているが、たとえばハイエンドの2018年版MacBook Proにはかなわない。それらの数字を上げるために、Core i7にしたくなるだろう。その場合は1099ドルからのスタートだ。そして、言わずもがなの警告ではあるが、もし全てのスペックを最上のものにすると、システムの価格は4199ドルに達する。これはもうiMac Proの領域である。

もちろん、最も低い仕様のバージョンでも、ほとんどのタスクはうまくこなしてくれる筈だ。私はここ2、3日というもの、自分の標準的なテックブロガーの仕事をこのマシン上で行なっているが、その結果には完璧に満足している。しかし一方で、ワークロードがプロセッサやグラフィックスに集中する場合には、この部分を強化したくなるだろう、あるいは”Pro”がその名前につけられたデスクトップの購入を真剣に考えることになる。

予算に縛られている人にとっては、ベースレベルで300ドルの価格引き上げは、気持ちをたじろがせるには十分だ。構成部品がより高価であることは事実だが、Appleが今回、Proエコシステムへの入口となる製品を提供することを選ぶことで、真のエントリーレベルユーザーたちを価格で振り落としたのではないかという疑念を拭うことができない。とはいえ799ドルという価格は、Appleのデスクトップとしてはかなり妥当な価格だとは思えるのだが。

ローエンドのデスクトップユーザーと、高い処理能力を必要とするユーザーの両方に対応することは難しい、何よりそれこそが、異なるMacBookモデルの存在する理由なのだ。一方Miniは、Appleのラップトップよりは確かによりニッチなデバイスだ。

しかし、Miniはそれ自身の興味深いニッチ分野を築き上げている。この最新バージョンは、単にデスクトップとして使われる場合以外の用途も明らかに意識して作られている。AppleはITにおける利用例を紹介した。この製品の小型でフラットなデザインは、サーバー用途への候補として興味深い。データセンター全部をこれで運営するのは少しばかり高価につくだろう、だがそれができるとなれば、間違いなくやる奴らは出てくる

こうした、様々な予想外の使用例の存在が、Appleに今回も同じサイズの機器を作らせた大きな理由だ。多くのサードパーティがすでにそのサイズ用のアクセサリを製造している。そうだとすれば単に新しいユニットと差し替えやすくするのは当然ではないだろうか?またこのフットプリントは、複数のマシンの出力を一度に必要とするワークロードに対して、コンピュータを容易に積み重ねることができることを意味する。

つまり、机の上で邪魔にならずに増やしていける良いサイズなのだ。これを書いている今、Miniはキーボードの先、モニターの下に程よく収まっている。スペースグレーメタルへの変更は、残りのMacたちの美しさとマッチする(新しいiPad Proは言うまでもない)し、私の黒い机にも具合よくフィットする。

Mac Miniは間違いなく、前バージョンに対する強力なアップグレードであり、Macの生態系の未来を垣間見ることができる興味深い製品だ。しかし、この製品のプロへの野望に伴って、799ドルからという、より高価な値札が付けられた。今でもMiniは、デスクトップMacエコシステムに入るためには、最も適切な価格なゲートウェイだが、Appleにとっての「エントリーレベル」の定義は、前回に比べて明らかに変化している。

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(翻訳:sako)

中間選挙はボットに歪められた2016年の大統領選挙の尾を引くのか?

[著者:Tiffany Olson Kleemann]

Distil NetworksのCEO。SymantecとFireEyeの元役員であり、ジョージ・W・ブッシュ大統領の下でサイバーセキュリティー・オペレーション首席補佐官代理を務めていた。

ロシアのボットがソーシャルメディアに侵入し、2016年の米大統領選挙に影響を与えたという事実は、これまでにも数多く報道されてきたが、いまだにその手口の詳細を伝えるニュースが後を絶たない。

実際、10月17日、Twitterは、2016年に4611件のアカウントによる海外からの妨害があったと発表している。そのほとんどは、ロシアのトロル集団であるInternet Research Agencyによるもので、100万件を超える疑わしいツイートや、200万件を超えるGIF画像、動画、ペリスコープ動画配信があった。

現在、もうひとつの重要な選挙が行われているが、最近の世論調査では、アメリカ人の62パーセントが、2018年の中間選挙は人生でもっとも重要な中間選挙になると考えているという(公的機関も一般市民も、2016年の教訓を学んでいるのかを疑うのは自然なことだ)。こうした国家単位の不正行為を撃退するために、何ができるのだろうか。

ここに、いいニュースと悪いニュースとがある。まずは悪いほうからお話ししよう。

2016年の大統領選挙から2年が経ったが、ソーシャルメディアはいまだに『熱狂する広告塔』というリアリティー番組を流し続けているように見える。自動化されたボットが、特定の観点を誇張するコンテンツを生成し増幅させることなくして、この世界では大きな地政学的イベントは起こりえない。

10月中旬、Twitterは、ジャーナリストのジャマル・カショギ失踪に関するサウジアラビア寄りの話題を一度に大量にツイート、リツイートしたとして、数百件のアカウントを停止した。

10月22日、ウォール・ストリート・ジャーナルは、NFLの選手が国歌演奏中に片膝をついて抗議の態度を示したことに関する論争を、ロシアのボットが煽っていたと報じた。クレムソン大学の研究者が同紙に伝えたところによると、Internet Research Agencyに属する491のアカウントから、1万2000件以上の投稿があり、2017年9月22日、トランプ大統領が、国歌演奏中に片膝をついた選手はチームのオーナーがクビにすべきだと話した直後に、その数はピークに達している。

この問題はアメリカ国内だけにとどまらない。2016年のイギリスのEU離脱に関する国民投票にボットが影響を与えたと指摘された2年後、スウェーデンの総選挙を目前にした今年の春と夏に、移民に反対するスウェーデン民主党を支持するTwitterのボットが急増した

この他にも、ボットによる偽情報の問題は続いている。しかし、そんなに悲観することもない。前進している部分もある。

写真提供:Shutterstock/Nemanja Cosovic

第一に、問題解決には意識を変えることが第一歩となる。ボットによる妨害が新聞の大見出しを騒がせるようになったのは、ここ2年ほどのことであることを認識しよう。

ピュー研究所が今年の夏に、成人のアメリカ人4500名を対象に行った調査では、アメリカ人のおよそ3分の2がソーシャルメディアのボットについて聞いたことがあり、その人たちの大半が、ボットが悪用されることを恐れているという(ただし、偽アカウントを見破る自信があると答えた人は非常に少なかったことは気がかりだ)。

第二に、政治家も行動を起こしている。カリフォルニア州知事ジェリー・ブラウンは、9月28日、人工物であることを隠してボットを使用すること禁止する法律に署名した。これは2019年1月から発効される (選挙民の判断に影響を与えないように、またその他のあらゆる目的での使用を阻止するのが狙いだ)。これは、チケットを自動的に購入するボットを禁止する全国的な動きに追随するものだ。アメリカにおいて、チケット購入ボット禁止の先駆けとなったのは、ニューヨーク州だった。

政治家がこの問題を認識し関心を高めるのは良いことだと思うが、カリフォルニアの法律には穴があるように思える。通常、ボットネットワークを操っている人間を特定することは非常に困難であるため、この法律の実効性が疑われる。罰則も曖昧だ。国家的な、または国際的な事柄に攻撃を加える者に対して、ひとつの州ではそもそも力が及ばない。とは言え、この法律はよい出発点になるだろう。この問題を真剣に考えているという政府の態度を示すことにもなる。

第三に、2016年のボットの活動に適切に対処できなかったソーシャルメディア・プラットフォームは、議会の厳しい調査を受けることで、悪質なボットをピンポイントで特定し排除することに積極的に取り組むようになった。

TwitterもFacebookも、ある程度の責任はあるものの、それらも被害者であることを忘れてはならない。こうした商用プラットフォームは、悪い人間に乗っ取られて、彼らの政治理念や信条の宣伝に利用されたのだ。

TwitterやFacebookは、人間か、人間ではない偽の存在が人間を装っているのかを見破るための努力をもっと早く始めるべきだったと言う人もいるが、ボットは、つい最近知られるようになったサイバーセキュリティー上の問題だ。従来のパラダイムでは、ハッカーがソフトウエアの脆弱性を付いてセキュリティーを突破するという形だったが、ボットは違う。ボットはオンラインビジネスの処理過程に攻撃を仕掛けるため、通常の脆弱性検査方式では検出が難しいのだ。

Twitterの10月17日のブログには、2016年の偽情報の不正操作の範囲に関する情報が書かれていて、その透明性には素晴らしいものがあった。「情報操作と組織的な不正行為が収束することはないことは明らかだ」と同社は話している。「この種の戦術は、Twitterが生まれるずっと前からあった。地政学的な地域が世界に広がり、新しい技術が登場するごとに、彼らはそれに順応して形を変える」

これが、私が楽観視する第四の理由につながる。技術の進歩だ。

1990年代後半から2000年代前半にかけてのインターネットの黎明期においては、防護技術が未発達だったため、ネットワークは、ワームやウイルスといった攻撃を受けやすかった。今でも侵入事件は起きているが、セキュリティー技術はずっと進歩し、攻撃を許してしまう理由は、防護システムの不具合よりも人間の操作ミスのほうが多いという状況になっている。

ボットを検出し被害を抑える技術は進化を続けている。今日のメールのスパムフィルターのように、自動的に効率的にボットを排除できる技術がいずれ確立されるものと、私は思っている。今はネットワークの中だけで働いているセキュリティー機能の統合が進み、プラットフォーム全体に及ぶようになれば、より効率的にボットの脅威を検知し排除することが可能になる。

2018年のうちはまだ、ボットに気をつけなければならないが、世界はこの課題に本気で取り組でいて、明るい未来を予感させる素晴らしい行動が見え始めている。

健全な民主主義と、インターネットでの企業活動は、そこにかかっている。

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(翻訳:金井哲夫)

人びとに再び価値を取り戻そう

【編集部注】著者であるDavid Nordforsは、Vinton Cerfと共に設立したi4j Innovations for Jobs Summitの共同議長である。共同著者であるVinton Gray Cerfは、i4j(innovation for jobs)の共同設立者であり、「インターネットの父」の1人として広く知られている。Cerfは、米国の国防高等研究計画局(DARPA)においてTCP/IP技術開発のための資金提供マネージャーとして働き、現在はGoogleにおいて、Chief Evangelist of the Internet(インターネット主任エバンジェリスト)として働いている。

イノベーターや起業家たちによって生み出される、技術的成果の速度や進化度と、そうした技術が人間の幸せに寄与する方法の間には、断絶が存在している。

私たちは技術力を何倍にも高めてきたが、それでもより幸せにはなっていない。より充実したものに振り向ける時間は増えてはいないのだ。

私たちは、私たちの力をお互いに(ということは結果自分たち自身を)より価値のあるものにするために使う事ができた筈だ。それなのに、私たちは機械による失業に怯え、経済から無価値なものと思われることを恐れている。より良い技術とより良い生活とのつながりは、とても混乱しており、多くの人はその存在についてじっくり考えてはいない。

著者の2人は、i4j(Innovation for Jobs)の共同創立者だ。i4jは2012年以来、イノベーションがいかに失業を減らし、より良い仕事を生み出していけるかに関するアイデアを交換し続けてきた、思想リーダーたちの電子コミュニティである。私たちは、新しい著書“The people centered economy – the new ecosystem for work”(人間中心経済 ーー 仕事のための新しいエコシステム)の中で強調しているように、そうしたことを実現するためのアプローチの1つを発見したと考えている。著書では、高い空からの視点からシナリオの詳細に至る、アイデアのシステムを提示している。そこには、数多くの実世界の事例に基づいた理論が示されている。著者はi4jのメンバーたちや、例えばLinkedInのような大企業の創業者たち、スタートアップのCEOたち、投資家、財団のディレクターたち、そして社会起業家たちなどである。

私たちが指摘する今日の課題は、私たちのイノベーション経済が人びとの価値を高めることではなく、コストを削減することを目指しているということだ

このことの主たる危険性を要約することは容易だ:労働者がコストとして見なされる時(現在の状況だ)、コストを削減し効率的にする技術は、労働者たちのコストを下げるように競い合い、その結果として労働者たちの価値を貶める。イノベーションが「より良いもの」であるほど、労働者たちの価値は下がるのだ。変化する世界で人びとは価値ある存在にとどまろうと苦労しており、その中でイノベーションは、選ばれた少数を除いて手助けをすることはない。価値を認められ、必要とされることは、人間の本質の一部なのだイノベーションは、人をより価値のあるものにすることができるし、そうすべきなのだ。

経済とは、お互いを必要とし、欲し、価値を認め合う人たちのことだ。お互いをもっと必要とするときに、経済は成長することができる。私たちがお互いをあまり必要としなくなると、経済は収縮する。人びとが、お互いをもっと必要とするようなイノベーションが必要なのだ。

イノベーションの目的は、持続可能な経済でなければならない。そこでは私たちは、好きな人びとと仕事をし、知らない人たちから価値を認められ、愛する人びとに分け与える事ができる

もしイノベーションがこれを行えるならば、私たちは繁栄するだろう。

現在の、人間をコストとしてみなす「タスク中心」経済は、多くの致命的な病気の兆候に苦しめられている。本の中にいくつか紹介してあるが、ここではそのうちの1つを紹介しよう。

ルーズベルトの「ニューディール」政策によって台頭した働く中産階級は、全て消滅してしまったも同然である。人びとはこうした現象を取り上げて、政治的対立者たちを攻撃する事が好きだが、1980年以降貧富の差は着実に増加してきている。民主党政権下でも共和党政権下でもその事情は変わらない。これは政治を超えた出来事なのだ。

このすべての根本的な原因が、タスクや製品などを人間の代わりに価値命題の中心に置いている、タスク中心経済の本質なのだ。こう考えるとわかりやすいだろう。あなたが家の壁を塗りたいと思い、一方でそれを塗りたいと思うペンキ職人たちがいる。これが出発点だ。しかし、タスクをより良く、そしてより安く(それを可能とするイノベーションと共に)行おうとする事が、トラブルの原因となる。

オートメーションとオフショアリングによって、企業は人件費を削減する。労働者は収入が少なくなれば、使えるお金も減っていく。企業は人びとの収縮する財布に合わせて、さらに安価な製品やサービス開発を行い、人件費をさらに削減する。これは人びとの収入と支出が共にゼロになる地点を目指す下降螺旋である。

この問題の核心は「1ドルの節約は、1ドル稼いだことと同じ」という古い言い習わしである。この格言は、あなたと私の日々の生活の真実のように思えるし、また企業に対しても適用されるように思える。しかし逆説的ながら、経済においては、この逆が真実となる:1ドルの節約は、実際には1ドル損失なのだ。

1人の収入は常に他の人の支出であり、もし皆の支出が減れば、人びとの(平均的)収入は減少する。経済は同じ資金の、支出と再支出に支えられている。速度が重要だ。経済成長は、ただ利益のためだけに競う(稼ぐだけで金を使わない)企業によって殺されてしまう。私たちは、節約をしたり無駄を省く事が悪いと言っているわけではない。それは望ましく必要な事である。しかしそれは収入ではないのだ。貯金と収入が同じだと言ってしまうとそれは矛盾であり、経済的失敗のレシピとなってしまう。

タスク中心の経済における、成長=利益のパラドックスを解決することはできないかもしれない。何しろそれは心の中に深く巣食った考え方なのだ。この考え方は常に仕事を観察し、最もコスト効率のよい方法は何かと探し回る。現在経済を崩壊から守っているのは、仕事を自動化することの本質的な限界である。労働者は、(それが望まれてはいないとしても)残された必要なコストなのだ。しかし、もし人工知能がほとんどすべての作業を自動化できるなら、結果はどうなるだろうか?こうなるとタスク中心の思考は内部崩壊を起こす。タスク中心の考え方では、イノベーションは経済を殺すだけなのだ。

私たちの仕事を脅かすようにみえているAIと機械学習革命は、これまでの産業革命とは異なっているものなのだろうか?時代は異なっているものの、その変化のパターンの類似性に、ショックを受けるかもしれない。以下の「共産党宣言」からの引用を読んで欲しい。ただし原文のブルジョワジーはインターネット起業家に、プロレタリアートはオンデマンド労働者に、文明はデジタル経済に、そして革命はディスラプションで置き換えてある。

「インターネット起業家精神は、全ての社会条件に絶え間ない混乱を生じさせる、市場の絶え間ないディスラプションなしには存在し得ない。インターネット起業家精神は新しい労働者階級を作り出した ーー それは自分たちを切り売りしなければならないオンデマンド労働者たちだ。彼らは商品となり、市場の気まぐれにさらされている。彼らの労働はみな、個性と魅力を失ってしまった。彼らに求められているのは、最も単純で最も簡単に身に付ける事ができる仕事だけだ。オンデマンド労働者の生産コストは、ほぼ完全に彼の生活費に限られている。だが商品の価格は、長期的には生産コストに等しくなる。したがって、仕事から個性が消えれば消えるほど、賃金は比例して減少する。下位の中産階級は徐々にオンデマンド労働者になるだろう。その理由のひとつは、彼らの専門的スキルが、新しい生産方法によって価値がないものとなってしまうからだ」。

墓地からのこのメッセージの正確さは、不気味以外の何ものでもない。その類似性は明らかだ。送られているメッセージは「インターネット起業家が新たなブルジョア階級だ」というものだ

ユニバーサルベーシックインカム(UBI)は、基本的なセキュリティを提供することはできるが、仕事を置き換えることはできない。人間はいつでも、他人に頼る事が可能である必要があるのだ ーー たとえそれが敵であろうとも。人間がもはや働く必要がなくなったとしたら、なぜ見知らぬ、あるいは好きではない人びとに頼る必要があるのだろうか?UBIに関する夢想家のアイデアは、その答を提供しない。意味のある賃金労働は、社会を一体化するための接着剤の役割を果たす。夢想家のUBIの議論は、方向を見失った症状の一つに過ぎない。私たちは、どの仕事は機械で置き換える事ができないか、機械は人間のようになれるか否か、機械は税金を払うべきなのか、などに関しての議論を始めている。これらはすべて興味深い哲学的な質問だが、それらについて議論していても実際の問題 ーー イノベーションが社会を混乱させること ーー を解決できることはほとんどない。実際的なソリューションが必要なのだ。最初の要件は、それらを見る事ができるようになる事だ。

混乱の裏に横たわる主な原因は、視点の欠如だ:現実には新しいレンズが必要なのだ。私たちは見ているものを説明できない。なぜならかつては物事をわかりやすくしてくれた、昔の良いアイデアたちが、今や世界を判読できないものにしてしまっているのだ。これは歴史の中で頻繁に起きている事だ。たとえば、中世の人びとは地球が宇宙の中心であるとずっと考えていたが、科学者たちが空に浮かぶ天体の動きの観察を重ねるにつれ、その軌道は複雑で理解できないものとなっていった。しかし、単純に視点を変えて、太陽を中心に置いてみると、複雑な軌道は、非常に単純なほぼ円形の楕円形に変化した。これが「コペルニクス的転回」である。

私たちが提案したいのは、似たような視点の切り替えだ:人間を中心に据えることによって、同じように建設的になれるかもしれない。「人間中心経済」ビューは、「コペルニクス的転回」が物理学と天文学に与えた影響のように、イノベーション経済を単純化しより良く構成してくれるかもしれない。結局のところ、経済とは人に関するものなので、私たちを中心に置くのは当然のように思える。そして下の図に示すように、実際に経済をよりシンプルに見せてくれる。

私たちの現在のタスク中心ビューは、人間を二つに分割する。労働市場でお金を稼ぐ労働者ペルソナと、消費者市場でお金を使う消費者ペルソナである。分割された現実によって私たちは2つの人生を生きている!これは長い歴史の中で時間をかけてテストされた明らかなビューのように見えるかもしれないが、実際は複雑で、バラバラで、間違っているのだ。

人間中心のレンズに切り替えることで、二つに分かれていた私たちは、再び一つになることができる。労働市場と消費者市場は、単一の市場に置き換えられる。そこでは人間には2種類のサービスを提供される。1つは収入を得るサービス、もう1つはお金を使うサービスである。こちらの方がわかりやすい図である。定義によって、組織が私たちにサービスを提供する。逆方向ではない。それらは私たちが埋め込まれている生態系であり、互いに価値を創造し交換する手助けをしてくれる。

人間中心のレンズに切り替えるだけで、物事は私たちの周りのにきれいに落ち着く:

人間中心経済はシンプルで手軽な経済の定義を持っている:人間は組織によってサービスを受けながら、価値を創造し交換する。

人間中心のレンズを通して眺めれば、将来の仕事に関する厄介な質問は次のように言い換える事ができる:「AIイノベーションはより多く稼ぐために適用されているのか、あるいはより多く使うために適用されているのか?」これに対するシンプルな答えは「使うため」であり、ここから導かれる直接的な結論は、私たちには人間が「稼ぐ事」を助ける、さらなるイノベーションが必要だという事だ。人間中心のレンズを通して、持続可能なイノベーション経済の明らかな「第1法則」が見えてくる:

私たちにお金を使わせるイノベーションと同じくらい、私たちにお金を稼がせるイノベーションが必要である。

現在私たちは、お金を使うための素晴らしいイノベーションに囲まれて暮らしているが、お金を稼ぐための優れた手段はとても少なく、生計を立てられるようなものは存在していない。

私たちは、本当に良い収入サービスのイノベーションを競うスタートアップたちを必要としている。それはおそらく以下のようなものだ:

「親愛なるお客様。私たちはお客様が、より良い手段でより良い生活を得る事ができるようにお手伝い致します。
AIを使用して、あなたのユニークなスキル、才能、情熱に合わせて仕事を仕立て調整(tailoring)致します。
私たちは、あなたが働きたいと思うチームで働けるようなマッチングを行います。
意味のあるお仕事の中から選択していただく事が可能です。
現在よりもより多くの収入を得る事ができるでしょう。
こうしたアレンジに対して手数料をご請求します。
私たちをお選びいただけますか?」

良いニュースは、世界の労働市場は顧客のニーズを満たし良い生活を得るための、革新的な新しい手段によって、ディスラプトされる準備が整っているという事だ。

そしてこの市場機会は巨大だ!ここにある推計がある:Gallup会長のJim Cliftonによれば、世界の労働可能人口50億人のうち、30億人が働いて収入を得たいと考えている。彼らのほとんどは、安定した収入のあるフルタイム仕事を求めているが、そうできているのはわずか13億人に過ぎない。その13億人の就労者のうち、2億人だけが生活のために行なっている事に「熱中している」(言い換えれば自分の仕事を楽しみ、次の仕事を心待ちにしている)。しかしこれらの幸運な少数の人びとに比べて、熱中できず、不満を表明し、他者の仕事を貶める人たちの数はその2倍にも達する。それ以外の人たちは、単に仕事に熱意を持てないまま、日々を惰性で過ごしている。

これが毎年約100兆ドルの製品とサービスを創出する、グローバルな労働力の悲しい状況なのだ。人類はその能力のほんの一部だけで動いている。現代の情報技術を使って、働くことを望む30億人のすべての人びとのための仕事を仕立て調整(tailor jobs:個人のニーズに合わせて仕事を作り出す)できると想像してみよう ーー 個々人のユニークなスキル、才能、そして情熱にマッチする仕事、そして価値ある仕事にアサインされ共に働きたい人たちと組むことのできる仕事を、仕立てあげることができると想像して欲しい。このような世界では、平均的な世界市民は、現在生み出されている価値よりも1人当たり何倍もの価値を生み出すことができる。現在の、不幸で、適合していな労働力よりもどれほど多くの価値が生み出されることだろうか?

価値創造が倍増する程度では確かに多くはないかも知れないが、それだけだったとしても世界経済に100兆ドルの価値が加わる。仕事の提供者たちが、サービスの提供を通じて得られる人びとの収入に対してUber同様に25%の手数料を請求したとしたら、その結果生み出される収益は手数料だけで50兆ドルに達する。それに加えて損害賠償保険や健康保険などの追加サービスによる収益も発生する。

この規模の下では、人々が生計を立てるためのより良い方法を誂え調整することが、世界で最大の市場となるだろう。たとえ、収入を得る人にとってほとんど気にならない程度の、1%の手数料だけだったとしても、市場の大きさの可能性は2兆ドルに達する。私たちはこれを、起業家、投資家、そして政府が探求する価値のある、魅力的な機会であると考えている。

「仕事の仕立て調整」(Tailoring jobs)は開拓される事を待つ新しい市場である。なぜならこれまでの私たちはそのための技術を持っていなかったからだ。しかし今では、まだわずかに1、2年ではあるが、私たちにはまあまあ十分なツールがある。スマートフォンの普及とクラウドコンピューティングや大規模なデータ分析といった新しい能力は、原理的には、地球上のすべての人に報いる仕事を、仕立て調整することができる。もし現在は非現実的なものであっても、それでもそれは依然として巨大な潜在的市場である。そしてたとえそれが、良い仕事を探している世界の人口のほんの一部にしか適用されないとしても。そうした労働者たちは十分に教育されたエリートでなければならないというのは誤った想定である。なぜならそうした人びとは既に良い仕事が提供されているからだ。それとは全く逆に、AIを使った仕事の仕立て調整の巨大市場は、その能力に見合った人生を生きる機会に恵まれない、疎外された、非雇用あるいは不完全雇用に甘んじる多くの人びとのものである。

こうした何百万人もの人たちを助けるシンプルなイノベーションは、既に十分恩恵を受けている人たちを助けるビジネスよりも、遥かに良いものになる可能性がある。十分に恩恵を受けている人たちを助けるビジネスは、最初の産業革命以前に、最も成功した製造業者たちが、高価なものを裕福な人びとに販売していたやり方と似ている。

大量生産が導入されたことにより、このことは驚異的なそして予測できないやり方で変化した。安い品物を大衆に売ることが成功への新しい近道となったのだ。その当時、古い経済を回していた人びとは、製品を財布の薄い人たち(貧しい人たち)に売ることの方が、それを王様に売ることよりも良いビジネスになる可能性があることを、想像することができなかったのだ。

今日、私たちが大衆向けパーソナライズ製品を導入する中で、多くのビジネスリーダーたちは、収入の少ない人たち向けの特別な仕事を創出することの方が、企業が獲得に苦労しているエンジニアたちのために仕事を仕立るよりも、良いビジネスになり得るという事を想像できずにいる。

私たちは、強みの発見、教育、マッチメイキング、人事、そしてロングテール労働市場の新しい機会に関わる、革命の入口に立っているのだ。

i4jコミュニティには、この機会を探究することに関心を持つ起業家や投資家たちが参加しており、さらなる仲間が求められている。クリティカルマスに達した生態系は、人間中心経済への扉を開くことができるだろう。そして私たちはその手伝いをしたいと考えているのだ。

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(翻訳:sako)

画像クレジット: aelitta

農業食品 ―― 価値ある8兆ドル産業

大麻入りの飲み物。研究室で育成されたハンバーガー。瓶入りの完全な食事 。消費者、小売業者、そして農家たちは、次世代の食品に飢えており、投資家もその味を試しつつある。農業食品テクノロジーのスタートアップに対する初期ステージ投資は2017年には101億ドルに達した。これは前年に比べて29%の増加である。

農業食品(Agrifood)という言葉は2つの部分に分けることができる。「農業技術」(Agritech)の部分は農家を対象とした技術を指す。対照的に「食品技術」(Foodtech)の部分は、加工業者、小売業者、レストラン、そして消費者をターゲットとしている。共同で両者は、農場から食卓に至る生産ラインのすべての部分に、幅広い影響力を与える。

最近の食品技術投資は、Delivery HeroのIPOを筆頭にして、ele.meInstacartの数百万ドルに及ぶラウンドで 活況を呈している。とはいえ、農業技術の投資も負けずに追い付こうとしている。Indigo AgricultureとGinkgo Bioworksはそれぞれ、2億300万ドル2億7500万ドルを調達した。

また、この分野での買収活動も増えている。最近のニュースでは、UberとAmazonの両社が、Deliverooと買収に関する話し合いをしたことが示唆されている。その一方で、John Deereはロボット会社Blue River Technologyのテーブルに3億500万ドルを積み、DuPontは農業管理ソフトウェアのGranularを3億ドルで買収した。

なぜ農業食品への関心が高まっているのだろうか?

食品は巨大な市場であり、急速に変化している

1958年には、地球上に30億人の人間がいた。現在では、人口は76億人に達しており、2100年には112億人を突破する予定だ。食料を供給しなければならない口の数は多い。

しかし、食品市場の魅力は量的なものだけではない。実際、ベネットの法則に従えば、人々の収入が増えるにつれて、食の嗜好はより多様化する。多様性を追求するこの経済的な強制は、倫理的プロダクトを好む消費者の増加によって補完されている。多くの人々が、食品と生態系、健康、そして動物の福祉との関係を意識している。米国のビーガンの数は過去3年間で6倍になり、英国では過去10年間で3倍以上に増加している。

これらの2つの流れが、スーパーマーケットの棚やレストランのメニューを急速に進化させることにつながった。消費者たちは新しい健康「スーパーフード」を発見するのに熱心だ。例えば昆虫
GrubCricke)や、Huelのような代替食品オプションからallplantsのようなビーガンミールボックスまでを含む新しい消費形態などが挙げられる。

農業技術に目を向けてみると、消費者の好みに応えるための代替生産モデルも生まれている。例えばGrowUpLettUs Growといった総合農場では、農業の環境への影響を劇的に減らすことができた。

人口の増加と食事の多様化という上記の2つの要素を組み合わせることで、投資家の食欲をそそる料理が生み出される。世界の農業ならびに食品産業は、少なくとも8兆ドルの価値があると見積もられている。

新しい技術が大きなチャンスを生み出す

食品と農業のバリューチェーンはボトルネックと非効率性で溢れている。それらのうちのいくつかは、よく知られている技術を用いたインテリジェントなアプリケーションで解決することができる。

例えば、慎ましいオンライン市場がある。YagroHectare Agritech、そしてFarm-rなどを含む市場では、農家が機械や商品を取引し、WeFarmのようなピアツーピアプラットフォームでは知識共有が可能になる。COLLECTIVfoodPesky Fish、そしてCOGZなどの食品調達市場や、FarmdropOddboxのような消費者直販サービスも出現している。

はるかに複雑な技術ソリューションもある。

その中の1つである遺伝工学は、たくさんの「考えることを強いる食品」を提供している。実際国連は、世界の増加する人口に対して食糧を供給するためには、2050年までに食糧生産量を70%増やさなければならないことを示唆している。遺伝子工学は世界の作物収量を22%増やすことができるだけでなく、収穫前損失の回避にも役立つ。

この目的のために、CRISPRが作物の栽培に革命を起こしている。CRISPR技術は、作物が光合成とビタミン含量を最適化することを助ける。2013年にタバコに対して最初に試験されて以来、CRISPRは、コムギや米からオレンジ、トマトなどの多くの作物に使用されて来た。作物の害虫への耐性向上から、栄養成分の改良まで様々な応用が行われている。CRISPRは家畜にも適用されている。スコットランドのロズリン研究所では、研究者たちはCRISPRを使って、ウイルス耐性ブタをの開発に成功している。

同じように、 セルラー(細胞)農業は大きな進歩を遂げている。セルラー農業とは、バイオテクノロジーを食品ならびに組織工学と組み合わせて、実験室の中で培養された細胞から、肉や皮革などの農業製品を生産する手法である。

セルラー農業やそれらを応用する企業たち(例えばMeatableHigher Steaksなど)が、どれほど劇的に農業と食糧生産を変えているのかは簡単にわかる。

したがって投資家たちは、「クリーンミート」業界を一口味わってみる誘惑に駆られがちだ。ヨーロッパでは、Mosa Meatが880万ドルを調達したばかりだし、米国のMemphis Meatsは2017年に1700万ドルを調達した

そうした製品はまだ店の棚に並んではいないが、その魅力は明らかだ。食肉市場は2025年までに7.3兆ドルに成長し、2050年までには需要が73%増加すると予想されている。そして、クリーンミート技術は、肉の生産を実質的に無限に拡大することを可能にする。わずか2ヶ月で、10匹の豚から得たスターター細胞を使って、1培養基あたり5万トンの豚細胞を培養することができる。これは、肉の生産コストとその環境コストを劇的に下げることができる。「伝統的な」肉と比較して、クリーンミート1ポンドあたり、必要な水は6分の1、排出される温室効果ガスは4分の1となる。

人工知能と機械学習もまた農業に影響を与えている。そのなかでも主要なチャンスの1つが、精密農業である。

画像認識、センサー、ロボット工学、そしてもちろん機械学習の進歩によって、農家は作物の状態に関する、より良い情報を受け取るようになった。Hummingbird TechnologiesKisan Hubなどのスタートアップは、人間による「作物の見回り」を上回るソリューションを開発した。同様に、Observe Technologiesは、魚の養殖業者に対して、給餌を最適化するための、AIによる情報を提供する。

屋内に目を向けると、Xihelm(情報開示:Oxford Capitalが投資家である)は、ロボット化された室内収穫を可能にするマシンビジョンアルゴリズムを開発している。このような技術は、農業における労働力不足を解決するのに役立つ。労働力不足によって2017年には英国での労働コストは9〜12%上昇しているのだ。

食品が農場から小売業に移動するとき、サプライチェーンは扱いにくく、管理が難しい場合が多い。その結果、食品には400億ドル規模の不正の問題がつきまとう。この問題を解決するために、Provenanceなどの企業が提供するブロックチェーン技術が適用されている。Walmartは最近、葉物野菜のサプライヤーたちに対して、そのデータをブロックチェーンにアップロードすることを要求することを発表した。このことで食品をその生産者まで(1週間ではなく)2.2秒で遡ることができるようになる。

農業食品テクノロジーへの馴染みはまだ薄い

農業食品市場は巨大で投資の機会も多いものの、依然としてハイテク投資家の好きな料理ではない。もちろん、2017年には投資額は101億ドルに増加している。しかし同じ年にはフィンテックは394億ドルに達しているのだ。

これにはいくつかの理由がある。デジタル化は進んでいるものの、その速度は遅い。農家は当然ながらリスク回避的だ。彼らの回避傾向は、活動の季節変動性と失敗可能性によって強化される。ほとんどの作物は年に一度だけ生産されるので、収穫に失敗するとその影響は劇的かつ長期に及ぶ。大規模な技術的ソリューションを実装することにはリスクを伴う。したがって現状から離れる決定は気軽に下すことはできない。

規制はセクターにとって大きな考慮事項だ。欧州司法裁判所は最近、CRISPRで作られた作物に関しても、遺伝子組み換え作物と同じ期間の承認期間を経なければならないという裁定を下した。2018年にはフランスで、ベジタリアンおよびビーガン向けの完全植物性製品に対して「肉」や「乳製品」といった用語の使用が禁止された(これまでは完全に植物性でも「ソーセージ」「ステーキ」といった名称が使われていた)。とはいうものの、この法律が将来「培養」肉に対してどのように適用されるかは明らかではない。消費者に受け入れてもらうために、クリーンミートスタートアップたちはこの用語を巡る戦いには勝利したいと願っている。

消費者による受容は、農業食品の経済的、環境的、倫理的な影響によって形作られる可能性も高い。農業は世界の労働人口の4分の1を雇用しているが、その労働力の多くが女性であることを忘れてはならない。

食の未来には、農業における失業問題、家畜や原材料生産の大幅な変化、土地管理手法の大幅な変更などが予想されている。さらに、遺伝子編集は、個別の農家ではなく、大企業に利益をもたらす可能性が高い。このことによって通常の農家は危機に晒される可能性がある。

これは単にケーキを手に入れて食べるという話ではない。必要な要素は、とても慎重に選択する必要がある。そうでなければ「食の未来」には苦い味がリスクとして残されることになるだろう。

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(翻訳:sako)

コラム:ツールは変わる

私が過去十年ほど、HappyFunCorp1で仕事としてやってきたウェブサービス作りやスマートフォンアプリ開発は、かつてはとてもわかりやすいものだった。決して簡単だったとは言わないが、特に顧客が消費者向けスタートアップの場合は、わかりやすかったのだ。多くの会社がそうだった。

経験を積むほど、私たちはより良いものに手が届くようになった。2つのアプリをデザインし実装する(通常はiOSが先、Androidが後)。デザインには金を惜しんではならない。それらをJSON APIに接続する。それは通常はRuby on Railsで書かれたバックエンドだ。このバックエンドはウェブサイトでも使われている。常にウェブサイトが存在している:一般消費者はアプリで最小限の表示を見ているに過ぎない。その裏には常に機能やアプリの外観を制御するための管理サイトが伴っているのだ。

管理サイトのデザインはそれほど重要ではないので、ActiveAdminのようなもので、見かけは粗いが使えるものを作成することができる。なぜ自分でわざわざ作る必要があるだろう?同様に、認証は面倒で間違いも起きやすいので、FacebookやTwitterへのフックを組み込んだDeviseのようなものを使いたい。データベースは慎重に設計しよう。生のJavascriptを扱うのは悪夢に他ならないので、動的なブラウザ内操作にはjQueryを使おう。サーバーテストにRspecとMinitestのどちらを使うかには議論が分かれる。

全部揃ったかな?OK、それではHerokuのスケーリング環境に展開しよう、単に”git push”とするだけでステージングと本番環境にプッシュすることができる。様々なレベルのPostgresサポート、自動スケーリング、パイプライン、Redisキャッシング、Eesqueワーカージョブなども同様だ。もしスタートアップなら、そのままHerokuの上で様子を見よう。もしそれが製品市場で成功するとしたら、とりわけ素早いイテレーションが可能だったことが大きい。そしてもし成功したならば、ある時点でAWSへと卒業しなければならない。なぜならHerokuのスケーリングには限界があり、しかも大規模になるにつれて多大な費用がかかるからだ。もしそうでないなら…まあ「失敗は早めに」だよね?

ああ、友よ、そんな日々があったのだ。既に過ぎ去った平和な日々…(ノートをチェック)もう5年前の話だ。もちろん沢山の苦労は味わったが、意思決定上の複雑さはほとんどなかった。スマートフォンブームが始まり、ウェブブームは落ち着いて、それでも皆がまだその2つのブームの上に乗っていた。

では現在は?まあ、今でもそれらの波自身は崩れ去ってはいない、ソフトウェアはいまでも世界を食べ続けている。だが状況は…変わってしまった。世界はますます(ソフトウェアによって)食べられ続けているが、その速度は落ちている。まあ今や100万ドルのものが500%成長するというよりも、10億ドルのものが50%成長しているという意味でだが。世界を変える決意に満ちて、それを試すために資金を注ぎ込む、アプリのアイデアに満ちた夢想的起業家の数は少なくなっている。もちろん、そうした者たちはまだ居るし、その力も大きくなってはいるが、現在の風景はより複雑なものになっているのだ。

その代わりに、私たちは大規模なビジネスを目にするようになった。メディア、製造、そして小売などだ、そうしたものたちが新しい技術プロジェクトを適用し、熱中し、実験しなければならないことに気が付いたのだ ―― 興奮と恐れの中で。そうでなければ、とても限られた(しかしとても有益な)用途のカスタムアプリケーションを作ることが要求され、それらを既存の面倒なミドルウェアなどと接続しなければならない。また、たとえ有名なテクノロジー企業であっても、社内のチームを純粋にコアコンピタンスとビジネスモデルに専念させるために、補助的なツールとプロジェクトはアウトソーシングしている。私たちの顧客たちが、ここ数年でより企業向けにシフトしたことは間違いない。

とはいえ、素晴らしいアイデアや触発的なパワーポイントを引っさげたスタートアップたちの登場が途切れたと言いたいわけではない。例えば、かつてのコンシューマアプリの創業者たちを置き換えるように登場した、超夢想的ブロックチェーン創業者たちがいる(実際、私自身も時には少しばかりブロックチェーンに対して夢想家になってしまう)。昨年末から今年にかけて沢山のブロックチェーンスタートアッププロジェクトを仕掛けて、現在はせいぜいそのうちの数個が残っている状態に陥っているのは、私たちだけではないと思っている(とりわけツールが依然としてとてもお粗末なままなので、私には90年代のコマンドラインハッキングを思い起こさせる)。しかし、私はこの分野が消えてしまうとは考えていない。

現段階では、予想していたほど多くのAIプロジェクトを、私たちは手がけていない。おそらくその原因の一部は、AI人材が極端に不足し高価値のままであることであり、また部分的には多くの”AI”的な仕事が、深層学習ニューラルネットワークを訓練し調整することなく、単純な線形回帰を使って行えることが明らかになったことだろう…まあもしTensorFlowでそうした線形回帰を行ったとしても、まだ”AI”というバズワードを使っても許される筈だ。そうだろう?

しかし何よりも、私たちが使用するツールが変わってしまった。いまでは、アプリを作ろうとする際には、自分に問いかけなければならない:本当にネイティブで作るべきか?(JavaまたはKotlin?Objective-CそれともSwift?)そうでなければReact Native?あるいはXamarin?そうでなければGoogleの新しいFlutterとか?またウェブサイトを構築したいときには考えなければならない:従来式でやるのか?それともReact、Angular、またはVueを使ったシングルページにするのか?サーバーに関しては…ご存知のようにGoはRailsよりもはるかに高速で、そう、並列処理もエレガントだ。でもmap/filter/reduceはどこに入れれば良いのだろう?Javascriptはいまだに扱い難い言語だが、システム全体を横断して1つの言語を使うことには一定の利点がある。そして最近のNodeは強力でパッケージも豊富だ。もちろん、それら全体をコンテナに入れたい筈だ、Dockerはさらに1層もしくは2層の設定の複雑さを追加するが、通常そうする価値はある。

完全に「サーバレス」に移行はしないにしても、ある程度の部分をAmazon LambdaやGoogle Firebaseでまかなうというのはどうだろう?たとえFirebaseをデータストアに使用しなくても、認​​証に使うというのは?そして、もし必要に応じてあるいは適切と思われるので、全てをコンテナ化しKubernetes化していた場合でも、製品が市場に受け入れられたことがはっきりするまでは、多数のマイクロサービスを組み合わせる道筋を進むのはやめておこう。そしてその後どこにシステムを展開すれば良いだろうか。AWS、Azure、Google Cloud、またはDigital Ocean?あるいは、App EngineやBeanstalkのようなPaaSサービスや、Herokuのような「サーバーレス」と「ベアメタル仮想マシン」の間に入るようなものを使いたいだろうか?

過度に単純化しているが、私の言いたいことはおわかりいただけるだろう。開発者として、これほどの選択肢やツールが提供されたことはこれまでになかった。そして利用可能なツールセットの中の、どれが特定の状況に対して最善なのかを決定することが恐ろしく難しいという理由で、分析に対する困難に直面させられることもかつてなかった。場合によっては(実はしばしば)最善ではなく、とりあえず良いものを選ぶことで満足しなければならない。そして、その選択の困難はすぐには簡単になりそうもない。プログラマーでいることは大変な時代だ。私たちは有り余るほどの選択肢の中に巻き込まれて、生きて働かなければならないのだ。


【注】1はい、これは本当に私たちの会社の名前である。このTechCrunchのコラムは私のフルタイムの仕事ではない(人は、これが私のフルタイムの仕事だと考えることが多い。なにしろ目に止まるし、毎週コラムを書くことは大変な重労働だと考える人もいるからだ。しかし私は本当に企業のCTOだ)。

【訳注】この記事の原題は”The tools, they are a-changing”であるが、これはボブ・ディランの”The Times They Are a-Changin’ “のもじりである。この歌の邦題はしばしば「時代は変わる」とされるため、この記事のタイトルも「ツールは変わる」とした。

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(翻訳:sako)

画像クレジット: Pixabay under a CC0 license.

スタートアップのピッチを実用化するために必要なトランスレーション(技術転換)の方法

[著者:Perry Hewitt]
マーケティング、技術、ミッションドリブンな組織の間で活躍している。

大企業に取り入ろうと、舌なめずりをしているスタートアップはいくつもある。それは悪いことではない。大きな企業は古臭いシステムや回りくどい手続きに満ちていて、それにより仕事の良い成果が出にくくなっている。こうした問題を解決する方法を、スタートアップは持っているからだ。

しかし、チッピの内容が伝わらなかったり、約束どおりに準備が進まなかったりという失敗が多い。その障害物が、はっきり見えていることもある。製品と問題とのミスマッチ、スケールの調整ができない、企業からの出資が途絶えるなどだ。だがとりわけ多いのは、スタートアップの価値が、トランスレーション(技術転換)によって失われるという問題だ。

非常に先見的な企業のリーダーたちですら、私が「GAAP(公正妥当と認められる会計原則)ベースのデジタル戦略」と呼ぶ環境下で仕事を行っている。予算編成が、たとえばソフトウエアのライセンス更新料や固定価格のサポート契約といった、特定の種類の購入だけを対象にしている。オープンソースの開発など、変化する新しいコストモデルでは、予算獲得の際に次善策を提示したり説明したりという手間が必要になり、それではやる気のある有能な社員も、時間と労力を奪われて疲弊してしまう。

そこでスタートアップは、どんな役に立つのだろう? 企業に定着した基準に沿った新しいコストモデルが導入できるよう、社内の予算管理者を手助けできれば、資金調達と財務というヒドラのように頭がいくつもある複雑な問題から、牽引力を引き出せるようになる。ひとたび、プロジェクトが軌道にに乗れば、それを推進する担当社員は予算編成を変革することもできるかも知れない。ただしその前に、パイロット版を立ち上げ、結果を見せることが重要だ。

GAAPベースのデジタル戦略には、会計上の習慣を遥かに超えるものがある。たとえば、内部報告書だ。大きな企業では、透明性を高めて仕事の成果への社員の当事者意識を持たせる目的で、上、横、下に向けて報告を行うが、そのために膨大な時間が奪われる。みなさんの部署のKPI(主要業績評価指標)はどうだろう。結果を、その会社の言葉で簡単に説明できるだろうか。顧客と直に接して、既存の報告書の枠組みに沿うよう(そしてそこで目立つよう)長い時間を共に過ごすのだ。

こうした制御システムを動かすことが大変に困難であることを、企業はよく承知している。だから、「イノベーション部門」を設置するところが増えている。一度きりの特別予算を付けて、新しい技術を試す部門だ。これが、スタートアップと新しい顧客との関係の出発地点となる。

スタートアップにとって、これは有り難いアプローチとなる。煩雑なプロキュアメントやIT要件を巡って交渉を重ねることなく、自分たちの価値を示せるからだ。ただ、こうした部門はパイロット版の試験ごとに変わることが多いため、スタートアップの技術を自社の事業のために吸収したいと考える、その分野の積極的で有能な社員と出会うのに苦労することがある。もっとも大きな課題は、イノベーションを立ち上げた後、それを実際の業務として運用できるようにする引き渡しの作業だ。そのための手順を決めていない企業が非常に多い。そのような企業では、手続きや規則とは隔離された「クリーンルーム」でテストされる場合がある。

ここに、拡張現実(AR)ヘッドセットとソフトウエアを持ち込んで、複雑な医薬品製造の環境に変化をもたらしたスタートアップの例がある。彼らはパイロット版の導入ではっきりとした結果を出した。最初は4つか5つのヘッドセットでテストを開始したが、音声を記録でき、両手が自由に使えるようになるARのワークフローが現場の作業員の大きな助けになった。

スタートアップは、その後、現場を訪れ、作業員と一緒に改良点を試し、決まりに従って組み立てられた作業手順に、どのようにその技術を合わせればよいかを話し合った。こうした直接的な関わり合いが報告書に記され、現場が求めていた30個から40個のヘッドセットの納入につながった。中間管理職の決断を待つことなく、そのスタートアップは、実務につながる草の根の足場をしっかりと築いたのだ。

同じように、CPG(一般消費財)販売企業で分析用製品を試験導入したスタートアップは、すぐさまIT部門の分析予算に組み込まれてしまった。そして、ビジネス・インテリジェンス用のダッシュボードからマーケティング技術用ツールまで、さまざまな課題を与えられて、試験導入は方向性を失いかけた。

結果をよく調べてみると、貿易推進部門に効果が出ていることが発見できたので、彼らはツテを頼ってその企業の貿易推進部門を管理する重役に会った。すると彼女は彼らの試験導入を自分の直接管理下に置き、自分の予算で進めるように言ってくれた。彼らはGAAPベースのバケツ(分析)に閉じ込められことなく、重役と直接つながることで、まったく別次元で仕事ができるようになった。

社内の有能な人間を見つけることと、GAAPに縛られずに話を進めることの他に、時間をかけて、顧客である大企業の背景事情、つまりその四半期の株主価値を高める戦略とテーマを理解することも重要だ。解決を目指す課題の周辺だけでなく、その企業全体の目標も考慮して協力する姿勢が大切なのだ。

そこでは、年次報告書が味方になってくれる。企業の目標はデジタル化、国際協力、リスク管理といろいろあるだろうが、こうした優先度の高い課題に沿うことが、内部の信頼を得ることになる。目に見える、予算のついた、CEO主導の、部門の垣根のない流ちょうな戦略を守り、自分たちのソリューションが、その企業にどれだけ役に立つものかを示すことだ。

安心して欲しい。こうした技術転換は、決して一方方向ではない。関わりを深めるほど、顧客である企業はみなさんのスタートアップの考え方から恩恵を受けるようになり、本当に理解したとき、それを活かそうと、技術、作業工程、言葉が変化してゆくものだ。そして理想的には、昔からの煩雑な手続きが衰退し、今のビジネスが被っている構造的な遅れが解消される。それまでの間は、結果を宣伝するばかりでなく、技術転換の方法についてよく考えることも重要になる。

現実に追いつかれた? 未来の民主主義を描いたマルカ・オールダーの最新SF小説『State Tectronics』

全能のデータ・インフラストラクチャーと知識共有技術を持つ組織が、世界中に広がっている。地球規模でのプロパガンダの拡散と不正選挙に関する陰謀説は、いまだに消えない。人が何を客観的事実と見るかをアルゴリズムが決定し、テロ組織は情報の独占企業を引きずり下ろそうと身構えている。

Malka Older(マルカ・オールダー)は、スペキュレイティブ・フィクションを得意とするSF作家でも、生涯滅多に遭遇しないであろう事態に直面した。自分が描いた作品に現実が追いついてしまうという問題だ。オールダーは2年前に『Central Cycle』シリーズを書き始めたのだが、そのプロットは早くも本のページを飛び出して、日常的にニュース専門チャンネルのネタになり、議会では度重なる調査の対象にされている。彼女の世界は数十年先の未来と想定されていたのだが、歴史は速度を上げてきた。数十年後の未来は、今では2019年を意味する。

オールダーのこの三部作は『Infomocracy』から始まった。そしてその続編『Null State』を経て、今年、完結編である『State Tectonics』が発表された。三部作を書き上げるのは並大抵の苦労ではないが、『State Tectonics』は彼女がもっとも得意とする手法で書かれている。政治の未来にいくつものスリラーのスタイルを混ぜ合わせ、思考を刺激するニュアンスを山盛りにしているのだ。

オールダーの世界は、2つの単純な前提の上に作られている。ひとつは、マイクロデモクラシーと呼ばれるプロジェクトにより、世界がセントラルと呼ばれる10万人単位の行政単位に分割され、誰もが自由に好きな行政単位に移住できる権利を持つという世界だ。これは奇妙な副産物を生んだ。たとえば、ニューヨーク市のような過密地域では、企業が支援する自由主義の楽園的行政単位から、最左翼の環境主義のオアシス的行政単位へ、まるで地下鉄で移動するかのように乗り換えることができてしまう。

もうひとつは、市民が最善の選択をできるよう、Informationと呼ばれる世界的組織(Googleと国連とBBCのハイブリッド)が、政治と世界に関する客観的情報を提供するために不断の努力を行っているという社会だ。Informationは、選挙公約からレストランのメニューの味に至るまで、あらゆる物事のクレームを検証している。

これらの前提をひとつにまとめ、オールダーは情報操作と選挙戦略の世界を、客観的真実の意味とは何かを黙想しつつ探求した。この三部作では、Informationの職員の目線で、一連の世界規模の選挙にまつわる政治的策略や陰謀を暴いてゆく。こうした構造により、テンポのよいスリラーでありながら、スペキュレイティブ・フィクションの知的な精神性が保たれている。

前作『Null State』では、不平等と情報アクセスの不備に焦点が当てられていたが、『State Tectonics』では、オールダーはInformationによる情報の独占の意味に疑問を投げかけている。このマイクロデモクラシーの世界では、検証されていない情報を一般に公開すると罪に問われる。しかしInformationでも、全世界の膨大な情報を完全に持ち合わせているわけではない。そこで、闇のグループがInformationの公式チャンネルの外で、地方都市や人々に関する情報を流し始める。そうして根本的な疑問が湧く。誰が現実を「所有」しているか? その前に、客観的事実をどうやって判断するのか?

この核心となる疑問の背景には、都合よく現実を調整してしまうアルゴリズムの偏向の罪に問われたInformation職員の苦悩がある。どこかで聞いたような話ではないだろうか?

スペキュレイティブ・フィクション作品として、とくに未来の民主主義という難しい問題を扱った小説として、『State Tectonics』は最上級だ。細かい場面にアイデアを次から次へと織り込むオールダーの激烈な才能は、常に読者を立ち止まらせて思考に迷い込ませる。この本だけで、私たちは政治、精神的健康、インフラ金融、交通、食糧、国粋主義、アイデンティティー政治のすべてを論議できる。爽快なまでのダイナミックレンジだ。

ただ、幅が広すぎて深さが犠牲になっている部分もある。いくつかの問題では掘り下げが足りず、表面をなぞっただけのようなところが見受けられ、登場人物も十分に描かれていない。この3冊の分厚い本を読み終えた今でも、私には、長い間付き合ってきた登場人物たちを理解しきれていない感覚が残っている。彼らは、出入りの激しいニューヨークで知り合った友人のようだ。一緒に週末を楽しんだが、離れてしまった後、連絡を取ろうとは思わない程度の人物だ。

さらに言わせてもらえれば、余分とも思われる細部に重点を置きすぎている面がある。仮想世界を読者の頭の中に構築させたいのはわかるが、Wikipediaを読まされているような気になる。その点では、オールダーは初期の作品から成長している。細かい説明は短くなり頻度も減った。だが、それでもまだ、説明によって本筋から脇道にそれることがあり、そのために登場人物のさらなる肉付けのための時間が奪われている。

『State Tectonics』は、その前の2作と同様、最高にして最低の折衷料理だ。メニューには刺激的な料理が並んでいて、従来のカテゴリーや信念を劇的に超越する思考を与えてくれる。しかし、大半の料理はごちゃ混ぜで、その場は美味く感じても余韻が残らない。だがこの小説は、民主主義の未来を見事に物語っている。このテーマに強い関心を持つ人にとって、これ以上の小説を探すことは難しいだろう。

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(翻訳:金井哲夫)