AIを利用して神経疾患の治療薬開発を行うNeuraLight、神経学的評価とケアのデジタル化を目指す

NeuraLight(ニューラライト)は、AIを利用して神経疾患の治療薬の開発を進めるため、550万ドル(約6億3000万円)のシード資金を調達し、ステルスから脱してローンチを果たした。同社はCorus.ai(コーラス・ドット・エーアイ)の共同創業者で元社長のMicha Breakstone(ミカ・ブレイクストーン)氏によって共同設立された。Chorus.aiは2021年初め、5億7500万ドル(約656億円)でZoomInfo(ズームインフォ)に売却されている。ブレークストーン氏は現在、NeuraLightのCEOとして、共同創業者でCTOのEdmund Benami(エドモンド・ベナミ)氏とともに同社を率いている。

このシードラウンドには、MSAD、Kli、Tuesday(チューズデー)、Operator Partners(オペレーター・パートナー)、VSC Ventures(VSCベンチャーズ)が参加した。エンジェル投資家としては、Instacart(インスタカート)のCEOであるFidji Simo(フィジー・シモ)氏、Clover Health(クローバー・ヘルス)のCEOであるVivek Garipalli(ヴィヴェック・ガリパリ)氏、Immunai(イムナイ)のCEOであるNoam Solomon(ノーム・ソロモン)氏などが名を連ねている。

オースティンとテルアビブに本社を置くNeuraLightは、神経学的評価とケアをデジタル化することで、神経疾患に苦しむ人々を支援することを目指している。ブレイクストーン氏とベナミ氏は、Google(グーグル)、Chorus.ai、Viz.ai(ヴィズ・エーアイ)出身の同窓生の他、研究・医薬品業界から人材を採用してきた。

同社のチームは、顕微鏡での眼球運動の測定値を自動的に抽出するプラットフォームを構築した。この測定値は、神経疾患の信頼できるデジタルエンドポイントとして機能する。同社のプラットフォームでは、AIと機械学習を利用して動画から光と動きを取り除き、より正確な動画を得ることができる。

「この高度に拡張された高精度動画から眼の計測値を抽出することで、顕微鏡的な動きから神経疾患の進行を予測することを可能にしました。そして、神経学のためのより良い方法で薬を開発する手段として、製薬会社への販売が実現したのです」とインタビューでブレイクストーン氏は語っている。

このプラットフォームは、最終的には臨床試験を加速し、パーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症、その他の神経変性疾患の将来的な治療の成功確率を高めることを目的としている。

同社のプラットフォームは専用のデバイスを必要としないため、製薬会社はNeuraLightを臨床試験やリモート環境に統合できる、とブレイクストーン氏は説明する。何千人もの患者から匿名化されたデータを収集することで、最大規模かつ独自の匿名化された眼球測定データベースを構築し、AIを適用してデータから洞察を得る。それがNeuraLightの見据える展望である。

画像クレジット:NeuraLight

ブレイクストーン氏の話では、この分野に競合する企業は多くなく、既存企業が提供するものにはカメラのアイトラッカーや瞳孔計などの専用デバイスが必要になるという。これらの企業とNeuraLightの違いについて同氏は言及し、NeuraLightのプラットフォームは、標準的なスマートフォンやウェブカメラの動画さえあれば機能する点を強調した。同社は開発中の技術を保護するための仮特許を申請中である。

NeuraLightは次のように指摘している。世界中で10億人を超える人々が神経疾患に苦しんでいるが、現在の神経学的評価は非常に主観的であり、症状の手動検査に依存するものとなっている。そのため、製薬会社は的確な治療法を開発するための有効なツールを持ち合わせていないのが現状だという。

「過去20年間製薬業界で働いてきましたが、デジタルエンドポイントは神経学の未来であると自信を持っていえます」と語るのは、NeuraLightでチーフイノベーションオフィサーを務めるRivka Kretman(リヴカ・クレティマン)氏だ。「この技術は、製薬会社が神経疾患の薬剤開発を効果的に、そして最終的にはより成功させるために必要としながらも、欠落していた要素でした。これらの会社の薬剤開発パイプラインのための新しい測定基準の確立に、この技術は大きな役割を果たすことになるでしょう」。

550万ドルのシード資金に関してNeuraLightは、製薬会社と提携して新薬開発の成功率を高め、開発コストを削減することを視野に入れている。同社はまた、製薬会社が医薬品を市場に投入するまでの時間を短縮できるよう支援することも目標に据えている。ブレイクストーン氏によると、NeuraLightはイスラエルでパーキンソン病の独自の測定を開始し、現在3つの製薬会社と協働しているという。製薬会社の名前は今のところ明らかにされていない。

「私たちは神経学の完全な変革を実現し、新世代の薬の開発につなげたいと考えています。世界の変革を担うことを実際に意識し、今日の神経学的ケア評価の方法を変える象徴的な会社の構築を支援したいと志す人々の雇用と招致を確実に進めました」とブレイクストーン氏は語っている。

NeuraLightの科学諮問理事会は、イスラエルのRabin Medical Center(ラビン・メディカル・センター)にある運動障害センターの責任者、Ruth Djaldetti(ルース・ジャルデッティ)氏が率いる。さらに、ノーベル賞受賞者のAlvin Roth(アルヴィン・ロス)氏、Flatiron Health(フラットアイアン・ヘルス)の元CTOのGil Shklarski(ジル・シュカルスキー)氏、Pomelo Care(ポメロ・ケア)のCEOであるMarta Bralic Kerns(マルタ・ブラリック・カーンズ)氏が理事会のメンバーとして、同社の科学的ビジョンに関する助言を行う。

画像クレジット:NeuraLight

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(文:Aisha Malik、翻訳:Dragonfly)

波紋を呼んだアルツハイマー病治療薬「Aduhelm」への承認を皮切りに、米FDAの迅速承認経路への保健福祉省による審査開始

米国保健福祉省の監察総監室(HHS-OIG)は米国時間8月4日、米食品医薬品局(FDA)の迅速承認プロセスについての調査を開始すると発表した。Biogen(バイオジェン)が開発したアルツハイマー病治療薬「Aduhelm(アデュヘルム)」に対する承認が物議を醸してから、わずか2カ月後のこの事態である。

この審査では、FDAの迅速承認経路(既存の治療法がない重篤な疾患の治療薬が、サロゲートエンドポイントと呼ばれる一定の中間ベンチマークを達成すれば承認される経路)に焦点が当てられる予定だ。こういった薬剤は臨床的に有用であると考えられていても、その有用性が実際に証明されていない状態での承認となり、承認後には第Ⅳ相試験で臨床効果を実証する必要がある。

アルツハイマー病治療薬として2003年以来初めて承認され、大きな議論を呼んだAduhelmは、この経路によって承認された。そしてこの承認に対するHHS-OIGの審査プロセスが動き出したことが、監察総監室の8月4日の発表で明らかになったというわけだ。

関連記事:大論争の末、2003年以来初のアルツハイマー病治療薬を米食品医薬品局が承認

発表文には次のように記されている。「FDA内での科学的論争、諮問委員会による承認反対票、FDAと業界間の不適切な密接関係への疑惑、FDAによる迅速承認経路の使用などの理由により、FDAによるAduhelmの承認に対する懸念が生じています」。

「こういった懸念に対応し、FDAが迅速承認経路をどのように実施しているのかについて評価を行なっていきます」。

FDAはこの経路によるAduhlemの承認決定について防衛的な構えを見せているが、この薬の有効性やそもそもどのようにして承認されたのかという経緯については大きな反感が持たれている。

「Aducanumab(アデュカヌマブ)」としても知られるAduhelmは、脳内のアミロイド斑(脳細胞間のコミュニケーションを阻害する粘着性化合物)を減少させることができると実証されている。しかし、アミロイド斑を減らすことでアルツハイマー病の最も悪質な症状である認知機能の低下を実際に遅らせることができるかどうかは不明であり、実際に患者がこれによるメリットをどの程度得ることができるのかについては疑問が残っている

2019年3月、この薬に対する2種の第Ⅲ相臨床試験が実施されたが、独立監査委員会がこの薬が患者の認知機能の低下率を改善していないと判断したため中断されている。しかし、Biogenが10月に行った別の分析では異なる結果が得られており、1つの第Ⅲ相臨床試験では認知機能の低下の改善が見られなかったが、もう1つの試験では最高用量を投与された患者にわずかな効果が見られている。

2020年11月、FDAの独立諮問委員会はこの薬への承認支持を拒否。しかし2021年6月、この薬はどういうわけだか承認されたのである。

Aduhelmが承認されたことで、製薬業界ではFDAがバイオマーカーに基づいた承認を拡大するのではないかという楽観的な見解が広がった。しかし、このような楽観的な見方は科学コミュニティの大方の意見とは違っていた。

承認に反対していた独立諮問委員会の3名の委員が、抗議のために辞任するという事態に発展。またデータに一貫性がないとして、マウントサイナイ医科大学やクリーブランド・クリニックなどの主要な病院システムが、この薬を処方しない意図を表明したのだ。

Aduhelmの承認を巡っては、承認に至るまでのFDAとBiogenの関係性が特に密接であったのではないかとの疑惑が議論の中心となっている。STATが最初に報じたところによると、Biogenは規制当局を説得するための「Project Onyx」と呼ばれる社内活動を開始し、最終的には一部のFDA職員が外部の専門家の前で同社との共同プレゼンテーションを行うなど、薬の承認に対して積極的な役割を果たしている。

FDA長官代理のJanet Woodcock(ジャネット・ウッドコック)氏は、7月9日の書簡でHHS-OIGに対し、BiogenとFDAの関係性を調査するための外部調査を行うよう求めた。

「メーカーと当局の審査担当者との間で生じたやりとりが、FDAの方針や手順と矛盾していなかったかどうかを判断するには、独立した機関による評価が最善の方法であると考えています」と同氏はTwitterに書き込んでいる。

HHS-OIGによる今回の調査は、Aduhlemの問題に端を発しているものの、今回のレビューはAduhlem(あるいは他の医薬品)の科学的根拠を検証することに重点を置いておらず、むしろFDAがどのようにして、いつ、製薬会社に迅速承認を行うのかを評価するための、迅速承認に関する全体的な監査を行うためのものである。

HHS-OIGは今度、FDAと外部関係者間のやりとり、方針や手続きを検討し、FDAがそれらの手続きを遵守しているかどうかを調査。またAduhelmのレビュープロセスを対象とするだけでなく、他の医薬品の承認に対しても、この経路がどのように使用されてきたかを調査する予定だ。

また、ウッドコック氏はTwitterでの声明内で、FDAはHHS-OIGのレビューに対して「完全に協力する」と伝えている。

「HHS OIGが実行可能な項目を特定して何らかの提言を行った場合、FDAはそれを迅速に検討し、最善策を決定します」と同氏。

また、アルツハイマーの治療薬を開発している他の企業にとっても、この経路は魅力的な選択肢となっているため、今後の動きは治療薬の行先に大きな影響を与える可能性がある。

例えばEli Lilly(イーライリリー)は「Donanemab(ドナネマブ)」というアルツハイマー病治療薬を開発しており、この薬がアミロイドなどのバイオマーカーを低下させ、患者の改善につながることを示す第II相試験の結果を発表している。しかしこの結果の大部分は個々の患者の治療結果ではなく、アルツハイマー病のバイオマーカーに対する薬の有効性を示すものとなっている。

Eli Lillyのシニアバイスプレジデント兼チーフ・サイエンティフィック・メディカル・オフィサーのDaniel M. Skovronsky(ダニエル・M・スコブロンスキー)氏は、先に行われた第2四半期の決算説明会で、FDAによるAduhelmの承認は「政策の転換を反映し、米国におけるアルツハイマー病治療薬の承認に新たな道筋をつけるものである」と述べ、同社が年内にはFDAの迅速承認経路を利用してDonanemabの承認を申請する意向であることを明らかにした。

これは、これから正にHHS-OIGが調査を行おうとしている経路そのものである。

しかしすぐに結果が出るわけではない。「政策の転換」を利用しようとする将来のアルツハイマー病治療薬メーカーに今回のニュースがどのような影響を与えるかは不明である。この報告書は2023年に発表される予定だ。

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画像クレジット:Grandbrothers / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

HACARUSと東京大学がアルツハイマー病やパーキンソン病の治療法開発を目指すAI創薬研究を開始

HACARUS(ハカルス)と東京大学大学院薬学系研究科は6月16日、アルツハイマー病やパーキンソン病の治療法開発を目指す、AI創薬の共同研究を開始すると発表した。今回の共同研究では、両疾患の病因となるタンパク質の凝集・散開するメカニズムの解明をHACARUSのAIを活用した画像解析技術を用いて試み、治療法開発を目指す。

アルツハイマー病、パーキンソン病ともに、脳内でのタンパク質凝集が病因となることがわかっている。人間にはタンパク質を分解する能力(オートファジー)が備わっているものの、アルツハイマー病・パーキンソン病は、この能力の機能不全であることも解明されてきているという。

研究課題としては、アルツハイマー病では、病因となるタンパク質の生産を抑制する阻害剤がいくつか見つかっているものの、毒性の問題があり治療への活用に至っていないこと、またパーキンソン病では対症療法が「L-ドパ」という薬を使ったドパミン補充が中心であることを挙げられている。ともに根本的な治療法が発見されておらず、新たな予防・診断・治療法の開発が必要としている。

東京大学大学院薬学系研究科は、「医薬品」という難度が高く、かつ高い完成度が要求される「生命の物質科学」と、国民生活に直結した「生命の社会科学」を探求し、2つの科学の最終目標である「人間の健康」を最重要課題としていることが最大の特徴の部局。同機能病態学教室の富田泰輔教授は、アルツハイマー病やパーキンソン病をはじめとする神経変性疾患の病態生化学に関する研究を行っている。

HACARUSは、スパースモデリング技術をAIに応用したデジタルソリューションを提供しており、少ないデータ量で高精度なAIを活用できることから産業分野だけでなく、希少疾患への応用など医療分野でも数多くの課題解決に貢献している。

富田教授によると、様々な神経変性疾患において、細胞内外の異常タンパク質の蓄積や細胞内輸送の異常などが発症プロセスにおいて重要であることが明らかとなっており、これらを定量的に解析し、様々な薬剤の影響を見積もる必要が出てきているという。ただ従来は、細胞や組織を染色後画像データの解析を人為的に行っていたため、HACARUSと共同でそのプロセスを自動化し、機械学習を用いてノンバイアスに解析する手法を開発することで詳細に解析できるのではないかとしている。

またHACARUSは、スパースモデリング技術を用いた画像診断およびR&Dプロセスの自動化に取り組んできており、その2つの強みを掛け合わせて、CNS(中枢神経系)分野において富田教授と共同研究に取り組むとしている。

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カテゴリー:ヘルステック
タグ:アルツハイマー病(用語)医療(用語)創薬(用語)東京大学(組織)HACARUSパーキンソン病(用語)ヘルスケア(用語)脳(用語)日本(国・地域)

大論争の末、2003年以来初のアルツハイマー病治療薬を米食品医薬品局が承認

米国時間6月7日月曜日、米食品医薬品局(FDA)は、医薬品メーカーのBiogen(バイオジェン)が開発した注目のアルツハイマー病治療薬「aducanumab(アデュカヌマブ)」を承認した。過去に失敗作として研究が中止されていたaducanumabの承認については、数カ月前から科学界や規制当局の間で議論が交わされていた。

FDAのプレスリリースによると、aducanumab(米国商品名:Aduhelm、アデュヘルム)は、2003年以来初の新しいアルツハイマー病治療薬の承認である。aducanumabは、アルツハイマー病の原因とされているいくつかの要因のうち、脳内に蓄積され、神経細胞の伝達を阻害するβアミロイドによるアミロイド斑を対象とした初めての治療薬でもある。

重要なのは、aducanumabが「迅速承認プログラム」と呼ばれる条件付きの承認を受けたことだ。迅速承認とは、重篤な疾患の治療薬かつ疾患の指標に作用するものであれば、臨床試験の全体的な結果にFDAが懸念を持っていても早期に利用できるように承認するプログラムで、Biogenは、承認後もaducanumabの再検証を行う必要がある。

FDAは声明で「意図したとおりの効果が得られなければ、市場から排除する措置を取ることができます。今後の臨床試験でさらに多くの人々がAduhelm(aducanumab)の治療を受けるようになり、効果が証明されることを期待しています」と述べる

TechCrunchはBiogenに今後の確認試験についてのコメントを求めている。回答があればこの記事を更新する。

今回の迅速承認プログラムの採用が、FDAの決定に至るまでの数カ月間、aducanumabを悩ませてきた長引く論争に対処するためのものであることは明らかだ。

aducanumabの初期段階の試験では、アルツハイマー病の主な症状である認知機能の低下を遅らせる可能性があるという有望な兆候が見られた。Natureに掲載された2016年の試験では、125名の軽度または中等度のアルツハイマー病患者に月1回の点滴を行ったところ、アミロイド斑のレベルが低下し、認知機能低下の症状が改善された。

Lancet Neurologyに掲載された論文では、脳内のアミロイド斑の減少は「強固で疑う余地のないもの」だったが、治療によって人々の認知機能がどの程度向上したのかという臨床的な知見は不明瞭だった。

このような初期の試験を経て、最終的にFDAは、薬の投与量を特定するための第II相臨床試験をスキップして、第III相臨床試験に進むことを許可したが、一部の医師からは批判されている

論争の的となったのは「ENGAGE(エンゲージ)」または「EMERGE(エマージ)」と呼ばれる、この第III相臨床試験だ。どちらも初期のアルツハイマー病患者約1600人を対象に、月1回の静脈注射を行う試験だったが、2019年、両試験とも中止された。試験の主要評価項目である、認知機能の低下を遅らせる効果が認められなかったからである。

EMERGE試験の追加データは2019年末に分析され、プラセボ(偽薬)との比較で、aducanumabが認知機能の低下を23%抑制することにつながったことを示した。試験参加者の約40%に副作用(脳の腫れや炎症)が見られたが、ほとんどが症状をともなわず、症状をともなうもの(頭痛、吐き気、視覚障害)であっても大部分が4~16週間後に解消された。

しかし、この新しいデータも、独立機関であるFDA諮問委員会を説得するには十分ではなく、2020年11月、委員会はaducanumabの承認を不支持とした。

FDAは米国時間6月7日の声明で、βアミロイド斑に対するaducanumabの効果は、リスクを上回る有益性を十分に示唆する、と主張している。ここで重要なのは、FDAは臨床試験の成果についてコメントしていないという点にある。要するに、この承認は、各患者の認知機能の反応ではなく、アミロイドβ斑に対する薬剤の効果に基づくものであり、今後の調査では、認知機能の改善という結果を出す必要がある。

しかし、米国のアルツハイマー病患者約600万人と患者団体は、aducanumabに期待を寄せ、アルツハイマー病協会は、この薬を「アルツハイマー病とともに生きる人々への勝利」と称賛している。

米国時間6月7日のFDAの決定を待たずとも、aducanumabが承認されれば、すぐに「ブロックバスター (従来の治療体系を覆す薬効を持ち、開発費を回収する以上の利益を生み出す新薬)」になることは明らかだった。この薬を取り巻く財務状況は、その考えを裏づけている。

発表直後に取引が停止されたBiogenの株式は、その後米国時間6月8日には40%上昇。Biogenと提携しているエーザイ株式会社の株価もFDAの承認後、3時間で46%以上も上昇した。

もちろんBiogenはこの承認を長期的な戦略として当てにしていただろう。同社は2021年4月の決算説明会で、承認後、すぐに治療を開始できる施設が600施設あると発表している。同社はさらに、ブラジル、カナダ、スイス、オーストラリアでもaducanumabの販売承認申請を行っていて、米国時間6月7日には、年間費用は5万6000ドル(約613万円)であると発表した。

アルツハイマー病治療薬の世界では、今回の承認が、βアミロイド斑を標的とする他の薬剤の概念実証とみなされる可能性がある。

Banner Alzheimer’s Institute(バナー・アルツハイマー研究所)のエグゼクティブディレクターであるEric Reiman(エリック・レイマン)氏は、aducanumabに関する2016年のNature論文を受けたエディトリアルで、βアミロイドを標的とした治療が認知機能の低下を遅らせると科学的に確認されたら「ゲームチェンジャー 」になるだろう、と述べている。aducanumabの臨床試験は、この考えを検証するためのテストに例えられる。Alzheimer’s Drug Discovery Foundation(アルツハイマーズドラッグディスカバリー財団)の創設者であるHoward Filit(ハワード・フィリット)氏は、フィナンシャル・タイムズの取材に対し、aducanumabを「βアミロイド仮説の最初の厳密なテスト」と称した

その意味で、今回の条件付き承認は、FDAがこの手法によるアルツハイマー病治療に好意的であるとも言える。

大手製薬会社の臨床試験では、少なくとももう1つ、Eli Lilly(イーライリリー)のβアミロイド標的薬がある。Biogenのaducanumabの確認試験でFDAが承認を取り消すようなことがなければ、近いうちにいくつかが承認されるかもしれない。

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)