カショーギ事件はシリコンバレーの一つの時代の終焉か――SoftBank新ファンドの行方も不透明

事件の進展の速さは驚くばかりだ。きっかり1週間前、われわれはWashington Postのコラムニストがトルコで失踪した事件でサウジアラビアの資金が汚染されたのではないかと疑う記事を掲載した。しかしジャマル・カショーギがイスタンブールのサウジ領事館で消息を絶ったことに関して、シリコンバレーの取材先はほぼ全員が実名でコメントすることを拒否した。

いくつかのソースからオフレコで聞いたところでは、サウジの資金に利害関係をもつ人々は同国と、特にムハマド・ビン・サルマン皇太子との関係の安定を望んでおり、ことを荒立てたがっていないということだった。曰く、確実は証拠はない、成り行きを見守っている。シリコンバレーに投資しながら一方で自国民を拷問するような体制だと思うならナイーブすぎる。資金の出処が清浄であることを望んでチャンスを逃すくらいならサウジの資金を入れて会社を成長させることを選ぶ、等々だ。

たしかにシリコンバレーの企業はこれまでも多くのスキャンダルを乗り切ってきた。多くの人々を憤慨させるような事件が起きても、すぐ同種の事件が起きて前の失敗は忘れられるのが通例だった。1週間前にはトルコのサウジ領事館でサウジ国民のジャーナリストが消えた件もマスコミはすぐに忘れるだろうと思われていた。

しかしカショーギ事件は忘れられるどこころかその反対の道をたどった。事件はあまりにグロテクスであることが伝えられ、これを無視していることは誰にもできなくなった。トルコ政府高官は今朝、New York Timesに対して殺害現場における録音の内容を明らかにした。それによればカショーギは領事館に入るやいなやサウジの情報機関員に拘束され、拷問された。機関員はカショーギを殴打し、指を切り落とした。その後、首をはね、遺体を切断した。このトルコ政府高官によれば、遺体切断のために法医学専門の医師が同行しており、機関員たちはこの作業の間ヘッドフォンで音楽を聞いていたという。

それでもまだトランプ大統領はシリコンバレーにMBSとして知られているサルマン皇太子を「非難は不当だ」と擁護した。一方、何十億ドルものサウジ資金をテクノロジーその他の企業に流してきた日本の巨大コングロマリット、Softbankは考え直し始めた。Financial Timesによれば、SoftbankのCOO、マルセロ・クラウレはこの問題に関連して初めて口を開き、SoftBankのVision Fund 2号について「何も決まっていない」と述べた。SoftBankは930億ドルの2号ファンドを立ち上げる予定で、サルマン皇太子と関連企業がその半額程度を出資する計画だった。

クラウレは「どいうことになるのか、事件の展開を注視している」と付け加えた。

Softbankにせよ他のサウジ資金の受け手にせよ、事件の展開には驚く他なかっただろう。2週間前にはシリコンバレーでは誰一人名前すら知らなかったコラムニストの失踪が長く続いたシリコンバレーのサウジブームの終焉をもたらすかもしれない。

こういえばあり得ないことのように聞こえるだろうが、そうではない。実は最近数年間シリコンバレーに流れこんでいた資金のきわめて大きな部分がサウジアラビアからのものだった。この資金によりスタートアップのファウンダーも投資家も潤沢な見返りを得ていた。実際、オフレコで聞いたところによれば、シリコンバレーのすれからしのビジネスピープルはサルマン皇太子の魅力に惹きつけられたわけではなく別の思惑からサウジ資金を歓迎していたのだという。つまりこの仕組みであればテクノロジー・ブームの反動が来て市場が崩壊しても、損をするのはサウジだというのだ。

一方でサウジ資金は無数のスタートアップに無数の資金調達ラウンドのチャンスを与えてきた。またラウンドの規模も年々増大していた。ベンチャーキャピタリストが扱う金額も巨大になっていた。これによりベンチャーキャピタルから出資を受ける企業が株式を上場するまでの期間も伸びた。簡単にいえば、サウジ資金はベンチャー・エコシステム全体を根本的に変えた。

こうした巨額の資金の出どころが消えれば――そして、そうなる可能性が高いが――スタートアップは別の金主を探さねばならない。上場して市場から資金を募る企業もあるだろうが、資金調達に失敗して消えていく企業もあるだろう。

この事件は一つの時代の終わりを意味する可能性がある。一人の男が結婚許可証を求めて領事館に入ったのがすべての始まりだったことを考えると皮肉という他ない。

画像:Bloomberg / Getty Images

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滑川海彦@Facebook Google+