テンセントは「善用される技術」を約束する

テンセント(腾讯)はアジアで最も時価総額の高い企業の1つであり、その価格はおよそ4600億ドル(約50.6兆円)に達する。そのテンセントが新しいモットーを導入した。今週、共同創業者兼CEOのポニー・マー(Pony Ma、馬化騰)氏が、世の中に良い影響を与える「善用される技術」(Tech for Good)が、この先の企業のビジョンであり、ミッションの一部となると語ったのだ。

この新しい企業理念は、まだ公式のものとなっておらず、この「邪悪になるな」(Don’t be Evil)に似た響きのスローガンが、テンセントの事業戦略にどのように現れるのかは不明である。さらに、それは現在まだウェブサイト上に掲出されている、以下のような古いミッションを置き換えるものかどうかもわかっていない。

テンセントのミッションは「インターネットの付加価値サービスを通じて、生活の質を向上させる」ことです。「ユーザー志向」のビジネス哲学に導かれながら、テンセントは10億以上のネチズンに統合されたインターネットソリューションを提供することによって、そのミッションを達成します。

最近の出来事に関するエピソードが、おそらく新しいスローガンがもたらすかもしれないことへの、いくつかのヒントを提供しているかもしれない。広い社会よりも個々人に焦点を当てていた旧来のミッションは、テンセントをビデオゲームやソーシャルメディアの分野で優越した存在へと押し上げた。同社は10億人のユーザーが利用しているメッセンジャーソフトのWeChat(微信)を運営している企業であり、複数の最大規模のビデオゲームを運営している。しかし、現在こうしたビジネスセグメントたちは、中国政府による規制環境の変化と、21歳の巨大企業への業界のライバルたちからの挑戦によって、ますます増大するプレッシャーを受けている。

昨年数カ月に及んだゲームの凍結が、テンセントのゲーム収益を圧迫したために、時価総額にして数十億ドルほどが吹き飛んだ。またショートビデオアプリのTikTok(中国内ではDouin=抖音という名称)の登場は、ソーシャルならびにコンテンツ分野での、テンセントの優位性を脅かしている

競争力を維持するために、同社は昨年10月に大規模な組織の再編成を行い、金融、医療、教育から政府サービスに至る各業界に、クラウドコンピューティングやデジタルインフラストラクチャを提供する、エンタープライズビジネスにより重点を置くようになった。

旧来の確立している業界のアップグレードを狙う新たな取り組みは、より多くの収益源を開拓するだけではない。こうした分野が、テンセントがその「善用される技術」ミッションを実現するための試験場となるのだ。

マー氏が、月曜日に開催された政府主導の業界会議のDigital China Summitで誓約を行ったように、テンセントは次のことを訴えたいのだ。「技術は人類に利便性をもたらすことが可能です。人類は技術を善用しなければならず、悪用は控えなければなりません。そして技術はそれが社会に持ち込む問題の解決に努めなければならないのです」。

マー氏は、技術が良い変化を生み出すことができる3つの重要分野を指摘した。1つ目はテンセントが生産効率を高めるためにビッグデータ機能を提供できる、伝統的な産業分野である。 2つ目はテンセントがそのアプリを使ってデジタル化してきた査証の申請や運転免許の更新などのたくさんの市民サービスといった行政分野。そして最後は広範囲で定義は曖昧だが、テンセントの顔認識技術を使った行方不明の子供の追跡などの試みを含む社会分野である。

「世界にある似たようなものを見てみると、Googleは20年前のIPOに先立ち、その行動規範として『邪悪になるな』(Do no Evil)を提案しています。このような高潔なミッションは、ある企業がその身に集めてきた影響の量を物語るものだと考えています」とTechCrunchに語ったのは、元Qualcommの技術者で人工知能を応用した医療用画像スタートアップを創業したジョン・シン(Zhong Xin)氏である。

「技術は両刃の刀です。企業は技術の適切な使用方法を定める、指針となる原則を必要としていますから、技術で世の中のためになる良いことを為すというミッションは当然のものだと思います」とシン氏は付け加えた。

政府の立場からすれば、良いことを為すことに焦点を当てるという企業のモットーは、明らかに心地よく響くものだ。テンセントの新しい行動規範は、現在中国のテック大企業たちが直面している、社会に対する悪影響への、大衆並びに政府からの批判の高まりに対応したものだ。こうした批判は、シリコンバレーにおけるテック企業批判とも呼応している。 そうした批判は、子どもたちの視力障害に対するビデオゲームの影響(この件ではテンセントは特に悪者にされている)から、バイトダンスの人気のあるニュースアプリのToutiao上で猛威を振るうクリックベイトコンテンツなどへと及んでいる。

「『良いことを行う』ことは、どんなテック企業も忘れてはならない価値でなければなりません。もちろんベンチャー投資家たちにとっても同じです」とTechCrunchに語るのは、ベンチャーキャピタルSky9 Capitalのパートナーであるワン・ジン(Wang Jing)氏だ。「しかし企業が取り立てて『良いことを行う』ことを選び出さなければならないのは、既に何か悪いことが起きているということかもしれません」。

問題となっている多くのハイテク大企業たちは、より厳しいポリシーを自社製品に課すことで、批判に対応してきた。たとえばテンセントは、すべてのゲームタイトルに未成年者保護モードを追加した、このことによって、親たちは子供のプレイ時間を監視することができるようになった。Toutiaoもまた、当局によって不適切と見なされたコンテンツを排除するために、何千人もの監査人を雇っている。

テンセントが自身の倫理規範を重視したのは今回が初めてではない。「善用される技術」というフレーズは、最初はテンセントの共同創設者で元CTOのトニー・ジャン(Tony Zhang)氏によって、2018年初頭に口にされたものだった。しかしそれが経営陣からより大きな注目を集めるようになったのは、「夢を持たないテンセント」(腾讯没有梦想)というタイトルのエッセイが、中国のハイテクコミュニティの中で激しい議論を巻き起こした後のことだ。ベテランのジャーナリストによって書かれたこの記事は、テンセントは投資価値のある製品を探すことに固執するばかりで、独自の製品を発明していないと主張している。

「人びとは『テンセントには夢がない』と言っています。『善用される技術』というスローガンを掲げることで、テンセントは世間に対して『夢を持っている』ことを宣言したがっているように見えますね」とTechCrunchに語ったのは、シェアハウスのスタートアップDankeの会長で、かつてはLinkedIn Chinaを率いていたデレク・シェン(Derek Shen)氏である。「そしてそれは、人々の生活に『良いこと』をもたらす、大きな夢なのです」。

画像クレジット: VCG/VCG (opens in a new window)/ Getty Images

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(翻訳:sako)

“人”を軸にイノベーションが生まれるエコシステムの構築へ、スローガンが1.9億円を調達

スローガンの経営陣と投資家陣。前列右から2番目が代表取締役社長を務める伊藤豊氏

人材採用支援を軸に、新産業を生み出すエコシステムの構築を目指すスローガンは4月24日、XTech Ventures、ドリームインキュベータ、一般社団法人RCFを引受先とした第三者割当増資により総額で1.9億円を調達したことを明らかにした。

2005年の創業期よりベンチャー企業の採用支援をメインの事業としている同社だが、近年は若手経営人材向けのコミュニティメディア「FastGrow」やフィードバックに特化したクラウドサービス「TeamUp」など新たな事業にも取り組んできた。

同社の目標はこれらのサービスを繋ぎ合わせることで、新産業やイノベーションが生まれるエコシステムを作ること。スローガンで代表取締役社長を務める伊藤豊氏いわく今回の調達は「共創パートナーを増やすことが大きな目的」で、調達先との連携も見据えながら事業を加速させていきたいという。

なお先に開示しておくと、僕は2011年から2012年にかけて数ヶ月ほどスローガンの京都支社で学生インターンとして働いていたことがある。

2016年の外部調達を機に単一事業からの脱却へ

現在もスローガンの核となっているのが、スタートアップやベンチャー企業などの新産業領域に対して人材を供給する採用支援事業だ。

Goodfind」ブランドを中心に学生インターンから新卒採用、中途採用までの各層でサービスを展開。人材紹介に加えてメディアやイベント、コンサルティングを通じて事業を成長させてきた。

僕がインターンをしていたのもまさにそんなフェーズだったので、ベンチャー企業の採用支援に注力している人材系ど真ん中の企業という印象が強い。少なくとも当時はベンチャーキャピタルなどから出資を受けてエグジットを目指す「スタートアップ」のイメージはなかった。

そんなスローガンにとって1つの転機とも言えるのが2016年8月に実施した初の外部調達だ。

「ベンチャー向けのHR事業という単一領域で約10年にわたってサービスを展開していたが、本気で『新事業創出エコシステムを構築すること』を目標に掲げるのであれば、そもそも自分たち自身が新事業を作れないとダメだという考えもあった。外部から資本を入れることで経営体質を変え、会社として本格的にギアチェンジをしていくきっかけとなったのが2016年の資金調達だ」(伊藤氏)

その際はエス・エム・エス創業者の諸藤周平氏が立ち上げたREAPRA Venturesのほか、社員持株会や数名の個人投資家から1.4億円を調達。そこから既存事業のアップデートに加え、別軸の新サービスが複数生まれることになる。

HR領域のSaaSやコミュニティメディアが成長

フィードバックの仕組みを変えるTeamUpはまさに前回のファイナンス以降にリリースされたプロダクトだ。

もともと社内でインターン生のマネジメントをしていた中川絢太氏が一度会社を離れ、再度戻ってきた際に自身が感じていた課題を解決するツールとして立ち上げたのがきっかけ。スローガンでは同サービスの運営に特化した新会社チームアップを2016年10月に設立し、起案者でもある中川氏が代表を務める。

「(中川氏のアイデアと)当時会社として抱えていた問題意識がちょうど合致した形。採用支援を頑張ってクライアントが優秀な人材を採用できたのは良かったけれど、それ以降のフォローや人材育成のサポートまでは十分にやりきれていないという課題を感じていた」(伊藤氏)

プロダクトとしては360度フィードバックと1on1ミーティングにフォーカスしたニッチなSaaSで、目標管理やOKRの要素を入れる話も出たが、それを捨てて機能を絞り込み開発してきた。スプレッドシートやエクセルに記録していたような情報をクラウド上で効率的に管理できる仕組みを提供することで、営業開始から1年半の間に有料課金社数が100社を超えるところまで育ってきているそうだ。

同じく2017年4月にスタートしたFastGrowも独立した事業部で社内スタートアップ的に運営している。

若手経営人材向けにスタートアップやイノベーションに関する題材を扱った取材記事や考察記事を配信。コンテンツを届けるメディアとしての役割をベースにしつつも、コミュニティとして会員向けのイベントなども定期的に実施している。

最初はてっきりGoodfindにユーザーを送客するためのオウンドメディア的にスタートしたのかと思っていたのだけど、当初から1事業としてグロースさせる目的でスタート。企業がスポンサードする記事広告や有料イベントなどを通じてビジネスとしての土台は積み上がってきているそうで、すでに単月では黒字化も達成しているという。

投資家のXTechともFastGrowを通じて関係性を深めてきたそうで、1月には起業家向けのブートキャンプを実施。1泊2日で13万円の合宿費用がかかる本格的なイベントだが、なかなかの反響だったようだ。

「もともとスローガン自体がベンチャー領域を対象に、マス向けというよりもある程度限られた層の企業・人材に対してどれだけ質の高いサービスを提供できるか追求してきた。FastGrowに関しても根本は変わらない。すでにメディア自体はいろいろなものがあるので、立ち位置を明確にするためにもニッチな層に対して良質なコンテンツを届けることを重視している。最初は本当に事業として成立するのかという声もあったが、思っていた以上に軌道に乗っている」(伊藤氏)

パートナーとの連携で新産業創出エコシステムの強化目指す

前回ラウンドから約2年半、社内で新規事業の創出に向けて取り組んできたことが徐々に成果に結びつき始めた中での今回の資金調達。スローガンでは調達した資金やパートナーとの連携も通じて、新産業が生まれるエコシステムの強化に向けた取り組みを加速させる。

創業時から手がけてきた採用支援領域(キャリアマッチング創出)を軸にしつつも、イノベータ人材自体を増やすための場所としてFastGrowにさらに力を入れる。また企業内でのイノベーションを支えるサービスとしてTeamUpを含む複数プロダクトを手がけていく計画だ。

基本的には上の図の右側にはTeamUp同様に特定のシーンに合わせたプロダクトが複数マッピングされるようなイメージ。反対に左側の部分ではたとえば「FastGrow ◯◯」のような形で、事業を拡張していく構想を持っている。

伊藤氏の中では将来的にFastGrowが1つの大きな基盤に育っていく考えのようで、このコミュニティをより強固なものにしていきたいとのこと。中長期的には月額課金制の有料コミュニティやスクール、法人向けの研修など、オンラインとオフラインを融合させたサービスも検討する。

また複数事業の共通基盤として、Goodfindを始め各サービスで蓄積されたデータや知見を基にイノベータ適性を可視化できるテクノロジーの研究開発も進める方針。研究開発ラボのような機関の設立も考えているようだ。

「Goodfindは就活時や転職活動時など、その時々で使うユーザーが多い。一方でFastGrowはユーザーと日常的に接点を持ち続けられるコミュニティとしてポテンシャルが高いと思っている。現時点では人材採用領域が売上のほとんどを占め、ようやく他の事業が育ち始めた段階。ただ新産業創出エコシステムの構築に向けて、前回の調達から確実に前進できている」(伊藤氏)

今回同社に出資するXTech Venturesやドリームインキュベータのインキュベーション部門は起業家やスタートアップだけでなく、大手企業とのネットワークも豊富。社会事業コーディネーターとして活動するRCFは政府や自治体、大学との繋がりもある。

「本当の意味で新産業創出のエコシステムを作っていく上では、大企業やパブリックセクターと連携していく必要がある。(今回の調達先は)スローガンに足りないパーツを持っているので、その力を借りながら雇用市場における社会課題の解決やイノベーションの創出に取り組んでいきたい」(伊藤氏)