多様性が利益を生む、マイノリティー企業を支援する投資家マーロン・ニコルス

マーロン・ニコルス氏、トロイ・カーター氏、トレバー・トーマス氏の3人がCross Culture Venturesを創設してから3年半、ロサンゼルスのスタートアップシーンは大きく前進してきた。当時、ロサンゼルスと隣接するオレンジカウンティの準郊外地区はベンチャー投資の波が巻き起こり始めていて、この地区に投下された資本は、2015年には36億3000万ドル(約4065億4000万円)だったものが、昨年には60億ドル(約6700億円)に増加している。

Cross Cultureは、5000万ドル(約56億円)の資金をひっさげてロサンゼルスに登場して以来、ニコルス氏とそのパートナーたちは3件のイグジットを達成した。同社に詳しい情報筋によれば、ポートフォリオの額面価値は、総計で2089パーセント増えたという。

ニコルス氏と仲間たちは、あらゆる企業のポートフォリオの中から、もっとも多様性が高いスタートアップ創設者の集団を支援することでこれを実現した。

クロスカルチャーへの道

ニューヨーク市の街外れから、急成長中に沸くロサンゼルスのベンチャー投資産業のど真ん中へ、ニコルス氏は真っ直ぐに向かったわけではない(そこが多くのベンチャー投資家と違うところだ)。このCross Culture Venturesの創設者は、大学卒業後、技術畑を自力で歩かなければならなかった。ヨーロッパで仕事の実績を積んだ彼は、ビジネススクールに入り直し、ようやくIntel Capitalに職を得た。

父はジャマイカの鉄道技師だったが、家族でニューヨークに越してきた。母は家政婦として働いていたが、美容師免許を取得し、自分の店を開いた。両親がジャマイカからニューヨークに移って2年後に、ニコルス氏もニューヨークに渡った。それまでは、伯母と祖母と暮らしていた。

Cross Culture Venturesの共同創設者で業務執行社員のマーロン・ニコルス氏

両親と越してきた、ブロンクスの北側に接するニューヨーク州マウントバーノンで育ったニコルス氏は、テクノロジーに強い興味を持っていた。両親からコモドール64を買ってもらって以来、ずっとコンピューターで遊んでいた。

家族で初めての大学生となった彼は、ノースイースタン大学の建築学部で学んでいたが、後に新しく創設された管理情報システム学部に転部した。在学中、彼は生まれて初めてシリコンバレーを訪れている。ノースイースタン大学には、学生に現実のビジネスを体験させるために、ボストンの外の企業へインターンとして送り出すプログラムがあった。ニコルス氏は、カリフォルニア州クパチーノのHewlett Packard(ヒューレット・パッカード)に配属された。

卒業後はシリコンバレーに移り住むつもりだったが、結局、Frictionless Commerceのボストン営業所に就職した。そこでニコルス氏は、その街の多様性の低さによる制限に直面した。「ボストンでは、明らかに人種的な偏見がありました」とニコルス氏は言う。「プロとして生きるうえで、正当に扱ってもらえません」

ロンドン転勤のチャンスが示され、彼は数年間、そこで暮らすことにした。夜はバスケットボールのセミプロ選手としてプレイし、昼間はFrictionless Commerceの社員として働いた。

2006年、同社がSAPに買収されると、ニコルス氏はBlackstone GroupとWarner Mediaに相談を持ちかけた。「どっちも部屋に入ると、(マイノリティーは)私だけでした」と彼は話す。「そのことに嫌気がさし、さらに深く考えるようになりました。教育のこと、就職機会のこと、この職種にはチャンスが広がっていとわかっているのに」。

そこでニコルス氏は、都市部の貧困な若者を大学に入れるための非営利団体を立ち上げた。「私は大学進学適正試験のための予備校に通うことができませんでした」とニコルス氏。「勉強を教えてくれる人などいませんでした」

この活動により、ニューヨーク市立大学を考えていた子どもたちも、カーネル大学やバッサー大学やペンシルベニア大学への進学が視野に入るようになった。

この非営利団体が軌道に乗ると、ニコルス氏は学校に戻った。学費全額免除の奨学金でカーネル大学ビジネススクールに入学したのだ。「その道を進み始めると、自分のような人間はさらに少ないことを知りました」とニコルス氏は振り返る。

大学のベンチャー投資基金の運営に関わっていた彼は、カーネル大学を卒業すると、管理訓練プログラムの一環としてインテルに入社した。インテルでは3つの事業部門に順次転属される予定だったが、インテルキャピタルに配属されたとき、彼はそこに留まりたいと申し出た。そして彼はそこで、過小評価されているマイノリティーや女性に就職機会を与え、その力を必要としている業界に送り込む活動に情熱を傾けることができた。

それは、巨大ハイテク企業(業界の海に浮かぶエリートの島として、性差別、人種差別、縁故主義が長年はびこっていた)の多様性問題が批判にさらされていたころだ。2013年、エンジニアのトレーシー・チョウ氏が従業員の多様性の割合に関するレポートを発表したとき、ニコルス氏はそこに自分がIntel(インテル)で感じたのと同じものを見た。

そのとき新しいユーザーエクスペリエンスを開発する部門にいたニコラス氏は、Intel Capitalのソフトウエアおよびサービスグループの担当責任者リサ・ランバート氏と一緒に、Intelに多様性基金を創設することを提唱した。

「資本を提供する側の責任者が多様性に関われる手段が必要だと、私たちは考えたのです」とニコルス氏は基金創設のきっかけを話した。「多様性は矢面に立たされたかと思うと、どこかへ消えて、また矢面に立たされる。ベンチャー投資家の視点から貢献できるものがあるはずなんです」。

多様性基金の投資先企業は簡単に見つかったが、それらの企業は、次のラウンドでの追加資金調達に苦労したとニコルス氏は言う。「一部の企業は、資金を受け取った後、世界有数の最大手機関投資会社から資金を調達した一流企業だと見られることで、困ったことになっていました」とニコルス氏は話す。

こうした企業は、幅広い顧客基盤勢のために、グローバルな問題の解決に取り組んでいるにも関わらず、入手した資金が「多様性」のためと限定されてしまうと、将来の成功が妨げられる。そこが問題だとニコルス氏は感じた。

「そこで、わかったよ、じゃあその将来の資金調達を難しくしてるレッテルを貼るのはやめよう、ということにしました」とニコルス氏。「その代わり、私はグローバルな視点から文化をよく見て、新しい傾向を見極めようとしました。もしそれに成功したら、その傾向を把握できたなら、多様性の高い起業家を選ぶことができて、99パーセントまで問題を解決できます」。

資金調達の年間の傾向(ロサンゼルス/オレンジカウンティ) ロサンゼルスとオレンジカウンティでの通年の調達額は増加しているが、取り引き件数は減少している。 2000年以来最も活発だった2017年(432件)からロサンゼルスとオレンジカウンティの取り引き数は419件に減少。 2018年は2000年以来、ロサンゼルスとオレンジカウンティでの投資最高額(60億ドル)を記録。 グレーの棒は投資額(10億ドル単位)、赤い線は取り引き件数 (グラフ提供:PWC Moneytree/CB Insights

クロスカルチャーとロサンゼルスの好機

ニコルス氏がCross Culture Venturesの設立準備を整えたころ、Intelの基金には別の問題が持ち上がっていた。多様性の重点は、企業の性差別の対応に置かれ、ニコルス氏が対処すべきと考えていたその他の排他的問題、つまり人種と民族の差別は軽視されていたのだ。

さらに、起業家の多くは、Intelの要求には当てはまらない数十億ドル規模の大企業の問題解決に取り組んでいた。Intelは、同じ戦略的ビジョンを持つ企業を支援するはずだった。そのため、たとえばアフリカ系アメリカ人コミュニティの消費者をターゲットにした美容製品への投資を奨励するのは、とても難しかった。

そこでニコルス氏は、ベンチャー投資家を養成するカウフマン・フェローズ・プログラムに参加し、数人のアンカー投資家(フレアーダ・カパー・クレイン氏など)の協力を得て、独立しようと考えた。クレインはニコルス氏に、Intelの基金に出資してくれそうな投資家としてAtom Factoryのトロイ・カーター氏を紹介した。

「私はロサンゼルスに飛び、トロイに会いました。私たちは2時間ほど話し、意気投合しました。しかし、ミーティングの最後に彼はこう言いました。会えてよかった。でもあなたの基金に出資する気はないと」。

最初に断られてから2週間後、ニコルス氏はもう一度カーター氏に会いに行った。今度は出資の話ではなく、手を組もうという提案のためだ。そしてカーター氏を共同創設者として役員に迎え入れ、2人は、翌年中には最初の投資ができるよう、投資会社の基礎固めを開始した。

2015年9月23日、サンフランシスコのピア70で開かれたTechCrunch Disrupt SF 2015に登壇したAtom Factorのトロイ・カーター氏(写真:Steve Jennings/Getty Images for TechCrunch)

Cross Cultureは、企業創設者の72パーセントを白人女性と有色人種の男女が占めるポートフォリオを作り上げた。そして、Blavity、PlayVS、Mayvenn、WonderSchoolといった複数のアフリカ系米国人の創設による企業を支援し、AラウンドまたはBラウンドの多額の投資を行う初めての投資会社となった。

Gimletは、クロスカルチャーが投資し、投資後の企業価値が3600万ドル(約40億3000万円)となったポッドキャスト企業だが、およそ2億3000万ドル(約257億円)でSpotifyに売却された。別のイグジットには、Nordstormに売却されたMessage Yes、昨年2月にFairに買収されたSkurtなどがある。

ニコルス氏は、オンデマンド輸送サービスのAirspace Technologies、全米の高校にEスポーツを広めるPlayVS、レンタカーの革命を目指す新しい形の交通企業Fairといった企業の急成長を先導してきた。これらの企業は、どれもここ数カ月で飛躍的に価値を高めている。

Cross Cultureのポートフォリオに詳しい人間によれば、レンタカーのFairは、Skurtの買収によってCross Cultureが投資機会を得た後、ソフトバンクから3億8500万ドル(約432億円)の追加資金を獲得し、その評価額は150パーセント上昇、Airspaceの評価額はScale Venture PartnersからのシリーズB投資2000万ドル(約22億4000万円)を獲得して8カ月以内に733パーセント上昇(1億ドルを超える)、PlayVSの評価額の上昇率はCross Cultureの投資から半年後に329パーセントに達したという。

MayvennのCEOディシャン・イミラ氏は、先日、アフリカ系米国人向けのヘアーエクステや美容製品を販売する会社に2300万ドル(約25億7500万円)の投資を受けた。Cross CultureがシリーズAの一部として行った1000万ドル(約11億2000万円)の投資を上回っている。

MayvennはCross Cultureの最初の投資先だ。これはニコルス氏がベンチャーの世界に築き上げてきた、息の長い関係を示している。

「カーク・コリンズは、資金調達のために、私と一緒にピッチを行う4、5人の人材を集めました。マーロンはその中の一人です。私とマーロンとずっと議論していました」とイミラ氏はニコルス氏との最初のミーティングを振り返って言った。「私たちは30分間議論して、何も結論が得られなかったのですが、関係は続けました。彼はいつも助言をくれて、あちらこちらで支援してくれます。彼はずっと私たちのことを気に掛けていました。そして、私たちのシリーズAが完了する前に、彼はCross Cultureを立ち上げました。私は『ヨー、みんなも入れよ』と言いました」

顧客との新たな関係と新規資金2300万ドルでMayveenはヘアケア事業をエクステンド(本文は英語)


しかし、その間もベンチャー企業の不当な評価の問題は改善されず、残りのベンチャー投資業界は足並みを揃えることができずにいた。RateMyInvestorDiversity VCのデータによれば、ベンチャー投資が受けられたスタートアップのうち、アフリカ系米国人が代表を務める企業はわずか1パーセント。ラテン系が代表の企業はたったの1.8パーセントだ。

ニコルス氏は、それぞれの街に着目し、これまで大物ベンチャー投資企業や実力者から歴史的に無視されてきたエコシステムに投資することで、この傾向を逆転させられると考えた。

「私たちはパロアルトと、ここカルバーシティにオフィスを開いていました」とニコルス氏は振り返る。「最初の2年間は、私が隔週でここへ出社し、トロイも隔週でやって来ました。(しかし)ここへ来る途中に、初めて見る何かが起きていることを感じたのです。ベイエリアと異なり、人口比率の違いから生まれる何かを、私は認識しました」

Dollar Shave Club、Snap、Oculusのイグジットで勢いがついた投資資金がこのエコシステムに流れ込み、ベイエリア南部で成功できる実力を証明した多様な企業創設者の集団を支え始めたのだ。

「このところ、シリコンバレーで生まれるものは、シリコンバレーの人々が使うことが想定されていて、ブロンクスやクイーンズやバルチモアに暮らす人々のためのものではありません」とニコルス氏は言う。「今こそ、ここにいるべき時です。将来性のある企業に投資しようとするなら、世界が向かっている先に行くべきです。実際のところ、そこは黒人や有色人種の世界です」

マイノリティー創設者マイノリティーの企業創設者は過小評価されている私たちは名前の分析、写真の分析、サードパーティーの人口統計収集企業を取り混ぜて利用し、創設者の出身民族を割り出した。我々が収集したデータでは、ベンチャー投資を受けた創設者の3/4以上が白人だった。残りの1/3は、ほとんどがアジア出身の創設者が分け合っている。

国勢調査も、ニコルス氏の評価を裏付けしている。2044年までに、アメリカの人口の大半をマイノリティーが占めるようになり、次世代の消費者はすでにその傾向を見せている。マイケル・ファンが創設したIpsyは、マイノリティーの創設者によって10億ドル規模の美容関連企業だ。もうひとつ、メイクアップアーティスト、パット・マグラスが創設した10億ドル規模の化粧品ブランドPat McGrath Labsは、Eurazeo Brandsから600万ドル(約40億3000万円)を調達している。

Cross Cultureも、ロサンゼルスに腰を落ち着けて、そうした企業が現れるのを待っているわけではない。ニコラスは、機会があれば会社ぐるみで地方を旅している。マイアミでは1カ月かけて起業家たちに会い、デトロイトとアトランタではCulture and Codeというイベントを連続的に開催し、それぞれの街のスタートアップの露出度を高めている。ニコラスは、それは地方のコミュニティの起業家と投資家に出会うための期間限定の場とだと説明している。

Cross Cultureにとれば、伝統的なテクノロジーの都であるシリコンバレーから遠く離れた地方都市を巡るという決断は、単純に同社の幅広いビジョンの延長線上にあるものだ。

「ベンチャー投資家の中で、黒人とラテン系はわずか2パーセントです。黒人女性は0.002パーセントです。そんなこともあって、私のような姿をした若い連中は、ベンチャー投資というものを知らないのです」とニコルス氏は話す。「これは、この国の人口の大きな部分を占める人たちが、今の人口動態をどう思い、彼らに何ができるのか、そしてこれはとても悲しい現状であるということを気付かせるものでした」

現在、ほぼ展開を終えたCross Cultureは、将来のための決断を行う時期になっている。同社は、新たに5000万ドルから1億ドルを調達しに行くか、またはより大規模な投資手段を手に入れる可能性もある。

今のところ、Cross Cultureが支援している34社のの平均投資規模は、およそ25万ドル(約2800万円)となっている。

ニコルス氏にとって、これらの企業の成功は必須条件だ。利益や自らの理論の実証のためだけではない。その経歴にこだわらず、優れた創設者たちを支援する投資の本来の意義のために幅広い努力を重ねている他の投資会社にとって、失敗が何を意味するかを知っているからだ。ニコルス氏は、ベンチャー業界にとって、経済にとって、そしてより広い社会にとって、それが重要であると信じている。

「失敗は決して許されません」とニコルス氏。「勝利あるのみです」

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(翻訳:金井哲夫)