トマトが熟れる際の遺伝子発現を深層学習で予測、遺伝子編集で果実のデザインも可能に

トマトが熟れる際の遺伝子発現を深層学習で予測、遺伝子編集で果実のデザインも可能に

岡山大学は3月8日、AIを使ってトマトが熟れるときに重要となる遺伝子の働きを予測する技術を開発したと発表した。また、「説明可能なAI」(XAI。Explainable AI)と呼ばれる技術を用いてAIの判断の根拠を探ることで、重要なDNA配列の特定も可能にした。その配列を編集すれば、果実の特徴に関する緻密なデザインも可能になると期待される。

果実の色や甘さや香りなどは、数万にもおよぶ遺伝子発現(遺伝子の働き)の組み合わせによって決まる。遺伝子発現は、プロモーターと呼ばれる領域に転写因子というタンパク質が結合して調整されているが、プロモーターのDNA配列には複数のパターンがあり、遺伝子発現は転写因子の複雑な組み合わせによって変化する。そのため、全ゲノム配列の情報がわかっていても、予測はきわめて難しいという。

そこで、岡山大学学術研究院環境生命科学学域(赤木剛士研究教授、増田佳苗氏、桒田恵理子氏)、農業・食品産業技術総合研究機構筑波大学大学院生命環境系九州大学大学院システム情報科学研究院からなる共同研究グループは、深層学習を用いた遺伝子発現の予測と、そこで重要となるDNA配列の特定を試みた。まずは、分子生物学で標準的に使われるモデル植物シロイヌナズナの、転写因子が結合するDNA配列情報のデータベースをAIに学習させ、3万4000以上あるトマトの全遺伝子のプロモーターの転写因子が結合するポイントを予測させた。次に、トマトが熟れる過程の全遺伝子発現パターンを学習させることで、遺伝子発現の増減を予測するAIモデルを構築することができた。

さらに、「説明可能なAI」を用いて、そのモデルで「AIが判断した理由を可視化」することで、予測した遺伝子発現の鍵となるDNA配列を「1塩基レベル」で明らかにする技術を開発した。このDNA配列を改変した遺伝子をトマトに導入すると、AIによる予測と同じ結果が得られた。つまり、トマトのゲノム情報の複雑な仕組みをAIが正確に読み解いたことになる。

この技術は、トマトの食べごろの予測に限らず、果実の色、形、おいしさ、香りなど、様々な特徴に関する遺伝子の発現予測にも応用できるという。また、予測した遺伝子の発現に重要なDNA配列を特定する技術を使えば、遺伝子編集により最適な遺伝子発現パターンを人工的に作り出して、自由に果実のデザインができるようになるとも研究グループは話している。

九州大学と土木研究所、1960年代から現在まで約60年間にわたる海洋プラスチックごみの行方を重量ベースで解明

九州大学と土木研究所、1960年代から現在まで約60年間にわたる海洋プラスチックごみの行方を重量ベースで解明

九州大学土木研究所 寒地土木研究所は3月2日、1960年代から現在までに海に流出したプラスチックごみ「海洋プラスチック」の行方を、コンピューター・シミュレーションによって重量ベースで解析したと発表した。その結果、海に流れ出たプラスチックは2500万トンほどであり、この60年間に陸上で環境に漏れ出たとされるプラスチックごみの総量の約5%に過ぎないことがわかった。残りの95%は陸上(5億トン程度)で行方不明になっている。

世界中で陸から海に流れ出るプラスチックごみは、年間で115万〜241万トン(Lebreton et al., 2017)と推計されている。しかし、実際に観測される浮遊プラスチックごみの現存量は25万トン程度(Eriksen et al. 2014)しかない。この推計流出量と観測された現存量とがかけ離れている状態は、「ミッシング・プラスチックの謎」といわれている。海に流れ出たプラスチックは、浮遊するものばかりでなく、海中に沈んでしまっているものもある。それらの総量を把握しミッシング・プラスチックの謎を解明しなければ、海洋汚染を回避するためにどれだけプラスチックを削減すればよいかがわからない。

そこで、九州大学応用力学研究所の磯辺篤彦教授と土木研究所寒地土木研究所の岩﨑慎介研究員による研究グループは、全世界の海を対象にプラスチックごみの移動を追跡するコンピューター・シミュレーションを行った。海流や波で運ばれるものや、風で吹き寄せられるものに見立てた仮想粒子を追跡するというものだ。これには、陸から海に流れ出たプラスチック量の他に、漁業にともなう投棄量も含まれる。

このシミュレーションには、大きなプラスチックごみがマイクロプラスチックに粉砕される過程や、破砕の後に生物が付着して沈んだもの、海岸の砂に吸収されたもの、破砕が進んで現状では採取できない微細なマイクロプラスチックになったものも、海底に沈んだものなど、海表面や海岸からマイクロプラスチックが消失する過程も組み込まれている。

そしてこのシミュレーションの結果を解析し、全世界でのプラスチック重量の収支を計算した。すると、世界で海に流出したプラスチックごみのうち、約26%(660万トン)は目視できるサイズのごみであり、約7%(180万トン)はマイクロプラスチックとして漂流や漂着を繰り返していることがわかった。世界の海岸に漂着したプラスチックごみの重量は約590万トン。そして、60年代から海に流出したプラスチックごみの総量約2500万トンのうち約67%(1680万トン)はマイクロプラスチックとなり海岸や海面近くから消失している。しかし、これらを合計しても2500万トンほどにしかならず、陸上で環境中に漏れ出たと推定されるプラスチックごみの総量の約5%に留まる。残りの95%(5億トン)は、陸上で行方不明となっている。

今後はこの5億トンのプラスチックごみの行方の追究が、「広範な環境科学の研究者が関わるべきテーマ」だと研究グループは言う。さらに、数百μm(マイクロメートル)以下の「微細プラスチック」の行方も問題となる。九州大学では、ごみ拾いSNSアプリ「ピリカ」(Android版iOS版)を使った、市民によるプラスチックごみの追跡プロジェクトを実施しており、これと並行して微細プラスチックの分布量把握、将来予測、影響評価を行う研究に取り組むとしている。

九州大学ら研究チーム、水素による破壊を防止し高強度アルミニウム合金をさらに高性能化する方法を確立

九州大学ら研究チーム、水素による破壊を防止し高強度アルミニウム合金をさらに高性能化する方法を確立

九州大学(戸田裕之主幹教授、王亜飛特任助教)は2月7日、岩手大学京都大学高輝度光科学研究センターと共同で、高強度アルミニウム合金に脆弱化をもたらす水素に対処し、さらなる高性能化をもたらす手法を確立したと発表した。これにより、20世紀初頭からあまり進んでこなかったアルミニウム合金の高強度化が大きく発展することになる。

金属に水素が入り込むと、「水素脆化」という現象により強度が低下するという。アルミニウムも水素脆化の影響を受ける。水素を取り除くことができれば強度は増すが、水素はもっとも小さな元素であるため、その存在の可視化や解析は極めて困難であり研究は進まず、1900年代初頭から飛躍的に強度を増した鉄鋼に対して、アルミニウムの進化は鈍かった。

九州大学ら研究チーム、水素による破壊を防止し高強度アルミニウム合金をさらに高性能化する方法を確立

金属材料の強度向上の歴史

そんな中、同研究グループは2020年、大型放射光施設SPring-8で3D画像を連続的に撮影する4D観察と、スーパーコンピューターによる原子シミュレーションにより、水素脆化を引き起こしているのがナノ粒子であることを突き止めた。このナノ粒子には、アルミニウム内のほとんどの水素が集まっていた。その水素の集中によりナノ粒子は自発的に崩壊し、アルミニウムが破壊される。アルミニウムから水素自体を取り除くことはきわめて難しい。そこで研究グループは、ナノ粒子よりも水素を引く付けやすいものを添加することを考え、研究を進めた。その結果、意外にもアルミニウム、鉄、銅という平凡な元素を含むミクロ粒子に、水素を強力に引きつける力があることがわかった。

この「水素脆化防止剤」を導入すると、ナノ粒子に引きつけられた水素は、94.5%から34.6%に減少した。しかし、今度は大量の水素を引きつけたミクロ粒子が水素脆化を引き起こすのではないかと疑問を抱いた研究グループは、再び4D観察によりミクロ粒子の破壊挙動を確かめたところ、水素脆化防止剤による破壊は見られなかった。

九州大学ら研究チーム、水素による破壊を防止し高強度アルミニウム合金をさらに高性能化する方法を確立

特に航空産業では、アルミニウムに代わって炭素繊維複合材料が使われるようになっているが、製造・加工・修理のコストと信頼性の面から、軽量で高強度なアルミニウム合金への期待は高い。この手法を用いることで、アルミニウム合金はより強くなり、より薄く延ばすことも可能となり、利用価値は高まる。

また、リサイクルされたアルミニウムの場合、どうしても鉄が混入しアルミニウムの性能を落とすという課題がある。そのためにアルミニウムのリサイクルが拡大しない要因になっているという。しかしこの研究成果を応用して、「リサイクル時に増える有害な鉄を有益な水素脆化防止剤として活用することで、高強度なアルミニウムのリサイクルを促進する効果も期待されます」と研究グループは話す。

現在は、アルミニウムの水素脆化を防ぐさらに有効なミクロ粒子を探すべく、原子レベルの大規模シミュレーションによる探索を進めているとのことだ。

100kg級小型SAR(合成開口レーダー)衛星の開発・運用を行うQPS研究所がシリーズBセカンドクローズとして10.5億円調達

100kg級小型SAR(合成開口レーダー)衛星の開発・運用を行うQPS研究所がシリーズBセカンドクローズとして約10.5億円調達

世界トップレベルの100kg級小型SAR(合成開口レーダー)衛星の開発・運用を行うQPS研究所は2月8日、シリーズBラウンドセカンドクローズとして、第三者割当増資による約10億5000万円の資金調達を完了したと発表した。

引受先は、未来創生3号ファンド(スパークス・アセット・マネジメント)、SMBC日興証券、みずほ成長支援第4号投資事業有限責任組合(みずほキャピタル)、UNICORN 2号ファンド投資事業有限責任組合(山口キャピタル)、大分ベンチャーキャピタルが運営する「おおいた中小企業成長ファンド投資事業有限責任組合」「大分VCサクセスファンド 6号投資事業有限責任組合」の計5社。2021年12月9日に公表した同ファーストクローズ38億5000万円とあわせ、シリーズBラウンドとしては総額49億円の資金調達を実施したことになる。また累計資金調達額は約82.5億円となった。

今回のセカンドクローズで調達した資金は、ファーストクローズに続き、2022年打ち上げ予定の衛星3号機~6号機、また7号機以降の開発・運用にあてる予定。

QPS研究所は従来のSAR衛星の1/20の質量、1/100のコストで100kg級高精細小型SAR衛星の開発に成功し、夜間や天候不良時でも高分解能・高画質で観測できるSAR画像を提供。今後は衛星を毎年複数機打ち上げ、2025年以降を目標に36機の小型SAR衛星のコンステレーションを構築し、平均10分ごとの準リアルタイム地上観測データサービスの提供を目指している。同プロジェクトを早期実現すべくシリーズB資金調達に至ったという。

QPS研究所は、九州の地に宇宙産業を根差すことを目指し、九州大学名誉教授の八坂哲雄氏と桜井晃氏、三菱重工業のロケット開発者であった舩越国弘氏が2005年に設立。九州大学での小型衛星開発の20年以上の技術をベースに、国内外で衛星開発や宇宙ゴミ(スペースデブリ)への取り組みに携わってきたパイオニア的存在である名誉教授陣と若手技術者・実業家が幅広い経験と斬新なアイデアを基に、「宇宙の可能性を広げ、人類の発展に貢献すること」を企業ミッションとして、現在は世界トップレベルの衛星データビジネスの創出に取り組んでいるという。また創業以前より宇宙技術を伝承し、育成してきた約20社の九州の地場企業とともに人工衛星をはじめ、世界にインパクトを与える数々の宇宙技術開発を行っている。

ごみ拾いSNSアプリ「ピリカ」を使い、プラごみの総量算定に取り組む参加型プロジェクトが開始

九州大学らがごみ拾いSNSアプリ「ピリカ」を使いプラごみの総量算定に取り組む参加型プロジェクトを開始

九州大学は1月28日、街や海岸のプラスチックごみの散乱状況を分析するための参加型プロジェクトを開始すると発表した。ごみ拾いを目的とするSNSアプリ「ピリカ」(Android版iOS版)を利用し、プラスチックごみの画像を収集して、総量・分布・時間変化の追跡などを行う。2022年1月から2025年3月末まで実施される予定だ。

これは、九州大学応用力学研究所の磯辺篤彦教授、鹿児島大学学術研究院の加古真一郎准教授、海洋研究開発機構(JAMSTEC)付加価値情報創生部門の松岡大祐副主任研究員らからなる研究グループと、ピリカとの共同による研究。参加者は、「ピリカ」のアプリをスマートフォンにインストールし、街や海岸で見つけたプラスチックごみを撮影する。すると、その画像が日時や位置の情報とともに鹿児島大学やJAMSTECに送られ、深層学習を用いて分析される。そこでは、ごみの抽出、ごみの種類(ペットボトル、レジ袋など)や面積が自動判別される。

海に漂流したり海岸に漂着するプラスチックごみの80%は、陸から流出したものだとされているが、どれだけのプラスチックごみが陸から海に移動しているかを知るのは難しい。そこで研究グループは、このプロジェクトを通してプラスチックごみの総量や時間変化による移動の様子を推測しようしている。研究グループは、「地域社会の皆さん一人ひとりが、お手持ちのスマホを利用することで、海洋プラスチック研究に参加するプロジェクト」であり、「参加型で作成したビッグデータによって、研究の大きく前進することを期待しています」と話している。

小型SAR衛星の開発・運用を手がける九州大学発QPS研究所がシリーズBファーストクローズとして38.5億円調達

小型SAR衛星の開発・運用を手がける九州大学発QPS研究所がシリーズBファーストクローズとして38.5億円調達

小型SAR(合成開口レーダー)衛星の開発・運用を行うQPS研究所は12月9日、シリーズBラウンドのファーストクローズにおいて、総額38億5000万円の資金調達を実施したと発表した。引受先は、リードインベスターのスカパーJSAT、またスパークス・グループ運営の未来創生ファンド、日本工営、リアルテックファンド、三井住友海上キャピタル、FFGベンチャービジネスパートナーズ、三菱UFJキャピタル、SMBCベンチャーキャピタルの計8社。累計調達額は約72億円となった。

QPS研究所、自社開発した小型衛星用の収納式大型軽量アンテナにより、従来のSAR衛星の1/20の質量、1/100のコストで100kg 級高精細小型SAR衛星の開発に成功。現在は2025年以降を目標に36機の小型SAR衛星を打ち上げてコンステレーションを構築し、約10分ごとの準リアルタイム地上観測データサービスの提供を目指している。

このプロジェクトの実現に向け、2017年10月・2018年2月のシリーズA調達にて総額24億5000万円の資金調達を行い、2020年11月に総額8億6500万円の追加資金調達を実施した。これにより、当初のプラン通り衛星「イザナギ」「イザナミ」の2機の開発・製造・打ち上げに取り組んだ結果、2021年5月にはイザナミによる70cm分解能という民間の小型SAR衛星として日本で最高精細の画像取得に成功。衛星データビジネスの構築に向けた活動を本格化させた。

シリーズBで調達した資金は、2022年打ち上げ予定の衛星3号機~6号機の開発・運用の資金として使用する予定。同社が目指す小型SAR衛星36機のコンステレーションの実現に向け、着実に取り組むとしている。

九州大学とNTT西が教育ビッグデータで成果を分析するラーニングアナリティクス全国展開、広島市立大学で共同トライアル

九州大学とNTT西が教育ビッグデータを用い成果を分析するラーニングアナリティクスを全国展開へ、広島市立大学で共同トライアル九州大学NTT西日本は12月6日、ラーニングアナリティクス(学習分析:LA)技術を標準化し全国展開する手始めとして、広島市立大学で共同トライアルを行うと発表した。

LAとは、試験やアンケートのみに頼らず、教育・学習に関するビッグデータなどを用いて教育の成果を分析しようという研究領域。九州大学では、2021年4月にLAセンターを設立し、教育データの分析を通じて教育と学修の改善を行っている(大学設置基準上、大学での学びは「学修」としているという。平成24年中央教育審議会答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学~」)。コロナ禍により、リモート授業やオンライン留学など大学の授業のあり方が変化したが、この流れはコロナ収束後も後戻りすることはないとされる。さらにDXの推進による効果的な学修が求められるなど、新しい大学教育の形が求められている。そんな中で、LAに大きな役割が期待される。

そこで九州大学は、NTT西日本と共同でLA技術を活用した「個人の主体的な学修や個別最適化された学修指導」と「特色ある学校づくり」による大学教育のDXを支援する取り組みを始めた。これを全国に展開する最初の試みとして、広島市立大学を実証フィールドとした共同トライアルを2022年4月~2023年3月の1年間行うことにした。

この取り組みにおいて、九州大学は最先端のLA研究や取り組みに基づくアドバイスを行い、NTT西日本は九州大学のLAの取り組みの可視化と分析手法の標準化などを行う。さらに、NTTのAI技術を組み合わせ、電子教科書を活用したLAサービスのプロトタイプ提供、このトライアルで得られた成果や知見をサービス化なども行う。そして広島市立大学は、標準化されたLAの仕組みや電子教科書を使用して、データ収集やフィードバックを行うなどとしている。

今後、広島市立大学ではトライアル後のLAの本格導入を目指し、九州大学とNTT西日本はさらなる研究とサービスの本格提供化を進め、全国の高等教育機関のDXに貢献するとのことだ。

FASER国際共同実験グループ、CERNの衝突型加速器LHCにてニュートリノ反応候補を初めて観測

FASER国際共同実験グループ、CERNの衝突型加速器LHCにてニュートリノ反応候補を初めて観測

LHCにて初観測したニュートリノ反応候補のうちの2例。左側の図は左から、右側の図は画面に垂直な方向からビームが来ている。各線分は反応で生じた粒子の飛跡を表す

九州大学基幹教育院の有賀智子助教らによるFASER(フェイザー)国際共同実験グループは、11月26日、スイスのCERN(セルン。欧州原子核研究機構)において、世界最大、最高エネルギーの大型ハドロン衝突型加速器LHC(Large Hadron Collider)を使用した研究で、ニュートリノ反応候補の観測に成功したことを発表した

このグループは、2018年、LHCのビーム軸上に小型のニュートリノ検出器を設置し、データを取得した。ニュートリノは、LHCでの陽子同士の衝突で生じるさまざまな粒子の崩壊から生じる。だが、衝突の反応として生じた素粒子ミューオンの飛跡は約2000万本も観測されるのに対して、ニュートリノの反応は10事例程度ときわめて少ない。そこで、「膨大な背景事象を処理するために高飛跡密度での飛跡再構成アルゴリズムなどの技術開発」を行い、ニュートリノ反応候補の探索を行った。さらに「粒子の角度情報などの幾何学的パラメーターを用いた多変数解析」による背景事象(余分な要素)の分別を行うことで、ニュートリノ反応候補の検出を初めて実現した。
FASER国際共同実験グループ、CERNの衝突型加速器LHCにてニュートリノ反応候補を初めて観測
FASER国際共同実験グループは、有賀智子助教の他、千葉大学大学院理学研究院・ベルン大学AEC-LHEPの有賀昭貴准教授、九州大学先端素粒子物理研究センターの音野瑛俊助教、高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所の田窪洋介研究機関講師、名古屋大学大学院理学研究科・素粒子宇宙起源研究所の中野敏行講師、同大学未来材料・システム研究所の中村光廣教授、六條宏紀特任助教、佐藤修特任講師、稲田知大博士研究員らで構成されている。

FASER国際共同実験グループ、CERNの衝突型加速器LHCにてニュートリノ反応候補を初めて観測

FASER国際共同実験グループのメンバー(一部)

同グループは、これまで未開拓であった高エネルギー領域でのニュートリノ研究がLHCで可能になることを見出し、同研究を立ち上げた。現在の加速器で生成できる最高エネルギーのニュートリノを研究し、未知の高エネルギー領域において3種類の素粒子(電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ)に素粒子標準理論を超えた物理の影響があるかを検証することを目指している。FASER国際共同実験グループ、CERNの衝突型加速器LHCにてニュートリノ反応候補を初めて観測

また2022~2024年に本格的な実験を予定しており、LHC陽子陽子衝突に起因する未知粒子探索および高エネルギーニュートリノ測定を実施するという。

東京大学、量子コンピューターでも解読できない多変数公開鍵暗号のデジタル署名技術「QR-UOV署名」を開発

東京大学、量子コンピューターでも解読できない多変数公開鍵暗号方式のデジタル署名技術「QR-UOV署名」を開発

東京大学は11月24日、量子コンピューターでも解読できない多変数公開鍵暗号のデジタル署名技術「QR-UOV署名」を開発し、公開鍵のデータサイズを既存方式と比較して約1/3まで削減することに成功したと発表した。「多変数多項式問題の難しさ」を安全性の根拠にしているとのこと。多変数多項式問題とは、n個の変数を持つm個の2次多項式の共通解を計算する問題で、nとmを同程度の大きさで増加させた場合に計算が困難となることが知られている。

東京大学、量子コンピューターでも解読できない多変数公開鍵暗号方式のデジタル署名技術「QR-UOV署名」を開発

これは、東京大学大学院情報理工学系研究科の高木剛教授と古江弘樹氏、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所日本電信電話(NTT)の共同研究によるもの。現代の情報社会では、暗号技術はきわめて重要な存在だが、現在多く使われているRSA暗号(素因数分解の難しさを安全性の根拠とする暗号方式)と楕円曲線暗号(楕円曲線といわれる幾何的な構造を利用した暗号方式。ECDSAなど)という2つの技術は、大規模な量子コンピューターが実現すると解読されてしまうことがわかっている。そこで、量子コンピューターでも解読できない多変数多項式問題の難しさを安全性の根拠としたRainbow署名という方式が開発されたが、検証に利用する公開鍵のサイズが大きくなるという課題があった。

Rainbow署名は、多変数多項式問題を基にし、20年以上も本質的な解読法が報告されていない安全な方式とされるUOV署名を拡張したものだが、今回開発されたのは、数値の行列で表現されていたUOV署名の公開鍵を剰余環といわれる代数系の多項式で表現しデータサイズを削減した「QR-UOV署名」というもの。Rainbow署名と比較して、公開鍵のデータサイズは約66%削減できた。

QR-UOV署名は、大規模な量子コンピューターが普及した社会でも、安全で効率的なデジタル署名方式として利用でき、特に「長期的な安全性が必要であり通信負荷の低減が求められるセキュリティーシステムへの応用」が期待されるという。

研究グループは、安全な暗号方式の標準化プロジェクトを進める米国標準技術研究所(NIST)が2022年に行う予定のデジタル署名技術の公募に応募し、標準規格への採択を目指すとのことだ。

金沢大学などが乳がん発症の超早期兆候を作り出す仕組み発見、がん予防・超早期がんの診断治療への活用に期待

金沢大学などが乳がん発症の超早期の兆候を作り出す仕組みを発見、がん予防・超早期がんの診断治療への活用に期待

金沢大学がん進展制御研究所/新学術創成研究機構などによる研究グループは10月19日、乳がん発症の際に必ず表れる超早期の微小環境を作り出すメカニズムを発見したと発表した。癌予防、超早期がんの診断治療への活用、ひいてはがん撲滅への寄与が期待される。

乳がん発症の超早期には、間質細胞、免疫細胞などが集まり、がん細胞を取り囲む微小環境が作り出される。その微小環境から生み出されるサイトカイン(免疫細胞から分泌されるタンパク質)が、がん幹細胞様細胞に影響を与えていることはわかっていたが、実態は不明だった。この研究では、そのメカニズムを分子レベルで明らかにした。さらに、この微小環境がFRS2βといいう分子によって整えられ、がん細胞の増殖が始まることも突き止めた。

FRS2βの影響で炎症性サイトカインが生み出され、細胞外に放出されると、そこに間質細胞や免疫細胞が引き寄せられる。マウスを使った実験では、この状態の乳腺に乳がん幹細胞様細胞を移植すると、1カ月以内に大きな腫瘍ができた。だが、FRS2βのない乳腺に乳がん幹細胞様細胞を移植しても、まったく腫瘍はできなかった。

この研究を発展させることで、乳がん発症前に整えられる乳腺微小環境を標的とした治療が可能になり、乳がんの発症予防、早期治療が実現するという。

研究グループのおもなメンバーは、金沢大学がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の後藤典子教授、東京医科大学分子病理学分野の黒田雅彦主任教授、東京大学医科学研究所の東條有伸教授(研究当時)、東京大学特命教授・名誉教授の井上純一郎教授、国立がん研究センター造血器腫瘍研究分野の北林一生分野長、九州大学病態修復内科学の赤司浩一教授、慶應義塾大学医学部先端医科学研究所遺伝子制御研究部門の佐谷秀行教授ほか。

リコーと九州大学共同開発によるフィルム形状の有機薄膜太陽電池のサンプルが9月提供開始、「充電のない世界」目指す

リコーが「充電のない世界」の実現に向けフィルム形状の有機薄膜太陽電池のサンプルを9月から提供開始

リコーは8月18日、IoT機器を常時可動させるための自律型電源となるフレキシブル環境発電デバイスのサンプルを9月から提供すると発表した。これはリコーと九州大学が2013年から共同研究してきた発電材料を使ったもの。屋内の低照度でも高効率な発電ができる。フィルム形状なので、さまざまなIoTデバイスに搭載が可能。IoTデバイスメーカー、サービス事業者、商社向けにサンプルを提供し、早期の商品ラインアップ化を目指すとのこと。

リコーが「充電のない世界」の実現に向けフィルム形状の有機薄膜太陽電池のサンプルを9月から提供開始

リコーは、九州大学 稲盛フロンティア研究センター 安田研究室との共同研究によって、「光電変換層(P型有機半導体)の分子構造や材料組成などを精密に制御」することで、比較的暗い場所でも高い電圧と電流が得られる有機光電変換系を開発。有機デバイス設計では、中間層(バッファ層)材料の最適化や界面制御による高効率化と高耐久化を実現した。これには、安田研究室の高性能有機半導体の設計と合成の技術、リコーの有機感光体の材料技術が活かされている。

リコーと九州大学が共同開発したフィルム形状の有機薄膜太陽電池のサンプルを9月から提供開始

リコーが開発した有機薄膜太陽電池(OPV)の構成と機能

フレキシブル環境発電デバイスには、次の特徴がある。

  • 発電効率の向上と高耐久化の実現
  • 広い照度域における高い変換効率
  • 高照度環境下における高い耐久性
  • 部分陰による影響が少ない遮光特性

約200lx(ルクス。一般家庭の居間の照明程度)の低照度から、約1万lx(曇りの日の屋外程度)の中照度でも高い光電変換効率を維持でき、約10万lxという太陽光に近い明るさでも高出力を維持できる。また、セルに部分的に影がかかっても、急激な出力の低下は起こらない。

リコーと九州大学が共同開発したフィルム形状の有機薄膜太陽電池のサンプルを9月から提供開始
リコーでは、「移動型・携帯型のウェアラブル端末やビーコンなどのデバイス、およびトンネル内や橋梁の裏側に設置される社会インフラのモニタリング用デバイスなどの自立型電源として適用が可能」としている。これにより、小型電子機器の電池交換や充電の必要がなくなり、九州大学の安田琢麿教授は、SDGsの目標7である「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」の達成に貢献できると話している。

リコーと九州大学が共同開発したフィルム形状の有機薄膜太陽電池のサンプルを9月から提供開始リコーと九州大学が共同開発したフィルム形状の有機薄膜太陽電池のサンプルを9月から提供開始

主な仕様・41x47mmサイズで使用環境(照度)が200lxと10000lxの場合の出力

  • 最大出力(Pmax)min(取り出せる電力の最大値)
    200xl:84µW
    10000lx:4200µW
  • 最大出力動作電圧(Vpmax)typ(電力が最大となる電圧値)
    200xl:3.3V
    10000lx:3.6V
  • 最大出力動作電流(Ipmax)typ(電力が最大となる電流値)
    200lx:25µA
    10000lx: 1200µA

詳細はこちら。

関連記事
希少生物が戻り農作物も育つ日本初の「植生回復」も実現する太陽光発電所の生態系リデザイン事業開始
空気中の湿度変化で発電する「湿度変動電池」を産総研が開発
有機太陽電池をプリント、周囲の光をエネルギーに変えるDracula Technologiesの技術
ガジェット用フレキシブル太陽電池のExegerが41.7億円を調達、搭載ヘルメットとワイヤレスヘッドフォンが発売予定
豊田中央研究所が36cm角実用サイズ人工光合成セルで世界最高の太陽光変換効率7.2%を実現

カテゴリー:EnviroTech
タグ:環境発電 / エネルギーハーベスティング(用語)九州大学(組織)太陽光 / 太陽光発電 / ソーラー発電 / 太陽電池(用語)有機太陽電池 / OPV(用語)リコー(企業)日本(国・地域)

世界に先駆け有機半導体レーザー評価用サンプルの製造・販売を目指す、九州大学発のKOALA Techが4億円調達

世界に先駆け有機半導体レーザー評価用サンプルの製造・販売を目指す、九州大学発のKOALA Techが4億円調達

福岡県拠点のKOALA Tech(Kyushu OrgAnic LAser Technology)は6月29日、総額4億円の資金調達を発表した。引受先は、リード投資家のBeyond Next Ventures、既存投資家のSony Innovation Fund、QBキャピタル、田中藍ホールディングス、新規投資家のFFGベンチャービジネスパートナーズ、新生企業投資、テックアクセルベンチャーズ、SMBCベンチャーキャピタル。

調達した資金を基に、有機半導体レーザーダイオード(OSLD。electrically pumped Organic Semiconductor Laser Diode)のエンジニアリングサンプルの製造・販売、アライアンスの構築、人材採用を加速させる。

調達した資金の用途

  • 有機半導体レーザーダイオード(OSLD)のエンジニアリングサンプル/モジュールの製造・販売:ビジネスチャンス拡大を目的に、完成品・デバイスメーカーやソリューションインテグレーターに対してOSLDの技術紹介を行うためのエンジニアリングサンプルの製造・販売を目指す。同サンプルを用いた検討により、実装へ向けた課題抽出と解決、製品モジュール供給のための実証を行う
  • 戦略的ビジネスアライアンスの構築:OSLD技術の実装は、戦略的パートナーとの実装へ向けた検討が不可欠。2021年2月三井化学と有機半導体レーザー材料に関する共同研究開発契約を締結しており、今後も重要なパートナー企業との関係を構築する
  • OSLD技術の対象市場の拡大:OSLD技術を展開する初期のターゲット市場は、近赤外レーザーを用いた生体認証市場。有機EL(OLED)ディスプレイに直接実装できることから、ディスプレイに新たなセンシング機能を付加可能。前述エンジニアリングサンプルの供給により、単一モジュールでの用途を拡大すべく、ヘルスケア市場などの新たな市場を開拓する
  • 人材採用の強化:研究開発、知財、ビジネス開発、経営管理等をより円滑に進めるためのチーム強化を行う

2019年3月設立のKOALA Techは、九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センターが世界に先駆けて実現したOSLD技術の実用化を目指す、九州大学発スタートアップ。

同社によると、有機半導体レーザーは、無機半導体レーザーでは困難とされる「可視~近赤外域の任意の波長でレーザー発振」を可能とするものという。特に近赤外レーザーは、生体認証や光学センサーなどの分野で新たな応用展開が期待されるほか、柔らかい有機材料を使うことでフレキシブルデバイスへの利用にも適しているそうだ。

KOALA Techは、1日でも早い社会実装を目指し、これまでNEDO-STSをはじめ各種助成金制度を利用し近赤外有機半導体レーザーの原理実証(PoC)を進めてきており、可視・近赤外域のOSLD技術の開発に加え、有機レーザー素子の長寿命化に向けた新たな有機レーザー材料の開発にも取り組んでいるという。

また、近年高精細・フレキシブルディスプレイとして注目される有機EL素子(OLED)をはじめ、有機電子デバイスプラットフォームに高い互換性を備えるレーザー光源を実現するとしている。これによって、有機半導体デバイス分野における顧客へ新しいソリューションを提供するという。

関連記事
東証マザーズ上場の「QDレーザ」がメディアラウンドテーブル開催、事業内容や今後の戦略を紹介

カテゴリー:ハードウェア
タグ:KOALA Tech(企業)九州大学(組織)生体認証 / バイオメトリクス / 生体情報(用語)OLEDOSLD / 有機半導体レーザーダイオード(用語)資金調達(用語)日本(国・地域)