断片化された医療データの統合で患者の命を救え

医療制度が機能するかどうかは、患者に必要な一連の治療について適切な判断が下せるよう、医療従事者が適切なデータにアクセス可能かどうかにかかっている。

新型コロナウイルス感染症がまん延し、消費者の遠隔医療への適応が加速して多くの低コストプロバイダーによる治療が増えた結果、医療データは各所に断片化され、保存されている。そんななか、患者のカルテにアクセスして正確に健康状態を把握することがさらに重要になっている。

また開発者がデータにアクセス可能になると、新しいデータ統合サービスが生まれ、消費者は自分の健康をよりよく把握できるようになり、企業は健康を向上する新しいツールの開発機会を得る。

クリントン政権で可決された法律のおかげで、病院や緊急診療所(アージェントケア)などの医療制度では患者のカルテを何年も電子的に保管しているが、患者自身はそうした記録に容易にアクセスできない。これまでに制定されたいくつもの制度により、個人が自分の病歴にアクセスすることはほぼ不可能なのだ。

これこそが患者が最適な医療を受るまで大きな壁であり、今日までいくつもの企業が何度もそれを打ち砕こうとしては失敗し、がれきとなっていった。

だが、最近になってできた新しい規制により、電子カルテアプリの開発者は他のアプリケーションとの相互運用性を担保することが義務付けられ、他のアプリケーションからのデータアクセスを遮断することもできなくなった。こうした規制の変化により、新しいデジタルサービスの波が押し寄せる可能性がある。

少なくともニューヨークを拠点とするスタートアップのParticle Health(パーティクルヘルス)はそう望んでいる。このスタートアップは、元救命士でコンサルタントのTroy Bannister(トロイ・バニスター)氏と、PalantirやGoogleなどの企業で長年ソフトウェアエンジニアを務めていたDan Horbatt(ダン・ホーバット)氏によって設立された。

Particle Healthは、PlaidとStripeが金融サービス業界で行った改革を大いに参考にしたAPIベースのソリューションで問題に取り組んでいる。同社は、Menlo Ventures、Startup Health、Collaborative Fund、Story Ventures、Company Venturesといった企業からの出資や、Flatiron Health、Clover Health、Plaid、Petal、Hometeamなどからのエンジェル投資を受ける予定だ。

Isometric healthcare, diagnostics and online medical consultation app on smartphone. Digital health concept with a doctor standing on phone surrounded by assorted medical icons. Innovative technology

Image via Getty Images / OstapenkoOlena

「私がトロイに会って、彼らのビジネスについて説明を受けたときの最初のリアクションは、それは無理だろう、でした」とMenlo Venturesのパートナーで同社のライフサイエンス投資を先導するGreg Yap(グレッグ・ヤップ)氏は話す。「医療制度におけるデータ携帯性の簡易化にどれだけの困難があり、どれだけの税金が使われるのかは理解できましたが、この課題にはとんでもなく多くの障害があり、解決は極めて困難であるように思えたのです」。

ヤップ氏の会社、Menlo Venturesと同社への出資者を説得したものは、データの使用方法とアクセス方法を中心に、患者が選択できる形でデータの携帯性とプライバシーの両方を実現する可能性だったと話してくれた。

「サービスを実用的にするには携帯性を高くする必要がありますが、きちんと使用されるためにはプライバシーも確保しなければなりません」とヤップ氏。

医療データ統合サービスとして資金調達を達成したのは、同社だけではない。ウィスコンシン州マディソンに所在する、病院向けAPIサービスデベロッパーのRedox(レドックス)は、資金調達の終盤に3300万ドル(約35億円)を調達した。また別のAPIデベロッパーInnovaccer(イノベッカー)は、独自に投資者から1億ドル(約107億円)を調達している。

バニスター氏によると、これらの企業はそれぞれ医療産業におけるサイロ化したデータに関するさまざまな問題を解決している。「彼らの統合は病院での1対1の統合に重点を置いています」とバニスター氏。アプリケーション開発者はRedoxのサービスを使用して、特定の病院ネットワークからカルテにアクセスできるようになる仕組みだ。一方でParticle Healthのテクノロジーを使用すれば、開発者はネットワーク全体にアクセスできるようになる。

「彼らは病院と契約や同意を結んでいます。我々は食物連鎖のさらに上にいき、電子カルテについての契約を取るのです」とバニスター氏は話した。

Particle Healthが既存の医療制度の枠組みのなかでこれまでよりも自由にデータの取得と統合ができるようになった理由の1つは、2016年に成立した「21世紀の治療法(21st Century Cures Act)」だ。この法律により、CernerやEPICなどの電子カルテプロバイダーは患者データをサイロ化している障害物を取り除かなければならなくなった。もう1つは、2020年3月に成立したTEFCA(Trusted Exchange Framework and Common Agreement、個人の電子健康記録等を相互交換させる提言書)だ。

「成功を収めるために法改正を必要としている企業には通常賭けたくない」とヤップ氏はParticle Healthを取り巻く環境について語った。しかし、それでもデジタル医療の中核にある問題を解決する可能性のある企業に出資できるチャンスはこの上なく魅力的であった。

「とどのつまりは、消費者は自分のカルテにアクセスできるべきだということだ」と彼はいう。

電子カルテ

消費者がカルテにアクセスできるようになると、ウェアラブルデバイスが今以上に役立つ可能性がある。ウェアラブルデバイスと自分で収集した健康データ、そして医師が使用する臨床データをリンクさせ、診察や治療の判断を実際に行えるようになるだろう。今日市場に出回るほとんどのデバイスは、臨床的に認証されておらず、医療制度に本格的に統合されているわけではない。より良いデータにアクセスできるようになれば、両サイドに変化をもたらすことができるだろう。

「現在使用されているカルテの情報をデジタルヘルスアプリケーションに取り入れることができれば、これまでよりもはるかに効果的になるでしょう」とヤップ氏。「デジタルヘルスアプリケーションを使用して、医療制度で収集されたすべての情報にアクセスできるようになれば、患者にとっては非常に大きなメリットになり得ます」。

Particle Healthを企業価値4800万ドル(約51億円)相当と評価するこの投資により、同社はデジタル医療サービスの他の分野にもより積極的に取り組もうとしている。

「現在は遠隔医療に力を入れています」とバニスター氏。「我々は保険者の領域に移行しています。現状では、記録を必要としているサードパーティーにサービスを提供している状態です。患者は自分のデータの管理は望んでいるが、責務は望んでいないというのが我々の核となる考えです」。

同社の影響範囲は驚異的だ。Particle Healthは米国で作成された患者カルテのうちおよそ2億5000万件から3億件を取得できるとバニスター氏は見積もっている。「断片化の問題はほぼ解決しています。我々はほとんどの場所から情報を取得できるAPIを持ち合わせています」。

Particle Healthは現在までに、同社のAPIを使用する8社の遠隔医療およびバーチャルヘルスケア企業と契約を結んでおり、これまでに140万人の患者の記録を取得している。

「現在の仕組みでは、データへのアクセスを許可すると、そのデータは特定の使用目的のためにのみ使用されます。限定された1つの目的に対してのみ使用が可能です。たとえば、遠隔医療を受けたとします。医者が治療目的としてカルテを確認できるよう許可します。その後、それ以降の医者のアクセスを無効にできるような方法を弊社は構築したのです」。

またAPI開発業界におけるParticle Healthの同業者らも、データへのよりオープンでより優れたアクセスの力を認識している。「電子カルテには多額の資金と、多くの努力がつぎ込まれています」とInnovaccerのCDF(最高デジタル責任者)であるMike Sutten(マイク・サットン)氏は語った。

以前にKaiser PermanenteのCTO(最高技術責任者)を務めていたサットン氏は、医療テクノロジーをよく理解している。「これからの10年は、既存のデータすべてを活用しようという考え方の時代になるでしょう。医師たちへの恩返しとしてすべてのデータにアクセスできるようにし、かつ消費者や患者のことを配慮するべきなのです」

Innovaccerは医師や消費者のため、データを一元化する独自のツールを提供することを目指している。「データの抽出において摩擦が少なければ少ないほど、消費者や医師により多くのメリットを届けることができます」とサットン氏。

Particle Healthではすでに、APIによってアプリケーション開発者がツールを開発し、新型コロナウイルス感染症患者を管理できる方法や、同感染症流行による封鎖の現状を緩和する方法を見つける可能性について考えている。

「抗体検査やPCR検査を受けた場合は、そのデータにアクセスできるようにするべきで、またそのデータは多様に提供されるようにするべきです」とバニスター氏は語った。

「少なくとも患者の優先順位付けや認可を支援できるリスク指標要素はおそらく他にもあるはずです。この患者は隔離されたことがあるのかとか、この患者は過去数か月の間に通院した履歴はあるのかといったことが、一般的な検査における決定的な解決策と、検査能力に欠けている現実の隙間を埋めることができるのです」。

「我々はこうした公衆衛生への取り組みに力を注いでいます」とバニスター氏は言う。ソフトウェアが消費者健康産業に浸透しはじめれば間もなく、同社の技術や他の類似サービスが、国内最大級の企業による民間医療イニシアチブの裏で利用されることだろう。

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Category:ヘルステック

Tags:Particle Health 医療データ 遠隔医療

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(翻訳:Dragonfly)

全医療データの統合を目指すサンフランシスコ拠点のスタートアップInnovaccer

医療分野で働くテクノロジー企業にとって至高の目標は、全医療データのゲートウェイになることだ。EpicやCernerといった伝統的データプロバイダーは、病院ネットワークにアプローチしてデータをかき集めようと試みている。Google(グーグル)やSalesforce(セールスフォース)も関心を持っている。誰もが医者や病院のための医療データの整備と管理の元締めになりたがっているのだ。米国サンフランシスコのスタートアップで最近7000万ドル(約76億8700万円)を調達したInnovaccer(イノベッカー)もその1つ。

今回出資したのは、Steadview Capital、Tiger Global、Dragoneer、Westbridge Capital、アプダビの投資会社であるMubadala Capital、Microsoft(マイクロソフト)の投資部門であるM12。いずれも資金力がある投資家だが、Innovaccerは病院や医療システムの分野でデータ分析とデータ管理プラットフォームでかなりの実績を上げている。

同社のソフトウェアは、CernerとEpicが生成した医療記録や保険会社、薬局などのデータを集約し、より総合的な患者情報を作りだすと同社は説明する。同社によると、2014年の創立以来、Innovaccerは380万人の患者の医療情報を提供し、医療管理システムの費用を4億ドル以上節約してきたとのこと。

「医療を患者中心にし、情報を整理しアクセスしやすくするためにはやるべきことがまだたくさんある。受診プロセス全体を通じて、患者のデータをシームレスに利用できるようにすることが重要だ」とInnovaccerの共同創業者でCEOのAbhinav Shashank(アビナフ・シャシャン)氏が声明で語ってる。「Innovaccerは素晴らしい顧客が関わっているデータの共用が可能な医療情報システムを利用できる幸運に恵まれた。医療業務を手助けするためのビジョンには、オープンでつながっているテクノロジーのフレームワークが必要だ。我々は、その変革を推進する顧客たちにテクノロジープラットフォームを提供する最先端で働けることを大いに喜んでいる」。

同社のテクノロジーは、200以上のAPIを通じて、健康保険、初期治療提供者、薬局、研究所、病院などからデータを集め、それを2万5000カ所の医療機関に提供している。この数値を今後数年のうちに、医療記録1億件以上、医療機関50万カ所以上へと増やすことが望みだ。壮大なゴールだが、それは25億ドルのヘッジファンドであるSeadview Capitalの創業者であるRavi Mehta(ラビ・メタ)氏の心に訴えるものだった。

「つながっているケアフレームワークと、最先端のデータ集約・分析プラットフォームを組み合わせることによって、彼らは患者記録を統合し、医療チームが患者治療の新しいレベルを達成できるようにした」とメタ氏は言った。「我々は,これによって最大限の効率が得られ、よりよい治療が可能になり、将来の医療費全体の削減に役立つと信じている」。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook