累計調達額438億円のスタートアップが集う、口外無用の起業家コミュニティ「千葉道場」

ここに1つの血判状がある。「千葉道場NDA」と呼ばれるこの書面は、これからその会場で話される内容を一切口外しないという誓いを表したものだ(血判状とは言っても、指につけるのはインクだから安心してほしい)。徹底した秘密主義で作られるこのコミュニティこそが、個人投資家の千葉功太郎氏が主催する「千葉道場」だ。

口外無用、秘密のコミュニティ

3月9日、千葉道場が湯河原で開かれた。スタートアップ40社、総勢83名が参加したこのイベントは、今回で7度目の開催となる。参加者は全員、主催者の千葉氏が投資するスタートアップの経営幹部たちだ。千葉氏は、2001年にケイ・ラボラトリー(現在のKLab)取締役に就任。その後、2008年にコロプラを設立した。副社長として同社を一部上場まで導いたのち、個人投資家やドローンファンドのパートナーとして活躍している。

千葉道場の集合時間は、午前8時30分。会場は湯河原駅から少し離れた場所にあるので、東京から参加する起業家たちの朝は早い。遅刻せずに参加できるかどうか。それが起業家に与えられた最初の試練というわけだ。ちなみに僕の家からだと、午前5時には家を出なければいけなかった。

午前9時、研修施設のホールを貸しきったメイン会場に千葉氏が「KINTONE」と呼ばれるセグウェイ型の乗り物に乗って現れた。マイクを持った千葉氏は、「千葉道場では、全員が自分が持っているノウハウを他人に分け与えるGiver(ギバー)という気持ちで参加してほしい。全員が秘密を守ることで、本当のGiveができる」と語った。

写真:Masanori Sugiura

その後、マッサージや正しい姿勢を保つことでカラダと精神を整えるという、早い朝にぴったりなセッションが開かれたが、僕たちが参加できたのはそこまで。その後は別に用意された控室で待機するように命じられた。その後のすべてのセッションで立ち入り禁止ということだ。

湯河原まで来て何も聞けないというのは僕たちにとっては正直残念な話ではあるが、「話すのも起業家、聞くのも起業家」という環境を徹底して作ることによって、自分たちの生々しい経験を他の起業家に共有することができるという。会場の中では、「NDAを結んでいたとしても話せない、個人的な話」(千葉氏)が共有されるのだ。後半には「しくじり先生」と呼ぶ定番セッションがあるそうで、そこでは起業家が自分たちの失敗を赤裸々にさらけ出し、他の参加者はその失敗談から学ぶ、過去には、その話を聞いて参加者が涙するということもあったそうだ。

スタートアップの採用やマネジメント、資金調達の詳しい方法論が文章化されているものは少ない。一般論として述べられたものはあるが、起業家たちが本当に知りたいのは経験に基づくリアルな情報であり、そこから学べることは多い。

千葉道場の前身となるコミュニティを立ち上げたのは、アオイゼミCEOの石井貴基氏と、ザワット代表取締役CEOの原田大作氏。今では無事イグジットを果たした両氏だが、創業当時は起業家としての課題や苦悩を共有できる友人がいないことに辛さを感じていたのだという。石井氏は、「スタートアップが成長していく過程で起こる問題は共通している。千葉道場ではその問題について赤裸々に話すことができる」と話す。原田氏は、「今でこそ『起業のファイナンス』(磯崎哲也著)があり、起業家は資金調達について学ぶことができる。でも、当事者だからこそ“ぶっちゃけた”話ができる場所は欲しかった」と語った。

写真左より、ザワットCEOの原田大作氏、千葉功太郎氏、アオイゼミCEOの石井貴基氏

参加者のあいだで引き継がれるノウハウは、確かに彼らの糧となっているようだ。千葉氏によれば、変化の激しいスタートアップ業界において、コミュニティに参加するスタートアップが倒産したという事例はこれまでないという。2017年8月から2018年2月末までの半年間で、参加企業の累計調達金額は119.9億円(エクイティは81.3億円、デットは38.6億円)、累計額では438億円にまで達した。

お金はまわり、人は財産として残る

千葉氏は個人投資家だ。リスクを引き受けてみずからの資金を投じる投資家にとって、リターンを生み出すことは使命だ。千葉氏も、「僕は数百倍のリターンを求める投資家だ」と明言している。でも、千葉道場を取材して感じたのは、その金銭的なリターンを超えた何かを千葉氏が求めているということだった。

千葉氏は、「せっかく起業家という道を選んだのであれば、自分たちが感じている社会的課題をみずからの頭で考えて解決する起業家になってほしいと思っている。千葉道場から、大好きな日本を元気にしてくれるようなメガベンチャーがたくさん誕生させたい」とコニュニティに参加する企業への想いを語った。

「僕がいま持っているお金は、すべてインターネット業界から受け取ったもの。これは還流させるべきお金だと思っている。大きなリターンを求めるのは、それだけ多くのお金をエコシステムに還流させたいからでもある」と千葉氏は話す。その言葉のとおり、コミュニティにはエグジットを経験した起業家も参加していて、彼らへの投資から得たリターンが、新たに参加した若い起業家に投資されている。

お金が千葉道場の中でまわり、参加者である人が財産として残る。そして、その起業家たちが次の世代へと知識や知恵を引き継いでいるのだ。

写真:Masanori Sugiura

5年以内に“ドローン前提社会”がやってくる――千葉功太郎氏が新ファンドを立ち上げたワケ

Drone Fundの千葉功太郎氏

コロプラ元代表取締役副社長であり、個人投資家として活動を続けていた千葉功太郎氏。同氏がドローンスタートアップに特化した投資活動を開始する。ドローンスタートアップに特化した投資ファンド「Drone Fund(ファンドの正式名称は「千葉道場ドローン部1号投資事業有限責任組合」以下、ドローンファンド)」を6月1日に立ち上げた。

ファンド規模は約10億円。Mistletoe代表取締役社長兼CEOの孫泰蔵氏ほか、著名投資家複数人が出資する。千葉氏は経営者、投資家として活動するかたわらで、140時間以上のドローンの飛行経験を積み、個人で20台以上のドローンを保有。国土交通省の全国包括飛行許可(改正航空法の制限を超えて人口集中地区などでドローンの飛行が可能)を取得しているという、いわばドローンのスペシャリスト。ドローンファンドではそんな千葉氏に加えて、ORSO代表取締役社長の坂本義親氏、日本マイクロソフト業務執行役員の西脇資哲氏、クリエイティブホープ代表取締役会長の大前創希氏、アスラテック ロボットエバンジェリストの今井大介氏、慶應義塾大学メディア研究学科特任講師の高橋伸太郎氏、執筆・IT批評家の尾原和啓氏というドローンに精通した6人が投資先企業を支援する。また、リバネスと提携し、同社がネットワーク化する研究者・町工場とのプロダクト開発についても視野に入れていく。

ドローンファンドの立ち上げに先立ち、5月30日には会見を開催。合計11社のドローンスタートアップへの出資(1社非公開)を発表した。各社の概要は以下の通り。

Dron ë motion(ドローンエモーション):ドローンを使った観光PR空撮、パイロット養成
アイ・ロボティクス:ドローン技術の市場調査やインテグレーション、高度常駐型ドローンの研究開発
ドローン・ジャパン:稲作に特化したドローン農業リモートセンシングサービス
ドローンデパートメント:ドローン専門の人材派遣・紹介・ダイレクトリクルーティング事業
CLUE:産業用ドローン自動運転・遠隔制御ソリューション提供
エアリアルラボ:ドローン技術の市場調査、インテグレーション、有人ホバーバイクの開発
かもめや:ドローンを使った陸・海・空の無人物流プラットフォームおよびドローン開発
FPV Robotics:ドローン協議会の企画・運営、パイロット養成
Drone IP Lab:ドローンファンド投資企業先の特許の共同出願・管理・販売等
yodayoda:非GPS環境下でのドローンの自己位置推定技術を開発

 

Drone Fundの投資企業と領域

ドローン市場、「ネットバブルの頃と似た雰囲気」がある

日本での法整備(改正航空法)以前から個人でドローンに注目しており、事業者以外では珍しいドローンパイロットの資格を取得した千葉氏。母校の慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(以下、SFC)で、OBとしてドローンの授業を受け持つことに。「もともと、ゲームの授業で学校側から打診があったのですが、時代の流れ的にドローンだろう、と。そう思い、学校に提案したら、ドローンについて教えることになったんです」(千葉氏)。その授業は結果的に盛況だったようで、大きな話題になったという。

こうした成果が認められ、今度は大学と民間企業が連携し、“ドローン前提社会”実現に向けて共同研究を行う「慶應義塾大学SFC研究所 ドローン社会共創コンソーシアム」の立ち上げメンバーに加わることを打診され、これを快諾。ドローンが当たり前のように空を飛び、万人に受け入れられている“ドローン前提社会”の実現に向け、インターネットに安定して接続する方法の確立や、法の整備に取り組んでいるそうだ。

千葉氏がドローンで撮影した写真

「個人的には、インターネットに接続されたドローンが当たり前のように空を飛んで、モノを運んだり、監視をしたり、それをクラウドで管理できる『ドローン前提社会』が5年以内に実現すると思っています。この2年でドローンの面白さや可能性に気づけましたし、何より社会的認知が広がり、いよいよ産業として伸びる芽が出てきた、と感じています」(千葉氏)

当初ドローンといえば、首相官邸に墜落するといった報道が先行したこともあって、規制の対象となり、ネガティブなイメージがないわけではなかった。しかし、千葉氏によればこの2年間で規制ではなく利活用に注目が集まり始め、ドローン事業を手がけるスタートアップも増えてきているという。

国内のドローンサービス市場の成長予測

「インターネットで例えるなら、1999年くらい。個人的にはインターネットバブル前夜のようなイメージが、今のドローン産業にはあります。(インターネットと)同じように社会のインフラになるもの。これまで活用されていなかった、日常生活と密着している地上150メートル以内の空域をドローンなら上手く活用できる。IoTデバイスが、インターネット上のパケットのように飛び交う。今は『荒唐無稽じゃないか』と言われるかも知れませんが、ドローンでいろんなビジネスが立ち上がる予感がしています。ドローンは社会の隅から隅まで入り込んでくでしょう。だからこそ今全力で突っ込んでいるのです」(千葉氏)

また、千葉氏は日本というマーケットが持つ可能性にも着目しているそうだ。今はまだ、中国やフランスに比べてドローンの活用が進んでいない“ドローン後進国”の日本だが、これまでにものづくり大国として築き上げてきたハードウェア、ソフトウェア両方の技術力がある。これを統合的にプロデュースしていくことができれば、日本にもチャンスがあると語る。

インターネット産業と同じくらい大きくなるかもしれない。ドローン産業の可能性に魅せられたからこそ、千葉氏はこのタイミングでドローンスタートアップに特化したファンドを立ち上げ、投資活動を開始したというわけだ。現在のドローン市場は、ドローンメーカーDJIを中心に、中国がシェア8割強と言われている状況。対して日本のシェアは基礎技術こそあるモノの、1割にも満たない状況。千葉氏は会見でもドローンスタートアップのハード、ソフトを連携させ、いわば1つの「日本ドローン株式会社」として、日本発世界に挑戦していくと語っていた。

スタートアップと投資家をつなぐ役割に

すでに11社への投資を発表しているドローンファンド。投資先に対しては、千葉氏のエンジェル投資先の起業家限定コミュニティ「千葉道場」のノウハウを活用し、ドローンスタートアップの起業家に資金調達の方法や経営の手法など、会社を大きくしていくためのメソッドを教えていくそうだ。

実際、ドローンファンドの投資先メンバーは、研究職出身だったり、ラジコン関係のメーカーだったり、軍事関連だったりと、いわゆる「テック業界」とは異なる畑の出身者が多い。そのため、資金調達し、レバレッジをかけるという手法について知らないことも多いのだという。「ドローン産業を育てていくためには、インターネット企業が培ってきたメソッドを伝えていく必要があると思っています。そうしなければ、『素晴らしいけれど小さな会社』で終わってしまう可能性がありますし、何より産業が成長していかない」(千葉氏)

また、千葉氏は「ドローン産業には興味があるけれど、個別に投資をするのはちょっとリスクがある。そんな投資家とスタートアップをうまくつなげる役目も果たせらばいいな、と思っています」とも語る。同ファンドはスタートアップと投資家をつなぐ、橋渡しのような役割を担っていくことも想定している。

また、ソフト、ハードと多岐にわたる技術を開発するには、ネットサービス以上に知財管理の重要性が増してくる。そこで投資先でもあるDrone IP Labを通じて投資先の特許を共同で出願したり、特許の管理・売買をすることで、スタートアップ単体では実現できないIP戦略を実現していく。

最後に千葉氏がドローンで撮影した動画をリンクしておく。記事で紹介した写真とあわせて、まずはドローンを使って何が実現できるのか、想像してみてほしい。