住宅ローン借換「モゲチェック」のMFSがシリーズAで2億円を調達

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MFS創業者の中山田明CEO

住宅ローン借換サービスを提供するFintechスタートアップのMFSが今日、グロービス・キャピタル・パートナーズからシリーズAラウンドとして、8.5億円のバリュエーションで総額2億円の資金調達をしたことを発表した。

MFSは2015年6月に住宅ローンの借換メリットをカンタンに計算してくれるアプリ「モゲチェック」をローンチし、その後の2015年9月にマネックス、電通デジタル・ホールディングス、電通国際情報サービス(ISID)の3社から総額9000万円の資金調達。2016年3月には専門家が借り換えのコンサルティングと、ローン申請代行をしてくれるリアル店舗窓口の「モーゲージ・ネクスト」を東京・京橋に開設している

今回の資金調達では、前回のCVCからの調達ラウンドと違って独立系VCがリードしている。これにはギアチェンジの意味もある。MFS創業者の中山田明CEOによれば、「明確に(エグジットのタイムリミットとなる)おしりが切られている。われわれは3年後の上場を目指します。2022年に上場のめどが立たなければ事業売却に同意するという投資契約になっている。独立系VCには経営的なサポートも期待している」と話している。

対人コンサルで借り換えのCVRは6〜7割

MFSのビジネスモデルはローンチ時から変化している。

もともとはアプリによる銀行へのローン申し込み顧客の送客により銀行側からフィーを受け取るビジネスモデルでスタートしたが、現在はリアル店舗へ収益モデルを変えている。以前TechCrunch Japanでも書いたことがあるが、住宅ローンにおける最も有利な借り換え条件の発見というのは面倒なシミュレーションを必要とする話。MFSでは随時金融機関の住宅ローン商品の情報を更新しているデータベースを使ったシミュレーションツールを自社開発して、このツールを見ながら借り換え希望者の相談に乗る窓口業務のモーゲージ・ネクストを3カ月ほど前に開始している。申請は複数行に対してMFSが代理で行ってくれるので、利用者は審査が通った最も条件の良い住宅ローンを選択できる。MFSのマネタイズは実際に借り換えをした顧客ごとに一律20万円のフィーを受け取るというもの。

中山田CEOによれば、4月から業務を開始した京橋店では、毎月50件前後の面談予約が入っていて、来店者で借り換えメリットがある人のうち6〜7割が実際に借り換えをしているという。来店者は日時を設定して専門家の話を聞きに来るくらいなので借り換える気があるのだ。コンバージョン率はかなり高い。残り3〜4割の離脱している人というのはローン審査に通らなかったか、自分で申請をする人ではないかという。

1件20万円、コンサル1人が5件やれば単店舗イーブン

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京橋の相談スペース

京橋の店舗では黒字化が見えている。

1カ月に50面接で30成約とすると600万円の売り上げになる。現在モーゲージ・ネクストの京橋店には、元銀行融資担当者など7人の専属コンサルがいる。人件費と店舗賃貸料で恒常的に月750万円ほどのコストがかかっている。つまり、1カ月で35件の成約が取れるとブレークイーブンだ。コンサル個々人で成約率に差はあるものの、コンサル1人あたり月5件という収益化ラインは、もう見えてきてるという。

第1号店の黒字化が見えていることもあり、調達した資金を使ってまずは東京各地、それから地方都市への店舗展開を進めていくという。「住宅ローンは地域性があります。各地の金融機関と密に連携していく」(中山田CEO)。支払いを残す住宅ローンは現在市場で1200万件あり、このうち600万件ほどが100万円以上の借換メリットがある潜在顧客層とMFSでは計算している。

アプリ収益化からリアル店舗へと軸足は移ったが、来店を促すのに一番効率的なのはモバイルアプリのモゲチェックであるため、今後も接客ボット搭載など機能強化を計画しているという。

個人の信用情報や審査ノウハウが蓄積

興味深いのは、銀行ローンの審査ロジックの知見や統計といったデータがMFSに蓄積しはじめていることだ。「これは実はどこも持ってないデータなんです」(中山田CEO)。年収や職業形態、勤続年数など「外形」によって審査に通りそう、通らないというのは、だいたい分かる。例えば、会社員で勤続5年で年収が600〜700万円のレンジなら変動金利で0.5%で、いくら借りられるといったように。

ただ、銀行によってローンの審査ロジックは結構ちがう。「無担保ローンが3つ」など一発で審査がアウトというのもあるそうだ。MFSは各銀行と話をしているうちに、そうした条件がだんだん分かって来たという。審査時に家族の構成を書かせる銀行もあれば、そうでないところもある。配偶者(多くは妻)の就業状況や子どもの年齢を聞いて家庭のキャッシュフローを推定しているところもある。

こうした審査基準に関する知見の蓄積があると、例えば60歳でローンを組む人が難しい人であっても、どういう条件を揃えると、どの銀行のどのローンの審査に通るといった「銀行への見せ方がより分かってくる」(中山田CEO)。これは結構おもしろいことで、MFSの顧客からみれば受験の合否判定のように、あらかじめ自分が通りそうな最も有利なローンが分かるということ。銀行からしても審査基準を満たさない申し込みが減って審査に受かる申込者が増えるのは良いことだ。借り換え申し込みの精度が上がっていくので、MFSは10月には借換だけでなく、新規借入時のコンサルへも業容を広げる予定という。いったんどこかの金融機関の審査にパスしている人に借り換えさせるのに比べると、新規借入のほうがずっと緻密な精度が必要。ハードルが高いそうだ。

ところでローン審査時に個人の信用情報を照会する先として、信用情報を扱うJICCCICKSCなどが従来からある。これらの機関は、カード、銀行など業界ごとに企業らが顧客情報を持ち寄って作ってきたデータベースと照会サービスを提供している。ただ、総量規制順守のために貸付総額上限を企業間でクロスチェックするためのデータ共有こそ一部で行っているものの、こうした機関が業界の壁を超えて情報を共有しあうインセンティブはない。一方、もしMFSのように独立した立場で個人の信用情報を蓄積していけるとすると、例えば顧客のクレジットに応じたプライシングなど将来的には違った価値を提供できる可能性がある。これはこれでFintech企業らしい発展もありそうだ。

(情報開示:MFS中山田明代表と、この記事を書いたTechCrunch Japanの西村賢は子どもを介した数年来の友人)

経済圏の拡大に向けてハンドメイド作品のマーケットプレイス「Creema」が総額11億円を調達

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ハンドメイド作品のマーケットプレイス「Creema」を運営するクリーマが総額11億円の資金調達を実施したことを発表した。グロービス・キャピタル・パートナーズをリードインベスターとし、既存株主のKDDI Open Innovation Fund、SMBCベンチャーキャピタル、そしてクリーマ創業者の丸林耕太郎氏が出資している。今回、ファウンダーで代表取締役社長を務める丸林氏に話を聞いた。

Creemaはクリエイターがハンドメイド作品を掲載し、買い手は気に入った商品をサイト上で購入できるC2Cマーケットプレイスだ。作品カテゴリーや素材、モチーフ別に240万点以上の掲載作品からお目当てのものを探したり、気に入った作家をフォローしたりすることができる。アクセサリーや時計などのファッション雑貨が多いが、陶器や家具、アート作品などもある。2016年4月からは食品の取り扱いも始めている。

クリーマ創業者の丸林耕太郎氏

クリーマ創業者の丸林耕太郎氏

Creemaの理念は「ものづくりを頑張っている人がフェアな評価を受けられるサービスであること」と丸林氏は言う。丸林氏は学生時代、DJや楽曲製作など音楽活動に打ち込んでいたと話す。そこでは音楽やファッション関係のクリエイターとの接点が多くあったが、実力があって努力していても、必ずしもそれが収入や評価に結びつくものではないという状況に違和感を感じたという。丸林氏はセプテーニ・ホールディングスを経て、独立した。新規事業を考える際、数あるアイディアの中からハンドメイド作品のマーケットプレイスに取り組むことに決めたのは、クリエイターの才能や頑張りが正当に評価される環境ができると感じたからだと話す。作品の評価は主観的なもので、見る人によって価値を感じるものは違うだろうが、買い手と作品が直接つながることで、より多くの作品が評価されることになると丸林氏は説明する。

Creemaで掲載している作品の一部

Creemaには現在6万人ほどのクリエイターが登録している。クリエイターは趣味としてものづくりをしている人や美大生などが多いそうだ。中には、趣味と副業を兼ねて作品をCreemaに出品していたものの、人気が出て、ものづくりを専業にするために独立した人もいると丸林氏は話す。ハンドメイド作品と言えば低価格だと思われがちだが、Creemaには高額商品も多いそうだ。サービスを開始した当初、インターネットで作品を買う人なんていないと思われていたと丸林氏は言う。しかし、今ではCreemaの作品は安いから購入されているのではなく、良い作品であれば5万円、10万円でも購入につながることが分かってきたと丸林氏は話す。

Creemaバッグ特集

上記はCreemのバッグ作品の特集だが、5000円の帆布トートバッグから2万円のカゴバッグといった高単価のものも並んでいて、どの作品のデザインも仕立ても良さそうな印象だ。

Creemaは2010年5月にローンチし、2014年6月にはKDDI Open Innovation Fundから1億円を調達した。Creemaはクリエイターの売上高に基づき、8%から12%の成約手数料を得るモデルで運営している。出品自体は無料でできる。Creemaの流通総額は年間450%以上成長し、5年連続の成長を果たしたと丸林氏は説明する。

この成長の理由は、買い手のハンドメイド作品に対する価値観が変わってきていることも影響しているのではないかと丸林氏は話す。例えば時計を買うにしても、ブランド商品より世界に1つしかない作品やクリエイターのこと、あるいは作品のストーリーを知った上で気に入った商品を購入することに価値を感じる人が増えているのではないかという。Creemaでは、買い手がクリエイターに連絡を取ることもでき、作品に関する質問をしたり、オーダーメイドや発注数の相談したりといったコミュニケーションを通じてクリエイターのファン構築にもつながっているという。Creemaでは他にも5000名以上のハンドメイド作家が集まるイベント「HandMade In Japan Fes」を東京ビッグサイトで主催したり、常設ショップ「クリーマストア in ルミネ新宿2」を商業施設内に出店したりなど、リアルの場でも買い手とクリエイターの接点を作る施策を行ってきたという。

今回の資金調達ではマーケティング、開発、採用に力を入れる計画だという。クリエイターを支援する新規事業やサービスの海外展開も視野に入れているそうだ。ハンドメイド作品のC2Cサービスと言えばGMOペパボが展開する「minne」やNASDAQに上場し、日本からも利用できるニューヨーク発の「Etsy」などがある。競合は何社かあるが、丸林氏はこれまでCreemaがクリエイターにとって価値のあるサービスとして確立するためのサービス開発に注力してきたという。今回の資金調達、そしてリピーターからの購入が流通総額の大半を占めるようになったことを機に、今後マーケティング活動を強化してCreemaの経済圏を広げていく計画という。また、Etsyに関しては世界で初めてハンドメイド作品の経済圏を作ったことは尊敬しているとしつつも、C2Cでは買い手とクリエイターのコミュニケーションも重要であり、各地域に密着したサービスが台頭する余地もあると考えていると丸林氏は話す。

マネーフォワードが資金調達サービス開始へ、金融機関と提携して与信モデルも構築

中小企業の融資に関わる銀行業務で、マネーフォワードが与信サービス分野へ乗り出す一歩を踏み出した。

個人・法人向けのサービスを展開するFintechスタートアップのマネーフォワードは今日、新サービス「MFクラウドファイナンス」を夏に提供すると発表した。住信SBIネット銀行や静岡銀行など10行と資本業務提携(もしくは業務提携)し、ビジネス向けクラウド型会計ソフト「MFクラウド会計」などのデータを活用する。

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具体的にいうと、MFクラウド上の会計データを金融機関が閲覧できるようになるので、従来の書類審査に比べて大幅に効率化される。MFクラウドシリーズのユーザーは金融機関からの資金調達を従来よりも短期間で手間なく行える。マネーフォワードでは、データの信頼性向上のために会計事務所との連携も進めるという。

今回の資金調達サービスの対象利用ユーザー層は主に中小企業。企業規模は一概にいえないものの、マネーフォワードは「数百万円程度のトランザクションファイナンス」がターゲットとする層」となると説明している。

提携金融機関からみると、クラウド上に蓄積された日次の財務データ、入出金データ、請求データなどのリアルタイム性の高いデータを活用した新しい審査が可能となる。つまり、最初の一歩こそ審査処理にかかわる事務処理のオンライン化ということになるが、まず年内をめどに与信審査の自動化を目指すという。さらに、従来と異なる審査モデルの開発を進めれば、従来の与信の枠組みで貸付を行えなかったような中小企業などへの貸付など、金融機関から見た場合には資金提供先の拡大を期待できるだろう。

マネーフォワードと競合するクラウド会計の「freee」も銀行との連携は進めているし、銀行API開放の機運も高まっている。こうした企業の会計を可視化したプラットフォーム上での付加価値サービスは今後も増えそうだ。

今回、資本業務提携を発表したのは以下の金融機関:

静岡銀行/山口銀行/もみじ銀行/北九州銀行/東邦銀行/クレディセゾン

同じく業務提携を発表したのは以下:

住信SBIネット銀行/群馬銀行/滋賀銀行

連携する金融機関は以下:

みずほ銀行/GMOペイメントゲートウェイ

AIで発音や表現のレベルを診断、新英会話アプリ「TerraTalk」のジョイズが1.5億円を調達

元ソニーのエンジニアだった柿原祥之氏が2014年末に創業したジョイズは今日、AI英会話アプリをうたう「TerraTalk」のAndroid版をローンチした(iOS版は4月予定)。同時に、シードラウンドとして独立系VCのインキュベイトファンドから1.5億円の資金調達したことも発表している。

TerraTalkは音声認識や自然言語解析技術をベースに、利用者のスピーキングのレベルを「発音」「流暢さ」「表現」の3つに分類してフィードバックしてくれる。フィードバックというのは具体的には100点満点の点数付け。この評価をするのは人間ではなく、クラウド側のコンピューターだ。柿原CEOによればTerraTalkの技術的な差別化要因は、既存の言語解析エンジンを使うのではなく、先行研究を参照しつつ「音波→音素→単語→センテンス」といった音声認識のエンジンをエンド・トゥー・エンドで自社開発しているところだそう。なぜなら、既存の音声認識技術というのは実用でも研究でもネイティブが話していることを前提にしている。その前提で設計して研究データも集めているため、ノン・ネイティブ、しかも学習用途にチューニングしていくのは全然別の話なのだという。

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スピーキングのレベルを点数で評価

発音の良さの判定は音声認識エンジンによって、どれだけ曖昧さがなく聞き取れるかを基準の1つにしているという。また「表現」というのは、どういう構文を使っているのか、文法に間違いがないかなどを見ているそうだ。ローンチ時点でどの程度の精度でスピーキングレベルの判定ができるのか、ぼくはまだ見ていないので良く分からないが、自分のスピーキングに点数が付くことでゲーム感覚で繰り返し上達を目指すという動機付けの仕組みは分かりやすい。

柿原CEOは「ゆくゆくは採点だけではなく、指導がやりたい」と話す。特定の間違いのパターンについて、なぜ間違いなのか、どう直すべきなのかを指摘するような方向性だ。時制や冠詞、前置詞の誤りを指摘するなどは比較的やりやすそうだし、もし別の言い方を提示するパラフレーズのようなことまでが技術的に数年程度で実現可能なのだとしたら、これはとても面白いチャレンジになりそうだ。生身の人間の英語の先生がベストだとしても、AIで代替できる部分は大きそう。

いろんな役になりきって会話

どういう会話を吹き込むのかというと、「恋人との会話」「ウェイター」「ハリウッドスター」「ソフトウェアエンジニア」「婚活女子」「大学の新入生」「ホテル客室係」「空港のバゲージクレーム」などといったシチュエーションにに沿ったもの。それぞれのシチュエーションで「ロール」(役割)が設定されていて、TerraTalkを使った学習者は、役(ロール)になりきって会話の穴の部分を音声で埋めていく。対話は時間にして約2分。ユーザー側は7〜10発言程度で完結し、これを1レッスンとする。すでに書いたようにレッスン後には「発音・流暢さ・表現」が100点満点で表示される。

ローンチ時点では12のロールが用意されていて、それぞれに10〜15レッスンが含まれる。実は同じレッスン項目であっても会話の流れは枝分かれ状に分岐が起こる。事前に設定されたシナリオがあって、結末は結構違ってくるそうだ。例えば、恋人を怒らせてしまうこともあるんだとか。仕事関連だとミッションが完成するものが多いそうなので、ビジネスパーソンの営業トークの練習なんかには向いているのかもしれない。

ターゲットはグローバル、中級以上の英語学習者

ローンチ直前のデモ画面を見せてもらった感じだと、英語初学者には難しそうに見えた。初学者だと、そもそも何をどう言っていいのか分からずに画面の前で固まってしまうのではないかと思う。例えば、こんな感じだ。「空港で荷物がなくなりました、バゲージクレームで苦情を言います」というような前提が英語で表示される。続いて、いきなり空港スタッフに英語で話しかけられて、さあどうぞ何とか言って目的を達成してくださいという風に進む。模範解答や文例集はない。

ターゲットは「英語はいろいろやったけど1度挫折したくらいの人」や「グループ英会話をやっている人で会話量が足りていないと感じている人」などで、一定レベル以上の英語学習者。初学者向けには他に良いアプリもあるので、そこを超えた層に訴求していくという。

柿原CEOによれば、すでに会話練習など英語学習に取り組む人は国内に200万人いるそう。ただ、TerraTalkのシナリオ自体は英語ベースで対話が進むものなので、学習者の第一言語への依存度は低い。だからTerraTalkのターゲット市場はグローバルだ。まずは日本でローンチするものの英語で英語を学ぶ層に対してもリーチしていく。矢野経済研究所の調査(PDF)によれば国内大人向け語学教室は2100億円程度だが、ワールドワイドの英語学習市場は4.3兆円にもなるという。ソニー在籍時代に柿原CEOが個人で作っていた英語関連サービスはインドやパキスタンで人気となるなど、もともと日本国内だけを市場として見ているわけではないという。

ニッチなシチュエーションでもスケール可能という利点

TerraTalkが面白いのは、生身の英語の先生の劣化版というより、むしろ人間よりも有利なことがあるという点だ。

例えば、特定シチュエーションに対応できる人を探さなくて良いというマッチングの効率の良さがある。ローンチ時のロール数は12だが、年内には100程度に増やす。どんなニッチな話題であってもシナリオさえ作れば、労働集約型の英語学校と違って、いくらでもスケールできる。柿原CEOは「特定の職業に紐づくようなものは掘り下げたいです」と話していて、「例えば民泊のホストをやるために必要な英語ってありますよね。クレーム対応とか」と例を挙げる。人間の先生と違って同じロールプレイングを何回、何十回やっても退屈そうな顔をされずに済むということもあるかもしれない。

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ジョイズ創業者で代表の柿原祥之氏

柿原CEOの狙いは明確だ。「言葉はあくまでもツールなので、必要なシチュエーションだけでも使えるようになることが重要です。その上で何をするのかは人それぞれ。そこまでは誰でもできるようにしたい」という。例えば、これまでSkype英会話などでは、既存の教材やネット上の記事をシェアして先生とそれについて話すということになりがち。これだとトピックが一般的すぎて学習者のニーズを満たすとは限らず、なかなか日々の実用英語の場面で実力の伸びが感じづらいのが問題ではないか、ということだ。

TerraTalkは当初無償提供として、3カ月をめどにフリーミアムへ移行するそう。レッスン数が10以下なら無料で、それ以上は月額980円とする。年内50万DL達成を目標としている。

4年半のソニー在籍時代には後付型カーナビのソフトウェア開発に携わっていたという柿原CEOは、2014年末の起業時は27歳。16歳で日本の進学校を辞めて単身渡英。イギリスの高校、大学を卒業してソニーに新卒入社している。自身が英語を身に付けられたのは、そうした留学を許してくれた親や環境に恵まれたことがあるとして、「語学の習得は大博打になりがち」という現状を問題とみているという。留学のように思い切った時間的投資を必要とするからだ。そうではなく、英語学習を誰でもやろうと思えばできるという本当の意味での選択肢にしたいという。「どんな人でもできることが重要だと思っています。だからレッスンを続けられるといのを価値にして追求したいと思っていて、レッスンの終了回数をKPIにしています」

三井不動産が50億円のCVCをグローバル・ブレインと共同で設立

日本国内で事業会社がスタートアップへ資金を提供するためのファンドであるCVCファンドを設立する流れが続いているが、三井不動産も今日、総額50億円となるファンドの立ち上げを発表した。本業強化や事業領域拡大を狙う。東京・六本木で会見した三井不動産取締役専務執行役員の北原義一氏はファンド設立の意味合いとして「短期的な利益を追求するわけではない。リスクを取ってアントレプレナーと一緒に未来を作っていきたい」と述べた。

photo01「31VENTURES Global Innovation Fund 1号」と名付けられた新CVCはグローバル・ブレインと共同で設立したもの。運営期間は10年で、アーリーステージのスタートアップを中心にシード期からミドル期を投資対象とする。日本を中心に、北米、欧州、イスラエル、アジア諸国などで投資していくという。投資領域はバイオや創薬以外としていて、不動産、IoT、セキュリティー、エネルギーなどを例に挙げている。今回CVC設立に関わったグローバル・ブレインは300億円を運用する独立系VCであるほか、これまでにもKDDIやニフティと共同でCVCを設立してきた経緯がある。グローバル・ブレイン代表の百合本康彦氏によれば同ファンドの投資先では9件のIPOと21社のM&Aの実績がある。

これまで三井不動産はベンチャー向けオフィスを幕張、日本橋、霞が関、柏の葉などで運営してきた実績があり、これまで330の企業・個人が会員となっている。また三井不動産は、既存VCへのLP出資としては内外ファンドへも出資実績がある。国内ではジャフコ、ユーグレナやSMBC日興証券が立ち上げた次世代日本先端技術育成ファンド、そして海外VCだと500 StartupsやDraper Nexus Venturesにも出資してきている。

今回は三井不動産は社内でバラバラに動いていた関連メンバーを集約した形だ。今後は資金、コミュニティー、三井不動産が持つアセットやリソース、社外専門組織による支援の3つの柱で、新産業創出をサポートしていくという。三井不動産が持つアセットというのは具体的には、住まい、ショッピングセンターやリゾートホテル、オフィスビル、物流施設など顧客接点などが含まれる。これが起業家にとって有効なプラットフォームとなるのではないかと話す。たとえば、「三井のリパーク」の駐車場において、三井不動産が直接出資しているクリューシステムズの高機能セキュリティ機能を導入決定したことや、コワーキングスペース「Clipニホンバシ」でフォトシンスのAkerunの実証実験を行ったこと、Asia Research Instituteというスタートアップの位置情報アプリを実用化に向けて豊洲で実証実験するといった取り組みを行っているそうだ。

大手不動産デベロッパーはどこも、成長性の高いスタートアップ企業群の誘致に向けて動いてるし、これまでの三井不動産の取り組みを見ていると、今回の三井不動産のCVC立ち上げは、ほとんど既定路線だったようにも見えるくらいだ。ただ50億円というのはCVCとしても比較的大きいし、踏み込んできた印象もある。

2015年以降に組成されたCVCファンドには、2015年1月設立のYJキャピタルの200億円の2号ファンドや楽天が2016年1月に設立した100億円のCVCが規模の大きい。このほかLINE Venturesや富士通、電通ベンチャーズ、テンプホールディングス、朝日放送などが10〜50億円のファンドを設立・組成している例がある。

マネーフォワードがRuby言語(オープンソース)の「パトロン」に

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Ruby言語のコア開発、卜部昌平氏(左)とマネーフォワード代表の辻庸介氏(右)

個人・法人向けの資産管理サービスを提供するマネーフォワードが今日、「フルタイムRubyコミッター職」として、Rubyコア開発者の卜部昌平氏(うらべ・しょうへい)を迎え入れたことを発表した。オープンソース開発者2人を「技術顧問」「Rubyコミッター職」として採用するということは、すでに2015年12月に発表済みで、TechCrunch Japanでも記事にしている。今回はRubyコミッター職に就任するとしていたのが卜部氏で、正式に3月本日付けで入社したという発表だ。

Rubyは日本生まれのプログラミング言語として、特にネット系企業で世界的にも人気が高い。卜部氏はこれまで過去に各Rubyのバージョンごとに選任される「リリースマネージャー」を担当するなどRuby開発チームの中では広く知られたベテランのソフトウェア・エンジニアだ。直近はDeNAでエンジニアをしていて、空き時間にボランティアでRubyの開発やRubyKaigiなどRuby関連イベントの開催に携わってきた。

そんな卜部氏は今後、マネーフォワードのプロダクト開発には関わらず、Ruby言語の開発に専念するという。

日本企業、それもリソースに余裕のないスタートアップ企業が本業に関わらなくて良いから基盤技術であるプログラミング言語の開発だけに専念してくれ、というのは、かなり思い切った施策と言って良いだろう。マネーフォワードは何を期待しているのだろうか? マネーフォワード代表取締役社長CEO 辻庸介はTechCrunchの取材に対して、以下のように話した。

「当社の直接的な業務に携わるわけではありませんが、社内のエンジニアとのコミュニケーションは大事だと思っています。基本的には社内に来て頂いて、(社内)勉強会とかにも、どんどん入っていただきたいなと思っています」

「すでに技術顧問として入っていただいた松田氏には技術的なところはアドバイスをしてもらっています。メンタリングのようなこともやっていただければと考えています。弊社のエンジニアと一緒にそのまま飲みに行ったりしていますし、開発の最前線の人と話をするのは健全なことだと思っています」

やはり今後のエンジニア採用にプラスの施策という認識だろうか?

「進んでる会社とか、スタートアップのように先を行ってる会社ではRubyエンジニア獲得は激戦になっています。エンジニアが働きたいと思う会社ってお金とかじゃないと思うんですよね。サービスを通して世界を良くできるのか、どういうメンバーが働いているか、自分はそこにいることでスキルが上がっていくのか。卜部さんとか松田さんが来るのはエンジニアにとって魅力的」

トップエンジニアがいる会社には良い人材が集まる。そうだとしてもリソースの限られたスタートアップ企業で、オープンソースプロジェクトの「パトロン」となるのは厳しいのではないか。マネーフォワードは社員数135人、エンジニア比率は4割程度だ。どうやってステークホルダーを説得したのだろう。

「ペイするかというと分かりません。コスト負担は大きいです。ただ、これはきれいごとかもしれませんけど、タダ乗りってフェアじゃないよねと思っているんです。アメリカにMBAを取りに行っていたときにコントリビューションということを、すごく言われたんです。自分が所属する世界に対して何を貢献するのか、と。コミュニティーに協力して貢献する。青臭いかもしれませんけど、そこの思いから始めています。もちろんVCや株主から出資してもらっているので取締役会でも議論しました。思いと狙いのバランス、実利と両方です」

フルタイムでRuby開発に携わっているのは、Rubyの生みの親であるまつもとゆきひろ氏のほかに、Salesforce傘下のHerokuが抱える笹田耕一氏、中田伸悦氏がいる。今回卜部氏がフルタイムとなることで、Ruby開発は加速するのだろうか? 卜部氏はTechCrunchの取材に対して「Rubyの開発はもちろん加速すると思います」と明言した上で、今回の「フルタイムコミッター職」というパトロン形式での採用について以下のように話した。

「開発者を丸ごとパトロンするという認識だと、(世界的にも)珍しいと思います。ただ研究開発職と考えるとどうでしょうか。最近でこそ不景気な話も聞きますが、昔から大手企業にはプログラミングに限らずいろいろな分野の研究所で開発する研究者などがいるかと思います。そう思えばさほど違わない境遇の人は、知られていないだけで案外いたかもしれません。今回の場合は研究職との違いはオープンソースにコミットすること、だと思います。インパクトのある仕事をすることが求められているという点では一緒でしょう。自分の場合はインパクトファクターのような指標ではなく、実際のコードで、ということですね」

「最近はオープンソース開発がただの一過性の流行などではなく、企業の競争力の源泉として認識されてきているかと思います。最近でもMicrosoftが.NET CLRをオープンソースにしていたり、あるいはAppleがSwiftをオープンソースにしていたりします。このように、企業がコアコンピタンスとしてオープンソースを位置づけることはもはや珍しくないし、その中で開発力をどのように得ていくかということで、オープンソースを常時開発して、企業に貢献していく開発者という働き方が、以前よりは増えているのではないでしょうか。一般的とまで言えるかは分かりませんが」

「いま、国内でもオープンソースを技術力の源泉として『利用』している企業は、結構増えてきてると思います。これからはさらに一歩先、オープンソース『開発』を自社の技術力の源泉としていく企業が増えてほしいです。望む未来を実現するには発明してしまうのが一番早いとも言います。企業の側からのメリットはそこにあると思います」

「今回は自分としてもチャレンジングな仕事をオファーしていただいたと思っています。働き方のモデルケースとなれるように頑張っていきたいです。後に続く人が増えてほしいと思います」

電力スタートアップのエネチェンジが4億円を調達、提携によりスマートメーターのデータ解析も

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いよいよ4月には電力自由化がスタートし、ユーザーは自らの生活スタイルや用途にあわせて電力会社やプランを選択できるようになる。この領域に挑戦するスタートアップの1社で、電力の価格比較サイト「エネチェンジ」を手がけるエネチェンジに動きがあった。

同社は2月16日、環境エネルギー投資および日立製作所を引受先とした総額4億1850万円の資金調達を実施したことを明らかにした。あわせてケンブリッジ大学発の産学連携ベンチャーであるSMAP Energyと提携。同社の日本展開の独占利用権を取得した。

エネチェンジは2015年4月の設立。サービスローンチ時の記事でも紹介したとおりだが、エプコ代表取締役 グループCEOの岩崎辰之氏や英・ケンブリッジ大学の卒業生らで立ち上げた「Cambridge Energy Data Lab(ケンブリッジエナジーデータラボ)」からMBOしている。

価格比較サイトのエネチェンジは現在月間180万UU。「エイチ・アイ・エスや東急電鉄グループなど、生活系企業が参入するなど、予想以上に多様な事業者が集まったこともあり、当初の目標以上の注目を集めている」(エネチェンジ)という。

今後はエンドユーザー向けの価格比較サービスに加えて、SMAP Energyが持つスマートメーター解析技術をベースに、電力事業者向けのデータコンサルティング事業を強化していく。開発、営業、カスタマーサポートも強化。SMAP Energyの技術をベースにしたサービス開発なども自社で行っていく。

SMAP Energyは、ケンブリッジ大学とケンブリッジエナジーデータラボが共同で設立した産学連携ベンチャー。スマートメーターのデータの解析を行っており、現在欧州で電力会社と組み、時間別の電力使用量などをもとにした電気料金のシミュレーションなどの技術検証を進めているという。同社の共同代表にはエネチェンジ創業メンバーの1人であり、ケンブリッジ大学で電力データ解析の研究を行うミログ元代表の城口洋平氏の名前もある。なおエネチェンジいわく、スマートメーターのデータ解析に関わるベンチャーは英国はじめヨーロッパで数社あるが、alartmeがBritish Gusに買収された以外は大きく躍進している会社はない状況だそう。

今後エンドユーザーが自ら選択した電力事業者からスマートメーターを受け取り、自宅に設置することになれば、スマートメーターを通じて集められたデータはリアルタイムで解析されることになる。事業者はその計測データをもとに請求書の発行や時間帯別料金の導入、家電やIoT連携などに利用されることになりそうだ。

AgICにセメダインが投資、プリンテッド・エレの強力なタッグになるか?

家庭用プリンターで電子回路を「印字」するというユニークなプロダクトでTechCrunch Tokyo 2014のスタートアップバトルで見事に優勝した東大発スタートアップ企業「AgIC」(エージック)が今日、総額1億7500万円の資金調達を行ったことを発表した。同社がTechCrunch Japanに語ったところでは、1月末までにBeyond Next Venturesをリードとし、さらに接着剤メーカーとして誰もが知る、あのセメダインからも調達しているという。

AgIC創業者の清水信哉CEO(写真はTechCrunch Tokyo 2014スタートアップバトルで優勝したときのもの)

Beyond Next Venturesは先日代表のインタビューを記事にしたばかりだが、2014年設立で、主に大学発の技術系ベンチャーを支援していてる独立系VC。代表を務める伊藤毅氏は前職のジャフコ時代には、介護用ロボットスーツ「HAL」を手掛けるサイバーダインや、クモの糸を人工合成するSpiber、次世代ゲノム解析装置の開発するクオンタムバイオシステムズ、バイオ3Dプリンターを活用した再生医療のサイフューズなど、多くの大学発ベンチャーを技術シーズの段階から支援して、社外取締役を務めた経験がある。

投資領域としても金額的にもBeyond Next VenturesがAgICに投資する理由は分かりやすい。しかし、セメダインは一体……!? セメダインがスタートアップ企業に投資するのは恐らく初めてなのではないかと思うが、多くの読者が「なぜ?」と思うことだろう。

AgIC創業者の清水信哉CEOの話を聞くと、背景には「プリンテッド・エレクトロニクス」の広い応用市場を見据えて「導電性の接着剤を作る」という共通の目標があるのだそうだ。そして、これはAgICのピボットと深い関係がある。

回路プロトタイプより、はるかに大きなプリンテッド・エレクトロニクス市場

もともとAgICは、家庭用インクジェットプリンターで導電性をもった専用インクを「印字」して紙の上に電子回路を打ち出すことで、安価にプロトタイプを作るためのプロダクトだった。ハードウェアが絡む製品や研究で、いちいち基板パターンを業者に発注して1週間とか1カ月待たなくても電子回路の試作を繰り返せることから、プロトタイプ作成時のイテレーション速度がグンと上がる。インクジェットのカートリッジを専用のものに差し替えるというハックも注目されたのだった。

しかし、開発と事業化を進めていくなかで別の可能性があることにも気付いたのだそうだ。「当初はプロトタイピング用途ぐらいにしか使えないかなと思っていました。ただ、大手企業と提携したりしていく中で産業用途で使えると気付いたんです」と清水CEOはいう。

ふだん消費者としては気づかないが、家庭用インクジェットだと品質を保証できないという問題があるそうだ。一般ユーザー用途ならときどき印字すべきところでインクが抜けていても問題にならないが、回路だと断線する、ということだから使えない。一方、工場などで使われる産業用のインクジェットプリンターは「構造からして家庭用とはぜんぜん違う」(清水CEO)。産業用インクジェットプリンターの大手であるミマキエンジニアリングと技術提携していくなかでAgICは、「回路プロトタイピング向けの家庭用プリンター・モジュール販売」というビジネスから、「プリンテッド・エレクトロニクス製造」という領域へとピボットを決めたのだそうだ。

IoT・ウェアラブルに必須となる基礎製造技術開発で走り出す米国

プリンテッド・エレクトロニクスは、文字通り印刷による電子製品の製造をさすが、より広い視点で捉えると「フレキシブル・ハイブリッド・エレクトロニクス」と呼ばれる技術フロンティアにおけるカギとして注目されている領域だ。薄く、曲げたり丸めたりできるような電子製品の製造技術には、回路を形成するフィルム、そこに正確に微細にプリントする技術、導電性のあるインク、インクを定着させる接着剤、安定して稼働する回路パターンについての知見など、さまざまな技術が必要となる。

米国ではオバマ政権主導のもと国防省が2015年8月にこの領域でイニシアチブ「FlexTech」をシリコンバレーに発足したのがニュースになっている。政府から7500万ドル(約88億円)、民間から9600万ドル(約112億円)を集めて、向こう5年かけて関連技術の研究開発に投資するといい、96社、11の研究所、42大学、そして14の州・地域の組織がこのイニシアチブに参加している。これは米国内で製造業が空洞化したことに対して、次のフロンティアであるフレキシブルでは主導権を握ろうという危機感に基づく強いリーダーシップの現れであると同時に、市場ポテンシャルを示しているように思われる。東海岸でなく西海岸にハブを作るというのも、これがソフトウェア・ネット産業と連携する領域であると見てのことだろう。

薄くて曲げられる電子製品は、身体にフィットするウェアラブルには不可欠な技術となるだろうし、広い領域に張り巡らせるセンサーネットワークを安価に実現するには「プリントするだけ」で良いプリンテッド・エレクトロニクスの実現が欠かせない。

AgIC創業者の清水CEOは日米間の温度差に危機感を覚えていてるそうで、TechCrunch Japanの取材に対して、こう話す。

「センサーネットワークは、ホワイトハウスが言っている本命です。例えば壁にプリンテッド・エレクトロニクスが使われていてセンサー類が貼ってある。その前を人が通ったかとか、体温はどうだとか、そういうことが分かる。床も同様です」。

国境警備とか陸橋にセンサーを貼るようなことも、安価にできるだろうという。お騒がせ大統領候補のドナルド・トランプ氏が米国とメキシコの国境に「トランプの長城」を作ろうと言ったりしたネタを真に受け、もし作ったらコストがいくらだなんて議論も聞こえてくるが、ロール紙に回路をプリントして何百kmにも及ぶ長大なセンサーネットワークも実現できるのかもしれない。

薄く、曲がるようになったエレクトロニクスは社会の中に入っていくだろう。そのときに重要な要素技術がプリンテッド・エレクトロニクスなのだ、というのがAgIC清水CEOの見方だ。「壁や床にセンサーを貼れば、店舗や商業施設での動態管理に応用できる。ただ、面白い未来もあるが、まだサービスのニーズがあるかどうか見えない」。

いまAgICが狙っているのは床暖房の置き換えだそうだ。

既存家屋に床暖房を入れるためには床を上げて温水パイプを入れないといけない。これが回路をプリントしただけの薄い「電気式ヒーター」であれば、敷くだけで実現できる。いくらでもロール紙でプリントして大きな面積をカバーできるのもメリットだ。

AgICでは、断線やショートが起こらない印刷パターンを自動生成するアルゴリズムを持っているそうで、今は線と線の間のマージンをどのくらいにすべきかといったノウハウをためている段階だという。

すでに国内市場では、マンションのリノベーションを手掛ける業者と具体的な話を進めている。国内だけでなく、「床暖房はまだこれから世界的に伸びる市場」と清水CEOは見る。世界的に見れば、床暖房はまだまだ贅沢設備。ちょうど自動車が贅沢品だったのと同じで、中国などでは、これから床暖房市場は伸びいくだろうという。

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プリンテッド・エレクトロニクスの応用例

セメダインが導電性の接着剤を作る

AgICは前回の資金調達ラウンドで三菱製紙とも資本提携している。これは回路を印刷するためのフィルム及びインクの領域で協業するためだ。プリンテッド・エレクトロニクス実現には、他にも要素技術が必要になる。

その1つが、プリントした回路を定着させるための「導電性の接着剤」だ。これがAgICがセメダインと協力して研究開発を進める理由だそうだ。

セメダインは1923年創業の材料メーカーとして、多種多様な材料を生産している。ただ、これまでは非導電性の接着剤を作ってきた。今回AgICへの出資に伴い、プリンテッド・エレクトロニクス分野に積極的に展開していくという。

「日本の材料メーカーは高い技術を持っています。AgICで使うのは銀粒子を練り込んだ材料ですが、粘度を下げたり、導電性を変えたりといろいろ試しているところです。硬化温度や弾力性、伸縮性などいろいろと見るべきパラメーターがあります。セメダインはどこにでも接着できることと、弾力性が高くて曲げたときにはがれにくいことが強みなのですが、プリンテッド・エレクトロニクス自体は曲げない用途もあります。そういう場合は弾力性が不要ですし、何種類か作っていくことなると思います」

セメダイン単体では、実際の応用に直結した知見を得づらい上に、まだ研究中の材料だと、ちょっと市場に出してみる、というようなことができない。そんな事情もAgICのようなスタートアップ企業との提携の背景にあるようだ。

いきなり50億円の1号ファンドを組成、最大手VCを辞めてBeyond Next伊藤氏が独立した理由

「少なくとも30億円ないと戦えない。だから意地でも金融機関に入って頂きたいと思っていました」

新卒入社で11年間勤めた大手VCのジャフコを2014年夏に退職し、独立系VC「Beyond Next Ventures」を立ち上げた伊藤毅氏はTechCrunch Japanの取材に対して、そう話す。Beyond Next Venturesは大学発の研究開発型ベンチャーを投資対象として創設され、総額50億円となるBNV1号ファンド(Beyond Next Ventures1号投資事業有限責任組合)の組成がクローズしたことを今日発表した。

BNV1号ファンドの出資者には大手金融機関も名を連ねる。主な出資者は、第一生命保険、三菱東京UFJ銀行、東京センチュリーリース、グリーなどの事業会社と機関投資家、それに上場企業経営者などの個人と中小企業基盤整備機構だ。金額的には中小機構の20億円というのが大きいが、生保や銀行が出資しているのは注目に値する。

大学発の技術系ベンチャーへの投資を行うVCとしては、このところ大学が設立するファンドが東大、京大、阪大、東北大などで立ち上がり、総額1000億円のリスクマネーがこの領域に流れ込もうとする動きが出てきている。ただ、投資家がいわゆる「ピン」で独立系VCを立ち上げたのは珍しいし、1号ファンドで、いきなり50億円もの資金を調達したのも例外的だ。Beyond Next Venturesは医療機器やロボット、ハイテク素材などのベンチャー企業に投資していく。すでに3社に投資済みで、最終的なポートフォリオは10〜15社の予定。1社当たり4、5億円程度の投資を予定する。日本の技術系のエコシステムの現状と課題、新産業創出に賭ける思いを創業者で代表の伊藤氏に聞いた。

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Beyond Next Ventures代表取締役社長の伊藤毅氏

37歳でジャフコを退職、不安を抱えつつVC設立

2014年の独立時の伊藤氏は、学齢の2人の子持ち、住宅ローンも残る37歳だった。業界最大手を辞めてまで独立するというのは相当に思い切ったことのように思える。投資組合を作ってVCとして独立する、というのは起業にほかならない。

「よく聞かれるんですよ、お金を出してくれる人とか会社のめどが付いていたんですかって。でも、まったく(笑) ジャフコにいたときに起業の準備をしていたわけでもないんです」

「自分も起業家としてリスクを取って、いったんゼロにリセットしようということです。そこから積み上げて行きたかったんです。(投資する起業家の)相手との信頼関係を築いて行くとき、サラリーマンとして投資しているよりも共感も得られるだろうと、ずっとそう思っていました。一緒に仕事をする人たちも、みんな起業家ですからね」

転職や独立に際して家族に反対される「嫁ブロック」のようなものはなかったのだろうか?

「それもよく聞かれますが、ありませんでした。結婚した頃から妻には起業したいと言い続けていましたし、ぼくが楽しそうに仕事をしているのを見ていたからじゃないですかね。ただ、私自身は本当に不安でした。ファンドに本当にお金が集まるのかどうか……、あまりに不安だったので、まずお酒をやめたりしました(笑)」

37歳で独立という年齢については、もうちょっと若ければ良かったのかと思うことはあるとしながらも遅くも早くもないのでは、と話す。これは日本に限らないが、起業は若者のものと見られがち。でも現実にはシリコンバレーでも30代や40代の起業は多いし、日本でも中堅のベテラン会社員や技術者が起業する例が増える傾向にある。

転機となったのは産学連携グループへの移籍

いつか起業したいと考えていたとはいえ、伊藤氏はVC(投資家)として起業しようとは思っていなかったそうだ。

東工大の理系大学院を修了後、2003年に伊藤氏は大手VCのジャフコに入社した。当時の新卒入社は11人中10人が文系で、理系の院卒は伊藤氏1人だったという。最近でこそ「技術とビジネスを繋ぐ人」が求められているという認識から理系卒の比率も上がってきているそうだが、ジャフコの同期の中で伊藤氏は少し周囲と違った存在だったそうだ。

「ジャフコに入ったのは起業したかったからです。でも仕事をしているうちにVCが楽しいなと思うようになったんです。周りを見渡しても、産学連携分野では自分はそこそこ成果を出していて、得意な方なのかもしれないというカンチガイをして(笑)」

伊藤氏に転機が訪れたのは入社5年目となる2008年のことだった。「産学連携投資グループ」の責任者となったのだ。

「今でもそうですけど、当時ベンチャーといえばITでした。たしか当時、ジャフコ全体の投資担当者は100名弱はいたと思いますが、産学連携投資グループはその中では、かなり小さなチーム。私が引き継いだときには3人だけの一番小さいチームでした」

IT系スタートアップ企業はプロダクトのターゲットが個人向けということも多く、投資経験が少ない若手でも分かりやすい。一方、シーズの発掘がしにくい研究開発型・技術系を担当する産学連携投資グループには入社20年といったベテランが在籍していたという。1996年頃から10年近くやっていたものの、なかなか目立った成果に繋がっていなかったこともチーム規模が小さかったことの背景にある。

リーダーへの抜擢とはいえ、本流ではないグループへの移籍。「飛ばされたのかなと思うこともあった」と伊藤氏と振り返る。

ただ、2014年の退社時点で振り返ってみると、ジャフコ時代の伊藤氏は十分な実績を上げてきたことが分かる。ロボットスーツのサイバーダインの2014年の上場や、人工クモ糸を開発するバイオ新素材のSpiberへの投資と社外取締役として事業化支援を手掛けてきた。ほかにも、超高速DNAシーケンサの「クオンタムバイオシステムズ」などへのリード投資や、空気圧駆動アームによる術者へのフィードバック付き次世代手術支援ロボット「リバーフィールド」などの創業に関わってきた。

このジャフコ時代の経験から「大学のシーズには魅力的なものがあるなと分かった」(伊藤氏)のがVCとして起業した理由だという。新卒時代には何かしらの事業で自分も起業したいと思っていた伊藤氏だが、投資家として成果を上げてきたことから、「これが自分の社会の中での役割」と思うに至ったのだという。

研究開発ベンチャーに再びリスクマネーが戻ってきている

ここ数年でサイバーダインやユーグレナなど大学発ベンチャーでも時価総額が1000億円を超えるような、ロールモデルとなる企業群が出てきた。こうしたことから大学発ベンチャーの領域にリスクマネーが流れつつある。

伊藤氏は「生保も戻ってきた」と言う。1980〜1990年頃、金融機関がCVCを設立してリスクマネーを提供していた時代がある。1983年には店頭登録基準や東証2部上場基準の緩和を受けて大手銀行、証券会社ばかりでなく地銀系がVCを設立する例が相次いだ。「当時、日本全体の成長とともに各VCはリターンを出していました。ただ、リーマン・ショック以降は銀行系、金融系のVCは軒並み撤退して行ったんですね。それが今ちょっとずつ復活しつつあります」。

リスクマネーが再び技術系ベンチャーに戻ってきている背景には市況の変化ということもあるが、伊藤氏によれば、いくつか理由があるようだ。

1つはすでに書いたようにロールモデルとなる企業が出てきたこと。その影には失敗した事例もある。まず、投資する側からみると「ファンドサイズが10億とか20億とかで設立して失敗するファンドを見てきた」と伊藤氏は言う。研究開発型ベンチャーでは黒字化するまで50〜100億円が必要となるようなケースも少なくない。ところが、例えばファンドサイズが10億円だと、1社のシード期のベンチャーに投資できる金額はせいぜい累計1億円程度だ。これでは追加投資ができなくなってしまい、せっかく可能性が出てきていても資金が続かない。いわゆる研究開発型ビジネスの「死の谷」だ。

photo04a「試行錯誤の時代でした。産学連携投資グループを引き継いだときに調べたのですが、初回投資で終わってしまっているケースが多くありました」

「シード段階で投資しても、なかなか計画通りに行かないじゃないですか。でもマイルストーンまで到達していない、だから継続投資はしないっていう基準で一律でやっていたように見受けられました……。それで結果が出ないということがありました。多少の計画のズレは許容して、継続的に資金調達をしていけば次の投資家が入るところまで引き上げていける。投資家として、そこまで辛抱強く支えていかないといけない。これはお金だけの話じゃなく、経営や事業化の支援という面でもそうです」

技術が面白いというだけで投資をしてしまう。そんな目利き時点での失敗も大学発ベンチャーには少なくなかったという。

一方、ハンズオンと追加投資を続けて研究開発のシーズをビジネスとして育てていくモデルでは近年東大系VCのUTECが成功事例を次々と生み出して結果を出している。「少なくとも30億円ないと戦えない」という冒頭に引用した発言は、この辺の成功と失敗を見てきた伊藤氏の覚悟と戦略性から出た言葉といえそうだ。

官製ファンドよりも民間VCを増やせ

研究開発型ベンチャーへリスクマネー供給が増加する流れの背景にはもう1つ、研究開発に対して割り当てられる公的資金、いわゆる国プロとか助成金の動き方が変わりつつあることも見逃せない。

典型的なのは文科省の助成金だ。

従来から大学の研究などをプロジェクト単位で採択して資金を提供しても成果につながらないことが続いていた。これは当然の話だ。VCのように目利きができるわけでも、起業や経営経験者のようにビジネスの構想ができる人がいるわけでもない。何より、リターンに対するプレッシャーもゆるい。助成金を出している側としても「失敗」とは口が裂けても言えないから、助成金の成果として何か発表らしいものさえあれば、「成果が出ました」と言えば終わる。

一方、リターンを出す強烈なプレッシャーにさらされている民間VCは、採算に見合う投資しかしない。例えばBeyond Next Venturesの伊藤氏は50億円の資金を10年間という期限で預かっているが、これを100億円とか200億円にしないと次のファンドは組成できないだろう。もし全然成果が出なかったら失敗とみなされるから、キャリア上のリスクを負っているわけだ。

これは伊藤氏が言っていることではないが、ぼくはここに「キツイ上司」と「ゆるい上司」の違いに似た対立軸があると思う。高い目標を掲げて部下を鼓舞し、プレッシャーをかけて成果を出させる上司が良いのか、それとも放任型の上司が良いのかという話だ。短期的に見れば仕事がやりやすいのは後者かもしれない。でも、自分のキャリア上「あのとき最高の仕事をやった」と振り返るほど結果が出る可能性が高いのはキツイ上司の元で仕事をした場合だろう。「これが成果です」と何かしら発表しさえすれば良いという程度のゆるいプレッシャーの助成金をもらって世界に羽ばたくグローバル企業がたくさん出てくるようには思えない。

伊藤氏は日米の大学での研究開発費の規模と、それによるライセンス収入には大きな違いがあると指摘する。

大学の年間の研究資金は日米でそれぞれ3.5兆円、5.1兆円と1.5倍ほどしか違わない。しかし実用化による大学のライセンス収入となると、それぞれ2500億円と7〜15億円と桁違い。日本は米国の数百分の1にすぎない。このことから、伊藤氏は技術シーズの実用化による社会還元が急務だと指摘する。そしてそのためには技術とビジネスを繋ぐ経験を持った民間VCが欠かせない。

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※Beyond Next Ventures作成の資料より

そういう経緯もあって、2012年から文科省の科学技術振興機構(JST)は大学発新産業創出プログラム(START)というのを始めている。これは大学発の起業前のプロジェクトについて、プロジェクトだけではなく、目利きとなるVC(事業プロモーター)も外部から公募、審査して認定するというモデルだ。認定されたVCが支援するプロジェクトに対して助成金を付ける。このSTARTがうまく行き始めていることから、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)や総務省(I-Challenge)も同様の仕組みで助成金プログラムを走らせている。例えばNEDOの研究開発型ベンチャー支援事業ではエクイティ投資の最大5倍程度(15%:85%)まで交付金を付けることができる。これはイスラエルのモデルを参考にしたもので、VCのリスクマネーを増やす仕組みだ。「シードで1億円投資したいけど、そこまでできない、というときに国が足りない部分をカバーしてくれます。Beyond Next Venturesは、これまでの研究開発型ベンチャーへの支援実績を評価頂き、JSTやNEDOからの認定を受けているので、研究開発型ベンチャーの支援という意味で、そうでないVCに比べて競争力があります」(伊藤氏)

研究開発現場でも意識が変化

もう1つ、伊藤氏が「ようやく技術系ベンチャーもエコシステムが回り始めつつある」と見る理由として、研究現場の意識の変化がある。

「大学の研究現場にいる若い優秀な人たちが変わってきました。大学にそのまま残ってもだいたい研究者としての自分の将来が見えますよね。でも外で独立して会社を作れば違います。資金調達という手段があって、自分の研究を広げつつ加速できる。そういう考えを持つ人がでてきています。7、8年前に私が産学連携投資グループをやり始めたころとは全く状況が変わってきています。人もお金も動くようになってきました」

意識が変化しているのは、研究者たちだけではないようだ。独立した伊藤氏を追いかけるように、ジャフコ時代の同期入社だった植波剣吾氏がBeyond Next Venturesにジョインしている。当初、伊藤氏は植波氏の参加を断ったそうだ。先行きが不透明で、給料が払えるかも分からないという理由からだ。それでも植波氏はジャフコを退社した。そして実際、伊藤氏も植波氏も最近まで無給状態だったそうだ。

植波氏は伊藤氏とはタイプが違うのだという。器用に何でもこなす植波氏は、投資の実績もあったが、ジャフコの中で投資事業を支えるバックオフィス系の業務で頭角を現した。ファンド組成、法務やコンプライアンス、危機管理、広報・IRなどを担当。そうした業務をこなす植波氏が加わったことはBeyond Next Venturesが金融機関から出資を受ける上で追い風になったと伊藤氏は説明する。

「当初、金融機関さんに話をしに行ったときには、『伊藤さん、これは会社の体のなしていませんね』と言われたんです。でも私自身は断られたとは受け取らずに、リベンジしようと楽観的でした(笑)」

ジャフコ時代の同期がジョイン、企業経営者個人からも資金が集まる

ファンドの基本的な設計をどうするのか。預かった資金をどのように適正に管理するのか、投資判断の組織はどうなっているのか、実際に資金を企業に投資する手続はどうするのか。法務・税務などのリスクはどう管理するのか。そうしたことを担当しているのがVC業務全般を広く経験してきた植波氏だ。

「2人で一緒にカバーする仕事も多いですが、大まかに、私がフロント、彼がバックという役割分担です。彼も本当はずっと投資をやりかったのだと思います。でも彼は器用に何でもできちゃうタイプ。複雑な契約書を作ったりする一方で、それこそオフィスの電球交換とかもできちゃうタイプ」

「独立系VCに対して、事業会社や個人投資家が出資するということはあると思います。分野特化で、その領域の経営者らが出資するということですね。でも、それだけだとファンド規模を大きくできません。大きな資金を運用しようと思うと金融機関などの機関投資家からお金を預からないといけませんが、これは難しい。Beyond Next Venturesには植波がいたから体制もきちんと整えられて、機関投資家も資金を入れてくれたのだと思っています」

BNV1号ファンドの50億円の資金のうち20%に相当する10億円程度は複数の個人投資家が出資しているという。出資しているのはIT系の上場企業の著名な創業者や経営者ら。Mistletoe社(連続起業家の孫泰蔵氏がオーナー)も含まれる。スタートアップ企業と同じで最初はエンジェル投資家から、そして次に事業会社、そして金融機関へ、というように伊藤氏は資金を集めていった。つまり、BNV1号ファンドが50億円もの資金を集められたのは、日本でエンジェル投資家の層に厚みが出てきたこととも無関係ではない。

中小機構は民間VCのファンド組成において、調達額と同額程度を出資する独立行政法人だが、まだ実績のない1号ファンドに対して20億円を出すというのは珍しい。

VCとして独立して果たしてファンドの資金調達はうまくできるのか。それが不安で仕方なかったという伊藤氏。しかし出資者の顔ぶれを見ると、そんな伊藤氏への応援の声がたくさん聞こえてくるように思える。Beyond Next Venturesは1号ファンドの運用を始めたばかりだが、大学発で世界に通用するスタートアップ企業が生まれてくるかどうか、今後に注目だ。

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排泄予知ウェアラブル「D Free」が1.2億円を追加調達、まじめに市場開拓中

「うんこが漏れない世界を」と週刊アスキーがネタっぽく伝えたこともあって、単なるおもしろ系デバイスと思った人もいるかもしれないが、排泄予知ウェアラブルデバイス「DFree」が着実に実用化に向けた開発を進めているようだ。

DFreeを開発するスタートアップ企業のTriple Wは今日、総額1.2億円の資金調達を実施したことを明らかにした。今回の資金調達はハックベンチャーズから5000万円を第三者割当増資で、そして国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から最大7000万円の助成金交付を受ける形だ。NEDOの交付金というのは2016年2月までの期限付きで、研究開発や事業化のための検証に必要な部材、人件費、家賃などが対象に支払われるもの。Triple Wは2015年4月にもニッセイ・キャピタルから7700万円の資金調達を実施していて、合計約2億円の資金を調達していることになる。

介護施設での排尿ケア業務の効率化

DFreeは超音波で直腸や膀胱に貯まった便や尿の量を検知するデバイスだ。排便・排尿予測の両方にニーズがあり得るが、排便よりも先に排尿タイミング予測で技術的なめどが立ったことから、Triple Wでは介護施設の排尿ケアの効率化というB向け市場に取り組んでいくという。Triple Wの小林正典氏によれば、排便に比べると排尿は1日6〜10回と高頻度。介護士の1日8時間の労働のうち3時間を占める場合もあるなど、介護現場ではこれが負担になっているそうだ。2015年4月から7月にかけてReadyforで実施したクラウドファンディングのキャンペーンでも介護事業者からの問い合わせが多かったのが排尿ケアだったという。

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介護施設によって違いがあるものの、例えば「3時間おきに要介護者を巡回してチェックする」というルールで排尿ケアするようなことがあるという。そして排尿に立ち会っても実際に尿が出る割合は1割程度ということも。排尿が必要なタイミングが正確に分かれば、介護士の不要な巡回をなくすことができて効率化できる。

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Triple Wでは排尿ケアのナースコールや、介護保険申請に必要な排尿ケアのログ記録というシステムまで含めたパッケージとして、介護施設へDFreeを販売をしていくという。対象となるのは全国に100万程度あると言われる介護ベッドを持つ施設で、その1割にあたる10万床への普及を目指す。

すでに3つの施設で量産化前のベータ版デバイスを利用したトライアルを始めている。「寝たきりなのか自律的に排尿ができるのかなどケースによってデバイスの利用方法も変わってくる」(小林氏)といい、トライアルの中で現場ニーズをつかみつつ改善と開発を進めている。

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日本のおむつは600ml程度は不快感なく尿を保持できるほど性能が良いが、現在は無駄に捨てられているおむつが多いそう。Triple Wの小林氏によれば大人用おむつは年間2000億円規模の市場で、この半分が介護施設向け。もし仮に、その半分の500億円程度をDFreeで削減できるとすれば、差額のいくらかを月額課金で売上にできるだろうとソロバンをはじく。

ところで、超音波を使って体内の3Dイメージを得るというのは以前から胎児向けなどであるし、原理的に画期的なところはない。なぜ今までDFreeのようなデバイスがなかったのだろうか?

「着目した人がいなかった、というのがまずあります。これまでにも医療用で1000万円と高価なものなら超音波診断機というのはありました」と小林氏。残尿量を計測するデバイスとして、例えば「ゆりりん」という製品もあるが24万円と高価。DFreeは数万円の前半、Readyforのキャンペーンでは2万4000円という値付だった。これは既存製品の区分が「医療機器」で、認証や開発に必要な要件やコストが違うからだという。DFreeは診断も予防もしないため医療機器ではなく、その分機能も絞っている。デバイス単体ではなく、ニーズに合わせた管理システムも含めたパッケージとして提供していくというのも違いだろう。

Triple Wは2015年2月創業。現在フルタイムで3人、外部を入れると10人のエンジニアがいる。拠点は東京とシリコンバレーにあるが、当面は日本でビジネスを作り、その後はアメリカ、中国、欧州へ進出する計画という。2020年には1兆4000億円になるという大人向けおむつのグローバル市場のうち9割が日本を含むことの4地域で占めるそうだ。

Kaizen PlatformがシリーズBで9.5億円を調達、「経営のオープンソース化」を海外にも

WebサイトのUI/UX改善のためのプラットフォーム「Kaizen Platform」を運営するKaizen Platformが今日、シリーズBとして総額約9.5億円(800万ドル)の資金調達を実施したことを発表した。今回の調達ラウンドで新たに投資したVC・事業会社は、YJキャピタルNTTドコモ・ベンチャーズコロプラセゾン・ベンチャーズの4社。出資比率は非公開だが、既存株主であるEight Roads Ventures JapanグリーベンチャーズGMO VenturePartnersの3社も追加投資をしている。これで2013年8月の創業以来、累計の資金調達額は約21億円(1780万ドル)となる。

Kaizen Platformは東京・新宿に拠点をおいていて、創業から約2年半で社員数100人にまで成長している。社員の9割は日本にいるが、法人登記は米国。グローバル市場への展開を視野に入れて、当初から「米国企業」としてスタートしている(だから調達資金もドル建てとなっている)。現在マーケティング担当者を中心に10名ほどが米サンフランシスコ拠点で活動している。

日本でエコシステムとして回り始めたKaizen Platformは、日本以外の市場にどれだけ広げていけるのか? 共同創業者でKaizen Platform CEOの須藤憲司氏に話を聞いた。

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共同創業者でKaizen Platform CEOの須藤憲司氏

クラウドソーシング型のA/Bテスト、プラットフォーム

KaizenはPC向け、モバイル向けを問わず、Webページ(多くはいわゆるランディングページ)のデザインを改善して各種KPIを上げていくというサービスを提供している。ボタンの位置やサイズ、色、メッセージ、フォームの文言などを変えることによって、例えばECサイトであればCVR(コンバージョン率)を上げ、それによって売上増を目指す。この一連の最適化がKaizenのプラットフォーム上で行える。

A/Bテストというと「A案とB案のどちらがいいか」といった内容だと思うかもしれないが、実際には2〜10案を同時に試してダッシュボード上で推移を見ながら改善を続けていく。この分野では米OptimizelyAdobe Targetなどが先行しているが、Kaizenが違ったのは、「グロースハッカー」と呼ばれる個人やデザイン会社所属のプロたちが、顧客企業からの依頼に対して改善案を同時に多数提案するクラウドソーシングモデルとなっていることだ。

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須藤CEOは「A/Bテストツールを作るなどしてコンサルやSIerが改善していたのが従来です。Kaizenはツールを作っているのではなく、コラボレーションのソフトウェアを提供しているんです」と違いを説明する。

現在Kaizen Platformにはグロースハッカーが2900人ほど登録していて、そのグロースハッカーに仕事を依頼する企業ユーザー数は約170社となっているという。誰もが知る航空会社やECサイト、通信会社、保険会社など大企業が顧客となっている。1社あたりの支払額としては月額100万円がボリュームゾーンだ。顧客企業は売上規模で100億円以上のところがメインの顧客層だが、「もっと小さな会社にも使ってもらえています」という。「月額100万円って2人社員を雇うようなもの。自社でUI/UXの専門家を雇って、ユーザーのセグメントを分け、機械学習をやってっていう改善のサイクルを回すとか、なかなかできないですよね」

例えば、ある会社が保険契約のランディングページを改善したいとKaizen上で14万円など報酬金額とともに「オファー」を出すと、これに対してグロースハッカーたちから10〜30案ほどが集まる。ここから数案を実サイトに導入して、それぞれの数字の改善率をみる。案によっては数字が悪化するし、案によっては数%〜数十%、多いと100%以上も改善するということになる。これを継続的に続けていくことで、どんどんWebページを変えていく、というのがKaizen Platformだ。

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ワンショットでの「改善」ではなく、継続改善

プラットフォームに発注側と受注側が乗っかるというモデルは当初から目指していたものだが、このモデルの事業性には不安もあったという。

「改善がうまく行ってお客さんがいなくなってしまう事業だと怖いなと思っていました。でも、実際には継続してお使いいただいています。結局、今やサイトがお店になったわけですよね。で、お店だったら、ふつう店頭って変えますよね。店頭の陳列やディスプレイを変えないお店なんて、誰も行かないですよね」(須藤CEO)

改善を続けるべき理由は、例えば旅行業者なら季節性や為替・治安の変化があって同じ旅行先をオススメはできないし、ファッションでも季節性があるからだそう。同じ商品を売り続けているとしてもターゲットとするユーザー層が変わってくることもある。例えばネット保険だと、すでにネットリテラシーの高いアーリーアダプターは加入済みで、その次の層を狙いたいとなると、必然的にメッセージの出した方も変わってくるだろう、という。

ちなみに、「会員数を増やしたい」という顧客の声に対してであれば、会員登録の導線やエントリフォームの改善、誘導するエリアをどう改善するかということになるが、まずやるべきなのはファンネルモデルでいうと、いちばん最後の部分。そこを改善しないことには「穴の空いたヒシャクで水を汲むようなもの」になるからだそうだ。

改善すべき箇所は多数あり、何か特定指標だけ改善するというものではないという。

photo03「数万回の改善をやってきているから分かるんですが、単一の指標、例えばCVRだけを上げたいというようなことはありません。客単価、売れ筋、再訪率、インストール数、アクティブ率、フリークエンシー、回遊率、課金率なんかを改善するというようにいろいろあります。有料サービスのサブスクリプション解除を抑えるようなこともやってきました」

少し脇道にそれるようだが、ここでぼくが気になったのは、サブスクリプション解除を抑えるようなKPI改善によってブランドを傷つける例が最近増えているのではないか、ということだ。解約・退会方法を分かりづらくするという本末転倒のKPI改善が多くなったりしないのだろうか?

「いや、解約を分かりにくくするのは愚策だと思います。でも、例えば解約の直前に実はこんな機能がありますとメッセージを出す、とかはできますよね。サービスの良さを理解してもらった上での解約ならいいですが、そうでないなら改善できます。もちろん、こういうのはやりすぎると、いずれユーザーアクティビティーが下がったり、指標が下がっていきます。ロングタームの指標が傷ついたら仕方ないですよね」

ぼくが最近気になっているのは、ユーザーを騙すようなUIだ。例えば検索からたどり着いたランディングページにダイアログが出てきて、2つボタンが提示される。それぞれ「専用アプリでこのアイテムを表示する」「xyzをダウンロードする」とある。実は、どちらのボタンも挙動は同じで、結局アプリのダウンロードへと誘導される。ダイアログ上にバッテンボタンはなく、キャンセル方法はダイアログ以外の場所をタップすることしかない。あるいは、位置からしていかにも「続きを読むボタン」に見えて、実はアプリのダウンロードボタンというのもある。こういうUIならコンバージョン率は上がるに決まっているが、ハッキリ言って印象は最悪。ぼくはこういうサービスを信用できないので誰かに勧めようと思わない。

須藤CEOに言わせれば、こうしたUIが出てくる理由は「当座のKPIだけを見てるからではないか」ということ。「どの機能を使った人がどこでつまづいたかも分かる。ちゃんと指標を見ていれば、ユーザーがガッカリしてるのかどうかも分かるはず」だそうだ。

起こっているのは「経営のオープンソース化」

Kaizen Platformでアカウントを取得してログインしてみると、ほかの利用者やグロースハッカーがどういう改善をしているのかを見ることができる。これは結構すごいことで、須藤CEOは「経営のオープンソース化」という言葉で説明する。各社の改善の取り組みが丸見えとなっている様を画面で見るのは、初めて他社ソフトウェアのソースコードが丸見えになったときに似た、ちょっとした衝撃がある。もちろんオープンソース同様に企業によっては情報を非開示とする選択をしているところもある。

すでに書いたとおり何を改善すべきかという項目は多岐に渡るので、改善による結果は発注側担当者のプラニング、つまり力量に左右される面がある。どこの会社の何の担当者が、どのくらい「改善」しているのかというのはKaizen Platform上では可視化されている。改善する側のグロースハッカーについても、いつも高い勝率、改善率を叩き出す人や会社のランキングが数字やバッジで可視化されている。結果が優秀な人ほど報酬の割合が高くなる。さらに、近々高ランキングのグロースハッカーは最初から発注額を変えることも検討しているそうだ。

これは、担当営業の熱意とか、継続利用しているからという理由でWebサイトの構築・運営を特定業者に任せっぱなしにするような委託モデルに比べると、はるかにフェアで、厳しい実力の世界だと思う。

最初に作るWebページを起点として、後はJavaScriptを埋め込んでどんどん外部から改善していくというモデルは、検収や納品作業を省力化できるというメリットも大きいそうだ。グロース担当、サイト担当者がともに入れ替わっても改善を継続していけるので、「ナレッジが蓄積して人材の代替性を担保できる」(須藤CEO)というのもKaizen Platformの特徴だという。

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マーケ部門とIT部門は仲が悪い

発注・受注の組み合わせでの流動性が高くなることは、日本の企業社会では、ある種の必然という面がある。このあたり、須藤CEOの見立てが、とても面白い。

1つは大手製造業やファッションブランドといった「オールドエコノミー」に属する企業には、そもそもネットに強い人材が寄り付かず、採用ができないという事情があるのではないかということ。もともとIT人材は不足がちだが、テック成分の高いスタートアップなんかはマシなほうなのだろう。そして、この傾向はさらに加速する。ホテル・飛行機予約などネット対応が進んでいるビジネスもあるが、それでもネット化率は市場全体の10〜20%。須藤CEOは「オールドエコノミーのインターネット化率は3.6%に過ぎません。今後、ネットに強い人材はもっと採用できなくなる」と見ているという。

もう1つ、Kaizenのようなエコシステムがウケている背景に、多くの企業で「マーケティング部門とIT部門って仲が悪いんですよね」(須藤CEO)という事情があるのだという。マーケ担当者が「A/Bテストがやりたいです」と言っても、「うちはできません」とIT部門に突っぱねられるというような話だ。笑ってしまうが、読者にも大いに心当たりがあるだろう。そう、あなたがマーケ部門にいるなら「そう! あいつら!」と思うだろうし、あなたがIT部門にいるなら「そう、あいつら!」と思うだろう。キミらは仲が悪いのだ。

というように、Kaizen Platformのようなエコシステムが回り始めたのは、日本企業で人材の流動性が低いことがあるのかもしれない。

海外にもエコシステムが広がるか

Kaizen Platform上での改善による顧客企業の売上の伸びの累計は約241億円(ただし、Kaizen自身による推計。大雑把に言えばコンバージョン率と単価をかけたものだそうだ)。Kaizen Platformでは売上は毎月10%ずつ伸びていて、すでに売上は「最近マザーズに上場しているようなスタートアップ企業程度はある」(須藤CEO)という。年商10億〜20億円のレンジで成長中だが、「われわれも投資家も上場は焦ってはいません。事業の拡大がいちばん大事だと思っています。今あるエコシステムを日本で拡大していき、そして2年で作ったこのプラットフォームが海外に拡大できるかに取り組んでいく」

今のところ改善の対象となるのはページレイアウトやデザインだが、今後はディスプレイ広告やFacebook広告の最適化、DMPと連動させた商品のターゲティングオファーのような仕組みも取り入れていくという。

現在、海外企業によるKaizenの利用はシンガポールやロンドン、スペインなど10社程度。サイトを継続的に改善していくという課題自体は万国共通だろうが、今後どの程度海外への広がりを見せるのか。大型資金調達を終えて、もう1段階アクセルを踏み込むKaizen Platformがどこまで市場を拡大できるか注目だ。

ブロックチェーンでゲームインフラ運用コストを1/2に、テックビューロがGMOインターネットと提携

GMOインターネットテックビューロの両社は2016年2月1日、業務提携を発表した。テックビューロが提供するプライベートブロックチェーン技術mijinをベースとしたオンラインゲーム用バックエンドエンジンを共同開発する。「GMOアプリクラウド」のサービスとして2016年秋の提供を目指す。mijinをより使いやすくするための管理機能などを提供する予定だ。

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GMOインターネット 事業本部ホスティング事業部長、児玉公宏氏(左)、アプリクラウド事業部 高田幸一氏(画面内)、テックビューロ代表取締役社長の朝山貴生氏(右)

オンラインゲーム向けインフラと、改ざんできない分散台帳を実現するブロックチェーン技術。意外な組み合わせに聞こえるかもしれない。もっとも、ブロックチェーン技術のルーツである暗号通貨に初期段階で関心を寄せたのは、ゲーム内仮想通貨に親しんだゲーム業界の人々だったという話もある。

両社は、ブロックチェーン技術を用いてオンラインゲーム部門のどのような問題を解こうとしているのか。両社の話によれば、大きく2つのメリットがある。一つはmijinにより無停止かつ高トラフィックへの耐性があるバックエンドを作れるとの期待があること。インフラ運用コストを従来の約1/2以下に削減できると見ている。「サーバーが落ちなくなる技術」と聞けば、検討したくなる向きも多いだろう。もう一つは、ブロックチェーンの本来の機能である分散台帳が、ゲーム内アイテムやゲーム内仮想通貨の管理に適しているとの考え方だ。ネイティブに台帳の機能を提供するブロックチェーンを使えば、バグや不正が発生しにくい、との主張には一理ある。

GMOインターネットの高田幸一氏(アプリクラウド事業部)は次のように語る。「従来のオンラインゲームの運営では、スパイク的なトラフィック急増に備えてサーバー台数を用意しなければならなかった。トラフィック急増に対応できるmijinを使えば、インフラコストを抑えつつ、停止せず、データも失われないサービスを作れると期待している」。同社事業本部ホスティング事業部長の児玉公宏氏も「ボトルネックはDB周りにくる。mijinを使うことで、DB周りが落ちないようにする設計を大幅に省略できる。工数的なメリットは大きい」と話す。

ここで、無停止の根拠は、ブロックチェーンは複数のノード上で分散台帳を保持する仕組みなので単一障害点を持たないように設計できるからだ。ノードを地理的に分散させ、より強靱なバックエンドを作ることもできる。トラフィック耐性があるのは、処理能力を越えるトランザクションが到着してもキューに貯めて遅延実行する形となり、機能停止にまでは至らないからだ。もちろん、恒常的にトラフィックが能力を上回る状況には対応できないが、スパイク的なトラフィックに対してより少数のサーバーで対応できる──そう聞けば、可能性に挑戦したいと考える人はいるのではないだろうか。

「ゲーム会社は、ゲームタイトルがヒットしてトラフィックが急増したところでサーバーが落ち、肝心な局面で機会を逃すことがある。これを防げる」とテックビューロ代表取締役社長の朝山貴生氏は話す。特に重大なのは、高トラフィックでサーバーが落ちたときにデータの不整合が生じて、ユーザーのゲーム内で得たアイテム数や仮想通貨残高の一貫性が損なわれる事態だ。要は、金融や商取引に使われるOLTP(オンライントランザクション処理)分野と似た責任がオンラインゲームにはある。このこような一貫性を保つためにも、ブロックチェーン技術は有用だというのである。

改ざんできない分散台帳の性質に加え、トランザクション処理性能も確保

mijinを推進するテックビューロは、これまで複数の分野で1社ずつ提携の成果を発表する作戦を採ってきた。インフォテリアのデータ連携さくらインターネットのクラウドアイリッジのO2OロックオンのECサイトOKWAVEのコールセンターSJIの金融SIフィスコの金融情報、そして今度はGMOのゲームインフラだ。また、さくらインターネットのインフラ上で提供する実証実験環境「mijinクラウドチェーンβ」には167社の申込みがあった。

ゲーム分野は、実はmijin発表当時にすでに考えていたことだそうだ。

「オンラインゲームでは、ゲーム内通貨やアイテムに関わる不正が横行する問題もあった。そうした仮想通貨やアイテムの管理に、改ざんできない分散台帳であるブロックチェーンは非常に有効だ。ソフトのバグによりアイテム個数が増えたり減ったりする現象も未然に防げる」(朝山氏)。

GMOアプリクラウドは、1800種類以上のゲームタイトルをホスティングしている。ゲーム産業で、ブロックチェーンを活用する動きが出てくるなら、ブロックチェーン技術に接する開発者人口を増やす要因となるかもしれない。

今回の提携は、規模が大きく、内容的にも興味深い。特に、従来のインフラではデータ格納にMySQLのようなRDBMS(あるいはKVS)とキャッシュサーバーを使っていた訳だが、それらとブロックチェーン技術をどのように使い分けるのか。アプリケーション開発者からはどのように見えるのか。インフラ技術の観点からも、情報システムのアーキテクチャとしても、またアプリケーション開発者にとっても、興味深い話題だ。

テックビューロのmijinが、トランザクション処理性能の確保に重点的に取り組んでいることには、特に注目したい。従来のブロックチェーン技術は、海外送金、ID管理、土地登記などに活用できる「分散台帳」として、またプログラムにより契約を自動実行するスマートコントラクトの基盤としての活用法が広く議論されてきた。ただし、高トラフィックな処理が必要な場合はブロックチェーン外部(オフチェーン)の情報システムを利用するやり方をよく耳にする。例えば、暗号通貨の取引所は個別の売買をいちいちブロックチェーンに流している訳ではない。大半の取引はオフチェーンで実施されている。

ECサイトやゲーム用インフラのように大量のトランザクションをさばくOLTP(オンライン・トランザクション処理)インフラとしてブロックチェーン技術を売り込もうとしているのは、テックビューロ以外にはほとんどいない。テックビューロ朝山氏は「mijinではブロックチェーン本来のメリットである改ざんできない分散台帳としての性質に加えて、実用性、汎用性、安定性を重視する。トランザクション処理性能も一定の水準を確保するために努力を続けている」としている。同社は「mijinは地理的に離れたノード間で1000トランザクション/秒以上の性能を実現した」と話しており、情報システムのインフラとしての利用に耐える能力があることを強調している(関連記事)。公表されている情報がまだ乏しいこともあり、まだ同社の主張に納得できない人もいるかもしれないが、実証実験の結果は時間が経てば公開されるものも出てくるだろう。

オンラインゲームは厳しい業界だ。ゲーム会社のインフラエンジニアや開発エンジニアは、ブロックチェーン技術に対してどのような評価を下すのだろうか。ゲームインフラ分野へのmijinの挑戦は「プライベートブロックチェーンは本当にモノになるのか?」との疑問を持っている人にとって、その判断材料を提供する機会となりそうだ。

楽天が国内スタートアップ対象の100億円のファンドを組成

rakuten事業会社がCVC(コーポレートVC)を立ち上げる例が増えているが、日本を代表するネット企業の楽天グループが、運用資産額100億円という、かなり大きなファンド「Rakuten Ventures Japan Fund」を立ち上げたことを今日発表した。楽天創業者の三木谷浩史氏もボードメンバーの1人としてCVCの運営に携わっていて、「スタートアップ企業の支援を通してネット業界をエンパワーしていくという三木谷の思いがある」(同社広報部)という。

楽天グループは、これまで「Rakuten Ventures」として、アーリーステージ対象の2つのファンドを運用してきた。1つは2013年からシンガポールを拠点にスタートしたもので東南アジア対象の1000万ドル規模のもの。もう1つは2014年からイスラエル、アジア太平洋地域、米国企業を対象とした1億ドル規模のグローバル・ファンド。今回のRakuten Ventures Japan Fundは3つめとなる。アーリーステージ投資に加えて、グロースステージも投資対象としていて「1億円以上の投資もあり得る」(広報部)としている。

投資対象はインターネット関連事業を展開する日本のスタートアップ企業ということで、特に注力する領域などは定めていないという。楽天のノウハウやサービスを通した支援をしていく。投資先を楽天グループで買収するという流れを想定しているのかという質問に対しては「明確に考えてはいないが、自然と協業という形になっていくことはあるだろう」(広報部)と話している。

ファンド運用は、マネージング・パートナーであるサエミン・アン(SaeMin Ahn)氏とインベストメント・マネージャーのホーギル・ドー(Hogil Doh)氏が中心となって行う。ホーギル氏は東京を拠点としている韓国人で、これまでは楽天グループでM&Aを担当していた。日本語、韓国語、英語が話せるという。国内事業を進めるスタートアップへの投資に加えて、東南アジアや欧米市場をブリッジするような役割を果たしていくとしている。

ChatWorkが15億円を追加資金調達、打倒Slackで北米市場進出なるか?

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ビジネス向けチャットアプリ「ChatWork」を提供するChatWorkが今日、総額15億円の追加資金調達を実施したことを発表した。今回のラウンドで第三者割当増資を引き受けたのはジャフコ新生企業投資SMBCベンチャーキャピタルGMO VenturePartnersだ。出資比率やバリュエーションは非公開だが、レイターではないステージとしては、GMO VenturePartnersを除く3つのVCの投資金額としては過去最大規模といい、ビジネス向けチャットプラットフォームに対する関係者の期待感をうかがわせる。ChatWorkは2015年4月にGMO VenturePartnerから3億円の資金調達を実施していて、これで資金調達額は合計18億円ということになる。

ChatWorkは「チャットアプリ」を提供している日本発のスタートアップ企業という分類になるかもしれない。だから、もしかしたら渋谷・六本木系のスタートアップと思う読者もいるかもしれないが、ChatWorkはいろんな意味でユニークだ。

ChatWork

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なぜ他人資本を入れないと掲げた社是を反故にしたのか

ChatWorkは2000年7月に創業していて(創業時の社名はEC Studio)、すでに会社自体は16期目。14年連続で黒字を続けた。借入も投資も受けずに、「他人資本を入れない」ことを会社の「しないこと14カ条」としてきた。社員第一主義を掲げて、「顧客に会わない」、「電話がない」、「10連休が年4回」、「iPhone支給制度」など、かなり変わった取り組みで中小企業向けのIT効率化関連サービスを提供して事業を伸ばしていた。

14カ条の中には「売上目標に固執しない」「会社規模を追求しない」「株式公開しない」というものもあった。これらはエクイティによる資金調達で一気に事業規模をスケールする「スタートアップ」とは真逆の選択だった。規模や急激なスケールを追求することで社員や顧客に負担が増えるという判断からで、実際、リンクアンドモチベーションによる外部第三者調査などでもChatWorkの社員満足度は高く、経営自体は順調だったという。

それがなぜ、この1年ほどで18億円という日本のスタートアップとしては大きめの資金調達するに至ったのか。ChatWork創業者でCEOの山本敏行氏は、「2005年から出張でシリコンバレーに行くようになり、日本から出たのがきっかけだ」と話す。

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ChatWork創業者でCEOの山本敏行氏

ChatWorkをローンチした2011年は、まだLINEが出る前だった。ビジネスでチャットを使うという発想も一般ユーザーの間にはなかった。2009年に出たGoogle Waveが派手に転んで撤退した頃だったこともあり、ビジネス向けチャットは、グローバルに打って出るチャンスだと山本氏は考えたのだそうだ。2012年には、それまでEC Studioとして展開していた事業を全て譲渡して社名をChatWorkに変更。山本氏自らシリコンバレーに移住した。1社1プロダクト体制にしたのも、シリコンバレーの影響だという。

ビジネス向けチャットといえば、TechCrunch Japan読者ならSlackを真っ先に思い浮かべるだろう。飛ぶ鳥を落とす勢いの同社だが、実は2011年スタートのChatWorkより後の2013年にローンチしている。Slackは開発者を中心に熱烈なファン層を広げつつあり、あっという間に競合を駆逐。著名VCのAndreessen HorowitzやKPCBなどから7回の資金調達ラウンドで合計3億4000万ドル(約400億円)を調達し、2015年4月の直近ラウンドで28億ドル(3290億円)という評価額となるなど大きな注目を集めている。2015年12月にはSlackが複数VCから8000万ドル(約93億円)を集めてサードパーティーを巻き込むプラットフォーム創出に向けてアプリディレクトリをローンチしたことは、TechCrunch Japanでもお伝えしている。シリコンバレーのVC勢は一気呵成にプラットフォームを作ろうとしているのだ。

こうした様子を横目にみていたからか、山本氏はChatWorkの資金調達について、「どっちにしても資金調達をやらざるを得なかったと思う」と話す。「プロダクトにものすごい投資をしないといけない。次々と競合が出てくる」。Slack以外にも、2015年末にIPOしたAtlassianが提供する人気チャットサービス「HipChat」など、同じビジネス向けチャット市場には競合が多い。

Facebookが各国・地域にあったSNSを蹴散らして世界中に普及していったように、Slackが多くの市場を席巻する可能性はあるだろう。それがネットワーク外部性によるものなのか、ソフトウェア・エンジニアやデザイナーの層の厚みよるものなのか分からない。ただ、シリコンバレーで勢いづくスタートアップに対抗するのに、社員数約60人の日本のスモールビジネスチームというのは分が悪い、ということだろう。

山本氏はシリコンバレーに移住して「2年間で戦い方が見えてきた」という。そして2014年初頭に「ちょろちょろでやって行くのか、あるいは大きくアクセル踏むのか」を考えたそうだ。それまで面会すら断っていたVCや証券会社に会い、知人のIT企業経営者にも話を聞いて資金調達を決断。社是を根本的に反故にすることになる意思決定だったが、実はほかの経営陣も口にしなかっただけで、アクセルを踏むべきときだと考えていたのだという。

ChatWorkに勝ち目があるのか?

いま現在、ChatWorkはバックエンドの全面的な書き換えを行っているという。これまで積み上げてきたPHPによる実装をScalaを使ってフルスクラッチで書き換えている最中だ。ただ、エンジニアによるブログを見る限りアプリのモデル自体は変わらないのでユーザーから見た場合の「新バージョン」という意味ではなさそうだ。

UI/UXで見ると、正直ぼくの目にはChatWorkはSlackの洗練度には及ばないし、APIの整備・利用度でも、おいそれとキャッチアップできるように見えない。この論点は、ぼくは重要だと思う。Slackがエンジニアに愛されている理由は、ユーザー認証やアプリ認証のスムーズさやAPIの使いやすさ、それから2016年現在のUI/UXのベストプラクティスが詰まっているように外部から触っているだけでも感じられるからだろう。

Twitterの登場当初がそうだったように、APIが使いやすことは、非エンジニアが考えるよりも、はるかに重要なことだ。なぜなら開発者というのはAPIが使いやすいと、何でもかんでもプラットフォームにつなぎ込みたくなるものだからだ。Twitterはサードパーティーのエコシステムで成長したし、Slackも公式・非公式のボットやアプリがあるのが強みだ。今やチャットは多くのサービスや自動化サービスのUIとなりつつある。今後のAI関連サービスの発展を考えると、この傾向はますます強まるだろうと思う。

ということを考えると、グローバル市場でChatWorkがSlackと互角に戦っていくのは、容易なことと思えない。この点について山本氏に聞いてみたところ、いくつか回答が返ってきた。

1つは、Slackが急成長しているといったところで、DAUはまだ170万程度(2015年10月)に過ぎないでしょう、という指摘。B向けチャットのレースは始まったばかりだ、ということだ。あるとき気づくと「バーレーンのタクシー会社がChatWorkを使っていたり、ブラジルで売れたりするんですよ」(山本氏)と、ChatWorkはオーガニックにユーザーベースが拡大しているのだという。特に台湾やベトナム、フィリピンではその傾向が強く、営業拠点がなくてもサービス利用者が伸びているという。これらの地域は日本人が行き来することが多く、例えばベトナムであればオフショア開発での日本との繋がりが強い。そうした人間のネットワークをベースに利用が広がっているのではないかと推測しているという。

もう1つ、SlackとChatWorkの違いとして、Slackが開発者向けであるのに対して、ChatWorkがビジネス向け機能を充実させていることを山本氏は挙げる。「ビジネスの人たちが求めているものを提供する。オールインワンで、チャットでタスク管理ができたり、その場で相手を(ビデオチャットで)コールしたりできる」。そもそもSlackとはターゲット層が違うということだ。ChatWorkはファイル共有機能や、組織を超えた人同士でのチャット機能もある。特に後者はSlackとの大きな違いで、電話やメール、会議に代わるツールを提供するというChatWorkの思想的な違いが感じられる。Slackは内線電話をなくすかもしれないが、ChatWorkは代表電話すらなくすのかもしれない(まだ読者の勤める会社にそんな20世紀的な骨董品が置いてあればの話だが)。

現在、ChatWorkは204の国・地域で約8万6000社が利用している。サービスはフリーミアムモデルで、チャットでグループをたくさん作って14個を超えると課金を選ぶユーザーが多いそう。「使っていると、だんだん消せないグループチャットが残っていく。かなりヘビーな利用者が課金している」(山本氏)。

C向けチャットアプリではLINE、WhatsApp、WeChatと地域ごとに市場が分断している。もしB向けでも似た状況が今後生まれてくるのだとしたら、ChatWorkには大きなチャンスがあるのかもしれない。シンガーポールのPieが120万ドル、タイのEkoが570万ドルを資金調達するなど、各地域でその芽が出てきているようにも見える。昨日もFacebook傘下で10億ユーザーを抱えるWhatsAppがビジネス向け強化を発表してB2Cメッセージング市場にフォーカスするというニュースが流れたばかり。ビジネス向けチャット市場はまだこれから大きく動きそうだ。

山本氏は「中国で力を蓄えてアメリカで上場して、アマゾンに戦いを挑んでいくアリババのようなイメージ」と、ChatWorkのグローバル展開の構図を説明する。ただ、すでに山本氏自身が移住して拠点をシリコンバレーに置いている通り、アジアから北米市場へという流れではなく、「最初からアメリカを見ながら北米を攻め続ける」ということ。日本発でグローバル市場を狙えるスタートアップ企業として注目だ。

将棋で磨いたAI技術をFintechへ応用、HEROZが1億円を追加調達

将棋AIをビジネス化して実績を伸ばしているHEROZが今日、創業6年目にして追加で1億円の資金調達を行ったと発表した。これまで取り組んきたでボードゲームAIによるビジネスの国際展開に加えて、金融やヘルスケア領域にもAIを適用していくという。第三者割当の引受先は一二三(ひふみ)インキュベートファンド。

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HEROZの「将棋ウォーズ」については以前TechCrunch Japanでも取り上げた。将棋なら羽生名人ということになるが、人間のチャンピオンを凌駕する実力を持つに至ったAI技術を活かし、HEROZは人間同士のオンライン対戦のコミュニティーを作ってきた。一般プレイヤーからすると、AIはすでにあまりにも強いので、AIが「コーチ役」を果たしていて、これにユーザーは課金するという仕組みが回り始めている。月商は非公開だが原価率が低く済む割にユーザーの熱量が高いのが特徴といい、強力なAIを呼び出して自分に代わってAIに指してもらうのが5手で100円。それから1日3局という対局数制限が解除できる月額500円の有料課金ユーザーが全体の1割程度。提供開始から3年、現在1日20万局以上の対戦が行われているという。

将棋ウォーズで培ったマネタイズモデルを国際展開しようというのが「バックギャモンエース」、「チェスヒーローズ」だ。将棋人口は約1270万人。これに対してバックギャモンは約3億人、チェス約7億人と、市場はより大きい。チェスやバックギャモンは、欧米では高級指向の文化として受け入れられていてプレイヤーの贅沢品の購買傾向が高いことから、HEROZではメディアとしての価値もあると見ているという。例えば、世帯収入が12万ドル以上ある人のうち21%が日常的なチェスプレイヤーなのだそうだ。

金融やヘルスケアでも応用が効く

将棋AIで培った機械学習やディープラーニングのノウハウは、「そのままではないものの並列化や機械学習のテクニックなど応用が効く」(HEROZ共同創業者で代表取締役の高橋知裕氏)ことから、まずは金融分野に進出する。具体的には市場のアービトラージを取るようなもので、過去データから将来を予測するようなもの。これはすでに証券会社に提供してて、「証券会社が持っている分析よりも良い結果を出している」(高橋氏)という。また、まだ実証段階の取り組みであるもののヘルスケア領域でもAIの適用を試みる。こちらの分野では、医療系ベンチャーの日本医療機器開発機構と協業に向けて模索を開始した段階という。

HEROZは2009年4月創業で、創業時にビッグローブキャピタルなどから1億円の資金調達をしたあと、モバイルゲーム関連で収益を上げてビジネスを回してきた。会社として「AI x モバイル」を掲げていて、将棋AIで最高峰の強さであるPonanzaの開発者の山本一成氏など過去3人の将棋電脳戦出場者がいるなどトップエンジニアを抱えているのが強み。社員数は現在約70名。

クラウド会計のfreeeがFinTechファンドなどから10億円を調達、年間の調達額は45億円に

freee代表取締役の佐々木大輔氏

クラウド会計ソフト「freee」をはじめ、クラウド給与計算ソフト、会社設立支援ツールなどを提供するfreeeは12月28日、SBIホールディングス傘下のSBIインベストメントが運用する「FinTechファンド」などを引受先とした合計10億円の第三者割り当てを実施したことをあきらかにした。同社の2015年の資金調達額は8月の調達とあわせて45億円。同社の発表によると、未上場企業においては年内で最大の額になるという。

freee代表取締役の佐々木大輔氏

freee代表取締役の佐々木大輔氏

クラウド会計ソフトのfreeeはこれまで40万件以上の事業所が利用。12月には三菱東京UFJ銀行やみずほ銀行など11の銀行との協業も発表している。これはfreeeのユーザーである中小企業や個人事業主の会計データを、ユーザーに許諾を得た銀行が閲覧できるようになるというもの。今後銀行側では、会計データを与信にした融資など、新たな金融サービスを企画・検討していくという。

またfreeeは12月16日にメディア向けの説明会を開催しているが、その際には、現状のfreeeはまだサービスの第1段階であると説明。今後は、会計事務所向けに、経営判断のためのレポーティング機能や分析機能、マーケティング機能などを提供していく。

その説明会の際に同社が強調していたのが、「10年後になくなる職業として公認会計士が挙げられているが、そうはならない」ということ。

多くの職業が今後コンピューターで置き換えられるとした2013年のオックスフォード大学のレポートでは、人工知能の発展により10年後には会計士の仕事がなくなるとも言われている。だが今後、企業のリアルタイムな経営パートナーになっていくことで、「なくなる職業」にはならないというのがfreeeの主張だ。freeeをはじめとする会計ソフトは、毎月ではなく、リアルタイムにレポートを閲覧できる。このリアルタイムな数字をもとに、素早い経営判断を支援していくことが求められているのだと。前述の機能強化は、この方針に沿ったもの。具体的なスケジュールは未定だが、2016年中にも順次新機能が提供される見込みだ。

freeeの今後のプロダクト開発について

freeeの今後のプロダクト開発について

通信サービス込み、マニュアル作成「Teachme Biz」がソラコムSIMで新端末パッケージ

スマホで写真を選んで説明文を追加するだけで業務マニュアルが作成できる、クラウド型マニュアル作成・共有ツール「Teachme Biz」については本誌TechCrunch Japanでも2015年3月に紹介したが、サービス提供会社のスタディストが今日、総額1億5000万円の資金調達に合わせてモバイル端末と接続サービスを丸ごと、1台あたり月額3980円から提供する新サービス「ワンストップパッケージ」を発表した。

teachme新サービスに含まれるのは、Teachme Bizのライセンスに加えて、モバイル端末、SIMカード(SORACOM提供のもの)、モバイルルーターなど一式。導入時のレクチャーも付属する。モバイル端末はiPod touch、iPad mini、Surface 3から選択できる。端末によって月額料金が異なりiPod touchが3980円でiPad miniが4980円など。初期費用は端末利用代金の1カ月分。契約期間は2年で、10台単位で導入できる。

これまでTeachme Bizを利用するには企業側でモバイル端末を用意する必要があったし、Wi-Fiのない環境であれば、個別に通信契約を結ぶ必要があった。新サービスを利用することで初期費用や面倒な契約が不要となる。かつてであれば、こうした垂直統合の業務ソリューションは専用端末を使うケースもあったが、スタディストのサービスは汎用モバイル端末を利用している。このため、Teachme Biz用に導入した端末は、同時にほかのクラウドサービスで利用することもできる。クラウド利用が進んでいない飲食業や小売り、物流などでのサービス導入を進めていくという。現場レベルだと導入のための端末設定スキルがあると限らないから、パッケージ導入できるメリットはありそうだ。

ソラコムのSIMカードを利用しているため、スタディストからソラコムへ流れる通信は従量課金ということになるが、通信料金を考えると月額3980円は安い。どの程度のトラフィックを見込んだ料金設定なのだろうか? スタディスト広報部によれば、マニュアルで「約2000ステップ/月くらいは利用できる試算」という。一度読み込んだものはキャッシュできるため、通信料金の安い夜にキャッシュする運用を推奨していくのだという。通信量については10台で10GB/月の制限があり、オーバーした場合は1000円/1GBで追加可能。また既存通信回線を使うこともできて、その場合はiPod touchは2980円となる。

スタディストは合わせて、日本ベンチャーキャピタル三菱UFJキャピタルから総額1億5000万円の資金を調達したことを発表している。Teachme Bizは2013年9月にサービスを開始していて、2015年12月現在、有償導入社数は前年同月の約10倍となる約600社になっている。導入先企業は、士業、IT、飲食・宿泊などで、社員数1000人を超える東証一部上場企業も含まれるという。

3タップで簡単売買、スマホ証券「One Tap BUY」が金融商品取引業者として登録完了

スマホ特化型のネット証券会社でFintechスタートアップ企業のOne Tap BUYが今日付けで、金融商品取引業者(第一種金融商品取引業)として関東財務局に登録が完了したと発表した。One Tap BUYは2013年10月の設立で来春のサービス開始へ向けて準備を進めている。

One Tap BUYはスマホで簡単に株式売買ができるアプリ「One Tap BUY」を2016年2月にローンチ予定。一般的なオンライン証券会社をスマートフォンで利用する際、16〜18タップかかる「買う・売る」の操作が3タップで終わる簡単さが特徴だ。FacebookやGoogle(Alphabet)、コカ・コーラやウォルト・ディズニーといった、日本人にも親しみのある海外ブランドの株式を、分かりやすいロゴと創業者の顔写真、マンガなどで表示して、任意の金額を指定するだけで売り買いできるようにしている。購入単位も1万円としていて、取引単位がこれを超えるようなケースでもOne Tap BUYが「端株」として吸収する。証券市場の取引可能時間など時差の違いなどもユーザーは意識する必要がないといった具合に、これまでハードルの高かった株式取引を身近なものにするのが狙い。こうした面倒な部分をサービス側で吸収するためには、法令要件や税務要件を満たしつつ金融庁と調整のうえでシステムを設計する必要があり、それを創業以来One Tap BUYは着々と進めてきたのだという。

ontapbuyOne Tap BUY創業者の林氏によれば、当初はニューヨーク証券取引所・ナスダックに上場している30銘柄に対応するが、今後は売買可能な銘柄と市場を増やす予定もあるという。東京証券取引所に対応予定のほか、もともと中国株専業のネット証券会社「ユナイテッドワールド証券」を創業して売却した経歴のある林CEOは、中国やインドの市場への対応も技術的には可能だとTechCrunch Japanに話している。

One Tap BUY創業者の林和人氏

One Tap BUYはスマホネイティブでUIを考えているのが面白い。例えば、ポートフォリオを円グラフで表示して、「この株の割合をちょっと減らしたいな」というときに、指でグリっと円グラフをなぞると回転方向に応じて株式資産の比率を再計算。それに応じて売買も行ってくれる。One Tap BUYは従来の「オンライン証券」というサービスや常識からすると、まったく異なるタイプのサービスになりそうだ。

株を保有することで得た利益を現金化する方法も、ちょっとユニーク。購買時から上がった株価の分だけを売却する、というのが1つの機能として提供されている。ここに経済的合理性があるようには思えないのだけど、そうしたニーズがあること自体は理解できる。そもそも経済合理性から言えば、現在の日本人の個人資産の現金保有残高は異常に高い。例えば日本銀行調査統計局の2015年9月3の統計によれば、日本の個人資産1717兆円のうち52%の893兆円が現金・預金となっている。歴史的な低金利が続いていることを考えると、大多数の個人投資のお金を動かすものが、必ずしも経済合理性ではないと考えるべきだろう。それがブランドへの愛着や創業ストーリーの分かりやすさ、売買アプリの敷居の低さといったことで動く可能性はあると思う。

「貯蓄から投資へ」という掛け声とともにNISAなど個人の投資環境整備が進む一方で、なかなか進まない日本の個人資産運用。One Tap BUYが、この社会課題の突破口となるのかどうか、今後の動きに注目したい。なお、One Tap BUYはTechCrunch Tokyo 2015のスタートアップバトル決勝戦で、審査員特別賞とAWS賞を受賞している。以下がOne Tap BUYが作成したテレビショッピング風の説明動画だ。

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動画プロダクション・メディア運営の3Minuteが3億円の調達、セプテーニとは協業も

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女性特化のYouTuberプロダクションや動画メディア「MINE」を運営する3ミニッツ(3Minute)は12月16日、セプテーニと動画広告領域での資本・業務提携を締結したことを明らかにした。セプテーニのほか、複数社(社名非公開)を引受先とする第三者割当増資も実施。合計約3億円を調達している。

今回の提携を契機に、3Minuteがマネジメントするインフルエンサー(女性YouTuberなど)を素材に、両社が共同で広告クリエイティブを制作。セプテーニが広告販売していく。今後は共同での広告商品開発も進める予定だ。

このほか、動画メディア「MINE」のスマートフォンアプリ「MINE TV」もiOSおよびAndroid向けにリリース。MINEは25〜35歳の女性インスタグラマーを中心にサービスを拡大。現在MAU(月間アクティブユーザー)40万人を誇る。配信するのは自社制作のオリジナル動画が中心。月間数百本の動画を制作しており、ネイティブ広告の取り組みもスタートしているという。

さくらインターネットがブロックチェーン環境をベータ提供、石狩・東京で分散

さくらインターネットテックビューロが今日、ブロックチェーンの実証実験環境「mijin クラウドチェーンβ」を2016年1月から提供すると発表して申し込み受け付けを開始した。ベータ版は無料で利用でき、金融機関やITエンジニアの実験環境としての利用を見込む。2016年7月にはmijinはオープンソース化される予定で、同時期にさくらインターネットは有償サービスの提供も開始する。

mijinクラウドチェーンβは、テックビューローが開発するプライベート・ブロックチェーンを、さくらのクラウドの東京リージョンに2ノード、北海道・石狩リージョンに2ノード用意したサーバー環境で実行するもの。4ノード1セットで稼働し、JSONベースのAPIで利用できる。地理的に分散したプライベート・ブロックチェーン環境をクラウドで用意するのは世界的に見ても先進的。金融やポイントシステム(企業通貨)、勘定システム、契約文書の保存先などの応用事例の実証実験が手軽に始められる。

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Bitcoinとは違う「ブロックチェーン」

ブロックチェーンはBitcoinを実現している要素技術として注目されているが、今回の話は暗号通貨としてのBitcoinとは直接は関係はない。mijinはBitcoin以来、1000以上は登場したと言われる仮想通貨・ブロックチェーン技術の実装の1つ。その多くはBitcoinのコードベースから派生したフォーク・プロジェクトだが、mijinはスクラッチで書かれたブロックチェーン実装だ。この区別は重要だ。ITシステムの世界で「データベース」と一口にいってもリレーショナルDBだけでなく、今やNoSQLと呼ばれる異なる特性を持った一群の各種ストレージ技術を使い分けているのと同じで、同じブロックチェーンでもさまざまなアイデアや、特性の取捨選択によって多様な実装が生まれつつある段階だからだ。

Bitcoinを実現しているブロックチェーンとmijinの違いは、1つにはクローズドなノードで実現していることが挙げられる。もう1つはブロックチェーンの上の通貨データであるトークン(コイン)のマイニングが不要なこと。これによってBitcoinで送金に10分程度かかる原因だったトランザクションの検算処理ともいえるProof of Workと呼ばれる処理が不要となっている。このため今回さくらインターネットが用意する環境では1日に200〜300万トランザクションという高いスループットでの処理が可能だという。

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さくらインターネット フェローの小笠原治氏

今回さくらインターネットでテックビューロとの実証実験の取り組みを進めた小笠原治氏(さくらインターネット フェロー)は、「200〜300万という数字は、大手の都銀をのぞく約9割の銀行で必要なトランザクション量です。いちばんトランザクションの多いセブン銀行で500万程度です」と話す。実証実験に続いて2016年7月からは4ノードの実行環境とテックビューロのサポートが受けられる有償サービスも開始するが、これはクラウド利用料も含めて1年間で77万円。もし銀行のシステムをブロックチェーンに載せることができれば、従来システムの劇的なコストダウンになるだろうという。

小笠原氏によれば今回の実証実験には2つの目的がある。1つは立ち遅れている日本のブロックチェーンの理解・普及を促進するため。「ちょっとできる人ならポイントシステムを作るのは簡単にできる。無料なので試してみる人が出てくるでしょうし、ブロックチェーンという技術を実感していただきたい」(小笠原氏)。もう1つは、ユースケースによって、実際に必要な機能やチューニング、仮想インスタンスやサービスはどうあるべきなのかという知見を早めに収集・蓄積すること。さくらインターネットがブロックチェーンに前のめりである理由は、複数ノードを分散運用すべきブロックチェーンは「クラウドと親和性が高いから」ということだ。クラウドと言っても実際には物理サーバーがデータセンターにある。そこでのトランザクション性能のボトルネックになるネットワーク帯域の増強や物理サーバーへのメモリー追加搭載、GPGPU搭載などは、さくらインターネットのようなデータセンター事業者が取り組んで来た領域だ。

シェアリングエコノミーで立ち上がる可能性もあるブロックチェーンの応用

石橋を叩いて壊すような日本の金融業界が、いきなりブロックチェーンを導入するという展開は考えづらいが、例えば楽天のように技術に明るいネット企業がポイントシステムでブロックチェーンを導入することはあり得るだろう。もっとありそうなのは、例えば弁護士ドットコムのようなスタートアップ企業がウェブ完結型のクラウド契約サービス「クラウドサイン」で契約文書の保存先として利用するようなケースだろう。

Bitcoinではブロックチェーン上に40ビットのトークンを保存していて、これが通貨データを扱っていたが、今回のmijinの実装ではこの領域を180バイトとしているそうだ。180バイトといえばちょっとしたメッセージを保存できることから、「例えば社内向けのセキュリティの高いメッセージシステムを作ることもできる。あるいはfreeeのような企業会計でも使えるかもしれない」(小笠原氏)という。180バイトというのは1つのパラメーターなのでユースケースによって1KBにするということもありえる。

いったん書き込んだデータの改ざんが極めて難しいという特徴から勘定系システムへの導入が分かりやすいブロックチェーンの応用例だが、小笠原氏はもっと広い領域へ適用が始まると見ている。

1つはシェアリング・エコノミー系のサービスでの利用だ。「誰が誰に何を貸したかを記録できる。部屋やクルマの貸し借りであれば鍵のオン・オフにも使えるし、セキュリティーも担保される」。スタートアップ企業なら、特にプロダクトのスタート当初はユーザー数もトランザクションも少ないだろうし、MySQLやPostgreSQLを冗長構成で並べてフロントにキャッシュを置けば十分ではないのか、と、ぼくはそう思ったのだけど、小笠原氏の指摘は逆だった。MySQLが上手に使える人を雇うよりも、JSONベースでAPI経由でデータをクラウドに投げるだけでトランザクション、高可用性が実現できるなら、そのほうが良いかもしれないではないかということだ。「出退勤システムのデータ保存先でもいいわけですよ」と。

もう1つ、さくらインターネットは競合のAmazonのAWS IoTなどを横目に見つつ、IoT領域のサービス展開も視野に入れ、そこでブロックチェーンが果たす役割を見据えている。そんなことも今回の実証実験の背景にあるようだ。

IoTではデバイスの数が1桁とか2桁といったレベルで増えていくし、センサーネットワークであれば小さなデータが一斉に吸い上げられることになる。その保存先としてブロックチェーン技術は注目されていて、例えば2015年1月にIBMが発表した論文は話題になった。中央集約的なサーバーやサーバー群は、IoT時代に破綻するだろうという考察だ。IBMの論文には冷蔵庫やエアコンにブロックチェーンが載る時代が来るだろうという結構ぶっ飛んだものだが、たとえIoTの末端にまでブロックチェーンが搭載されずとも、例えばデバイスの保守契約の期間をブロックチェーンに保存しておいて、あるデバイスが故障したときに、保守サービス側にアラートをあげる、保守サービス期間が終わっていればアラートをあげないというような仕組みはブロックチェーン上で実現できるだろう。ブロックチェーンにチューリング完全なプログラミング言語を搭載するEthereumが注目されているのは、まさにこうした理由からだ。

誤解の多いブロックチェーンに危機感

実は今回の実証実験の話は、TechCrunch Tokyo 2015がきっかけとなっているそうだ。テックビューロはスタートアップバトルのファイナリストで、さくらの小笠原氏は審査員の1人だった。パーティーの場で話をしているときに「(ブロックチェーンのようなものは)使ってもらわないとダメだ」ということで意見が一致したそう。例えばIoTのデバイスからセンシングデータを吸い上げるようなケースで、自分たちでバックエンドを用意しなくても、ブロックチェーンの1実装を使った実験ができるようにしたほうが話が早いということだ。

ビットコインの登場や、その後の騒動が出来事として印象が強かったために、今もまだブロックチェーン技術が理解されていないと感じているという。一部では、今でもまだブロックチェーンは仮想通貨のためのものであり、しかもその多くは投機目的であるという印象が先走っているのではないかと小笠原氏はいう。

面白いのは、小笠原氏が20年前のさくらインターネット創業時に、現在のブロックチェーンの取り組みを重ねて見ていることだ。さくらインターネットは1996年に創業しているが、当時は都市型データセンターの構築ブームでインターネットの黎明期だった。その頃は「インターネットってオタクのものでしょ? ビジネスになるの? っていうことを最初の5年くらいは言われたものです」という。その黎明期に似て、今はブロックチェーンも「何に使えるの?」と聞かれる日々だという。2015年夏に元創業メンバーとして、さくらインターネットに復帰した小笠原氏が取り込むプロジェクトとしては、なるほど感がある。小笠原氏はDMM.make AKIBAの仕掛人、ハードウェアスタートアップの国内アクセラレータ「ABBALab」(アバラボ)の共同設立者でもあるので、今回の実証実験は「ブロックチェーンのIoTへの応用」という文脈が感じられる。さくらインターネット的な立場からは、「いずれクラウドで動くブロックチェーンが日本以外から入ってくると思う。だから先にちゃんと手がけて知見やノウハウを手に入れたい」(小笠原氏)という国際競争の観点もあるようだ。