Rocket LabがNASAゲートウェイ計画の試験衛星を月軌道に打ち上げる

ロケット打ち上げスタートアップRocket Lab(ロケット・ラブ)は、NASACAPSTONE(キャプストン)実験のためのCubeSatを、同局の委託で打ち上げる契約を勝ち取った。最終目標は、CAPSTONE CubeSatをシスルナ(地球と月の間の)軌道に載せることにある。この軌道には、NASAが月を周回する宇宙ステーション「ゲートウェイ」が載る計画になっている。2021年の打ち上げが予定されている。

CAPSTONEは、バージニア州ワロップス飛行施設にあるRocket Labの新しい発射台Launch Complex 2(LC2)から打ち上げられる。Rocket Labは、この発射台を2019年12月に正式オープンし、同社のElectronロケットを使った最初のミッションを2020年の後半からスタートさせる。

この打ち上げは、バージニアの飛行施設から打ち上げられる2つめの月ミッションであることを含め、いくつもの意味で重要性が高い。これにはRocket LabのPhoton(フォトン)プラットフォームが使われる。自社で開発製造を行った人工衛星で、幅広いペイロードに対応できる。今回、Photonは、重量わずか25kg程度のCAPSTONE CubeSatを地球軌道から月まで運ぶことになる。目的地に到達すると、CAPSTONEは搭載されている小型エンジンに点火して、目標のシスルナ軌道に自らを載せる。

Rocket LabはPhotonを2019年に発表したが、当時はその目的のひとつに、小型衛星を長距離運搬することを挙げていた。それには月も含まれる。この能力は、2024年までに再び人類を月面に送り込み、月面とその軌道に恒久的な有人拠点を建設し、有人火星ミッションへの足がかりにつなげるというアルテミス計画に着手するNASAに売り込みをかける上で、きわめて重要なものだ。

CAPSTONEは、この計画でNASAが建設と運用を目指す月軌道ゲートウェイのための「先駆者」として大切な役割を果たす。

「CAPSTONEは、ゲートウェイの軌道として計画されている7日間で周回する独特なシスルナ軌道を調査するための、迅速でリスク許容度の高い実証実験です」と、NASAの有人月探査計画ディレクターMarshall Smith(マーシャル・スミス)氏は広報資料の中で述べている。今回のニュースに関しては「私たちはこの先行データにのみ依存するわけではありませんが、同じ月軌道を利用する目前のミッションでの、ナビゲーションの不確実性を低減できると考えています」と説明している。

Rocket Labによる打ち上げは、トータルで995万ドル(約10億9000万円)という固定料金になっているとNASAは話している。NASAでは、契約を交わしているAdvanced SpaceとTyvak Nano-Satellite Systemsにも、2021年に予定されている打ち上げの前までに、CAPSTONE宇宙船の建造を始めてもらいたいと考えている。

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(翻訳:金井哲夫)

微小重力環境でバイオテックの基盤を作る新種の宇宙企業Luna

トロントに拠点を置くスタートアップであるLuna Design and Innovation(ルナ・デザイン・アンド・イノベーション)は、経済状況が変化し続けるこの巨大産業に次々に生まれては優位に立とうとする宇宙スタートアップを代表する企業と言える。CEOを務めるAndrea Yip(アンドリア・イエップ)氏が創設したLunaは、商用化された宇宙での新しい機会(それは何かまだ誰にもわからないが)から多くを得る立場にあるバイオテクノロジー企業の挑戦に火をつけようと目論んでいる。

「私はこれまで、医療業界の公開企業と非公開企業で、製品やサービスのデザインと改革に専念してきました」とイエップ氏はインタビューの中で私に話してくれた。「私は数年間、製薬会社で働いていましたが、製薬と宇宙とデザインが交わるところで仕事ができる道を本気で探そうと、2017年末に製薬業界を離れました。人類の医療の未来は宇宙にあると信じたからです」。

イエップ氏はその信念を現実のものにしようと、今年の初めにLunaを設立した。宇宙にしかない研究環境を利用可能にして、バイオテクノロジー分野にチャンスを与えることが狙いだ。

「私たちは、宇宙を研究プラットフォームだととらえ、その宇宙プラットフォームが、地球での医療上の問題の解決に寄与すると信じています」とイエップ氏は説明する。「なので私にとって、バイオテクノロジー分野と製薬分野に宇宙への道を拓き、そこを研究開発と画期的な発見のための研究プラットフォームとして使えるようにすることが、きわめて重要なのです」。

国際宇宙ステーションでは、製薬とバイオテクノロジーの実験を数多く受け入れてきた

NASAの宇宙活動は、乳房生検に使われるデジタルイメージング技術、子宮内の胎児の成長をモニターするトランスミッター、脳腫瘍手術のためのLEDなど、数多くのものを生み出すきっかけを与えた。また宇宙での医薬品の研究開発は、ずっと以前からMerck(メルク)やP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)といった大手製薬会社が手を染めており、国際宇宙ステーション(ISS)で実験が行われてきた。今ではSpaceFarma(スペースファーマ)などの企業がミニ研究室をISSに設置して、クライアントの実験を代行している。しかし、利用されていない機会がまだまだ多い業界であり、イエップ氏によれば、可能性が山ほどあるという。

「残念ながらそこは、今のところ、ほとんど利用されていない研究プラットフォームだと思っています」と彼女は言う。「一部の物理学的現象と生命科学的現象は、宇宙、つまり私たちが微小重力ベースの環境呼ぶ場所では、異なる振る舞いを見せます」。

【略】

「例えばがん細胞は、微小重力下に短期間いた場合と長期間いた場合とでは、転移の仕方が変わることがわかっています。そのため、そうした種類の見識を得られるだけでも、またなぜに挑戦して理解するだけでも、たくさんの新発見が解き放たれ、がんの実際のメカニズムを理解できるようになります」。

【略】

そしてそうした見識を得ることが、新薬のよりよいデザイン、地上でのよりよい治療機会に、実際につながってゆくのです」。

Blue Originのロケット「New Shepard」 写真提供:Blue Origin

微小重力環境でのバイオテクノロジーの研究は、一部ではすでに行われているものの、「このイノベーションにおいては、私たちが最初の結論です」とイエップ氏。さらに、今後10年程度の間に旧態依然とした既存の大手製薬会社を破壊するのは、宇宙での研究開発にいち早く積極的に投資を行なった企業だと考えを述べた。

Lunaの役割は、宇宙での研究のための効果的な投資となる、最良のアプローチとバイオテクノロジー企業を引き合わせることだ。その目的のために早期に実現した成果として、Jeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏の商用宇宙ロケットを打ち上げる企業、Blue Origin(ブルー・オリジン)との間でチャンネルパートナーという役割を獲得したことがある。この契約は、LunaがBlue OriginのNew Shepard(ニュー・シェパード)ロケットのセールスパートナーになることを意味し、Amazonの創設者であるベゾス氏のこのロケット企業のために、低軌道での宇宙実験をどうしたら実施できるか、またなぜそれが必要なのかを潜在顧客と考えてゆくことになる。

それは短期的な展望であり、この地球上にもっとも強いインパクトを与える方法を模索するためのものだ。しかし、もっと先の未来が握っているバイオテクノロジーの可能性は、現在の宇宙産業の針路を考えることで開花し始める。それは、NASAの次なるステップや、スペースXなどの民間企業による他の惑星の有人探査などだ。

「私たちは、2024年の月再着陸についても話し合っています」とイエップ氏は、NASAのアルテミス計画を示唆しつつ語った。「今後数年で火星に行くことを、私たちは考えています。そこには、私たちのために発見しなければならないものが大量にあります。そしてそれは、巨大なチャンスでもあります。他の惑星で何が発見できるのか、本当にそこへ人を送り込むのかは、まだ誰にもわかりません。なので私たちは、そのための準備と、必要な能力の構築に着手するのです」

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(翻訳:金井哲夫)

NASAは国際宇宙ステーショの「商用化」を宣言、民間宇宙飛行士の受け入れも

6月7日に開かれたイベントで、NASAは、国際宇宙ステーション(ISS)を地球の低軌道での商業活動のハブとする案を発表した。長い間、NASAは、宇宙での民間事業を支援する拠点としてISSを位置づける計画を練っていた。

「国際宇宙ステーションの商用利用の解禁をお伝えするために、私たちはここに来ました」と、NASAの首席報道官Stephanie Schierholzはカンファレンスの口火を切った。20の企業とNASAの職員がステージに上がり、この新たな商用化の発表と、その機会や計画に関する討論を行った。

計画には、民間宇宙飛行士がアメリカの宇宙船を利用してISSを訪問し、滞在することを許可する内容も含まれている。また、「宇宙での製造」、マーケティング活動、医療研究「などなど」、ISSでの民間事業の活動を許可するとNASAは話していた。

NASAは、5つの項目からなる今回の計画は、ISSの政府や公共部門の利用を「妨げるものではなく」、民間の創造的な、また利益追求のためのさまざまな機会を支持するものだと明言している。NASAの全体的な目標は、NASAが、ISSと低軌道施設の数ある利用者のなかの「ひとつ」になることであり、それが納税者の利益につながると話している。

NASAの高官から今日(米時間6月7日)発表された、5つの内容からなる計画は次のとおりだ。

  • その1:NASAは、国際宇宙ステーション商用利用ポリシーを作成した。搭乗員の時間、物資の打ち上げと回収の手段を民間企業に販売することなどを含め、初回の必需品や資源の一部を提供する。
  • その2:民間宇宙飛行士は、早ければ2020年より、年に2回まで短期滞在ができる。ミッションは民間資金で賄われる商用宇宙飛行とし、アメリカの宇宙船(SpaceXのCrew Dragonなど、NASA有人飛行計画で認証されたもの)を使用すること。NASAは、生命の維持、搭乗必需品、保管スペース、データの価格を明確に示す。
  • その3:ISSのノード2 Harmonyモジュールの先端部分が、最初の商用目的に利用できる。NASAはこれを、今後の商用宇宙居住モジュールの第一歩と位置づけている。6月14日より募集を受け付け、今年度末までに最初の顧客を選定し、搭乗を許可する。
  • その4:NASAは、長期の商用需要を刺激するための計画を立て、まずは、とくに宇宙での製造と再生医療の研究から開始する。NASAは、6月15日までに白書の提出、7月28日までに企画書の提出を求める。
  • その5:NASAは、長期にわたる軌道滞在での長期的な商業活動に最低限必要な需要に関する新たな白書を発表する。

商用輸送の費用を下げることは、この計画全体にとって、きわめて重要であり、その問題は繰り返し訴えられてきた。それは、費用を始めとするさまざまな問題を解決し、単に商用化を許可するだけでなく、実行可能なものにするための手助けを、民間団体に呼びかけているように見える。もうひとつの計画は、次の10年、さらにその先に及ぶ長期にわたり、民間団体からのISSへの投資を呼び込み、ISSを民間宇宙ステーションに置き換える可能性を開くというものだ。それは最終的に、寿命による代替わりの問題の解決につながる。

補給ミッション中のSpaceXのDragonカプセルがISSを離れるところ。

TechCrunchのJon Shieberが、4月、ISS米国立共同研究施設の次席科学官Michael Roberts博士をインタビューした際に、宇宙ステーションの商用化について話を聞いている。

Roberts博士は、ISSで民間団体が事業を行えるようになる可能性は一定程度あると明言していた。これには、たとえば、関心の高い製薬業界の前臨床試験や薬物送達メカニズムといった分野の「基礎研究」も含まれる。製造業界では、無重力や真空という環境を利用して、現在の製造方法の改善を目指す民間企業をRoberts博士は挙げていた。

重要な細目としては、ISSで許されるマーケティング活動の範囲の拡大がある。ISSに搭乗してるNASAのクルーは、マーケティング活動に参加できる(とは言え、カメラの前でいかにもクルーらしく振る舞う程度だが)。民間宇宙飛行士の場合は、広告や宣伝が許される範囲が大幅に柔軟化されるため、さらに大きな仕事ができるようになる。理論的には、もしこれがディストピアの方向に流れたならば、レッドブルの超絶エクストリームな宣伝活動がもっと増えるということだ。

NASAによれば、現在も50の民間企業がISSで実験を行っているとのことだが、今回の発表は、その機会を、より望ましい形と規模の枠組みに、時間をかけて整備させてゆくことを意味している。

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(翻訳:金井哲夫)

Observationは現代版HAL 9000になれる緊張感と雰囲気たっぷりのパズルゲーム

映画「2001年宇宙の旅」を観るにつけ、HAL 9000の策略がダメだとケチをつけ「自分ならもっとうまくやれる!」と思ってしまう人には、Observation(オブザベーション)がピッタリだ。宇宙ステーションに搭載されたSAMと呼ばれるAIになって、人間の乗組員の指令により、命にかかわる謎に挑戦する。ただし、その事件に自分も関わっている恐れがある。

このゲームは、近未来のISSを拡張した程度の宇宙ステーションとは名ばかりの場所が舞台となる。あなたは、宇宙ステーションにダメージを与えかねない不慮の事故が発生したあと、宇宙飛行士Emma Fisherによって起動される。Systems Administration and Maintenance(SAM)というAIであるあなたは、まずは彼女が当面の混乱を乗り切るための手助けをするよう求められる。その後、何が起きたのかを解明してゆく。

使命を遂行するためには、デジタルエージェントが行うように、さまざまなタスクを熟さなければならない。ハッチをアンロックして開いたり、システムエラーを調べたり、壊れたノートパソコンからデータを回収したりなどなど。ほとんどの作業は、ステーション中に設置されたカメラを通して行う。通常は、カメラ間を自由に移動でき、カメラのアングルを変えて、こっちのハッチを見たり、あっちの壁に貼られている紙切れを見たりできる。しかし、これが微小隕石やその他の宇宙によくある変則的な現象による単純な事故でないことは、すぐにわかる。ネタばらしはしたくないが、2001年宇宙の旅と同様、ミステリーはずっと深いところにあり、SAM自身も事件に関与している、といった程度のことは話してもいいだろう。

Observationはリアルタイムで進行するパズルゲームだが、急いで対処すべきがタスクを与えられることは滅多にない。なので「SAM、ポッドベイのドアを開けろ!」みたいな切迫したコマンドは希で、むしろ「冷却システムがおかしい。だからハッチが開かないのね。調べてみてくれる?」みたいな感じだ。

そこで、例えばカメラを使ってシステムを制御しているサーバーを検査して、再起動に必要な情報を壁に貼られた紙切れに描かれた回路図から得るといった具合だ。解決のコツは、とにかくよく観察すること。しかし、稼働中の宇宙ステーションの繁雑な舞台裏や大惨事の後の残骸の中で、何を探しているのかすらわからないものを探すといった、イラつく宝探しになる場合もある。

もし行き詰まったときは、考えすぎが原因だったりもする。私は、ある問題の解法で悩んでいたとき、じつは背景にまぎれ込んでいたインタラクティブなオブジェクトをひとつ見逃していただけだったという経験がある(実際には、電源のコンセントでオンオフができるというものだった)。

エアーロックなどの装置を操作するときには、たいていミニゲームをクリアするようになっている。一連のボタンを押したり、長押ししたりする順番を見つけるといった程度のもので、それほど難しくはない。これは、いつでもアクションボタンさえ押せば解決するものではないという状況を作るためのハードルになっている。操作性には、ちょっと厄介な部分がある。ある場面では、あることをするためにSキーを押し続け、その後同時にWキーを押し続けなければならないというものがあった。1本の指でそれが同時にできるかどうか、考えればわかりそうなものだ。幸いなことにキーの割り当ては変更が可能で、マウスの動きは悪いもののシビアなタイミングで操作を強いられることはない。

パズルはやや単純だが、宇宙ステーションの中を歩き回るのはとても楽しい。グラフィックが美しいからだ。開発者はよほど入念に下調べをしたのだろう。Observation、すなわちこの宇宙ステーションが、21世紀に運用されていることをリアルに実感させてくれる。いたるところにカメラやノートパソコンが備え付けられていて、ロシア人や中国人の乗組員が残した付箋が貼られ、荷物や実験装置がしまい込まれていたり、途中で放棄されたりしている。

また映像は、ポストプロダクトが加えられ、本当に監視カメラシステムを通してさまざまなものを見ているような雰囲気に仕上げられている。ただその効果には、やや一貫性に欠けるものがある。あるときは、80年代のディスクドライブやシステムが回転を始めるときに似たすすり泣くような音が聞こえたかと思えば、Windows 98 SEっぽいデザインが現れたりする。ゲーム画面は「ターミネーター」から出て来たような感じだ。はっきり言ってまとまりがない。しかし実際、ISSやその他の宇宙船のシステムも、同じようなものだ。それは、ステーション内のいろいろな部分や、プレイヤーが接続する数々の機器に変化をもたらす上では、気の利いた工夫になっている。

主人公Emmaのモデリングも、とてもよく出来ているのだが、そこかしこでぎこちないアニメーションを見せるため、不気味の谷にちょっと足を突っ込んでいる感がある。もしかしたら、微小重力の仕業かも知れない。しかし、声優の力量だけは看過できないものだ。その点、Emmaの声優は素晴らしい。その他、ゲームに登場する声の演技はどれも秀逸だ。会話の量は、よく声優が引き受けたなと思うほどある。しかしお陰で、聞いていて実に心地いい。環境音もまた素晴らしい。ぜひヘッドフォンで聞いてほしい。

圧迫感と緊張感を覚えるが、怖いというほどではない。空気孔からネオモーフが飛び出してくることもない。スペースステーションシミュレーター2019を期待するのも間違いだ。これは、本気で楽しめる大人の(とはいえ、大人向けというわけでも暴力的というわけでもない)SF物語だ。私がプレイした限りでは、洗練された面白いゲームだ。

まだ最後までプレイしていないのだが(レビュー用に早めにもらっていたのだけど、Mordhauの強烈な愛憎劇にはまっていたのだ)、ここまでプレイした印象から、適度に難しいパズルで、入念に作り込まれた環境でよく練られた物語を楽しみたいというすべての人に、躊躇なく推薦できる。宇宙マニアにもお勧めだ。今なら25ドル以下で買える(今週のセール期間中はもっと安い)。迷う必要はない。

Observationは、今週初めにEpic GameとPlayStation Storeでリリースされた。

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(翻訳:金井哲夫)

現実のHAL9000が開発される – その名はCASE

慌てないで! たしかに、現実は芸術を模倣するが、Cognitive Architecture for Space Exploration(宇宙探査のための認識アーキテクチャー):CASEの開発者たちは、映画『2001年宇宙の旅』から教訓を学んでいる。彼らが作るAIは人を殺さないし、人間を未知の物体に遭遇させて宇宙の涅槃の境地に導いたりはしない(たしか、そんな話だったと思うが)。
CASEは、数十年間にわたりAIやロボット工学に携わってきたPete Bonassoが行っている研究で、始まったのは、今のバーチャルアシスタントや自然言語処理が流行するずっと前のことだ。今では忘れられようとしているが、この分野の研究の発端は、1980年代1990年代のコンピューター科学とロボット工学が急速に発達してブームとなった時代に遡る。
問題は、宇宙ステーション、有人宇宙船、月や火星のコロニーといった複雑な環境を、いかにしてインテリジェントに観察し管理運営するかだ。このシンプルな問題には答えが出ているが、この数十年で変化し続けてきた。国際宇宙ステーション(20年目に入った)には、それを管理する複雑なシステムがあり、時とともにどんどん複雑化してきた。それでも、みんなが想像しているHAL9000には遠く及ばない。それを見て、Bonassoは研究を始めたのだ。

20歳を迎えた国際宇宙ステーション:重要な11の瞬間

「何をしているのかと聞かれたとき、いちばん簡単な答は『HAL9000を作ってる』というものだ」と、彼は本日(21日)公開のScience Robotics誌で語っている。現在、この研究は、ヒューストンの調査会社TRACLabsの後援のもとで進められている。
このプロジェクトには数々の難題が含まれているが、そのなかのひとつに、いくつもの認知度の層と行動の層を合体させることがある。たとえば、住環境の外にある物をロボットアームで動かすといった作業があるだろう。または、誰かが他のコロニーにビデオ通話を発信したいと思うときもある。ロボットとビデオ通話用のソフトウエアへの命令や制御を、ひとつのシステムで行わなければならない理由はないが、ある地点で、それら層の役割を知り、深く理解する包括的なエージェントが必要になる。

そのためCASEは、超越的な知能を持つ全能のAIではなく、いくつものシステムやエージェントを取りまとめるアーキテクチャーであり、それ自体がインテリジェントなエージェントという形になっている。Science Robotics誌の記事で、またその他の詳細な資料でもBonassoは解説しているが、CASEはいくつかの「層」から構成されていて、制御、ルーチン作業、計画を統括する仕組みだ。音声対応システムは、人間の言葉による質問や命令を、それぞれを担当する層が処理できるようにタスクに翻訳する。しかし、もっとも重要なのは「オントロジー」システムだ。
宇宙船やコロニーを管理するAIには、人や物、そしてうまうやっていく手段を直感的に理解することが求められる。つまり、初歩的なレベルで説明すると、たとえば部屋に人がいないときは、電力を節約するために照明を消したほうがよいが、減圧をしてはいけない、といった状況を理解することだ。または、誰かがローバーを車庫から出してソーラーパネルの近くに駐車したときは、AIは、ローバーが出払っていること、どれが今どこにあるか、ローバーの無い間のプランをどう立てるかを考えなければならない。
このような常識的な理屈は、一見簡単そうに思えるが、じつは大変に難解なものであり、今日、AI開発における最大の課題のひとつに数えられている。私たちは、原因と結果を何年もかけて学び、視覚的な手がかりをかき集めて、周囲の世界を頭の中に構築するなどしている。しかしロボットやAIの場合は、そうしたことは何も無いところから作り出さなければならない(彼らは即興的な行動が苦手だ)。その点、CASEは、いくつものピースを組み合わせることができる。

TRACLabsのもうひとつのオントロジー・システム PRONTOEの画面

Bonassoはこう書いている。「たとえば、利用者が『ローバーを車庫に戻してくれ』と言ったとする。するとCASEはこう答える。『ローバーは2台あります。ローバー1は充電中です。ローバー2を戻しますか?』と。ところが『ポッドベイのドアを開けろ』(居住区にポッドベイのドアがある場合)と言うと、HALとは違い、CASEは『わかりました、デイブ』と答える。システムに妄想をプログラムする予定ははいからだ」
なぜ彼は「ところが」と書いたのか、理由は定かではない。しかし、どんなに映画好きでも、生きたいという意欲に映画が勝ることがないのは確かだ。
もちろん、そんな問題はいずれ解決される。CASEはまだまだ発展途上なのだ。
「私たちは、シミュレーションの基地で4時間のデモンストレーションを行ったが、実際の基地で使用するまでには、やらなければならないことが山ほどある」とBonassoは書いている。「私たちは、NASAがアナログと呼ぶものと共同開発を行っている。それは、遠い他の惑星や月の環境を再現した居住空間だ。私たちは、ゆっくりと、ひとつひとつ、CASEをいろいろなアナログで活動させ、未来の宇宙探査におけるその価値を確実なものにしていきたいと考えている」
私は今、Bonassoに詳しい話を聞かせてくれるよう依頼している。返答があり次第、この記事を更新する予定だ。
CASEやHALのようなAIが宇宙基地を管理するようになることは、もはや確定した未来の姿だ。たくさんのシステムをまとめる極めて複雑なシステムになるであろうものを管理できる合理的な方法は、これしかないからだ。もちろん、言うまでもないが、それは一から作られるものであり、そこでとくに重要になるのが、安全性と信頼性、そして……正気だ。

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(翻訳:金井哲夫)