米政府はハイテク企業と協議し新型コロナとの戦いに位置情報を活す作戦を練る

Washington Postの最新報道によると、米国政府関係者は現在、携帯電話からのデータを新型コロナウイルスのパンデミック対策に活かす方法はないか、Facebook(フェイスブック)やGoogle(グーグル)を含む複数のハイテク企業と検討しているという。この会談では、医療の専門家によるパンデミックと伝播を監視する可能性も話し合われている。携帯電話のデータを有効活用する有望な方法として集約し匿名化した位置情報の利用があると、その記事の情報筋は伝えている。

米国人の携帯電話から回収した位置情報は、公衆衛生の専門家が大まかな感染の広がり具合を監視しマッピングするときの役に立つ。専門家グループはすでにそれを理論化しているものの、当然のことながらあらゆる位置情報が追跡されると考えると、人々の反感は避けられない。特にそれが大規模に実施され、政府と業務提携をしている民間企業のみならず、政府の人間も含まれるとなればなおさらだ。

だがこれらの試みは、米疾病予防管理センター(CDC)による感染パターンの概要把握という目的のみに厳格に用途を絞ったもので、個々の携帯電話利用者は対象にしていない。Washington Postの情報筋は、いかなるかたちであれ、そこから政府のデータベースが構築されることはないと強調している。あくまで匿名化され集約されたデータからCOVID-19の伝播と拡散のモデルを知るためだけに限定される。

すでに、新型コロナウイルスのパンデミックに関連する問題で、世界の最大手級のハイテク企業が前例のない共同研究を開始している。情報を広めるための製品を扱う事実上すべての大手ハイテク企業は、3月16日に会合を開き、ウイルスに関するデマや誤情報の拡散に対処するため緊密に連携するとの声明を発表した。

ホワイトハウスも、ウイルスと米国の対応についてハイテク企業に助言をもらってきた。先週、Amazon(アマゾン)、Apple(アップル)、Facebook、Google、Microsoft(マイクロソフト)、Twitter(ツイッター)が参加した会合もそのひとつだ。AmazonのJeff Bezos(ジェフ・ベゾス)CEOは、現政権と定期的に接触している。Amazonは隔離、社会的距離の確保、収容さらには自宅待機命令に関する実質的な国際的指針に人々が対処する上で中心的な役割を果たし、ますます重要性が高まっているからだ。

今週初めに疫学者、企業幹部、医師、学会関係者が数多く署名した公開書簡が発表されたが、そこでもハイテク企業が貢献できるCOVID-19のパンデミック対策の概要が示された。そのひとつに(特にモバイル用OSを提供するAppleとGoogleに向けられているが)、ウイルス感染者と接触した可能性のある個人のために「本人の了承を得た上で、プライバシーを保護するOSの機能を接触者追跡に役立てる」といった提案がある。

もちろん、乱用を否定する保証があるなしに関わらず、広範に個人情報を収集しようという試みに警戒心を抱くのは自然なことだ。個人の自由か保護かの究極の選択を迫られ、その駆け引きが結果的に暴走するという歴史的な事例を見れば、なおさらそう感じる。New York Timesも今週伝えているが、これまで秘密にされてきたが実在していたイスラエルの携帯電話事業者とその利用者の携帯電話の自撮り写真などの個人情報データベースを使って、ウイルス感染者の位置情報を追跡しようという動きすらある。

それでも、プライバシーを保護しながらハイテク企業が持つ情報を活用する方法を探ろうという考えを、今すぐ止めさせるべきではない相応な理由はある。特に現在実施されている社会的距離を保つ措置による影響を知る上でも、そこには大きな恩恵が得られる可能性があるように思えるからだ。

画像クレジットAmin Yusifov / Getty Images

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(翻訳:金井哲夫)

過去10年以内に発売された携帯を衛星電話にする技術

先月、私はUbiquitilinkの記事を書いた。そのなかで同社は、非公開の方法で、人工衛星を使って全世界を網羅するローミングサービスとも言うべきものを提供する直前であると話していた。でもどうやって、と私は尋ねた(ちょっと待って、その答はもらってる)。そしてわかったのは、私たちが持っている電話機は、私たちが想像する以上に高性能であるということだ。私たちは、携帯電話の基地局と同じように、軌道を周回する人工衛星にも、しっかりアクセスできるのだ。同社はそれを証明した。

地球の低軌道を回る衛星の集団を利用することで、この10年以内に作られた携帯電話ならほとんどが、メッセージや、その他の低帯域幅のタスクを地上のいたるところ、たとえば海の真ん中でもヒマラヤの奥地でも、(ゆくゆくだが)文字通りいつでもどこからでも利用できるようになると、バルセロナで開催されたMobile World Congress(モバイルワールドコングレス)の説明会で、Ubiquitilinkは断言していた。

そんなはずはない、という声が聞こえそうだ。ウチの近所には電波が届かない場所がいくつもあるし、居間の隅でつながらないこともあるのに、衛星でデータをやりとりするなんて無理でしょ? とね。

衛星通信技術の再構築を目指すUbiquitilinkは地上技術(端末技術)に着目

「これはすごいことです。みなさんの本能が、それは無理だと感じている」と、Ubiquitilinkの創設者Charles Miller氏は話す。「しかし、RF(高周波)接続の基本に着目すれば、
それは想像しているより簡単なことなのです」

彼の説明によれば、問題は電話機の出力にあるという。受信状態や無線ネットワークが届く範囲を決めているものは、単純な物理の理論よりも、建造物や地形による影響のほうがずっと大きい。RF送受信機を障害物のない見渡しのよい場所に置けば、どんなに小型なものでも、かなり遠くまで電波は届く。

宇宙基地局

とは言え、それほど簡単な話でもない。特殊な衛星アンテナや地上基地を作るとなどといった手間と費用のかかる話ではないにせよ、そのためには変更しなければならない点がいくつかある。携帯電話機の改造は難しい。となれば、現在使われている別のハードウエアをいじることになる。しかしその他のことは、それに応じて解決されてゆくとMillerは話している。とくに大切なのは次の3つだ。

  1. 軌道を下げる。実用的な通信には、距離とそれに伴う複雑な要因による限界がある。軌道は500キロメートル以下でなければならない。かなりの低高度だ。静止軌道はその10倍高い位置にある。しかし、異常なほど低いわけではない。SpaceXStarlink通信衛星も、似たような高度を狙っている。
  2. ビームを狭くする。軌道が低いことや、その他の制限によって、ひとつの通信衛星が一度にカバーできる範囲は狭くなる。データを広範にばらまくGDS衛星や、自動的に狙いを定める地上の専用パラボラアンテナとは訳が違う。そのため地上では、上方45度の範囲を狙うことになる。つまり、頭の上の45度の角度の円錐形の範囲に入った衛星を使うというわけだ。
  3. 波長を長くする。簡単な物理学の出番だ。一般的に、波長は短かいほど、電波は大気中を通過しにくくなる。そのため、確実に衛星に届くためには、電波スペクトルの長い側の(周波数が低い)帯域を使うことが好ましい。

これらの条件を整えれば、普通の電話機でも、それに搭載されている標準的な無線チップと通常の電力消費でもって、衛星と情報のやりとりができるようになる。ところが、もうひとつ障害がある。Ubiquitilinkが解決しようと長い時間をかけてきた難問だ。

電話機と衛星が安定的に接続できたとしても、速度と距離による遅延とドップラー偏移は、どうしても避けられない。基地局や電話機の無線チップで使われているソフトウエアでは、それには対応できないことがわかった。コードに書き込まれたタイミングは、30キロメートル未満の距離を想定している。地表の曲率のために、通常はそれ以上の距離での通信ができないからだ。

そこでUbiquitilinkは、標準の無線スタックを改造し、それに対応させた。Miller氏によれば、これまで誰もやったことがないという。

「ウチの連中が戻ってきて完成したというので、『試しにに行こう』と私は言いました」と彼は話してくれた。「私たちはNASAとジェット推進研究所を訪ね、彼らの意見を聞きました。みんなの直感的な反応は『これは使えない』というものでしたが、その後、彼らはこう言ってきました『使えたよ』とね」

この理論は、Ubiquitilinkが今年の初めに打ち上げた衛星の試作機で実証された。彼らは、地上にある普通の電話機とその衛星とを、双方向2G通信でつなぐことに成功したのだ。信号が届き、無事に戻ってきただけでなく、ドップラー偏移と遅延による歪みも、その場で修正できた。

「私たちの最初の実験で、ドップラー偏移と遅延の解消が可能であることが示されました。すべてを市販のソフトウエアで行っています」とMillerは話したが、すぐにこう付け加えた。「ハッキリ言っておきます。まだまだやるべきことはありますが、どれも最新テクノロジーなどではありません。小型衛星を作るといった、確実で筋金入りのエンジニアリングです」

Ubiquitilinkの前にNanoracksを共同創設し、数十年間、宇宙ビジネスに携わってきた彼には、衛星分野に強い自信を持てるだけの資格がある。膨大な作業と資金を必要とするが、彼らはこの夏に、最初の実用衛星を打ち上げる予定だ(すべては特許取得済みだと彼は認めている)。

グローバルローミング

製品は複雑なものであっても、ビジネスのやり方はきわめてシンプルだ。衛星の運用には、多少の改造を施してはあるが、ほぼ市販のままのソフトウエアを使い、携帯電話には手を加える必要が一切ないことから、Ubiquitilinkは、実質的に、モバイルネットワーク各社を通じて利用できる地球規模のローミング運用会社として事業を行うことになる(開示情報:モバイルネットワーク業者であり、TechCrunchのオーナーでもあるVerizonは、私の知る限りではこの技術を導入するようだ。そのことは編集上の決定には一切影響していない)。

通常は、X社のネットワークと契約している人が、X社がカバーしていない国へ行くときは、X社がその国でネットワークを提供しているY社と調整して、有料でY社のネットワークにつなげてくれる。こうしたサービスは一度に何百件と行われているが、Ubiquitilinkもそのひとつとして加わることになる。ただし、Ubiquitilinkがカバーするエリアは地球全体。X社もY社もつながらない場所でも、U社ならつながる。

受けられるサービスは、どのモバイルネットワークを使うかで決まる。当然ながら、すべての人が同じものを望むわけではない。LTEの接続が不安定なとき、3Gに落とした方が安定することもある。だが、少なくともテキストのメッセージを送受信できるだけのデータ量は、全員が共通して必要とするものだ。

この接続は、いくつかのきわめて重要な意味において、他の接続と区別がつかないという点も強調しておくべきだろう。たとえば、これは暗号化には影響を与えない。

このサービスには、少なくとも1000基の衛星が必要だとMillerは見ている。だが、それが揃うまでの間も、時間制限による限定的な利用は可能だ。55分間は送受信はされず、その後5分間だけ、重要なメッセージや位置情報を送受信できるといった具合だ。展望としては、最初は専門的なサービスとして開始し、やがて衛星の数が増えたときに、24時間年中無休で地球上のすべての人が使える、ごく普通の一般向けサービスにする予定だ。

緊急用フォールバック

ネットワークのプロバイダーは、このグローバルローミング・サービスを高価格なオプションとして提供することになるだろう(彼らにはその権利がある)。しかしUbiquitilinkは、一部のサービスを無料で提供することも考えている。地球規模のコミュニケーション・システムの価値を、Millerは十分に理解しているのだ。

「ポケットの中の電話機が圏外になったことで、命を落とす人がいてはいけません」と彼は言う。「死の谷の真ん中で身動きがとれなくなったとき、緊急メールが発信できないと困ります。そこで金を取ろうとは考えていません」

ネットワークがダウンしたときの緊急放送システムも計画されている。大災害による停電は人々を混乱に陥れる。また、津波や洪水による二次被害も受けやすくなる。そのとき安定した通信環境があれば、多くの命を救うことができ、復興にも大いに役立つ。

「人命救助で金儲けしようとは思っていません。それは、このシステムを導入した場合のひとつの恩恵に過ぎないのです。そうあるべきものなのです」

これは壮大な約束だ。しかし、彼らとその技術力には、それを実現させるだけの能力がある。初期のテストは終わり、鳥は空に羽ばたいた。あとは、衛星を1000基ほど打ち上げるだけだ。

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(翻訳:金井哲夫)

Androidよ、10周年おめでとう

Googleが最初のAndroid搭載携帯電話のG1を公開してから10年が経った。その時以来このOSは、バグだらけでiPhone対抗のオタクOSから、間違いなく世界で最も人気の高い(または少なくとも最も数の多い)コンピューティングプラットフォームへと成長してきた。しかし、その道のりの上で幾つかの衝突を味わうことなしには、そこに辿り着くことは絶対にできなかった。

では私たちによるAndroidデバイス過去10年間の、簡単な回顧録にお付き合いいただこう:良かったこと、悪かったこと、そしてNexus Qだ。

HTC G1 (2008)

これが全ての始まりだった。私はこの古いデバイスに対する愛着を心の中に抱えている。これはHTC Dreamとも呼ばれていた。このときのHTCは元気な会社だった。だがG1は想像できるように幸先の悪いデビューを飾ったのだ。そのフルキーボードやトラックボール、いささか質の悪いスライドアップスクリーン(公式写真の中でさえ歪んでいた)、そして十分に大きな胴回りは、初めから本当のギークにしか愛されないような代物だった。iPhoneと比べると、貧弱な外装をまとったクジラのように思えたものだ。

しかし、時間がたつにつれて、その生煮えのソフトウェアは成熟し、その特異性はスマートタッチにとって必要なものであることが明らかになった。今でも私は時折トラックボールやフルキーボードを懐かしむことがある。そしてG1は全く可愛らしい代物では無かったが、無闇に頑丈なものではあったのだ。

Motorola Droid (2009)

もちろん、ほとんどの人は、有名なRAZRのメーカーであるMotorolaが、より滑らかでより薄いデバイスであるDroidを投入するまでAndroidにはあまり関心を寄せることはなかった。振り返ってみれば、DroidはG1に比べて遥かに良かったり異なっていたりしたわけではない。だがそれはより薄く、優れたスクリーンを持ち、MotorolaとVerizonから多大なマーケティングプッシュを受けるという有利な立場に立っていた。(情報開示:VerizonはTechCrunchを所有するOathを所有しているが、これは如何なる形でも私たちの記事に影響を与えてはいない)。

多くの人にとっては、Droidとその直系の子孫たちが、手にした最初のAndroid搭載端末だった ―― Palmのようなものを完全に打ち負かしただけでなく、iPhoneよりも遥かに安価な、新しく興味深いものだったのだ。

HTC/Google Nexus One (2010)

これは、GoogleとHTCの間の継続的な協力の成果である。そしてGoogleブランドが付けられて、Google自身が販売も手がけた初めての携帯電話である。Nexus Oneは、最終的にはiPhoneと対等に競合することを狙った、洗練された高品質のデバイスであることが意図されていた。それは、キーボードを捨てて、クールな新しいOLEDスクリーンを装備し、素敵で滑らかなデザインを採用していた。だが残念ながら、それは2つの問題に突き当たった。

まず、Androidのエコシステムが混雑し始めたということだ。人びとには多くの選択肢が与えられ、基本機能を持つ電話を安価に買うことができるようになっていたのだ。なぜ流行りものにわざわざお金を払う必要があるのだろう?そしてもう1つの問題は、Appleが程なくiPhone 4をリリースしようとしていたことだ。それは意図的にNexus Oneを含む全てを打ち負かそうとしていた(当時私はAndroidファンだった)。Appleはナイフを使った戦いに銃を持って来たのだ。

HTC Evo 4G (2010)

また別のHTCデバイス? まあ、この時は現在機能を失ってしまった会社の絶頂期だったのだ。彼らは他の誰もが取らないようなリスクを取っていたし、このEvo 4Gも例外ではなかった。これは、当時としては巨大だった:iPhoneのスクリーンは3.5インチだったし、大部分のAndroidデバイスも、それよりは小さくはないとしても遥かに大きなものでもなかったのだ。

Evo 4Gは、私たちの批判を何とか生き残り(現在の平均的な電話の大きさを考えると、私たちの現在の基準はとても変な方向に行ったように思える)、かなりの人気を集めた携帯電話だ。しかしこの機種は、売上記録を打ち立てたということではなく、携帯電話が大きくても意味があるということを皆に示したことで記憶されるべきデバイスである(この時代の称賛の言葉はDroid Xに与えられた)。

Samsung Galaxy S (2010)

Samsungの大々的なデビューは派手に行われた、実質的に全てのキャリアのストアにそれぞれの名前とデザインで携帯電話が登場したのだ:AT&T Captivate、T-Mobile Vibrant、Verizon Fascinate、そしてSprint Epic 4G。まるでAndroidのラインナップがまだ混乱していなかった時代のようだった!

Sは堅実な電話だったが、欠点がないわけではなく、iPhone 4は非常に手強い競争相手となった。しかし好調な販売成績が、Samusungによるプラットフォームへのコミットメントを強化し、Galaxyシリーズは今でも強いままだ。

Motorola Xoom (2011)

これはAndroidデバイスがAppleを追っていた時代のことであり、現在見られるような逆の現象がまだ見られることはなかったころだ。それ故に、オリジナルiPadがリリースされた直後に、GoogleMotorolaと協業して、タブレット版Androidを出してきたことには不思議はない。その結果がモルモットに志願して短い命を終えたXoomタブレットだった。

現在でもAndroidタブレットは売られているが、Xoomは開発の袋小路に入り込んでいた。本質的にAppleが発明し、すぐに支配してしまったマーケットの欠片を削り取ろうとする試みだったのだ。Motorola、HTC、Samsung、そしてその他のメーカーたちからのAndroidタブレットには、満足できるものはほとんどなかったが、それでも暫くの間は十分に売れていた。これは、「後追いでリードを奪う」ことの不可能性を示すこととなり、デバイスメーカーたちにコモディティハードウェア戦争に参加するのではなく、専門化の動きを促すことになった。

Amazon Kindle Fire (2011)

そしてAmazon以上に語り甲斐のあるベンダーはいない。 そのAndroidの世界への貢献は、非常に安価でデジタルメディアの消費に直接注力することで、他社と差別化を図ったFireタブレットシリーズだ。発売時の価格はわずか200ドルで、後にさらに安価になったFireデバイスは、Fruit NinjaやAngry Birdsで遊ぶためにタブレットの購入をせがむ子供たちを抱えた、通常のAmazonの顧客(ただしiPadのために大金を支払う気はない顧客)の要求を満たすことになった。

これは賢明な戦略であり、もちろんAmazonは、オンライン小売における巨大なプレゼンスと、競争相手の手の届く範囲から価格を引き下げるように助成することができる能力においては、ユニークな立場を占めていた。Fireタブレットは特に優れているものではなかったが、それは十分に良いものであり、支払った価格を考えると奇跡のようなものだった。

Xperia Play (2011)

SonyはAndroidではいつも苦労していた。そのXperiaシリーズは何年にもわたって、競争力のあるものだと考えられていた。そのうちの何台かは私も持っていたし、間違いなくカメラ部門では業界を牽引する存在だった。しかしそれを買う人はいなかった。ようやく買われたのは(その過大広告に比べると僅かなものだったが)Xperia Playだった。この機種はモバイルゲーミングプラットフォームだと考えられていた、そしてスライドアウトするキーボードのアイデアも秀逸だった。だが全体としてみると完全な失敗だった。

Sonyが示したことは、Androidの人気と多様性にただおんぶして、欲しいものをなんでも詰め込んで立ち上げることはできないということだった。携帯電話自身はそれだけで売れるものではないし、携帯電話の上でPlaystaionのゲームが遊べるというアイデアは一部のオタクにはクールに響いたかもしれないが、ミリオンセラーを達成できるほど十分なものではなかったのだ。そして携帯電話たちは、ますます売上を追い求めるようになった。

Samsung Galaxy Note (2012)

膨張していく携帯電話の傾向の、自然な究極の姿として、Samusungは初の「ファブレット」を発売した。そして市場の抗議の声にもかかわらず、この電話はよく売れたばかりではなく、Galaxyシリーズの定番となった。実際、Appleがそれに続いて「プラス」サイズの携帯電話を生み出すまでに、あまり時間はかからなかった。

またNoteは、携帯電話を日々のスマートフォン用途に使うだけでなく、重要な生産性向上のために利用する一歩を踏み出したものだった。それは完全には成功していなかった。Androidは高度に生産的であるための準備が整っていなかったのだ。しかし振り返ってみればそこには、Galaxyシリーズを成功させ、生産性をそのコアコンピタンスとして成り立たせようとした、Samsungの先見の明をみてとることができる。

Google Nexus Q (2012)

この失敗に終わった試みは、Androidをプラットフォームとして普及させようとしていたGoogleによって当時下された、多くの間違った決定の1つである。おそらくGoogleでも、世界中のどこでも、これが一体何のために存在しているのかを本当に理解していた人はいなかった。私もいまだにわからない。私たちはそのときにこのように書いている:

Nexus Qの問題は次のようなものだ:それは驚くほど美しいハードウェアだが、それをコントロールするためのソフトウェアによって裏切られている。

しかし、それは米国で(正確にはほとんど米国で)作られたものだったために、止められることはなかった。

HTC First — “The Facebook Phone” (2013)

Firstは酷い扱いを受けた。携帯電話そのものは、控えめなデザインと大胆な色合いが目立つ愛らしいハードウェアだった。しかしそのデフォルトのランチャー、呪われたFacebook Homeが、絶望的に悪かった。

どれほど悪かったかって?4月に発表され、5月には中止されたのだ。その短い期間にAT&Tのショップを訪ねた際にも、スタッフたちはどのようにFacebookのランチャーを無効にして、その下に隠された完全に素晴らしい携帯電話を使えるようにするかを知っていた。良かったことは、新品で売られた台数がとても少なかったので、ほとんどの在庫がEbayなどで大変安価に売られ始めたということだ。私は2つ買って、ROM内の実験に使った。後悔はしていない。

HTC One/M8 (2014)

これがHTCの終わりの始まりだったが、最後の数年間の彼らは、デザイン言語をAppleに匹敵するレベルのものにアップデートしていた。Oneとその後継機種は良い携帯電話だったが、HTCが「ウルトラピクセル」カメラをあまりにも過剰に売り込み過ぎたために、実際にはそれ程でもないことが分かると共に、iPhoneの独走を許すことになった。

Samsungがますます支配的になるにつれ、Sonyは消え去り、LGや中国の企業が続々と争いに参入し、HTCは攻撃に晒されて、Oneのような堅実な携帯電話シリーズでも競争することが難しくなっていった。2014年という年は、古い製造業者たちが退場し、有力なメーカーが台頭して、徐々に私たちが現在目にしている市場が形作られた過渡期だったのだ。

Google/LG Nexus 5XとHuawei 6P (2015)

これはGoogleを本格的にハードウェアレースに導いたシリーズである。失敗作であるNexus Qを発表したあと、Googleは強気に打って出る必要性があった。彼らはそれを平凡なハードウェアに真に魅力的なソフトウェアを組み合わせることで実現したのだ。Android 6がそこに使われた夢だった。Marshmallowは皆に愛される機能を備えていた…そして電話機は私たちが心から愛したガジェットになったのだ。

私たちは6Pを「至宝のAndroidデバイス」と呼んだ 。このときこそ、Googleがその携帯電話を次のレベルに引き上げ、成功を収めたときだった。

Google Pixel (2016)

もしNexusが、Googleのハードウェアレースへの本格的参入を告げる号砲だったとするならば、Pixelはウィニングランと言うことができるだろう。これは、Appleの携帯電話に対して、何一つ恥じることのない競争相手である。

GoogleがAppleの機能に追いつこうとしていた時代は終わった。その代わりにGoogleは、それ自身が自立した競争者となったのだ。この携帯電話のカメラは素晴らしい。ソフトウェアはシームレスに機能し(ゲストモードが復活した!)、そして電話のサイズとパワーは誰でも欲しがるものを備えている。まるでAppleの最新iPhoneのような希望小売価格はいささかショックだが、しかしこの携帯電話は、有名で機能豊富な競争相手に肩を並べるための、Androidの旅の終着点である。

Essential phoneの登場と没落

2017年に、AndroidのクリエイターであるAndy Rubinが、その新しいハードウェアスタートアップスタジオであるDigital Playgroundから、最初の果実を登場させた。Essential(とその最初の携帯電話)である。同社は、携帯電話を市場に投入するために3億ドルを調達していた。Androidのクリエイターが市場に問う初めてのハードウェアデバイスとして、そして次世代の新しいハードウェアとして宣伝されていたのだ。

ここTechCrunchでの評価は、様々に分かれた。この携帯電話をEssentialが目指していたビジョンを達成したものとして ―― そしてAndroidスマートフォンに「ラブマーク」(進化したブランド概念)を生み出したものとして ―― 歓迎した者もいれば、このデバイスに対して特に本質的(essential)なものを見いださなかった者たちもいた。

結局のところ、市場での評価は出たようだ。4ヶ月前には、第2のEssential phoneの計画は保留になり、同社はセールを計画し、他のプロジェクトを追求し始めている。以来、アップデートを耳にすることはほとんどない。

ハードウェアのカンブリア爆発

登場してから10年が過ぎて、Androidはハードウェアにもっとも広く組み込まれるオペレーティングシステムとなった。そのソフトウェアの様々なバージョンは、世界中の約23億台のデバイス上に組み込まれていて、インドや中国といった、モバイルのOSとアクセスがディフォルトである国々の技術革命の推進に役立っている。次の10年の入り口に立った現在、世界に向けたオペレーティングシステムとして、その成長速度や(優越性)は鈍る気配もない。

次の10年が何をもたらすかを見守ろう。

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(翻訳:sako)

 

写真:getty images

Moto Z3はModを使って5Gに対応

モトローラのMod(機能拡張モジュール)ラインについての意見は色々出されているが、モトローラ自身は地道な努力を続けている。同社は現在、17種類のModを提供しているが、ほどなく18番目が登場する。そしてそれは最も興味深い応用例の1つとなる。

モトローラは、新しいMoto Z3ハンドセットと同時に、新しいModを発表した。これはVerizonの新しいネットワークを介して、ライン全体に5Gの接続性を提供する。価格は発表されていないが来年の早い時期に出荷が予定されているこのModは、携帯電話に次世代ネットワークを導入する際の苦労に対して、面白い回避策を提示している。

このバックドアアプローチによって、モトローラはZ3を8月16日から販売開始することができ、5G開始に向けてさらに半年の間作業を進めることが可能になるのだ。おそらくVerizonの5Gカバレッジマップは、それまでにはもう少し高密度になるだろうが、現在のところ、ヒューストン、ロサンゼルス、そして奇妙なことにサクラメントの3都市だけが対象として発表されている。まだ明かされていない4番目の都市は、今年の末までにはカバーされる準備が整う。

少なくともモトローラは、この技術を米国の顧客に導入する、(初めてではないにせよ)最初のグループの1つであることを強く訴えている。同社はまた、この技術を電話機に直接搭載することの方が、modとその内蔵バッテリを挿入するよりも、より多くのリソースを消費することになると主張している。

どれくらいの価格が適正なものかはわからないが、いずれにせよこの方式は携帯電話機のコストを下げる。新しいZ3はアンロックされた状態で480ドルである。同社はユーザーのためのお得プランに長年注力しており、これもそのやり方の一環である。高性能だが最終世代のSnapdragon 835のようなチップを利用することもそうだ。

モトローラも、多くのユーザーがこの初期の段階で5G電話機に飛び込むシナリオは想定していない。携帯電話自体は、最近発売されたMoto Z3 Playとほとんど同じように見える。6インチのディスプレイ、3000mAhのバッテリー、そしてデプスセンシングとGoogleレンズ機能が内蔵されたデュアルカメラが搭載されている。Verizonが最終的にその新しいModに電話機をバンドルするかどうかについてはまだ発表されていない。

情報開示:VerizonはOathを所有しており、OathはTechCrunchを所有している。

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(翻訳:sako)

ジョブズの大はしゃぎのアナウンスを思い出しながら、10周年を迎えたiPhoneを祝おう

Jan 09, 2006; San Francisco, CA, USA;
Apple, Inc. CEO STEVE JOBS introduced the AppleTV and Apple iPhone at Macworld in San Francisco.
Mandatory credit: Photo by Eric Slomanson/Bloomberg News

iPhoneは今日(米国の9日)10歳になった。少なくともその発表があった日から数えてのことだが。だから、少しだけ時間をとってその日のことを思い出してみよう。スティーブ・ジョブズがその製品とプレゼンテーションに見せた興奮と誇りと共に。さあ、あなただってそうしたい筈だ。

私はこのビデオを、特に最初の30分ほどの部分を、1〜2年に1度は観ている。とはいえ私自身はiPhoneを所有したことは1度もないのだが。これは私たちが1年を通して何度も参加しなければならない類のプレゼンテーションの、言うまでもなく最良の例だ。だから単にノスタルジーに浸るだけではなく、ジョブズが優れたマジシャンのように振舞い、どのように観客を操ったのかを見ることには価値がある。彼はピンポイントの正確さで観客の注意をコントロールしてイリュージョンを生み出したのだ。

仰々しく番号付きリストにするまでもないが、この発表の中で私が気に入っている3つの瞬間を紹介しよう。

実は、ここにある、だけど…

ジョブズはプレゼンテーションの最初から徐々に緊張を高めて行った。彼自身が興奮していることを隠さず、発表の範囲を拡大し(3つのデバイスがある)、それをさらに広げた(実は1つの統合デバイスだ)。そして彼はユーモアでその高まった緊張を一気に緩めてみせた。「それがこれです!(And here it is!)」(ビデオ3分13秒の辺り)。

この偽iPhoneは目玉がひっくり返るようなギャグだった。何しろ本当に可笑しいので皆が笑ったが、あまりに緊張が高められていたので、何らかの手段でエネルギーを解放する必要もあったのだ。それは丁度近くの茂みで何かが唸っているのを聞いた時にアドレナリンが血管に溢れるような感覚だった。すわ虎か?しかしそれは単に車で、自分の愚かしさに思わず笑ってしまう。

しかし、その後ジョブズは凄いことをする。かれは虎を見せたのだ。誰もが「まあもちろん彼はすぐにはそれを見せないだろう」と考えていたときに、そのプレゼンテーションの流れに逆らって、彼はさりげなく彼のポケットから実際のiPhoneを引っ張りだしたのだ。「実は、ここにある、だけどしばらくはまだここにしまっておこう」。

ここにありますそれは全くの予想外で、デバイスもちらりと見せられただけだったので、会場の誰もそれに反応することさえできなかった。しかしそれは本当に食欲をそそるやりかただったので、聴衆はまたすぐに気持ちを捕らえられた。ここにあるんだ!この部屋の中に!その時点で皆は、よりはっきり見たい気持ちで熱い石炭の上を歩いていた。しかしジョブズは続く20分の間、皆の強い注意を引きつける必要があったのだ。

これってクールじゃないかな?

iPhoneのデモを始める選択肢として、iPodの部分が選ばれたのは気まぐれからではない。1つには、観客は既にiPodのインターフェイスに馴染んでいたので、それと比較することができた。だがそれに加えて、ジョブズはタッチインターフェイスが既存の製品を如何に良くするかを示すことができたのだ(iPod Touchの発表は2007年9月)。

それだけでなく、スクリーンではカラフルなアルバムアートを披露し、アプリは(最初はそのようには呼ばれていなかったが)他の3つの重要な操作を披露する機会を提供した。ホームボタン、タッチスクロール、そしてランドスケープモードへの切り替えだ。

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全体を通して、ジョブズは、アップル社の発明品に純粋に感動しているようにみえる。観客から感嘆のため息を引き出した最初のロック解除の後で、彼はこう尋ねる。「今の、もう1度見たいかな?」。そしてアーティストリストをスクロール表示するとき、ラバーバンド動作のような詳細を見逃す人がいないように彼は注意を促している。「これってクールじゃないかな?」彼は確認を繰り返す。

何度もホームボタンを押して、彼は電話機の操作が簡単であることを示すだけでなく、アニメーションが如何にスムースかも見せた。皆はこれを見て、電話機が如何に洗練されていてユーザーフレンドリーであるかを、言葉で言われるまでもなく理解したのだ。

それほど悪くないね

もちろん人びとは電話機を通話に使う。しかし、この時点でのスマートフォンたちは、ジョブズが指摘したように、電話機としては扱い難いものばかりだった。iPhone上での連絡先の管理は、タッチスクリーンインターフェイスによって確かに簡単になった。しかしそれ以上に私を驚かせることがデモの中で起きた。

ジョブズは、ジョニー・アイブ呼び出し、その通話中にフィル・シラーがジョブズに電話をかけてきた。これは奇遇だ、そうじゃないかな?しかし、それによってジョブズはインタフェースの固有の柔軟性と、彼らがそれを設計した先見性の両方を披露する機会を与えられたのだ。

マージシラーが電話を掛けてきた時に、ジョブズは電話機上に「マージコール(merge call)」ボタンが表示されていることを皆に説明した、これは当時既に複数の通話を行っている際に表示されていた「追加コール(add call)」ボタンを置き換えるものだった。通話はマージ(統合)され、観客は湧いた。だがそれで終わりではなかった。すぐに関連するインターフェイスが示されて、始まったときと同様にコンファレンスコールが簡単に管理できることが示された。

今にして思えば、最もありふれた日常的な機能を取り上げて、それが手軽にシームレスに働くことを見せただけだ。だがそのことで、ジョブズは電話体験のどの側面も損なわれていないことを見せつけたのだ。同時に、どれほどのものを他の電話機が、何年もの間見落としていたのかを示していた。これは大きなポイントだが、まだ他の機種での実現は微妙なままだ。


さて、これで応援としては十分だろう。私はこの種のものにとても感謝している。そして10年が経っても、これは今でも最も効果的なテクノロジーアナウンスだったと思っている。たとえそれが私を納得はさせなかったとしても。10周年おめでとう。iPhone。

(訳注:途中の見出しの「それほど悪くないね(Not too shabby)」は、電話を終える直前のジョニー・アイブが言った言葉)

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(翻訳:Sako)

FEATURED IMAGE: ERIC SLOMANSON/BLOOMBERG NEWS