無花粉スギの苗をDNA抽出により選別し大量生産するマニュアル公開、DNA鑑定と組織培養で花粉症対策に貢献

無花粉スギの苗をDNA抽出により選別し大量生産するマニュアルを公開、DNA鑑定と組織培養で花粉症対策に貢献

森林研究・整備機構森林総合研究所新潟大学新潟県森林研究所ベルディによる研究グループは2月28日、無花粉スギの判別と量産法を確立し、マニュアルとして公開したと発表した。無花粉スギの苗を大量生産する技術をわかりやすく解説したもので、スギ花粉症の根本的な解決策に貢献するという。

日本国民の38.8%が悩まされているスギ花粉症の対策として、林業分野では花粉飛散量の多いスギを伐採し、少花粉スギや無花粉スギに植え替える試みが行われているが、無花粉スギの苗木の供給量には限界がある。無花粉スギの品種が少ないこと、そして、交配によって作られる苗の約半数は花粉を生産する正常なスギになるため、そこから無花粉スギを選別しなければならない。現在は、2〜3年育てた苗に植物ホルモンを散布して雄花を強制的に咲かせ、花粉の有無を確認して無花粉スギを選び出している。大量に無花粉スギの苗を生産するには、もっと効率的な方法が必要だ。

そこで研究グループは、成熟前の球果(松かさ、松ぼっくり)を使う方法を考えた。まずは、球果から未熟な種子を取り出して、未分化細胞の塊(カルス)に培養する。カルスには普通のスギと無花粉スギが1対1で含まれているため、DNA抽出試薬を使って遺伝子を取り出し、無花粉スギの特徴を持つものだけを培地に移して培養すると、不定胚という細胞が分化した組織に変化する。不定胚は、種と同じように発芽し、苗に成長する。こうして、無花粉スギの苗だけを作ることができるのだが、1gのカルスから1000本以上の苗を作ることが可能だという。また不定胚は冷蔵保存ができ、2年間は発芽能力を保つため、需要の変化に応じた工場での大量生産が可能になる。

(A)増殖したカルス、(B)無花粉スギの不定胚、(C)発芽した不定胚、(D)苗の育成

この研究で開発されたDNA鑑定法は、無花粉スギの原因となる遺伝子「MS1」の変異を直接検出している。この遺伝子を持つスギは日本全国に分布しているため、天然林や在来品種からも無花粉スギの変異を持つ個体を見つけ出すことが可能とのことだ。スギは環境への順応性が高く成長も早いため、林業だけでなく、都市の緑化用にも無花粉スギを活用できると、研究グループは期待している。

マニュアル
タイトル『スギの雄性不稔遺伝子MS1判別マニュアル』
著者:森林総合研究所樹木分子遺伝研究領域(編)
掲載誌:中長期計画成果番号:第5期中長期計画9(森林環境-3)(2022年2月)
ISBN:978-4-909941-28-2

タイトル『組織培養による無花粉スギ苗の増殖マニュアル』
著者:森林総合研究所樹木分子遺伝研究領域(編)
掲載誌:中長期計画成果番号:第5期中長期計画10(森林環境-4)(2022年2月)
ISBN:978-4-909941-29-9

日本海側に豪雪をもたらすJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)の実態を洋上気球観測で初めて解明

水産大学校練習船「耕洋丸」による洋上気球観測の様子

水産大学校練習船「耕洋丸」による洋上気球観測の様子

新潟大学は2月21日、日本に豪雪をもたらす日本海寒帯気団収束帯(JPCZ。Japan sea Polar air mass Convergence Zone)の実態を、洋上気球観測によって初めて明らかにしたことを発表した。

JPCZは日本海で発生し、朝鮮半島の付け根付近から日本列島にかけて数百kmに及ぶ帯状の雲を形成する(冬の北西季節風がシベリアから吹くと、北朝鮮北部の白頭山の下流に位置する日本海北西部から日本列島まで帯状の太い雲が伸びる)。これが上陸すると、狭い範囲に極端な豪雪をもたらし、ときには太平洋側に大雪を降らせることもある。JPCZの発生のメカニズムやその詳しい実態は、これまで現地観測されたことがなかったため、その構造は謎だった。

JPCZの発生メカニズムとしては、北朝鮮の山を迂回する気流が合流することで発生するなどいくつか提唱されているものの、現場での観測研究は実施されていないため確かめられていなかったという。

そこで、新潟大学、三重大学水産大学校東京大学からなる研究グループは、2022年1月19日から20日かけて、水産大学校の練習船「耕洋丸」を使い、JPCZ下の洋上を横断しながら気球による観測を実施した。気温・湿度・風・気圧を測定する機器を搭載した気球を1時間ごとに打ち上げ、これに合わせて海洋の温度塩分観測も行った。

洋上観測の模式図。JPCZを横断しながら気温・湿度・風・気圧を測定する機器を搭載した気球を1時間ごとに打ち上げ、上空の大気を観測

洋上観測の模式図。JPCZを横断しながら気温・湿度・風・気圧を測定する機器を搭載した気球を1時間ごとに打ち上げ、上空の大気を観測

その結果わかったのは、JPCZの中心部では、風向が90度に激変し、強風化し、周囲から気流が収束しているという事実だった。収束域は幅約15kmときわめて狭く、上空4kmまで風の急変域が続き、6kmの地点では気流が発散していた。こうした大気の急変は、規模数百kmの前線帯でも見られないという。またJPCZ中心部の雲の高さは、平均的な雪雲の高さが2kmなのに対して4kmもあった。

JPCZ中心部を横切った島根県沖での観測結果。矢印は1000m上空の風向と風速を示す。JPCZ中心部で風向が約90度変化し、周囲から高湿度の気流が収束することで、JPCZに集中し大雪がもたらされていることを観測

JPCZ中心部を横切った島根県沖での観測結果。矢印は1000m上空の風向と風速を示す。JPCZ中心部で風向が約90度変化し、周囲から高湿度の気流が収束することで、JPCZに集中し大雪がもたらされていることを観測

このときの海水温度は、暖かい対馬暖流の影響で14度。気温は3度。その温度差は11度。水面での風速は毎秒17m。これらにより海面から大量の水蒸気が吸い上げられ、気流の収束によりJPCZに集中して大雪を降らせていた。これを降雪に換算すると、1日の降雪量2mに相当するという。こうした大気と海洋の状態により極端な大雪をもたらされることが、今回の観測によって初めて示された。この観測結果は、JPCZの予報の精度向上に寄与すると、研究グループは話している。

進化したヒトの脳はサルより回転が遅い? 新潟大学脳研究所が霊長類4種類で検証

進化したヒトの脳はサルより回転が遅い? 新潟大学脳研究所が霊長類4種類で検証

新潟大学脳研究所は、音を聞いてから大脳がそれを分析するまでの時間を、霊長類4種類で測定したところ、ヒトがもっとも遅かったという研究結果を発表した。サルよりも発達した脳を持つ人間のほうが、脳の処理に時間がかかるということだが、これは退化ではなく、むしろ進化の結果だという。

新潟大学統合脳機能研究センターの伊藤浩介准教授、京都大学霊長類研究所の中村克樹教授、京都大学野生動物研究センターの平田聡教授らによる研究グループは、ヒト、チンパンジー、アカゲザル、コモンマーモセットの4種類の霊長類を使って、音に対する大脳聴覚野の応答時間を脳波で無侵襲で計測した。音によって大脳の聴覚野から誘発されるN1という脳反応が、何ミリ秒後に生じるかを調べたものだ。その結果、コモンマーモセットが40ミリ秒、アカゲザルが50ミリ秒、チンパンジーが60ミリ秒、そしてヒトが100ミリ秒ともっとも遅かった。

脳は大きいほど、つまり脳細胞が多いほど発達しているという。脳細胞が多いので、ヒトの場合はその他の動物にくらべて、N1反応が現れるまでに多くの脳細胞を通過して多くの処理が行われているわけだ。そのために遅れる。決して、伝達速度が遅いわけではない。

N1反応は、無音から音が鳴ったり、鳴っていた音が消えたり、音の高さが急に変化したりするなど音が「変化」したときに誘発されるのだが、変化を検出するには、その前後の音と比較する必要がある。瞬間の音を認識するというよりは、時間軸上に開いたある程度の長さの「時間窓」で、音を一連のつながりの中で分析を行う。研究グループによれば、ヒトは「音を分析する時間窓が長い」のだそうだ。音の時間窓が長いということは、視覚で言えば視野が広いのに相当する(音の変化をストロボのように瞬間ごとでなく、一連のものとして大局的に捉える)。これは「言語音のように時間的に複雑に変化する音の分析に有利」なのだという。

処理に時間がかかるのはデメリットだが、時間窓が広がり複雑な刺激を処理できるようになったことは、「デメリットを補って余りあるメリット」だと研究グループは話す。また、それがあるからこそヒトの脳は大きくなり進化したというのが、この研究成果に基づく新仮説とのことだ。

今後は、様々な感覚や認知を、長い時間窓でじっくりと大局的な処理をすることで、動作が遅くても高度な機能を獲得したのがヒトの脳、とする仮説の検証を目指すという。