岡山大学らが甲虫の「死んだふり」を操る遺伝子の全貌を世界で初めて解明、天敵から逃れる戦略を制御するゲノム

クモの糸を上回る強度のあるミノムシの糸と導電性高分子を組み合わせた複合繊維材料を筑波大学が開発

岡山大学は11月8日、甲虫が敵に遭遇したときに「動く」か「動かない」か、つまり逃げるか「死んだふり」をするかの違いがなぜ生まれるかを、DNA解析によって世界で初めて解明したと発表した。そこにはドーパミンや、寿命制御や概日リズム(体内時計)制御といった生命のタイミングに関連する遺伝子が関与しているという。

この研究は、岡山大学学術研究院環境生命科学学域の宮竹貴久教授、東京農業大学生物資源ゲノム解析センターの田中啓介助教、玉川大学農学部の佐々木謙教授らの共同によるもの。

岡山大学大学院環境生命科学研究科昆虫生態学研究室では、21年間にわたり、少しでも刺激を与えると死んだふりを長く続ける系統と、刺激を与えても死んだふりをしない系統の甲虫コクヌストモドキを20世代以上飼育してきた。これらの甲虫のRNAを抽出して遺伝子解析を行ったところ、脳内で発現するドーパミンの量や、体内時計、寿命関連遺伝子、カフェイン代謝系、酸化還元酵素など、生物が生きてゆくうえでタイミングを決める遺伝子群が、死んだふりをするしないの違いに関与していることがわかった。

生物の生存戦略、防衛戦略、繁殖戦略の鍵を握るのは「動き」だが、「動かない」というのも戦略のひとつだと研究グループは話す。この、動くか動かないかの行動のゲノムレベルの解析は、「人の挙動が生き残りるうえでどのように役立ってきたか」を示唆するものだという。今後は医療へのつながりも期待できるとしている。

これがどう医療につながるのか、素人にはピンと来ないが、宮竹教授は、こうしたことを突き詰めて解明すると、人類にとって新しい知識がひとつ増え、「いつかは人の暮らしの役に立つこともある」と話す。「大切なのは面白がって調べること。それは人生を豊かにしてくれる秘訣でもある」ということだ。

地上最強生物、水がなくても生きられるクマムシの乾燥耐性の仕組みが明らかに

地上最強生物、水がなくても生きられるクマムシの乾燥耐性の仕組みが明らかに

大学共同利用機関法人の自然科学研究機構生命創成探究センター(ExCELLS)は11月4日、クマムシが乾燥しても生きられる乾燥耐性の仕組みについて、CAHS1というタンパク質分子の振る舞いによるものであることを、世界で初めて解明し発表した

最大でも体長1mm程度のクマムシは、実際には虫ではなく、4対の歩脚を持つ「緩歩動物」(カンポドウブツ)という生き物だ。そんなクマムシは、生育環境から水がなくなると「乾眠」(かんみん。クリプトビオシス。cryptobiosis)という状態になり、代謝を止めて生命活動を一時停止させるが、水が与えられると乾眠状態から復帰して、代謝が再開される。乾眠中のクマムシは、乾燥だけでなく、極度の高温・低温・圧力・放射線などによる環境ストレスにも強い耐性を示し、宇宙の真空状態でも生きていられるため、「地上最強生物」と呼ばれている。

なかでも乾燥耐性が強いものに、ヨコヅナクマムシと呼ばれる陸生のクマムシがいる。ヨコヅナクマムシは、乾燥から身を守るために、細胞の中に何種類かのタンパク質が常備されているといわれているが、その役割はわかっていなかった。

この研究では、とりわけ細胞内に多く存在するCAHS1というタンパク質に着目し、透過型電子顕微鏡でその形を調べ、変化の状態を赤外分光法、核磁気共鳴法、高速原子間力顕微鏡を用いて観察したところ、水分が失われ細胞内のタンパク質の濃度が高まると、水溶液中のCAHS1タンパク質は自然に集合してファイバーを形成し、最終的にゲル状になることがわかった。このゲルは、水分を与えると元の水溶液の状態に戻る。

遺伝子組み換えタンパク質として大腸菌の細胞内に作り出したCAHS1タンパク質も、同じようにファイバーを形成し、ヒト由来の培養細胞の中に作り出したCAHS1タンパク質も、脱水ストレスがかかると大きな集合体を作り、ストレスがなくなると集合体は消失することが確認された。

ヨコヅナクマムシは、このようなタンパク質を細胞内に豊富に持っていて、すぐに脱水状態に対応できる仕組みを備えているという。このタンパク質の集合体は、「細胞が復活する際に必要な成分を保護したり、乾燥によって生じる有害物質を隔離したりする働きがあるのかもしれません」と同センターは推測している。

今回の研究成果は、生命の環境適応戦略を理解するうえで重要な手がかりとなる。「生きているとは何か」の謎に迫るとともに、医療やバイオテクノロジーへの応用研究の推進につながるとのことだ。

この研究は、自然科学研究機構生命創成探究センター分子科学研究所の加藤晃一教授と矢木真穂助教の研究グループと、同センター所属の青木一洋教授(基礎生物学研究所)、村田和義特任教授(生理学研究所)、内橋貴之教授(名古屋大学)、荒川和晴准教授(慶應義塾大学)、古谷祐詞准教授(分子科学研究所/現 名古屋工業大学)と共同で行われた。

コロッサルがマンモス復活プロジェクトを投資家たちに売り込むことに成功

医療を一変させるCRISPR(ゲノム編集技術)の可能性に関心を持つ企業がますます増えている。しかし、この遺伝子編集システムを用いて現代にマンモス(あるいは、それに極めて近いもの)を蘇らせようとしている企業はおそらく1社しかいないだろう。

それを第一のミッションとして掲げている会社が新興企業Colossal(コロッサル)だ。異端の遺伝学者George Church(ジョージ・チャーチ)氏と、企業家でHypergiant(ハイパージャイアント)の前CEO Ben Lamm(ベン・ラム)氏によって創業された同社は、CRISPRを使って既存のアジア象のゲノムを編集することでこの古代生物を現代に蘇らせることを目的としている。そういう意味では、蘇る生物はマンモスに極めて近いものの、どちらかというと象とマンモスの雑種ということになる。

チャーチ氏のラボではこのプロジェクトに数年間資金を投入してきた。チャーチ氏とラム氏は、マンモスを現代に蘇らせるというアイデアには単なるSF的なプロジェクト以上の意味があることを投資家たちに売り込むことに成功した。

コロッサルは、創業しLegendary Entertainment(Dune、Jurassic World、The Dark Knightなどをてがけた会社)の前CEO Thomas Tull(トーマス・タル)氏率いる1500万ドル(約16億5000万円)のシードラウンドを実施することを発表した。このラウンドには、Breyer Capital(ブレイヤーキャピタル)、Draper Associates(ドレイパーアソシエイツ)、Animal Capital(アニマルキャピタル)、At One Ventures(アットワンベンチャーズ)、Jazz Ventures(ジャズベンチャーズ)、Jeff Wilke(ジェフ・ウィルケ)氏、Bold Capital(ボールド・キャピタル)、Global Space Ventures(グローバルスペースベンチャーズ)、Climate Capital(クライメートキャピタル)、Winklevoss Capital(ウィンクルボスキャピタル)、Liquid2 Ventures(リキッド2ベンチャーズ)、Capital Factory(キャピタルファクトリー)、Tony Robbins(トニー・ロビンズ)氏、First Light Capital(ファーストライトキャピタル)などが参加している。

「チャーチ氏とラム氏の2人は、現代の遺伝学の考え方を一変させると同時に、絶滅種の復活だけでなく業界全体を前進させる革新的テクノロジーを開発する能力を持ち合わせた強力なチームです」とロビン氏はいう。「この2人が率いるプロジェクトに投資できることを誇りに思います」。

ラム氏はテキサス州本拠のAI企業ハイパージャイアントの創業者としてコロッサルに入社した。同氏は他にも、Conversable(LivePersonに売却)、Chaotic Moon Studios(Accentureに売却)、Team Chaos(Zyngaに売却)の3社を起業し売却している。

チャーチ氏は、これまでにも大規模で挑発的なプロジェクトを立ち上げてきたことでよく知られている。

チャーチ氏は1980年代に最初のゲノム直接配列決定法を生み出し、続いて人ゲノムプロジェクトの立ち上げにも携わった。同氏は現在、Wyss Instituteで、遺伝子とゲノム全体を統合することに重点を置いた人工生体の取り組みを率いている。

CRISPR遺伝子編集技術は対人臨床試験の段階に入ったばかりで、特定の病気の原因となっている遺伝子を編集することを目的としているが、チャーチ氏のプロジェクトでは、それよりはるかに大きな考えで取り組みを進めており、テクノロジーの進化を加速する目的に沿ったものが多い。2015年、同氏のチームは、人に移植する臓器を作る過程で豚の胚の62の遺伝子(当時の新記録)を編集することに成功した。

この取り組みから派生した企業eGenesisはチャーチ氏の当初の予定より遅れているが(同氏は、2019年までには豚の臓器を人体への移植に利用できると予測していた)、現在、猿を使った前臨床実験を行っている。

チャーチ氏は長年、マンモスの復活に照準を合わせてきた。2017年、ハーバード大学の同氏のラボは、マンモスを復活させる過程で、45の遺伝子をアジア象のゲノムに追加することに成功したと報告した。投資家たちからの研究支援を受け、コロッサルはチャーチ氏のラボでのマンモス復活の取り組みを全面的にサポートすることになる。

プレスリリースによると、コロッサルがマンモスを復活させることを追求しているのは、エコシステムを復元することで気候変動による影響と戦うためだという。

「当社の目的はマンモスを復活させることだけではありません」と同氏はいう。「もちろん、それだけでも大変なことですが、最終的にはマンモスを自然環境に適応させることが目的です。マンモスを復活させることができれば、絶滅を防いだり、絶滅危惧種を復活させるすべての道具立てが揃うことになります」。

現在、約100万種の動植物が絶滅の危機に瀕している。コロッサルのマンモスプロジェクトが成功すれば、最近絶滅した生物を復活させるだけでなく、ラム氏のいう「遺伝子レスキュー」によってそもそも絶滅を防ぐことさえできる能力が実現されることになる。

遺伝子レスキューとは、絶滅危惧種の遺伝子多様性を向上させるプロセスのことだ。これは、遺伝子編集によって、あるいはクローニングによって新しい個体を作り遺伝子プールを大きくすることによって実現できる(クローンと既存の動物の遺伝子が十分に異なることが条件)。これが実現可能である証拠はすでにいくつかある。2021年2月、北米で最初の絶滅危惧種のクローニングによってクロアシイタチが誕生し、Elizabeth Ann(エリザベス・アン)と名付けられた。このイタチは1988年に収集され冷凍された組織サンプルに含まれていたDNAからクローニングされたものだ。

山の中のマンモス。3Dのイラスト(画像クレジット:Orla / Getty Images)

絶滅種を復活させることで気候変動による影響と戦うことはできるかもしれないが、それで根本的な問題が解決するわけではない。人間が生み出した気候変動の原因が手つかずのままであるかぎり、そもそも気候変動によって絶滅した生物を復活させることができたとしてもあまり期待はできない。そもそも、気候変動は巨型動物類が絶滅した原因の1つなのだから。

また、絶滅してかなりの時間が経つ種を現代の環境に適応させることにより、新しい病気が蔓延したり、既存の種が置き換えられて実際に地形が変わってしまうなど、エコシステムにさまざまな重大な悪影響が生じる可能性もある(象は結局のところ生態系の技師なのだ)。

生物多様性を維持することがコロッサルの主たる目的なら、今すぐ救える種があるのになぜわざわざマンモスの復活にこだわるのだろうか。ラム氏によると、アジア象のゲノムを編集して回復力を高める試みをしてもよいが、マンモスプロジェクトがコロッサルを導く光輝く目標でもあることに変わりはないという。

ラム氏の見方では、マンモスプロジェクトはムーンショット(困難だが成功すれば大きな効果をもたらす試み)なのだ。このような困難な目標にあえて挑むとしても、絶滅種復活のための独自技術を開発し、それを見込みのありそうな買い手にライセンス供与または売り込む必要がある。

「この計画はアポロ計画によく似ています。アポロ計画は文字通りムーンショットでした。その過程で多くのテクノロジーが生まれました。GPS、およびインターネットや半導体の基本原理などです。これらはすべて大きな収益を生むテクノロジーでした」と同氏はいう。

要するに、マンモスプロジェクトは、多くの知的財産を生み出すインキュベーターのようなものなのだ。具体的には、人工子宮やCRISPRのその他の応用技術の研究プロジェクトなどがあるとラム氏はいう。こうした技術を実現するにはまだまだ多くの科学的なハードルをクリアする必要があるが(現行の人工子宮プロジェクトは臨床試験段階にも程遠い状態だ)、生きた本物の生物体を作り上げることに比べれば少しは実現可能性が高いのかもしれない。

けれども、コロッサルがこの研究を進めるにあたってたくさんの中間的な計画を持っていたというわけではない。コロッサルは、研究過程で記憶に残るブランドを作ろうと躍起になっている。ラム氏に言わせると、それは「ハーバードとMTVの融合」としてのブランドだという。

コロッサルに匹敵するような企業は存在しないとラム氏はいうが、インタビューでは、Blue Origin、SpaceXなどの大手の宇宙開発企業ブランド、そして何よりNASAの名前が登場した。「NASAは米国が作り上げた最高のブランドだと思います」と同氏はいう。

「SpaceXやBlue OriginやVirginの名前を挙げれば、私の91歳の祖母でも宇宙開発企業だと知っています。ULAなどの企業も数十年に渡ってロケットで衛星を打ち上げていますが、誰も知りません。SpaceXやBlue Originは宇宙開発事業を一般大衆に知らしめるのに大きな役割を果たしたのです」。

人を火星に送るというElon Musk(イーロン・マスク)氏の計画を少し連想させるが、同氏の火星探査宇宙船Starshipは、プロトタイプ試験段階から先に進んでいない。

夢のある大きなアイデアは人を惹き付けるとラム氏はいう。そして、その実現に向けた道のりで生まれる知的財産によって、投資家たちの気持ちをなだめることもできる。全体像はどうしてもSF的に見えてしまうが、それも織り込み済みなのかもしれない。

とはいえ、コロッサルはマンモスを復活させることなど本気で考えてはいないなどというつもりはない。今回のシードラウンドで調達した資金は、生存可能なマンモスの胚を作り出すのに十分な額だ。同社は、あと4年~6年で最初の分娩にまでこぎつけることを目指している。

画像クレジット:Colossal

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)