勝者総取りの労働経済でいいのか?9億円を賭けたPandoの挑戦

今は勝者総取り経済の時代だ。労働市場はますます宝くじ化し、そこではまったく同じスタートラインから出発したはずなのに、ひと握りの「スーパースター」従業員だけが、同僚と比べて格段に高額な報酬を手にしている。

テック業界では、2人のJavaScriptエンジニアが単にそれぞれ別のスタートアップに就職したというだけの理由で、報酬に数十億ドル(数千億円)もの差が生じることがある。この極端な収入格差は、法律や金融といった職業にも伝播し、私のジャーナリスト仲間の間にすら及んできている。

Charlie Olson(チャーリー・オルソン)氏とEric Lax(エリック・ラックス)氏にとって、この力学は本能的に受け入れられないものだった。「自分の未来は100パーセント自分のものです。しかしひとたび職業人生が始まるや、仕事のリスクか報酬かの選択に拘束されるようになります」とオルソン氏はいう。宝くじに当たれば報酬は青天井だ。だがそれ以外の大多数にはセイフティーネットすらない。スーパースターの座を勝ち取るべく全力でレースを戦おうとしても、自分を守ってくれる保険もない。

Pandoの創設者エリック・ラックス氏とチャーリー・オルソン氏(画像クレジット:Pando)

2人の創設者は、スタンフォード大学経済大学院の在学中に出会い、周囲の仲間たちを監察するようになった。そのうち何人かは、数年のうちのビジネス界のスーパースターになるかもしれない。彼らは、いくつものアイデアを検討したが、いつも決まってひとつのアイデアに帰結した。職業人生のためのプール型の保険というアイデアだ。

彼らの考えは、2017年中ごろにサンフランシスコを拠点とするPando(パンド)として実を結んだ。まさにそんな職業人生のための保険プールを、仕事仲間のグループで構築できるプラットフォームだ。「私たちは、グループのメンバーが集まっていっしょにプールを選び、グループを選び、グループの各メンバーが、まだどうなるかわからない将来の収入から一定の割合を仲間のために提供することに同意してもらうというマーケットプレイスを作りました」とオルソン氏は説明する。

つまり、例えばビジネススクールの1人の学生の成績が、他の大勢の同級生と書類上は似ていたとする。統計的に、そのうちの1人が仕事で大成功するが、今のところそれが誰なのかはわからない。そこで彼らがつながって、将来の報酬を共有できるようにするというのがPandoの狙いだ。

支払いのルールは、そのプールのメンバー間で決めるのだが、Pandoはこれを製品化するにあたり新しくガイドラインを設定した。そこには通常、収入という経済的なハードルがあるため、収入が特定の閾値以下の場合は支払う必要はない。収入が閾値を上回ったメンバーは、大きなプールなら収入額の1〜2パーセント前後、小さなプールなら収入額の7〜10パーセント前後の割合で資金提供を行う。プールに集められたお金は、すべてのメンバーに公平に分配される。

Pandoは当初、プロ野球選手のグループでプールを作るという顧客プロファイルに注力していた。新聞紙面を飾る巨額契約金を獲得した選手とは対照的に、野球選手の多くは世間に注目されることもなく、それでもメジャーリーグで一発当てようと希望を抱き、最低の賃金で頑張っている。「無一文で球界を離れるか、大金を手にするかのどちらかです」とオルソン氏はいう。

この場合は、野球チーム内の極端な給与の差を緩和できると同時に、人々の関心を集めることもできる。「人々が手を結んで経済的な協力関係を築くという誘因のもとにグループを作るという考え方は、お互いに成功を願う本当の動機になります」とオルソン氏は話す。Pandoの標準的なプールのサイズは5.7人。野球選手の場合は、プールの対象となるのは各選手がチームから直接受け取る契約金だが、コマーシャル契約料などの副収入は含まれない。

ここまででほぼ理解できたが、1つだけ釈然としない点がある。意欲と才能のある人間に収入の一部を提供するようにPandoはどうやって説得するかだ。結局、メジャーリーグを目指す者は、自分が次のA-Rod(アレックス・ロドリゲス)になるという野望を持っているはずだし、次なるFacebook(フェイスブック)を立ち上げようという者は、Mark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)を目指さないわけがない。

オルソン氏は2つのことを指摘した。1つはデータだ。それは、1つの分野での成果の分布と、収入を確保したいという人間の欲求を緩和させるプールの必要性を示している。2つめの指摘は、将来の家計を自分のたった1つの職業に依存するよりも、利益が出ているポートフォリオを持つことのほうが、いつだって望ましいという点だ。

「Warren Buffett(ウォーレン・バフェット)は自信家ですが、それでも彼が投資した企業のポートフォリオを持っています。ベンチャー投資企業は成功する企業を選ぶ自分たちの目を信じていますが、それでもポートフォリオ戦略にたった1つの投資先しなかいなんてことはありえません」とオルソン氏。「エージェントがあなたを高く評価していたとしても、彼は安定したクライアントを多く抱えていて、最も稼ぐ人から利益を得ています。それでもあなたは、自分の利益を丸ごと独り占めしようと思っているのは、あなただけかも知れません」。そうした根拠と、プールの協調的な感覚が決め手になると彼はいう。

同社は2017年の秋に正式に発足し、Ulu Ventures、Pear VC、Avalon、Nimble Ventures、Stanford StartX Fundから330万ドル(約3億5000万円)のシード投資を受け取っている。そして米国時間6月9日の朝、2019年に850万ドル(約9億1000万円)のシリーズA投資を獲得していたことを発表した。これはCore Innovation CapitalのKathleen Utecht(キャサリン・ユーテクト)氏が主導し、Slow VCと、そのシード投資家たちが参加している。

Pandoのスタッフ(画像クレジット:Pando)

この資金を使い、Pandoは当初のターゲットであるプロスポーツ選手から、ビジネススクールの学生、起業家、ハイリスクで高収入な職種を目指す若者たちにもターゲットの範囲を広げてきた。

まだ初期段階であり、勝者総取りの労働経済への移行は崩しがたいトレンドであるものの、Pandoはこの問題に新しい流れを示している。そしてそれは、思いやりのある革新的なプラットフォームだ。

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画像クレジット:Robert Daly / Getty Images

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(翻訳:金井哲夫)

賃金格差と求人内容の関係性

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【編集部注】執筆者のTim Cannonは、HealthITJobs.comのプロダクト管理担当ヴァイスプレジデント。同社は1000件以上のヘルスケアITの求人情報を掲載する求人サイトを運営している。

テック業界で働く女性の数が男性より少ないことや、両者の間に賃金格差があることは既によく知られている。しかしComparablyの調査から、年齢が上がるほど賃金格差が縮まっていくという興味深い事実が浮かび上がってきた。

18歳から25歳の間にテック業界に入ってきた女性は、同じ年齢の男性よりも29%少ない給与を受け取っている一方、彼らの年齢が50歳を超える頃には、その差が5%まで縮まるということがわかったのだ。

ヘルスケアIT業界では経験と共に給与が大幅に増加する、ということが私の勤めるHealthITJobsの調査からも分かっていることから、これには納得がいく。しかしこれはそもそもなぜ賃金格差が存在するのかという問いへの答えにはならない。

問題は入社時からはじまる。つまり求人という採用プロセスのスタート地点から、既にこのようなトレンドの芽が生まれている可能性があるのだ。驚くかもしれないが、求人内容がテック業界における賃金格差を生み出し、固定化させている可能性がある。以下でその流れについて説明したい。

以前の給与に関する質問

ある求人に応募してきた候補者に対して、企業が希望給与やこれまでの給与について質問するという習慣が長く続いてきた。この質問はあまりに一般化しているため、候補者側も特に疑問を持たずに答えている。しかし給与の変遷に関する質問が、実は賃金格差を固定化しているかもしれないのだ。

そのためマサチューセッツ州は、企業が求人票や面接で候補者の給与の変遷を尋ねることを禁じる法案を可決した。これには新しい仕事の給与が以前の仕事の給与に基いて計算されてしまうと、特に女性は最初の仕事の給与が男性よりも低いことが多いため、それまでの賃金格差が引き継がれてしまうという理由がある。

さらに雇用者側は意図せずとも、彼らは候補者の前職での給与からその人の価値を推測したり判断したりする傾向にある。テック業界でいえば、候補者のスキルではなく前職の給与に基いた提示額が、賃金格差の拡大につながっている可能性がある。女性はスタート時に遅れをとり、そこから追いつこうとすることしかできないのだ。

闇に包まれた給与情報

企業は候補者に対して給与に関する情報を尋ねる一方で、自分たちは報酬や給与の決め方について教えないことが多い。そのような情報が与えられないために、採用前に給与交渉をしづらいと感じている女性もいる。

そのような背景もあり、Fractlが100人の市民を対象にした行った調査でも、女性は男性に比べ賃上げ交渉をしづらいと感じている人が多いことがわかっている。平均的に女性は男性よりも賃上げ交渉を行う可能性が低く、アフリカ系アメリカ人の女性が賃上げ交渉を行う可能性が1番低い。

賃上げ交渉は採用時の給与交渉とは少し異なるものの、どちらも似たようなスキルや自信が必要になってくる。さらに新しい業界での仕事を探している女性の頭の中では、最初から給与交渉することで波風を立てたくないという心理が働いている可能性がある。交渉に必要な情報が提示されていないとすればなおさらだ。

応募している職業の一般的な給与や、応募先企業の平均初任給、給与の決め方といった情報がないと、女性はどのくらいの水準の給与を希望すればいいのかわからない。

求人票の男性的なキーワード

ほとんどの人が気づいていないが、求人票の多くは男性向けにつくられている。ZipRecruiterが行った調査ではほとんどの求人で男性的なキーワードが使われているとわかったのだ。同社のウェブサイトに掲載されている求人情報を調べたところ、”assertive(積極的)”、”decisive(決断力のある)”、”dominant(支配力のある)”といった男性的な言葉が70%の求人に含まれていた。そしてテック系の仕事だと、その数は92%まで増加する。

このような言葉は採用と何も関係がないようにも見えるが、中性的な言葉が使われている求人への応募率はそうでないものに比べて42%も高い。つまり求人に男性的な言葉が含まれていると、女性の応募率が下がる可能性があるのだ。そのため、求人に使われている言葉が好ましくないという理由で、女性は高給なテック系の仕事に応募していないのかもしれない。

リクルート会社や雇用主は、給与格差を生み出そうとして意図的にそのような求人票をつくっているわけではないが、これまでに浸透したやり方がそうさせているのだ。しかし求人票の書き方を変えるだけならば大した作業ではない。どのくらいの給与情報を候補者に明かすかや、求人票に適した中性的な言葉を決めるのには少し時間がかかるだろう。ただこのような小さな変化を積み上げることで、テック業界にはびこる賃金格差を解消することができるかもしれない。

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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter