原子間力顕微鏡を用いて世界で初めて個別のDNA損傷を直接観察することに成功、がんや老化のメカニズム解明に期待

世界で初めて個別のDNA損傷を直接観察することに成功、がんや老化のメカニズム解明に期待

今回の技術を用いて撮像したさまざまなDNA損傷形態の原子間力顕微鏡(AFM)画像。糸状に見えるDNA鎖に、明るいドット(損傷に結合しているアビジン・卵白に含まれるタンパク質の一種)が確認できる。これを観察することで、DNA損傷の位置を可視化できた。観察の結果、通常の孤立した塩基損傷以外に、塩基損傷が集中して生じた領域であるクラスター損傷、DNAの末端に塩基損傷があるタイプの損傷、塩基損傷が複数個固まったような高複雑度クラスター損傷など、多彩なDNA損傷を見ることができ、損傷の「種類分け」に成功した

量子科学技術研究開発機構(QST)は3月22日、生きた細胞内の60億塩基対のDNA鎖上にある、たった1つの損傷を見つけ出して、直接観察できる技術を世界で初めて確立したと発表した。DNAの損傷を可視化し個別に観察することが可能になったことから、損傷が自然に修復される様子や修復されにくいタイプの損傷の構造が明らかになり、DNA損傷の修復エラーが原因とされるがんや細胞老化のメカニズムの解明、効率的ながん治療に貢献すると期待されている。

量子科学技術研究開発機構量子生命・医学部門量子生命科学研究所DNA損傷化学研究グループの中野敏彰氏、赤松憲氏、鹿園直哉氏らと、広島大学の井出博名誉教授からなる共同研究グループは、長いDNA鎖から損傷部分を取り出し、原子間力顕微鏡(AFM。Atomic Force Microscope)で直接観察することに成功した。細胞内のDNAは、放射線など様々な要因で傷つくが、その傷には細胞の働きで自然に修復されるものと、されないものとがある。その修復されない損傷が、細胞死やがんにつながるとされている。老化やがんのメカニズムを解明し、効果的な治療方法を確立するためには、DNA損傷を1つずつ詳しく観察する必要がある。ところが、従来用いられていた蛍光顕微鏡のマイクロメートルレベルの解像度では、その可視化は原理的に不可能だった。

そこで研究グループは、ナノメートルレベルの解像度を持つ原子間力顕微鏡を使った観察を目指した。まずは長いDNAを観察可能なサイズに切り分け、膨大な量のDNAの断片から、損傷を含むものだけを集める手法を開発。損傷部分のみを探し当てて直接観察できるようにした。実験では、放射線を照射したヒトリンパ芽球細胞からDNAを取り出し、塩基に生じた損傷を特殊な酵素で切り出した。そして、その切り出した部分の塩基欠損部位に特異的に化学結合する薬剤で標識を付けた。これを原子間力顕微鏡で観察可能な長さに切断すると、損傷を含むDNA断片と含まないDNA断片が作られるので、標識に結合する磁性粒子で損傷のあるDNA断片だけを集めた。

細胞中の長いDNAから損傷を含むDNA領域のみを集めてAFM観察する方法

細胞中の長いDNAから損傷を含むDNA領域のみを集めてAFM観察する方法

個々の損傷が可視化できたことから、DNA損傷を、周辺に損傷のない「孤立塩基損傷」や複数の損傷が集中して起きる「クラスター損傷」などと種類分けができるようになった。また、それぞれの修復の速度も解析できるようになった。たとえば、重粒子線を当てた細胞では、損傷が6時間で8割修復された。エックス線の場合は1時間で約半数、6時間で約8割が修復された。しかし、二本鎖切断と呼ばれる損傷はなかなか修復されないことがわかった。

こうして修復されにくい損傷の形態がわかり、重粒子線による損傷と修復されにくさを解析できるようになったことが、がんの放射線治療の効果向上に役立つと期待される。またこの技術を発展させることで、発がんメカニズム、老化の原因の解明なども可能になるという。今後は、DNA損傷の特徴に合わせて、どのような修復メカニズムが働きやすいか、または働きにくいかを明らかにしてゆくとのことだ。

健康・長寿分野の数多いスタートアップの1つ、bioniqが高度にパーソナライズされたサプリメントを発売

TechCrunchでは2021年、人間の健康と長寿を増進するサプリメントを研究し、1300万ドル(約15億円)を調達したLongevica(ロンジェヴィカ)という会社を取り上げた。また、1200万ドル(約13億9000万円)を調達して後にBayer(バイエル)に買収されたcare/of(ケアオブ)や、Nestle(ネスレ)に買収されたPersona(ペルソナ)などのイグジットを果たした企業もある。また、英国のスタートアップ企業であるHeights(ハイツ)は、クラウドファンディング・プラットフォームのSeedrs(シーダーズ)を通じて170万ポンド(約2億7000万円)のシード資金を調達した

これらは、デジタルヘルス、ウェルネス、長寿のスタートアップ分野で起こっているブームのほんの一例に過ぎない。

今回、ロンドンを拠点とするbioniq(バイオニック)は、OKS Group(OKSグループ)とMedsi Group(メディシ・グループ)から1500万ドル(約17億4000万円)のベンチャー資金を調達し「300万の独自の生化学的データポイントによるパーソナライズされたサプリメント製品」である「bioniq GO」を発売すると発表した。

bioniqによると、月額49ポンド(約7700円)のbioniq GOという製品は、3万人以上の患者の5万回を超える血液検査と25の医学出版物のデータを活用することで、市場に出回っている同様の製品と比べて20万倍も高いレベルのパーソナライゼーションが可能になったという。

このトレンドの意味するところは、bioniqやLongevicaのようなスタートアップ企業が、いわゆる「年齢より若く見える」化学物質に関するビッグデータを利用して、ウェルネスや長寿の領域に参入し始めているということだ。

bioniqによると、bioniq GOには最大34種類の成分が含まれており、その組み合わせは1000万通りにも及ぶという。そのすべてが安全かつ高効率であることが臨床的に証明されていると、同社は主張している。

bioniqのCEO兼共同設立者であるVadim Fedotov(ヴァディム・フェドートフ)氏は、次のように述べている。「bioniqでは、医療の未来はデータの集約と健康モニタリングのデジタル化にあると考え、無病の人々のためのユニークなツールを作り出しています。bioniq GOの発売によって、私たちは血液検査を行わないサプリメントとしては業界最高レベルのパーソナライゼーションを提供することを目指しています。そして新しい血液サンプルを得るたびに、当社のシステムは改善され、より効果的になり、bioniq GOの処方はさらに効率的になっていくのです」。

bioniqのCEO兼共同設立者ヴァディム・フェドートフ氏(画像クレジット:bioniq)

bioniqという会社は、元ドイツ代表のバスケットボール選手であるフェドートフ氏と、かつてスイスでプロスポーツ選手の認知機能と身体機能を向上させるシステムを開発した脳神経外科医のKonstantin Karuzin(コンスタンチン・カルジン)博士によって設立された。

2022年初め、bioniqはミュンヘン工科大学からスピンオフした科学企業であるLOEWI(レーヴィ)の買収を発表した。LOEWIは、個人の血液検査とライフスタイルに基づくテーラーメイドの栄養素を提供している。

多くのスタートアップ企業が、このような個人に合わせた健康とウェルネスに対する新しいアプローチに取り組んでいることは明らかだ。今後はさらに多くの企業や製品が登場することが予想される。

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(文:Mike Butcher、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

2022年、もっと「エイジテック」に注目しよう

この2年間、私たちの多くは、画面を通してしか高齢の身内と会うことができず、安全とひきかえに物理的な距離を取りながら、年老いていく身内を見守ってきた。今回のパンデミックでは、何よりも高齢者の脆弱性が浮き彫りになった。創業者、投資家、ジャーナリストなど、テック業界の関係者はみんな「エイジテック」にもっと注意を払う必要がある。

「エイジテック」はニッチな分野ではなく、人口の高齢化は一部の国に限られた話でもない。世界保健機関(WHO)の最新レポートによれば、2030年には6人に1人が60歳以上の高齢者になり、80歳以上の高齢者は2020年から2050年にかけて3倍の4億2600万人に増えると予想されている。

またレポートには「人口の高齢化と呼ばれるこのような分布の変化は、高所得国で始まったものですが(例えば、日本では人口の30%がすでに60歳以上)、現在では低中所得国が最も大きな変化を経験し始めています」と書かれている。「2050年には、世界の60歳以上の人口の3分の2が、低中所得国に住んでいることになるでしょう」。

WHOの報告書は続けて「グローバル化、技術開発(交通・通信など)、都市化、移住、ジェンダー規範の変化などが、直接的・間接的に高齢者の生活に影響を与えています」と述べている。公衆衛生上の対応としては、現在および予測されるこれらの傾向を把握し、それに応じて政策を策定する必要がある。

大手テック企業は、こうした高齢人口増加の可能性をとらえ、既存のプラットフォームやハードウェアに新しいサービスを作り始めている。例えば、2021年12月初めにAmazon(アマゾン)は「Alexa Together」を正式に発表した。これは、Alexaデバイスを介護者のためのツールに変えるもので、ユーザーが助けを求めることができる機能や、緊急時のヘルプライン、転倒検知、デバイスの設定を管理するためのリモートアシストオプション、いつもより活動的でないことを家族のだれかが確認できるアクティビティフィードなどを備えている。一方、Google(グーグル)は、2020年老人ホームで「Nest Hub Max」の簡易版インターフェースの試験運用を開始した。これは、ロックダウン時に入居者が孤立感を感じないようにするための取り組みだ。

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しかし、私がもっと興味を引かれているのは、エイジテックに焦点を当てたスタートアップだ。ハードウェアのイベントを取材していると、高齢者向けの技術を開発している企業が多いことに勇気づけられる。来週のCESでの発表はまだほとんどが伏せられたままだが、イベントのエイジテック系のスタートアップをまとめて紹介する予定だ。

関連記事:ユーザーの動きに合わせて点灯、家族が倒れたら介護者に通知が届くスマートランプNobi

2021年1月に開催された前回のCESでは、Nobi(ノビ)のスマートランプが最も興味深い製品の1つだった。このスマートランプは、転倒や不規則な動きを検知すると介護者に警告を発したり、人が立ち上がって歩くと自動的に床を照らしたりする、控え目なシーリングランプだ。

そのときには他にもエイジテック関連のプレゼンテーションがいくつか行われたが、その中には、非営利団体のスタートアップアクセラレータープログラムであるAARP Innovation Lab(AARPイノベーションラボ)による9社のプレゼンテーションも含まれていた。その多くは、高齢者が介護施設に入居するのではなく自宅で過ごす「エイジ・イン・プレイス」を支援するものだった。その中には、既存の構造物や敷地に合わせてアクセス可能なモジュール式の仕事場や自宅スペースを提供する「Wheel Pad」(ホイールパッド)、自宅で利用者の転倒リスクを予測できる体重計「Zibrio」(ジブリオ)、家族やその他の介護者が利用者の様子を確認できるApple Watchアプリやウェアラブル(ジュエリーなども含む)を開発する「FallCall Solutions」(フォールコール)などがある。

関連記事:CES 2021で注目を集めた高齢者の暮らしや介護者を支えるテックスタートアップ

しかしハードウェアができるのは今のところその程度だ。世界中のスタートアップは、介護者のニーズにも目を向けている。介護者の燃え尽き症候群は大きな問題だが、テクノロジーで支援できる余地がある。例えば現在シンガポールとマレーシアで展開しているHomage(ホーミッジ)は、今後2年間でさらに5カ国に進出する予定だ。同社は介護者を評価し、患者とのマッチングを支援するために、各医療提供者のプロフィールを作成し、また看護師と協力して、医療提供者が手動移送技術などの必須タスクをどのように実行できるかを評価する。これらのデータはすべて、マッチングエンジンによって使用され、家族や患者にとって介護者を見つけるプロセスを迅速にすることができる。

一方、英国では、Birdie(バーディ)が介護事業者を支援するためのソフトウェアツールを構築している。これには、管理コストの削減、介護者のチェックイン、投薬に関する通知をリアルタイムに行うことができるものなどがある。このスタートアップの目標は、よりパーソナライズされた予防的なケアを提供することで、成人が年齢を重ねても自宅で長く暮らせるようにすることだ。

家族構成の変化にともない、世界の高齢者は徐々に孤立化していて、それはテクノロジーを使っても解決するのは難しい問題だ。しかし、オンデマンドの高齢者支援とコンパニオンシップのプラットフォームであるPapa(パパ)は、高齢者の孤独感に対処することが有望なビジネスモデルになることを示している。マイアミを拠点とし、現在27州で事業を展開しているこのスタートアップは、前回の6000万ドル(約69億1000万円)のシリーズCからわずか7カ月後の先月に、ソフトバンク・ビジョン・ファンド2が主導するシリーズDで1億5000万ドル(約172億7000万円)の資金を調達したことを発表した

誰もが安全だけでなく、快適さと尊厳をもって人生の終わりに到達する権利を持っている。テクノロジーは高齢者が愛する人たちから遠く離れざるを得ない社会力学の変化に対する解決策の一部となり得る。私の新年の抱負の1つは、TechCrunchでもっと多くのエイジテックスタートアップを取り上げることだ。もし私が注目すべきスタートアップをご存知ならshu@techcrunch.comまでメールを送って欲しい。

画像クレジット:eclipse_images / Getty Images

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(文:Catherine Shu、翻訳:sako)

寿命を延ばす研究に役立つオープンリサーチリソースを立ち上げるLongevicaが約2.8億円調達

ライフサイエンス企業であるLongevica(ロンジェビカ)は現地時間11月24日、オープンリサーチツールを立ち上げると発表した。医薬品試験を行う科学者や研究機関が、1000以上の薬理学的化合物の効果を追跡するデータセットにアクセスできるようにする。

これは、バイオテクノロジー企業である同社の最新の取り組みだ。同社は、健康的な加齢と寿命延伸メカニズムの研究のために、Xploration Capitalがリードしたラウンドで250万ドル(約2億8750万円)を調達した。

Longevicaは4月、研究成果に基づくサプリメントのラインナップを発表した。同社は11年以上前にスタートし、現在では長寿関連の投資家であり同社の社長でもあるAlexander Chikunov(アレクサンダー・チクノフ)氏をはじめとする投資家から1550万ドル(約18億円)以上を調達した。

関連記事:長寿スタートアップのLongevicaが長期研究に基づくサプリメントを発売予定

Longevicaの共同創業者でCEOのAinar Abdrakhmanov(アイナー・アブドラフマノフ)氏はTechCrunchに対し電子メールで、ステルス状態から抜け出した当初は、研究成果をできるだけ早く活用する最良の方法を見つけ出し、消費者向けの製品をいくつか市場に投入することに主眼を置いていたと語った。

「しかし、一連の深いインタビューを通して、長寿分野のほとんどの科学者にとって、インフラが不足していることがわかりました。私たちは、提携を通じた多くの研究の活用のために、社内のエンジンを共有することにしました。研究者にとって仕事に必要なデータプラットフォームを提供するのです」とアブドラクマノフ氏は付け加えた。

長く生きることは、人間とペットの両方を対象に、他の企業も取り組んでいる分野だ。世界のアンチエイジング医薬品市場は、2020年に約80億ドル(約9200億円)となり、2027年には倍増すると予測されている。

一方、Crunchbase Newsが7月に長寿分野のスタートアップ企業の状況を調査したところ、この分野で活動している30社以上が、合わせて数十億ドル(数千億円)の資金を調達していることがわかった。最近の例では、2700万ドル(約31億円)を調達したLoyalがある。同社は、動物の長寿を調べ、人間の長寿につなげるという長期的なビジョンを掲げている。

Longevicaが資金調達を開始したのは、エンド・ツー・エンドのオープンリサーチプラットフォームのアイデアを思いついたときからだ。今回調達した資金は、そのプラットフォームの開発と、同社の研究データセットの統合を支えるために使う。

アブドラフマノフ氏は、科学研究を消費者が使える製品にするパイプラインを検証することが目的だと述べている。

「加齢や寿命に関する仮説は数多くありますが、それらの仮説を実際に検証して、誰が正しいのかを見極めることが、明らかにボトルネックになっています」と同氏は付け加えた。「私たちのプラットフォームは、科学界が答えに少しでも近づくために役立つはずです」。

チクノフ氏とLongevicaの共同創業者であるAlexey Ryazanov(アレクセイ・リャザノフ)博士が主導した当初の研究では、1033種類の化合物をテストし、有意な寿命延伸効果を示した。その研究については、査読付き論文の発表が間近に迫っている。アブドラフマノフ氏は、これは「どちらかというとムーンショットプロジェクト」だという。この方向性であれば、より早く結果を出すことができ、業界全体にとっても有益であることを、同社の投資家たちは見抜いていたとも述べている。

新たな研究能力を手に入れたLongevicaは、ジャクソン研究所での新たな研究で、300種類の化合物をより深くテストする。また、2022年1月には、6月に開始される本格的な薬理学的スクリーニング実験で薬を試したい研究者から、申請の受け付けを開始する。

「また、1月に私たちは公開データベースを始めます。マウスを使ったほとんどの長寿関連の実験のマークアップデータを含み、公開されているものと、まだ発表されていないものの両方があります」とアブドラフマノフ氏は話す。「このプラットフォームはすべて無料のオープンソースで、プログラムコードもGitHubで公開されます」。

画像クレジット:Vinoth Chandar

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(文:Christine Hall、翻訳:Nariko Mizoguchi

病気と老化をハックする長寿テックGero AIが健康状態の変化を定量化するモバイルAPIを発表

スマートフォンやウェアラブルデバイスのセンサーデータにより、個人の「生物学的年齢」やストレスへの耐性を実用レベルで予測することができると語るのは、Gero AI(ジェロ・エーアイ)だ。

この長寿技術のスタートアップは、そのミッションを「Gero AIで複雑な病気と老化をハックする」という簡潔な目標に集約しており、モバイルユーザーの身体的活動を追跡する歩数計センサーデータのパターン認識に基づいた「デジタルバイオマーカー」を用いて、罹患リスクを予測するAIモデルを開発した。

単に「歩数」を計測しただけでは、個人の健康状態を予測するのに十分な差異を識別できない、というのが同社の主張だ。同社のAIは、大量の生体データを用いて学習し、罹患リスクに結びつくパターンを見つけ出す。また、生物学的ストレスからの回復の早さも測定するが、これも寿命に関連するバイオマーカーの1つだ。つまり、ストレスからの回復が早ければ早いほど、その人の全体的な健康状態が良くなるということだ。

査読付き生物医学誌Aging(エージング)に掲載されたGero AIの研究論文では、ディープニューラルネットワークを学習させてモバイル機器のセンサーデータから罹患リスクを予測する方法を説明している。そして、その生物学的年齢加速モデルが血液検査の結果に基づくモデルと同等であることを実証した。

また、2021年5月末にNature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)誌に掲載される予定の別の論文では、デバイスを用いた生物学的回復力の測定について詳しく説明している。

シンガポールを拠点とするこのスタートアップは、ロシアに研究のルーツを持ち、理論物理学のバックグラウンドを持つロシア人科学者によって2015年に設立された。そして、これまでに2回のシードラウンドで合計500万ドル(約5億4000万円)を調達している。

共同設立者のPeter Fedichev(ピーター・フェディチェフ)によると、出資者はバイオテック分野とAI分野の両方から参加しているという。投資家には、ベラルーシを拠点としAIに特化したアーリーステージファンド、Bulba Ventures(バルバベンチャーズ)のパートナーであるYury Melnichek(ユリー・メルニチェク)が含まれている。製薬分野では、ロシアの医薬品開発企業であるValenta(バレンタ)に関連する(匿名の)個人投資家数名からの支援を受けている(バレンタ自体は出資していない)。

フェディチェフ氏は理論物理学者で、博士号を取得し、10年ほど学術研究の世界に身を置いた後、バイオテックの世界に入り、創薬のために分子モデリングや機械学習に取り組んだ。そしてそこで老化の問題に興味を持ち、会社を設立することにした。

同社では、長寿に関するマウスや線虫を用いた生物学的研究に加え、モバイルデバイスで取得したセンサーデータを使って人間の生物学的年齢やストレスからの回復力を予測する、AIモデルの開発にも力を入れている。

「健康は、もちろん1つの数字だけで表せるものではない」とフェディチェフ氏は率直にいう。そして「そのことに幻想を抱くべきではない。しかし、人間の健康を1つの数字に集約するのであれば、多くの人にとって、生物学的年齢が最適な数字となる。自分のライフスタイルがどれだけ不健康であるのか、本質的に知ることができる。実年齢に比べて生物学的年齢が高ければ高いほど、慢性疾患や季節性の感染症にかかる可能性が高くなり、またそういった季節性の疾患から合併症を併発する可能性も高くなる」と語る。

Gero AIは最近、GeroSenseという(今のところ有料の)APIを公開した。このAPIは、健康やフィットネス関係のアプリを対象としており、AIモデリングを適用して、ユーザーに生物学的年齢とストレス耐性(ストレス状態から各個人の基準値への回復率)の個別評価を提供できる。

初期のパートナーは、長寿に注力する別の企業、AgelessRx(エイジレス・アールエックス)とHumanity(ヒューマニティ)だ。そして、このモデルをフィットネスアプリに広く搭載し、長期的な活動データをGero AIに安定的に送信してAIの予測能力をさらに高め、製薬会社との協業によりアンチエイジング薬の開発を進めるという広範な研究ミッションをサポートすることを意図している。

関連記事:老化速度のモニターと対策を可能にするHumanity

フィットネスプロバイダーがAPIを導入するメリットは、楽しい上に価値のある機能をユーザーに提供できることだ。個人の健康状態を測定することで、ポジティブな(あるいはネガティブな)生物学的変化を把握することができ、利用しているフィットネスサービスの価値を定量化することが可能になる。

「ジムなどを含めた、あらゆるヘルス&ウェルネスプロバイダーは、自分のアプリに、例えば【略】ジムのすべてのクラス、ジムのすべてのシステムを、さまざまなタイプのユーザーに合った価値に応じてランク付けすることができる」とフェディチェフ氏は説明する。

「マウスではなく、人間の老化の仕組みを理解するために、このような機能を開発した。開発後は、遺伝子を見つけるための高度な遺伝子研究に使用し、見つけた遺伝子は研究室でテストしている。しかし、ウェアラブルデバイスから得られる継続的な信号から老化を測定するこのテクノロジーは、それだけでも優れた手法だ。だからこそ、このGero AIセンスプロジェクトを発表した」と続ける。

「老化とは、機能的能力が徐々に低下していくことであり、望ましいことではないが、ジムに行けば改善できる可能性がある。しかし、問題はこの回復力を失っていくこと、つまり、(生物学的な)ストレスを受けたときに、できるだけ早く通常の状態に戻ることができないということだ。そのため、回復力をフィードバックしている。この回復力が失われ始めると、頑健さを維持できなくなり、20代と同じレベルのストレスを受けたときに、ノックアウトされてしまうことになる。

この回復力の低下は、病気になる前の段階でも、近いうちに病気にかかる可能性があることを教えてくれるので、老化の重要な表現型の1つだと考えている。

社内では老化がすべてだ。当社は、老化の測定と介入に全力で取り組んでいる」とフェディチェフ氏は語り、「長寿と健康のためのオペレーティングシステムのようなものを作りたいと考えている」と付け加える。

Gero AIは「トップクラス」の保険会社と2件の試行的運用からも収益を得ている。フェディチェフ氏によると、この試行は、現段階では基本的にビジネスモデルの実証として行なっているとのことだ。また、Pepsi Co(ペプシコ)とも試行の初期段階にあるという。

さらに同氏は、健康転帰の分野で保険会社と連携することとElon Musk(イーロン・マスク)氏がセンサーを搭載したTesla(テスラ)の所有者に対して、その検知した運転状況に基づき保険商品を提供することとの関連性を説明する。両社はどちらもセンサーデータを利用しているためだ。(「イーロン・マスクが自動車に対して行おうとしていることを、当社は人間に対して行おうとしている」と、同氏はいう」)。

しかし、近い将来の計画は、さらに資金を調達し、APIの提供を無料に切り替えてデータ収集の機会を大幅に拡大することだ。

話を少し広げると、Googleが出資するCalico(キャリコ)が「死の克服」というムーンショットミッションを掲げて設立されてから、約10年が経過した。それ以来、小さいながらも成長を続ける「長寿」分野ではスタートアップが誕生し、(まず第1に)人間の寿命を延ばすための研究を行っている。(死を終わらせることは、明らかに、ムーンショットの中のムーンショットだ)。

もちろん死は避けられるものではないが、死神の襲来から逃れるための薬や治療法を見つけるビジネスはペースを上げ続けており、投資家からの資金も集まってきている。

研究データのオープン化や、健康状態把握のためのデジタルデバイスやサービスの普及により、健康や生物学的なデータがますます充実し、入手しやすくなっていることに加え、予測医療や創薬などに急速に展開されている機械学習の将来性も相まって、この傾向は加速している。

また、最近では、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、健康やウェルネス、そして特に死亡率に関心が集まっていることから、長寿への関心の高まりも見られる。

しかし、そうは言っても、複雑で多分野にまたがるビジネスであることに変わりはない。これらのバイオテックでのムーンショットを狙う企業の中には、病気の診断や創薬を推進するためにバイオエンジニアリングや遺伝子編集に焦点を当てた企業もある。

また、Gero AIのように、AIやビッグデータ解析を利用して、生物学的な老化を深く理解し進行を妨げようとしている企業も数多くある。そういった企業では、物理学、数学、生物学の専門家を集めてバイオマーカーを探し、老化にともなう病気や機能低下に対処するための研究を進めている。

最近の例としてはAIスタートアップのDeep Longevity(ディープ・ロンジェビティ)が、2020年の夏にAI創薬企業Insilico Medicine(インシリコ・メディシン)からスピンアウトしステルスモードから姿を現した。同社は、AIによる「サービスとしての長寿」システムを謳い、個人の生物学的年齢を「従来の方法よりも大幅に正確に」予測できるとしている(また、科学者らが「老化に関連する疾患を引き起こす生物学的な原因」を解明するのに役立つと期待している)。

Gero AIは、包括的には同じ目標に向かっているが別のアプローチを取っている。つまり、人々が日常的に持ち歩いている(あるいは身につけている)モバイルデバイスに搭載された活動センサーが生成するデータに注目し、生物学的研究のための代用信号として活用する。

その利点は、自分の健康状態を把握するために、定期的に(侵襲による)血液検査を受ける必要がないことだ。その代わりに、人々のパーソナルデバイスを使って、生物学的研究のための代用信号を、受動的に大規模かつ低コストで生成することができる。つまり、Gero AIの「デジタルバイオマーカー」によって、個人の健康状態の予測に使うデータを民主的に取得できるようになる。

Peter Thiel(ピーター・ティール)氏のような億万長者は、死の一歩手前でいられるよう、特注の医療モニタリングや医療介入に大金を払う余裕があるが、そのようなハイエンドのサービスは、一般の人々の手が届くはずもない。

Gero AIのデジタルバイオマーカーが同社の主張に沿うものであれば、少なくとも何百万人もの人々をより健康的なライフスタイルへと導くことができるだろう。そして同時に、長寿の研究開発のための豊富なデータを得ることができ、人間の寿命を延ばすことができる薬の開発の助けにもなる(そのような延命薬剤がいくらかかるかはまったく別の話だが)。

保険業界も当然関心を示しており、このようなツールを使って契約者に健康的なライフスタイルを促すことで、保険金の支払いコストを削減できる可能性がある。

健康増進に意欲的な人にとって、現在の問題は、どのようなライフスタイルの変化や医療介入が自分の生物学的特性に最も適しているのかを正確に知ることが非常に困難なことだとフェディチェフ氏はいう。

例えば、ファスティングは生物学的老化の防止に役立つという研究結果がある。しかし、同氏はこのアプローチがすべての人に有効であるとは限らないと指摘する。同じことが、一般的に健康に良いとされている行動(運動や特定の食品を食べたり避けたりすることなど)にも言えるだろう。

また、そういった経験則も、個人の特定の生物学的性質に応じて、さまざまな差異があるかもしれない。さらに、科学的な研究には、どうしても資金面での制約がある。(そのため、研究の対象では、女性よりも男性、中高年よりも若年層といったように、特定のグループに焦点が当てられ、他のグループが除外される傾向がある)。

そのような理由から、フェディチェフ氏は、基本的に個人の費用負担なしで健康に関する知識のギャップに対処できるように、評価基準を作成することに大きな価値があると考えている。

Gero AIは、研究パートナーの1つである英国のバイオバンクの長期間にわたるデータを用いて、同社のモデルによる生物学的年齢と回復力の測定値を検証した。しかし、もちろん、より多くのデータを取り込むことで、さらにモデルを進化させたいと考えている。

「技術的には、当社が行なっていることとそれ程違うものではない。ただ、UKバイオバンクのような取り組みがあるからこそ、今、当社ができることがある。政府の資金と業界のスポンサーの資金に加え、おそらく人類史上初めて、何十万人もの人々の電子医療記録、遺伝学、ウェアラブルデバイスが揃った状況になり、それが可能になった。技術的なものだけでなく、(英国のバイオバンクのような)『社会技術』と呼ばれるものも含めて、いくつかの開発が収束した結果だ」と同氏はTechCrunchに語る。

「想像してみて欲しい。すべての食事、すべてのトレーニング、すべての瞑想……ライフスタイルを実際に最適化するために、(それぞれの人にとって)どのようなことが効果的で、どのようなことが効果的でないのかを理解できることを。あるいは、すでに動物で寿命を延ばすことが証明されている実験的な薬が有効かもしれないし、何か違うことができるかもしれない」。

「100万件の追跡データ(100万人の半年分のデータ)が集まれば、それを遺伝学と組み合わせて、老化を解決できるだろう」と、起業家らしく語り「この計画の挑戦的なスケジュールでは、年末までにその100万件の追跡データを手に入れたいと考えている」と続ける。

フィットネスや健康のアプリは、データを必要とする長寿研究者にとってパートナーのターゲットとなることは明らかだが、お互いに関心を引く関係になることも想像に難くない。一方はユーザーを提供し、もう一方は高度なテクノロジーとハードサイエンスに裏付けられた信頼性のオーラをもたらすことができる。

「当社は、これらの(アプリ)が多くのユーザーを獲得することを期待している。そして、まず楽しい機能として、ユーザーのためにユーザー自身を分析できるだろう。しかし、その裏では、人間の老化に関する最高のモデルを構築する必要がある」とフェディチェフ氏は続ける。そして、さまざまなフィットネスや健康増進法の効果をスコアリングすることが、ウェルネスと健康の「次のフロンティア」になると予測している(あるいは、より簡潔に言えば「ウェルネスと健康は、デジタルで定量的なものにならなければならない」ということだ)。

「当社が行なっていることは、物理学者を人間のデータの分析に参加させることだ。最近では、多くのバイオバンクがあり、人間の老化プロセスを数年単位で表示するデバイスからのものを含め、多くのシグナルを入手している。つまり、天気予報や金融市場の予測のような、動的なシステムだ」と同氏は述べる。

「治療方法は特許を取得できないので自分たちのものにはならないが、パーソナライゼーション、つまり治療法を各個人に合わせてカスタマイズしてくれるAIは自分たちのものになるかもしれない」。

スタートアップの視点からは明確だ。長い目で見れば、パーソナライゼーションは、ここにある。

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カテゴリー:バイオテック
タグ:Gero AI健康長寿人工知能APIアプリウェアラブルデバイスムーンショット

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(文:Natasha Lomas、翻訳:Dragonfly)

長寿スタートアップのLongevicaが長期研究に基づくサプリメントを発売予定

LongevicaのCEOであるアイナル・アブドラフマノフ氏

人間の寿命を延ばすサプリメントの研究に11年を費やしてきたバイオテクノロジー企業Longevicaは、2021年後半にサプリメントを発売する計画を立てている。Longevicaによると、同社は長寿技術に投資を行い同社の社長でもあるAlexander Chikunov(アレクサンダー・チクノフ)氏を含む投資家から合計1300万ドル(約14億円)を集めたという。

Longevicaによると、同社は実験用マウスの寿命を研究した後に、バイオテクノロジーのプラットフォームを立ち上げた。Longevicaは今後、延命のための医薬品と食餌療法サプリメント、食料品を生産していくとのことだ。

長寿はテクノロジースタートアップにとっても成長市場だ。Googleもこの分野でCalicoの立ち上げを支援した。2020年はHumanity Inc.がボストンのファンドOne Way Venturesがリードするラウンドで250万ドル(約2億7000万円)を調達しているが、その資金は、AIを使って人の健康期間を延ばす同社の長寿技術企業を支える。

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LongevicaのCEOであるAynar Abdrakhmanov(アイナル・アブドラフマノフ)氏は、長生きしたいという人たちの欲求に奉仕する彼の企業について、次のように述べている。「WHOによると、2050年には60歳以上の人が20億人に達する。2019年には17兆ドル(約1834兆4000億円)だったが、2026年までにはこの年齢層の人たち向けのサービスとプロダクトの売り上げがは約27兆ドル(約2913兆4000億円)になります」。

調査会社CB Insightsによると、寿命延長サービスのスタートアップは2018年だけで過去最高の8億ドル(約863億2000万円)を調達した。一部の高名な投資家および投資企業も、この投資に加わっている。

PayPalの共同創業者Peter Thiel(ピーター・ティール)氏は、加齢にともなう疾病の治療薬を開発するUnity Biotechnologyに投資している。Ethereumの創業者Vitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)氏は、若返りのためのバイオテクノロジーを開発している非営利団体SENS Research foundationに、240万ドル(約2億6000万円)相当のEtherを投資した。SENS Researchは、Aubrey de Grey(オーブリー・デ・グレイ)氏が最高科学責任者を務め、若返り技術のバイオテクノロジーを開発していることで知られている。

Longevicaのプラットフォームは、科学者であるアレクサンダー・チクノフ氏の業績に基づいている。彼は米国の特許を10件持ち、タンパク質生合成細胞の統制に関して長年、研究している。

「この分野でよく知られている科学者を集めて、問題への彼らのアプローチを議論したことがありあmす。そのときAlexey Ryazanov(アレクセイ・リアザノフ)氏が、長寿のマウスにある既知の薬理学的物質をすべて大規模にスクリーニングして、生命を延ばしているものを発見するという画期的なアイデアを提案しました」とチクノフ氏は語る。

Longevicaによると、同社はリアザノフ氏の指導の下、2万匹の長寿の雌のマウスと、62の薬理学的クラスの合成物質を表している1033種の薬品を使って、統計的に寿命を16〜22%と大きく延ばしているイヌリン、ペンテト酸、クロフィブラート、プロシラリジンA、D-バリンというた5つの物質を発見した。

この研究から、彼らは特定の重金属を体内から排除するという見解を形成し、体内の毒素を除去する能力を向上させた。

カテゴリー:バイオテック
タグ:Longevicaサプリメント長寿資金調達健康

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(文:Mike Butcher、翻訳:Hiroshi Iwatani)