マイクロバイオームの研究成果をいち早く消費者に届けたいスタートアップの挑戦

2009年、米国立衛生研究所は、ヒトの腸に棲息する無数の微生物とヒトの総体的な健康との関係を解明する新分野の医療研究を促進するために、1億5000万ドル(約168億円)規模のプロジェクトを立ち上げた。

さらにその10年前から発達を遂げた遺伝学を採り入れ、この新分野の研究者は、ヒトのゲノムだけでなく、ヒトの体内に棲息する微生物の遺伝子配列をマッピングして、その機能と、宿主であるヒトの健康を保つ役割の特定を進めてきた。

10年後、投資家たちはその結果を商品化しようと、 uBiome、Viome, Finch Therapeutics, Kallyope, Second Genome, Human Longevity, Maat Pharma, Seedなどなどといった数多くのスタートアップ企業に多額の資金援助を行っている。

全体としてそれらの企業には、5億ドルを超える資金が投入された。

そうしたなかで、uBiomeViomeFinch TherapeuticsKallyopeSecond GenomeHuman LongevityMaat PharmaSeedといった企業は、大手製薬企業の世界に正面から乗り込み、正道の研究技術や治験を通して病気の治療法を開発している。

その一方で、uBiomeやViomeなどは、まずは消費者と直接向き合うことにした。一般消費者向けのマイクロバイオーム解析キットを使って、マイクロバイオームに関する知識体系を積み上げようというのだ。このキットを使うと腸内微生物のサンプルを採取でき、それを元にした健康改善のための食事に関する基礎的なアドバイスが受けられる。

ViomeのCEOおよび共同創設者Naveen Jain。

これらの企業は、サプリや栄養補助食品を管轄する規制のグレーゾーンで活動しているため、規制当局の認可は受けていない。

しかし彼らも、認可を受けて、小売店や科学雑誌に受け入れてもうために、医学的に有効な臨床試験を行い、アドバイスの科学的な裏付けを固める方向に転じた。それは、薬品開発へつながるバリューチェーンを一気に登ることでもある。23andMeの、遺伝学の知識体系を固める戦略もこれに通じる。現在同社は、薬品メーカーにその情報を提供し、病気の新しい治療法を共同で開発できるまでになっている。

今年の始め、uBiomeは、2012年に発売を開始したマイクロバイオーム検査キットを支援している投資家から1億ドル(約111億9800万円)の資金を調達し、50人以上の従業員を一時解雇した。同社によれば、薬品開発事業に力を向けるための改革だという。

現在、250万ドル(約2億8000万円)を調達したViomeも、約15件の臨床試験を行い、独自の治療法開発に移行したいと考えている。

この臨床試験の目標は、「私たちが推奨する治療介入が、実際に結果を生むことを示すため」と、ViomeのCEO、Naveen Jainは話している。

最近の科学調査では、マイクロバイオームを健康に保つことで、うつ病変形性関節症機能性腸疾患多発性硬化症などの病気の苦痛を軽減したり進行を遅らせることが可能だと判明している。

写真提供:Andrew Brookes/Getty Images

その一貫として、Viomeは、大腸癌、乳がん、うつ病と不安症、糖尿病と肥満、クローン病、大腸炎、消化系障害に焦点を当てている。

特許や論文の数で他社に遅れを取っているViomeだが、今回の250万ドルの投資で形勢が変わるかも知れない。この投資には、Khosla Ventures、Bold Capital、Marc Benioff、Physician Partners、Hambrecht Healthcare Growth Venture Fund、Matthew Harris of Global Infrastructure Partnersという、旧知の、または新規の投資会社が参加している。

一般消費者を対象としたマイクロバイオーム分野で、Viomeが他社と異なるのは検査技術だとJainは言う。同社は、全米に広がるさまざまな国立研究所で放棄された技術を商品化するためのベンチャーJain’s BlueDotの最初のスピンアウト企業だ。

Viomeの検査技術は、BlueDotがロスアラモス国立研究所から引き継いだもので、細胞に何を生産すべきかを伝える伝達メカニズムであるリボ核酸のシークエンシングの変型だ。

Jainとその研究者チームは、こう考えている。RNAをシークエンシングすることで、健康に寄与したり害を与えたりする化学物質を微生物が体内で生産する際の、伝達経路と代謝経路が見えるようになるという。

ViomeもuBiomeも、「クオンティファイド・セルフ」、バイオハッキング、そしてホメオパシーによる健康の最適化や、自然療法でのさまざまな病気の治療を目指す健康コミュニティの恩恵を受けている。

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「3年前、マイクロバイオームは非常にニッチな市場でしがが、今は主流になっています。主流となれば、人に貢献するのが筋です」とJainは話す。「単に、自分自身を数量化したい人だけのツールであってはいけません。価値を届けるのです」

だからこそ、同社は独自の臨床試験方法を開発した。そこに至るまでには、成長の痛みがあったとJainは言う。

利用者の意見を掲示した同社のウェブサイトで、製品に関する利用者の声にざっと目を通すと、Viomeの製品とサービスを誰もが信頼しているわけではないことがわかる。それの意見を力に、JainはCLIA(米国臨床検査基準)の認証を受けることを決意した。臨床試験を行うために必要だとJainが考えるものだ。

「昨年の11月と12月には成長痛を経験しました。私たちは急速に成長し、公認の臨床研究所になりたいと願っていました。(中略)認証には1カ月を要し、連邦政府からの認証を受けた後、州の認証も受けなければなりませんでした」とJainは話す。「その3カ月の間、多くの顧客の不満を買いました」

この業界の一部の観測筋は、マイクロバイオームに焦点を当てたスタートアップの苦悩の原因は、臨床への移行よりもむしろ、科学的な裏付けがほとんどない状態で、あまりも早く市場へ参入してしまったという単純な事実にあると見ている。

「マイクロバイオームの分野も大変に重要です。しかし、いまだに解明されていない科学的要素が大量にあり、同時に、この分野を前進させるためには、そのデータを集積して理解することが欠かせません」と。消費者向け健康市場のある起業家は話す。「いずれにせよ、消費者向けは時期尚早です」

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「キットの販売は、収支がとんとんか、損をすることになります」とJainは言う。「人がなぜ不眠症や糖尿病やうつ病になるのかが解明されれば、個人の必要に合わせた栄養素の組み合わせを考えることができます。(中略)新しいタイプの体に良い細菌や前生物的なものになる可能性もあります」

一方、uBiomeは、サービスの裏付けとなる本物の科学を証明する独自の特許ポートフォリオを宣伝している(ただし、特許のほとんどはマイクロバイオームの解析結果に基づく治療プロトコルではなく、その配列決定や健康状態の解析に関連する技術だ)。

同社の最高責任者と研究者たちは、マイクロバイオーム分野の第一級の発明者のポートフォリオのサイズにおいて、1、2、3番の地位を保持しており、特許品質では2、3、4番の地位を保持している。この調査結果は、特許を深く分析することで、テクノロジーの早期指標と大きな特許データベースでの投資傾向の特定を行うケーススタディを提供したと、uBiomeは先月発表した記事に書いている。

uBiomeの特許は、マイクロバイオーム検査キットの方式と分析方法から、心血管疾患、内分泌疾患、自己免疫疾患、神経疾患などの診断と治療の方法まで網羅していると同社は話している。

Jainも、uBiomeのCEO、Jessica Richmanも、マイクロバイオームを利用した治療法を開拓する先駆者ではない。どちらも科学の専門家ではないからだが、科学の恩恵をいち早く消費者に届けるべきだという強い信念で共通している。

米国立衛生研究所が立ち上げたHuman Microbiome Project(ヒトマイクロバイオームプロジェクト)は、2007年から2012年8月までの5年間で1億7300万ドル(約194億円)をかけ、ヒトのマイクロバイオームの解析を試みました。私たちは、それが終了した直後の2012年11月に、Indiegogoでクラウドファンド・キャンペーンを立ち上げています」とY Combinatorのウェブサイトに掲載されたインタビューで、Richmanは話している。「私たちはヒトマイクロバイオームプロジェクトの結果を、一般の人々に直接届け、すべての人たちがマイクロバイオームのことを学び、できるだけ早くこの科学の世界に参加できるようにしたいと考えました。何年も何年もかけてその研究結果がトリクルダウンしてきて、ようやく一般向けの製品やサービスになるのを待ってなどいられませんでした」

JainにとってViomeは、父親への恩返しと、その命を奪った病の治療法開発の機会を与えてくれる場所でもある。

「私にとってそれは、ひとつの企業である以上に、使命でもあります。有効な治療法を見つけるという父との約束です」とJainは言う。「これは恩送りでもあります」

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(翻訳:金井哲夫)