臓器調達におけるテクノロジーの推移

米国では毎年、10万人以上の人々が移植用臓器の提供を待っている。そして、臓器の提供を待っている間に、毎日10数人の患者が亡くなっている。臓器調達の世界で働くには、このような冷酷な計算と楽観的な考え方が必要となる。

この数十年の間に、57の臓器調達機関(OPO)が設立されたが、いずれも全米臓器分配ネットワーク(UNOS)と提携している。UNOSは、連邦政府との契約に基づき提供された臓器と患者(レシピエント)とのマッチングを行う非営利団体だ。

これは医療界のユニークな一面であり、また初めの印象より驚くほどテック系スタートアップに似ている。初期のベータ版製品から、より専門的かつ近代的な技術スタックに至るまで、UNOSのネットワークとそれに関わる企業は、臓器移植プロセスのスピードと信頼性を向上させるべく努力してきた。

ここでは、物流や分配計画のためのインフラ整備など、いくつかの団体における最新の取り組みを紹介するとともに、異種移植、ドローン配送システム、臓器生存プラットフォームなど、よりSF的なプロジェクトについても探ってみたい。そこでUNOSと2つのOPOの関係者数人にインタビューを行い、最先端の状況と将来の夢について聞いた。

ある電話番号の男

UNOSで30年近く働き、現在シニアコミュニケーションストラテジストを務めるJoel Newman(ジョエル・ニューマン)氏は「移植は、誰もがリアルタイムでコミュニケーションを取り、協力し合わなければならない。しかも常に知っている相手とは限らない。そういう意味では以前からずっとユニークだ」といい、臓器移植という生死にかかわる問題のわりには、意外かもしれないが「これらの段取りの多くは、驚くほど略式のものだった」と語る。

実際、初期の頃はあまりにも簡易的であり、ドナーとレシピエントのマッチングはボイスメールの受信箱を介して行われていた。

臓器調達機関Gift of Life(ギフト・オブ・ライフ)の現社長であるHoward Nathan(ハワード・ネイサン氏、1984年に代表に就任して以来、全OPOの中でも最も長く社長を務めている)によると、1980年代に臓器移植が活発に行われるようになってきた初期には、Don Denny(ドン・デニー)氏という1人の男性が協力体制の多くを運営していたという。

1977年にピッツバーグに移り住んだデニー氏は、レシピエントの状態を1~4の段階で評価する独自のシステムを構築した。同氏のシステムでは、「1」が最も臓器移植の緊急性が高いことを示していたが、現在の評価システムでは逆になっている。「デニー氏は毎日、ボイスメールにレシピエントの状態を録音し、ドナーを探す側ではその録音を聞く。そして、集中治療室で移植に適合する臓器のドナーが見つかった場合、家族の同意を得てデニー氏に電話する」とネイサン氏は当時を説明する。同氏によると、デニー氏は4年半の間に2700件の移植をコーディネートしたが、すべてはデニー氏の録音したボイスメールと電話を介して行われたという。

UNOSは1977年に設立され、1984年に法人化された。1986年には、当時の最新通信技術だったFAXを利用して、臓器移植のマッチングを行うためによりコンピューター化されたシステムを開発した。現在、ギフト・オブ・ライフの臨床サービス担当副社長であり、2022年にネイサン氏の後任として社長に就任するRick Hasz(リック・ハース)氏は、当時の技術はそれほど信頼できるものではなかったという。「入社した頃は、感熱紙のFAXを使っていた。早くマッチングしなければ、印字が消えてしまい、情報が失われてしまっていた」と同氏は語る。

もちろんUNOSは、ドナー、ドナー病院、レシピエント、移植センターのニーズに合わせて、時間とともにテクノロジーを進化させ続けてきた。UNOSは、ウェブベースのアプリケーションを利用しており、現在ではモバイルアプリも提供している。

同社でITカスタマー支援担当ディレクターを務めるAmy Putnam(エイミー・パットナム)氏は、間違いを減らすためにモバイルアプリを導入したことが大きなブレークスルーになったという。「2012年、UNOSはTransNet(トランスネット)と呼ばれる変革に取り組んでいた。トランスネットはiOS(アイオーエス)とAndroid(アンドロイド)上で動作するモバイルアプリで、OPOが臓器を電子的にパッケージ化し、ラベル付けすることができる。夜中の3時ともなると、大抵の人の手書き文字は読みづらく、データ入力のミスが多くなってしまう。だからトランスネットは本当に助けになった」と同氏は語る。

しかし、このシステムを構築したことによる真の成果は、すべてのOPO関連企業と協力して作業を進め、すべてのユーザーからのフィードバックに基づいてプロセスを改善できるようになったことだった。

臓器のエクスペディアを構築する

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移植の調整では、電話とコミュニケーションが重要となる。臓器提供は通常、突然発生し、ほとんどどこでも起こりうる。そして、ドナー病院から移植センターのレシピエントに臓器を届けるまでOPOに与えられる時間は、わずか数時間しかない。加えて、対象の臓器の提供を待つ可能性のある数十の移植センターの中から、どの患者が適合するか極めて迅速に判断しなければならない。そういった要件をリアルタイムで処理することが、UNOSの最新技術スタックの大きな強みとなっている。

ニューマン氏は、その複雑な作業の一部を説明してくれた。「腎臓は多くの場合、およそ24時間以内であれば移植できる。しかし、摘出した後は早く移植するほうが望ましいため、おそらくほとんどが12時間以内に移植されている。肝臓や膵臓の場合は8時間以内が理想的で、心臓や肺の場合は4~6時間程度にまで短くなる」と同氏は述べる。血液が供給されなくなった後、臓器が生存できる時間を「阻血時間」という。

この数年をかけ、UNOSは臓器の所在を把握するために、より精巧な追跡システムを開発してきた。OPOの1つであるLifeSource(ライフソース)の主任臨床役員を務めるJulie Kemink(ジュリー・ケミンク)氏は「今見ているものは、Amazon(アマゾン)のパッケージに似ている。出荷されたことはわかるが、正確にどこにあるかは必ずしもわかるわけではない」という。

しかし、UNOSのインフラが新しくアップデートされたことにより、すべての臓器のリアルタイムな位置情報が提供されるようになってきた。「これは、Uber(ウーバー)のようなもので、臓器が実際にどこにあるのかを常に確認することができる」と同氏はいう。

臓器ごとにGPS位置情報を持たせるのは簡単なことのように思えるが、膨大な調整が必要だった。ドナー病院、臓器調達機関、移植センターはそれぞれ異なる団体であるため、位置に関する共通基準を定義することには困難が伴った。さらに、基本的に臓器の輸送はランダムに起きるため、適切な機器と追跡装置を米国各地に設置することは、それだけでハードルが高かったのだ。

物流情報が充実した現在、移植外科医は臓器の到着時間をリアルタイムに把握できるようになった。臓器が飛行機の貨物室に入れられ空輸される場合でも、その飛行機が早く空港に到着すれば、医師に予定よりも早く進行していることが通知され、レシピエントの準備を早めることができる。逆に、車の渋滞で臓器の到着が遅れている場合、移植センターはレシピエントの術前処置を遅らせることができる。

UNOSでは、より多くのデータが得られるようになったことを受け、パットナム氏が「臓器のエクスペディア」と呼ぶ「トラベルアプリ」の開発を検討している。「そのアプリでは、OPOや移植病院が、ドナー病院とレシピエントセンターに関する具体的な情報を入力すると、オプションが表示され、飛行機の選択肢や、車で移動する場合の輸送に要する時間を確認してオプションを選ぶことができる」と同氏は述べる。また、このアプリは現在試験的に運用されているが、将来的にはアプリの操作だけで臓器の割当ができるようになるかもしれないと、同氏はいう。

このインフラは非常に重要だ。というのも、UNOSは臓器の距離を定義する方法を改定しているからだ。数十年にわたり、UNOSとそのOPO加盟団体は、地域の境界線に基づきシステムを運用していた。例えば、ミネソタ州にある臓器は、まずミネソタ州のレシピエントが対象とされ、その後、適合者が見つからなければ近隣の地域に対象を広げる、といった具合だ。

これは単純なシステムだが、富裕層を中心に利用される可能性があった。今から10年以上前、Steve Jobs(スティーブ・ジョブズ)氏がテネシー州に住んでいないにもかかわらず、テネシー州で臓器移植を受けたことが物議を醸した。同氏は、当時「マルチプルリスティング」と呼ばれていた方法を利用して臓器移植を受けた。これは、手段を持つレシピエントができるだけ多くの地域の臓器提供の順番待ちリストに登録することができる仕組みだ。米国内のどこかで適合する臓器が見つかれば、レシピエントはすぐにプライベートジェットをチャーターして臓器移植を受けに行き、リストを待つ時間を実質的に短縮することができたのだ。

現在、UNOSでは、恣意的な地域の境界線ではなく、実際の半径に基づいた距離アルゴリズムを使用している。しかし、それでもいくつかのバランスの悪さが残る。ミネアポリス地域を担当するOPOであるライフソースのケミンク氏は「ミネソタ州は東西どちらの海岸にも近いため、米国全土から臓器提供を受けるチャンスがある」という。これは、沿岸部では利用できないオプションだ。「カリフォルニアでは、ニューヨークから心臓の提供を受けることは基本的に不可能だ」と同氏はいう。

物流の改善に加えて、UNOSは統合のためにプラットフォームを最適化した。「一般に、多くの人は複数のユーザー名やパスワードを持つことを嫌い、複数のソリューションを持つことも嫌う。そのため、最も重要なことは統合だ。統合する必要がある」とパットナム氏は最近のアップグレードについて語る。

統合の一環として、レシピエントのデータや画像ファイルをアップロードする方法を増やした。「医師らは、アップロードされた冠動脈造影を実際に見て、[心臓が]レシピエントに適しているかどうかを確認できるようになった」とケミンク氏はいう。このことにより臓器のオファーを受けてから決定までの時間が短縮され、結果として臓器移植の成功率が高まることになる。

臓器におけるIFTTT(イフト)

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米国政府のデータによると、同国では3万9000件の臓器移植が行われた。臓器移植が頻繁に行われるようになったことで、配分ネットワークの戦略を細かく調整するために利用できるデータセットは次第に増加し、結果的に移植に成功する臓器の数は増えている。

「現在、当社は臓器提供プロセスに予測分析を導入するプロジェクトに取り組んでおり、レシピエントがこの臓器を受け入れた場合の生存確率に関する分析を検討している」とパットナム氏は述べる。逆に臓器提供を断った場合「同程度かそれ以上の臓器が提供されるまでの確率と期間」の予測も行う。UNOSは現在、これらの変更について顧客からのフィードバックを得るための導入試験に取り組んでおり、また、臓器提供という非常にセンシティブな面を考慮し、アルゴリズムにおける極めて明確な説明性を確保している。

また、2020年からは「オファーフィルター」と呼ばれる機能も試験的に導入している。これは、移植センターが、臓器適合の可能性に関する意思決定をより自動化するために使用するものだ。パットナム氏は「当社が行ったことは、過去の腎臓の受け入れデータを見て『移植センターが受け入れるはずがないとわかるオファーがあるかどうか』を調べることだった」という。

UNOSのニューマン氏は「これまでも、移植センターが設定できるスクリーニング基準はあったが、オファーフィルターにより『70歳以上のドナーを絶対に受け入れないということはないが、70歳以上に加え到着までに6時間以上かかる場合は、関心がない』というように、もう少し細かなフィルタリングができるようになった」と述べる。UNOSでは、2021年の後半には全米へ展開したいとしている。

臓器提供の未来

臓器調達のプロセスは非常に重要だが、過去10年間に得られた成果の多くは、結局のところITアプリケーションの進歩とその実装によるものだ。多くのスタートアップの創業者やベンチャーキャピタリストの強い関心を集めるテーマは、臓器を必要としている患者のためにその入手性を根本的に変えることができる「ムーンショット」となるアイデアの実現性だ。

ドローンを使って臓器を届けるというプロジェクトは、すでに試行が始まっている。ギフト・オブ・ライフのネイサン氏は「現在、ドローンを使った試みは行われており、実際に1件の例がある」といい、さらに「メリーランド州にも実験を行っているグループがある」と付け加える。同氏は、数百マイル(数百キロメートル)に及ぶ場合もある臓器の移動距離や、臓器が受ける損傷の可能性を考えると「臓器を危険にさらしたくはないから」と、このテクノロジーにはやや懐疑的だ。

また、臓器調達機関に登録されている患者の中でも最も移植が優先されるレシピエントに臓器を届ける時間を確保するため、阻血時間を長くする(あるいは完全になくす)ことを目的とした低温保存や温灌流保存などのテクノロジーがある。現在、いくつかの装置やシステムが米国食品医薬品局(FDA)の審理を受けており、今後10年の内には実用化されると予想されている。

ライフソースのケミンク氏は、臓器生存率向上を目的とするテクノロジーの進歩により臓器の分配を改善できる2つの要素として、血液型の一致と年齢を挙げている。同氏は「AB型は最も少ない血液型のため、その血液型の臓器を待っている患者はあまり多くない」とし、タイミングよく「適合するレシピエントがいないかもしれない」ため、適したレシピエントが現れるまで、低温保存技術で臓器を「氷漬け」にしておくことができるかもしれない、という。同様に、提供される臓器はレシピエントのサイズに合っている必要がある。「12歳の子どもから心臓を摘出しても70歳のレシピエントに移植することはできない」と同氏はいう。体の大きさが合わないからだ。そして「適合するレシピエントが現れるまで、保存することができるようになれば、それはすばらしい進歩だ」と同氏は続ける。

また、循環器死(DCD)と呼ばれる、循環死したドナーからの臓器調達も進んでいる。ネイサン氏は「米国では毎年280万人の人が亡くなっているが、そのうち医学的に臓器提供に適しているのは2万人程度だ」という。それが、臓器提供を非常に長い時間待たなければならない理由の1つだ。

ハース氏は、このような状況下でも、臓器調達の方法が進歩したことで、移植可能な臓器が見つかる可能性が高まったと述べる。同氏は「2、3年前までは何も変わっていなかった。肝臓や腎臓などに限られていた」とし、しかし「ここ数年、心臓や肺の移植でより多くの人を助ける機会が生まれ、200件の心臓移植が行われた」と述べる。そして最終的には、これらの新しいテクノロジーによって「DCDによる心臓のドナープールを30%拡大できると考えている」と続ける。

最後に「異種移植」と呼ばれる、動物から人間への臓器移植について見てみよう。このような実験は、何十年も前から行われているが、目立った進歩は見られない。ハース氏は「異種移植については、常に10~15年先といわれてきた」と述べる。とはいえ、CRISPR(クリスパー)のような新しい技術により、近年、この分野での進歩が見られ、人間の臓器の不足を動物の臓器で解決する道が開かれる可能性もある、と同氏は説明する。

しかし、このような変革や新しいテクノロジーがあっても、米国における臓器の根本的な課題は変わらない。命を救うためには、人々が「イエス」にマークする必要があるのだ。「最も必要としているのは、臓器提供にイエスと答えてくれる人を増やすことだ。臓器提供の意思表示をしてもらわないと、誰も移植を受けられないのだから」とケミンク氏はいう。現在、米国民の約半数が臓器提供の登録をしている。この課題を解決するためには、技術的な問題ではなく、人々に命の力、そして自分が他の人に提供できるものを思い出してもらうことが重要だ。

画像クレジット:PIERRE-PHILIPPE MARCOU / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)