シンガポール拠点のVC「BEENEXT」がアジア・日本向けに総額約170億円の2ファンドを組成

BEENEXTは6月16日、アジア向け、日本向けに2つのファンドの組成を発表した。合計総額は1億6000万ドル(約170億円)で、アジア向けの「Emerging Asia Fund」は1.1億ドル(約117億円)、日本向けの「ALL STAR SAAS FUND」は5000万ドル(約53億円)となる。

同社は、2015年設立でシンガポールを拠点するベンチャーキャピタル。180社超の国内外の企業への投資と日本企業との共同事業の創出をサポートしており、5年間の投資実績は17カ国で、企業数は180社超となっている。これまで、新興市場と日本における、Eコマース、フィンテック、ヘルステック、アグリテック、エデュテック、AI・データ技術、SaaS事業などを展開するスタートアップ企業への投資を進めてきた。日本を含めた各国の事業会社、投資家、政府機関とも幅広く連携しており、新たな事業機会をともに創出するグローバルコミュニティも形成しているという。

今回組成するファンドで同社は、アジア各国でのWithコロナ、Afterコロナ時代の新たなイノベーションの発掘・投資・支援に活用していくという。具体的には、各産業、各業種のデジタル化を推進する起業家への投資・支援を通じ、各地域特有の課題解決に専念するローカルの起業家を支援していく。
BEENEXTのこれまでの主な投資先は以下のとおり(2020年6月1日現在)。

  • インド
    NoBroker(ノーブローカー):インド最大の売買・賃貸不動産直接取引マーケットプレイス
    Droom(ドゥルーム):インド最大の中古車取引マーケットプレイス
    BharatPe(バラぺ):インドの全国統一標準QRコードモバイル決済プラットフォーム
    Bank Open(バンク オープン):中小企業向けの銀行サービスプラットフォーム
    Mobile Premier League (モバイルプレミアリーグ):インド最大のeスポーツプラットフォーム
    Healthians (ヘルシアン):オンデマンド健康診断プラットフォーム
  • 東南アジア各国
    Zilingo(ジリンゴ):東南アジアのファッション・アパレル業界向け サプライチェーンデジタルプラットフォーム
  • ベトナム
    Sendo (センドー):ベトナム最大のローカルオンラインショッピングモー ル
  • 日本
    Smart HR(スマートHR):日本シェアトップクラスのクラウド人事労務サービス

アジアならではのスタートアップへの投資を進めるEmerging Asia Fund

同社のこれまでのアジアの投資先はインドが中心だが、今回組成するEmerging Asia Fundについて同社創業者の佐藤輝英氏は「注目している国は、インドに次いで東南アジア各国になります。実際、インドと東南アジアはほぼ同規模の投資になる見込みです」と語る。Emerging Asia Fundの1社あたりの出資額は数千万から数億円の規模になる見込みだ。

また新興国では欧米のサービスを現地最適化した事業が多い点については「新興国ではインターネットといえば『モバイル』インターネットを示しますので、モバイル主体のサービスが多いです」と佐藤氏。具体的には「モバイルデータを活用し数億人のクレジットスコアリングをするTrusting Social(トラスティング・ソーシャル・ベトナム)、モバイルで年間百万人以上のブルーカラーのジョブマッチングをするWorkIndia(ワークインディア・インド)、統一QRコード決済の最大手でサービス開始から1年半で300万店舗をカバーしているBharatpe(バラぺ・インド)といった、短期間で大型のプラットフォームに育った会社も多くあります」とのこと。

統一QRコード決済の最大手のBharatpe

佐藤氏は、さらにインドらしいスタートアップとして「すでに100万人のデータ蓄積している、在宅健康診断サービスで家に血液サンプルを取りに来てくれるHealthians(ヘルシアン・インド)、新型コロナウイルス蔓延後にインドでも規制が緩和され急激に伸びているオンライン診療大手のmfine(エムファイン・インド)、昔懐かしい毎朝の牛乳配達に合わせて日用品をドアまで運んでくれるmilkbasket(ミルクバスケット・インド)などがあります」と具体例を挙げてくれた。

家に血液サンプルを取りに来てくれるHealthians

そのほか、農業大国のインドで170万人の零細酪農家世帯に対して生乳の生産管理のIoT SaaSを提供するStellapps(ステラップス・インド)や、クラウドカメラで交通違反を割り出すAI企業のNayanTech(ナヤンテック・インド)などにも注目しているそうだ。

クラウドカメラで交通違反を割り出すAI企業のNayanTech

日本では事業よりも起業家のキャラクターなどを重視して出資を決める投資家も多いが、Emerging Asia Fundでも両方を大切しているとのこと。「新興国では人口増加にともなって対象マーケットが毎年急速に伸びることが多いので、個人向けであれば数千万人から数億人単位のユーザー規模を狙う企業、事業者向けであれば数百万規模の事業者のように、大きな事業ドメインを狙う、いい意味で野心的な起業家に投資をすることしています」と佐藤氏。

今後の海外からの日本のスタートアップへの投資は増える

多くの海外投資家が参加する予定の日本向けのALL STAR SAAS FUNDについて、BEENEXTパートナーの前田紘典氏は「海外投資家の日本SaaS企業への注目度は、確実に高まっていると思います」と語る。そして、その背景には以下3つのポイントが挙げられるという。「今後も引き続き、プライベート、パブリックに関わらず、海外資金の供給は増えると考えています」と前田氏。

  1. 日本が世界で2番目に大きいクラウド市場であること
  2. 労働人口の減少によって自動化の効率化の需要が上がっていること
  3. コロナによってデジタルシフトへの需要が上がっていること

ALL STAR SAAS FUNDの投資対象となるのは「業界を支える『インフラ』的な存在になれる一流のSaaS企業を支援することです」と前田氏は語る。海外投資家も入っていることから投資先企業はグローバル展開が前提ではという問いについては「グローバル展開の可能性については、その企業が目指す先にある場合はもちろん支援をしていきますが、この点は投資実行の要件としては重きを置いていません」とのこと。「これまでの投資例としてはSmartHRのほか、コールセンターやカスタマーサポート業界に特化したAIチャットボットを提供するカラクリや、建設業界に特化したバーティカルSaaSのANDPADなどがあります」。

なお、Emerging Asia Fundとは異なり、ALL STAR SAAS FUNDでは1社あたりの投資額の上限は決めてない。「ALL STAR SAAS FUNDは、自分たちが持つ、資金、人などを含めたリソースを最大限に投資先企業に提供し、企業の成長に貢献することが最重要ミッションとしています。そのため、1社あたりの投資額においても金額に上限は設けておらず、その企業のポテンシャルに合わせた判断をしています」と前田氏。「昨年7月には、ALL STAR SAAS FUNDが共同リードとなり、SmartHRのシリーズCラウンドで10億円以上を出資しています。その他にも、シードラウンドで数千万円の出資を行った事例もあります。資実行の対象となる企業のステージ、そして投資額の両面において、柔軟な体制をとっていきたいと考えています」と続ける。

世界的なコロナ禍でも堅調に成長するSaaSビジネス

最後に新型コロナウイルスのパンデミックによる影響について前田氏に質問したところ「デジタルシフトへの緊急性が高まったため全体的にSaaS業界はプラスの影響が出ているのですが、その度合いはカテゴリーによって異なります。ZoomやSlackのようなコラボレーションSaaSは非常に大きな追い風を受けています。CRMやマーケティング関連のSaaSは、特に目立った影響を受けることなく顕著に成長を続けている印象です」と語る。

ニューヨーク株式市場やNASDAQ、日経平均株価は乱高下しながらも徐々に新型コロナウイルス蔓延前の数値に近づいている。予断は許さないものの、どんな状況であってもそれをチャンスとして成功を掴む企業は歴史的に見ても多い。コロナ不況下が叫ばれる中、今回アジアと日本に2つの大きなファンドが組成されたことで、さらなるスタートアップ企業の登場や躍進を期待したいところだ。

元早稲田の24歳、多国籍チームで20万ドルを調達して留学支援プラットフォームを立ち上げ

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早稲田大学国際教養学部に在籍中の2年生だったときにアメリカのポートランドへ1年間留学した森川照太氏は、まだ24歳の起業家だ。留学経験のある森川氏が台湾系アメリカ人でシリアルアントレプレナーのMark Hsu氏と2015年9月に共同創業したST Bookingは21世紀の留学プラットフォームとなる、という大きな目標を持っている。

留学にまつわる学校紹介や海外生活支援、翻訳サービスなどのマッチングを行う留学業界は古くからあり、この業界では約60年前に創業したEF Education Firstが最大手かつ老舗。約4万人の従業員と世界500拠点を抱えている。EF Education Firstを創業したスウェーデン人のBertil Hult氏はForbesの富豪ランキングに登場するほど成功したビジネスパーソンだ。

ST Bookingの森川氏によれば、ヨーロッパから登場したEF Eduation Firstが今や留学業界最大手となっている現状はあるものの、次の留学のメインストリームとなる「アジアから英語圏への留学」という部分は、まだこれから。東南アジアなど各国の留学エージェントは小さく、そして情報やマッチングは「足、紙、電話」というように前時代的なのだという。留学エージェントが留学受け入れ先を探すときには現地へ通訳を雇った上で訪問して直接交渉などをしている状況という。だからST Bookingの狙いは「教育機関へアクセスできずにいた留学エージェントへワンストップソリューションを提供する」というものだ。受け入れ先の教育機関だけでなく、滞在先や家賃の保証人、アルバイト先確保などの生活支援における課題を解決するプラットフォームを目指していて、ここにアジア発の留学スタートアップとしてのチャンスを見ている。

「不動産業界と構造が似てます。レインズとかSUUMOみたいなマーケットプレイスがない」(森川氏)。情報流通がネット時代のスピードに追いついていない業界であることから、情報の不透明性や非対称性が存在していて、学生がぼったくられるようなケースもいまだに存在しているという。

まずは日本へのインバウンド留学でナンバーワンを目指す

screenshot_mobile_STB_01ST Bookingの狙いは「アジア、英語」という大きなところだが、まずは日本へ来たいという日本向けインバウンド留学生にターゲットを絞る。「東南アジアから日本への留学生の流れは伸びています。2014年は14万人でしたが、政府も2020年前でに30万人にするといっていて、ほぼ2倍です。今までは中国人や韓国人が圧倒的に多かったのですが、今はベトナムやネパール、ミャンマーが年率40〜90%で増えています。伸びているところでナンバーワンを取りたいです。日本留学といえば、ST Bookingというブランドを作りたい」(森川氏)

日本国内ではアウトバウンドでは留学ジャーナル、EF Education Firstといった強豪がいるし、インバウンドでもベネッセなどが事業展開をしている。勝機はどこにあるのかと聞くと、「テクノロジーや仕組みで勝負したい」という。まず学校データベースの充実、遅れている情報の多言語化などを進める。利用価値があるのに知られていない奨学金制度なども少なくないそうだ。

ST Bookingは、すでに台湾で400社、タイで300社など東南アジアで約1200社の留学エージェントをクライアントにかかえていて、日本の受け入れ側として日本語学校や専門学校、大学など約60校がパートナーとなっているそうだ。今のところST Bookingは受け入れ側のターゲットの獲得人数を決めて、そこで発生するコミッション手数料を受け取るビジネスで売り上げを作っているが、留学生はインバウンドの「上流」。ここを抑えることで、今後は不動産や求人、旅行などの市場も取り入れ、海外の人が日本で活躍するプラットフォームへと成長させたい考えだという。

ST Bookingは日本向け留学支援プラットフォームとして今日、シンガポールに拠点を置くVC、BEENEXTなどから総額20万ドル(約2400万円)のシード資金を調達したことを発表している。

六本木で先輩起業家や同世代起業家に刺激を受けて

ところで森川氏がぼくに語ったことで興味深いと思えたことがあるのでヒトコト付け加えておきたい。

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ST Booking 共同創業者の森川照太氏

森川氏の祖父や父親は事業家だった。だから、いずれは自分も事業を立ち上げたいと考えていた。ただ、まず商社かコンサルで修行を積んでから。そう思っていたそうだ。それが、以前六本木にオフィスを構えていたEast Venturesに集まる2周めや3周めの連続起業家(例えばメルカリ創業者の山田進太郎氏)や、若くして事業を伸ばしている起業家(例えばBASE創業者の鶴岡裕太氏)などを見ているうちに、自分も若い時期から挑戦するのが大事だと考えるようになったそうだ。

「進太郎さんとか鶴岡さんとかを見て、実は過去に失敗していたりするのを知って意外に普通の人だと分かったんです。あるいは最初から凄かったわけじゃなくて、若いうちから小さな成功や失敗を重ねながらやっていく中で成功してきたんだということが分かってきたんです」

これは、ぼくが初期のY Combinatorの起業家の多くから何度も直接聞いた言葉と同じだ。2000年代後半にY Combinatorが出てきたころに、このシリコンバレーのアクセラレーターの代名詞ともなったプログラムに参加した起業家たちはみんな、「Why not me?」と思う瞬間があったという。オレ(わたし)にだってできるかも、ということだ。起業家の中には、ずば抜けた頭脳や感性を持つ人がいることは事実だけど、みんなが最初から超サイヤ人というわけじゃない。1つめや2つめの起業で成功しているとも限らない。

まだまだM&AやIPOといった分かりやすい成功の絶対数は少ないものの、成功している起業家をみて why not me? と考えるようになる人が出てきている。そういうことが日本のスタートアップ業界でも起こり始めているのかなと思う。