週4時間働けばよいという考え方に反論する

[著者:Daniel Tawfik]

VonjourおよびZen Patientの創設者

カンファレンスやネットワーク・イベントなどに参加すると、この技術業界の周囲で働いている人の多さに驚かされることがある。ソーシャル・メディアの教祖的な人たち、サーチエンジン最適化の忍者、ブロガーなどなど。まさに、技術業界の「クラブ・プロモーター」の同人会だ。業界の煽り屋だ。

「成功するには自分の人生をハックせよ(近道せよ)」「適切な人に会え」「ビジネスのスーパースターになれ」。彼らは自分の特効薬を持っている。世界を旅しながら、ウェブ・ビジネスからの受動的所得で稼いでいることを自慢して歩いている。その間、私たち庶民は、9時から5時の仕事でこき使われている。

私たちが特効薬を探しまわっている世界では、こうした人たちが武器を蓄えているように思える。さらに、彼らにはその特効薬を売りつける大勢の客がいる。

もっともわかりやすい例として挙げられるのが、Tim Ferrissの「4-Hour Workweek」(1週間に4時間だけ働く)という教えの信者たちだ。この本自体は、それほど問題ではない。仕事で最高の投資利益率を得るための、資産管理の面白いコツを説明する内容だからだ。しかし気になるのは、成功への道をハックせよという考え方だ。これが起業家仲間に広まっている。

この考え方は、起業家精神について私が知っていたあらゆることに反している。素晴らしいアイデアを思いついたら、そのコーディングができる若者を大学から釣り上げたり、安価な開発業者に開発をアウトソーシングするという考え方だ。起業家精神とは、ネットワーク・イベントの連続であり、資金集めの会合であり、彼らの特効薬を使ってコネクションを持つことだと思っている。実際の流通戦略とは反対だ。大変に難しい仕事には消極的なアプローチだ。

ここに欠落しているのは、職人精神だ。専門的な技能であり、自分が作るものに気持ちを集中させることだ。実際にそれが、成功への第一の力となる。近道をつなげてバクチを重ねるのとは訳が違う。

この業界の周辺ではどうだろう。技術業界のセレブたちがTwitterでタオルを振り回したり、TechCrunchにゴシップを流したり、そんなことはビジネスや職業の基礎を築くにあたって、なんの意味もない。どんなにたくさん会議の予定を詰め込んでも、ネットワーク会議に参加しても同じことだ。重要度はせいぜい三番目。下手をすれば、単なる気晴らしだ。

スタートアップの墓場は
その夢を実現させる専門知識も
適切なスキルも持たない
夢想家で埋め尽くされている

仕事で成功するためには、専門知識の獲得と集積が欠かせない。どんな仕事であれ、専門知識を活用するか、傍観者でいるかのどちらかしかない。物事を動かすのは専門知識を持つ者だ。好奇心から得られた専門知識と、自分が作りたいものに真剣に立ち向かう姿勢だ。

スタートアップは、その性質上、開発のための専門知識の短期集中コースだ。リソースが完全に乏しいことが、スタートアップをユニークな存在にしている。リソースがないからこそ、創設者は早くスキルを身につけ、プロジェクトに要求される技能の獲得を強いられる。

「◯◯のやり方がわからない。だから勉強しなければ」というのは、成功した創設者からよく聞く言葉だ。「◯◯のやり方がわからなかった。だから諦めるかどうかを考えなければ」というのは、失敗した創設者からよく言う言葉だ。

ひとつ上のものにチャレンジすれば、スタートアップは教師そのものであると気がつくはずだ。スタートアップが生き残るために急いで知識を積み上げなければならないという要求に勝る有り難い教師は、他にない。

技術系の創設者は、大きな会社だったなら、その経験によって専門家の役割を押しつけられるだろうが、隣接する技術分野に順応し、より多くの専門知識を身につけることは大切だ。そうした仕事を他の専門家に委任できるだけの人財はないからだ。

セールスであれ、経理であれ、マーケティングであれ、管理であれデザインであれ、別の分野の仕事を行うことも同じだ。若い企業では、その役割を担える人財がないのだから、自分が興味を持ってそれに取り組むしかないのだ。

そうした未知の分野で苦労し、逆風に立ち向かうことで、スタートアップとは、職業と人格形成のための触媒なのだということがハッキリと見えてくる。外的な力の気まぐれで成功したベンチャー・プロジェクトも実際にはあるが、こうした成長は、金には換えられない報酬であり、値段の付けられない経験をもたらしてくれる。

だから、受動的な「4時間の考え方」は自滅的なのだ。ビーチでくつろいだり、世界を旅することばかりで、自分の専門知識という武器を積極的に磨こうとしないのは、職業過誤と言える。

それは現実的ですらない。真面目にやっている企業は、受動的に成長しているわけではない。受動的な考え方は、「すごいアイデアを思いついたから、人を雇って作らせよう」とか「売り上げを伸ばしてくれる素晴らしいコネがある」という言動に人を走らせてしまう。アームチェアに座った夢想家は、私が動いている間も働かない。スタートアップの墓場は、その夢を実現させる専門知識も適切なスキルも持たない夢想家で埋め尽くされている。理由はひとつ。アイデアは自動的に物になることはないのだ。高いスキルを駆使した真剣な努力によってのみ実現される。

とくに大切なのは、ビジネスを、近道と取り引き関係の連続だと思っている限り、自分自身とビジネスの未来を成功に導く経験を積み重ねることはできないということだ。もちろん、創設者に専門知識があっても失敗するスタートアップはある。それは単に、専門知識が不足していたためだ。しかし専門知識は、経験を重ねてゆく間に、ビジネスを生み出す苦労を乗り越えることもある。目の前のアイデアに取り組んでいる間に、次のプロジェクトのための知識も蓄えられているのだ。

これは、イーロン・マスクのような人間が、最高レベルの問題を解決するための知識を持って、プロジェクトからプロジェクトへ、セクターからセクターへと飛び回る、そんな職人的な専門性と考え方だ。面白いアイデアを思いつくのは、単にその人に能力があるからだけではない。それは、ビジネスの分野で、自分のやり方で仕事ができる技量があるからだ。彼は自分のビジネスの学際的な学生の典型だ。

あらゆるものに最適化すれば、長期的に最適化が可能になる。今からビジネスのチャレンジを利用して、作りたいものに必要な技術を積み上げるのだ。あらゆるベンチャーが成功するという保証はないが、専門知識と技術を高めれば、長く仕事を続けてゆくうちに、幸運は自分の望む方向へ近づいてきてくれる。

[原文へ]

(翻訳:金井哲夫)