ゴールドiPhoneはどうだ?! ともかくAppleはこれまでも「色」で自己表現を行ってきた

流行というのは難しい。徹底的に貶されていたものでも、しばらくすると賞賛の対象になったりもする。何の話かと言えば、iPhone 5ゴールド版のことだ。どうやら9月の新機種投入時には、これまでのモノトーン調以外にゴールド版が出てきそうだ(やめてくれ。成金かよ、という声も大きい)。これまでのAppleが、いかに上手に「カラー」と付き合ってきたのかを見てみよう。

Appleは本質的に、無駄を省いた「ZEN」(禅)風のテイストで人気を集めていると言って良いだろう。しかし、歴史を振り返れば、実のところは「色とりどり」でアピールしてきた側面もある。復帰後のジョブズも、「色とりどり」なプロダクトを引っさげて、「インターネット」という新たな世界に乗り出しもした。

ロゴを振り返ってみても、1976年から1998年まではレインボーストライプだった。ジョブズがシックなものに変更するまで用いられた。ちなみに2008年、Gizmodeの757人のゲイないしレズビアンに対して行った調査によると、Appleの旧ロゴのおかげもあって、Appleはゲイフレンドリーな企業であると評価されたそうだ(訳注:レインボーフラッグを参照)。

このように一部で「ゲイ風」であると評価もされたこのカラフルなロゴは、Apple社2番目のものとなるロゴだった。最初は頭上に林檎が揺れるアイザック・ニュートンのイラストレーションをロゴとしていた。歴史を振り返り、手工業の時代へのオマージュを示すものだった。テック企業でありながら、そうしたロゴを選ぶというのは、なかなか面白い選択でもあった。その後に採用された齧られた林檎を彩ったレインボーカラーでは、「手工業」という意味合いはなくなったものの、色を使って「人間性」を感じさせるものとなった。「虹」は、しばしば別のもの(訳注:動画はほんの冗談。職場で音を出してみたりはしない方が良いかもしれない)を示す暗喩として用いられるものでもあるからだ。

Appleはプロダクトについても色を使って「人間性」あふれるデザインを実現しようとしてきた。1998年に登場してきた第一世代iMacは、抱きかかえるのにちょうど良いサイズの一体型コンピュータで、おかしのようなカラーバリエーションを用意したものだった。それまでの、遅くて、ネットワークに繋ぐこともできず、そしてジョブズが言うところの「ださい」(uuuuug-ly)コンピュータの代替として登場してきた。人々をインターネットの世界に導いてくれるマシンであり、半透明に色づくボディは確かに未来的な感じのするものだった。

「まるで他、進んだ星からやってきたかのようなスタイルです」とジョブズは言っていた。「素晴らしいデザイナーたちが暮らす星からです」。

ライム、タンジェリン、グレープ、ストロベリーなどがラインアップされ、すべてを味わってみたくなった人も多かったはずだ。過去に口にしたことのあるおいしいお菓子を連想させるという狙いもあったのだろう。その狙いはうまくいったように思う。ブルーダルメシアンやフラワーパワーといったカラーバリエーションは少々行き過ぎの感じではあったかもしれない。しかしそれもまた、それなりの面白さはあったと言えるだろう。

もちろんイマイチと受け取られたものもあった。1992年に500台限定で生産されたJLPGA PowerBook 170だ。JAPAN女子ゴルフツアー大会が開催されたことを記念してリリースされたものだ。ボンダイブルーのiMacの曲線美に魅せられたものとしては、少々ありきたりに見えはした。限定品という付加価値もあったので、まあこれはこれで「あり」だったのだろう。

失敗作を振り返ることが目的ではない。AppleはiPod nanoやShuffle、iPod touchやiPad miniのカラーバリエーションでは人気を獲得することができた。今度のゴールド版iPhone 5sも、こうした成功事例に連なる形で進化を遂げたものと見ることができるだろう(少なくともApple側の意図としてはそうだ)。。

付け加えておくと、ゴールド版のiPod miniは不人気のうちに姿を消した。ただゴールドiPhoneはピカピカの安物風ではなく、上品な「シャンパンゴールド」だとのことなので、iPod miniとはまた異なった評価を下されることになるのだろう。

モノクロのデザインというのは、どことなく高価そうな雰囲気を伝えるものだ。しかしiPodでみたように、シンプルなデザインに派手なカラーは意外に合うものでもある。齧られた林檎というシンプルな形の中に、レインボーカラーを配置することでApple社のロゴは大いなる注目を集めることができた。そうした面からも、Appleの「カラー戦略」には注目していきたいと思うのだ。

原文へ

(翻訳:Maeda, H)