これらの新しい居住コミュニティ…新型未来型の‘団地’?…があなたの生き方を変える

monopolyhouses

[筆者: Brad Hargreaves](CommonのCEO。)

生活コミュニティ(living community, -ies)と、それらを作った人びとは、それぞれユニークだが、共通点も多い。1)プライベートスペースと公共スペースが混在していること、2)一連のルールを共有し、高層マンションなどにありがちな匿名性と人づきあいのぎごちなさよりも、友好(friendliness)と思いやり(warmth)の心を重視すること。

複数の人が一緒に住むための住み方を、新しく模索することはとても難しいが、その努力の報酬は大きい。いくつかのグループが、これまでの人間生活の限界を押し広げて、未来のコミュニティを作ろうとしている。その例を、見てみよう:

田舎暮らしふうミニ団地
Serenbe

ジョージア州の農村地帯に展開するSerenbeは、2004年に始まり、今では400名が暮らしている。The New York Timesが“新しい形の都市生活(New Urbanism)の実験”と呼んだSerenbeは、田舎ふうの家とタウンホームのミックスで、25エーカーの有機栽培農園やコーヒーショップ、農家の産直マーケット(farmers’ markets)、ギャラリー、いろんな定期的イベント、などがある。準郊外(exurban)の味気ないスプロールの対極としてSerenbeは、計画的に作られるコミュニティのあり方を根本的に変えようとしている。

完全な逃避生活を楽しみ心身を蘇生する
Maderas Village

ホテルとリゾートとしてスタートしたものが、アーチストたちのコロニー(colony, 集団居住区)とライフスタイルに変わった。#maderaslifeは、Instagramだけでも11000あまりのポストがある。サーファーやクリエイティブやフーディー*たちがニカラグアの太平洋岸の丘にある村に一週間から数か月エスケープする。招待されたゲストは部屋を共有して一緒に生活するか、または自分のプライベートなカバーナを予約する。そこでの暮らし方のオプションやライフスタイル、予算などはきわめて多様だが、すべての文化に共通しているのは、持続可能性とサーフィンとマイペースで生きることだ。〔*: フーディー, foody, -ies; 食べ物や料理のマニア、‘食べ物おたく’〕

別人になってテクノロジーとアルコールのない暮らしに没入
Camp Grounded

大人のサマーキャンプが再流行してきた。多くの大人たちが、サマーキャンプサーキットを毎年の生活行事にしている。たぶんもっとも敬愛されているキャンプが、Camp Groundedだ。完全に素面(しらふ)の週末を、どんな形のテクノロジーにもアクセスせずに過ごす。そこには二つのユニークなルールがある: 仕事の話をしない、そして、そこだけの新しい名前を使う。

さまざまな生活コミュニティの中でもとくにユニークなCamp Groundedには、企業やチーム向けの堅固な設備もある。AirbnbやYelp、Tom’s Shoesなどが、社員たちに仕事を忘れさせ、リラックスさせるために利用している。

しばらく遺跡の町に家を借りて住む
YesNomads

YesNomadsは特別のアクティビティメニューを持つFacebookグループで、500名あまり〔現在639名〕のグローバルなnomadたち(遊動民)たちが、ニューヨークやロサンゼルスやロンドンやベルリンから、トゥルムやイビザやジャクソンホールへ行ったり来たりする。信頼性は高く、レンタル料金はリーズナブル、そして家のスワップ(短期取替えっこ)が奨励されている。

山奥のスキーリゾートで文化教養イベント満載
Summit

Summitは完全招待制で、招待されたらPowder Mountainにセカンドホームを持ち、話の上手なスピーカーや、自然食の食事、有意義な会話などで日々を過ごす。最初は起業家やクリエィティブのためのイベントシリーズとして企画され、今でもSummit at Seaが有名だが、Summitはユタ州に恒久的なコミュニティを築いていて、そのテーマ(スローガン)は、イノベーションと起業家精神とアートとそして利他主義*だ。〔*: 利他主義, altruism, エゴイズムの反対。〕

———–

これらの事業は、それぞれが独自のコミュニティだ。自由でオープンな精神を尊ぶものもあれば、逆に排他的なものもある。でも、これらのすべてが、規範の外で何かをやろうとしている。そしてそれによって、ステータスクォーに無感覚になり、もっと遊動民的でもっとクリエイティブなライフスタイルを求める人たちに、アピールしている。

[原文へ]
(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))

Redditとコミュニティーの勝利なき戦い

16389574034_9176defb4f_k

物語は始めから終りまでご存じの通り:普通のウェブサイトが人気を得て、トップユーザーはセレブのような扱いをうける。やがてサイトは、上昇した時よりも速く沈んでいく

その間にも多くのことが起きるが、これが基本だ。

Diggはこの完璧な例だ。あるいはFlickrも。それらに共通するもの。それは「コミュニティー」への狂信的依存、あるいは集中だ。これは覚えておく価値のあることだが、ユーザーを持つこととと、「コミュニティー」を持つことは、同じ〈ではない〉。

ユーザーは、サービスを「使う」が、コミュニティーは、サービスがどう動くか、どんな機能が開発されるのか、等サイト様々な側面に「参加」する。Redditの場合、コミュニティーがサイト運用まで手伝っている。

Redditには、ユーザーとコミュニティーメンバーの両方がいる。Redditにとって、どちらも他方なしには成り立たない。互いに相手がいなければ存在しえない。しかし、ひとたびコミュニティー ― 何人かのハードコアユーザーからなる中核グループ ― からの信頼を失うと、サービスは萎縮し、大量のユーザーを失うことになる。

今日(米国時間7/6)Redditは「謝罪文」を発行したが、それは特定の人に向けたものではなく、正体不明の誰かをなだめるためだった。そして暫定CEOのEllen Paoは、会社が今回だけでなく過去何度にもわたって「間違っていた」ことを、挑発するかのように認めた。

間違っていたというのは本心であり、今後のために意味のある議論をしていきたい。サービスが成長し人が増えると共にコミュニティーとの対話を失っていたことを私たちは理解している。もっとつながりたいと考えている。チーム一同、コミュニティーともっと話すことを約束する。たった今から。

予想通り、具体例は示されず、彼らが本当の教訓を学んだようには見えない。空虚な単語の羅列は使えない通貨のようなものだ。また一つの「コミュニティー」(に依存する)企業が、未知の存在 ― インターネットの匿名の人々からなるコミュニティー ― を使って理由づけしようとしている。

この戦いに勝つ術はない、なぜなら戦いが何であるかを明確に示す術がないからだ。唯一わかっているのは、そこに〈必ず〉戦いがあることだ。

勝利なき戦い

今回の戦いは、人気従業員の解雇を巡って勃発した。次は何? 誰も知らない。なぜその戦いに勝てないのか?なぜならRedditのコミュニティー ― および類似サービスのコミュニティー ― はサイトをビジネスや企業として見ていないからだ。たとえPaoの世界がそうであっても。両者の視点が揃うことはない。

Screen Shot 2015-07-06 at 2.00.12 PMDiggの勝利なき戦いは伝説的だ:AACS暗号化キーの大騒動、そしてDigg 4.0がもたらした終焉の前兆。

Diggが最初にサイトから暗号解除キーを削除した時(訴訟すると脅かされていたため)、それはコミュニティーによって投稿されたものであったため、中核ユーザーらは生ぬるい、「裏切り」だと責め立てた。ユーザーは、訴訟されそうな状態では資金調達や会社の売却が極めて困難であることを理解していない。

コミュニティーは気にしない、なぜなら彼らはサービスを企業、即ち電気料金やサーバー使用料を払わなくてはならない利益追及組織と見ているとは限らないからだ。企業はピクセルとクリックしか見ていない。両者は関係しているが全く同じではない。

Digg 4.0が公開された時、コミュニティーはデザイン変更について以前のように相談を受けておらず、大きな不満を抱きRedditへ逃げた。これは会社を激高させたに違いないが、ファウンダーのKevin Roseは、明らかに遠慮がちに皮肉な返答をした。

もしRedditの方が居心地が良いなら、私は構わない。

悪循環

無関心、それがコミュニティーを失う道筋だ。

過去数日間のRedditは、インターネットにおける力という意味で、Diggの末期に驚くほどよく似ている。ファウンダー、Alexis Ohanianが無関心な態度で中心的コミュニティーを無視したこともその一つだ。

Screen Shot 2015-07-06 at 2.37.21 PM

Ohanianは謝ったが、すでにダメージは与えられていた。

Ellen Paoはコミュニティーに受け入れられないだろう。どんな「CEO」も。なぜならコミュニティーは企業を同じ感覚で気にかけないからだ。彼女の謝罪は、現在と未来のビジネスがすべてという視点から生まれている。もちろんそれは彼女の仕事であり、責めることはできない。それが会社のファウンダーが近くにいると役立つ理由だ ― コミュニティーに信頼されている限りは。

ファウンダーを信じられないなら? 誰を信じられるか?YahooとDiggに聞いてみて欲しい。信じられる人はいない。

この物語の教訓? コミュニティーの支持を得て金を稼ぐことは可能、ただし彼らが別の何かに乗り換えるまで。それは綱渡りだ。Redditは足を踏み外した。

Kevin Roseは、自分のコミュニティーがDiggのライバルであるRedditに行ってもOKだと言った。Redditの人たちはどこへ行くのだろうか?

[原文へ]

(翻訳:Nob Takahashi / facebook