Microsoft、E3カンファレンスでXbox Oneに大量の新ゲームを投入

先ほど、Microsoftはロサンゼルスで開幕したE3(Electronic Entertainment Expo)のキーノートで1時間半にわたるプレゼンを行い、「ゲームタイトルが少ない」というXBox Oneのユーザーの最大の不満に答えた。今回のプレゼンでは新ゲームのデモが次から次へと続いた。その分、ハードウェアについての言及は少なく、Xbox OneからアンバンドリングされたKinectについては全く触れられなかった。

今回のキーノートはゲーム業界の人間以外にはいまいち退屈だったかもしれない。しかしXbox Oneのユーザーにとっては大いに刺激的だったはずだ。

「XBoxはメディア・センターとしての役割を重視するあまりゲームへの対応が不十分だ」という批判に対して真っ向から反論する意図が冒頭から明らかだった。まずCall of Dutyの次世代版(Advanced Warfareと名付けられている)の銃弾がうなり爆発で手足が飛び散る派手なシーンが実機でプレイされた。引き続いてForza Horizon 2などのカーレースやHalo 2のマルチプレイヤー版のデモなどがめまぐるしく続いた。

またMicrosoftはインディー・デベロッパーの興味深いゲームを大量に紹介した。これはインディー向けのセルフサービスでゲームを公開するID@Xboxという新しいプログラムの成果だ。Limboのデベロッパーによる横スクロールのパズル、Insideや昔のアニメをフィルム版の質感もそのままに再現したCupheadなどの興味深い作品があった。

Project Sparkはどうやらベータ版を脱したらしい。Xbox 360ゲームの中で私が一番気に入っているCrackdownもオリジナルと同じ監督で再登場。ファンサービスのクラシック・ゲームの再パッケージとしてはHalo Master Chief コレクションが発表された(新作も年末に発表される)。Tomb Raiderの続編もなかなかよさそうだった。

Microsoftは今年のE3でXbox Oneに大量のゲーム・タイトルを投入する必要に迫られていたが、どうやらそれに成功したようだ。 実際にゲームを売るという仕事が残っているが、有力タイトルが今年のクリスマス商戦に間に合うならその点でも大いに期待できるだろう。

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(翻訳:滑川海彦 Facebook Google+


E3の勝者は誰だったか?

とにかく、ビッグスリーの姿勢は分かった。Nintendoは、あくまでもWii Uで行くつもりだ。Microsoftは499ドルの常時接続ボックスを発表した。Sonyはユーザがゲームを共有したり売ることもできる399ドルの製品で、ゲーマーの歓心を買おうとした。どれもHDで、マルチプレーヤーで、それにしかも、ゲーム専用機の時代は終わったと感じさせる。今回の専用機はどれも、ハイエンドPCの延長のような製品で、しかもその寿命は、4Kの普及が始まるまでの約7年だ。

これぞまさに、Lion Kingの言うcircle of lifeであります。

でも残念ながら、昔からのゲーマーたちはついに、専用機陣営の策略を見破りつつあるのではないか。たしかに、どのメーカーのどの機種も数百万台は売れる。11月にXbox OneやPS4が発売されたら、全国のBest Buyに行列ができる。Nintendoの人気上位ゲームはすべて売り切れになり、ちょっとがっかりなWii Uも、ゲームの世界に入ったばかりの子どもたちと、昔を懐かしむ大人たちに売れるだろう。…という意味ではE3は、特定の勝者が決まる場ではなかった。伝説が何を言おうとも

では、何が次世代のゲームか? それが、Ouyaのような“カジュアルゲーム機”や、一過性の流行で終わるZynga流のゲームでないことは、明らかだ。だったら、何がゲームの未来を担うのか?

ゲームはモバイルへ?

携帯電話はある時点で手持ち型のゲーム機を駆逐し、家庭用ゲーム機と横並びで競合するだろう。モバイルゲームは人をやみつきにさせるが、集中力と強力なコントロールを要するゲームが持つ、深さや複雑さはない。RPGのようないわゆる“深い”ゲームは、キーボードやコントローラがないとこれからも無理だろう。メディアはメッセージだ、とは言えない世界だ。Kingdom RushやAngry Birdsのようなゲームはデバイスに依存し、ある意味ではデバイスと一体化している。もっと複雑なゲームはパッシブなスクリーンと一体化し、人はそれを手の動きでコントロールする。だから、ゲームの上で生じている動きと、プレーヤーの人体の動きが、互いに無関係だ。

モバイルのゲームでリッチな世界を作りだすことはできない、と言うつもりはないけど、相当難しいことは確かだ。モバイルゲーマーの注意力を長時間掴むことは、Civilization Revolutionなどが証明しているように、できないことではない。でも、携帯電話というインタフェイスそのものが、OblivionやBioshockなどに代表されるような、複雑な長編アドベンチャーには向いていない。しかしハードウェアとソフトウェアが今後もっと進化したら、十分な能力を持つインタフェイスが得られるかもしれない。専用機メーカーもその点を無視してはいないと思うが、でも自分でモバイルのプラットホーム…Nintendoスマホ?…を開発するぐらいの根性がなければ、モバイルという大きな機会をつかみ取れないだろう。

Oculus Rift?

Oculus Riftのようなプロダクトは、ゲームにおける本当のイノベーションの例だ。開発キットはまだ未完成で、装着してもしっくりしないが、たしかにイマーシブ(immersive, 没入型)の未来を予兆している。かつてのKinectのようなギミックではあるけれども、ゲームの体験をものすごく拡大する。この製品にかぎらず一般的に、ヘッドセットはとても大きな、新しいゲーム世界をもたらすだろう。

でも、ヘッドセットや足踏み装置そのものが未来ではない。未来は、強力なコンテンツが多くのファンの心を掴むところから生まれる。超大作主義のゲームメーカーたちも、そんな新しいタイプのゲームには挑戦していない。LEGO City UndercoverBioshock Infiniteは、そんな今のゲームメーカーたちの、ベストとワーストの典型例だ。LEGO…はPixarの子ども向け映画の楽しさと、(ちょっとわざとらしいが)強力なストーリーがペアになっている。Bioshock Infiniteにも、良質な映画のような魅力と、Hudson River Schoolの絵画のような壮麗さがある。どちらにもそれなりの欠点はあるが、しかし別の意味では、そのジャンルの完璧な作例だ。Oculus Riftの助けを借りなくても、それ自身で輝いている。

ゲーム専用機メーカはどうなる?

上で、大物たちは誰一人としてE3の勝者ではないと示唆したが、少なくともSonyとNintendoは、世界の人びとの関心を集めた。つまり両社は、物理的なメディアプレーヤーとしてのゲーム専用機が持つべき価値を、理解していた。どういうことか。

Steam(やもしかしてOnLive)のようなゲームサービスが、専用機の対極にいる。彼らの理解ではゲームとは、プレーヤーとモニタが一対一で向かい合う孤独な営みだ。Microsoftは、このような体験をそのまま専用機で実現できる、と考えた。しかしそれは違う。ゲーム専用機では、いくつかの理由により、物理メディアが重要だ。物理メディアは徐々に影が薄くなりつつあるとはいえ、まだまだ全世界的に健在だ。

第一に、物理メディアは、安定したインターネット接続がなくてもゲームができるから人気がある。友だち間の売り買いや、中古の販売もある。海賊行為も、ある程度できる。これらすべて、良いことも悪いこともひっくるめて、リビングルームのゲーム機の重要な要素だ。海賊行為も、物理メディアでないと意味のない国や地域がまだ多い。インターネットがなければ、ゲームのダウンロードはできない。純正品は高価すぎて手が出ない、という人びとが、全世界的にはとても多いのだ。ここは、海賊行為をほめるのではなく、物理メディアの重要な特質を理解してもらうために書いている。

ダウンロードされるコンテンツは孤独な成熟したゲーム向け、そしてその対極に、価格が重要な要素となる物理メディアがある。成功するゲームやその提供形式は、この両方に正しく対応しなければならない。Microsoftは、戦略を手直しして全世界的なマスマーケットにも対応するだろうか? それとも、批判や怒りの声を無視して、成熟した、価格をあまり意識しないゲーマーだけを対象にし続けるのだろうか? その層は、自分のディスクを友だちの家へ持っていって一緒に遊ぶ、という遊び方はしない。

ゲーム専用機は、ゲーマーでない人たちの生活にも影響を与える。家庭にDVDが普及したのは部分的にはPS2のおかげだし、Blu-rayはPS3からだ。ストリーミングビデオやチャットなども、ゲーム機がきっかけという家庭が多いだろう。テレビ受像機の買い換えの動機も。ゲームは、ビジネス以前に一大産業であり、その動向に全世界の何百万人もの人びとの生活の形が従う。

という意味で、ゲームは偉大だ。ゲームで遊ぶ大衆は今なお、すばらしいゲーム作品に時間とエネルギーを注ぎ込み、そしてゲームはますます、没入型で、エキサイティングで、そしてアートみたいになっていく。だから、特定の一機種をE3の勝者と呼ぶことは、より対話性を増し、映画に代わる支配的(そして対話的)大衆娯楽になるかもしれない未来のゲームに対し、目を閉ざすことになる。ゲーマーは不平を言うことが好きだが、でも、画面の予約ボタンを点灯させたり、GameStopの店頭の列に並ぶときには、心の中は期待と興奮でいっぱいだ。E3の巨人たちも、そのことを暗黙裡に知っており、ゲームの輝かしい未来を示唆する技術や製品は、今すでに十分たくさんある。

[Oculus Riftの写真は: hortontより。]

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))