名古屋大学発スタートアップのIcariaが資金調達と社名変更、尿検査による早期のがん発見目指す

Icaria(イカリア)は6月17日、シリーズAの資金調達を実施したと発表した。第三者割当増資による調達で、引受先は既存株主のANRIのほか、新規で大和企業投資、Aflac Ventures、森トラスト、FF APEC Scout(米ベンチャーキャピタルファンドFounders Fundのスカウトファンド)、国内大手企業1社、米投資ファンド1社。同時に、社名をIcariaからCraif(クライフ)に変更することも明らかにした。

同社は、尿検査を通じた早期のがん診断を目指す名古屋大学発のスタートアップ。酸化亜鉛ナノワイヤを用いた独自デバイスにより、核酸やタンパク質などの生体分子を含むエクソソームを尿中において捕捉。このエクソソームから、疾患の発症・悪性化に深く関与しているmiRNA(マイクロRNA)を1300種以上検出し、発現パターンをAI(機械学習)で解析することで、高精度のがん検出を成功させている。

Craif

さらに同社は、これら技術を基に1滴の尿から高精度でがんを早期発見する検査や、個別化医療を実現する治療選択プラットフォームを開発。今回の資金調達により、独自デバイスのさらなる開発や、臨床研究の推進に取り組むとしている。

新社名のCraifは、日本文化において長寿の象徴とされる「鶴」を意味する「Crane」(クレーン)と、人生を意味する「Life」(ライフ)を組み合わせたもの。同社は「人々が天寿を全うする社会の実現」というビジョンのもと、尿検査により、痛みを伴わず高精度にがんの早期発見を行える世界を目指している。がんの早期発見は健康寿命の延伸、医療費抑制に直結する重要課題であり、世界でも高い高齢化率である日本でこそ率先して取り組むべき課題であるという。日本発の同社がこの課題に取り組み、世界の手本となるような高齢化社会の実現に貢献したいという思いを込め「Craif」にしたとのこと。

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Icariaのメンバー。左から岸田和真氏、市川裕樹氏、代表取締役CEOの小野瀬隆一氏、共同創業者で技術顧問も務める安井隆雄氏

1年間で約37万人ーー。2017年にがんが原因で死亡した日本人の数だ(厚生労働省が発表している平成29年(2017)人口動態統計月報年計(概数)の概況より)。がんは日本人の死因の第1位であり、同年には実に全死亡者の約3.6人に1人がこの病気によって亡くなった。

がんは発見が遅れることが生存率の低下にも繋がるため、いかに早い段階で発見できるかが重要。近年はテクノロジーを活用して従来とは異なるアプローチから「がんの早期発見」を実現しようとしている、バイオテック系の企業が国内外で登場している。

今回紹介するIcariaもその1社。同社は尿検査を通じて早期のがん診断を目指す、日本発のスタートアップだ。独自のデバイスを用いて尿から「miRNA(マイクロRNA)」と呼ばれる物質を抽出。miRNAはがん患者と非がん患者で発現しているものが異なるため、得られたmiRNAを網羅的に解析することで対象者が肺がんにかかっていないかどうかを診断できる仕組みを開発中だ。

そのIcariaは2月13日、ベンチャーキャピタルのANRIとJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)を引受先とした第三者割当増資にNEDOからの助成金を合わせ、総額で数億円前半の資金調達を実施したことを明らかにした。

ナノワイヤ×尿中miRNA×機械学習で高精度な肺がん検査実現へ

Icariaが開発するがん診断サービスの仕組みを理解する上では「ナノワイヤ」「尿中miRNA」「機械学習」という3つのキーワードを押さえておく必要がある。

ストレートに表現すると「ナノワイヤを活用した独自デバイスによって、尿中miRNAを効率よく抽出し、がん患者特有のmiRNAプロファイルを機械学習で網羅的に分析する」仕組みなのだそう。とはいえ、これでは流石に書いてる僕自身でさえよくわからないので少し補足していきたい。

まず軸になるのが遺伝子発現をコントロールする役割を担うmiRNAという物質だ。近年このmiRNAの異常が、がんを始めとした様々な疾患に関係することがわかり、研究者たちの間でも注目されているのだという。実際Icariaでもがんの診断時にこのmiRNAをバイオマーカー(指標)としている。

ただ同社代表取締役CEOの小野瀬隆一氏によると、人間のマイクロRNAは2000種類以上も見つかっているとされているように種類が豊富で多機能なのだそう。そのため1つのmiRNAを分析して「がんかどうか」を判断するのは難しく、個人差もあって高精度の検査は実現できない。

それならば「より多くのmiRNAを集めて網羅的に解析してしまおう」というのがIcariaのコンセプト。同社のコアテクノロジーもまさにこのmiRNAを高効率で抽出できる酸化亜鉛ナノワイヤデバイスにある。

より正確には、まずナノワイヤデバイスを通じて尿中に含まれるエクソソームという小胞体を捕捉。このエクソソームはmiRNAを内包しているので、そこからmiRNAを取り出すような流れだ

このデバイスは、共同創業者で技術顧問も務める安井隆雄氏(名古屋大学大学院工学研究科の准教授も務める)の研究をベースとしたものだ。使っている素材自体は特殊なものではないが、ナノワイヤを“生やす”(生成する)工程に特徴があるそう。特殊な生やし方をすることで、捕捉できるmiRNAの数も大きく変わるという。

実際のところ、従来の方法では尿から検出できるmiRNA数は約200〜300種類。一方のIcariaのデバイスならその数は数倍の約1300種類だ。Icariaのサービスではそのように検出されたmiRNAをプロファイル化し機械学習によって解析することで、診断結果を算出する。

同社では肺がん患者と健常者それぞれ数百個の尿検体から肺がん診断アルゴリズムを生成。もちろんまだ数は限られているものの、小野瀬氏の話では今の所かなり高い“正答率”を叩き出しているようだ。特に肺がん患者の半分近くはステージI、Ⅱに該当し「現時点では、従来難しかった肺がんの早期発見が高い精度でできている」(小野瀬氏)という。

国内外で注目浴びる「リキッドバイオプシー」

バイオテックやヘルステック界隈に関心がある人は「リキッドバイオプシー」という言葉をご存知だろう。日本語では「液体生検」などと訳されていたりもするが、従来の生検方法ではなく血液や尿などの体液を用いてがんなどの疫病を診断するテクノロジーのことだ。

この領域ではビルゲイツやジェフベゾスらからこれまでに10億ドル以上も調達しているGRAILが特に有名。血液検査を通じてcfDNA(セルフリーDNA)を解析することでがんの早期発見の実現を目指す同社には、日本の電通ベンチャーズも出資している。

そのほか海外ではソフトバンク・ビジョン・ファンドなどが出資するGuardant Health、国内ではディー・エヌ・エーとPreferred Networksの合弁企業であるPFDeNA、広島大学発スタートアップのミルテルなどがある。

それぞれアプローチは異なるが、リキッドバイオプシーが注目されている理由として「早期発見が可能になりうること」に加えて「診断を受ける患者側の負担が少ないこと」もあげられる。少量の血液や尿を採取するだけで正確にがんの診断ができるのであれば、それに越したことはない。

もちろんこれらのテクノロジーが今以上に普及していくためには、大前提として高い診断精度が求められる。小野瀬氏も「リキッドバイオプシーにおいてはバイオマーカーを正確に、高効率で抽出することが不可欠。機械学習が発達しても、正確なデータが取得できないと診断は難しい」と話す。

Icariaは独自のデバイスを通じて「競合より多くのmiRNAを抽出、解析できる仕組み」を構築することで、精度面においても優位に立つことが目標。現在もデバイスの性能検証やコストダウンも見据えた改良に取り組んでいる。

ゆくゆくは1回の尿検査で多様ながん種を発見できるサービス目指す

Icariaは代表の小野瀬氏が三菱商事を経て2018年5月に立ち上げたスタートアップ。当初は「セカンドオピニオンを遠隔で取得できるような事業」を考えていたそうだが、今回株主となったANRIを通じてがんの課題を解決する大学のシーズ(安井氏が研究していた技術)の話を聞き、最終的には意気投合して現在の事業モデルに決めた。

創業からはまだ9ヶ月ほどで現在はPoC(概念実証)前の研究開発フェーズ。今後はデバイスだけでなくアルゴリズムの精度検証や、まだまだ未知数なmiRNAの生物学的な妥当性検証などに力を入れる計画だ。

プロダクトのローンチは2020年頃の予定。最初はリスクチェックという立て付けで、人間ドッグなどの検査シーンに診断サービスを提供していきたいという。

「最初は肺がんからスタートするが、ここできちんと精度を証明できれば他がん種や糖尿病など他疾患の検査へ横展開もできる。同じように、がんになる前の状態から“がんを予測する”超早期の発見など縦方向へ深化させていくことにも取り組みたい。ゆくゆくは簡単な検査を1回受けるだけで、様々ながん種を発見できるサービスの実現を目指す」(小野瀬氏)