現実に追いつかれた? 未来の民主主義を描いたマルカ・オールダーの最新SF小説『State Tectronics』

全能のデータ・インフラストラクチャーと知識共有技術を持つ組織が、世界中に広がっている。地球規模でのプロパガンダの拡散と不正選挙に関する陰謀説は、いまだに消えない。人が何を客観的事実と見るかをアルゴリズムが決定し、テロ組織は情報の独占企業を引きずり下ろそうと身構えている。

Malka Older(マルカ・オールダー)は、スペキュレイティブ・フィクションを得意とするSF作家でも、生涯滅多に遭遇しないであろう事態に直面した。自分が描いた作品に現実が追いついてしまうという問題だ。オールダーは2年前に『Central Cycle』シリーズを書き始めたのだが、そのプロットは早くも本のページを飛び出して、日常的にニュース専門チャンネルのネタになり、議会では度重なる調査の対象にされている。彼女の世界は数十年先の未来と想定されていたのだが、歴史は速度を上げてきた。数十年後の未来は、今では2019年を意味する。

オールダーのこの三部作は『Infomocracy』から始まった。そしてその続編『Null State』を経て、今年、完結編である『State Tectonics』が発表された。三部作を書き上げるのは並大抵の苦労ではないが、『State Tectonics』は彼女がもっとも得意とする手法で書かれている。政治の未来にいくつものスリラーのスタイルを混ぜ合わせ、思考を刺激するニュアンスを山盛りにしているのだ。

オールダーの世界は、2つの単純な前提の上に作られている。ひとつは、マイクロデモクラシーと呼ばれるプロジェクトにより、世界がセントラルと呼ばれる10万人単位の行政単位に分割され、誰もが自由に好きな行政単位に移住できる権利を持つという世界だ。これは奇妙な副産物を生んだ。たとえば、ニューヨーク市のような過密地域では、企業が支援する自由主義の楽園的行政単位から、最左翼の環境主義のオアシス的行政単位へ、まるで地下鉄で移動するかのように乗り換えることができてしまう。

もうひとつは、市民が最善の選択をできるよう、Informationと呼ばれる世界的組織(Googleと国連とBBCのハイブリッド)が、政治と世界に関する客観的情報を提供するために不断の努力を行っているという社会だ。Informationは、選挙公約からレストランのメニューの味に至るまで、あらゆる物事のクレームを検証している。

これらの前提をひとつにまとめ、オールダーは情報操作と選挙戦略の世界を、客観的真実の意味とは何かを黙想しつつ探求した。この三部作では、Informationの職員の目線で、一連の世界規模の選挙にまつわる政治的策略や陰謀を暴いてゆく。こうした構造により、テンポのよいスリラーでありながら、スペキュレイティブ・フィクションの知的な精神性が保たれている。

前作『Null State』では、不平等と情報アクセスの不備に焦点が当てられていたが、『State Tectonics』では、オールダーはInformationによる情報の独占の意味に疑問を投げかけている。このマイクロデモクラシーの世界では、検証されていない情報を一般に公開すると罪に問われる。しかしInformationでも、全世界の膨大な情報を完全に持ち合わせているわけではない。そこで、闇のグループがInformationの公式チャンネルの外で、地方都市や人々に関する情報を流し始める。そうして根本的な疑問が湧く。誰が現実を「所有」しているか? その前に、客観的事実をどうやって判断するのか?

この核心となる疑問の背景には、都合よく現実を調整してしまうアルゴリズムの偏向の罪に問われたInformation職員の苦悩がある。どこかで聞いたような話ではないだろうか?

スペキュレイティブ・フィクション作品として、とくに未来の民主主義という難しい問題を扱った小説として、『State Tectonics』は最上級だ。細かい場面にアイデアを次から次へと織り込むオールダーの激烈な才能は、常に読者を立ち止まらせて思考に迷い込ませる。この本だけで、私たちは政治、精神的健康、インフラ金融、交通、食糧、国粋主義、アイデンティティー政治のすべてを論議できる。爽快なまでのダイナミックレンジだ。

ただ、幅が広すぎて深さが犠牲になっている部分もある。いくつかの問題では掘り下げが足りず、表面をなぞっただけのようなところが見受けられ、登場人物も十分に描かれていない。この3冊の分厚い本を読み終えた今でも、私には、長い間付き合ってきた登場人物たちを理解しきれていない感覚が残っている。彼らは、出入りの激しいニューヨークで知り合った友人のようだ。一緒に週末を楽しんだが、離れてしまった後、連絡を取ろうとは思わない程度の人物だ。

さらに言わせてもらえれば、余分とも思われる細部に重点を置きすぎている面がある。仮想世界を読者の頭の中に構築させたいのはわかるが、Wikipediaを読まされているような気になる。その点では、オールダーは初期の作品から成長している。細かい説明は短くなり頻度も減った。だが、それでもまだ、説明によって本筋から脇道にそれることがあり、そのために登場人物のさらなる肉付けのための時間が奪われている。

『State Tectonics』は、その前の2作と同様、最高にして最低の折衷料理だ。メニューには刺激的な料理が並んでいて、従来のカテゴリーや信念を劇的に超越する思考を与えてくれる。しかし、大半の料理はごちゃ混ぜで、その場は美味く感じても余韻が残らない。だがこの小説は、民主主義の未来を見事に物語っている。このテーマに強い関心を持つ人にとって、これ以上の小説を探すことは難しいだろう。

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(翻訳:金井哲夫)