出る杭、どう育てる?–未踏がクリエーター支援を本格化

「未踏事業」「スーパークリエーター」といったキーワードを聞いたことはあるだろうか。これは独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が15年のあいだ手がけてきたクリエーター育成事業やそこで選ばれたクリエーターの名称だ。

未踏事業は、2000年に「未踏ソフトウェア創造事業」としてスタート。2008年度からは人材の発掘・育成にフォーカスした「未踏IT人材発掘・育成事業」を展開している。未踏領域、つまり誰も踏み入れたことのない革新的な技術やサービスの種を持つ個人・チームが、研究者や有識者で構成されたプロジェクトマネージャー(PM)の指導のもとで9カ月間の人材育成・開発を進めるというもの。

この15人で約1600人のクリエーターが輩出され、そのうち約260人は「スーパークリエーター」として認定されている。最近活躍するスマートニュース代表取締役の鈴木健氏や、グノシー代表取締役CEOの福島良典氏なども未踏事業の出身だ。

未踏プロジェクト「終了後」の活動支援へ

そんな未踏事業が次なる展開を迎える。IPAは、2014年11月に設立された一般社団法人未踏(Mitou Foundation)と相互協力協定を締結した。

ちなみに未踏の資料には、未踏事業について「日本からスティーブ・ジョブスやマーク・ザッカーバーグ、ビル・ゲイツのような人材を輩出することや、Adobe、Google、Facebookのような大手IT企業を作ることを目標にしたプロジェクト」と書いてある。

先ほど挙げた鈴木氏や福島氏をはじめとした起業家も出てきているのだけれども、一方では、Googleをはじめとした外資系IT企業のエンジニアになるというケースも多いのだそうだ。PMを務める慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏も「企業の人事担当者がその価値を分かっていないので外資がどんどん採用してしまう。日本としては幸せなことではない」と語る。

夏野氏のような事業経験者もいるのだけれども、未踏プロジェクトのPMはその多くが大学教授や大手企業の研究者で、比較的学術色の強い印象があった。そういった背景もあってか、IPAの掲げるところである「Google、Facebookを作る」と思って起業するのではなく、優秀さを評価されて就職するということも多いのだろうか。

未踏は「未踏事業のOB/OGを中心に、創造的人材を支援、ネットワークをつくることで日本のイノベーションを加速する」ための社団法人だという。その外部理事には夏野氏のほか、ディー・エヌ・エー ファウンダー 取締役の南場智子氏、LINE代表取締役社長の森川亮氏といったビジネスサイドの人間も目立つ。

未踏 代表理事でIPAの未踏統括プロジェクトマネージャーを務める竹内郁雄氏は「日本にはコアな技術で大成功する人はいるが育てる環境がない。大人のITリテラシーが欠如しており、出る杭は打たれる文化」と説明。「シリコンバレーのような環境を作るが、あくまで『日本型のイノベーションエコシステム』を目指し、その基盤を整備していく」「起業支援や発掘育成まではIPAでやるが、そこから先のことが(独立行政法人として)できなかった。社団法人ではそこをやっていく」と社団法人設立の意図を語る。

未踏では、未踏OB、OGのほか、個人および法人の会員を募集する。すでに2014年末時点でリクルートや日本ユニシス、WiLなどが法人会員として参加している。また、個人会員向けには、マイクロソフトの開発者向けプログラム「MSDN Unlimited」の3年間無料提供、東京・秋葉原にあるDMMのものづくり拠点「DMM.make AKIBA」の初期費用および1カ月分の入居費用無料といった施策をはじめ、人材交流や起業、知財ライセンシングなどでの支援を行うという。

「出る杭」、どう育てる?

前述の通り会見では竹内氏が「出る杭は打たれる文化」と語っており、さらに夏野氏は、「私は打たれても折れない『出る杭』だ」なんて語っていたので、「出る杭」というキーワードで突出した人材の育成をイメージできたのだけれども、竹内氏は次のようなことも語っていたのが印象的だった。

会場の記者から具体的な支援事例について尋ねられた際、同氏は「若いクリエーターで、大企業に行きたいという人がいたが、未踏事業での成果はかなりの価値のあるものだった。若い学生の大企業思考が親の世代から住み着いているのかも知れないが、いろいろお説教……というと言葉が悪いが、指導を行ってつい最近起業した子がいる」と語っていた。

この「指導」の内容については分からないのでなんとも言えないのだけれど、起業への不安やリスクというのはどこにでもついて回る話だと思う。そのあたり、国内のインキュベーターはメンタリングや資金提供といったプログラムを作ることでエコシステムを整えてきた。未踏でも今回具体的な支援施策が発表されたので、会員、そして周辺の関係者が協力して、未踏クリエーターがより活躍できる場を作っていくことになるのだろう。

ちなみに竹内氏は前述の説明のあと、「このような事例を重ねながら、変なVC(ベンチャーキャピタル)に捕まらないためにはどうすればいいかなども伝授していきたい」と冗談交じりに語っていた。