勢いを増すフェイスブックやDropboxの初期エンジニアが設立したアンチインキュベーター「SPC」

サンフランシスコのサウスパーク地区に数十人のエンジニアが集まるコミュニティ「サウスパークコモンズ(SPC)」ができたとき、結成から1年後の2017年にニューヨーク・タイムズ紙が紹介した以外は、ほとんど公に知られることはなかった。

SPCはFacebook(フェイスブック)初の女性エンジニアであるRuchi Sanghvi(ルチ・サングヴィ)氏が設立した。同氏は当時、SPCの野望はブルームズベリーセット(20世紀前半の英国の芸術家・学者グループ)やBenjamin Franklin(ベンジャミン・フランクリン)のジュントクラブ(フランクリンが創設した切磋琢磨のためのグループ)のようなものを、テック界にもつくることだと説明した。そこで人々は、個々人の、あるいは共通の経験を語り合い、その過程で新しいアイデアを形成するのだ。

早い話、SPCによると、この試みはうまくいっているという。2018年に5500万ドル(約62億円)のベンチャーファンドを立ち上げ、コミュニティのメンバーから生まれた複数のプロジェクトに投資した。現在、ベイエリアと世界各地に450人のメンバーがいる。テック界の著名人や機関投資家からの資金で、新たに1億5000万ドル(約170億円)のファンド組成を完了したばかりだ。

また、SPCは非常に価値の高いポートフォリオを有しているという。サングヴィ氏によれば、SPCのデビューファンドは、すでに投資家に対し、資本にいくらかの果実をつけて返還している。これは、分散型融資のためのオープンソースプラットフォームであるCompound Labsのおかげであり、そのトークンを初期の株主に一部分配した。同氏によると、SPCは他にも10~12社のいわゆるユニコーンをポートフォリオに抱えている。

TechCrunchは米国時間12月17日、サングヴィ氏とその夫でビジネスパートナーのAditya Agarwal(アディティア・アガーワル)氏と話した。アガーワル氏は、Facebookで初期のエンジニアとして活躍した後、サングヴィ氏と共同でスタートアップを設立した。同社は2012年にDropbox(ドロップボックス)に売却された。これは人材獲得を目的とした買収だったといわれている。(サングヴィ氏はDropboxにオペレーション担当VPとして2年勤めた。Dropboxのエンジニアリング担当VPとして入社したアガーワル氏は2016年にCTOに昇進し、2018年に退職、SPCのサングヴィ氏に合流した)。

ここまで、SPCのコミュニティの進化について少し長く触れた。元々は物理的な場所として始まり、パンデミック後は高度に構造化された仮想社会となった。だが、SPCは依然として、現実の世界で人々を結びつけることに重点を置く。

実際、サングヴィ氏とアガーワル氏はオフラインでの交流の力を強く信じている。そのため、サンフランシスコに加え、ニューヨークも拠点として現在計画中で、シアトルや東南アジアなど、他の拠点も続く可能性があると話す。

SPCのメンバーの約70%は「技術系」だが、残りの30%は「特定領域の専門家またはオペレーションの知見がある人、あるいは学者」だとサングヴィ氏はいう。この構成は意図的なものだ。「おもしろいのは、優秀な起業家と話すときに、他の起業家と知り合いになりたいかと尋ねると、答えはいつも『ノー』なんです」と同氏は笑いながら語る。「彼らは、AIアルゴリズムでスタンフォード大学のチームを打ち負かした専門家とは知り合いになりたいのです。だから、そうしたオペレーションの専門家がコミュニティに混ざっていることは、非常に価値があります」。

そうしたつながりは、友情と新鮮なアイデア以上のものをもたらしているようだ。アガーワル氏によると、この組織のメンバーの50%以上は、共同創業者や創業時の従業員をコミュニティ内で見つけたそうだ。SPCは、新進気鋭のチームと接触するY Combinatorや、大企業の経営幹部に目をつけているVCとは異なる。SPCが捕まえようとしているのは、明らかに才能があり、おそらく多くの需要があるにもかかわらず、最後の仕事を終えたあと、次に何をするかまだ決めておらず、それについて考えるために少し時間が欲しい、といった人だ。

ふわっとしているかもしれないが、SPCが見つけたいのは、次にしたいのは単にアイデアを自由に探ること、といった人たちだ。アガーワル氏は「私たちは『マイナス1からゼロの段階』にある人々が、会社を始めることを可能にするなるための学習コミュニティのようなものです」と言い「その過程でスタートアップが生まれれば、ファンドから投資します」。

その他に知っておくべき点として、メンバーは「卒業」するまでの9カ月間、コミュニティ内で密接に働く傾向があるということがある。卒業とはつまり、新しいスタートアップのコンセプトに対し100万ドル(約1億1300万円)以上の資金を調達するか、4人以上のフルタイム従業員を抱えるか、仕事を得るかである(アイデアの探求が、必ずしも起業につながるとは限らない)。

コミュニティメンバーが資金調達の段階に達した場合、早い段階で合意されるのが、SPCに投資の先買権を与えることである。各メンバーはSPCのファンドへの投資に招待され、多くのメンバーがこの申し出に応じる。サングヴィ氏によれば、SPCの1億5千万ドル(約170億円)の新ファンドには、100人の会員が投資家として名を連ねている。

投資の形態はといえば、ごく一般的なものである。アガーワル氏によれば、SPCは通常、70万〜200万ドル(約7900万〜2億2600万円)の範囲で、会社の7〜10%に投資する。また、SPCのネットワークが非常に貴重であるため、その後、投資に参加するベンチャーキャピタルは、自分たちの短期的な利益のためにSPCの持ち分を希薄化するのではなく、SPCが出資比率を維持できるようにするのが一般的であるという。

確かに、この方式は今、うまくいっているように見える。SPCの物理的および仮想的「廊下」を通過する企業には、Compound Labsに加え、ブロックチェーンのデータを整理するためのインデックスプロトコルであり、イーサリアム創設者のVitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)氏から公に支持を得ているThe Graph、Sequoia CapitalとIndex Venturesが投資し、12億ドル(約1360億円)の評価額がついている会計ソフトウェアメーカーのPilot、法人向け不正行為監視ノーコードソフトウェアのスタートアップで、7月にTiger GlobalがリードしたシリーズBで3400万ドル(約38億円)を集めたUnit21などがある。

SPCは、サングヴィ氏とアガーワル氏の2人のゼネラルパートナーに加え、Dropboxで売上分析と国際展開を担当したMitra Lohrasbpour(ミトラ・ローラスブール)氏と、サングヴィ氏のチーフスタッフとして2年を過ごしたFinn Meeks(フィン・ミークス)氏を投資家に数える。

参考までに、SPCの新ファンドは前回の3倍の規模だが、アガーワル氏は、これ以上積極的に投資することはないと話す。

「私たちは量より質に重きを置いています」と同氏はいう。「質がすぐに向上するなら、それはそれですばらしいことですが、そうなるとは思っていません」。

画像クレジット:Getty Images

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(文:Connie Loizos、翻訳:Nariko Mizoguchi