スマホカメラとAIを利用して自動車事故の損傷を査定するTractable、最大の市場は日本

保険業界も21世紀の生活に合わせて進化しているようだ。コンピュータビジョンを利用して遠隔地から損傷を鑑定できるツールを開発したAIスタートアップが、多額の成長資金を獲得したことを発表した。

Tractable(トラクタブル)は、自動車保険会社と提携し、ユーザーがぶつけたクルマの写真を撮影して送信すると、その損傷具合を「読み取って」査定するサービスを提供している。同社はシリーズDラウンドで6000万ドル(約66億1000万円)の資金を調達したと発表、その評価額は10億ドル(1102億円)に達したという。

Tractableは、世界の自動車保険会社トップ100のうち20社以上と提携しており、過去24カ月間で収益は600%増加したという。Alex Dalyac(アレックス・ダルヤック)CEOによると「年間売上高は8桁ドル(数十億円)に達する」とのこと。「新型コロナウイルス感染拡大がなかったら、もっと早く成長していただろう」と、同氏は語っている。人々が自宅から出なくなるということは、クルマで路上を走る人の数が格段に減り、事故も減るからだ。

現在のTractableのビジネスは、主に交通事故の損害請求に関わるものが中心となっている。ユーザーは事故で損傷したクルマの写真をスマートフォンのカメラで撮影し、(通常のアプリではなく)モバイルサイトを介して写真をアップロードする。

しかし、同社は今回の資金調達の一部を利用して、自然災害の復旧(特に物的損害の鑑定)や、中古車の査定といった、隣接する分野へのさらなる事業拡大も計画している。また、スマートフォンで撮影された(サイズの小さな)写真を処理・解析するためのAIベースの技術を、より優れたものにするためにも、この資金は使われる。

今回の投資ラウンドは、Insight Partners(インサイト・パートナーズ)とGeorgian Partners(ジョージアン・パートナーズ)が共同で主導した。これにより、同社の累計調達額は1億1500万ドル(約127億円)に達した。

深層学習の研究者であり、Razvan Ranca(ラズバン・ランカ)氏やAdrien Cohen(エイドリアン・コーヘン)氏とともにTractableを設立したダルヤック氏によれば、同社が特定し解決する「機会」(「事故」と言い換えることもできるだろう)では、自分のクルマに起きた問題として対処する場合、保険会社とのやり取りには時間がかかりストレスになっているという。

最近では、そんな問題により近代的なプロセスを導入する新世代の「インシュアテック」スタートアップが登場しているものの、Tractableがターゲットとする既存の大手保険会社には、そのプロセスを改善する技術が不足していた。

それは、フィンテックを推進するネオバンクと、時代に追いつくためにさらなるテクノロジーへの投資に躍起になっている既存の銀行との間に見られる緊張関係と似ている。

「事故に遭うと、面倒なことからトラウマになることまでさまざまな負担を受けます」とダルヤック氏はいう。「壊滅的なダメージを受け、立ち直るまでにはかなりの時間がかかります。保険会社とのやりとりも多いし、多くの人がやって来て何度も確認しなければなりません。いつになったら本当に元通りになるのかを把握するのは困難です。私達は、画像分類の飛躍的な進歩により、そのプロセス全体が10倍速くなると確信しています」。

このプロセスは現在、保険金請求のための写真撮影に留まらず、Tractableのコンピュータビジョン技術を使って、車両が修理不能になった場合に、どの部品をリサイクルして他の場所で再利用できるかを判断するのにも役立っている。ダルヤック氏によれば、2020年はこのサービスが人気を博し「2019年にTesla(テスラ)が販売した新車台数」と同じ数のクルマのリサイクルを支援したという。

これまでTractableと契約を結んだ顧客企業には、米国のGeico(ガイコ)をはじめ、日本では東京海上日動、三井住友、あいおいニッセイ同和損保など、多くの保険会社が含まれている。また、フランス最大の自動車保険会社であるCovéa(コベア)、英国Admiral Group(アドミラル・グループ)のスペイン法人であるAdmiral Seguros(アドミラル・セグロス)、英国の大手保険会社であるAgeas(エイジアス)も同社の顧客となっている。

現在、日本は同社の最大の市場であるとダルヤック氏はいう。その理由は、高齢化が進んでいることと、その一方で携帯電話の利用率が非常に高いことという2つの条件が揃っているためだという。そのため「自動化は単なる付加価値ではなく、必要不可欠なものとなる」とダルヤック氏は述べている。だが、近い将来には米国が日本を抜いてTractableの最大の市場になるだろうと、同氏は付け加えた。

物的資産や中古車への応用などの新たな方向性は、保険会社との提携だけに留まらず、より幅広いユースケースへの扉を開くことになるだろう。それによってTractableが新たな競争環境に入る可能性もある。同じようなビジネスチャンスを狙っている企業は他にもあるからだ。

例えば、一般的なスマートフォンのカメラを使って住宅の3D画像を作成する方法を確立したHover(ホバー)は、元々は住宅の修理の見積もりをするために開発された技術を、保険会社に販売する方法を検討している。

しかし今のところ、このような商機は十分に大きく、競合他社に勝つことよりも、需要を満たすことの方が重要だと考えられる。

Insight PartnersのMDであり、Tractableの取締役でもあるLonne Jaffe(ロン・ジャフィ)氏は、声明の中で次のように述べている。「Tractableの大規模な加速度的成長は、同社の応用機械学習システムの力と差別化を証明するものであり、それはますます多くの企業に採用されることで改善を続けています。何億人もの生活に影響を与える事故や災害から、世界がより早く回復することを支援するために活動しているTractableとのパートナーシップを、二倍に強化できることを我々はうれしく思います」。

Georgian PartnersのパートナーであるEmily Walsh(エミリー・ウォルシュ)氏は、次のように述べている。「Tractableの業界をリードするコンピュータビジョン機能は、顧客の投資利益率と同社の成長を驚異的なペースで促進し続けています。TractableがそのAI能力を、中古車業界や自然災害復旧という数十億ドル規模の新たな市場機会に適用するために、引き続きパートナーとして協力できることをうれしく思います」。

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カテゴリー:人工知能・AI
タグ:Tractable資金調達自動車事故深層学習画像認識機械学習保険

画像クレジット:Tractable

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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Hirokazu Kusakabe)