起業家を待つのは華やかな話題だけではない——TC Tokyoで聞く「スタートアップの光と影」

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開催まで3週間を切ったスタートアップの祭典「TechCrunch Tokyo 2016」。プログラムも公開したが、まだ紹介できていなかったセッションについてここでご紹介しよう。

11月18日午後に予定されているのは、国内有力ベンチャーキャピタリストの2人に登壇いただくパネルディスカッション「投資家から見たスタートアップの『光と影』」だ。

TechCrunchを含め、オンラインメディアで目にするスタートアップのニュースは、「IPOやM&Aといったイグジットをした」「新しいサービスが登場して、こんな課題を解決してくれる」「資金を調達して、今後の成長に向けてアクセルを踏んだ」といった基本的にポジティブなものが中心だ。

だが華やかにも見えるスタートアップの裏側は、実に泥臭い努力の積み重ねで成り立っていたりする。いや、努力したところでうまくいかないケースだって多い。

起業家は企画を練り、チームをまとめ、プロダクトを立ち上げる。さらに資金が足りなければ投資家を探すし、プロダクトをより大きく育て、最終的に買収や上場を目指すことになる。この1つ1つのステップには、数多くの選択や交渉が必要とされている。例えばチームを集めれば株式の取り分や方向性で揉めることもあるし、資金を集める際には投資家との激しい交渉が待っている。時には起業家におかしな条件を提示する「自称投資家」「自称コンサルタント」だってやってくるとも聞く。M&Aによるイグジットまでたどり着いたとしても、買収先との折り合いの付けどころを調整することにだって苦労が伴う。それぞれの局面での困難さに起業家は立ち止まりそうになる、いや立ち止まってしまうことだって少なくないのだ。

このセッションでは、そんな普段メディアでは触れられない、スタートアップの「影」の部分について触れていければと思う。ただし勘違いして欲しくないのは、何もゴシップめいたことを発信していきたいわけではない。起業家の成功と失敗、その両面を見てきたベンチャーキャピタリストの生々しい経験から、成長途中にある落とし穴に落ちないよう、「○○すべき」「○○すべからず」というヒントをもらいたいと思っている。

本セッションに登壇頂くのは、グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナーでChief Operating Officerの今野穣氏、iSGSインベストメントワークス代表取締役で代表パートナーの五嶋一人氏の2人。いずれも投資経験豊富なベンチャーキャピタリストだ。チケットの購入はこちらから。

ベンチャー資金―使い方を誤ればスタートアップの麻薬になる

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この記事はCrunch NetworkのメンバーのEric Paleyの執筆。PaleyはFounder Collectiveのマネージングディレクター。

この数年、巨額の金がスタートアップにつぎ込まれている。資金を集めるのが簡単でコストがかからないというのはもちろん有利だ。ファウンダーは単に多額の資金を得られるようになっただけでなく、以前だったら資金集めが不可能だった巨大なプロジェクトを立ち上げることができるし、中には実際ユニコーン〔会社評価額10億ドル以上〕の地位を得るものも出ている。

このトレンドの負の面については、「これはバブルだ」という議論が常に持ち出される。こうした警告は主として経済環境やビジネスのエコシステムのリスクに関するものだ。

しかしスタートアップのファウンダーが日々するリスクについての分析はめったに行われない。簡単にいえば、こういうことだ―より多くの資金はより多くのリスクを意味する。問題はそのリスクを誰が負うのかだ。物事がうまく行かなくなってきたときどのようなことが起きるのか? なるほど資金の出し手は大きなリスクを負う。しかしリスクを負うのはベンチャー・キャピタリストだけではない。

ベンチャー・キャピタルでファウンダーのリスクは増大する

短期的にみれば、ベンチャー資金はチームの給与をまかなうために使えるのでファウンダーが負う個人的リスクを減少させる。ファウンダーは開発資金を確保するためにクレジットカードで金を借り入りるなどの困難に直面せずにすむ。しかし、直感には反するかもしれないが、ベンチャー資金の調達は、次の2つの重要な部分においてリスクを増大させる。

エグジットが制限される

ベンチャー資金の調達はスタートアップのエグジット〔買収などによる投資の回収〕の柔軟性を奪うというコストをもたらす。またバーンレート〔収益化以前の資金消費率〕をアップさせる。実現可能性のあるスタートアップのエグジットは5000万ドル以下だろう。しかしこの程度ではベンチャー・キャピタリストにはほとんど利益にならない。ベンチャー・キャピタリストはたとえ実現性が低くてはるかに大型のエグジットを望むのが普通だ。

ベンチャー資金というのは動力工具のようなものだ。動力工具なしでは不可能が作業が数多くある―正しく使われれば非常な効果を発揮する。

巨額のベンチャーを資金を調達したことによって引き起こされた株式持分の希薄化に苦しむ起業家は非常に多い。巨額の資金調達は、実現性のあるエグジットの可能性を自ら放棄することを意味する。その代わりに、ほとんどありえないような低い確率でしか起きないスーパースター的スタートアップを作ることを狙わざるを得ない状態を作りだす。何十億ドルものベンチャー資金が数多くの起業家にまったく無駄に使われている。スタートアップに巨額の資金を導入しさえしなければ現実的なエグジットで大成功を収めたはずなのに、実現しない大型エグジットの幻を追わされた起業家は多い。.私のアドバイスはこうだ―実現するかどうかわからない夢のような将来のために現在手にしている価値を捨てるな。

バーンレートが危険なレベルに高まる

エグジットが制限されるだけでなく、ベンチャー資金の導入はバーンレートのアップをもたらすことが多い。 スタートアップのビジネスモデルが本当に正しいものであれば、バーンレートの増大は有効な投資の増大を意味する。ところが、スタートアップがそもそも有効なビジネスモデルを持っておらず、増大したバーンレートが正しいビジネスモデルを探すために使われることがあまりに多い。残念ながら正しいビジネスモデルは金をかけたから見つかるというものではない。そうなれば会社はすぐにバーンレートそのものを維持できなくなる。CEOは節約を考え始めるが、そのときはもう遅すぎる。すでにベンチャー・キャピタリストの夢は冷めており、熱狂を呼び戻す方法はない。

導入された資金はすべて持分を希薄化させるものだということを忘れてはならない。粗っぽく要約すると、スタートアップは資金調達後の会社評価額を2年で3倍にしなければならない。1ドル使うごとに2年以内に3倍にして取り返せるというか確信が得られないなら、そういう金を使うべきではない。というか最初からベンチャー資金を調達すべきではない。

繰り返すが、ベンチャー資金は動力工具だ。つまり使用には危険が伴う。しかし未経験な起業家はどんな夢でも常に叶えてくれる打ち出の小槌と考えがちだ。チェーンソーがなければできない作業は数多い。しかし間違った使いかをすれば腕を切り落とされることになる。

ベンチャー・キャピタリストには10億ドルのエグジットが必要―起業家はそうではない

10億ドルのエグジットはもちろん素晴らしい。しかし起業家は最初からそれを成功の基準にすべきではない。ユニコーンを探すのはベンチャー・キャピタル業界特有のビジネスモデルではあっても、スタートアップの成功はそういうもので測られるべきではない。

10億ドルのベンチャー資金の背後にあるビジネスの論理を簡単に説明しよう。

  • ベンチャー・キャピタリストが10億ドルのファンドを組成する。成功とみなされるためにはそれを3倍に増やさればならない。
  • ベンチャー・キャピタリストは30社に投資する。
  • ベンチャー・キャピタリストは10社についてブレーク・イーブン、10社について全額を失う。すると残りの10社は平均して3億ドルの利益をファンドにもたらす必要がある。。
  • ベンチャー・キャピタリストのスタートアップの持分は通常2割から3割だ(それより低いことも珍しくない)。このビジネスモデルでは、1社10億ドル以下のエグジットではベンチャー・キャピタリストにとって成功とはみなせないことになる〔10億ドルのエグジットならVCの利益は2-3億ドルとなる〕。

こういう仕組みがあるのでベンチャー・キャピタリストは10億ドルのエグジットを求める。10億ドルのエグジットがたびたび起きないことが事実であっても、大型ベンチャー・ファンドのビジネスモデルがそれを要求する。
単に10億ドルのレベルだけの問題ではない。ベンチャー・キャピタリストのビジネスモデルは2.5億ドルのエグジットについても同じことを要求する。

資金に洞察力はない―それは単なる金に過ぎない

おおざっぱに言って、スタートアップのエグジットは資金の元となったファンドの総額以上でなければベンチャー・キャピタリストにとって重要な意味があるとはみなされない。これはもちろん「尻尾が犬を振る」ような本末転倒だ。ベンチャー・キャピタリストはファウンダーに「ビッグを目指せ。でなければ止めろ」という非合理な行動をけしかけている。誰も表立って言わないが、「ビッグを目指せ。でなければ破滅だ」というのが裏の意味だ。

もしスタートアップが失敗したら―これは多くのスタートアップがたどる道だ―30社に投資しているベンチャー・キャピタリストはあとの29社に期待をつなぐことができる。しかし起業家には自分のスタートアップ以外に後がない。スタートアップを育てるために注ぎ込んだ努力と時間はまったくの無駄になる。つまりベンチャー資金の調達ラウンドでは、通常、資金の出し手より受け手の方がはるかに大きなリスクを負う。

もちろん一部のファウンダーにとってベンチャー資金は必須のものだ。しかし―フェラーリは確かに優れた車だが、普通の人間が家を抵当に入れてまで買う価値があるかは疑問だ。通勤やスーパーで買い物するためならトヨタ・プリウスを買うほうが賢明だろう。

エグジット額は見栄の数字

もしファウンダーの目標の一つに金を稼ぐことが入っているなら、エグジット額に気を取られるのは愚かだ。スタートアップを10億ドルで売却したにもかかわらず手元に残った利益は1億ドルで売ったときより少なかったということはしばしばある。

身近な例でいえば、Huffington Postは3億1400万ドルでAOLに売却され、ファウンダーのアリアナ・ハフィントンは1800万ドルを得たという。一方、TechCrunchのファウンダー、マイケル・アリントンは同じAOLにTechCrunchを3000万ドルで売却し、2400万ドルを得たと報じられた。ベンチャー・キャピタリストの立場からすればTechCrunchの売却は「大失敗」だ。ベンチャー・キャピタリストならマイケルに「そんな値段では売るな」と強く勧めただろう。ところがマイケル・アリントンはこの取引でアリアナ・ハフィントンより多額の利益をえている。

起業における練習効果

私がベンチャー・キャピタリストから何度も聞かされた議論は、ファウンダーはポーカーでいえばオールインで、全財産をつぎ込むのでなければスタートアップを成功させることはできないというものだ。これはもちろんナンセンスだ。スタートアップを10億ドルに育てるためにはまず1億ドルにしなければならない。起業家は一足飛びに10億ドルに到達できるわけではない。現金化のレベルに到達するまでにはさまざまな段階を踏まねばならない。次の1歩に集中していてもなおかつ、結局はスケールの大きいエンドゲームにたどりつくことはできる。

まだ実現してい将来のために現在を売り渡してはならない

これは本質的に重要な点だ。成功したとみなされるスタートアップを見てみるとよい。WayfairBraintreeShutterstockSurveyMonkeyPlenty of FishShopifyLyndaGitHubAtlassianMailChimpEpicCampaign MonitorMinecraftLootCrateUnityCarGurus and SimpliSafe等々。こうしたスタートアップはどれも最初から「10億ドルか死か」というような考え方と無縁だった。にもかかわらず、このリストには10億ドル以上の企業が多数含まれている。こうした企業はスタート当初はほとんど、あるいはまったくベンチャー資金を導入していない。プロダクトにニーズがあり、市場に適合していることが明らかになり、さらに需要な点だが、ファウンダーが企業を拡大するためにどのように資金を使ったらいいかわかるようになってからベンチャー資金を調達している。なかにはベンチャー資金に一切頼らなかったスタートアップもある。

上に挙げたようなスタートアップは最初の1日から資金の使い方が非常に効率的だった。こうしたスタートアップには上場したものもあるし、10億ドル以上の金額で大企業に買収された会社もある。私は外部資金に頼らない起業、いわゆるブートストラップを特に推奨するものではない。しかし資金を賢明に使って企業を育てたファウンダーのやり方には学ぶべき点が多々あるとはずだ。

賢いのは人間で、金ではない

私は10億ドル起業のファウンダーとなることを目指すこともできたかもしれないが、事実は起業した会社を喜んで1億ドルで売却した。スタートアップを10億ドルに育てることも1億ドルに育てることも同じくらいの確率で実現するという誤った思い込みをしている起業家が多すぎる。なるほど10億ドルでエグジットするというのはファウンダーの夢としてはすばらしい。しかし5億ドルのエグジットなら間違いなくホームランだし、1億ドルのエグジットは驚くべき成功だ。
5000万ドルのエグジットでも大勢の関係者の生活を一変させるようなインパクトがある。そもそも100万ドル程度の「はした金」の現金化でファウンダーには大きな影響がある。

要するに、エグジットの可能性を早まって売り渡してはならない。持分やオプションを売るのは、スタートアップの将来価値が現在よりはるかにアップするという確信が得られてからにすべきだ。いかに多額の資金を導入しても洞察力が増すわけではない。堅実なビジネスを宝くじの束などと交換してはならない。

会社をスケールさせる必要があるからといっても道理に合わない多額の資金を調達することはビッグ・ビジネスを作る道ではない。起業家は大きく考え、大きな夢を持つべきだ。ベンチャー・キャピタリストの助力を得ることはよい。だがベンチャー資金をステロイドのように使うのは致命的だ。「効率的なスタートアップ運営」をモットーにすべきだ。断っておくが、私は起業家は小さい会社を作るべきだかとか小さい問題だけを解決すべきだとか言っているわけではない。正しい理由があるならなんとしてもベンチャー資金を調達すべきだ。しかしベンチャー資金ラウンドの華やかな見かけのために将来を売り渡してはならない。ベンチャー資金はファウンダーの自由を奪い、不必要に高いバーンレートをもたらす可能性がある。

実は大部分のスタートアップにとってベンチャー資金の導入は正しい選択ではない。正しく使われればベンチャー資金はきわめて有効だ。しかし残念ながら、多くの起業家は正しい使い方をしていない。

画像:xijian/Getty Images

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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+

日本の若者の「夢の実現」か「やりがい搾取」か、米VC・Fenoxの騒動で見えたシリコンバレーインターンの実情

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IT業界で働きたい若い人にとっては、「シリコンバレーのスタートアップやベンチャーキャピタル(VC)でインターンシップをした」という経験、そしてその肩書きは喉から手が出るほど欲しいものではないだろうか。僕もこれまで何度か海外取材を経験したが、シリコンバレーやサンフランシスコといった西海岸のスタートアップコミュニティの空気は独特だ。見た目ではなく実利が尊重され、多様性を受け入れ、変化が速い。そして勝負に関して非常にシビアな環境だと思っている。今となっちゃスタートアップのすべてが西海岸にあるわけではないけれども、それでも学生のうちにその空気を感じられることは、今後のチャレンジにとって非常に大事な経験になると思う。昨年数年ぶりにサンフランシスコやシリコンバレーに行った僕でも、いまだにそう感じるんだから。

だが米国でインターンをするということはすなわち「海外で働く」ということ。履歴書を持っていって面接すれば「明日からシフトに入って」なんて言われる町のコンビニでのアルバイトとは全く意味が異なる。たとえインターンであっても、有給であれば労働可能なビザを取得する必要があるし、逆にESTA(米国渡航のビザ免除のプログラム)を申請して訪米しているのであれば、「労働」をしてはいけないのだ。

そんな中で米国メディアが今週(確認できたところではWSJ:Wall Street journalが現地時間の2月22日に最初に報じた)、シリコンバレーのVCであるFenox Venture Capitalの無給インターンシップ問題について報じた。Fenoxは米国や日本を含むアジア、欧州などで投資を行うVCだ。国内ではテラモーターズやメタップス、ZUU、PR TIMESなどへの投資を行っている。投資実績についても話はいろいろと聞くが、今回はそこには触れない。今回はインターンシップの話だ。米国のDoL(労働省)はそんなFenoxに対して、インターンシップに参加する日本人を中心とした若者56人を無給で違法に働かせていたとして、33万1269ドル(約3700万円)の未払い給与を支払うように命じたという。

この件について、昨晩ちょうど日本に訪れていたアニス・ウッザマンCEOに直接話を聞くことができた。また並行して日米のスタートアップ関係者、また同社の元インターンやその環境を知る人物らにも話を聞いた。アニス氏の主張、そして現場の声、それぞれの視点からこの話について伝える。

米・労働省の判断「正しいと思っていない」

2月25日に東京・六本木で出会ったウッザマン氏は、今回の報道について事実を認めた上で、大きく2つの主張をしている。1つは労働省の判断について、無給インターンに関する法的な見解では合意しておらず、「DoLの判断は正しいと思っていない」ということ。そしてもう1つ、今回報じられた話は「命令を受けて支払いをしており、すでに解決済み」だということだ。

まず1つめの話だ。ウッザマン氏は「これまで(労働省の命令以前)は、『シリコンバレーに1週間いたい、2週間いたい、1カ月いたい』と言われることがあれば、そういう人たちには(インターンの)機会を与えてきた。(現地に)来るのは貴重な機会。リサーチャーもしてもらうし、ミーティングにだって参加してもらってきた」と語る。つまり、無給インターンは存在していたということだ。

冒頭のWSJの記事では、Fenoxが無給インターンに業界レポートを作成させ、日本のクライアント(FenoxのLP)に送付していると報じられている。日本のVC界隈ではこれは少し前からウワサとしては流れていた話だ。アニス氏はまず、同社のインターンが「無給の研修プログラム」と説明。レポートについては「あくまでプログラムの一環として作成したもの」であるとした。労働局からの命令はこのレポート作成が労働に当たるというものだと指摘されたことに起因するのだという。「(無給のプログラムで)オブザーブ的なものはOK。だがレポートを作成したならそこにお金を払えという話だった」

インターンが作成したレポートがクライアントに提供されたという報道そのものについても、「フルタイムの社員が書いたレポートがクライアントのもとに届く。まさかインターンのレポートが届くことはない」と否定した。「我々がなぜ労働省に同意しなかったのかというと、 Fenoxは(インターンの)56人、皆さんからきちんと『無料のプログラムである』という契約書をもらっている。契約書の2行目には『free training program』と書いている」(ウッザマン氏)

2つめの話だ。今回労働局から指摘されたのは2011年から2014年までの無給インターンについての話であり、2015年5月には「支払いを行い、落ち着いている話」だという。

実はこの「期間」に触れている報道は僕が確認できたところでは米CNETくらい。最初に報じたWSJも触れていないし、日本のメディアとして初めて報じた日本経済新聞でも触れていない(ちなみに日経はFenoxのLPになっている)。

シリコンバレーに駐在員を置くメディアすら期間について報じないのはちょっと変だも思うんだけれど、あくまで2014年末までのことであり、あたかも昨日今日起こった出来事のように報じられるのはひどいミスリードであるというのが彼らの主張だ。このタイミングでWSJに記事化されたことについての疑問も語る。

少なくとも僕が行った関係者へのヒアリングでも、2014年末以前のケースは確認できたが、それ以降は確認できていない。取材には現役のFenoxスタッフも同席したのだが、その人物は有給のインターンであり、ビザ(J1ビザ:就業体験用の交流訪問者ビザ)の取得に際しても同社の支援を受けたと説明した。企業の口コミサイトである「glassdoor」では、2015年8月5日時点でも「Half the employees were on a unpaid internship(半数の社員は無給のインターンシップだった)」という投稿があった。もちろんこれは投稿日以前の話である可能性はある。

ウッザマン氏はインターンシップについて「今でも、ものすごい数の問い合わせがある。ある意味『ギブ』でやってきたことだと思っている。数週間(米国で)仕事の雰囲気を見たいという人は大勢いる。だが労働省のせいでを受け入れられない」と語る。

Fenoxの主張と食い違うインターン側の証言

Fenoxの主張は伝えたとおりだ。だがインターン側の声はちょっと違う。なお今回は米国の事情に詳しい起業家や投資家のほか、Fenoxの元インターン、その周囲の人物にも話を聞いている。

まず、無給のインターンシップが過去に存在していたのかだが、表現の違いこそあれ、これは同社も「トレーニングプログラム」として認めている紛れもない事実だ。そして学生らが「トレーニングプログラム」としての契約書にサインをしたのも事実だという。

プログラムの期間は、日本人であれば数週間からESTA期間上限の90日まで。もちろん現地採用でESTAの制限を受けない人間もいた。日本からの場合で言えば、90日以上のインターンを希望する場合はJ1ビザの取得も支援していた(取得費用はインターン持ちというケース、またインターン持ちだが給与に上乗せする形で実質的な会社負担というケースがあったことを確認している)。そしてビザ取得後に有給で業務に従事するというかたちだ。だが中には、「米国のNPOで働いていることにして、実態としてFenoxで働く」なんてスキームの提案を受けたような人も過去にはいたという。

ビザ発給、入国管理というのは僕らが考えている以上にシリアスなものだ。2011年にSearchMan創業者の柴田尚樹氏が自身の経験を元に米国のビザ事情についてTechCrunch Japanに寄稿してくれているのだが、あくまでESTAは観光目的のビザ免除が基本。それで何度も入国したり、「インターンをやってました」なんて言おうものなら今後のビザ発給にだって影響が出かねない。2011年前後にはデラウェア州登記をし、シリコンバレー発スタートアップをうたおうとした日本人起業家が複数いた。実はそのほとんどにはビザが発給されず、「本社登記は米国、実務は日本」という非常にお粗末な状況を生んでしまったこともある。

次にレポートについて。ウッザマン氏が否定した「インターンの書いたレポートがクライアントに渡されている」という話だが、関係者からは「学生を中心としたインターンがレポートを作成し、日本のクライアントに提供していた」という証言を複数得た。無給インターンも「アナリスト」という肩書きをもらってリサーチに従事していた。労働局が「給与を払え」と言ったのはそこだ。

またウッザマン氏はいずれも否定したが、「同氏の著書の執筆にも関与した人間もいる(つまり、ゴーストライターということだ)」「(トレーニングでなく)雑務も任された」という声も聞いた。正社員の雇用を削るような無給インターンは認められていないはずで、事実であれば問題だ。ただし前述の通りで、僕が確認できたのは2014年末までの話だ。もし事実と異なっているのであればタレコミ欄から是非コンタクトを取って欲しい。情報提供者の秘密を守って話を聞きたいと思っている。

このあたりの話を聞いている中で、ウッザマン氏からは「インターンは自分の仕事がインポータントなモノだと思っている。(だから自分のレポートが)クライアントに行ってしまっていると思っているのではないか」という発言があった。書き手の業界では著名な媒体に1本記事を書いただけで「○○で執筆経験アリ」とドヤ顔なプロフィールを書くライターなどもいる。そんな人も見てきた僕としては、ウッザマン氏の発言について言ってしまう気持ちは分からなくもない…というかよく分かるのだ。だけど、流暢な日本語で「日本の若者達に夢と希望を与えたい」と語ってくれた同氏の口からそんな発言を聞くと少し悲しくなる。何よりもまず、僕はインターン側からも話を聞いているのだから。

「やりがい搾取」の構造は少なくない

この段落は裏取りした事実でなく、裏取りした内容を元にしたあくまで「想像」だ。僕個人としては実際のところ、Fenoxの言う「トレーニング用のレポート」の少なくとも一部に関しては…クライアントにも提供されていると思う。リサーチは読書感想文ではなくファクトを調べたものだ。社員が精査して内容を追加筆修正しようが、56人、いやそれ以上のインターンが書いたものベースとなるものがあるケースがゼロと言い切れないと思う。

匿名を条件に語ってくれたあるVCは、Fenoxのレポートについて「ボリュームの割に情報が薄かった」なんて辛辣に語っていたし、インターン関係者も「多くは学生が書いてるので、大学の授業のレポートと大きな差はない」と語っていた。前述の僕の想像は、そういったコメントを元にしたものだ。ただ再三お伝えしているとおり、Fenoxの主張は「インターンのレポートはトレーニングであり、ビジネスには使用していない」ということなので、そこはちゃんと両論を書いておく。現在では有給インターンに対して、社内でファンドのストラクチャーを学ぶような勉強会を開催するなど、若者の支援・育成に力を入れていると聞く。

本件に限らず「シリコンバレー体験」を希望する学生を都合良く扱う「やりがい搾取」の構造は少なくないと聞いた。これはあくまで氷山の一角だと。だから米国に憧れる未来の起業家の背中は押したいが、「シリコンバレーのスタートアップから、VCからインターンやらないかと呼ばれたの」というだけで浮かれてすぐに渡米することはやめた方がいいと言いたい。

無給か有給か、ビザはどうするのか。そんな当たり前のことをまず確認すべきだ。在米の起業家や投資家からは、将来のビザをエサに苦しい条件を飲まされる人だっているようだ。またESTAで米国に行って有給インターンだったら、それはそれで不法滞在者扱いだ。米国で働くどころか二度と米国に入国できなくなるのだ。もちろん国内でも無給インターンのやりがい搾取問題というのは存在するらしいが、ビザについてはもっと慎重になるべきと多くの関係者に指摘された。

自身の経験を積むためのチャレンジは大事だ。だがそれがどういう意味を持つか。スタートアップを志す若い人にはそういったことも考えて欲しい。もちろん価値のある体験ができる、有給のインターンだっていくらでもある。ただしそこには高いスキルも求められるだろう。そしてスタートアップコミュニティを支える起業家や投資家も、そんな若い人たちをやりがいだけで使おうなんて考えず、次の世代を育てていって欲しい。ある関係者はこう話した。

「別に右翼でもないけれど、日本人がカモにされているなら腹が立つ話。でも『これだからシリコンバレーに手を出してもロクなことにならないね』というのも違う話だ」

photo by
Christian Rondeau

iSGインベストメントワークスに3人目のキャピタリスト、元CAVの佐藤真希子氏が参画

左からiSGS インベストメントワークス取締役の菅原敬氏、同取締役の佐藤真希子氏、同代表取締役の五嶋一人氏

左からiSGS インベストメントワークス取締役の菅原敬氏、同取締役の佐藤真希子氏、同代表取締役の五嶋一人氏

2015年10月にスタートしたばかりのベンチャーキャピタルがわずか3カ月で社名を変えると聞くのは珍しいケースだが、ポジティブなニュースだ。アイスタイル子会社のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)・iSG インベストメントワークスは1月19日、元サイバーエージェント・ベンチャーズ(CAV)のキャピタリスト、佐藤真希子氏が参画。取締役 マネージング・ディレクターに就任することを発表した。またこれとあわせて商号を「iSGS インベストメントワークス」に変更することをあきらかにした。いずれも2月1日開催の臨時株主総会で決議する予定だ。

iSG インベストメントワークスは、昨年10月にアイスタイルキャピタルから社名を変更してスタートしている。それまで代表取締役社長を務めていたアイスタイル取締役 兼CFOの菅原敬氏が取締役に異動し、元コロプラの五嶋一人氏が代表取締役社長に就任している。社名のiSGは両氏の頭文字から取ったものだ。今回新たに佐藤氏が参画したことから、佐藤氏の頭文字「S」を付けて「iSGS」と社名を変更するのだという。

佐藤氏はサイバーエージェントの新卒1期生。同期はiemo代表取締役・DeNA執行役員の村田マリ氏などをはじめ、サイバーエージェント内外問わずIT業界で活躍する人物も多い。主に営業を担当した後にCAVへ出向。産休を挟みつつ、足かけ9年投資事業に携わり、2015年に同社を退職した。2012年上場のメディアフラッグ、2013年上場のフォトクリエイトをはじめ、LiB、ビザスク、トークノート、groovesなど多くの投資経験を持つ(ちなみに佐藤氏は元フォトクリエイトで現在スペースマーケットの代表を務める重松大輔氏と結婚している)。

「CAVでは最高の経験をさせてもらった」と振り返る佐藤氏。しかし、キャピタリスト10年目を迎えるにあたって、「今まで以上に自分の判断で自分が決めた人に入れる(投資する)、そして最後まで責任を持ってその人を見ていくということにチャレンジしたい」と思って独立を考えた。プライベートでは3人目の子どもを出産して復帰しており、「女性起業家の活躍が紹介されるように、女性VCのロールモデルになっていきたい。実は女性VCは現場で活躍し続けるよりミドル・バックオフィス業務に移ることが多い。もちろんそれも価値ある仕事だが、結局はダイバーシティ。フロントに立ち起業家と接し続け、色んな見方で事業を見ていかないと見えないこともある」(佐藤氏)と語る。

その後、独立してベンチャーキャピタルの組成、スタートアップのインキュベーション事業の立ち上げに向けて動いていたが、最終的に、退職間もなくから声が掛かっていたiSG インベストメントワークスへの参画を決めた。「ベンチャーキャピタルなのに社名に『ワークス』と入れているのは、『起業家と一緒に汗をかく』という意味がある。メンバー3人とも営業、ファイナンス、買収先の経営まで事業畑を長く続けて来た。私も投資先の営業から、リストラ、経営の再生と泥臭いところまでやってきている。そこに一緒にやって欲しいと声をかけてもらった。1人ではできることの限界があるが、チームで起業家をサポートしていきたい」(佐藤氏)。

同社は現在ファンドの組成中。スキームの詳細は公開されていないが、本業とのシナジーを求めるCVCではなく、独立性の非常に高いファンドになるという。また、投資対象は「インターネット+アルファ」「既存産業+インターネット」が中心。シードからレイターまでのステージのスタートアップに対して、数百万円から数千万円程度の投資を行う。すでに昨日紹介したウィンクルのほか、ヘルスケアスタートアップのサイマックスなどに出資している。また既存ファンドのセカンダリー投資をバルク案件を組成して買い受ける「バルクセール」や、ある企業の株式のVC分を全部、あるいは経営者の分も買い受ける「バイアウト投資」も行う予定。さらに、佐藤氏が参画したことで、スタートアップコミュニティの創造、大企業とスタートアップの連携なども進めて行くという。

日本のVCが予想する2016年のスタートアップ・トレンド(前編)

2015年にもさまざまなスタートアップ企業が登場したが、来年はどんな1年になるだろうか。TechCrunch Japanでは、2016年のテック業界とスタートアップのトレンドについて、VCとエンジェル投資家にアンケートを実施。計19人から回答を得た。

回答いただいた質問は2つ。「2015年のスタートアップシーンを象徴するキーワードは何ですか(選択式、自由回答可)」というものと「2016年に盛り上がりが予想される分野やサービス、企業名など理由とともに教えてください(自由回答)」というものだ。では早速国内VCたちの意見に耳を傾けてみよう。

前編では、インキュベーターやシード、シリーズAでの投資を行うVCを中心に紹介する。シリーズA以降など比較的投資額の大きいVCの意見については、以下の記事後編を見てほしい。

日本のVCが予想する2016年のスタートアップ・トレンド(後編)

※各VCから回答を得ているとはいえ、投資担当者は通常カバー範囲が決まっている。だから各回答は必ずしもそのVCを代表する意見ではない。

サムライインキュベート

榊原健太郎(代表取締役CEO)
2015年のキーワード:AI、FinTech、VR

2016年のトレンド:ITを活用した遠隔医療サービスが伸びると予想します。医療の業界においては、地方における医師・看護師の確保、医療費の削減、予防医療への取組み等、様々な課題に直面しており、厚生労働省より平成27年8月10日に「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」という通知が発表されました。

英会話スクールにおいて、スカイプ英会話でディスラプトが起きたように、医療業界にもMEDI-TECHによるディスラプトが起きると思っております。

コーチ・ユナイテッド

有安伸宏(代表取締役社長)
2015年のキーワード:FinTech

2016年のトレンド:“動画の消費スタイルの変化”が面白いと思っています。例えば、musical.lyのタテ動画を数秒間単位でスワイプすることに慣れてしまうと、YouTubeをはじめとしたテレビのメタファーを引きずっている動画サービスが非常に古臭く感じられます。ユーザーの時間の使い方が全くの別物であり、全く異なるユーザー体験なので、「動画」と呼ばない方がいいくらい。Facebookがプロフィールに動画をアップロードできるようにしたように、様々なサイトが動画に侵食されていくと思います。「◯◯のスマホ動画版」の、◯◯の中に、大手サービスの名前を入れてみるだけでも、色々なチャンスがあることに気づきます。

そして、たった今、大企業の中の偉い人へ、上記の文章をチャットで送りつけて「何かコメントある?」と聞いてみたところ、次のような声をもらいました。

「タテ動画やりたいんだよね。社内の動画ツールが縦対応してないんだけど、いい加減やれよーという話をしてる。そういう、技術的負債みたいのが残り続けてるのが悔しい。あんなの体験してみれば、すぐわかるのに。友だちから送られてくる写真だって大半が縦なんだもの。スマホ最適化されてるコンテンツに囲まれてるはずなのに、作る側に一歩回るとなぜか忘れてしまう。」

そう。気づいていることと、事業を立ち上げられることとは大違い。ということで、スタートアップの皆さん、チャンスですよ!(この領域についてフリーディスカッションしたいので、お気軽に連絡ください!)※編集部注:今回有安氏は個人投資家としての視点で回答頂いている

iSGインベストメントワークス

五嶋一人(代表取締役 マネージング・ディレクター)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、AI、FinTech、IoT

2016年のトレンド:「スマートフォン+追加デバイス」「インターネット+追加デバイス」による非言語サービス(特にヘルスケア領域とエンターテイメント領域)、銀行の三大機能(為替・決済・与信)を代替する狭義のFintech、インターネットを活用してリアルの生活や仕事をより豊かに、より便利にする「インターネット+α」のサービスの3点。

なお「2015年のキーワード」はポジティブな意味だけではなく、ネガティブなバズワード的な意味を含みます。「ユニコーン」もそうですが、メディアが“伝え易さ”を重視して多用するのはよいとしても、バズワードによる安易なカテゴライズは事業・サービスの本質とは全く無関係であり、起業家や我々プロフェッショナルの投資家は、このようなバズワードに左右されることなく、個別の事業・サービスの本質を見極め、成長させていく力がより求められるようになるのではないでしょうか。

Genuine Startups

伊藤健吾(Managing Director)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、FinTech、IoT

2016年のトレンド:スマホアプリ、特にコンシューマーインターネット領域におけるゴールドラッシュとも言える時代は終焉に近づいていると思います。これからは「産業×IT・インターネット」による新しいイノベーションがどんどん出てくる時代に変わってきています。

これはスマホを中心とするスマートデバイスの登場、LTEなどモバイル通信のスピードアップ、クラウドによるコンピューティング等のリソースの低廉化といったこれまでの技術革新の結果が、本格的にこれまで適用されていなかった産業分野に使われることによって起こるトレンドです。2016年はその中でも適用しやすい領域としてエンタープライズソリューションが盛り上がると思います。過去3年間のシリコンバレーの投資領域でも投資金額・件数で多いのがAccounting/Finance、HR Tech、BI、CRMといったところで、その流れは日本にも来ると思います。

TLM

木暮圭佑(General Partners)
2015年のキーワード:動画サービス、FinTech、IoT

2016年のトレンド:2015年後半に土壌が育ったな、と思うのはFintechとVRではないでしょうか。前者は参入障壁が大きいとはいえ、法律面も含めてクリアになってきたので、2016年には新しく出てくる会社が多いかなと思っています。後者に関してはメガベンチャーがこぞって支援するアクセレーションを立ち上げているので、そこを利用したベンチャーが生まれ、日の目を見るのは2016年かなと思っております。

またBtoBのサービス——特にニッチで、あまりインターネットやテクノロジーが普及していなかった分野のサービスが増えるのではないかと思っています。米国などでもPlanGridのように工事現場にテクノロジーを持ち込むようなサービスは伸びていますし、識者によるFacebookのグループなどでの議論を見ていても、比較的BtoBに目が向いているという感じもしています。もちろん営業力勝負になる領域ではありますが。

個人的に興味を持っているのはAIです。テクノロジードリブンではありますが、「AIの信用性」というものがある程度形成されれば、人を置き換えるような事業が生まれてもいいかなと思っています。海外ではすでに弁護士をリプレイスできると豪語するサービスがProduct Huntに掲載されていて話題になりました。

また、結局のところトレンドとして使われるかどうかよりもユーザーが使うかどうかがすべてと思っています。競合が少なく新規性があるのでユーザーに使われる可能性があり、それを狙う人が多いのでトレンドになります。個人的には、トレンドに入らなくてもユーザーに使われるものを見つけられる会社を応援することができればいいなと思っています。

Mistletoe

山口冬樹(チーフ・インベストメント・オフィサー)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、IoT

2016年のトレンド:2015年は「IoT」という言葉が根付いた年となったが、IoTスタートアップの多くはハードウェアがネットにつながった段階にとどまっている。2016年はハードウェアに限らず、コア技術ベースのスタートアップが躍進するのではないかと期待している。

日本でも大手企業OBエンジニアや博士号ホルダーが起業したスタートアップが大学発ベンチャーを含め増えてきている。シリコンバレーでは機械学習や画像解析といったコア技術を生かしたスタートアップがすでに台頭しているが、日本ではそうした分野に加え、得意とするモノづくり・ハードウェア、材料、再生医療等のバイオテックなどの技術を生かした、潜在的に質の高いスタートアップが増えてきている。

IoTでも、フィンランドのEnevoのように、今後はセンシングとビッグデータ解析を組み合わせ、付加価値の高いフィードバックを提供するIoTスタートアップが、BtoBや、BtoCではヘルスケア領域等から数多く出てくるのではないかと期待している。

具体的には、大手自動車メーカー出身のエンジニアが開発する小型EVのFOMM、パーソナルモビリティのcocoa motors.、自動車・ドローンなどの自動運転技術への適用が期待できる高精度GPSシステムのマゼランシステムズジャパン、ExaScaler等ビッグデータ解析やAIの進化に対応するためのスパコン・サーバーの処理・ストレージ能力を飛躍的に増大させる技術、等の発展を期待したい。

一方で、こうしたコア技術ベースのスタートアップは、従来のスタートアップに比べサービス・製品を作るまでより多額の資金が必要な傾向にあり、また顧客不在の技術志向に陥らないための経営知見や事業開発力が求められるため、インキュベーターや投資家の幅広い支援が不可欠であり、当社もスタートアップと二人三脚で事業発展に注力していきたいと思っている。

アーキタイプ

中嶋淳(代表取締役)
2015年のキーワード:AI

2016年のトレンド:(1)経理・人事・労務といった企業内業務におけるAI・SaaSモデル、(2)大箱化する既存エンタープライズ向けサービスに対抗するSMB向けサービス(ちきゅう)、(3)FinTech全般、特にAI活用モデル(AlpacaDB

DGインキュベーション

林口哲也(マネージング・ディレクター)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、FinTech、IoT

2016年のトレンド:DGインキュベーションでは日本・アメリカ・東南アジアと3つの地域で投資を行っており、「インターネット分野」という大枠はあるものの、日本においてはそれ以上あえて注力分野を絞り過ぎないようにしているため、あくまで案件毎に投資検討・実行をしています。ですが、その中でも期待しているのは「IoT」と「エンタープライズ向けクラウド」の2つの分野です。

IoTは、その定義が難しい面もありますが、アプリケーション先が豊富に見込め、2016年あたりからより普及が進むのではないかと考えています。弊社ではO2Oのプロダクトやビーコンを用いたプロダクト、センサーネットワークのソリューションなど日米で複数の投資先があります。実際に日米の投資先同士が事業連携を行ったり、日本の大手企業との共同プロジェクトを先日発表した投資先もあり、IoT分野の今後の伸びが非常に楽しみです。

エンタープライズ向けクラウドについては、例えば米国では、「クラウドとは何か」「その信頼性は」といったことを論ずるフェーズはとうの昔に過ぎ去っており、「クラウドのプロダクトを使っていかに顧客に付加価値を提供するのか」が議論の主題となっています。しかし日本はまだ米国に追いついていないのが現状ではないでしょうか。

またニーズがあるにも関わらず、日本でこの分野に取り組んでいるスタートアップの社数はまだまだ少なく、需給ギャップ=チャンスも大きいと考えています。コンシューマー向けプロダクトのような華やかさは決してないですが、渋いながらも堅調で着実な伸びが見込めるとも言えます。2016年はこういった分野には、積極的に投資を行っていきたいと考えています。

プライマルキャピタル

佐々木浩史(代表パートナー)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、動画サービス、ロボット、AI、C2C、FinTech、IoT

2016年のトレンド:盛り上がるの定義を“事業が形になる”とした場合、以下のような分野が挙げます。
・ロボット/IoT分野:ハードウェアをソフトウェア的に開発する環境も整いつつあり、プレイヤーが増えることが考えられます。スマホの次のUIとしてのロボット、自動車で実践されているようなセンサー×データのサービスへの応用が、ヘルスケア分野やマーケティング分野等でも活用されていくと思います。
・動画分野:この数年間の投資が形になっていく1年と思います。
・スマホコマース:CtoCアプリを中心により活性化していくものと思います。難しいと言われているバーティカルメディア×コマース等も立ち上がってくるのではないでしょうか。
・BtoBソリューション:特定業界の既存商習慣をテクノロジーで変えていく、問題解決していくようなスタートアップが増えるのではないでしょうか。インターネット技術がコモディティ化した昨今、非IT業界からの起業が加速するものと思います。また、これまでにたまっているデータ×AIによる作業効率化等も進むと思います。

投資環境の変化を鑑みるに、トレンドやバズワードに流されることのない本質的な事業開発、やみくもな投資ではなく収益を意識した事業開発が、これまで以上に重要になってくると思います。

そのためにはグローバルで先行事例を研究し、特に失敗事例を分析することが必要になるでしょう。それを踏まえた上で自分が事業を展開する領域・業界の特性を見極め、勝ち筋を見つけたらポイントを絞って早く参入することが重要ではないでしょうか。また、バリューの高騰も落ち着くのではないでしょうか。さらに優先株やCB/CEがもっと活用も含めて、資金調達の手段も多様化すると考えられます。

日本のVCが予想する2016年のスタートアップ・トレンド(後編)

華やかじゃない、すぐにお金にならない、でも支えたい——独立系VCを立ち上げた24歳の投資家

tlm

「根が『サブキャラ』なんですよ。高校ではオーケストラをやっていたんですが、担当はコントラバス。華やかじゃないし、目立たない。でも、みんなを支えられるならそれでいいんです」——今月24歳を迎えたばかりの若き独立系ベンチャーキャピタリスト・TLMの木暮圭佑氏は、自分の性格についてこう語る。

23歳でファンドを立ち上げ

TLMの木暮圭佑氏

TLMジェネラルパートナーの木暮圭佑氏

国内で若手の独立系ベンチャーキャピタリストと言えば、ANRIの佐俣アンリ氏やSkyland Venturesの木下慶彦氏などの名前が挙がることが多い。

2人には2014年11月に東京・渋谷で僕らが開催したイベント「TechCrunch Tokyo 2014」に登壇してもらったこともあるのだが、その際に印象的だったのは、「『若手』と言われる自分たちはもう30代前半。もっと若い人がベンチャーキャピタリストとして活躍して欲しい」という話だった。

別に年齢だけにこだわっても仕方ないのだけれども、学生起業家が生まれている中で、同年代の動きを同じ目線でキャッチアップし、支援できる投資家は実のところほとんどいないのは事実。

成功して財産を築いたエンジェル投資家はさておき、ベンチャーキャピタリストは自分のお金を出す以上に他人からお金を集めて預かり、投資をすることになる。そのためにはビジネス知識や実務経験、人脈、そしてなにより「この人にならお金を預けてもいい」と思わせる信頼が必要になるわけだ。

前述の佐俣氏も木下氏も学生の頃から投資家との関わりを持ち、それぞれ事業会社やベンチャーキャピタル(VC)で働く、いわば修行の時期を経て、20代後半でベンチャーキャピタリストとして独立している。必要な要素を考えれば、この年齢でのスタートだって早いほうだと思う。最近ではインキュベイトファンドのFoF(ファンドオブファンズ:ファンドが出資して作る「子ファンド」)としてプライマルキャピタル(佐々木浩史氏)やソラシード・スタートアップス(柴田泰成氏)なども立ち上がっているが、彼らも独立したのは30歳前後だったはずだ。その他にも最近では若手のキャピタリスト、インキュベーターなどが徐々に活躍しはじめていると聞く。

冒頭にあるように木暮氏は24歳になったばかり。僕が知る限りでは、国内で最年少の独立系ベンチャーキャピタリストだ。木暮氏は4月、23歳でベンチャー投資ファンド「TLM1号投資事業有限責任組合」を立ち上げたが、この夏からその投資活動を本格化させる。ファンドのサイズは現在約5000万円とまだ小さいが、年内には1億円規模を目指す。資金を提供するLP(有限責任組合員)の多くはエンジェル投資家。インターネット関連の事業でIPOやM&Aをした人物が中心だという。

きっかけは渋谷のコワーキングオフィス

木暮氏は1浪して早稲田大学国際教養学部に入学。そこで学生向けのビジネスコンテストを主催するサークルに入った。そしてサークル運営の作業場所として借りた東京・渋谷のコワーキングスペース「co-ba」で、paperboy&co.(現GMOペパボ)創業者の家入一真氏や、BASE代表取締役の鶴岡裕太氏といった起業家たちとの交流が始まったのだという。

その後木暮氏は米国に留学。2013年に帰国したのちEast Ventures(EV)のインターンを務めた。「帰国した次の日からEVで働いていました。当時EVは六本木に引っ越して、シェアオフィスを始めたばかり。オフィス管理や雑務からなんでも担当しました」(木暮氏)。仕事に集中するため、大学もいったん休学した。

木暮氏はその後、EVのファンド組成や具体的な投資先支援に関わり始める。女性向けキュレーションメディア「MERY」を運営するペロリや決済サービス「Coiney」を運営するコイニーなどの実務支援をしたそうだ。「投資先でスタートアップの組織の作り方、資金調達をする際の悩み、マネジメントの仕方などを現場で学びました。複数の投資先に関われたので、『この会社は代表主導で事業に対してロジカルな判断をする』『この会社は現場の人間に事業を任せて数字を伸ばす』といった起業家ごとの姿勢を見ることもできたのは大きな経験」(木暮氏)

投資先や社内外の先輩キャピタリストらと関わる中で、ベンチャーキャピタリストとして独立することを考えるようになった。当時は起業という選択肢もあったそうだが冒頭の発言のとおりで、自ら会社を興すのではなく、周囲の起業家を支えたいと考えてVCになる道を選んだ。2014年に入って準備のためにいったんEVを離れ、大学にも復学。具体的な計画を立て始めた。EV投資先の会社から就職の誘いもあったがあくまで外からの「お手伝い」をしていたそうだが、先輩キャピタリストに「本当に独立する気はあるのか?このままでは(社外の支援者として)口だけしか出さない人間になる」と言われ奮起。卒業を前にしてファンドを立ち上げた。

投資対象はシードラウンド、すでに3社に実行

TLMが投資するのは基本的にはシードラウンドで、一部シリーズAのスタートアップを含む。投資額は500万〜1000万円程度だという。

投資領域はウェブサービスが中心で、「テーマは日常生活を豊かにするもの。例えば今まで5時間かかっていたことを5分で解決する、そんなサービスやモノに投資をしたい。『大きな市場』とか『未来を作る』ということはもちろん言っていきたいが、まずはそんな身近なところから始めたい」(木暮氏)

すでにスマホ中古売買サービスの「ヒカカク」運営のジラフなど3社への出資を実行している。いずれもEV時代から面識のある、同年代の起業家だという。今後もファンドサイズを拡大しつつ、積極的な投資をするとしている。

若手独立キャピタリストは食っていけるのか

佐俣氏、木下氏と昨年のイベントで話したテーマの1つでもあるのだが、24歳の木暮氏は、はたしてベンチャーキャピタリストとして食っていけるのだろうか。

何でこんなことを言うのかというと——もちろんVCごとに差異はあるが——独立系ベンチャーキャピタルでは通常、年間でファンド総額の2〜3%程度の管理報酬と、投資先のIPOや売却などで元本を超えた金額の10〜20%程度の成功報酬を得るケースが多いからだ(一方で銀行系VCやコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などはいわゆるサラリーマン的な給与体系であるケースが多い)。TLMは管理報酬を公開していない。しかし1億円のファンドで管理報酬2%という計算をすれば、投資先のイグジットがない限り、キャピタリストとしての稼ぎは年収200万円となるわけだ。

木暮氏にその点を聞くと「お金が目的であれば、初期のベンチャーキャピタルは難しい」と本音を漏らす。「投資先についてははっきり言って心配してません。そもそも伸びると信じているし、そのための支援もしていく。課題は自分自身。もちろん日銭を稼ぐ必要はあると思っています。ただそれでもチャレンジしたい世界がそこにありました」(木暮氏)。かつてはコンサルティングやイベント運営などで食いつないだという若いキャピタリストの話を聞いたこともあるが、独立系VCには起業家とはまた違う苦労があるわけだ。

ともかく、24歳の若きベンチャーキャピタリストの活動は始まったばかり。実績はこれからだが、まずは投資先のスタートアップ1社1社の支援を続けるという。そしてゆくゆくは海外スタートアップへの投資もやっていきたいのだそう。「上に上に、常に高い山に登り続けるような気持ちが必要。お金を預けてくれる人がいるというのは、そういうことを求められている証なのだと思う」(木暮氏)

TechCrunch Tokyoで若手独立系ベンチャーキャピタリスト2人にスタートアップの「今」を聞く

新聞やビジネス誌でも「ベンチャーブームの再来」なんて文字が踊るようになって久しい。たしかに数年前に始まったインキュベーションプログラムは成熟度が増して、そこから優秀なスタートアップが生まれつつある。10月末に開催されたのIncubate Campなども、僕は行けなかったのだけれども審査員やメディアからはサービスやプレゼンのレベルの高さについて聞くことも少なくなかった。またIPO市場を見ても、最近話題となった弁護士ドットコムとクラウドワークスのマザーズ上場を始めとして活況を呈している。もちろん上場までの期間を考えると、直近に創業した会社ばかりというわけでもないのだけれど。

佐俣アンリ氏

だが果たしてこれはブーム、つまり一過性のものなのだろうか。僕はそう思っていないし、そうならないためにできることはやっていきたいと思っている。僕たちがまず出来るのは、新しいプロダクト、サービスを生み出す人たちを取材して正しく伝えることだし、ベンチャー、スタートアップという東京の渋谷や六本木周辺を中心にしたコミュニティの”業界ごと”を“世の中ごと”にすることなんじゃないか。TechCrunchの編集部にジョインなんて記事で華々しくデビューしてしまった(させてもらった)者としてそう考えている。

僕が一過性だと思わない理由はスタートアップを取り巻くエコシステムの拡大だ。ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家、インキュベーター、士業、監査法人、さらには大企業の新規事業担当者など、スタートアップを取り巻く環境はここ数年で大きくなり、正直取材をするだけでもひと苦労になっている。もちろん少なくないプレーヤーが失敗してはいるのだけれど、全体としてはより大きなものに成長している。投資額だってそれに合わせて大きくなっている。CrunchBaseにある地域ごとの投資マップ(こちらは2014年10月分)を見ても毎月の投資額がそれなりに大きいことが分かるし、CB Insightsの記事によると、東京での資金調達額も過去2年(2012年11月〜2013年10月と2013年11月〜2014年10月)を比較して約2割増だそうだ。

木下慶彦氏

さて、11月18日〜19日に開催するTechCrunch Tokyo 2014では、そのエコシステムの中から若手の独立系ベンチャーキャピタルにスポットを当てて、スタートアップを取り巻く環境について聞いてみたいと思う。11月18日夕方のセッション「独立系ベンチャーキャピタリストが語る投資の今とこれから」には、ANRI General Partnerの佐俣アンリ氏、Skyland Ventures 代表パートナーの木下慶彦氏に登壇頂く予定だ。2人はそれぞれ20代にして自らの手でベンチャーキャピタルを立ち上げ、投資を行ってきた。

ANRIは前述のクラウドワークスのほか、DeNAが買収したペロリなど、すでに投資先のイグジットの実績があるし、Skyland Venturesも投資先の八面六臂が7月にリクルートなどから4.5億円の調達。トランスリミットは対戦型脳トレアプリ「BrainWars」が現在世界500万ダウンロードを達成し、さらにLINEなどから3億円を調達。それぞれサービスの拡大を進めているところだ。

このセッションではそんな2人に、どうして自らベンチャーキャピタルを立ち上げるという選択肢を選んだのか、今どういった視点で投資を行っているのか、さらにはスタートアップを取り巻く環境の今とこれからについて聞いてみたいと思っている。開催まで間もないが是非とも2人の話を聞きにきて欲しい。

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若手独立系VCのANRIが20億円規模の新ファンド–ポートフォリオも公開

佐俣アンリ氏(前列左から2人目)と投資先の起業家たち

2年前のTechCrunch Japanに、「独立系ベンチャーファンドのANRIを立ち上げたのは28歳の若き投資家」という記事があったのだが、今年30代に入ったばかりの独立系ベンチャーキャピタリストである佐俣アンリ氏が、7月に入って2つめのファンドとなる「ANRI2号投資事業有限責任組合」を始動させた。

ファンド規模は20億円程度を目指すとのことだが、まずはIT系事業会社を中心にして、ファーストクローズで5億円を集めている。これは若手の独立系ベンチャーキャピタルが手がける金額としては大きな規模だ。投資の対象とするのはシード、シリーズAでの調達を目指すスタートアップで、1社につき500万円から最大で1億円程度と、柔軟に出資をしていく予定だという。「シードからシリーズAまでを一緒にやっていきたい。実はこの時期はプロダクトの急成長期。それなのにファイナンスのために経営者のリソースが大きく取られることが多い。その負担を減らすのが投資家の根本的な役割だと思う」(佐俣氏)

新ファンドは、国内スタートアップへの投資を中心にするものの、東南アジアや米国といった海外のスタートアップへの投資も視野に入れているとのこと。投資領域については、「PayPalマフィアは今、社会問題の解決のために投資をしている。同じように世界の大きな問題を解決したい」(佐俣氏)とのことで、「IT」と通貨や物流、交通といった「社会インフラ」とのかけ算に挑戦するようなスタートアップに注目していくという。また、これまで同氏は1人でファンドを運用してきたが、年内にももう1人のパートナーが参画する予定だという。

業界関係者からは漏れ聞こえてきたりするものの、実はANRIは投資先のポートフォリオを一部しか公開していなかった。今回の調達にあわせて改めて話を聞いたのだけれど、これまでにコイニー、クラウドワークス、ラクスル、uuum、スクー、ペロリのほか、U-NOTEやスマートドライブなどに対して、おもにシード期に投資を実行してきたという。新ファンドの投資領域と同じく、決済や印刷、クラウドソーシングをはじめとして、社会のインフラを目指すスタートアップが多い気がする。イグジットこそしていないものの、成長フェーズの企業が並んでおり、ファンドとしても順調だ。

実は僕は佐俣氏が学生の頃からの知り合いなのだけれど、正直ここ1、2年で人間的にも成長していると感じていたし、周囲のベンチャーキャピタリストからもそう聞くことが多くなっている(本人にも言ったので書いておくと、学生の頃などは「なんかやたら起業に詳しい、ツンツンした兄ちゃん」という印象だったし…)。

そんなことを正直に伝えたところ、佐俣氏はちょっと笑って「本質的には一生懸命なところは昔から変わらないんですが」と言いつつ、「昔はハンズオンという言葉を使って、『俺がやってやる』とも思っていた。でもそれはおごりだった。例えば、投資家として事業を分かっているつもりで投資先に半分だけコミットして、実はそれが邪魔になっていることに気づけなかったこともあった」と振り返った。

佐俣氏はこう続ける。「独立して自分の名前でお金を預かることで、そんな批評家からプレーヤーになったと思う。起業家と投資家の関係は太陽と月みたいなもの。投資家は起業家がいてこそ初めて輝くものだから、起業家に輝いてもらう環境を作りたい」


ベンチャーキャピタリストは楽じゃない―最悪の敵は他のベンチャーキャピタリスト

ベンチャーキャピタリスト(VC)というのは魅力的な職業に思える。給料は良く、役得も多い。優秀な起業家に会えるし、最新のテクノロジーに触れられる。サンドヒルロードの優雅なオフィスで仕事をし、毎晩フォーシーズンズホテル高級なバーで飲むこともできる。

それではベンチャーキャピタリストという仕事の難しい部分は何だろう?

「ベンチャーキャピタリストの仕事で最悪な点は何?」 というスレッドがQAサイトのQuoraに立っていて、これが興味深い。Mark SusterEthan KurzweilAndrew Parkerなどの大物が回答しているが、私は匿名希望のVCのちょっと風変わりな回答が気に入った。回答者は大手ベンチャーキャピタルで10年間ゼネラル・パートナーを務めているという。

回答者によると、一番難しいのはなんといっても他のVCと渡り合うことだというのだ。他のVCというのは他のベンチャーキャピタルのVCも自社内の他のVCも含む。

内部のパートナー間での駆け引きというのはたとえば「明日の会議で、オレの案件に賛成投票してくれたらお前の案件に賛成してやる」というたぐいのものだ。こういうことをやっているとファンドは平均的な成績しか挙げられない。平均的な成績というのは大金を失うという意味だ。

大手ファンドには大勢のパートナーがいる。その中でゼネラル・パートナーを長年務めるにはそうとうの悪人性が必要とされる。つまり権力を握るために政治的駆け引きをする意思があり、その能力に優れていなければならない。

もちろんすべてのゼネラル・パートナーがそうだというのではない。たいへん立派なゼネラル・パートナーもいる。しかしGPの3分の2はとんでもなく巨大なエゴの持ち主だ。

また匿名氏は「何も役に立つことをしないのにどうしても引退しようとしない上級パートナーも厄介ものだ」と言う。

多くの試練をくぐり抜けて無事にスタートアップの取締役に就任できたとしよう。そこからがまた大変だ。会社に複数のベンチャーキャピタルが投資しており、取締役会に複数のVCが就任したとしよう。彼らはそれぞれ異なる思惑と異なるエゴを持っている。彼らは会社にとって最良のことを考えるのではなく、代表しているベンチャーキャピタルにとって最良のことを考える。

問題はこれで終わりではない。次にはこのファンドに投資しているリミテッド・パートナーを相手にしなければならない。匿名VCによればLPたちは「われわれのエコシステム中で頭がもっとも遅れている連中」だそうだ。彼らは今頃になって「ソーシャルメディアに投資するファンドを作ろう」などと言い出す。投資対象のことなどまるきり理解していないし、理解しようという気もない。

匿名VCはさらにVCというのは「本質的にチームではなく個人プレーで、孤独な仕事だ。一人で出張し、一人で会議の記録を取り、一人でコンピュータに向かうことが多い」という。投資先が期待どおりに成功しなかった場合の苦しさも訴えている。もっとも私に言わせれば、VC連中はテクノロジー業界で勝ち馬を選ぶことで年収50万ドルから200万ドルを得ているのだから、失敗したからといって同情するのは難しい。

しかしこの匿名VCは誰なのか? もし本人の言っていることが事実なら候補者の範囲はかなり狭まる。多数のパートナー、有限責任パートナーを抱える大型ベンチャーキャピタルで10年間ゼネラル・パートナーを務め、他の上級パートナーと権力闘争を繰り返し、かなりの年齢になっているという人物に心当たりは? 

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* 私がいちばん気に入った回答はVCと結婚しているKristine Lauriaからのものだ。「VCの仕事で最悪なのは離婚の危険性が高いこと。なにしろめったに妻のもとに帰ってこない」のだそうだ。これは痛い。

[原文へ]

(翻訳:滑川海彦 Facebook Google+