「オラクルやSAPに対抗する企業を日本から出す」、B2BスタートアップのCYDASがセールスフォースと資本提携

あえて修羅場の経験を与えて人を育てようという経営者は多い。でも、ストレス耐性には個人差があって、潰れてしまう社員もいる。それでは元も子もない。だからといってストレス耐性が低い社員がダメということではなく、新しいものを作るのが得意な人はいる。問題は、個々人の適性に合わせた配置や処遇の決定を、これまでは主観に頼らざるを得なかったこと。

「会食なんかをして社長が特定の社員を気に入って昇進させてしまい、それが職場にも当人にもマイナスになることがある」

人材コンサル会社経営を経て、クラウド上でタレントマネジメントサービスを提供するスタートアップ企業「CYDAS」(サイダス)を2011年11月に創業した代表取締役社長の松田晋氏は、こんな話を聞かせてくれた。松田氏の話は、会社員なら誰しも心当たりがありそうな人材活用の失敗シーンや、直感に反する事例に満ちていて面白い。例えば、こんな話だ。

「会社にはマネージャー(上司)からの評価が低いものの、業績は高いという人たちがいます。そういう人の性格を見てみると出る杭型だったりします。嫌われているだけかもしれないので、別の上長の下にいれたらどうなるか。そうした配置転換のための基礎データの蓄積、分析ツールとしてCYDASが使えるのです」

松田氏はナインボックスマトリクス分析と呼ばれるフレームワークで、社員のアイコンが「上司評価」と「業績」の二軸で分類できることを示しながら、こう説明してくれた。CYDAS Cloud Serviceは、業務アプリと思えないような、人物写真のドラッグ&ドロップ操作まで可能なWebアプリとしてクラウド経由で提供されている。デモを見る限り、とてもモダンなWebアプリだ。「マニュアルを見る人はほとんどいない」と松田氏は胸を張る。CYDASではツール(フレームワーク)やフィルタ条件を選び、社員の顔を見ながら途中経過を保存しつつ分析ができるのだという。

上司評価・業績のペアではなく、例えば勤労意欲と適性で同様の分析をすると、「今のモチベーションなら適性はなくてもそのままやらせた方がいい」という判断すべき社員の顔も見えてくるそうだ。「人は自分のスキルが上がっているときに、やる気が出るもの」(松田氏)。CYDASのシステムでは、こうした意欲の高い社員を伸ばすためにロールモデルとなる上司や先輩社員を設定し、そこからスキルギャップをグラフ化して育成プランを作ることもできるという。

そうはいっても、モデルを使って分析すれば答えが出るというほど人の問題は単純ではない。

「相性というのがありますよね。どんなに優秀な社員でも上司が変わったらやる気がなくなることがあります」。販売店などであれば、誰がどの店舗、どの店長の元で働くのがいいだろうかというような問題だ。「ただ、店長と販売員の相性がいいからといって売上が上がるわけでもないんです。それは店舗によりますし、会社の風土、文化によっても変わってきます。ホンダと日産のトップセールスマンはタイプが違うというのと同じです」(松田氏)

「今の時代は放置していても人材は育ちません。主観と客観でやるべき時代になってきたのです」というのが人材コンサルを経験してきた松田氏が持つ時代の変化に対する見立てだ。主観に頼るだけでは人材活用を誤ることがあるし、客観データだけで答えが出るものでもない。

元々経営層や管理職(上司)は、現場の部下の希望や適性をみて育てるという思考はしているものの、そのための基礎データの収集と分析に課題があった、というのが、ここ数年でタレントマネジメントと呼ばれるツールが台頭してきた背景にある。「会計システムなどは、単に数字を管理するだけではなく戦略を立てられる。ところが従来の人事システム(HRM)は、社員の所属や職歴、評価や給与といった情報しか入力されていなかった」(松田氏)。これに対して、タレントマネジメントシステムでは適性や潜在能力、ストレス耐性、詳細なスキル評価などを蓄積して、それを多面的に分析することで人事配置や個々の社員のキャリアパス設計に役立てるというものだ。人事システムが人事部が使うためのものである一方、タレントマネジメントシステムは経営層や管理職が使うという点も異なる。CYDASのシステムでは、基礎データの入力については、現場で本人が行う項目も多く、社員が自己アピールできる場という側面も強いという。今後は読んだ書籍を同職種の社員に推薦したり、感想を共有するような機能も実装予定という。勉強や資格取得などでアピールして、新しい部署や職種への異動を希望するという場合に有効かもしれない。

CYDAS(サイダス)という社名は一見横文字のようだが、実は「(才)能を引き(出す)」という意味から付けた名前だそうだ。元々タレントマネジメントは企業で幹部候補となる上位2割のハイパフォーマーを選抜してリーダーシップを発揮する人材育成をすることが企業の成長や生産性向上にとって重要ということから生まれてきた概念だが、近年では上位層だけでなく、より幅広い人材について潜在リーダーの発見や適材適所の配置、人材育成を行うことを指し、それを支援するITシステムとしてタレントマネジメントと呼ばれるソフトウェアシステムが生まれてきている。

タレントマネジメントは成長市場だ。矢野経済研究所によれば2012年には19.9%増、2013年も15.5%の予想(2013年7月時点)と2桁成長を続けている。「Performance Cloud」などタレントマネジメント製品を複数提供するCYDASは2011年11月と創業して間もないながらも、3期目の売上高は約2億円で、4期目となる今期は見えている売上だけで、すでに約6億円。顧客数は200社弱、年間売上10億円という数字も見えてきたというから急成長といって良さそうだ。ユーザー企業の規模は、従業員数1000〜7000人の大企業がボリュームゾーンであるものの、SMB向けのエントリーエディションの提供を2014年2月に開始していて、100〜300人規模の企業からの問い合わせが急増しているのだとか。創業からしばらくは1日1件だった問い合わせも、今では多いと15件程度あるという。

タレントマネジメントは比較的新しい市場で、ERPやCRM、SFAなどの業務アプリケーションと比べると、本格的普及はまだこれから。こうしたタイミングで、CYDASは2014年3月4日にセールスフォース・ドットコムと資本提携を発表した。セールスフォースと組むことで創業4年目の日本のスタートアップ企業がグローバルで勝てる道筋が見えてきた、と松田氏は言う。

客観的指標や近代的な経営の方法論を用いてホワイトカラーの個人・組織の生産性向上を改善するという取り組みは、日本企業よりも米国企業のほうが先を行っている印象もあるし、実際、タレントマネジメントは米国で生まれたものが多い。グローバル企業などでは採用されるのも、こうした米国企業のソフトウェアが主流。タレントマネジメントシステム市場では、オラクルが提供しているTaleoと、SAPのSuccessFactorsが二強だ。いずれも創業10年を超える企業を2012年にオラクルが19億ドル、SAPが34億ドルで買収してラインナップに加えた製品だ。

こうした競合に対するCYDASの強みの1つは、クラウド型であることだそうだ。導入までの期間が既存の業務パッケージに比べて短く、初期投資も安く抑えられる。例えばある調剤大手は2カ月、保険大手の窓口グループでも1カ月で稼働が開始するようなスピード感という。コストもユーザー当たり単価はアプリによって400〜750円とクラウド型の従量課金で初期投資が数千万円というのが当たり前の業務システムに比べてハードルが低い。

現在AWSで提供しているサービスを、今後はセールスフォースのクラウド上でForce.comのOEMアプリケーションとして展開する。すると、営業成績と人材情報を掛けあわせた分析もやりやすくなり、「なぜ営業成績がいいのかが見えてくるし、営業で入社して直ぐ辞めていくというような人もいなくなっていくのではないか」と松田氏は言う。

「クラウドなので人の情報が溜まっていく」(松田氏)のも特徴という。例えば、何十万人という勤怠管理情報からメンタル不全の兆候を見つけ出すことができるという。欠勤や遅刻、理由のない有給取得の増加、月間80〜100時間の自主残業などは、勤務状況だけからでもキャッチできるサインなのだという。これをCYDASは2014年2月に「CYDAS CARE」という製品にしてリリースしている。これは顧客企業からのリクエストで作った製品といい、日本企業の抱えるメンタル問題の大きさを伺わせる話ではある。

資本提携を発表したセールスフォース同様に、CYDASのクラウドサービスは複数企業が同一システムに乗るマルチテナント方式。企業がオプトインする形で様々なデータをCYDAS側と共有し、これを活用してCYDAD側の専門分析スタッフがコンサルを行っていく、というのがCYDASのユニークなモデルだ。まだこうしたモデルを利用しているのは20数社といったところだそうだが、今後はさまざまな専門家をクラウド側に増やしていければと松田氏は話す。

人材コンサル会社を経営をしていた松田氏は、「コンサルティングのレポートを出すときには、すでに課題が終わっていることがあった」ことから、タレントマネジメントのITシステムを米国に視察に行ったそうだ。このとき、これなら自分たちで作ったほうが良いものが作れると考えたのがCYDAS創業のキッカケ。まだ4期目ながらも、日本市場ではSAPやオラクルといった業務アプリベンダの雄を向こうにまわしてコンペで勝ち始めている、と自信をのぞかせる。今回の資本提携ではAppExchangeというセールスフォースが持つプラットフォームを使い、グローバル市場への展開を予定しているという。松田氏は元々大塚商会でシステム営業なんかも担当していたそうで、「日本でもオラクルとかSAPばかり。システム会社が、なぜグローバルに戦ってなかったんだろうという疑問を持っていた」そうだ。今後は「(CYDASが取り扱う)人の情報は世界共通。グローバル市場でSAPやオラクルと戦っていきたい」と意気軒昂だ。CYDASには初期のシード投資としてジャフコとニッセイ・キャピタルが出資している。今のところIPOを目指しているそうだ。


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TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。