「スケールするために経営陣が必要」シリコンバレーの投資家イラッド・ギル氏に聞くスタートアップアドバイス[前編]

シリコンバレーの起業家で投資家のElad Gil(イラッド・ギル)氏

2021年3月18日、シリコンバレーの起業家で投資家であるElad Gil(イラッド・ギル)氏の著書「High Growth Handbook」の日本語版である「爆速成長マネジメント」(日経BP)が発売となった。

著者のギル氏は投資家やアドバイザーとして、Airbnb(エアビーアンドビー)、Coinbase(コインベース)、Pinterest(ピンタレスト)、Square(スクエア)、Stripe(ストライプ)など世界でも有数のテック企業に関わっている。起業家としての経験も豊富だ。2013年から2016年12月までColor Genomics(カラージェノミクス)の共同創業者兼CEOを務め、現在は会長に就任。カラージェノミクスの創業前はTwitter(ツイッター)でコーポレート戦略バイスプレジデントやM&A 、事業開発チームの担当を務めた。ツイッターに参画したのは、共同創業者兼CEOを務めていたMixer Labs(ミキサーラボ)がツイッターに買収されたことがきっかけだった。それ以前は、グーグルに在籍し、モバイルチームの立ち上げなどに関わった。

「爆速成長マネジメント」はギル氏の知見と、シリコンバレーで活躍する投資家、起業家たちとのインタビューを多数収録し、レイターステージのスタートアップが直面する資金調達やマネジメントの課題に対する具体的な対応策が学べる1冊となっている。

今回、私は本書の翻訳に関わった縁で、ギル氏をインタビューする機会を得た。インタビューは2021年4月15日にClubhouse(クラブハウス)上で行い、本書を共訳した翻訳者で連続起業家の浅枝大志氏と日経BPの担当編集者である中川ヒロミ氏も参加した(各人から記事化の了承を得ている)。今回のインタビュー記事は前編と後編に分け、前編は数多くのスタートアップと関わってきたギル氏が指摘するスタートアップが陥りやすい落とし穴とその回避策について、後編は今後のスタートアップ業界の動向についてまとめている。記事はギル氏の発言通りに翻訳しているが、分かりやすさと簡潔さのために多少編集を加えている。

起業家へのアドバイス

はじめに、本書を書くことになったきっかけについて教えてください。

ギル氏:アーリーステージファウンダー向けのアドバイスはたくさんありますが、急激に成長しているスタートアップ向けのものはあまりありません。その理由は、スタートアップの多くは急激な成長する段階まで到達しないからです。ほとんどのスタートアップは失敗します。なので、レイターステージのスタートアップやファウンダーからよくある質問に対する答えと、スタートアップがスケールするための戦術をまとめようとしたのが始まりです。

もともと本ではなくブログ記事をまとめたスタンドアローンのウェブサイトを作る予定でした。けれど、サイトをローンチする数日前に、ストライプの創業者の1人であるJohn Collison(ジョン・コリソン)に見せたところ、「本として出版した方がいいんじゃないか」と言われ、Stripe Press(ストラププレス)(注釈:ストライプの出版事業)から出すことになりました。

本書には起業家向けのアドバイスが多く載っていますが、初めて起業する人は特に何に注意すべきでしょうか?

ギル氏:アーリーステージの会社はレイターステージの会社とは状況が大きく異なるので、ステージごとに気をつけたい点は違います。アーリーステージの優先事項の1つは、プロダクトマーケットフィットに到達することで、これを達成するのは非常に難しいでしょう。2つ目は、共同創業者と喧嘩しないで会社をうまく回すことです。これも非常に難しい場合があります。この2つを達成できれば、第一歩が踏み出せるはずです。

レイターステージに入ると、より多くのことを達成するためにどのように組織を作ってスケールさせるか、ユーザーのニーズにどう対応するか、海外展開、M&Aなど、注力すべき点が変わっていきます。これらを突き詰めると、やるべきことは、社員全員に明確な方向性を示すこと、その方向性を追求するために必要な資金を確保すること、磐石な経営陣を揃えることの3つであると言えます。経営陣が揃えば、会社が小さかった頃には着手できなかったことができるようになります。

CEOが間違えやすい、ミスしやすいのはどういうところでしょうか?

ギル氏:これはCEOの過去の経験によると思います。例えば、初めて起業したCEOと2回目のCEOを比べると、つまり事業をスケールさせたことがある人とない人という意味ですが、2回目のCEOはかなり早い段階から強力な経営陣を揃え始めます。けれど、初めての起業家はそれを疑問に思うでしょう。なぜ上層部ばかり強化するのか、なぜそんなに多くのVP(バイスプレジデント)が必要なのかと。しかし、一度急激なスケールを経験していると、経営陣を揃えることがいかに重要かが分かります。これが1つ目です。

初めての起業家がよく間違える2つ目のポイントは、最初のプロダクトをマーケットに投入した後のイノベーションの頻度についてです。一般的に、早くから2つ目のプロダクトを開発してノベーションを起こせる会社は、その後も継続してイノベーションが起こせます。一方でイノベーションが遅い会社は、2回目のイノベーションがなかなか起こせません。具体例として、ストライプは決済やローンに関わるプロダクトを次々と出しているのに対して、eBay(イーベイ)はいまだに2つ目のプロダクトを出せていません。

3つ目はSaaSやB2Bの分野に特化した話にはなりますが、プロダクトやエンジニアリングを重視するファウンダーは、営業チームを作ることを後回しにしてしまいがちという点です。ボトムアップのグロースや顧客獲得にばかり注力してしまうと、より大きな法人契約を獲得するチャンスを逃してしまいます。例えば、slack(スラック)は法人営業のチームを早くから追加してこなかったため、Microsoft(マイクロソフト)のような会社との戦いで苦戦を強いられています。

「経営陣の構築」「イノベーションの頻度」「営業の採用」と初めての起業家が間違えやすい点を3つ指摘していましたが、これらを回避するにはどうすればいいでしょうか。

ギル氏:経営陣を採用するところに関しては「スケールするために経営陣が必要」というマインドセットに変える必要があります。

営業チームについては、営業を採用することに対しての恐怖心を脇に置くことです。先日、営業を雇うのに抵抗を感じる理由についてのブログ記事を読んだのですが、その理由はたいてい、企業文化に合わないのではないかとか、営業チームを整える準備ができていなのではないかとかいう不安やボトムアップでの顧客獲得しかしたくないという感情的な理由がほとんどであると指摘していました。これに関しては率直に言って、そうした感情を振り切り、実行するしかありません。慣れないことをやるということですが、慣れないことをやるのが大抵の場合、最良の施策なのです。

「イノベーションの頻度」についてはどうでしょうか?

ギル氏:これにはいくつかポイントがあると思っています。会社の初期の段階では事業に注力し、コアプロダクトの再現性があるかしっかり確かめなければなりません。それはつまり、1000万ドル(約11億円)から3000万ドル(約32億円)ほどの収益があり、SaaS企業ならマーケットアプローチの方法を確立していて、コアビジネスをスケールさせるために社内にマネジメント層の基盤ができているか確認するということです。まずはコアビジネスがうまく回っている状態にすることが先決です。

2つ目は、新規事業のためにいくらか独立したリソースを用意することです。新規事業にはリーダーとなる人材やエンジニア、その他社内のリソースが必要になります。また全社員に「この新規事業は会社にとって重要で注力する価値がある」と納得してもらわねばなりません。なぜなら、社内のコアビジネスに携わる人は、リソースがあるなら自分たちのところに投入してほしいと考えるからです。彼らはコアビジネスをスケールさせる中で手薄になっている部分があると感じているでしょう。そのため彼らは会社が新しい事業を始めるのに対して疑問を持ちます。優先順位と組織内での線引きを明確にし、新規事業を作ることが会社にとって重要であると社員に分かってもらうようにしなければなりません。

CEOとして成長する方法

CEOはさまざまな問題に対処しなければなりませんが、CEOとして成長するためにはどのようなことができますか。CEO仲間を作ること、VCからアドバイスをもらうことなどが考えられますが、何が一番有効でしょうか。

ギル氏:私の知っている中で、うまくファウンダーとして、あるいはCEOとして活躍している人は、いくつかのことをしています。

1つは、CEOのネットワークを作っています。同じステージの会社のCEO、あるいは自分の会社より2年先を進んでいる会社のCEOとのネットワークを作っています。2年先の相手は、自分たちの抱える問題に共感でき、タイムリーで今の状況に合った良いアドバイスができます。5年、10年離れていると、劇的に状況が変わっていることがあるのです。

2つ目は、自分の会社とはまったく違うビジネスをしている人と話をしています。例えば、大規模な売上のある非上場のファミリービジネスのCEOの話を聞きに行くようなことです。何十億ドル(何千億円)規模の売上のある会社に話を聞きに行き、どうやって会社を運営しているのか、どうような報酬体系を採用しているのか、問題が発生した時はどのように対処しているのかなどを聞いています。優秀なCEOは成功の原則を普段とは違う場所で探し、自分のビジネスにも適用できそうなアイデアを学んだり、抽出したりしようとしています。

自分と近い分野で動いているCEO仲間から学ぶことに加え、まったく違う分野だけれど、とてもすばらしい成果を出している人から学ぶこと。この2つを組み合わせるのが良いのでしょう。

アドバイスという点でVCに期待できることはありますか。

ギル氏:VCは役に立つことはありますが、そのVCによります。その人が誰で、どんな経験を持っているのか、その人から何を学びたいのかによるということです。例えば、会社の上場に関わってきた経験が多いVCの取締役がいれば、その人から会社を上場させる方法について優れたアドバイスが聞けるでしょう。一方で、会社のオペレーションに関わったことのないVCもいます。その人は経営の戦術的なところでいくらか助けになってくれるかもしれませんが、毎日のオペレーションで役立つアドバイスはあまり期待できないかもしれません。

VCは基本的にアドバイス、ガバナンス、資金の3つを提供するものと考えています。お金は比較的どこからでも調達できます。ガバナンスに関しては、経験があって信用できる人を探すのがいいでしょう。アドバイスは、会社のステージとどんな事業をしているのかによります。アーリーステージでは的確なアドバイスができる人でも、レイターステージの会社には良いアドバイスができない人もいるということです。会社が成功するまでには10年くらいかかるので、その間に経営陣をどう進化させていくかをしっかり考えるべきでしょう。

【編集部】後編は4月21日午前9時に公開予定

カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:CEO経営インタビューシリコンバレーAirbnbCoinbasePinterestSquareStripe

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TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。