【コラム】ユニコーンを多数輩出、高い潜在能力を持つイスラエルのテックが抱える問題

人口がEUの50分の1ほどしかないイスラエルで、EUと同じくらいの数のユニコーンが誕生しているのは一見すばらしいことだ。奇妙に思えるかもしれないが、このギャップはさらに広がる可能性がある。実際、奇妙なことだ。

テック系エコシステムは弾み車のようなものだ。創業者が会社を売却したり上場したりすると、エコシステムに資金が流れ込むが、これには3つの形がある。1つはいうまでもなく、資本家からの流動性の注入だ。

2つ目の効果は新しい投資家の創造だ。新しく富裕層になった創業者たち(および従業員たち)は最初に家を買ってから、スタートアップへの投資を開始するという話には一理ある。3つ目は、ベンチャー資金は以前にイノベーションを成功させた人材に集まる。これは一種のハロー効果で、イスラエルにもサンフランシスコと同様明白に存在する。

こうしたことは、Google(グーグル)、Uber(ウーバー)、Twitter(ツイッター)などの初期の社員で、投資家や創業者になった人たちに起こった。イスラエルでも同じようなことが起こっている。ただし、イスラエルでは、そうした社員が、自分たちに富をもたらした創業者たちよりもうまくやれると確信していることをはっきりと態度に表すことも珍しくない。

Monday.comやSentinelOneなど、イスラエルのサクセスストーリーとなっている企業で創業10人目の社員になることは、ウーバーやインスタグラムで創業15人目の社員になるようなものだ。ハロー効果という点でも、ウーバーやインスタグラムほどはないものの、確かにある。このように社員から創業者になる人たちには、投資家が求めているスキルとバックグラウンドがある。また、イスラエル人独特の図太さも強みだ。

イスラエルに100ものユニコーン企業(評価額10億ドル[約1128億6000万円]以上の多くはテック系の株式非公開企業)が誕生している理由もそこにある。人口ではイスラエルよりも圧倒的に多い欧州だがユニコーン企業は125社しかない。イスラエルのこの成功は奥が深いので説明が必要だろう。

起業家にとっては、欧州のビジネス文化はイスラエルに比べてリスク回避的だ。過去の成功に基づいて評価するからだ。EUの大半の国では、もっと簡単に確実にもうける方法はいくらでもあるが、イスラエルでは、古い考え方にあまり縛られていないため、テック系起業家への道は魅力的だった。

こうしたパラダイムは、真の平和というものを経験したことがなく、大部分が移民とその子どもたちで構成されているまとまりのない社会には適していた。イスラエル人の冒険精神、そしてそれに通じるイノベーションや起業家精神の根本にはこうした要因がある。それに加えて、警備産業や軍事産業によって推進されたテクノロジーもある。これは、戦争、解体後のソビエト連邦からの移民の大量流入などによってもたらされた。

新しい要因としては、新型コロナウイルス感染症がある。イスラエルは、早期にワクチン接種を行ったことと、外部のテック分野(おそらく労働人口の10分の1を占める)がリモートワークに適していたため、パンデミックから何とか強く抜け出すことができた。また、パンデミック期間中、イスラエルには大量のVC資金が流入した。

こうしたことが最高のタイミングで起こっている。イスラエルの企業は、サイバー、フィンテック、SaaSなどの分野ですでに自分より格上の企業と張り合っており、フードテック、アグリテック、宇宙テクノロジー、そしてもちろんワクチンなどの分野でも大きな可能性を示している。

しかし、この辺りから見通しが少し怪しくなってくる。大きな障害がこうしたイスラエルの潜在能力の実現を阻害している可能性がある。

表面上は、イスラエルは産業に供給できる十分な労働力を備えているように見える。実際、このデータが示している通り、この国には1万人ごとに135人の科学者とエンジニアがいる。これは先進諸国中で一番の数字だ。しかし、急成長中のテック分野の需要に応えるにはそれでも足りない。

Israel Innovation Authority and Start-Up Nation Central発行の2020 High-Tech Human Capital Reportによると、テック企業の60%が人材の確保に苦労しており、イスラエル国内には現在、1万3000件のテック関連求人があるという。最近のさまざまな調査で慢性的なエンジニア不足が報告されている。9月現在で、1万4000人のエンジニアの求人があるという。

エンジニア不足のせいでエンジニアの賃金が上がっており、イスラエルのエンジニアの賃金は先進諸国中で最も高くなっている。こうした状況の中、リモートワークの時代にあって、企業側はウクライナやルーマニアなどから労働力を調達している。これは「スタートアップ国家」という特製ソースの瓶詰めを続けるにはあまり良い兆候ではない。

悪い方向に進んでいることは他にもある。イスラエルの学生の国際テストにおける数学、科学、国語の成績が他国と比較して急低下しているのだ。政治的大変動が主な原因だが、後続政権は、数学をまったく教えないことが多い宗教色の非常に強い学校の制限なしの成長を許している。

これは、超伝統派の急速な拡大という広範な問題と関係している。超伝統派では、男性の半分はフルタイムで宗教の研究を行い(残りの半分の多くは膨大な宗教関係の業務をこなしている)、女子は1人平均7人以上の子どもを育てることに専心する。テック経済に相応の寄与をしていないもう1つのセクターとして、イスラエルのアラブ系市民がある。アラブ人コミュニティは伝統的に権限が低く資金不足のコミュニティで、犯罪率も高い。

すぐに思いつくアプローチとして、超伝統的ユダヤ人とイスラエルのアラブ系市民を統合して、より広範なイスラエルを形成し、あらゆる道具を与えるようにすることだろう。イスラエルのアラブ系市民の街と学校の資金不足はなくし(2021年から少しずつ始まっており、アラブ系政党が新連合に参加している)、政府はアラブ系コミュニティで蔓延する犯罪を厳しく取り締まるよう警察に命令する必要がある。数学や科学を教えない学校に対しては資金の提供を拒否すべきだろう(これは超伝統派を統合するために必要な多くのステップの1つだ)。

イスラエル政府は官民協力体制のイニシアチブを取って(過去に有望なスタートアップを生み出し資金を提供したときと同じアプローチ)、教育システムの改善を推し進める必要がある。目標は同じで、経済を加速することだ。イスラエルはアイアンドームを建設し反対派に対処したときと同じ活力で教育問題に取り組む必要がある。

考えられる取り組みとして、STEM(科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学)教育の改善がある。具体的には、教師の待遇改善、親による教育への積極介入の制限、さらには、Fullstack Academyや外部のコーディング専門学校などの外部プログラムに奨励金を給付してイスラエル国内に学校を設立する、Wixなどのテック大手と協力してシリコンバレースタイルのキャンパスで自国の人材を育成するといったことが考えられる。

学生にコーディングやプログラミングを教えることを早期に始めてもらうようにすれば、研究開発や認知分野を重視している軍の部門にも役立つ上、新しい人口グループに求人対象が広がり、テック分野の新しい社員が生まれることになるだろう。

これらはどれも簡単ではないが、現状に満足していては高い代償を払うことになる。何もしないで最善を望むのは、ただ何もしないよりなお悪い。それでは、不可思議な運命によってイスラエルに授けられた途方もない才能を無駄にしてしまうことになる。

画像クレジット:matejmo / Getty Images

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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Dragonfly)

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TechCrunch Japan

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