【コラム】政策立案者や法学者は「ユニコーン恐怖症」を払拭する必要がある

かつて、成功をおさめ一定の成熟点に到達したスタートアップは「一般に公開」され、株式を一般投資家に売り、国の証券取引所に上場し、国家による証券規制の下で「上場企業」としての特権と義務を引き受けるのが常だった。

しかし時代は変わってきている。成功をおさめたスタートアップは今日、株式を上場せずとも大きく成長することが可能だ。少し前まで、民間企業で10億ドル(約1100億円)以上の評価が付けられ「ユニコーン」企業と呼ばれるにふさわしいスタートアップは稀だった。ところが今や800を超す企業がこの基準を満たしている。

法学者はこの事態を憂慮しており、学術論文の中で次のように指摘している。すなわち、ユニコーン企業が上場企業を管轄する制度や規制による制約を受けていないがために、投資家、社員、消費者、また社会全体に害を与えるリスクのある違法行為を起こしやすいのだと。

解決策として提案されているのは、当然のことながら、制度や規制による抑止力をユニコーン企業にも適用する、ということだ。具体的にいうと、学者たちは強制的 IPOs大幅に拡大された 開示義務、ユニコーン企業株の流通市場取引を大幅に増加させるための規制の変更、ユニコーン企業社員に対する 内部告発者保護の拡大、そして大規模な非公開企業に対する 証券取引委員会 による管理強化を提案している。

これらの提案は、学術界の外からも支持を得るようになっている。この動きを支持するリーダーの1人が、最近SECの企業財務部門のディレクターに使命されたところだ。近く大きな変化が起こるかもしれない。

「ユニコーン恐怖症」というタイトルの新たな論文 の中で、私は突然支配的になった、ユニコーン企業は危険な存在であり、大胆な証券規制を新たに設けることによって「飼いならす」必要がある、というこの見解に異議を唱えている。私は主に3つの反対意見を挙げた。

まず、 ユニコーン企業に上場企業のステータスを押し付けるのは有益でないだけでなく、実際には問題を悪化させる可能性があるということ。「マーケティングマイオピア」あるいは「株式市場短期主義」に関する数多くの学術文献によると、上場企業 のマネージャーこそ、過度のレバレッジやリスクを取り、法を遵守するための十分な投資をせず、製品の品質と安全性を犠牲にし、研究開発費やその他の企業投資を削減し、環境を悪化させ、会計詐欺やその他の不正に関与することに対する危険なインセンティブを持っている。

こうしたさまざまな恐ろしい結果を生み出す危険なインセンティブは、ユニコーン企業ではなく上場企業に影響を及ぼしている一連の市場、制度、文化、規制の特徴に起因していると言われている。これには、短期的な株式パフォーマンスに関連付けられた役員報酬、四半期収益予測の実現にむけた圧力(別名「四半期資本主義」)、そしてヘッジファンド活動家からの絶え間ない攻撃の脅威(そしてこの脅威は時に現実になる場合もある)が含まれる。これらの文献が正しい限り、提案されたユニコーン企業改革は、彼らに、危険とされる一連のインセンティブから別のインセンティブへと乗り換えることを強制するだけだろう。

第二に、新しいユニコーン企業規制の支持者は、言葉による巧みなごまかしに支持の根拠を置いている。これらの規制の提唱者は、その論文の中で、ユニコーン企業が独特の危険をもたらすことを示すために「悪名高い」ユニコーン企業、特にUberとTheranosのエピソードと事例研究を中心的に取り上げているのだ。しかも論文の著者は、彼らが提案する改革がこれらの企業によって引き起こされた重大な害をどのように軽減するかをほとんど、あるいはまったく示さないのである。これは、私の論文で詳細に示しているように、非常に疑わしい提案と言わざるをえない。

Theranosについて考えてみよう。Theranosの創設者兼CEOであるElizabeth Holmes(エリザベス・ホームズ)氏は現在、刑事詐欺で裁判にかけられており、有罪判決を受けた場合、連邦刑務所で最大20年の刑に処せられる可能性がある。提案された証券規制のいずれかがこの事例にプラスの違いをもたらした可能性はあっただろうか?ホームズ氏らがメディア、医師、患者、規制当局、投資家、ビジネスパートナー、さらには自らの取締役会まで、広い範囲で嘘をついたという申し立てを聞くと、証券を一部追加して開示しなければならないからといって彼らがもっと正直に振る舞ったとは考えがたい。

空売り筋やマーケットアナリストが潜在的な詐欺を嗅ぎ分けられるようユニコーン株の取引を強化する提案に関してだが、彼らはWalgreensのようなTheranosの上場企業パートナーでショートポジションをとったり、LabCorpやQuest DiagnosticsのようなTheranosの上場競合他社でロングポジションをとったりすることで、間接的にTheranosと対戦する能力とインセンティブをすでに持っていた。しかし、彼らはそうしなかった。同様に内部告発者の保護やこの領域でのSECによる管理を強化するという提案が違いを生む可能性は低いだろう。

最後に、この改革案は有益な結果をもたらすというよりむしろ害を及ぼすリスクがある。成功をおさめたユニコーン企業は今日、投資家、マネジャーだけでなく、社員、消費者、社会全体に利益をもたらしている。彼らがそのように利益をもたらすことができているのは、現行の規制の特質のためであるのだが、現在この特質が窮地に追い込まれている。多くの論文が提案するように現在の体制を変更してしまうと、これらのメリットが危険にさらされるのであり、利益よりも害を及ぼす可能性があるわけである。

近年大きな社会的利益を生み出したModernaについて考えてみよう。2018年12月に上場されるまで、Modernaは市場に1つも製品を出していない(第三相臨床試験中の製品さえない)、秘密主義で、物議を醸しがちな、誇大に宣伝されたバイオテックユニコーン企業だった。さらにModernaは、査読を受けた科学論文もほとんど発表しておらず、高位にある科学研究員の離職率が高いこと、自社のポテンシャルについて度を超えた主張をしがちなCEOがいること、そして有害な職場環境で知られる企業だった。

これらの新たな証券規制案がModernaの「企業としての成長期」に適用されていたとしたら、Modernaの成長が著しく阻害されたであろうと考えられる。事実Modernaは、COVID-19ワクチンをあれほど早く開発することはできなかっただろう。私たちがコロナウイルスパンデミックに対して講じた対策の一部は、ユニコーン企業に対する現行の証券規制アプローチの恩恵を受けているのだ。

Modernaから得られたこの教訓は、気候変動と戦うために証券規制を利用しようとする取り組みとも関連性がある。最近のある報告によると、現在43のユニコーン企業が「気候テック」分野で、世界的気候変動を軽減または対応するための製品やサービスを開発している。これらの企業はリスクを抱えている。彼らのテクノロジーは失敗するかもしれない。おそらくそのほとんどは成功しないだろう。この43社の中には、すでに立場を確立した企業(競争の脅威を排除するためには何でもしかねない強力なインセンティブを持っている)に挑戦しているユニコーン企業もある。また定着した消費者の好みや行動を変えようとがんばっているユニコーン企業もあるだろう。さらに彼らは管轄区域内外で大きく異る不安定な規制環境に直面してもいる。

他のユニコーン企業と同様、要求のきつい、無責任で救世主気取りの、強力な権限を持った創設者CEOが社を率いていることもあるだろう。彼らの中心的投資家が、製品の基礎となる科学を十分理解していない、基本的情報へのアクセスを拒否されている、天文学的結果を達成するためにリスクを取るよう企業に圧力をかける、そんな性質を持っていることもあるだろう。

しかし、これらの企業が気候変動による混乱に対処する上で、社会の重要なリソースになる可能性もある。政策立案者や学者は気候変動への対応に証券規制をどのように利用できるか検討している最中であるが、彼らには、ユニコーン企業に対する規制が果たすであろう潜在的重要性をゆめ見落とさないようにしてもらいたい。

編集部注:本稿の執筆者Alexander I. Platt(アレクサンダー・I・プラット)氏はカンザス大学ロースクールの准教授。

画像クレジット:Karolina Noring / Getty Images

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(文:Alexander I. Platt、翻訳:Dragonfly)

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