【コラム】2008年、AnimotoがAWSを追い詰めた日

現在、Amazon Web Services(アマゾンウェブサービス、AWS)は、クラウドインフラストラクチャサービス市場を牽引する企業であり、600億ドル(約6兆6000億円)と圧倒的なビジネス規模を誇る。しかし、2008年当時のAWSはまだ日が浅く、クラウドサーバーの需要拡大に対応するために奮闘していた。実際、AWSがAmazon EC2(アマゾンEC2)のベータ版を発表したのは、15年前、2006年8月25日のことだ。それ以来、AWSはスタートアップに無制限のコンピューティングパワーを提供し、当時、主力のセールスポイントとなった。

EC2は、大規模なエラスティックコンピューティング(必要に応じてスケールアップし、不要になったら削除するサーバーリソース)を販売するための、最初の本格的な試みの1つだった。2008年、Jeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏がスタートアップを対象とした初期のセールスプレゼンテーションで「雷が落ちても大丈夫なように準備をしておかないと、大いに後悔することになるだろう。もし雷が落ちたときに準備ができていなかったら、その状況に対処するのは難しい。だからといって、雷が落ちなかったときのことを考えると、非現実的に冗長な物理的インフラを準備するわけにもいかない。だから、(AWSは)その難しい状況を手助けする」と語っている。

2008年、この価値提案に試練が訪れた。AWSの顧客であるスタートアップAnimoto(アニモト)が、South by Southwest(サウス・バイ・サウスウエスト)でFacebook(フェイスブック)アプリを発表した直後、ユーザーが4日間で2万5000人から25万人に膨れ上がった時のことだ。

当時のアニモトは、ユーザーが写真をアップロードして、それをBGM付きの動画にできるという、一般消費者向けのアプリを提供していた。今となっては大したことのないサービスに聞こえるかもしれないが、当時としては最先端の技術であり、1つの動画を作るのにかなりのコンピューティングリソースを使用していた。Web 2.0のユーザー生成コンテンツというだけでなく、モバイルコンピューティングとクラウドの融合という、今日では当たり前のことをいち早く実現していたのだ。

2006年に設立されたアニモトにとって、AWSを選択することはリスクの高い提案だったが、サービスへの需要がダイナミックに変化することから、自社でインフラを運営することは、それ以上のリスクをともなうことに気づいた。自社でサーバーを立ち上げるには、莫大な設備投資が必要だったのだ。アニモトは当初、最初の資金を集める前にサーバーを構築していたため、AWSに注意を向ける前はそのような方法を取っていたと、同社の共同創業者兼CEOのBrad Jefferson(ブラッド・ジェファーソン)氏は説明する。

「当社では、何らかの方法でコンセプトを証明する必要があると考え、自分たちでサーバーを構築し始めた。その結果、概念実証の段階でさらに弾みが付き、ある程度のユーザーにサービスを利用してもらえるようになった。そのため、一旦一歩下がって、失敗に備えるだけでなく、成功に備えるには何が必要なのか、考えてみることにした」と同氏はいう。

AWSの採用を決断することは、現在の状況を考えれば簡単なことのように思えるかもしれないが、2007年当時としては、ほとんど実績のないコンセプトに、会社の命運を託すことを意味した。

「AWSとEC2の躍進には眼を見張るものがあるが、当時としては本当にギャンブルだった。何しろ、eコマース企業と『インフラの運営について』話していたのだ。Amazonは、自分たちがそういったサーバーを持っていて、それが完全に動的に利用できるということを納得させようとしていた。今にして思えば明らかなことだが、当時、当社のような会社がAWSに賭けるのはリスクがあった」とジェファーソン氏は話す。

アニモトは、AWSが謳っていることの実現を信じるだけでなく、自社のソフトウェアをAmazonのクラウド上で動作するように半年間かけて再設計する必要があった。しかし、ジェファーソン氏が収支を計算してみると、この選択は理に適っていることがわかった。当時のアニモトのビジネスモデルは、30秒の動画は無料、それ以上の動画は5ドル(当時約600円)もしくは1年あたり30ドル(同約3600円)というものだった。このモデルを実現するために必要なリソースレベルをモデル化しようとしたところ非常に難しかったため、同氏と共同創業者たちは、利用者が急増したときでも対処できることを期待し、AWSに賭けるという決断を下した。

そのテストは、翌年のサウス・バイ・サウスウエストで行われたが、アニモトがFacebookアプリを発表したことで需要が急増し、結果として当時のAWSの能力の限界を押し上げることになった。同社が新しいアプリを発表した数週間後には、関心が爆発的に高まり、Amazonは同社のサービスを継続的に運営するために必要なリソースの確保に奔走することになったのだ。

現在、AmazonのEC2担当副社長を務めるDave Brown(デイブ・ブラウン)氏は、2008年当時、エンジニアとしてチームに参加していたが「(アニモトの)すべての動画は、個別のEC2インスタンスを起動し、処理し、終了させることで対応していた。ところが、前の月は、1日あたり50~100インスタンスを使用していたのに、火曜日のピーク時には約400、水曜日には900、そして金曜日の朝には3400インスタンスが使われるといったことが起きていた」と語る。AWSが急増した需要に必要なリソースを提供できたため、アニモトはその需要に対応することができた。アニモトの使用量は最終的に5000インスタンスに達したが、その後落ち着き、エラスティックコンピューティングが実際に有益であることを証明した。

しかし、ジェファーソン氏によると、その時点でアニモトは単にEC2のマーケティングを信用していただけではなく、AWSの幹部と定期的に電話で話し、需要が増えてもサービスが破綻しないことを確認していたという。「話の要点は、もっとサーバーを用意してくれ、もっとサーバーが必要だ、ということだった。AWSが自分たちのウェブサイトや他のサイトから処理能力を奪ったのかどうかはわからないが、AWSのおかげで、当社が必要としていた処理能力を確保することができた。そして、その急上昇を乗り越えることができ、その後は自然と落ち着いていった」と同氏は語る。

アニモトをオンラインにしておくというコンセプトは、同社の最大のセールスポイントとなり、友人や家族以外でこのスタートアップに投資したのは、実はアマゾンが最初の企業だった。その後同社は、2011年に最後の資金調達を行い、合計3000万ドル(当時約24億円)を調達した。現在、同社はどちらかというとB2Bの事業を中心としており、マーケティング部門が簡単に動画を作成できるよう支援している。

ジェファーソン氏は、具体的なコストについては言及しなかったが、多くの時間休眠しているサーバーの維持にコストをかけることは、同社にとって許容できる方法ではないと明言する。クラウドコンピューティングが最適なモデルであるとわかり、同社は今もAWSを利用していると同氏はいう。

クラウドコンピューティングは、必要なときに必要なだけのコンピューティングを提供することを目的としているが、当時の特殊な状況において、その概念が大々的に試されることとなった。

現在、Amazonでは毎日6000万インスタンスを処理していることを考えると、3400インスタンスの生成に苦労したというエピソードは古臭いものに思えるが、当時としては大きな挑戦であり、エラスティックコンピューティングの考え方が単に理論に留まらないものであることをスタートアップに示した功績は大きい。

画像クレジット:EThamPhoto / Getty Images

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(文:Ron Miller、翻訳:Dragonfly)

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TechCrunch Japan

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