【コラム】DEIプログラムが機能していない理由

企業はしばらく前から、DEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)を備えた職場環境の確立に努めてきたが、一昨年からの一連の出来事は、インパクトのあるDEIの取り組みにおいて大半の組織がいかに未熟であるかを浮き彫りにした。

新型コロナウイルス感染症の影響で米国全体の失業動向が大幅に悪化した後、Center on Budget and Policy Priorities(予算・政策優先度センター)は2021年10月、黒人とラテンアメリカ系の労働者が白人労働者に比べて大幅に低い雇用回復率に直面していることを報告した。2021年8月の失業率は、白人労働者の4.5%に対し、黒人労働者は8.8%、ラテンアメリカ系労働者は6.4%であった。

この回復率は民族性に限定されない。2021年中の女性の失業率は男性よりもはるかに高かった。Oxfam International(オックスファム・インターナショナル)の報告によると、パンデミックにより世界中の女性が少なくとも8000億ドル(約91兆円)の収入を失っているという。この数字は衝撃的であり、過小評価されているグループに対してより持続可能で包括的な労働環境を提供するという観点において、全面的に大規模な変革が必要であることが示されている。

成功するDEIは、文化的に多様なワークフォースを実現することに留まらず、ビジネスの成功にとって必要不可欠な要素になっている。2020年にMcKinsey(マッキンゼー)は、多様性に富む企業が多様性に欠ける企業を収益性で上回る公算がこれまで以上に高まっていることを確認し、DEIが企業の業績に重大な影響を与えていることを裏付けた。

しかし、進展は遅い。その理由は何であろうか。企業は、多様な労働文化を支えるための公平で包括的な構造を整備することなく、多様性を優先している。実際のところ、真に多様ななワークフォースを生み出すには、すべての従業員をサポートする公平で包括的なイニシアティブにコミットすることが前提となる。いかにチームが多様であっても、公正なプログラムと包括的な環境を提供しなければ、DEIの取り組みはうまく機能しない。

企業はアプローチを再考し、多様性の前に公平性と包括性を置くように優先順位を再設定して、DEIではなくEIDの取り組みを構築する必要がある。

なぜ公平性が優先されるのか

筆者は黒人女性として、採用やチーム作り、また現在のセキュリティテクノロジー企業での多様性への取り組みの主導など、従業員体験に注力するキャリアを過ごしてきた経験から、職場における人種差別意識や不公平な扱いがどのようなものかを直接知っている。企業は、多様ななワークフォースを支えるための基本的な方針やプログラムを用意せずに、自分たちの組織に筆者を招き入れ、多様性を高めようとしてきた。

自分のような人々に機会を見出そうといくら手を尽くしても、彼らが成功するために必要なリソースと環境の提供なくしては、それは決して十分なものとはなり得なかった。差別に関する苦情はしばしば却下され、支援要請は黙殺された。入社したばかりで将来に期待していた新入社員は、すぐに職場環境に幻滅してしまう。こうした失敗において欠落していた共通項は、多様性の欠如ではなく、公平性を重視していなかったことだ。

従業員体験チームと多様性リーダーの両方にとって、公平と平等を区別することが重要になる。DEIのイニシアティブに公平性を組み込むためには、各人がそれぞれの役割に異なる一連のニーズを持っていることを認識する必要がある。平等とは、すべての人に同じ資源を与えることを意味するが、公平性の概念は、個々の従業員が同僚と同じレベルの成功を収めることができるように、それぞれのニーズに合った資源と機会を与えることに帰結する。

企業がDEIへのアプローチ方法を再構築する上でまず問うべきことは、多様な人材の育成と維持につながる、公平で包括的な基盤をどのように構築するかである。

賃金格差の解消

報酬分析を実施することは、公平性を受け入れ、すべての従業員が同じ雇用機会と給与にアクセスできるようにするための第一歩となる。歴史的に見て、賃金と機会の公平性は過小評価グループには得難いものとなっており、ほとんどのDEIイニシアティブで大きな障害になっている。最近まで、多くの企業は報酬分析さえ行っておらず、いうまでもなく、組織全体にわたる給料レンジや賃金水準の透明性も提供していなかった。

組織の進捗状況を追跡し、弱点を特定するために、総合的な分析を毎年実施すべきである。報酬分析を適切に実施することで、人種、性別、年齢にわたって、組織の賃金の公平性を明らかにできる。

真に公平なシステムは、民族や性別に関係なく、公正な賃金を提供する。これは、企業が依然として苦戦している領域である。PayScale(ペイスケール)が2年前に実施した調査では、白人の男性が1ドル(約114円)稼ぐのに対して、黒人の男性は87セント(約99円)、ラテンアメリカ系の男性は91セント(約104円)であった。男女間の賃金格差はさらに大きく、2021年の女性の収入は男性の84%だった。Pew Research(ピュー・リサーチ)によると「2020年に男性が稼いだのと同じ収入を得るには、女性は42日間余分に働く必要がある」という。

黒人や有色人種は白人と同等の賃金を、女性は男性と同等の賃金を得られるように、賃金格差をなくすことが第一の目標になる。

それは人材の不足ではない、ビジョンの欠如である

筆者がDEIについてよく耳にする抵抗材料の1つは、企業は多様性の向上に努めているが、多様な人材を見つけることができない、というものだ。多くの場合、その主張は人材の不足に言及し、特にテクノロジー業界、つまり技術的能力によって定義される役割に向けられている。しかし、人材不足は誤った前提であり、実際に起きていることは雇用側のビジョンの欠如である。

企業は早い段階で採用活動を誤った基準に集中させ、経験年数や特定のスキルセットを過度に重視している。このアプローチは、多様な人材の採用に効果を発揮しない。過小評価グループの多くは、特定のスキルを習得するための十分なトレーニングや役割の継続につながる機会を与えられていないのである。

レジリエンス(回復力)、クリエイティビティ(創造性)、アンビション(野心)といった適切な特性を有する候補者は、その仕事を行うために必要な技術的能力を短期間で習得する鋭敏性を備えていると考えられる。企業は、独自の経験と生得的な強みがその人を価値ある候補者にしていることを理解し、経験年数を超えて目を向けられるような採用活動を意識的に行う必要がある。

もちろん、これが空いている役割のすべてに当てはまるわけではないと思うが、トレーニングや学習の機会のための道筋があるなら、チームは「完璧な」候補者という考えに広がりを持たせることで、多様性の目標に向けて本格的な前進を遂げることができるだろう。

ERGが鍵となる理由

インパクトのある変革を始める前に、組織の既存の文化と、そこに存在するギャップを明確に理解しておく必要がある。報酬分析は重要なステップではあるが、もう1つの鍵となる取り組みは、従業員リソースグループ(ERG:employee resource group)を通じて自社の人材をサポートするシステムを構築することだ。

あらゆる属性に基づいたERGが存在し得る。女性、黒人、ラテンアメリカ系の従業員、LGBTQの従業員など、これらはほんの数例にすぎない。そしてERGにより、組織全体に多大な支援をもたらすことが期待できる。

成功するERGは、包括性イニシアティブのバックボーンとして機能し、仲間意識を生み出し、従業員に安全で快適な空間を提供して、その体験を共有できる環境を実現する。ERGは、組織内の過小評価グループへの充実した奉仕に貢献するだけでなく、他の文化や人生経験に対するリーダーシップの認識を高めることにも寄与する。

仲間意識を醸成し、個人的な問題やデリケートな問題に関する堅牢な対話の場を提供することを目標とするならば、ERGは不可欠である。彼らは包括性を奨励するとともに、従業員の定着率を劇的に高めることができる。効果的なERGを通じて、従業員のニーズに対する組織の認識はより明確になり、従業員の士気、生産性、職務満足度の向上に役立つイニシアティブに基づいた組織行動が発展していく。

従業員が自分の仕事についてどう感じているかを知りたいなら、彼らに尋ねよう

DEIの取り組みにおけるギャップを見つけることは、企業の規模にかかわらず難しい課題である。よく言われるように、自分が知らないことは自分では分からない。ここでは、従業員調査が大きな違いをもたらすと考えられる。より効果的なDEIプログラムの構築と、従業員体験の成果の向上に役立つ、実質的なデータを発掘できるだろう。

毎月、四半期ごと、あるいは年次の従業員調査を実施することで、従業員満足度に関する深い洞察が得られる。組織の特定のレベルで認識されていないギャップが明らかになり、問題をはらむ事柄への対処を可能にし、DEIの取り組みを拡充させる新しいプロセスの創出につながっていく。

社内調査は非常に有益なツールであり、従業員のモチベーションを高める洞察力のあるデータを提供してくれる。結果を追跡し、進捗を測定し、ベースラインを評価することは、あらゆる大規模プロジェクトに不可欠な要素であるが、労働文化と永続的なDEI構造へのシフトを目指す場合には特に重要だ。

もちろん、リーダーシップからの賛同がなければ、このいずれもうまく機能しない。総合的なDEIソリューションを導入する前に、あるいは積極的な変革に真剣にコミットする準備が整っている場合はEIDを導入する前に、組織の経営幹部が参画している必要がある。真に公平で、包括的で、多様な組織を構築するために、ビジネスリーダーは、これらのイニシアティブが自分たちにとって何を意味するのか、また、これらのイニシアティブを組織にどのように反映させたいのかを明確に示すべきである。

リーダーシップのサポートを得たら、公平な賃金と雇用機会から始めて、持続可能なDEIプログラムの活性化を図る。そこから、安全で快適な空間の構築に着手し、人々が自分らしさを表現できる環境を整える。包括的な作業環境により、従業員は独自の人生経験と多様なバックグラウンドを組織に持ち込むことができ、ひいては、より幅広いオーディエンスとつながるための企業の展望と能力が広がりを見せていく。これらの取り組みが揺るぎなく定着した後は、多様な従業員を惹きつけるのみならず、高い定着率を維持する雇用戦略を展開していくことができるであろう。

成功するEIDプログラムを作り上げることは、家の建築に似ている。装飾を加える前に、まず、頑丈な基礎と壁を用意することが必要である。

編集部注:Candice Bristow(キャンディス・ブリストー)は、Expel Inc.のEIDおよび採用担当ディレクター。

画像クレジット:melitas / Getty Images

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(文:Candice Bristow、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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