【コラム】NFTと未来美術史「NFTはウォーホルたちのポップアートに最も近い存在だ」

私は美術史家として「近代美術」の市場の変遷について幅広い研究を行ってきた。そしてその私に言わせてみれば、NFTには今、世代を超えた何かが起こっていると断言できる。

天文学者が新しい銀河の誕生を目撃しているようなもので、美術史家としては非常にエキサイティングな時代である。Cryptopunks(クリプトパンク)、Bored Ape(ボアードエイプ)、Beeple(ビープル)が達成した数百万ドル(数億円)という偉業は、美術品オークションの歴史における長い前例を打ち破り、我々が今デジタル文化と暗号資産をめぐる構造の転換点に近づきつつあるということを示唆している。

その転換点が近づいているのは間違いないのだが、現在最も注目されているNFTの運命は驚くほどに不明瞭だ。このようなサイクルのいくつかを間近で見てきた私が自信を持って言えることは、アートトレンドがアートヒストリーになるかどうかを決定づけてきた要素が今日のNFTには欠けており、十分な執筆活動が行われていないということある。

これまでに長期的な評価(および市場価値)を維持することができたムーブメントとは、美術館や大学など、名声を引き出し、知識を生み出している機関に自らを結びつけることに成功したものだけである。

つまり、先にタイムズスクエアで開催されたNFT.NYCは、ダウンタウンのSotheby’s(サザビーズ)やアップタウンのMoMA(ニューヨーク近代美術館)とどのような関係にあるだろうか。あるいは、世界有数の近現代美術プログラムと言われているコロンビア大学の美術史・考古学学科との関係はどうなのか?

NFTの世界ではこのような疑問さえも不要なのかもしれない。ゴールデングローブ賞やニューヨーク大学の映画学校に、TikTok(ティックトック)で人気のコンテンツの価値を判断してもらおうとは誰も思わないだろう。

しかし私は、NFTの価値を長期的に育てようとする真剣な試みはなされないだろうという見解には懐疑的である。数十億ドル規模のエコシステムを組織化して整理しようとしないなどというのは、あまりにもリスクが高すぎる。ゲートキーパーやテイストメーカーは有機的に発生するものであり、NFTの世界よりも数百年も前から600億ドル(約6兆8300億円)規模のアート市場には、強力なゲートキーパーやテイストメーカーがすでに存在しているのである。

実際にアーティスト、コレクター、キュレーター、学者の関係性が、勝者と敗者、先見者と模倣者、貴重な遺産と一過性の流行を選別し、過去数世紀にわたってどの美術史が生き残るのかという断層線を形成してきた。そしてNFTの世界では、この知的価値と金銭的価値の交わりが、ほとんどの人が考えている以上に重要な意味を持つと私は確信を持っている。

美術史的に見て現在のNFTの立場に最も近いものは、おそらく1960年代初頭に劇的に現れたポップアートだろう。Jasper Johns(ジャスパー・ジョーンズ)やAndy Warhol(アンディ・ウォーホル)などのアーティストたちが突如として現れ、スクリーンプリントやリトグラフなどの技術的で既成概念にとらわれないメディアを用いてカラフルでわかりやすいイメージを制作するため、本格的に取り組んだのである。

意図的かどうか別として、この動きによりオールドマスターの世界から締め出されていた成り金層にかつてないほどの大量の作品を売り込むことができた。スープ缶を印刷した50枚の作品は、フェルメールの1作品よりもはるかに多くの市場行動を支えることができたのである。

ジョーンズとウォーホルの成功が持続したのは、Leo Castelli(レオ・カステリ)氏というディーラーの努力によるところが大きい。同氏は現代美術史の中で最も影響を与えた人物でありながら、その名が広く知られていない人物である。

私の調査によると、カステリ氏は自分の仲間の作品が美術館の壁に飾られ、学術論文の題材になるよう熱心に働きかけ、時には倫理的・法的規範に背くような努力をしていたことが明らかになっている。ここで重要なのは、彼の努力によって新たな重要な声の波が押し寄せたことだ。カトリック信者の若いアメリカ人だけでなく、最初にオープンになった同性愛者たちの声も響き始めたのである。一騒動起きることは避けられないが、歴史をリアルタイムに書くことで、必要な変化の扉を開くことができるのである。

ポップアートによって起きた美術館のエコシステムの活性化は、今回の民主化のエピソードとは明らかに対照的である。1980年代の「絵画への回帰」は、オークションを重要視するNFTのダイナミクスを予兆するようなもので、アートディーラーのMary Boone(メアリー・ブーン)氏とSotheby’sのCEOのAlfred Taubman(アルフレッド・トーブマン)氏は先物取引や信用買いに似た手法を開拓したが、これはブロックチェーン以前のアートオークション空間における最も偉大なイノベーションである。彼らは事実上、二次市場の火にガソリンを注いだわけだが、その作業をサポートする学術的、制度的マトリックスには大きな関心が払われず、彼らが煽ったセンセーションはほとんど忘れ去られてしまったのである。

こういったことは長期的に見ると非常に重要なことである。数年後、数十年後、数百年後、暗号資産の使用量は必然的に増加していくことになる。現在、地球上のほぼすべてのインタラクションは何らかの形でテクノロジーに媒介されており、記録される通貨はそのメディアに固有のものになる可能性がますます高くなっている。このように長期的な可能性を探れば、NFTの持つ表現力だけでなく、学術的な知識創造の基本的な手段を再考する大きな機会となるだろう。

ここには非常に豊かな可能性が潜んでおり、高等教育に危機の波が押し寄せていることを考えればなおさらのことである。例えば政治学者が分散型自律組織(DAO)の一部として実験的な投票メカニズムを操作する機会を得ることを想像してみて欲しい。あるいは、歴史家が芸術的な再構築によってアーカイブ記録の隙間を埋める作業をするというのはどうだろうか。

広範囲の研究から世界を変えるような発見が生まれることもある。投票の仕組みが実験的なものから政府の中心的なものへと変化し、最終的には包括的な気候変動対策や無価値な立法への必要性を取り除いてくれるかもしれない。このようなアイデアを生み出すNFTの世界も、学術界とのコラボレーションによってのみ重要な意味を持つものを生み出せるのだ。歴史上の産物として美術館に保存(そして市場評価)される価値のあるものを。

現時点では、分散化されたイーサの中にオープンな可能性が残されている。理想的には社会全体に最良の純効果をもたらしながらどのようにして実践を歴史に変えていくのかは、未だ大きな疑問である。

編集部注:本稿の執筆者Michael Maizels(マイケル・マイゼル)氏は美術史家。創造性、テクノロジー、経済学の交差点で働く学際的な研究者で、戦後美術史におけるビジネスモデルの進化に関する新しい研究に関する著書を2021年中に出版予定。

画像クレジット:PixelChoice / Getty Images

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(文:Michael Maizels、翻訳:Dragonfly)

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