アストンマーティンDBXは老舗ブランドの野心と苦心が共存する高級SUV

Aston Martin(アストンマーティン)DBXは同ブランド初のSUVであり、英国を象徴する高級車メーカーにとって、これ以上ないほど大きな賭けだ。

これまでのアストン車と同様、DBXは客観的に見て美しいクルマだ。その彫刻的なフォルムは、大胆で伸びやかなプロポーションを持ち、私立学校の送迎に並ぶSUVの群れの中で際立つだろう。美しさ、性能、個性を高い次元で表現した豪華なデザインだ。超高級SUVセグメントでは遅れて発売されたクルマでもあり、他社の同種のモデルと比べると、車内テクノロジーや燃費の良さには欠ける。2020年夏に海外で発売されたDBXは、米国では2020年後半に17万6900ドル(約1920万円)からという価格で販売が始まった(日本での車両価格は2299万5000円から)。アストンマーティンが用意した我々の試乗車は、オプション満載で配送料込の価格は20万5186ドル(約2220万円)にもなる。

それは高級車購入者の予算を巡って2種類のクルマが争う時代の物語と言ってもいいだろう。モビリティの分野で電動化が急速に進みつつあるのと同時に、SUVの需要は急増し続けている。アストンマーティンは、2023年までにその販売台数を1万4000台に増やすという目標を掲げていたが、これは小規模なブテックブランドとしては大幅な増加だ。しかし、新たな経営陣の下、「プロジェクト・ホライゾン」と呼ばれる組織再編戦略の一環として、この目標を1万台にまで後退させることになった。

新型コロナウイルスの影響で売上を大きく落とした年の後、新たな筆頭株主と新CEOが就任した。DBXの運命がどのように決定づけられるかは不明だが、アストンマーティンの将来はこのクルマの成功に掛かっている。

同社によると、2020年に販売されたDBXは1516台と、予想を上回ったという。本格生産の初年度となる2021年には、同社の世界販売台数のうち40%から60%を、DBXが占めるようになると同社は見ている。

二車物語

エンジニアリングと車内体験の両方において、クラス最高の技術をいかに構築するかということは、専門知識を貸してくれる大規模な自動車メーカーの傘下にない小規模なスーパーカーメーカーにとって悩みの種となっている。アストンは2013年にMercedes-Benz AG(メルセデス・ベンツAG)と、エンジンと電気アーキテクチャの開発で提携を結ぶことで、この問題を解決しようとした。2020年夏までメルセデス・ベンツのAMG部門を率いていたTobias Moers(トビアス・ムアース)氏がアストンの新CEOに就任したことは、アストンが将来に向けてダイムラーの技術的パフォーマンスをいかに重要視しているかの現れだ。

アストンマーティンは最近F1レースに復帰したばかりだが、そのモータースポーツにおける長い伝統を反映し、DBXにはスポーツカー並みのパワーが与えられている。メルセデスAMGから供給される4.0リッターV8ツインターボ・エンジンは最高出力550psと最大トルク700Nmを発揮し、停止状態から100km/hの速度まで4.5秒で加速する。

DBXのインテリアは、乗員が移動のための時間を過ごす場所として(あるいは単に籠もる場所としても)総合的な感覚で高得点が付けられる。すべてがBridge of Weir(ブリッジ・オブ・ワイル)製レザーで包まれ、後部座席の同乗者も伸び伸びと快適に座っていられる余裕がある。スキーブーツウォーマーを備えたスノーパックなど、気の利いたオプションも用意されている。

画像クレジット:Aston Martin

インテリアに関するもう半分の物語は、超高級車セグメントにおける車載技術の役割についてより現実的な疑問を浮かび上がらせ、アストンのジレンマの核心に迫る。つまり、アストンは常に、その技術供給元であるメルセデスの進歩に比べると、少なくとも1世代は遅れるだろうということだ。DBXは18万ドルからという価格のクルマだが、最新モデルならその半値で買えるクルマでも、より高度な車載機能を備えているだろう。

ユーザー体験

アストンマーティンDBXには、メルセデスが1998年に導入し、2014年に改良を受け、2016年に再びアップデートされたインフォテインメントシステム「COMAND」が搭載されている。技術面における数年はほとんど一生に値する。

問題は、ヘッドユニットを交換すればいいというような単純なことではないと、アストンマーティンの広報を担当するNathan Hoyt(ネイサン・ホイト)氏はTechCrunchに語った。

「車両全体の電気的アーキテクチャがきちんと作動するように、すべて見直さなければならないのです」と、同氏はいう。「私たちが以前発表したメルセデスとアストンマーティンの間のより緊密な提携は、私たちが当面の間はメルセデス・ベンツの技術を使用し続けることを意味しています」。

アストンマーティンが古いシステムを押し付けられている間、メルセデス・ベンツはより技術的に高度な新しいインフォテイメントシステムである「MBUX」に移行した。2018年に導入されたこのシステムは、すでにアップデートも受けている。いつになればMBUXがアストンマーティンのクルマにも搭載されるのかということについては、まだ何も発表されていない。

実用面で言えば、それはタッチスクリーンを持たない2021年の高級車ということになる。代わりにあるものは、クラシックと呼ぶにも無理がある(そう呼べるものなら、おそらくまた別な価値があるはずだ)あまりにも不格好なプラスチックの塊だ。2014年頃のMacのキーボードを思い出して欲しい。DBXにはApple CarPlay(カープレイ)が標準装備されているが、Android Auto(アンドロイドオート)には対応していない。

画像クレジット:Aston Martin

洗練された金属製のノブなどではなく、単なるプラスチック製のボタンが、天然木を使った高級感のあるインテリアの他の部分と調和が取れていない。エアベントやギアセレクターにもプラスチックが使われている。

公平に考えれば、何でもかんでもタッチスクリーンを使って操作するというのは、車内テクノロジーの最良の解決策というわけではない。多くの自動車メーカーのダッシュボードには、直感的に操作できずイライラするような触覚テクノロジーがあまりにも多く使われている。

画像クレジット:Aston Martin

傑出したテクノロジー

アストンはDBXのインテリアにおいて、従来のメルセデスのシステムとの差別化を図るために、できる限りの仕事をしてきた。そのクリエイティブな発想は、センタースタック上の10.2インチディスプレイに表示されるDBXのために作られた巧みなグラフィックに現れている。例えば、アダプティブクルーズコントロールの作動を示すアイコンとして使用されているのは、 James Bond(ジェームズ・ボンド)の愛車であるDB5だ。

アストンはテクノロジーによる利点を、先進性とそして全体のムードを高めるために利用した。

アンビエント照明は、2つのゾーンで64とおりの異なる色に変えられる。出力790ワットの専用サウンドシステムは、13個のスピーカーと密閉型サブウーファーを搭載し、ロードノイズを打ち消すノイズ補正技術も採用されている。その快適なキャビンとスピーカーの迫力ある音は、誰もが映画館へ足を運んでいた頃のハイエンドシアターにいる気分を運転しながら味わえるし、アストンのオーナーであれば、自分だけのホームシアターに逃げ込むこともできる。

ADAS(先進運転支援システム):形状と機能

DBXに自動運転機能は搭載されていないが、アストンはアダプティブクルーズコントロール、前後パーキングセンサー、車線逸脱警報、レーンキープアシスト、ブラインドスポット警告機能などの安全機能を標準装備することでそれを補っている。

各機能は、前述のプラスチック製ボタンに集約されている。アダプティブクルーズコントロールはステアリングホイールの左側にあり、手元で車間距離と車速を調整できる。レーンキープアシストのボタンは、センターコンソールの右側にある。

センターコンソールに備わるスイッチを操作するためには、ドライバーが一瞬、視線を下に落とさなければならず、その間は道路から目が離れてしまう。車線逸脱警報が作動すると、ダッシュ上のライトが点灯し、ステアリングを微かに振動させ、ドライバーに注意を促す。その他のスイッチは、ドライブモードやエアサスペンションの設定を変更するためのものだ。

キャラクター研究

米国では、アストンのイメージといえばジェームズ・ボンドに限定されるかもしれないが、英国の自動車文化の愛好家にとって、アストンは情緒、重厚感、重要性に満ちたブランドだ。私は2010年にイングランドで開催されたアストン100周年記念式典に出席したが、そこでは英国中でブランドの伝統に対する愛が溢れているのを目の当たりにした。

Andy Palmer(アンディ・パーマー)前CEOの下で、アストンは未来を追求してきた。ウェールズにはDBXを生産するための近代的な工場が建設された。しかし、アストンの本質的な魅力の一部は、少数の愛好家に向けた数千台のクルマのために、いくつかの部品がいまだに手作業で作られていることにある。クルマが複雑にコンピューター化されたシステムになるほど、手作業による組み立ては責任が増すことになる。

DBXの進む道は、BMWグループが所有するRolls-Royce Cullinan(ロールス・ロイス・カリナン)や、VW傘下の集団に属するBentley Bentayga(ベントレー・ベンタイガ)、Lamborghini Urus(ランボルギーニ・ウルス)、Porsche Cayenne(ポルシェ・カイエン)のような、6桁(数千万円クラス)の夢のクルマに対し、潜在顧客のドライバーが何を望むか、何を必要とするかにかかっている。あるいはTesla(テスラ)もその中に入るかもしれない。

画像クレジット:Aston Martin

洗練された技術や機能がより重要視されるようになれば、アストンマーティンはどうやって遅れを取り返すかを再考する必要に迫られるだろう。それは例えば、堂々としたクラシックな魅力を倍増させることかもしれないし、あるいは将来追加されるパワートレインを使って、21世紀の自動車メーカーとしてのメッセージを後押しすることかもしれない。後者の可能性が高いと思われる。

既存の契約を元に、2020年にメルセデスと合意した提携拡大によって、アストンマーティンは2027年まで、メルセデスの電気、マイルド / フルハイブリッドのパワートレイン・アーキテクチャを含む幅広い技術を利用できることになっている。

アストンマーティンは最新の決算発表において、ハイブリッドSUVを提供することが同社にとって重要になると指摘している。メルセデスAMGの元CEOで、新たにアストンマーティンのCEOとなったトビアス・ムアース氏は、プラグインハイブリッドのDBXを2024年までに投入すると語った。完全電気自動車も同社の計画に含まれており、こちらは2020年代の中期を目標にしている。

問題はハイブリッドやEV技術の投入に合わせて、アストンマーティンがインフォテインメントシステムに必要なアップグレードを施すことができるかということだ。

数千万円クラスのSUVにもなると、トップの空気は薄い。

カテゴリー:モビリティ
タグ:Aston Martinレビュー

画像クレジット:Tamara Warren

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(文:Tamara Warren、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

投稿者:

TechCrunch Japan

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