アップルは「非」ソーシャルネットワークになってフェイスブックに対抗

全員と共有することは時代遅れで、いまや少々恐怖さえ感じるものとなった。写真は公開することなく、友人たちに送りたいものだ。タイムラインに永遠に刻まれるような形ではなく、思い出に浸りたいし、また開発者に自分の連絡先情報を手渡してしまうことなく、便利なアプリを使いたい。

だが問題は、広告の視聴回数を稼ぐために、投稿されたコンテンツをなるべく広く拡散し、ユーザーを引きつける必要のあるソーシャルネットにとっては、こうした哲学では収益化が難しいという点だ。だが、もし携帯電話を売りながら、その上でユーザーたちが望む限りのプライバシーを提供しようというなら、収益化は簡単だ。それこそが、米国時間6月3日のWWDCで、AppleがiOSを「非」ソーシャル(asocial)ネットワークに転換する変革を示した理由なのだ。それはFacebookのツールを模倣したソフトウェアでありながら、過剰共有の負担を取り除いてくれるものだ。

最も素晴らしいのは、Appleは、FacebookやGoogleのようなサードパーティのログインオプションを提供するアプリの中で、”Sign In With Apple”(Appleでサインイン)という新しいオプションも提供することを要求するようになるということだ。こうすることでユーザーたちは自分の電子メールアドレスをアプリに対して提供する必要がなくなる。これは、これまでのFacebookのやり方を乱暴なものに見せてしまうようになる、力強い動きだ。

プライバシーは、何年も前からAppleが語ってきた核心的な話題だ。それはiPhoneのセキュアエンクレーブ(セキュリティチップ)やFaceID、メッセージの暗号化、そして追跡からの保護などといった形で実現されてきた。とはいえ、こうした安全保護策は、Appleの製品を「ただ動作するだけ」といった状態から抜け出すように焦点を絞って行われてきた。徐々にAppleは、ユーザー体験中のプライバシーはより少なく共有しながら、より多くの便益が得られるようなものへと変えつつある。iTunes PingやApple Music Connect、およびiMessageなどの例を通して、本格的なソーシャルネットワークを構築する力がないことを証明したAppleにとって、それは賢明な戦略だ。

「Appleは、プライバシーは基本的人権であると考えています。私たちはプライバシーの保護を、あらゆる行動に組み込んでいます」とAppleの上級副社長であるクレイグ・フェデリギ(Craig Federighi)氏は語った。1か月前のFacebook F8カンファレンスで、マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏は「未来はプライベートだ」と宣言したが、ユーザーを保護する製品を発表できていなかったことを明言することで、Facebookが過去も現在もプライベートを守る会社ではなかったことを世の中に示してしまった。Googeが数週間前のI/Oで大量のプライバシー技術を発表したように、AppleもiOS 13のベータリリースで、その主張に対する期待に応えたのだ。

写真のメッセージ共有の推奨:iOS 13で写真やビデオのシェアシート(共有シート)を表示すると、Appleはそのコンテンツを、最もよく共有する相手や、コンテンツの中に現れている相手かどうかを判断して、iMessageやMailを使って共有することを推奨する。数回タップするだけで、多数の親しい友人やお気に入りのグループチャットに、個人的に画像を配信することができる。これによって、FacebookやInstagramを使ったより広い投稿を行う必要がなくなる。

非ソーシャルメディアツール:Instagramは、写真や動画を、フィードに投稿するときにしか編集することができない。その欲張りな要求は、Appleがよりクリエイティブなプロセスを提供できる余地を残している。iOS 13ではビデオの、照明、色、コントラストなどを編集でき、さらに誤って横向きに撮影したクリップを回転させることもできる。これらは皆、InstagramやFacebookでは不可能な操作だ。ソーシャルネットワークの側面を差し控えることで、Appleはユーザーが自由に使用できるツールに集中することができる。

また、新しいPhoto Day機能によって、Appleは毎日異なる写真を自動的に隠したり強調したりして、雑誌スタイルのレイアウトを作成する。これを使うことで、TimeHopやFacebookの「過去のこの日」機能を使うために、すべてのコンテンツをソーシャルメディア上に置くという恥ずかしさを感じる必要なしに、ノスタルジアに浸りビジュアルな日記を作成することができる。

Memoji(ミー文字):これまでAppleは、FaceTimeやビデオメッセージの中で、利用者に似た動くアバターを提供することに興味を持っていた。だが今や、つながりがより深くなる中で、この「仮想的ミニme」たちが、どれほどプライバシーを改善してくれるのかを、彼らは認識し始めている。iOS 13では名前とMemoji(あるいは本当の写真)の共有を、iMessageの中のメッセージスレッドのサムネール上で選べるようになる。このためグループチャットなどに登場するよく知らない新しい友人の友人たちに、実際の顔を晒すことなく、自分自身を識別してもらうことができるようになる。また、Memojiはチャットの中で予め生成されたスタンプとして使用できるようになり、これはSnapchatのBitmojiFacebookのAvatarsと直接競合するようになる。

AirPods Audio Sharing:もし現在聞いている音楽をソーシャルメディアで自慢したり、曲へのリンクを友人に送るのに手間取ったりする代わりに、簡単にそのサウンドを相手のヘッドホンに送り込んで一緒に楽しむことができたらどうだろうか?これこそが、このあと登場するAirPods Audio Sharingが、あなたに罪悪感を感じさせることなく、Bluetoothを介して個人的に音楽を交換することを可能にするやりかただ。

FacebookではなくAppleでサインインしよう

Appleの最も派手な攻撃は、WWDCのスクリーン上で、他のソーシャルネットワークを名指ししたことだ。“Sign In With Facebook”(Facebookでサインイン)や“Sign In With Google” (Googleでサインイン)といった、新しいアプリをアカウントをセットアップすることなく利用させる、人気のある手段のロゴを、ステージ上で強調してみせたのだ。フェデリギ氏は「これは便利なやりかたですが、でも同時にユーザーのプライバシーを犠牲にして成り立っていることでもあるのです。あなたの個人情報は、目に見えないところで共有されているかもしれません。これらのログインはあなたを追跡するために使用することもできます」と注意を促した。

代替案として、Appleは“Sign In With Apple”(Appleでサインイン)を提供する。サードパーティのアプリに登録するための新しいユーザー名とパスワードを作成するように要求する代わりに、Sign In With AppleはFaceIDを利用するのだ。フェデリギ氏はユーザーはメールアドレスをアプリ開発者たちから隠すことを選択することが可能になり、メールを実際のアドレスに転送することができるランダムな代理アドレスをAppleが提供すると語った。これが意味することは、ユーザーはアプリからのスパムメッセージを恒久的にブロックし、開発者が連絡先情報を共有したり販売したりすることを防ぎ、Facebook Custom Audience広告のような、電子メールアドレスを介したマーケティングの対象になることを、回避できるということだ。

この発表は、WWDCでの中で最も大きな歓声を集めた。そしてAppleはそのサインイン機能から、できるだけ多くの競争上の優位性を引き出すことを決心したように見える。とはいえ読者は、開発者たちがその機能を採用するか否かはAppleがコントロールできる範囲を超えているのではないか、そしてこれまでのような実際の電子メールアドレスを提供する方法よりも長い目でみたときに高い価値を与えられることをAppleは証明しなければならないのではないか、と考えるかもしれない。

しかしAppleはステージ上で言及しなかったが、開発者向けニュースサマリーの詳細の中に以下のような記述があった。「Sign In with Appleはこの夏までにベータテスティングが始まります。今年後半に正式に発表される際には、サードパーティサインインを行わせるアプリは皆、このオプションを提供することが求められるようになります」。

書かれた通りだ。Appleは開発者に、そのサインインツールを追加することを強いるつもりだ。また、位置情報の利用許可に関しても、恒久的な許可ではなく、開発者に1回限りのアクセスを提供する新しい位置情報共有許可画面の利用も要求するようになる。しかし現段階では、Appleは正確にどのように行うかは発表していない。それは──たとえプライバシーがAppleのビジネスにとって有害であるとしても──AppleはFacebookやGoogleのオプションと同じくらい、Appleとのサインインを提供することが大切であることを開発者に納得させなければならないことを意味する。確かに開発者たちは、登録時の面倒を最小限に抑えることで、サインアップの数を最大限にしたいと考えている。これこそが、もうこれ以上パスワードを覚えなくてもよい“Sign In With”機能が、人気のある手段となった理由だ。Appleのサインインオプションを追加することは、理論的には役立つはずだ。しかし、開発者たちはまた、利用しなくなってしまったユーザーたちにメッセージを送って目覚めさせたり、対象者や対象者に似た人たちを再び勧誘したり広告を出したり、新規ユーザー獲得の際に既存のユーザーに対しては広告を出さないことで広告費を節約したりするために、電子メールアドレスを取り込むことに頼ってもいるのだ。

もし開発者たちが、(サードパーティサインインオプションの便利さと引き換えに)ユーザーに真の連絡先情報を隠すオプションを与えないFacebookやGoogleによるサインインの情報を、Sign In With Appleの代理メールアドレス機能が侵食してしまうと恐れた場合には、開発者たちはその強制的な要求をわかりにくくしたり、最小限の露出を行うようにあらゆる手を使うだろう。Appleはおそらく開発者たちを他の手段で動機付ける必要があるかもしれない。たとえばもしアプリ開発者が、連絡先情報を失ってユーザー1人あたりの生涯価値を失うことと引き換えに、Appleのログインオプションを優先的に採用してくれるなら、App Storeの中でそのアプリを重点的にプロモーションするといったやりかたが考えられる。何らかの倫理的な要請によって強制されない限り、開発者が、プライバシーの名の下に、彼らがどうしても行わなければならないこと以上に彼らのビジネスを危険にさらすことはほとんどない。

だが正道を歩もうとするAppleが、様々な困難に出会う場所もここだ。それはハードウェアの販売には貢献するかもしれないが、その開発パートナーたちは、今でも私達の注意を引きつけることが重要なのだ。

プライバシーは多くの消費者にとって抽象的な概念であることが多く、Facebookのユーザー数が継続的に成長しているところから判断すると、プライバシーは消費者の意思決定を左右するものではない。それこそが、プライバシー哲学を宣伝するキャンペーンに、ほとんど効果がないように見える理由なのだ。しかし、競合他社よりも客観的に有用でありながら、よりプライバシーにやさしい製品やプラットフォームを構築することで、Appleは自然な市場の力によってユーザーたちが正しい方向へ向かうことを促すことができるだろう(図らずも、そのピカピカの販売店に向かわせることも含めて)。

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(翻訳:sako)

投稿者:

TechCrunch Japan

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