イスラエルの闇は世界に通じる、倫理とテクノロジーの交差点

イスラエルで成長中のあるスタートアップ企業を想像して欲しい。それは、人工知能をベースにした完全に本物としか思えないディープフェイク動画を制作する企業だ。そのウェブサイトによると、同社の事業は、“企業のコンサルティング”と“政府と政治家のコンサルティング”という2つの部門で成り立っている。さらに、“敵の弱点の発掘と、その拡散を手助けする”とある。

もうひとつ、同社の従業員は「高度な経験を有する逸材であり、イスラエル国防軍諜報部の精鋭部隊および政府の諜報機関の出身者」だと説明されていると想像していただきたい。しかも、彼らのテクノロジーは、これら諜報機関が開発したものをベースにしている。そしてなにより、その取締役会にはモサドやイスラエル総保安庁(Shin Bet)の元長官、さらには元軍高官が参加している。

以上のことを思い描くことができたら、次は民間の情報企業Black Cubeのことを考えて欲しい。さまざまな調査報告が、イスラエルのみならず海外のメディアで報道され、困った実態が明らかになった。それは、この会社が法律に違反しているからではなく、倫理感と社内の道徳規範が欠如しているためだ。

それらの報道によると、Black Cubeは、競合他社が不利になる情報を掘り出したい大企業だけでなく、政敵を抑え込みたい海外の政府とも契約していることがわかった。それは、金融債務から逃れようとする人たちを探し出す政府の仕事を助けることもあるが、犯罪や性的暴力に抗議する女性に嫌がらせをすることもある。ライバル企業に汚名を着せたり、規制当局、監視団体、人権活動家、ジャーナリストに脅しをかけたりもする。

このような企業は、もちろんBlack Cubeだけではない。NSOをご存知だろうか。この会社を代表する製品Pegasusは、どんな携帯電話も携帯スパイ道具に変えてしまう。Glassboxとその製品はご存知か? この手の企業は枚挙にいとまがなく、そのほとんどは、あまり表に出ない。これらの企業はみな、イスラエルの治安当局から得たスキル、テクノロジー、職業文化に立脚している。

イスラエル国防省や治安当局が、武器や軍事的ノウハウを販売していることは周知の事実だ。しかしここ数年、これにテクノロジーによるひねりが加わった。元治安当局の高官や諜報部員たち、かの有名な8200部隊(イスラエル軍諜報部隊のひとつ)の出身者たちが独立して仕事を始めている。世界や社会をよりよくするための新境地を開拓した企業に就職する者もあれば、欲に溺れ、スパイウェアや攻撃的なサイバー兵器を、批判や反乱を蹴散らしたいアフリカの独裁者に販売する輩もいる。

こうした状況は、イスラエルに限ったことではない。西側諸国の治安当局出身者は、公務員としての職務を終えて引退し、新しい仕事に挑戦しようとするとき、同様のジレンマに直面する。しかしこのスタートアップ・ネイション、イスラエルという国は、大きな部分を、イスラエルの防衛機関で働いていたハイテク部隊出身者に依存している。たしかに、この協力関係は、名誉と名声と利益と仕事をイスラエル経済にもたらしているのだが、そのことが、熟慮すべき2つの問題点を生み出している。

ひとつは、倫理に関連する問題だ。テクノロジーの世界で、今、ひとつだけはっきりしているものがあるとすれば、テクノロジーの開発、普及、実装、利用の際に倫理的配慮を含める必要があるという点だ。イスラエルでは、犯罪防止、自律運転車の改良、医療の進歩に注力するべきだが、Facebookの過激派グループの支援、“ボットファーム”の立ち上げやフェイクニュースの拡散、武器やスパイウェアの販売、プライバシーの侵害、ディープフェイク動画の制作などはするべきではない。

もうひとつの問題は、透明性の欠如だ。治安機関のために働いていた、または現在も継続している個人と企業の共同事業は、厚いカーテンの影で頻繁に行われている。これらの事業体は、イスラエルの情報の自由法に基づく挑戦的な質問をはぐらかしたり、はてはイスラエル特有の政府機関である軍検閲局に掛け合い、逃げてしまうことが多い。

民間企業が開発しながら治安上重要なテクノロジーの販売を政府が許可したことを、また誰に売るのかを、私たちはどうやったら知ることができるのか? 民間企業が派遣したスパイをヨーロッパのどこかの国で逮捕されたとき誰が仲裁に入ったのかを、また、ペルシャ湾岸のある国がイスラエルのハイテク企業のターゲットになったとき、どうやったら知ることができるのか? 国益に貢献する企業のこと、そしてその純益のこと、そしてそもそも誰がそれを決めたのかを、どうやったらわかるのか? さらに、主要な人材が国から民間のハイテク企業に転職したときに、軍にどのような影響があるのだろうか? これが、どのテクノロジーに投資するか、それで誰をトレーニングするのか、それで何を購入するのかという国の意志決定過程に、どのような効果をもたらすのだろうか?

テクノロジーは世界をよりよい場所にする。または、うんと悪くする。両方が入り交じった結果もある。アプリ開発者が、私たちのプライバシーに立ち入ろうと、利用規約を故意にわかりづらいものにしているのは公然の秘密だ。しかし、みんながみんなスパイウェアやサイバー攻撃テクノロジーを開発しているわけではない。ソーシャルメディア・プラットフォームが生み出したいくつもの課題については誰もが認識しているが、みんながみんな、それを悪用して誰かを操作したり、“あらし”の軍団で特定の個人を脅迫しているわけではない。

イスラエルと、そのハイテク企業コミュニティは、道徳や倫理に関する問題を軽視すれば、テクノロジーに秀でることでネガティブな結果を招く可能性を真剣に考えなければならない。“スタートアップ・ネイション”ことイスラエルは、この新しい世界を渡り歩くために欠かせない強力な道徳の羅針盤を次の世代に渡すためにも、倫理とテクノロジーの交差点に立って徹底的に議論しなければならない。当面の解決すべき課題は、イスラエルが、または同様の西側の民主主義国が、製品やサービスからその道徳感が伺い知れることを一切考慮しない、利益一辺倒のハイテク企業が成長してしまう現象に、真剣に立ち向かうことだ。

【編集部注】著者のTehilla Shwartz Altshuler(テヒラ・シュワルツ・アルトシュラー)は法学博士。イスラエル民主主義研究所、情報時代の民主主義プロジェクト、シニアフェローおよび主任。

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(翻訳:金井哲夫)

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TechCrunch Japan

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