イノベーションのサプライチェーン:アイデアは大陸を横断し経済を変革させる

[著者:Alex Lazarow]
公共、民間、社会分野の投資とイノベーションと経済発展の交差点で活動している。Cathay Innovationのベンチャー投資家であり、ミドルベリー国際大学院MBAプログラムの非常勤教授を務める。

西欧では、微積分を発明したのはアイザック・ニュートンとゴットフリート・ライプニッツなどの17世紀の天才学者だとする考えが一般的だが、理論的な基礎はその数千年前に遡る。基礎的定理は、紀元前1820年の古代エジプトで登場し、その後、その影響がバビロニア、古代ギリシャ、中国、中東の文献に見られるようになる。

世界最大級のアイデアとは、こうした性質を持つ。つまり、世界の片隅で生まれたコンセプトが、未来の発展の足場となるのだ。そのアイデアの本当の価値がわかるまでには時間がかかる。また、さまざまな文化や視点からのインプットも必要になる。

技術革新も例外ではない。

今日のテクノロジー界では、それを次の3つの基本方針にまとめることができる。

  • アイデアはグローバルになったときに改善される。
  • よいアイデアは次第に国際的になる。
  • グローバルに試すことが差別化戦略となる。

グローバルに拡大されたときにアイデアは磨かれる

微積分と同じく技術革新も国際的な切磋琢磨によって磨かれる

たとえばライドシェアは、サンフランシスコのUberとLyftによって先導された発明としてスタートしたが、これらのスタートアップは、すぐさまそのビジネスモデルをグローバルに展開した。そしてそれは、地方のニーズに応える形で進化した。今やインドネシアで独占的な地位を誇るライドシェアアプリ「Go-Jek」の場合を見てみよう。Go-JekはUberとLyftのビジネスモデルをそのままコピーしたのだが、そのコンセプトをジャカルタに昔からある未認可のバイクタクシー「オジェック」に適用させる高度なローカライズを行った。

Go-Jekは、オジェックのドライバーには人を運ぶだけでなく、それ以上の可能性があることに気がついた。同社はドライバーの1日の稼働率を最大限に高めるために、人の移動だけでなく、食事の出前、荷物、サービスの配送もできるマルチサービス・アプリを立ち上げた。Go-JekのCEO、Nadiem Makarimはこう話している。「朝は人を家から職場に送り、昼時にはオフィスに食事を配達し、夕方には人を家に送り、夜には食材や料理を配達します。その合間には、電子商取引や金融商品や、その他のサービスを行っています」

ひとつのライドシェア・プラットフォームで幅広いサービスを提供するというモデルは、明らかにシリコンバレーのオリジナルとは異なる。シリコンバレーでは、「Uber for X」(訳注:人以外のものを運ぶUberのようなサービスの総称)を提供する企業が次々と現れているが、UberEatsのようなUberの最新カテゴリーは、東南アジアのモデルに近い。

シリコンバレーは
イノベーションのアイデアと
製造と流通を独占してきた
しかし
その時代は終わった

さらに言えば、Go-Jekのビジョンは、他の地域のアイデアも採り入れている。中国だ。中国では、TencentのWeChatのようなプラットフォームが、相乗りサービス、買い物、食事の出前、そしてもちろん決済など、自社またはサードパーティーのさまざまなサービスを提供している。WeChatの決済機能(Antに相当する)は、中国の主要都市なら、ほぼどこでも使える。

Go-Jekは、競合相手のGrabと同様に、アプリの一部として決済プラットフォームを組み入れることで、そのモデルを進化させた。Uberが金融サービスに参入したときは驚いた。最近開始したUberクレジットカードがそのひとつだ。

これらのモデルは、他の地域の教訓を学び、採り入れて進化してゆく。

種は次第にグローバルになる

歴史的に、シリコンバレー以外の起業家は物真似だと批判されてきた。サンフランシスコやパロアルトで成功したモデルをコピーして流用しているだけだと。

時代は変わっている。

影響力の強い技術革新は、その多くがシリコンバレーの外で生まれている。アメリカ産ですらない。2018年でもっとも成功した新規公開株の一部を見ただけでも、スウェーデンのSpotify、ブラジルのStone、Cathay Innovationの投資先企業である中国のPinDuoDuoなどとなっている。

起業家は、世界各地のイノベーションを真似ることに務めている。モバイル決済を例にとれば、ケニアのM-Pesaがある。今やケニアのGDPの50パーセントに及ぶ決済額を誇る、ケニア中で使える決済プラットフォームだが、これがグローバルに展開された。現在、世界の275以上の国々に普及している。

何かに特化した地域がある。トロントとモントリオールは人工知能のハブとして成長している。ロンドンとシンガポールはフィンテックのハブとして健在だ。イスラエルは、サイバーセキュリティーと分析技術で知られている。また、地域に根ざす活動が、触媒となってそれをさらに発展させている。たとえば、Rise of the Restは、アメリカの起業家を支援している。Endeavorなどの団体は、世界の起業家のハブの発展に尽力している。

黎明期のイノベーションのサプライチェーンでは、新しいアイデアの発生は、次第にグローバル化されてゆく。

エコシステムが理想的な実験場となる

ブロードウェイは、小さな劇場でショーの人気を試し、それから大きな劇場にかけるという方式で知られている。同じようにイノベーターも、新しく生まれた市場でモデルをテストし、やがてスケールアップしてゆく。

地震の早期警戒システム「SkyAlert」は、その好例だ。地震の揺れ自体で亡くなる人は少ない。倒壊した建物に閉じ込められたり押しつぶされたりする事故が、死因の大半を占めている。理論的に地震は、震源地付近で最初に発生した揺れが外に伝搬する段階を捕らえて、早期警報を出すことが可能だ。SkyAlertは、分散された地震センサーのネットワークを使って、建物から外に避難するよう警報を出す。また、企業と協力することで、安全確保のための手順(ガスの遮断など)を自動化することもできる。

SkyAlertは、サンフランシスコ生まれではない。創設者のAlejandro Cantuは、彼がイノベーションの研究所と呼ぶメキシコシティーで起業した。初期バージョンは、商品化よりもむしろ研究開発を目的としたものだ。メキシコシティーで開発することで、製品のイノベーションのコストがずっと抑えられる。人件費は安いし、企業買収も安い。現在のメインターゲットはアメリカだが、メキシコは事業の初期段階の本拠地であり、実験場となっている。

イノベーターのコミュニティーとして
私たちはそうした流れを
活用する好機に恵まれている

シリコンバレーの技術者が、Amazonの家庭向けドローン配送の話を聞き慣れているが、それと同じように、遠くの新興市場で面白いドローン関連のイノベーションが起きていることは、あまり知られていない。インフラが未整備な開発途上国では、ドローンが人々の命を支える可能性を持っている。Ziplineなどのスタートアップは、インフラが破壊されたり、まったく整備されていない地域で、ドローンを使って一足飛びに問題を解決しようとしている。彼らはルワンダにおいて、保健省と協力しながら、日持ちのしない薬剤や血液を配送している。すでに、彼らのドローンは60万キロメートルをカバーし、1万4000ユニットの血液を運んでいる(これは緊急時の必要量の3分の1に相当する)。

起業家たちは、こうしたイノベーションを、より低コストで、需要が逼迫している市場でテストを行っている。やがて、これらのモデルはスケールを拡大して、先進国に戻ってくる。こうして、イノベーションのサプライチェーンは進化する。

この先にあるもの

Economist誌は、「Techodus」(テクオダス)を予測している。シリコンバレーからのイノベーションの大移動が続くということだ。この話には、深い意味がある。

シリコンバレーは、イノベーションのアイデアと製造と流通を独占してきた。しかし、その時代は終わった。クリエイティブは火花は世界各地で発生し、イノベーターたちは低コストで需要が逼迫した市場でアイデアを試す。そうして、そのモデルは、世界中の体験によって磨かれ完成される。

イノベーターのコミュニティーとして、私たちは、そうした流れを活用する好機に恵まれている。根底から変革に対応できる新製品のアイデアを持っているかだろうか? よろしい。それをグローバルに行える人が他にいるか? 新しいアイデアを試してみたいか? それぞれの土地での利点と欠点は何か? 海外でのイノベーションの体験を、その土地に合わせて導入するにはどうしたらよいか?

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(翻訳:金井哲夫)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。