ウェアラブルを巡る神話と誤解について

編集部注::本稿執筆者のHamid Farzanehは、現在SensoplexのCEOを務める。30年間にわたり、いくつかの上場・非上場企業を率いてきた経験を持つ。

ウェアラブルが人間の能力を拡張し、自分の身体に関するデータはいつでも確認可能となり、そしてさまざまなモノがネットで繋がるようになる。世界には無限のセンサーが溢れるようになる……

誰もがそんな話をしている。技術革新が次に何をもたらすのか、多くの人が興味を持ってみつめているところであるわけだ。もちろん単なる誇大妄想的なアイデアも数多くあることだろう。しかしたとえそうではあっても、30年間をシリコンバレーにて半導体やセンサーを扱ってきた筆者から見て、今がエキサイティングな時代であることは間違いない。

もちろん、エキサイティングであるので、すべてが興味深い、有益なデバイスであるということにはならない。マーケットは急速に拡大中ではあるが、マーケットから消えていくものの方が多いはずだ。センサーの性能は向上し続けているものの、しかしまるで的はずれな、つまらないエクスペリエンスを提供するウェアラブルもあるようだ。そうしたなかで、フィットネス系ウェアラブルを購入した人の40%が、1ヶ月ないし2ヶ月後にはデバイスを全く使わなくなってしまうのだという調査もあるそうだ。

ウェアラブルについては、まだまだ問題が山積みになっているというのが、現在の状況だ。

そのような中、思いつきやSF小説などに基づいて、ウェアラブルに対する期待ばかりが高まってしまっているということもある。これは不幸なことだ。これにより、参入のハードルが上がってしまったと考える企業も多いことだろう。あるいは、こうした期待感を逆手にとって、クラウドファンディングなどで期待ばかりを煽るプロダクトもある。期待に応えられるのなら良いのだが、中途半端なプロダクトを世に出して、ウェアラブルというジャンル全体についての期待を裏切ってしまうというようなこともあるようだ。ウェアラブルは確かに可能性に満ちている。しかし(だからこそ)現状をきちんと理解して、空想科学的な期待を抱かせないようにする努力も必要なのではないかと考える。

そのようなことを念頭に、本稿ではウェアラブルデバイスに纏わる「現実」について若干のメモを残しておこうと思う。ウェアラブルについてのミスリーディングを無くしたいという思いもある。

バッテリー問題

ハードウェアには根本的なルールがある。サイズが小さいほどエネルギー的には効率的になるという性質だ。但し、そのエネルギーを供給するバッテリー自体はその逆だ。サイズが大きいほど、多くのエネルギーを供給できる。さらに、ウェアラブルには新規性やセンサーの正確性が求められ、一層のパワーを必要とするようになってきている。このことがプロダクトのマーケティング部門やインダストリアル・デザインの担当者、ないしデバイスエンジニアにジレンマ(や、しばしば衝突)をもたらすことに繋がってしまっている。

現在のバッテリー技術のもとでは、加速度計に加えて何かのセンサーを搭載しようとするならば、少なくとも2、3日に1度は充電が必要となる。加えて、こうしたバッテリーはそれなりの大きさもあり、デバイス内に存在する貴重なスペースすら奪ってしまうことにもなっている。

ジャイロスコープに心拍計(LEDおよびフォトダイオードを使う)などのセンサーと、ディスプレイを備えたApple Watchのようなプロダクトの場合、毎日の充電も欠かせなくなる。もりろんAppleは、毎日の充電を必要とするデバイスが増えることは好ましくないと考えているようではある。いちいち線をつないで充電させていては、せっかくのプロダクトも使ってもらえなくなるかもしれない。そこでApple Watchについては非接触で充電できるようにし、きちんと持ち運んでもらえるようにと気を配っている。もちろん400ドル以上の価格や、ある意味でステータスシンボルにもなり得るデバイスであり、少々の手間があっても人々は持ち歩くのかもしれない。

電池の問題については、紙のように薄い「フィルムバッテリー」に期待している人も多いことだろう。しかしバッテリー容量は物理的な容積によって定まるのが現在の技術的状況であり、フィルムバッテリーがウェアラブルに革命をもたらすという状況は期待できない(少なくともMITの実験室レベルでなく、市場に出せるレベルでのブレイクスルーが必要だ)。

今のところ、歩数計以上の機能を求めるならば、毎日の充電が必要となるというレベルにある。

インビジブルなウェアラブル

ひと目を引かないことが、ウェアラブルプロダクトの成功条件であると指摘する人は多い。ひと目みただけで、何らかのウェアラブルを装着していると見えないことが大事だというわけだ。そうした考えに基づいて、入れ墨タイプ、印刷タイプ、スタンプサイズ、あるいは体内埋め込み型のセンサーないしデバイスなどが登場してきている。New York Timesでも、近未来に人体埋め込み型センサーが実用化する時代がくるのではないかという記事を掲載している。

ただ、センサーそのものでは何も成し得ないことも意識しておくべきだろう。センサーは小型化して、どのようなデバイスにも組み込み可能となりつつある。しかし、センサーはあくまでもデータを集めるだけの役割しかもたないのだ。そのデータを処理し、送信するためには何らかの仕組みが必要となるのだ。もちろん、その「処理」にもエネルギーが必要で、言うまでもなくデータの送信にも(数ミリ単位ならいざしらず)エネルギーを必要とする。加えて、データ送信前にはデータをどこかに保存しておいたりという機能も必要で、そこでも当然パワーを喰うことになる。

いかに小さかろうがデータ処理のためのプロセッサーやワイヤレスデータ送信モジュールを加えれば、その分、基板上のスペースを消費する。そして「目立たない」デバイスを作ることはますます困難になる。スマートウォッチの存在を知っていれば、誰もがスマートウォッチであろうとすぐにわかるようなものしか作れなくなる。期待される薄型デバイスには、十分な容量のバッテリーを搭載することなどできなくなってしまう。

フレキシブル画面や印刷タイプのセンサーというのは、確かにクールなものだと思う。しかしそうしたパーツを使った、インビジブルなウェアラブルは、まだ現実の期待に応えることはできていないのだ。

オルタナティブ・バッテリー

さらにバッテリーにフォーカスしよう。既存のバッテリーが十分な要求を満たしてくれないのであれば、他の手段を探してみるというのは自然な流れだ。たとえばソーラーパネルや、何らかの運動を電気に変える仕組み、ないし熱を使ったエネルギーについて検討が為されてきた。あるいは顎の動き(噛む動作)を用いてエネルギーを生み出そうという試みも為されている。

しかし、いずれの手法についても、現在のところは実用にはいたっていない。一般的な太陽光発電についてみても、必要な電力を生み出すためのサイズや、効率性の問題がまったく解決されていない(そもそもウェアラブルデバイスがどれほどの太陽光を受け取ることができるというのだ)。圧電素子を用いて顎の動きや腕の動き、ないし足の動きをエネルギーに変換しようといっても、やはり効率性の面で実用には至っていない。

温度変化による発電については、セ氏10度以上の温度変化がなければ、必要なエネルギーを生み出すことはできない。これは吹雪の中でビデオストリームを行おうという場合でしか考えられないような状況だ。

技術は確かに進化しているのだろう。しかし、ここ数年のうちに実用可能となるような技術は見当たらないのが実際のところだ。

mHealth(モバイル・ヘルス)に関する過剰な期待

ウェアラブルが進化することにより、血圧や血糖値を簡単に測定できる医療用デバイスにも注目が集まっている。

驚く人も多いと思うが、センサービジネスでは、こうしたmHealth分野が最も大きなマーケットとなってきている。たとえば血糖値の測定ということについていえば、年間100億ドルの市場規模をもつ。研究も進み、針を刺して調べることなく血糖値を示すこともできるようになってきている。肌に光を投射して、血流の状況などを把握することにより、各種データを取得することが可能となりつつある。確かにこうした技術は素晴らしいものだ。ただ、R&Dの進化にかかわらず、現在のところではFDAの基準を満たすようなデータを取得することはできないでいるのだ。

血中酸素濃度を測定したり、皮膚反応を測るようなデバイスは増加しつつある。しかし光学方式による血圧測定などについては、今のところまだ研究室レベルのものなのだ。既に一般的となりつつある心拍測定技術についても、まだまだ医療分野からのニーズには応えられずにいる。正確な測定を行うためには、さまざまなノイズを排除する必要があるが、既存のコンシューマーデバイスでは、いろいろな動きによるノイズを排除できずにいるのだ。そもそも手首の太さは人それぞれだし、またそれぞれの骨格により血管の通り方も異なり、そうした状況に市販デバイスで対応するのは非常に難しいことなのだ。

この分野における進化は誰もが望むところのものだ。しかし機械が進化を遂げても、既存の医療機器メーカーとの対立が予測される。そうした対立を超えて普及していくためには、まだまだ多くの時間を必要とすることだろう。

ファッションおよびワークアウト

そろそろ最後にしよう。ファッション面での動きについて見ておきたい。いろいろなファッションブランドがスマートリング、ネックレス、筋力センサー付きのシャツ、あるいはデジタルスクリーンを備えたドレスなどを、市場に提供しようとしている。こうした動きを「イノベーション」と呼ぶことは可能だろう。しかしファッションやジュエリー分野への進出には、思った以上の困難がある。

たとえば、宝石にせよ衣服にせよ、普通は2日続けて同じ物を身に纏うことはない。スマート機能搭載の無骨な指輪を毎日しようと思わない人は多いだろう。取り外し自在な衣服用センサーがあったところで、毎日新しい服に付け替えることに抵抗を感じる人も多いことだろう。すなわち、洋服やアクセサリーをスマート化しようとすることについては、克服しなければならない課題が数多く存在するのだ。

もっといえば衣服は洗濯する必要がある。現在のウェアラブルが主に対象としているワークアウト用の衣服については、とくにその必要性が高い。さらに、洗濯機と電子デバイスの相性は、おせじにも良いと言えないのが現状だ。寒い季節であっても手洗いを強いられることになるかもしれない。そうしたことを面倒だと思う人には、ウェアラブルはあり得ない選択となってしまうわけだ。

既に多くの有用なデバイスが登場しているし、また、これからも一層便利なウェアラブルが登場してくるはずだ。これまでには想像も出来なかったような技術をひっさげてデビューしてくるところも多いだろう。ただ、他の産業における場合と同様、R&Dにはお金も時間もかかる。

進化の真っ最中であるデバイスに夢を見るのは悪いことではない。但し、現在の技術からして不可能なことが存在することも、意識には留めておきたい。

Featured Image:Bryce Durbin

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(翻訳:Maeda, H


投稿者:

TechCrunch Japan

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