グリーンで小さくて強力な宇宙船用エンジンを作るTesseract

宇宙関連の推進装置の中でも、多くの注目を浴びるのは打ち上げロケットやその巨大なエンジンだが、打ち上げは宇宙の入口までの話に過ぎない。宇宙は広大だ。Tesseract(テッサラクト)は、宇宙船のための新型のロケットエンジンを開発した。それは小型で高効率であるばかりか、地上にいる我々にとって安全な燃料を使用するというものだ。

ロケットの推進装置は、この数十年間に進歩を続けてきた。しかし、ひとたび宇宙に出ると選択肢はかなり狭まる。窒素と水素の化合物であるヒドラジンは、シンプルでパワフルな燃料として50年代から使われていて、これ(または同類の自発火性推進剤)を使用するエンジンは、今日数多くの宇宙船や人工衛星の動力源になっている。

しかし、ひとつ問題がある。ヒドラジンは毒性と腐食性が大変に強いのだ。これを扱うには、専用の施設で防護服を身につけ、細心の注意を払わなければならない。しかも、それは打ち上げの直前に準備することになっている。毒性強い爆発物を、必要以上に長期間保管しておくのは危険だからだ。そのため、ロケットの打ち上げや宇宙船の数が大量に増えてコストも大幅に下がっても、ヒドラジンの取り扱いだけは、高コストで危険なものとして残されている。

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それに代わる宇宙空間での推進装置の研究は、以前から続けられている。Accionのエレクトロスプレー・パネルホールスラスター(SpaceXのStarlink人工衛星が使用している)、ソーラーセイルなどがあるが、大多数のミッションや宇宙船にとって、実用的な選択肢は化学推進方式に絞られてしまう。残念ながら、毒性のない代替燃料の研究は、ほとんど成果を上げていない。しかし、Tesseractは、その時が来たと公言している。

「90年代にチャイナレイク海軍センターで初期の研究が行われていました」と話すのは共同創設者のErik Franks(エリック・フランクス)氏。しかし、予算の割り当てが変更になり、その研究は消滅してしまった。「時期も悪かったのでしょう。業界はまだ、飛行実績のある有毒な推進技術で満足している非常に保守的な防衛関連企業に牛耳られていましたから」。

TesseractのRigelエンジンの燃焼試験

しかし彼らは、軍のシステムの失効した特許によって、方向性を定めることができた。「私たちの挑戦は、あらゆる化学物質群を調べて、私たちの目的に適うものを見つけ出すことでした。そして、とてもいいものを発見しました。企業秘密なので何かは教えられませんが、とても安価で、非常に高性能です」。

これで顔を洗えるとまでは言わないが、密閉式の防護服を着なくても、ゴアテックスのつなぎで宇宙船に燃料補給ができる。肌に触れたとしても、ヒドラジンのように皮膚炎が一生残るようなことがない。

時代も変わった。今の宇宙でのトレンドは、何億ドルもの経費を使って静止衛星軌道に何十年間も留まる衛星から離れ、5年から10年程度の運用を想定した小型で安価な衛星に移っている。

数々の宇宙船を、いろいろな人たちが作るようになり、安全で環境にやさしいものに人気が集まるようになった。もちろん、取り扱いコストも低く、専用施設もあまり必要としないことから、製造から準備の工程がさらに民主化されている。だが、それだけではない。

ヒドラジンを推進剤として使いたくないと思えば、ホールスラスターのような電気式のエンジンに切り替えることができる。これは、電荷を帯びた粒子を放出することで、ごく小さな反作用を生じさせるというものだ。もちろん、1秒間に数え切れないほどの回数で放出される(その力が積み重なる)。

しかしこの推進方式は、高比推力(単位燃料あたりに得られる力の測定基準)ではあるものの、推進力はきわめて小さい。V6エンジンを搭載した従来の自動車から、時速8キロのソーラー電気自動車に乗り換えろと言うようなものだ。それでも目的地に行くことはできる。経済的でもある。しかし長い時間がかかる。

人工衛星は、ロケットなどで地球の低軌道に打ち上げられた後は、自力で目標の軌道にまで上昇しなければならない。おそらく、数百キロメートルほど上空になる。化学推進式のエンジンなら、数時間から数日で到達できるが、電気式では何カ月もかかるだろう。20年間も軌道に留まることが想定されている軍用の通信衛星なら数カ月の猶予はあるが、Starlinkなどが打ち上げを計画している数千基もの短命な衛星の場合はどうだろう。打ち上げから数カ月後ではなく1週間後に運用を開始できる衛星の場合は、寿命のかなりの部分を移動に割いてしまうことになる。

「従来型の推進装置で、性能を落とすことなく、毒物を排除して取り扱いコストを削減できるとしたら、新世代の人工衛星が選ぶべき最良の道は、グリーンな化学物質だと私たちは考えます」とフランクスは言う。そして、それがまさに彼らが作り上げと主張するものだ。もちろん、理論だけの話ではない。下の動画は、今年の初めに行われた燃焼試験の模様だ。

「寿命が尽きたときのことも重要です。長く、ゆっくりと螺旋を描きながら落下します。そのとき、他の衛星の軌道を何度も横切るため、衝突の危険性が劇的に増加します」と彼は話を続けた。「大規模な衛星コンステレーションの場合、責任ある運用を行うには、収拾の付かない宇宙デブリの問題を増大させないためにも、寿命が尽きた後は速やかに落下させることが大変に重要になります」

Tesseractには、フルタイムの従業員が7名しかいない。同社はY CombinatorのSummer 2017のクラスに参加していた。それ以来(それ以前からも)、彼らは、提案予定のシステムの開発と宇宙航空産業との関係構築に精を出してきた。

Tesseractの2つの主要製品の想像図。左がAdhara、右がPolaris。

彼らはシード投資で200万ドル(約2億1800万円)を調達した。ロケット科学者でなくても、この程度の資金で何かを宇宙に打ち上げるのは不可能であることぐらいわかる。幸いにも、彼らにはすでにいくつかの顧客がある。そのひとつは正体を明かしていないが、来年、月に宇宙船を飛ばす計画を立てている(この有力情報はしっかりとフォローするので乞うご期待)。その他に、Space Systems/Loral(SSL)がある。この企業は1億ドル(約108億8000万円)の基本合意書に署名した。

Tesseractが製造を計画している主要な製品が2つある。Polarisは“キックステージ”だ。打ち上げロケットなどで宇宙まで運ばれた衛星を、より遠くの軌道まで運ぶ短距離宇宙船だ。動力には、同社の大型エンジンRigelが搭載される。これは月への運行が想定されたプラットフォームだ。上の想像図では、右側で6Uキューブサットの塊を運んでいる。

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しかしフランクスは、資金は別のところにあると考えている。「私たちが考えるシステムは、さらに大きな市場機会である、小型衛星向けの推進システムです」と彼は話す。2つめの製品Adharaは、小型の衛星や宇宙船のための乗り合いバスのようなもので、同社はひたすら、コンパクトで、もちろん、環境にやさしいことを心がけている(上の想像図では小さな装備として描かれている。スラスターの名称はLyla)。

「いちばん欲しいものは、完璧に、買ってすぐに使えるシステムだと顧客から聞かされました。昔ながらの衛星製造業者がずっとやってきたように、あちらこちらの業者から部品を買い集めて自分たちでシステムを一から組み上げるという形ではないのです」とフランクスは言う。それを実現するのがAdharaだ。「あくまでもシンプルに、ボルトで装着するだけで、目的の場所へ移動できるようになります」。

こうしてエンジンの開発は、当然のことながら簡単ではなかった。しかし、Tessaractは従来のものを根本的に作り変えたというわけではない。原理はこれまでのエンジンとほぼ同じだ。だから、開発経費は馬鹿みたいな額にはならなかった。

同社は、それが現時点で実用的な唯一のソリューションであるかのような言い方はしない。本当に小型で軽量な推進装置を求めるなら、目的の軌道まで1週間から1年かかっても構わないというなら、おそらく電気推進方式のほうが適している。また、高いデルタVが求められ、作業員の安全対策を十分に行える大規模ミッションなら、今でもヒドラジンが最有力だろう。しかし、今もっとも急速に成長している市場は、そのどちらでもない。そしてTesseractのエンジンは、効率的でコンパクトでずっと安全に扱える、その中間地点に腰を据えている。

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(翻訳:金井哲夫)

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TechCrunch Japan

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