グロースハッカーごとサービスで提供――、日本発の新A/Bテストの「Kaizen Platform」

コンバージョンレートを上げるためにA/Bテストをしたほうが良いとは分かっていても、コストや運用を考えると難しいというサービス運用担当者は多いだろう。だからここ数年はJavaScriptのスニペットの埋め込みや、モバイル開発向けSDK提供によるビーコンの埋め込み方式などで、クラウドベースのA/Bテストをサービスとして提供するところが増えてきた。

中でもオバマ大統領のキャンペーンにおいて複数のテキストとビジュアル要素の組み合わせ全24パターンをA/Bテストすることで成果を上げたことで知られるDan Siroker氏が共同創業者であるY Combinator出身のOptimizely伸びが顕著なようだ。この市場の動向としては老舗のAdobe(Omuniture)のTest&Targetが市場をリードしていたが、Optimizelyが使い勝手の良さと低価格攻勢で実績を伸ばしているといったところ。Optimizedlyは2009年創業で社員数70人。合計3000万ドル(30億円)以上の資金を調達しているなど「本命感」がある。

Kaizenが80万ドルの資金調達をして9月にも本格始動へ

Optimizelyのデモ動画を見れば分かるが、既存サイトをブラウザで閲覧しつつ、ブラウザ上でボタン位置やテキスト要素を変更してA案、B案、C案……と作っていくインターフェイスは、「これ以上どうやれば簡単にできるのか」というほどよく出来ている。

ところが、そのOptimizedlyでも結局はコストは下がらないとして、新たなアイデアと実行力をもってA/Bテスト・サービスに参入しようとしているのが、日本発のスタートアップのKaizen Platformだ。2013年6月末にリクルートを退社した須藤憲司氏らが立ち上げた野心的なこのスタートアップは、3月にアメリカで法人登記を済ませ、グローバル展開を視野に入れて9月にも一般サービス提供の開始を予定している。Kaizen Platformは今日、グリーベンチャーズ、GMOベンチャーパートナーズ、サイバーエージェント・ベンチャーズの3社から合計80万ドルのシードファンディングの資金調達を発表した

Kaizen Platformが「planBCD」と名付けた新サービスで解決しようとしている問題は何か? 現在までに3カ月、計10社ほどのクローズドβを経て新サービスに確かな手応えを感じ始めている共同創業者の1人でKaizen Platform須藤CEOに話を聞いた。

本当のコストはコミュニケーションとオペレーション

Kaizen Platformが提供するA/Bテスト・サービス「planBCD」の提供形態は2種類ある。

1つはOptimizedlyと同様のもの。まず既存ページに対して、ブラウザ上で動的にHTMLやCSSを書き換えたり、画像を追加したりしてB案、C案……、と作る。これはKaizen側のサーバに蓄積される。続いて、このページに対してKaizenが生成したJavaScriptを外部から読み込むよう既存ページのヘッダに1行だけHTMLコードを書き加える。ページ来訪者のブラウザは、Kaizenが提供するJavaScriptコードをAWSのCDN(CloudFont)から読み込むことになる。これによって、A案、B案、C案……と、異なるページが一定の割合でページ訪問者に表示されるようになる。ログ集計もKaizen側で行い、十分なトラフィックがあるページであれば、リアルタイムに各バリエーションの表出確率を変動させることもやってくれる。つまり、「ボタンを大きくして上の方に配置したほうがコンバージョンレートが高い」というB案が実際にデータからも確認されれば、1週間程度でB案の表出確率を上げてくれる。

コンバージョンレートというのは、いわゆるランディングページから会員登録ページへ遷移することだったり、資料請求ボタンをクリックすることだったり、ECサイト上なら商品をカートに入れることだったりする。ページ来訪者がビジネスに直結する成果につながるアクションを起こしてくれる率のことだ。

ここまでは、Optimizedlyと同じだ。Kaizen Platformが提供するサービスがユニークなのは、B案、C案の作成と提案を、Kaizenが抱える200人ほどのUI/UXデザイナーに対してクラウドソーシングできてしまうマッチングサービスも提供しているところだ。

「結局、お客さん側でページをいじるハードルが高いのが問題なんです」と須藤氏。たいていの企業では、Webサイト運営はシステム部門の管理下にある。システム部門というところは長らく、社内ITシステムの運用をやってきたために、短いサイクルでA/Bテストを回すといったアジャイル的な開発・運用フローと相性が悪い。せっかくB案を作って比較テストをしようと思っても「デプロイは2カ月後です」という冗談のような事態が発生しがちだ。

OptimizedlyやplanBCDは、ここをゴソッと外出しにする仕組みを作った。デプロイ作業の社内調整や実作業をなくして、JavaScriptによるページ埋め込みを動的に行う。

世界中から改善提案を受けて、A/Bテストを実施

残るのはデザイナやエンジニアの実働およびコミュニケーションのコストだ。どうすればビジネスの指標が改善するのかを考えてB案やC案を提案して、それを実際のページに落とし込むことを社内だけでやろうと思うと、たとえOptimizedlyのようなツールを使ったとしてもコストがかかるというのがKaizenの言い分だ。「実際オペレーションコストのほうが高いのです。ツールの利用料で10万円のテストをやろうと思うと、実際には人件費を入れると月に100万円ぐらいかかったりします。それなりに規模のあるサイトで継続的にA/Bテストを使った改善をやろうとするとエンジニア2人とデザイナ1人を貼り付けたりするので、すぐに月間50万円、100万円とコストがかかります」(須藤氏)。

planBCDでは、このエンジニア、デザイナをクラウドソーシングで外注にできる「Open Offer」をA/Bテストサービスのツールと合わせて提供する。

9月中旬以降に提供を予定しているサービスでは、サイトやページに対して改善案を提示するUI/UXデザイナは現在約200人。120人が国内で、北米が50人、アジアが30人程度が登録しているという。ビジネスの要点を理解して会員数やコンバージョンレート向上に寄与するデザイン上の提案ができる人材は最近「グロースハッカー」と呼ばれるが、こうした人々をクラウドソースできるというのが、planBCDの新しいところだ。問題は単純に人件費だけでなく、エンジニアリングとマーケティングの両面が分かる人材の確保ということもある。

「各デザイナごとに成績を取っています。誰がどれだけコンバージョンを上げたかをモニターし、その成績によってトップ10%のマエストロ、トップ50%のプロフェッショナル、残りをスタンダードとランク分けして、それぞれ月額50万円、20万円、10万円という料金設定にしています。デザイナの取り分は7割で、いまは各国のデザインファームとアライアンスを組み始めているところです。デザインというのは、ある程度は文化に紐付く面があるので、地域ごとにデザイナのネットワークを作っていこうと考えています」(須藤氏)。

グロースの部分を外注にする場合、その成果物や効果測定の結果は、事例としてオープンに共有していくよう推奨しているという。そうしないとデザイナが実績を示しづらいし、知見の共有も進まないからだ。効果的な良いデザインを顧客やデザイナたちが「互いにパクれる」という言い方をするとネガティブなニュアンスがあるかもしれないが、ビジネスの根本ではない非本質的な部分で広く組織の壁を超えて知見を共有するというのはオープンソース的とも言えそうだ。

planBCDの利用料はデザイナへの月額支払のほか、JavaScriptによるコンテンツの配信部分でかかる予定だ。

現在は、社内外でデザイナーやエンジニアの部隊を抱えるエンタープライズ向けのプラットフォームのレンタルから開始しており、月額50万円〜(1500万PVのコンテンツ配信料まで込み)で提供、既に数社の顧客を抱えている。須藤氏は前職のリクルートでアドオプティマイゼーション推進室の室長を務めていて、特に大手の企業ユーザーが抱える問題点やコスト感を良く理解している。「A/Bテストはツール提供のビジネスのように見えるかもしれません。でもわれわれが取り組んでいるのは“試すコストを下げる”ということ。ツールはその一部なんです」(須藤氏)。現状で200〜300万円のオペレーションコストをかけてA/Bテストを回しているエンタープライズ市場の顧客からすれば、planBCDの価格設定は十分に魅力的だという。すでに年内の黒字化は見えていて、年明けにも次の大型の資金調達を考えているという。

今のところWebページだけがA/Bテストの対象だが、ネイティブアプリについてもSDKを提供予定という。例えば最近ネイティブアプリで問題となっているのがアクティベート率。ダウンロードやインストールはしても、その後のアカウント作成まで進まないケースが一般に5割程度。アクティベート率の高いアプリでも8割ほどという。この数字をいかに上げていくかは、起動時のサービス説明画面のデキに依存する面があり、A/Bテストが必要とされる場面だという。また、利用者の性別や年齢、初回訪問か2回目、3回目かなどによってA/B/C案を出し分けるようなサービスも考えているという。例えば通販サイトでは、商品を陳列する1画面内の列数によって購買率が変わったりするが、性別によってウケるUIも異なるからという。

現在、Kaizen Platformはパートタイマーも入れて社員は14人。うち11人がエンジニアという。クローズドβ中の顧客は日本企業だが、法人登記は最初から米国だ。須藤CEOもビザが降り次第、年内にも米国に渡るという。開発は東京中心で行い、顧客開拓も外資系の日本法人をターゲットにするなど足元からのスタートだが、今後はヨーロッパ、アジア、南米に拠点設置を検討しているなどグローバル展開を狙っているという。


投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。