コリイ・ドクトロウ:DRM問題を語る

編集部注:本稿の執筆者、Cory Doctorowは、SF作家、活動家、ジャーナリスト、ブロガーであり、Boing Boingの共同編集長も務める。電子フロンティア財団の元ヨーロッパ支局長および英国Open Rights Groupの共同ファウンダーであり、ロンドンに在住。本稿は、McSweeney’sから今月発行された彼の最新著作“Information Doesn’t Want to Be Free”の一章、“Worse Than Nothing”からの抜粋である。

デジタルロックの技術的困難と、それが引き起こした意図せぬ結果は、デジタルロックメーカーにとって大きな問題である。しかし、われわれにとってもっと興味があるのは、デジタルロックがクリエーターやその投資家に対して何をしたかであり、そこにはまず議論すべき一つの重要な害悪がある。デジタルロックは金を払う顧客を海賊に変えてしまった。

読者や視聴者についてわれわれが一つ知っておくべきことがある。彼らは、欲しいメディアを、欲しい時に、欲しい形式で買えないことについての言い訳を聞くことに、あまり関心がない。相次ぐ調査が示すところによると、米国テレビ番組の海外でのダウンロード数は、それらの番組が国際放映されると激減することがわかっている。つまり、人々は仲間がインターネットで話題にしているテレビを見たいだけなのである ― 売られていれば金を出して買い、そうでなければ無料で手に入れる。ユーザーを締め出すことは、ダウンロードを減らすのではなく、売上を減らす。

旧方式DVDのデジタルロックを外すプログラムを1999年に初めて公開した人物は、Jon Lech Johansenというノルウェーの15歳の少年だった。”DVD Jon” がこのプロジェクトを始めたきっかけは、彼のコンピュータで動いていたGNU/Linus OSには映画会社がライセンスしたDVDプレーヤーがなかったことだった。自分で買ってきたDVDを見るためには、ロックを外す必要があった。7年後、Muslix64はHD-DVDのDRMを似たような理由で外した ― 彼は正規に購入した別リージョンのDVDを見たかった。デジタルロック史上に残る影響力ある2人の人物は、いずれも「海賊行為」のためではなく、自ら購入した合法メディアを見たかったために、ツールを開発した。

2007年、NBCとAppleはiTunes Storeでの販売における契約紛争を起こした。NBCの作品はiTunesから約9ヵ月間引き上げられた。2008年にカーネギーメロン大学の研究者らは、この規制がファイル共有に与えた影響を調べた研究論文(Converting Pirates Without Cannibalizing Purchasers: The Impact of Digital Distribution on Physical Sales and Internet Piracy”[購入者を減らすことなく海賊行為者を転換させる:デジタル配布が物理的販売とインターネット海賊行為に与える影響])を発表した。そこでわかったのは、契約紛争が引き起こしたのは、「海賊」サイトにおけるダウンロード数の増加であり、それはNBCの作品だけではなかった ― かつてiTunesで番組を購入する習慣のあった人々が、ひとたび無料ファイル共有サイトに行くことを覚えると、手当たり次第に興味のあるものをクリックするらしい。NBC番組のダウンロード数は急増し、その他のダウンロード数も微増した。

さらに興味深いことは、NBC―Apple紛争が終了し、番組がiTunes戻ってから起きた。CMUの論文によると、これらの番組のダウンロード数は、規制前よりも増えた。つまりこれは:

  • 視聴者の欲しがるコンテンツを彼らの好む形式で販売するのを拒むことは、視聴者を海賊行為へと走らせる。
  • ひとたび視聴者が欲しいコンテンツの海賊行為を始めると、彼らは他のコンテンツも不正入手するようになる。
  • ダウンロードの方法を知り熟達すると、視聴者のダウンロード習慣は規制が解除された後まで続く。

デジタルロックベンダーたちは、しくみは完璧ではないが「無いよりは良い」と言うだろう。しかし、証拠が示すところによると、デジタルロックは、無いよりもずっと悪い。デジタルロックを多用している業界では、市場支配力がクリエーターと投資家から、中間業者へとシフトしている。彼らは海賊行為を減らさない。デジタルロックに不満を感じた顧客たちは、サプライチェーン全体からかすめとる方法を知る動機付けを与えられている。

もしあなたが出版社かレコード会社か映画会社なら答えは単純だ。自社の作品にデジタルロックを付けて販売させないことだ。そしてもし、ロックをかけずに作品を売ることを拒否する会社がいたら? そんなロックはあなたの利益のためではないことを確信するだろう。

あなたがクリエーターだともっと難しい。なぜなら多くの大口投資家はDRM付きで売るか、一切売らないかのどちらかという発想に縛られているからだ。DRM交渉をすることになったら、あなたが決断すべきことは、自分の創造物をどこかのIT企業の牢屋に入れて投資家を喜ばせるか、より健全なより良い投資家を探し続けるかのどちらかだ。

数年前、私は児童向き絵本を1冊、世界最大の出版社(ここでは名無しのままにしておく)に売った。それは構想に何年もかけ、ラフスケッチから何回にもわさる書き直しを経て、ようやく自信を持てる作品に仕上げたものだった。

名無しの巨人出版社で私を担当していた編集者の一人は、英国デジタル戦略のトップでもあり、彼と私は、ご想像の通り、非常にうまが合った。私のエージェントの事務所に契約書が届かないまま数ヵ月が過ぎた頃、彼は私に電話をかけて何が起きたかを説明した。

彼は契約部門へ行き、私の本のデジタル版のDRM無し印税を尋ねた。彼も私も何の問題もないと思っていた。なぜなら、名無しの巨人は他の34のフォーマット、言語、および地域でも私の出版社であり、どの場合もDRMなしで私の作品を販売していたからだった。

しかし、名無しの巨人には新しい方針が会社の最上層部から出されていた。今後、すべての書籍はeブック権利と共に買い取り、すべてのeブックはDRMを必須とする。担当編集者は交渉を試みたが(「eブック権利を買い取らないことはできないか? だめ? だったら、買い取るが使わないと約束するのはどうか?」)、無駄に終った。

最後に編集者は、契約担当者にデジタル版の売上予想は -80ポンドであることを説明した ― マイナス80ポンドである。言い換えれば、その会社はデジタル版で80ポンドの損失を予定していて、それは他のデジタル絵本の実績に基づいていた。

契約担当者は編集者に対して、DRMに交渉の余地はなく、もしそれが問題なら契約を破棄すべきだと言った。

そこで私の担当編集者は会社を辞めた。

私の本が中止になったことに抗議して会社を辞めた編集者に腹を立てることは非常に難しい ― たとえ自分の本が中止になったという事実を前にしても。

この物語にはハッピーエンドが待っていた。名無しの巨人が何千ドルも注ぎ込んで開発した本を、私はもっと教条的でないライバル出版社に簡単に売ることができ、DRM会社に私の著作権をロックさせる必要もない。しかも、私の担当編集者はずっと良い職に就いた。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook


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TechCrunch Japan

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