ゴールは“起業家を増やすこと”——スタートアップメディアの「THE BRIDGE」がPR TIMES傘下に

PR TIMES代表取締役の山口拓己氏(左)、THE BRIDGE取締役・共同創業者の平野武士氏(右)

TechCrunchがシリコンバレーで産声を上げたのは2005年のこと。翌年にはその日本版であるTechCrunch Japan(当時のサイト名はTechCrunch Japanese)がスタートした。そこから12年、日本発でスタートアップの情報を伝えるメディアやブログが徐々に立ち上がっていった(そして、いくつかは消えていった)。そんなスタートアップ向けメディアの1つである「THE BRIDGE」のイグジットに関するニュースが飛び込んできた。

プレスリリース配信事業などを手がけるPR TIMESは4月19日、THE BRIDGEの運営元である株式会社THE BRIDGEからメディア事業を譲受したことをあきらかにした。譲受に関する金額は非公開となっている。なお今後もTHE BRIDGE取締役・共同創業者でブロガーの平野武士氏が中心となってメディアや有料コミュニティの運営を継続。加えてPR TIMES内の編集部にてニュースの執筆なども準備する。一方、THE BRIDGEが開催する仮想通貨をテーマにしたイベント「THE COIN」については、平野氏が個人で運営する予定だという。

THE BRIDGEは2010年の設立(当時の社名はbootupAsia、2013年に社名変更)。エンジェル投資家などから支援を受けていたが、2016年1月にはフジ・スタートアップ・ベンチャーズおよびPR TIMESから資金を調達した。これに先駆けるかたちで2015年2月には、PR TIMESに掲載するスタートアップ(創業7年以内)のプレスリリースの転載を実施。それと前後してPR TIMESが同社のイベント協賛を行うなど、連携を進めてきたという。

なお先に開示しておくと、僕は前職のメディア「CNET Japan」において、THE BRIDGE設立以前の平野氏と契約して1年以上に渡って共同でスタートアップの取材を行っていた関係がある。さらにさかのぼれば、平野氏は立ち上げたばかりのTechCrunch Japanでライター等として活躍。現在はビジネス上の関係はないが、一時は運営元の変更で閉鎖の可能性もあったTechCrunch Japanを支えてきた人物でもある(TechCrunch Japanのこれまでについてはこの記事も参照して欲しい)。また同時に、PR TIMESは僕らが毎年開催してきたスタートアップ向けイベント「TechCrunch Tokyo」のスポンサードをしてくれている企業の1社でもある。

スタートアップのエコシステムとともに成長

THE BRIDGEには当然広告枠もあるが、主な収益源となっているのは、イベントや大企業とスタートアップを結び付けるマッチング・勉強会を軸にした会員制の有料コミュニティだ。「とにかくインプレッション、ユニークユーザー、ページビューといった指標で記事を書く場合、どうしても扇動的な内容やゴシップ、激しいものが必要になってくる。一方でスタートアップの情報は地味。誰も知らない起業家の突拍子もないアイデアや情報を書くので。広告、課金というインターネットのビジネスモデルに当てはめたときに、課金や積み上げのモデルを探したかった」(平野氏)。

また、コンテンツ課金についても考えたが、「誰もが情報発信ができる時代では、コンテンツの価格は限りなくゼロになってくる。それでお金を払ってもらうというのはどうしても信じられなかった」として、ビジネスを模索する中でリリースワイヤー、つまりプレスリリース配信サービスのモデルに興味を持ち、以前からスタートアップコミュニティに積極的にアプローチしていたPR TIMESと関係を深めていったと語る。

一方のPR TIMESは、THE BRIDGEへの資本参加より以前の2015年1月から、特定条件を満たした創業2年以内のスタートアップのプレスリリースを月間1本無料にする「スタートアップチャレンジ」といった取り組みも行ってスタートアップとの関係性を強めてきた。2018年2月末時点では、累計約3200社のスタートアップ(創業2年以内と定義)がサービスを利用している。PR TIMESの利用企業社数は累計2万2000社。スタートアップの割合は決して小さいものではない。

PR TIMES代表取締役の山口拓己氏は、今回の事業譲受にも至ったこれらの取り組みについて、「スタートアップのお客さんを増やして行きたいと思っていたものの、一方でメディアは非常に少ない。生産量も少ない。ニーズはあるが生産者に届くものは少ないので(スタートアップを取り扱うメディアとの)関係を含めたいと考えていた」「PR TIMESが始まった2007年は、PRと言えば大企業のものがほとんどだった。それはメディアが、(メディアの)枠が、尺が限られている中では大企業や社会的役割が大きいところが中心だったから。一方で我々は裾野を広げようと思った。中小企業からスタートアップ、最近では地方まで広げている。その課程の中でスタートアップの人にリリースを活用頂きたいと考えていた。その中でスタートアップチャレンジを始めたり、THE BRIDGEと資本業務提携を進めたりしてきた」と説明する。

スタートアップのプレスリリース配信件数がこの数年で増えているというのは僕も感覚的には理解していたし、そのリリースの種類についてもプロダクトローンチから資金調達、提携、上場と幅広くなっているとは思っていた。実際、山口氏の話では、2017年に上場した90社中40社は上場時にPR TIMESでプレスリリースを配信していたのだそうだ。「 自分たちがスタートアップをけん引したのではない。スタートアップのエコシステムが広がった結果としてこの数年で会社も伸びてきた。 そのエコシステムを作っているのは『参加者』だ。メディアもそうだし、起業家、投資家も増えた。大企業とのコラボレーションも広がった。その核となるメディアに協賛や業務資本提携をしてきたことで、スタートアップのエコシステムの広がりとともに私たちの事業も広がった」(山口氏)

起業家は人をエンパワーする

少し余談になるのだが、日本のオンラインメディアで「ベンチャー(もしくはVB、Venture Business。これは和製英語だという説も)」から「スタートアップ(動詞、名詞として)」という言葉に変わっていったのは、ざっくりした肌感では2009年から2010年頃のことだったと思う(翻訳記事は除く)。そういう意味では平野氏や僕らは国内で「スタートアップ」のニュースに関わった初期の人間かも知れない。

そんな国内のスタートアップの環境の変化について、平野氏は2010年にスタートしたシードアクセラレーションプログラム「Open Network Lab」の存在が1つのターニングポイントになったのではないかと振り返る。「それまであったインキュベーションではなく、3カ月といった期間でスタートアップを生み出すようなプログラムが2008年頃に米国で起こり、それを日本に持ってきたところから環境が変わっていった」「イベントにしても、これまでは登壇者が並んで、話を聞いて、名刺交換をして帰るという、『行くこと』が目的だった。一方で(西海岸を中心に)『ミートアップ』と呼ばれる起業家と投資家が会って、エコシステムを作るための場所ができはじめた。そういうモノをやりたいというのが自身の最初のアクションだった」(平野氏)

そんな平野氏は、メディアの“中の人”から起業家として自らメディアを立ち上げるに至った経緯についてこう語る。

「一番最初はコンプレックスからスタートした。(TechCrunchに関わり始めたのは)30歳になった当時で、米国に行ったこともないし英語もできない。毎日面倒くさくて、給料をもらえればそれでいいくらいだった。でも記事を見ると、シリコンバレーには無茶苦茶なことをやっている起業家達がいた。YouTubeだって違法アップロードが当たり前だし、Napsterのようなサービスもあった。彼らを見て、自分はどう生きていくか考えて、『元気にやっていこう』と気付かされた。自分がそれで元気になれたのだから、もっと色んな人が元気になれるんじゃないかと思った。 起業家は人をエンパワーする力を持っている。 リスクだらけだし、金を借りて出ていくだけかも知れない。人からは怒られるし、詐欺師だとまで言う人がいるかも知れない。ネガティブな話ばかりだ。それでも進んでいって、最後にはみんなを幸せにする人が出てきた。この界隈は本当の詐欺師のような人もいるので、『この人はいい人だ』と伝えていくことにしても、情報を出す意味もある」

「自分で記事を書き始めてむずがゆいところがあった。 取材空いては全員が創業者。何かをやって実績がある人ばかり。だから聞けないことも多かった。じゃあ自分もやってみよう。 そうすれば少なくとも『金に苦労した』ということだって話せると思った。そういうことから同じ年代の起業家と話が聞けるようになると思った」

ゴールは「起業家を増やす」

冒頭にあるとおりだが、PR TIMESは今後、THE BRIDGEのメディアを中心にしつつ、イベントやコミュニティ形成を強化するとしている。またスタートアップに限らず、幅広い層に対してプレスリリースという手段で自身の行動を発信するための施策を展開していくとしている。

また平野氏はTHE BRIDGEのゴールについて「起業家を増やすこと」と語る。「それに取り組んできた10年だし、だからこそ自身で起業もやった。日本でメルカリみたいな規模の会社をもっと作れるはずなのに、なぜ見つからないのだろう。 例えば渋谷には人がたくさん歩いているが、彼らが起業したらどうなるだろうか。でもそんな選択肢を考えるには情報が足りない。大学を出て、いい会社に入って……と思う人はたくさんいるから。ニッチな情報を出すメリットを伝えないといけない」

「今は情報を出す側の人間も圧倒的に少ない。また、今は起業家と投資家を見ると今は投資家のほうが強い。そうなると、どの起業家にどのビジネスをさせると成功するかというのが分かるようになってしまった。ある意味ではリスクを取らなくなってしまった。そういう人達の情報を出すにはPR TIMESなども活用していけばいいと思う。一方でスマートフォンシフトのような大きな波が暗号通貨やブロックチェーンのまわりで起こっているが、情報が足りない。何が正しいのか、誰が悪いのか、そういう情報も分からない。だから情報を出す側も勉強しないといけないし、企業も学ばないといけない。この大きなパラダイムシフトを理解して情報を出すメディアを作らないといけない」(平野氏)

 

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。