シリコンバレーに「横並び(年功)給与システム」復活の兆し―男女格差撤廃にも効果

2015-05-26-lockstepsalaries

60年代の終わりと共に消えたものが復活しつつある。

シリコンバレーにはTechCrunch TVでも紹介しているとおり、無料ランチやヨガのクラスを提供するなどユニークな職場が多い。同時にシリコンバレーは東海岸の大企業の固定的な給与体系を捨て、市場競争と交渉による給与決定システムを取り入れている。この仕組が理想的に働くなら、各人はその生産性の市場価値に見合った給与を受け取ることになるはずだ。しかしこの個別交渉による給与決定システムは、破綻したわけではないものの、近年厳しい批判にさらされている。

特に問題となっているのは、広汎な調査によってテクノロジー労働者における男女の賃金格差がはっきり裏付けられたことだ。 MicrosoftのCEO、サティヤ・ナデラは「女性は適正な給与を受けていると会社を信頼する必要がある」と発言して厳しく批判された。

テクノロジー業界における給与システムの振り子は逆方向に振れ始めている。一人一人の従業員に市場競争による価値を見出して給与を決定する方式から横並び(lockstep)給与方式への転換だ。一部の従業員はこうした画一的な方式に不満を感じているが、企業経営者、人事専門家は横並び賃金がもつ非常に重要なメリットに目を向ける必要があるだろう。

横並び(Lockstep)給与

横並び給与の考え方は単純だ。同一職種、同一職位の従業員には同一の給料表を適用し、経験年数に応じて昇給させる。大学新卒採用の社員は全社を通じて同一の給与を受け、すべての副社長も同一の給与を受ける。昇給には上位の職位に昇進するか、会社にとどまって在職年数を増やすしかない。

このシステムは現在のアメリカでも広く採用されている。政府、自治体のの職員はほとんど全員がこのシステムだ。職種、職位、在職年数ごとに受ける給与が厳密に決まっている。エリートの専門職の場合も横並び給与が多く見られる。特に法律事務所ではアソシエートは全員が在職年数だけで決まる同一賃金を受けるのが普通だ。

横並び給与体系には非常に大きなメリットがある。その第一は、昇給がゼロサム・ゲームではなくなるため、社内の協調性を大きく高めることだ。特にスタック・ランキングによる業績評価を行っている会社とは著しい差が出る〔スタック・ランキングは従業員の実績を相対評価によって分類し、最低分類の社員を解雇する人事管理方式。Microsoftの社内に協調性が欠けている最大の原因と批判されてきた。スタック・ランキングは2013年にバルマーのCEO退任を機に廃止された〕。

横並び給与方式については、当然ながら「パフォーマンスがどうであれ来年の給与が決まっているなら社員のモチベーションが下がり、真剣に働かなくなるのではないか?」という懸念が起きるだろう。

しかしこの問題を回避する方法はいろいろある。その一つは「昇進しなければメリットがない」という法律事務所のモデルだ。法律事務所で働く弁護士の目標は給与制のアソシエートから事務所の利益の配分を受けるパートナーに昇進することだ。しかしパートナーに昇進できるのはアソシエートのごく一部しかない。そのため給料はほぼ同一でもアソシエート間で激しい競争が起きる。

Pしかし、さらに重要なのは目先の昇給より良心的な仕事をすることを優先するような気風を生む企業文化かもしれない。プロフェッショナルの世界では給与が横並び方式で決められていてもパフォーマンスで競争する文化をもつ組織が珍しくない。

1対1の給与交渉なしの透明な職場環境

横並び給与方式には社内の「共食い文化」をなくす以外にも、2つの大きなメリットがある。横並び方式であれば個別給与交渉が必要なくなり、職場の透明性が大きく改善される。まず第一に効果的に昇給交渉ができる人間は少ない。優秀だが給与交渉が下手な社員はいくらでもいる。また企業幹部は常に昇給交渉に対応しているから経験が豊富であり、個別の社員は多くの場合交渉で太刀打ちできない。

その結果、まったく同程度の実績で同内容の仕事をしている社員間で驚くほどの給与の差が往々にして生まれる。

実際この点がシリコンバレーだけでなくアメリカ全体で非常に大きな問題となっている。女性は男性に比べて昇給交渉をしない傾向があることが数多くの調査で明らかになっている。女性が昇給交渉で消極的な原因にはいろいろな要素が影響しているだろうが、これが男女の賃金格差の重要な原因になっていることは間違いない。

昇給を個別交渉で決めるシステムは女性に不利益をもたらすだけでなく、労使関係にも悪影響を与える。新しい会社に入るときに、まず給与交渉をしなければならないというのは気まずい経験だ。これから一緒に働くパートナーとなる相手と、まだ気心もしれないうちに、給料にあと何ドルが上乗せするよう議論しなければならない。横並び給与方式ならこういう圧力はずっと少なくなる。

給与交渉の廃止は、組織内の透明性を高めるという効果もある。これは社内政治を抑制するのに効果的だ。一部のスタートアップ、たとえばBufferでは全社員のサラリーを公開しているが、多くの人はこれはやり過ぎだと居心地悪く感じるだろう。

一方、横並び給与方式であれば、同一職位で同一在職年数の社員の給与は同一だ。これは同僚を出し抜いて有利な昇給給与を勝ち取ろうとする社内政治の原因を取り除き、仕事そのものへの集中度を高めるだろう。

シリコンバレーでの動向

シリコンバレーでも横並び給与方式は新しいものではない。多くの大企業はなんらかのかたちで職種、職位、経験年数によって給与が決められる横並び方式を採用している。こうした大企業でも個別の給与交渉の余地がなくはないが、多くの場合、急成長が期待されるプロジェクトに転じて職位そのものの昇進を狙ったほうが効果的だろう。

さらに重要な変化はスタートアップの場合だ。近年、スタートアップは優秀なエンジニアを獲得するため、ありとあらゆる有利な条件を提示して激しい競争を繰り広げてきた。しかし現在ファウンダーたちの間で、こうしたアプローチに伴う好ましくない副作用が認識されている。

たとえば、Marc Loreが創業したeコマースのスタートアップ、Jetでは横並び給与モデルが採用されている。Loreは「われわれのところでは同レベルの仕事をしている社員は同一の給与を受ける。それを全員が知っている」と説明する。Loreは女性の賃金格差に対処することにも意欲的だ。「女性は男性ほど積極的に昇給交渉をしない傾向のために不利益な立場にある。これはまったく不公正だ。わが社ではいったんある職位に就けば決まった給与を受け取る。交渉によって昇給することはない」という。

交渉によって給与を決めることを信奉している一部のスタートアップのファウンダーたちには悪夢かもしれないが、こうした交渉による給与決定システムが現在どんなパフォーマンスを示しているのか冷静に検討すべき時期だ。横並び給与(Lockstep)方式はマッドメン の時代の遺物ではない。現代のテクノロジー・スタートアップが公正かつ透明な職場環境を求めるなら、極めて有効な給与システムとなり得るはずだ。

画像: Tax Credits/Flickr UNDER A CC BY 2.0 LICENSE

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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+

投稿者:

TechCrunch Japan

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