スタートアップが大企業に勝つ方法とは、ドローンの巨人DJIと新興Skydioのケーススタディ

画像クレジット:Skydio

本稿は川口りほ氏(@_nashi_budo_)による寄稿記事。川口氏は独立系ベンチャーキャピタルのANRIでインターンを行う東京大学博士課程の学生だ。ANRIは大学発の研究技術開発スタートアップへの投資や女性起業家比率の向上に注力するVCである。

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私が研究を事業化するプロジェクトをしていた頃、投資家にピッチをすると、必ずと言っていいほど以下のような質問をされた。

  • これからXX(大企業の名前)が同じことをしたらどう戦うのか。すでに〇〇(大企業の名前)がいるが何が違うのか。
  • Facebookからユーザーを奪えるのか
  • Googleのエンジニアリング力にどう勝つのか
  • Amazonが多額の資金を費やして同じことをしたらどうするのか

このように聞かれた場合、みなさんならどのように答えるだろうか?

投資家にそんな質問をされたときに私自身悩むことが多かったので、この記事では大企業に勝つための戦略を立てやすくなるような考え方のフレームワークについて書こうと思う。

大企業がいても成功したスタートアップの例

大企業がすでに市場を独占していても圧倒的な成長をしてきたスタートアップは数多く存在する。

大企業がすでに存在していてもスタートアップが勝つにはどうしたらよいのだろうか。上記のような例から私たちが学べる戦略とはなんだろうか。

結論から言えば、それは「大企業と直接対決しないこと」だ。

大企業と比べてあらゆる面で圧倒的に不利であるスタートアップが勝つには、。できるだけ真っ向勝負を避け、「戦わずに戦うこと」が重要になる。つまり、戦う軸をずらして、大企業の射程圏内から外れることが重要なのだ。

ここからは、ずらすべき「4つの軸」と、そのそれぞれにおいて、どのように軸をずらすべきなのかを説明しよう。それを説明するための例として、Skydioの成長戦略を深堀っていく。Skydioはなぜドローン市場を独占していたDJIを抑え、コンシューマー向けドローンのプラットフォームを築くことができたのだろうか。

大企業と直接戦わないためにずらす4つの軸

4つの軸を説明する前に、SkydioとDJIが市場を独占していた当時の状況について簡単に説明しよう。このような状況で、みなさんならどのような戦略を立てるか想像しながら読んでみてほしい。

Skydioは2014年、MITでドローンの自律飛行の研究に従事していたAbraham Bachrach(アブラハム・バックラック)氏とAdam Bry(アダム・ブライ)氏によって設立された。

Skydio設立時のドローン市場は黎明期で、多くの企業が出現しては、DJIの品質・価格・機能などあらゆる面で太刀打ちできず、競争に負けて倒産していった(Lily robotics、3D roboticsなど)。

当時、DJIの主な顧客はドローンを飛ばす方法を熟知している経験者やプロの写真家だった。しかし、Skydioはそのようなドローン愛好家をターゲットとはせず、操縦いらずの完全自律飛行技術を搭載したドローンの開発にすべてを賭けた。完全自律飛行は技術的に難易度が高く、DJIを含む他の競合は苦戦していたが、Skydioはその技術を達成すべく多額の研究開発費用と時間を費やす。

その結果、2018年になると画期的な自律飛行技術を搭載した「Skydio R1」を売り出すことに成功した。障害物を回避しながら飛行し、人を追尾しながら撮影を行うという高い技術で世界にその名を馳せることになる。R1の自律飛行技術が基礎となり、2019年には非GPS環境下での自律飛行を可能にした「Skydio 2」を開発。人を追尾して撮影するホビー用途だけでなく、屋内や橋下などGPSが機能しない場所において、点検・警備・監視など様々な領域で省力化を目的とした活用方法も可能になった。

このようにして、ひとつの尖った技術を武器にSkydioはDJIに対抗することができる米国を代表するドローンメーカーとなり、Andreesen Horowitz、Levitate Capital、Next47、IVP、Playground、NVIDIAなどの投資家やパートナーから支援を受け、現在も事業を拡大し続けている。

では、4つの軸をもとにSkydioの戦略を紐解いていこう。

4つの軸をずらす

スタートアップが大企業と競争するうえで、ずらすべき軸には以下の4つがある。

  1. 時間をずらす
  2. 強みをずらす
  3. 市場をずらす
  4. 地域をずらす

時間をずらす

現在を積分していって訪れる未来を目指すのではなく、達成したい未来像から現在取り組むべきことを逆算して取り掛かることが重要になる。大企業が積み重ねていったら達成しうる領域内で戦うと負けてしまうので、達成したい未来にタイムワープするにはどうしたらいいかを考えることで直接対決を回避することができる。

そして、スタートアップの場合は、タイムワープに使える飛び道具となりうる最先端の技術やこれから発展しそうな技術に積極的に賭けることで、大企業が積み重ねていっても到達しないポイントにより早く到達することが可能になると考えられる。

Skydioには叶えたい世界があった。SkydioのCEOであるブライ氏とCTOのバックラック氏は、当時どの企業も自律飛行を実現できていなかったなか、完全自律飛行のドローンが秘める可能性を信じていた。人がいなくてもドローンがみずから複雑なタスクをこなす世界を夢見ていたのだ。

ドローンの操縦方法を熟知した顧客がメインであった当時のドローン業界だったが、彼らは従来の手動ドローンでは、ユースケースや規模が制限されることを弁えていた。そこで、彼らは自律性こそがドローン業界にパラダイムシフトを起こし、自分たちが夢見る世界を実現する技術であると確信していた。

もしもSkydioが、DJIがビジネスを積み重ねていけば到達しうる未来に近い地点を目標にしていたら、DJIのポテンシャルに飲み込まれて失敗していった多くのドローンスタートアップと同じ末路を辿ることになっていただろう。

さらに、彼らは機械学習の分野における技術革新の波も捉えていた。創業当時から、技術革新が起きたばかりで黎明期だったディープラーニング技術を、自律飛行技術の実現を加速するための飛び道具として採用していたのだ。当時、SLAM技術(自己位置推定とマッピングの同時実行を行う技術)としてレーザーセンサーを使用したLiDARの方が一般的だったが、Skydioは発展段階にあった深層学習の発展性に賭けて、Visual SLAMを使って開発に成功しました。

スタートアップは技術の組み合わせで画期的な製品を開発するため、技術革新の波にうまく乗ることが重要だ。イノベーションの波に乗るためには、今日すぐに使える技術に固執するのではなく、まだ応用段階ではない最先端の技術を理解し、大学の研究レベルの専門知識をつけることも必要になる。

強みをずらす

大企業と同じ強みを武器に、同じエリアで少しだけ優位な製品を開発できてもすぐに追い抜かれてしまう。そこで、スタートアップがやるべきことは、新たな軸を追加して、新たなエリアを生み出すことだ。戦うエリアを見極めたら、そのエリアに集中的に資金や時間を投下する。

少し分かりにくいので、上の図を使ってSkydioの例を持ち出しながら説明しよう。Skydioが自社製ドローンのSkydio R1を開発する際、目標とする自律性から数ノッチ落として、DJIのホビードローンよりわずかに自律性が優れている同価格くらいの製品を目指しても良かったはずだ。そうすればSkydioは莫大な研究開発費も不要になり、すぐに販売して売り上げも出た可能性がある。しかし、このような製品を開発した場合、図のようにDJIと同じエリアで戦うことになる。こうなってしまうと、DJIはドローンの価格を下げて(DJIにとっては痛くも痒くもない)競合であるSkydioをいとも簡単に射抜くことができてしまう。このようにして失敗していった米国のドローンスタートアップは多くある。

そこで、SkydioはR1を開発するとき、価格と機能からなるエリアを捨てて、新たな軸である自律性を追加することにした。そうすることで、DJIのポテンシャルから遠ざかり、新たなエリアに集中して強みを尖らせることができるようになった。

その結果、センサーや洗練されたオンボードコンピューティングのためのコストがかかり、DJIのドローンと比較してはるかに高価になる。自律性を追求すればするほど多くのセンサーが必要になり、電力消費量が大きくなるため、飛行時間やペイロードが落ちるなど機能面でも劣ることになる。しかし、Skydioは価格や機能を諦めてでも、DJIとの直接対決を回避し、自律性という軸を新たに追加して、DJIの影響を受けないエリアで戦うことに決めたのだ。

市場をずらす

スタートアップにとって大きな市場でビジネスを展開することは大事だが、多くの場合、そういった市場では、すでに多くの大企業がしのぎを削り合っている可能性が高い。そこで、スタートアップは既存プレイヤーが多くいる大きな市場よりもニッチな市場を独占することを目標とした方が大企業と戦わずに済むことがある。また、一見ニッチな市場に見えても事業を進めていく中で潜在市場は大きいことに気づくこともある。

すでに述べたとおり、Skydio R1開発当時、コンシューマードローンマーケットは手動がメインだった。プロの操縦士がターゲットとなる市場において、自分で操縦できないユーザーはドローンスタートアップにとってメインの顧客ではなかった。ドローンを購入する顧客の中で操縦未経験層はニッチな市場だったのだ。

そのような既存のドローンとは対照的に、Skydio R1が開発するドローンは自律飛行するので、非専門家のユーザーでも簡単に操作することができる。そのため、R1は操縦ができないユーザーにとって最も使いやすくなるような設計になっている。ユーザーはスマートフォンアプリでドローンを簡単に制御することができ、追跡モードや周回モードなどをタップ一つで直感的に操作できる。ドローンの操縦未経験者をターゲットにすると、実は潜在市場が大きいことは想像に難くないはずだ。顕在化している市場よりも潜在市場が大きく、事業を広げやすかった良い例だ。

2019年になり、Skydioがコンシューマー用からエンタープライズ用に事業を拡大するようになると、自律制御に対するニーズはさらに高まった。手動操作でドローンを業務に利用しようとすると、訓練コストがかかる上に、手動では複雑で正確な操作に限界があるため用途範囲に制限がある。実は、エンタープライズ向けのドローン市場では、コンシューマー向けのそれよりも深いペインがあったのだ。Skydioが創業当時からこのような成長ストーリーを描いていたかは定かではないが、スタートアップの戦略として非常に参考になる例だと思う。

地域をずらす

スタートアップの場合、国や地域によって技術や製品が様々な理由で規制されることがある。その場合、地域性をうまく利用することで大企業に勝てる可能性が高まる。海外で同じビジネスを展開している大企業があったとしても、日本で簡単にビジネス展開できないことは多い。そのような状況では、地の利を活かすことがスタートアップにとって重要になる。

Skydioは製品の信頼性・セキュリティ面を重視するため、製品の設計、組み立て、サポートを全て一貫して米国の本社で行っている。2020年9月には日本支社も設立しているが、ソフトとハードの開発拠点を1か所に集中させることによる開発スピードの速さを損なわないためにも、日本国内での生産の予定はしていないようだ。

エンタープライズ用の製品を開発する中、Skydioは顧客となる企業の多くが外国製の製品に関連するサイバーセキュリティ・リスクを危惧しているということに気づく。さらに、米軍、米国防総省、米内務省がスパイの恐れを理由に中国製のドローンを禁止し始めてからは、米国政府が信頼できるドローンの市場に空洞ができていた。

2020年12月、DJIは米商務省によって「エンティティリスト(Entity List)」に追加され、米国に拠点を置く企業が同社に技術を輸出することを禁止した。そのため、米国企業がDJIのドローンに使用する部品やコンポーネントを提供することが難しくなり、DJIのサプライチェーンが混乱する可能性がある。また、米国の店舗がDJI製品を直接販売したり、同社との取引を行うことも難しくなる可能性がある。

その一方で、ParrotやSkydioのドローンは米国の政府機関の使用を認められている。Skydioがこのような地政学的外力を予期して米国の本社にサプライチェーンをまとめていたかは分からないが、このように地域に密着した製品を開発することで海外の大企業とは異なるアドバンテージを得られることも意識しておくと良いだろう。

投資家からの質問の意図は?

記事の冒頭で挙げた、「これからXX(大企業の名前)が同じことしたらどう戦うのか。すでに〇〇(大企業の名前)がいるけど何が違うのか」という質問には、どのような意図があるのだろうか。

私が起業家として投資家の前に座っていたときはあまり深く考えたことはなかったが、テーブルの逆側に座ることになった今、やっとこの質問の意図が分かるようになった。

投資家がこのような質問をするとき、質問の裏には二つの意図がある。

1. 純粋に勝つための戦略が知りたい(事業の評価)
2. 十分に思考実験をしてきているか知りたい(起業家の評価)

スタートアップにとって、競合がいること(直接競合であれ、間接競合であれ)は悪いことではない。投資家は競合がいる中でどのように戦っていくのかを知りたいと思っている。さらに、まったく同じ事業をする競合が出現すると仮定し、勝ち続けるための競合優位性や秘策に興味があるのだ。

また、この質問は起業家を評価するための質問でもある。様々なシナリオを十分にシミュレーションしているのか、正確にリスクを把握できているのかを評価することで、起業家が冷静に自身の事業を客観視できているのかを把握しようとしているのである。

参考文献リスト

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。