スマホで“権利”をお金に変える「iCash」ベータ版公開、まずは養育費から

「スマホひとつで権利がお金に変わる」をコンセプトにサービスを開発する、Fintech×LegalTechスタートアップのiCash(アイキャッシュ)は12月30日、未払い養育費を対象に、最短1カ月でお金が得られる「iCash」ベータ版を公開した。

「遊休資産」としての権利をお金に変える「iCash」

iCashの創業者で代表取締役の齋木拓範氏は、集団訴訟プラットフォーム「enjin」を運営するClassAction(クラスアクション)で、エンジニア・デザイナーとして従事していた人物。同じくエンジニアで、拓範氏の双子の兄弟である齋木保範氏を取締役CTOとし、ClassActionの創業者で、現在はLegalTech協会代表理事/トップコート国際法律事務所代表弁護士を務める伊澤文平氏が、共同創業者として2人を支援する形で設立された。

iCashが提供するのは、なかなか行使されない権利、つまり「遊休資産としての権利」(伊澤氏)をお金に変えるプラットフォームだ。世の中には、未払い残業代や貸金業者への過払い金、航空機のフライト遅延・キャンセル補償金など、請求するには面倒かつ換金までに時間がかかるため、諦めている人が多い権利がいくつもある。そのうちの1つが、未払いの養育費だ。

日本にはシングルマザーが約120万人いるが、そのうちの7〜8割が養育費を元夫から受け取っていないという。平均年間収入は243万円(2015年厚生労働省調査)と決して高くないにもかかわらず、だ(*脚注)。拓範氏によれば、支払われていない養育費の総額は約3300億円に及ぶという。

養育費が請求されない背景には、働きながら子育てをするシングルマザーに、時間も、余分なお金もないことがある。養育費の回収を弁護士に依頼するとなると、まず適切な弁護士を探すことから始まり、相談のための時間もかかる。また初期費用として、着手金などのお金も必要になる。「回収には短くて3カ月、裁判になれば1年かかる。着手金も20万円ぐらいが相場で、安い金額ではない。しかも必ず費用が回収できるとは限らない」(拓範氏)

iCashは「時間とお金がかからない方法で、養育費を請求・回収できるサービスだ」と拓範氏は説明する。ベータ版として提供されているWebアプリでは、3ステップで養育費の回収ができるようになっている。必要なのは、別居親の氏名・連絡先などの情報と養育費の情報(子どもの数・両親の年収など)、そして養育費の取り決めを交わした書面(公正証書など)の画像データで、スマホからこれらを入力すれば、1つ目のステップは完了だ。

1両日ほど待つと、実際にいくら回収できるか、iCashがプライシングした概算金額がユーザーに通知される。金額に同意して送信するのがユーザーの次のステップとなる。提示される金額は、ステップ1で入力したデータの量が多ければ多いほど、インセンティブが付いてアップする。例えば、別居親の住所と電話番号だけでなく、勤務先の情報も分かるのならば、給与の差し押さえも可能になるため回収しやすくなる上、今後のデータ精度の向上にもつながるからだ。

最後にiCashから、書類が返信用の封筒とともに郵送されてくるので、必要事項を記載してポストへ投函すれば、全ステップが完了。ユーザーは、後は振込を待つだけだ。

もちろん「誰も」何もしなくても入金されることはなく、この後、裏ではiCashが必要書類をユーザーから受け取り、弁護士事務所と連携して別居親へ養育費の請求を行い、回収していく。弁護士からの通知に別居親が応じて入金があれば、ユーザーは引き出しが可能になる。この時に初めて、iCashのシステム利用料として一定の割合の手数料が発生して、その金額を引いた額を現金化することになる(手数料の割合については、iCashで検証中とのこと)。つまりユーザーの初期費用は不要で、相手からの入金があってから手数料を払えばよい、ということになる。

iCashは、子どもを抱えるひとり親から見れば「養育費の請求を簡単にできるツール」となるが、法的な構造としては「養育費の債権を持つ親と弁護士とをマッチング」し、「権利回収/顧客開拓のためのツールを提供」する立場という位置づけになる。

スマホひとつで権利が行使できるサービス目指す

実は、拓範氏、保範氏を含む齋木家の3人兄弟もシングルマザーに育てられたそうだ。大学への進学でも苦労があり、拓範氏は「母にはとてもよくしてもらったが、養育費の問題が解決すれば、もっと楽だったのではないか」と思ったこともあるという。社会問題の解決を打ち出したLegalTechのスタートアップ、ClassActionへエンジニアとして入社したことで、「社会の課題解決で僕らのような人たちを助けられるのでは」と考えるようになり、「それがiCashの開発、起業へとつながった」と語る。

養育費を取り巻く環境には、社会的にも追い風が吹いている。まずは養育費算定表の金額がこの12月に改定され、月額あたり1〜2万円程度の増額となったこと。最高裁司法研修所が2018年度の司法研究にもとづき、2003年の公表以来、15年ぶりに見直したものだ。今後の離婚調停などで目安として使われることになる。

自治体の支援の姿勢も見られるようになっている。例えば兵庫県明石市は、11月に不払い養育費の立て替えを行う方針を発表。立て替え分は市が不払い者に請求することで、養育費が継続して支払われるよう促す施策だ。

また、2020年4月1日からは、改正民事執行法が施行され、債務者の財産開示手続が変わる。これにより、金融機関から預貯金などの情報を取得したり、市町村や日本年金機構などから給与(勤務先)に関する情報を取得したりすることができるようになる。また裁判で判決が出た債権者だけでなく、公正証書などで養育費の取り決めをした債権者が債務者の財産開示を求めることも可能になる。つまりこれは、財産差し押さえ(強制執行)の申し立てに必要な債務者の財産特定が、より現実的な手続きで行えるように変わる、ということを意味する。

こうした流れもあって、iCashではまず養育費の請求権を扱い、今後、ほかの債権についても対象にしていく予定だ。続くターゲットとしては、先に挙げた、未払い残業代や貸金業者への過払い金、航空機のフライト遅延・キャンセル補償金などを想定しているとのこと。伊澤氏によれば、日本の未払い残業代の総額は約4兆2000億円と推定されるという。

iCash調べ

フライト遅延・キャンセルの補償金請求では「AirHelp」という米国発のサービスがあり、伊澤氏らもベンチマークしているそうだ。AirHelpも「出発地・到着地や便名などのフライト情報を入力」「連絡先など追加情報を入力」「航空券などの写真をアップロード」といった簡単な手続きだけで、ユーザーは後は入金を待つだけ、というシステム。iCashと同じく、入力情報を元に連携する弁護士が権利を回収するので、回収できた場合にのみ、ユーザーは手数料をAirHelpへ払えばよい。

拓範氏は今後「支払いデータなどの蓄積により、サービスの確度をよりアップして、将来的には即時入金、ユーザーから見れば『権利の買取』に見えるようにサービスをつくっていきたい」と話す。「スマホひとつで権利の行使ができる世界を目指していく」(拓範氏)

 

*脚注:世の中にはシングルマザーだけでなく、養育費支払い義務が元妻にあるシングルファーザーもいる。iCashはもちろん、未払い養育費を受け取りたいシングルファーザーが利用することも可能だ。本稿では、より貧困に陥りやすい女性とその子ども世帯を中心に、養育費受け取りの背景を説明した。

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TechCrunch Japan

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