チューリングに学ぶ、理論の重要性

編集部注:Zavain Darは、Lux Capitalの初期ステージ・ベンチャーキャピタリストで、スタンフォード大学講師。最新の人工知能、インフラストラクチャー、データ等を活用するテクノロジー重視企業への投資、支援を行っている。暗号化通貨およびAI、哲学、ベンチャーの交点についてのコースも教えている。

多くのシリコンバレー人と同じく、最近私はモルテン・ティルドゥム監督の映画「イミテーション・ゲーム」を見た。私はアカデミック負け組の物語に弱く、実際に涙してしまった。しかしこの映画が、初期の暗号化技術と第2次大戦中のその機構化された実装に関わった、チューリングの業績の広がりと深さを表現していないことへの失望感を禁じえない。

暗号論だけでなく、チューリングの業績、理論、モデルの数々は、今でも大学でコンピュータサイエンス、数学、および哲学のカリキュラムで取り上げられている。彼の計算モデルは、数学者や計算機科学者らにとって、何が解決可能であるか、および解答可能な問題をアルゴリズム的に解くための効率の基礎となっている。彼のチャーチ=チューリング理論は、ゲーデルの不完全性定理と相まって、人間の知能に関する普遍的制約の存在について未だに哲学者の議論が続いている。

最後に、そして現在進行中の機械学習ルネサンスを踏まえるとおそらく最も注目すべきは、人工知能の進歩と牽引力を測る事実上の基準として、未だにチューリングテストが使われているという事実だ。

イミテーション・ゲームは暗号と戦時中の技術に焦点を当てているが、チューリングの業績に、AI、理論計算機科学、数学、さらには認識論さえ含まれていることに疑いはない。

チューリングの仕事が学界、産業界の両方で未だに高い重要性を持っていることに気付くと、それがどうやって、なぜそうなったのかを考えざるを得ない。現在のテクノロジー起業家や投資家が、長年にわたるチューリングの知的作業から学べる教訓は何なのか?

まず、非常に基本的かつ一般化された大まかな仮定から入ることにする(高度なビッグオー近似はこの記事にこそ当てはまると思っている)

  1. 時間と共に、インフラストラクチャーは線形に成長する。つまり、ソフトウェアおよびテクノロジーのインフラストラクチャー・レイヤーは、革新と成熟にプレッシャーを与えるが、必ずしも相乗効果はない。SQLの進化がTCP/IPの標準化を促進することはなく、Bitcoinの出現と成長を加速することもなかった。一方が他方に先行する必要がある場合があるが、ここでの成長は線型だ。
  2. インフラストラクチャーが成長するにつれ、イノベーションの速度は指数的に増加する。イノベーションは、完全に独自なソリューションを集めたものである必要はもはやなく、その時間と労力の大部分を、ビジネスにとって最も重要で差別化できる要素に集中させられる。そのためフィードバックループの遅れは減少し、イノベーション自身のペースが加速する。上記の1と2から、次の規則が導かれる。
  3. イノベーションのペースは時間と共に指数的に上昇する。対照的に、イノベーションのペースが増加すると共に、現行体制が有効でいられる寿命は減少する。ここから直感的に次のことがわかる。イノベーションが増えるど、多くの破壊が起き、一つの主体が破壊的新興企業に阻止されることなく覇権を持ち続けられる時間は短かくなる。算法はともかく、これも線形関係を持つと仮定する。
  4. 現行体制の寿命は、イノベーションのペースが速まるにつれ線形に減少する。そして、3と4を組み合わせると、最終結果が得られる:
  5. 現行体制の寿命は時間と共に指数的に減少する。おそらくこれが最も興味深い。現行体制に関連する知識、覇権、および力が、次第に低価値で不安定になってきているという議論がある。例えば、80年代後半から90年代の一流ソフトウェア会社にとって、イノベーションへのプレッシャーは大きくなかった。それは、テクノロジーの破壊がより困難だったため、賞味期間が長かったからだ。時間と共にインフラストラクチャーが成熟し、イノベーションのペースが速まると、潜在する破壊力が高まり、現行体制の慣性力は低下する。

チューリングの仕事がどうやって、この疑似人類学経済学的仮説に関係するのか? チューリングの業績には、彼の時代の工学的限界をはねのけて、それを裏付ける理論に取り組んだ彼の能力が刻み込まれている。現在の最先端技術を、その理論的裏付けから切り離してみると、チューリングの生みだした業績は適用性を失っておらず、無限に近い賞味期間を持っていることがわかる。

彼の仕事は、今も当時と同じ、あるいはそれ以上(今初めて関連性が生まれた技術もある)の適用性を持っている。これは、黒板の上で作業している理論物理学者が、自分の仕事を最先端リニアアクセラレータの応用物理学者と並列させて見るのと、大きくは異なっていない。

現行体制の賞味期間が縮まるにつれ、投資家や起業家たちは重点をチューリング的アプローチへとシフトして、日々の応用工学の根底にある理論の理解を深めることに精進する必要がある。

テクノロジーやテクノロジー覇権が破壊に対して脆弱になっていく中、われわれは基礎となる理論を堅実に理解することによって、現行体制に依存する会社ではなく、加速する最先端技術を感じ取れる会社を起業、構築し、そこに投資することができる。

チューリングの仕事の息の長さからわかる通り、この加速するイノベーションは、起業家や投資家にとって理論的解釈の重要性が高まりつつあることを浮き彫りにしている。

[原文へ]

(翻訳:Nob Takahashi / facebook


投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。